212話 草臥れた先生と学校行事
完成しました。
もうちょっと続きます!
学校行事がジワジワせまってきてますよーーー!!!(ワクワク)
次はキャラが増えます。誰が出るかなー!!!
無言で私達はテーブルに着いていた。
ラクサは、貸した部屋で作業中。
念の為に防音の魔道具を設置したので会話は漏れないようにした。
テーブルにはお茶も何もなくて先生一人と対面する形で私たち三人が並んで座っている状態なので、なんというか凄く……
(居心地が悪いなぁー……なーんて)
言えない。流石に。
私を真ん中にして座る二人の表情を窺い見る。
こっちも、ぶっちゃけ恐い。
「あー……その、なんだ。とりあえずコレを見てくれ」
そういって申し訳なさそうに教科書を二つ並べたくらいの長い魔法紙を置いた。
冒頭部分には《錬金科年間行事(三年度分)》と書かれている。
「年間行事?」
「こちらの都合で悪いんだが、全職員と運営に加えて国の教育部門の担当者と取り決めた。国王様からの認定印を頂いているので、もうこちらの都合で変更することはできない」
ココを、と指さされた場所には複雑な印と直筆らしいサインがあった。
よくみると魔法紙自体に薄く魔術陣のようなものが書かれているらしくて、かなり高いことが分かる。
「なるほど。一年である僕らに関係あるのは各学年に設けられた前期・後期の試験、中期休暇、『三科合同交流実習』ですね。その内前期の試験と中期休暇は終わっていますね。残るは交流実習と後期試験のみですか」
「後期試験は――ふぅん? 工房生はアイテム提出と経営状態の評価……他には何かありまして?」
「生徒同士の関係性も評価に多少だが影響を与える。一年の頑張りを総合的に見るから、一時的に仲良くしても無駄だぞ」
「良好であればあるほどいい、と解釈するだけで宜しくて?」
ベルの探る様な声にワート先生は一瞬息を飲んで、そして苦笑する。
直ぐに肯定が返ってこないことにかなり驚いた。
リアンはいつの間に取り出したのかメモ帳に何やら書き込んでいる。
「それもまた問題でな。バランスっていうのか、まぁ……歪な関係でなければ問題はない。この工房では『調合やレシピに関する問題』は起こっていないが、学年が上がるとそれだけ難しい調合も増える。勘違いをして他の生徒を見下し、奴隷のように使ったり家臣のように扱うのは勿論駄目だ。身分による区分けの上に成り立つ関係――…主従関係のようなものがあると判断したら即減点。色恋沙汰に学院は首を突っ込まないが、それによって工房内の風紀が乱れるようであればどちらかに学院生になってもらうこともある。まぁ、いろいろ上手くやってるなら問題はない。長く続く関係を作ってくれってことだ」
話しながら先生は魔法紙を取り出し、そこに『禁止事項』と書いていくつかの条件を書き連ねていく。どうやら公開していない評価方法についてらしい。
ギョッとする私を見て先生は走り書きをした。
『お前らの工房を目の敵にしている、もしくは快く思っていない人間もいる。表立って工作なんかはしてこないだろうが、この程度の情報は他の工房でも教えているだろうな。お前たちが優秀な成績で進級・卒業すれば学院と国から教師に報奨金が支払われるんだ』
とのこと。
先生曰く、錬金科教師の給料は高いが錬金術をするには金がかかるので、あればあるほどいいんだって。先生は『色々と研究資金が不足してるから、確実に欲しい』と書き足していて、なんだか肩の力が抜けた。
交渉とか難しい事が分からないから、こういう個人的な思惑を教えてくれるのは助かる。
全部が本当じゃないかもしれないし、何か隠してるってこともあるかもしれないけど……ワート先生ってそういう所嘘つかないんだよね。
「学校の評価に関しては別に今まで通りでいいとして『三科合同交流実習』って具体的に何をするんですか?」
私の質問に先生が二枚の書類を追加で取り出した。
二枚の内、一枚はパーティー申請書と書かれている。
名前と学科を書く場所があるようだ。
「合同演習の予行練習みたいなものだ。場所はリンカの森で三日間の調査をすること。教員が一名同行するが、人数が多いから国の騎士も派遣されることになっている。これで苦労するのは、間違いなく騎士科の連中だな。生徒だけでなく教師も含めて」
「生徒が大変って言うのはわかるんですけど、教師も大変って?」
「まず、今回の不和の原因はそもそも騎士科にある。それは王に報告しているし、騎士にとっても錬金術師は大切な職業だ。命を守れるかどうか、救えるかどうかは回復アイテムや錬金アイテムで大きく左右されるからな。派遣されるのは、近衛部隊ではない。それも手伝って、貴族の連中はかなりやりにくいぞ。錬金科は元々『貴族』だからある程度許容されるが―――……教員は違う。それに、『錬金科』の教師全員と敵対関係しているのは『貴族派』の騎士科教師全員。錬金科の教員も貴族だが、代々錬金術師だというものは少ない。よって、爵位はある程度高くても歴史が浅いということで社交界では比較的不利になる―――騎士科の貴族は名家が多いんだよ。比較的な」
「本当に面倒くさいことになっていますわね。私、個人としてはくだらないとしか言いようがないですわ。名家の誇り? それでどれだけ不利益を被ったか。プライドばかり育って実力が伴わないなんてザラにありますし、新しい貴族の方が礼儀も人間も出来ていることが多いですわよ。まぁ、新しかろうと古かろうと一定数どうしようもないのは出てきますけれど」
フンッと鼻息荒く吐き捨てるベルに私とリアンはそっと目配せして、触れないでおこうと決めた。
ワート先生はうんうん、と頷いて「他の貴族が全員ハーティー家みたいな考え方だと先生たちも楽なんだけどなぁ」と遠くを見ている。
草臥れた服装も手伝って可哀そうになってきた私は、隣に座ってるリアンの腕を引いて、お茶と茶菓子を出してもいいか聞いた。
リアンは少し考えて、小さく息を吐く。
「ワート教授。宜しければ、夕食を食べていかれませんか? 今から作ると早すぎるので、まずはお茶でも。その後は色々商品をお売りしますよ」
ニッコリ微笑んだリアンに私とベルは(先生をカモにする気だ)と悟ってそっと口をつぐんだ。こうなったら何を言っても無駄だ。
先生も最初は驚いていたけど、空腹に負けたらしい。
いいね、と返事を返したのを聞いてリアンが私を呼んだ。
ベルは引き続き先生と会話をするよう目配せされ、小さく息を吐いていた。
そっと席を離れて台所に行くとリアンがお湯を沸かしながら何かを考え込んでいる。
「リアン? どうしたの?」
「いや……恐らくだが、錬金科と騎士科の軋轢は想像以上に深刻なのかもしれない」
「騎士科の庶民が錬金術師にいい感情を抱いてないのは分かるけど、騎士科が錬金術師にどうこうってあんまり考えられないなぁ。同じ貴族なんでしょ?」
「それはそうなんだが、僕も貴族事情にはあまり詳しくない。先生に詳しく聴いて分からなければ、ベルに調べてもらうしかなさそうだな――…紅茶はハーベルティーを。品質はDだ」
私達はまだ、共同調合で品質Cを作れていない。
人に出してもいいのかという迷いが生まれてポーチから茶葉を出したもののリアンに渡すのをためらう。
(商品として出せるのはC品質から。先生はお客じゃないけど……安く譲るって言ってたし、どうしよう)
個人的にはただ飲ませるならいいけど、売るのは嫌だと思っているとリアンが訝し気に私を見た。
「どうしたんだ」
「リアン。飲んでもらうだけならいいけど、これは売らないで。品質Dの物を渡してお金を貰うのは嫌だよ。もし売るなら品質Cの茶葉が作れるようになってからにして欲しい」
「―――ああ、なるほどな。大丈夫だ。僕も『錬金術師』としてのプライドはある」
「ん。じゃあ食べものは……【カリカリ豆】にしようかな。ご飯前だしさ、あんまりお腹に溜まるのはね。ソレに、新しい常備食糧に【カリカリ豆】も売るんでしょ?」
「宣伝も兼ねて出すか。少量でいい。夕食を食べていくそうだからな。ちなみにメニューは」
手際よくお茶を淹れる準備をしているリアンに苦笑しつつ、答えておく。
たぶん、というか絶対夕食の内容聞きたくて紅茶入れに来たんだと思う。
そうじゃなきゃ自分で根掘り葉掘り聞くだろうし。
「バジリコソースのパスタにするよ。それだけじゃ足りなさそうだから、ゴロ芋のポタージュスープにサラダかな。サラダは、ブロコロとマトマ、茹でた薄切り猪肉のハニーマスタード和えね―――サフルとラクサには別室で食べて貰わなきゃだね」
それを聞いたリアンは真顔で「パスタなら二人前食べられる」と話していたので思わず笑った。分かった、と返事を返すと機嫌よくティーセットを持って先生が待つテーブルへ。
私はカリカリ豆を小皿に入れた。
量は通常販売するものの半分だ。
一袋の中に40gの【カリカリ豆】が入った袋が2つ。
これで値段は銅貨5枚の低価格。
(材料の青豆が凄く安いのもあるし、砂糖の代わりにハチミツとか麦蜜でもいいっていうのが便利だよね)
なにがいいって原材料を安く抑えられて、大量に出来て、保存も効くところだ。
小さい布袋は安いし、大量に購入できるからそれらを洗って乾かして綺麗にしてから入れるんだけど、中身だけ売ることも検討中。中身だけなら銅貨3枚になる予定だ。
テーブルに戻るとウンザリした表情を隠しもしないベルがリアンが持ってきた茶葉入りの瓶を見て目を丸くしている。
「……? 随分、いい香りが」
くんっと空気に混じる香りを先生は嗅ぎ取ったらしい。
なにかを思い出そうとして少し考え込んでいたけれどパッと何かに思い当たったようで、疲れた顔に喜色を浮かべた。
「この爽やかで特徴のある柑橘類の香りはハーベル草の香りか」
「驚きました……今回お出しする紅茶は【ハーベルティー】という紅茶になります。まずはお飲みください」
どうぞ、と優等生の顔で紅茶を人数分淹れて、席に置く。
私はそのままカリカリ豆を小皿に乗せたものをカップの隣に。
(香りが強いお茶請けじゃないから、ハーベルティーの邪魔はしないと思うけど)
どうかなぁ、と思いつつカップを手に取る。
こういう時、最初に提供した側が口をつけると聞いていたので私達が一口飲んだんだけどギュッと眉が寄るのが分かった。
私達が口をつけたのを見て先生も口をつけたんだけど、先生は直ぐに目を輝かせた。
「凄いなこれは……! 飲んだ瞬間に口に広がる華やかでさっぱりとした爽やかで高貴な柑橘系の香り……何か果汁を加えた場合は酸味などが感じられるが、これは全くそれがない。新しい紅茶だ」
言うとあっという間に飲み干し、二杯目をと言われたのでリアンが残っていた紅茶を注ぐ。
そこに足したのはミルク。
香りはそのままに、コクとミルク独特のまったりとした甘み、ミルクの香りが香りを強調していると感動する先生に私たちは苦笑する。
「ワート教授。僕らの腕が未熟なせいで、この茶葉の品質は最高でDです。C品質が最低ラインですが、この紅茶の販売は最低でも品質Aにならないとできません。手間も魔力も盛大にかかりますから、価格もかなり高くなります」
「ふむ。俺に何か力になれそうなことがあるなら相談には乗ろう」
聴く姿勢を整えた先生にリアンは軽く礼をして、口を開いた。
何を聴くのか、どうするのかは私も聞いていないので紅茶を少し飲んでじっと会話の流れに耳を傾ける。
「――…共同調合のコツを知っていらっしゃったら教えてください。コツがなければ、訓練の仕方だけでも構いません。文献でも構わないので、なにか知りませんか?」
「っわ、私も! 私も知りたいです。三人で魔力をこう、動かしたりとか合わせたりって言うのは少し、出来るようになったんですけど中々うまくいかなくて」
「私からもお願いしますわ。今後進級し学年が上がるにつれ、調合時間は長く、そして難しくなると聞いておりますもの。一人の魔力では補えないことも出てくるでしょうし、共同調合なんて工房生でもない限りできない経験ですわ。もし何かご存じでしたら教えて頂けません?」
リアンに続いて私、ベル、と助言を求めた所で先生は腕を組んでアーと声をあげながら天を仰いだ。
どういう反応? と戸惑っているとぼさぼさだった髪を更にかき混ぜながら先生は息を吐いて呆れたように私たちを見た。
「なんつーか、本当にお前らは規格外所の話じゃないぞ……? あのな、そもそも『共同調合』なんざ普通の錬金術師はまず選ばない手段だ。報酬の分配が難しい上に、個人の魔力色、魔力量が同等でなければ成立しないと言われている。なにより共同調合は二人で行うものとされていて、三人で行った事例はない――…いいか、これは卒業まで言うな。絶対に。卒業の最終段階、一人一人調合を行った後にありきたりなものでもいい。簡単なものでもいいから『三人で』共同調合を成し遂げろ」
真剣な先生の表情に驚きつつ、私は頷く。
よくは分からないけど何かしらの意味があるんだろう。
「分かりました。とりあえず、共同調合のコツとかは知らなそうなので自分達で何とかやってみます。で、それはそれとして、先生これちょっと食べてみて下さい」
「ライム、おまえなぁ……これはかなり大事なことなんだぞ? まぁ、俺にどうこうできる相談じゃないって事だけは確かだが。あー、まったく。で、これを喰えって? ……コレはなんだ?」
盛大な溜息と共に崩れ落ちた先生は直ぐに文句を言いながら私が指さした小皿を見て、自分のソレをまじまじと観察し始めた。
これはこれで興味があるらしい。
「炒り豆、か?」
「そうです。今度工房で売り出そうと思って」
味見です! と言えば匂いを嗅いだり、一粒つまんでいろんな角度から観察した後口の中へいれた。カリポリと小気味のいい音が響いて、先生の眼が見開く。
一つ食べ終わった、と思ったら今度は二粒目を口に入れて……皿の豆が半分なくなった所でガタッと立ち上がり、腰の道具入れから革袋を取り出す。
「いくらだ?! 炒り豆の癖に甘じょっぱくて止まらないんだが!? 酒! 帰りに酒買って帰る! これはツマミだ! 無限に食えるッ」
「先生うるさーい……リアン、なんだか売れそうって事だけは分かったから、あとはお願いね。私はご飯作る」
分かった、と頷いてくれたので自分の分の小皿とティーカップを持って台所へ引っ込む。
後ろから興奮しきった先生がわぁわぁ話しているのに苦笑する。
多分、本当に疲れていたんだと思う。
出来上がった夕食は、いつもより数時間早かったけど今日は疲れたので私たちは早めに寝る気だから問題なし。
勿論、調合はして魔力使い果たしてから寝るけどね。
先生も帰ったらすぐに休むつもりらしく、夕食ができる少し前から疲れを隠すことを止めていた。
出来立ての料理を並べて食事の挨拶をすると「温かい」「うまい」「てづくり」「うまい」「あったかい」と呟きながら猛然と食べてたから。正直引いた。
ベルもリアンもドン引きしてたけど、二人ともちゃっかりお替りしていた辺りは流石だ。
あと、リアン結局三人前食べた。どんだけ麺類好きなんだ。
ラクサとサフルからもお替りって言われたから追加で茹でることになったけど、まぁ、用意した分全部なくなったのは中々嬉しかったかも。
「いやぁ、食った。生き返ったぁ……で、あーなんだ。『三科合同交流演習』についての詳細はハーティーに話してある。分からないことがあればいつでも聞きに来てくれ。【カリカリ豆】を持ってきてくれれば絶対に買い取る。あと、なくなったらまた買いに来る……と言いたいんだが、今買い物してもいいか? トリーシャ液ってのが気になっててな。自分の担当してる工房の看板商品だ。担当教員の俺が使ったことないなんて言えないだろ。あと、湯を注ぐだけで出来るスープの素とやらも欲しい。回復薬と爆弾以外全部買って行くから出してくれ。それと噂なんだがお前ら『氷石糖』を販売するって本当か? 本当なら小瓶でいい。一欠けらでもいいから売ってくれ」
「……ねぇ、この人本当に教師でいいのかしら。完全に買い物客兼食事をたかりに来た駄目な大人にしか見えないのですけど」
「ベルに同意せざるを得ないが事実、担当教員だ。ちなみに先程の注文ですと会計はこの値段になりますが?」
サラサラとメモ用紙に価格を書いて渡せば先生は「お前らもっと金稼げ! 欲がねぇ!」と叫んでいた。どうなのそれ。教師として。
結局先生は乾燥果物とかも買えるだけ買って帰って行った。
スキップして小さくなる草臥れた大人は、恐らく酒場に行ってお酒を買い込むんだろうなーと思いながらそっとドアを閉める。
「……ちょっと休憩してから三科合同交流実習ってやつについて聞くね」
「そうして頂戴。どっと疲れたわ」
「独特の虚無感を体験した貴重な機会だったな。出来ればもう二度と体験したくないが」
同時にため息を吐いて私たちはノロノロと三人集まって話し合いをすることにした。
もう、殆ど色んな事を覚えてない。
(学校の先生って変な人多いなって見学会の時に思ったけど、ワート先生も十分変だ)
ここまで読んで下さって有難うございます!
誤字脱字・怪文章・変換ミスなどありましたら誤字報告などで報告頂けると幸いです。
基本週一更新で、書きあがったら即投下!です(苦笑
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好きで書いている物語ですが、少しでも読んで下さった皆さんが楽しんで下さると私も嬉しいです。
=食材=
【バジリコ】
バジル。強い香りの香草で、好き嫌いが多少でるが比較的好まれている。
乾燥した葉より生の方が香りが格段に良い上に、育てやすいことから栽培している家庭も多い。