19話 組み合わせ
主要キャラ集合…もとい、登場です。
不穏な空気しかないという説明回。
容姿などは多分次回です、はい。
正直な話、工房実習制度を利用したいという人はもっと多いと思っていたから少しだけ驚いた。
数人の先生を残して学長達も退室した大講堂の中はかなりスカスカで、眼鏡の女性は舞台から降りて私たちの前に立った。
手には細かい文字がびっしり書かれた紙がある。
「まず、先ほど学長から説明があったように工房実習制度は今年から始まる新しい試みです。三人一組で最大五組…つまり定員は十五名ですので、それ以上の希望生がいた場合は抽選になります…ここまではいいですね? 工房実習制度という名の通り、工房を三人で経営しながら錬金調合の腕を磨くことが目的です。授業と定期試験は免除されますが、年に一度指定のアイテムの提出を義務付けています。尚、調合するべきアイテムは一ヶ月前に通知します。もちろん、一ヶ月以内に作成できるレベルのものです。工房実習は通常の学院と同じ三年となっています。卒業後は自分の工房を持つ、学習院に進む等様々な選択肢があるでしょう」
ここで言葉を切って私たちを見回した彼女は静かにここまでで質問があればどうぞ、と続ける。
すぐに声をかけたのは大人しそうな印象がある女の子。
錬金服の色はオレンジを基調にしているので恐らく貴族だろう。
「すいません、あの、試験に不合格になった場合は学院内の生活になるんですよね? 工房実習をしている間、講義を受けていない場合はどうしたらいいのですか?」
「特別補講を行う予定です。といっても、一年分の内容を凝縮して三ヶ月程度で覚えてもらうことになるので負担は大きいと思いますが。他に質問は?」
結構キツイ内容に思わず顔をしかめる。
詰め込み式の勉強って苦手なんだよね…忘れちゃうし。
工房生になれたら間違いなく落とされないようにしないと後で確実に痛い目に合うってわかってれば気合も入るけどさ。
一年分を三ヶ月って結構無茶じゃない?
むむ、と眉間にしわを寄せている私を他所に別の生徒…上流貴族だと思われる男子生徒が口を開いた。
「では、一ついいでしょうか。不合格とされる条件は年に一度提出するアイテムの合否だけで、工房の経営状況などは関係ないのでしょうか」
その質問で私も隣にいたクローブもハッと顔を見合わせる。
確かに言われてみれば工房を経営しながら腕を磨くという前提なのだから工房の運営が上手くいかなかった場合のことも考えなきゃいけないだろう。
「いい所に気づかれましたね…―――不合格の基準は他にもあり、工房の経営で三ヶ月間連続の赤字、もしくは赤字総額金貨五十枚に達した場合が該当します。実際に工房を経営している場合このような状態になれば工房を維持していくことが難しいというのが理由です。次に、評判が著しく悪く取り扱いの品の品質効果ともに認められない場合ですね。評判といってもアイテムの評判ですので販売するアイテムはくれぐれも学院で許可している最低品質以下のものを販売しないようにしてください。最低品質Eランク以下のアイテムを販売した時点で即実習終了及び罰則を設けているので気をつけるように」
「品質の評価などはどうやったらわかるんでしょうか…?」
別の生徒が質問する。
私はおばーちゃんに教えてもらったからざっとだけど品質を見ることはできる。
少なくても粗悪品かそうじゃないかくらいは分かる筈だ。
「測定器は各工房に一つ置いてありますから問題ありません。話を戻しますが、軽犯罪及び犯罪行為を行った場合、即実習終了及び退学とさせていただきます。軽犯罪については事情を考慮することもありますが、明らかな犯罪行為の場合は問答無用で騎士団へ突き出し、保釈金などを支払っても学院に戻れることはありません。また、その人物は錬金術師と名乗ることは生涯許されませんので心するように―――…他に質問は?」
もう質問は出なかったので、説明役の女性は詳細ということで具体的な説明を始める。
この時点で残っていた三分の一程は実習申し込み自体を考え直しているようだった。
まぁ、内容はかなり厳しいもんね。
工房の経営なんて普通の貴族じゃしないだろうし。
「では具体的なことに移ります。工房についてですが、一軒家で住居付きの工房を五軒程用意しており、必要最低限の機材は揃えてあります。備え付けの物品に関して卒業時持ち出しはできませんが、自分たちで購入した機材などは卒業時に工房から持ち出していただきます。学長も話していたように、工房生はこの工房で寝食を共にしていただきます―――……詳細は工房実習生になった方に書類を渡し、工房へ案内した際に再度説明しますのでご了承ください」
私としては最低限とは言っても機材があると分かっただけでもありがたいし、寝る場所もあるなんて夢のような展開だ。
(まぁ、寮生活になっても同じなんだけどさ)
自宅から持ち出した調合用の機材はいくつか……というか、備え付けのもの以外は全部持ってきた。
私としては願ってもない環境のような気がしてくる。
「最後に、開店資金として一つの工房につき最大で金貨百五十枚を貸出します。初期投資として機材やレシピ、素材などを購入する費用に使ってもいいですし、人数で割ってそれぞれ使っても構いませんが、借りた金額は三年以内に返済していただきますので十分考慮するように。返せなかった場合は借金としての扱いになり、人数で残額が割り当てられます―――…尚、返済が終わった場合は第一級錬金術師の認定をそれぞれに発行します。この証書は一人前の錬金術師だと国が認めたという証明になりますよ」
「きんか、ひゃくごじゅーまい…?」
嘘でしょ、何その恐ろしい金額!!
三人一組だとしても一人あたり金貨五十枚の計算だ。
そんな金額を3年で返せるんだろうかと青ざめる私とは違ってクローブは小声で
「一人金貨五十枚なら考えて使わないとすぐなくなるな」
なんて呟いている。
貧乏貴族だって言ってたのはどこの誰だ!とうっかりつっこみそうになったけれど話は続いていたので視線を向けただけで終わった。
「以上で詳しい説明は終わります。これまででわからないことなどがあれば今この場で質問をしてください…――――はい、結構です。では、続いて工房実習制度を利用したいという生徒の方はこのまま残って、そうでない方は退室を」
説明をしていた女性がそう口にしたあと、少しの会話を交わして次々に生徒が退室していく。
話を聞き終えた成績優秀者はそれぞれの思惑があるらしく、残った生徒の観察を始めているようだ。
私とクローブはスカウト生なので自動的に工房で共同生活しながら勉強をすることになるらしい。
(まぁ、これから同じ工房で生活と勉強することになるかもしれない相手だし気になるのはわかるけど……私に向ける訝しげな視線はどうにかしてほしいなー。頭よさそうに見えないのはわかるけど、そこの女子生徒二人の結構失礼な話し声聞こえちゃってるからね?誰が“頭悪そうな子はイヤだわ”なんて失礼でしょーに!そりゃ、実際頭はあんまりよくないかも知れないけど)
やさぐれつつ向けられる視線を無視していると、説明をしてくれていた女性に残った先生が近づいていく。
少しの会話をした後に眼鏡の女性は退室していった。
残った先生のうち、説明役というか司会進行役を変わったのはワート先生だ。
「よし、じゃあ君たちは実習制度の利用をしたいってことで間違いないね? やめるなら今のうちだけど…うん、よし。それじゃ、この用紙に名前を書いて、この先生に渡すように」
持ち運びができる長机の上にペンと専用の用紙が人数分用意される。
残った生徒は皆、私も含めて言われた通りに名前を書いて指定された先生に渡すと、若い男の先生は手元にあった大きな箱に用紙を入れていく。
その箱は直径60センチ、高さ60センチの正方形で天井部分には用紙を入れる穴、そして下には用紙が出てくるであろう大きさの穴が空いているだけ。
色は…黒一色で装飾品はない。
全員分の用紙を入れ終わったところで、先生がそのまま箱に魔力を注ぎ始める。
「ちなみにコレは、学長が作った工房の組み合わせを決める為のマジックアイテムです。家柄や入学試験で、測定した数値を加味して最適な組み合わせを決める……とりあえず一年この組み合わせでやってみて、私たちから見てもうまくいっていない場合のみ、組み合わせを再抽選することもある。ただ、基本的にはこの場で決まった組み合わせが三年続くと考えて欲しい」
「……入れた順、とかになることはないんですよね」
胡散臭さ満点の箱を半目で見ながらワート先生に聞けば、私の気持ちを察したのか先生も苦笑して頷いた。
「ま、見かけは本当にただの箱だからね。そう思うのも無理はないけど……何度も実験しているし大丈夫さ。ああ、ほら見てごらん。箱が黒から白になっただろう。これで組み分けは終わったみたいだねー―――じゃ、まず名前を呼ぶから呼ばれたら出てきて、三人揃ったら開店資金をどのくらい受け取るかだけ決めてしまってくれるかな。決まったら、ここで欲しい金額を書いて提出したら工房を決めてもらうよ。用紙の枚数からすると全部で三組できることになる」
じゃ、早速発表しようか。
ワート先生はワクワクと生徒たちより楽しそうに箱の下についている穴から出された書類―――丁度、三枚の紙を取り出す。
どうやら三枚ずつ出てくるらしい。
取り出された紙の色は入れる前の白から薄黄色に変化している。
多分だけど何らかの魔力変化があったんだろう。
微かに、だけど魔力が増している。
「まず1組目――――…クローブ・シルソイ・ホアハウンド。続いて、ジャック・ザバイ・ヘッジ、そしてロベッジ・ネイガー・タンジーの三名。じゃあ、話をして金額を申し込んでくれ。次々行くぞー」
隣にいたクローブが呼ばれて、その後二人の男子生徒の名前が呼ばれた。
クローブは他の二人が同性だったことにホッとしたようで軽く手を振って二人と少し離れたところへ移動した。
簡単な自己紹介をしたあと早速金額について話し合っている。
(クローブは人懐っこい感じだからうまくやれそうだけど…私はどうかなぁ)
できれば、庶民の女の子が一緒だと嬉しいんだけど…なんて考えてみるけど、家柄も加味されるらしいし、きっと貴族と組まされるだろう。
「二組目はマリーポット・スイレン!続いてプリムローズ・カウスリップ・ノクリン、最後にナスタチューレ・メドゥ・クレインズの三人だ。で、最後の組みは名前を呼ばなくともわかってると思うが念の為に呼ぶぞ」
女の子三人がいなくなって、残ったのは私ともう一人の女生徒。
そして男子生徒が一人。
不機嫌そうな表情を隠さない女生徒と生真面目そうな男子生徒だった。
思わず頭を抱えたくなったけれど流石に失礼だからね……頑張って堪えたよ。
「最後の組だが…リアン・ウォード、続いてベルガ・ビーバム・ハーティー。最後はライム・シトラール」
私の名前、というか正確に言えば家名を呼ばれた時会場にいた生徒たちがざわついた。
シトラールなんて家名は珍しいし頭がいいだけあって感づいたんだろう。
ため息を付きそうになったけれど気を取り直して不機嫌そうな女子生徒の方へ向かう。
(私ともう一人は貴族じゃないみたいだね。名前と家名しか呼ばれてなかったし)
もう一人の工房生も同じように考えたらしい。
彼はスタスタと無表情で不機嫌さ丸出しの女生徒の方へ向かっていた。
他の二組はそこそこ会話が弾んでいるのに、私の組はまるでこれから決闘でもするような緊張感が漂っている。
変に引きつった笑顔を浮かべている自信はあったけれど少しでも上手くやれればという微かな希望は、あっさり女子生徒の第一声で打ち破られた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
こっちの執筆がノリにノッてきているので早めに書いてあげていきたいなぁ…。