196話 みんなの大好物
温泉に行くまでがっ!なっがい!!!(いつものこと)
そして何とか間に合いました。
冷静に考えると(考えなくても)割と凄い状況です。はい。
真新しい装飾品をつけてると落ち着かないな、と思いながら完成した氷石糖を小分けにする。
左の腰にあるリボン中央につけられた【ウパラエッグのブローチ】をチラッと見下ろす。
キラキラと輝くそれには、追加でディルとミルルクさんが魔術紋というものを刻んでくれたんだけど、魔術に詳しくない私でも凄いとしか言いようのない魔術を込めてくれたのだ。
(まさかドラゴンの一撃も防げる魔力の障壁があるとは思わなかったな)
しかも、自動展開式で三回ほど有効だという。
ミルルクさん直々に刻んだソレは魔力充填式。
私とディルの魔力を全部注いで漸く一回分、って聞いた時は思わず聞き返した。
「持ち物はトランクがあるから平気だよね。一応、採取したものを入れる小さな籠はポーチにいれたし、食材は早めに出るからお店で買えばいいってことになったから……うん、平気そう」
昨日は、ウパラエッグのブローチを作った後、カンビオの実を使って【氷石糖】を最大調合量で二回作成。それ以外にも『ふるるの素』っていう錬金素材のレシピと材料を聞いて、トリーシャ液を新しく作った。
ストックは十分にあるんだけど、センカさんから品質が上がる作成方法を聞いたからお試しで作ったんだよね。
世間には広まっていないけど、おばーちゃんと仲が良かったセンカさんはこの元のレシピを知っていた。
【トリーシャ液】
浸水液+ローゼルの花+香油+サイプレスの実
とろみのある液体。水や湯に触れると泡立ち、良く溶ける。
ローゼルの花を別の素材に変えると様々な香りに。
髪を洗うと綺麗にサラサラ艶々に! また、汚れにくくなる効果も。
オランジェが考えたもので他には広まっていない。ローゼルの花を入れなければ無臭になる。
【上級・トリーシャ液】
浸水液+レデュラの雫+香油(香りのベースになる)+サポルジェル
トリーシャ液のレシピにセンカが変化を加えたもの。
香油が香りのベースになる。サポルジェルに使用するサポル草は市場に出回っていない。
しっとり滑らかで、洗浄力だけでなく保湿・美容成分を豊富に含んでいる。
髪の艶や指通りはトリーシャ液以上で、汚れ防止効果も向上。髪を水で軽くすすぐだけでも綺麗な状態が三日は保てる。
もっちりとした濃密な泡と好きな香りが長持ちするので一度使うと癖になる。
(サポル草とレデュラの花はサフルが育ててみるって言ってくれたから、ちょっと安心かな。サポル草って市場にもでてないみたいだし)
楽しみだなぁ、と思いながら小分けにした氷石糖に色分けした紐を結ぶ。
いちいち品質を確認するのが面倒だから、品質別に色分けしてるんだよね。
S品質には白のリボン、Aは赤、Bは青、みたいな感じで。
昨日の調合は中々大変で、夕食を食べて身支度したら全員そのまま部屋で寝てしまった。
ベルやリアンもぼーっとしてたくらいだし、相当きつかったんだと思う。
サフルがあれこれやってくれて本当に助かったっけ。
二人とも寝る間際にサフルへお礼言ってたくらいだからね。
「ふぁあ……って、はやいッスね」
「おはよー。ラクサも早いね」
「オレっちはこれから朝の日課ッス。護衛として来てるんで、少しでも戦闘の勘を取り戻しておかないと流石に不味いかなぁと。ほら、美味いもの食わせて貰ってるンでその分、還元しないとリアンやベルに容赦なく潰されるの間違いなしなンで」
私からするとラクサは十分に強い。
そうじゃなきゃベルやリアンが護衛を頼むとは思えないし、と思ったことをそのまま伝えるとラクサは困ったように笑っていた。
「買い被りッス。戦闘の勘がだいぶ落ちてるのは自覚済みなんスよ。ほら、ミルミギノソスと遭遇したじゃないっスか。あの時の戦闘やらアンデッドやらとの対峙で嫌という程思い知ったんス。対人の戦闘が得意だって自負はあるんすけど、そう都合よくはいかないっスね。新しく武器に出来そうな金符もいくつか作ったんで、今後はもう少し役に立てると思うッス」
「新しい武器って言えば、昨日初めてラクサがケイパーさんに教えてもらってるところ見たけど、結構厳しかったもんね。少し意外だった」
「そうっスか? 理不尽な要求はされないし、実力も名声以上にあるンで楽というか信用も信頼もできるッスよ。一職人としても人としても尊敬できる大人って感じッスね。ちょっと酒癖悪ィけど」
照れくさそうに笑って、ラクサは三十分くらいで戻ると出て行った。
私も準備らしい準備は終わったので、少し早いけど温泉で食べる物の下準備を済ませてしまうことに。
(脱衣所の所でお魚とか色々焼いて食べたいし、串に刺して、味付けくらいはしておこうかな。あと、ご飯は此処で炊いて食べやすくオニギリにしちゃおう)
人数自体は私とベル、リアンにサフル、護衛のディルとラクサの六人だ。
あと、カルンさんが同行してくれるって事なので七人分は最低でも作らなきゃいけない。
その上、全員よく食べるから数はがっちり作って置かないと足りなくなるんだよね。
昨日の食事準備中に魚を捌いたりはしておいたので、串に刺して味付けをしたら大きなバットに入れてトランクの中へ。
時間経過なんかも気にしなくていいから本当に楽チンだ。
一時間後にセンカさんが起きてきて、その後リアンやベルも起きて来た。
ディルは朝食の時間にミルルクさんと現れたのでうっかり笑っちゃったけどね。
ご飯が出来上がるタイミングを見計らってたのかと思ったもん。
食べる直前にケイパーさんも駆け込んできたので賑やかな朝食になった。
カルンさんは収穫作業が少しあるとのことで来れなくて、ビトニーさんは元気に作業中なんだとか。
食事を終え、購入するものについて話しているとミルルクさんと一緒に商店街へいくことになった。
「ああ、そういえばビトニーの家に寄ってから温泉に向かうといい。いくつか普段着を作ったと言っていたな」
「それなら、朝ご飯とお昼ご飯になりそうなもの作っていきますね。ただで貰うのって落ち着かないし、ラスクでも持って行こうかな。アレ調合時間短いし、パンはいっぱいあるし」
「え、コレから作るの?」
「? うん。片付けしてる最中に終わるよ。材料入れて魔力注いだらすぐできるし」
ごちそうさまでした、と食事の挨拶をして食器を下げ、センカさんに聞くと硬くなってきたパンがあるというので有難くそのパンを使うことに。それだけだと足りなさそうなので追加でパンを一口大に切って、材料を計る。
(作業中だから粉があんまり落ちない様にハチミツと砂糖、バタルに紅茶とレシナの皮にしようかな)
一口で口に入れられる大きさだから、粉が落ちる心配もあまりしなくていい筈だ。
材料が出来たら調合釜へ。
大きなボウルと混ぜる為の杖、そして大きなお玉があれば準備はOKだ。
片づけはベル達が順番を決めてやってくれてるので問題なし。
鼻歌を歌いつつ、レシナと砂糖を調合釜に入れて魔力を注ぎながらかき混ぜる。
ポイントはみじん切りにしたレシナの皮に砂糖と魔力を始めにまとわせて、レシナピールを作ってからバタルを溶かし馴染ませてからハチミツ、紅茶、パンを入れる事。
完成すると浮かんでくるので魔力を注ぎながら、カルンさんに聞きたいことが幾つかあったりするんだよね。
(早めに温泉の近くにキノコが生えていないか聞いてみよう。ニヴェラさんとの約束もあるし)
「よし、完成!」
スイスイ~ッと調合釜の中を泳ぐように浮上したラスクをボウルに移しながら一つ味見。
サクッともザクッともいえないカリカリとした歯触りと紅茶とレシナピールの香りとハチミツの甘い香りが混ざって食べやすい。
「……ウッカリ食べ過ぎちゃうやつできた」
大量に作ったのでミルルクさんやケイパーさん、センカさんとビトニーさんに十枚ずつ分けて渡した。カルンさんは温泉に同行して色々教えてくれるそうなのでお茶の時間に出そうと思ってる。
ミルルクさんと一緒にセンカさんの家を出て、商店へ向かう。
「そういえば、オリーブオイルだが去年のものでもいいかね。搾りたては出発時に渡せるように揃えておこうかのぅ。精製したものと絞っただけのものの二種類を大瓶で五つずつだな」
「あの、本当にそんなに頂いて大丈夫なんですか? 集落の皆さんの分とか」
「オリーブは常に収穫できるから問題ないんじゃ。カルンが品種改良したからの。それで、商店では何を買うんだね」
「お肉って売ってますか? 鳥系だと嬉しいんですけど」
「卵を産めなくなった鳥は定期的に潰しているから安心するといい。ちなみに、夕食は」
私の横にはディルとミルルクさん。
この二人は圧倒的にご飯の話が多い。ベルやリアン、ラクサはアイテムの話だったり戦闘の話だったり旅の予定についてだったりいろいろ話すんだけどね。
「夕食は油がいっぱいあるので揚げ物でもしようかなぁって。おばーちゃんにザンギっていう揚げ物料理を教えてもらってるので。鶏肉がなければカツレツですね」
「………夕食の時だけ顔を出してもいいかね? 美味い果物と酒を持って行こう」
「揚げたてが美味しいので、夜の六時くらいに来てください。可能ならセンカさん達も一緒に」
「うむ。それでは邪魔させて貰うとしよう。ああ、温泉についてだが、最初の儀式を済ませて貰えばいつでも入れるぞ。あの周辺には調合に使えるような素材もかなりあった筈だ。もしよければ数日滞在しても構わん。折角だ、調合釜一つ運んでやろう。あちらでも調合出来れば便利だろう? ディル、召喚術の使いどころだ。精々働くんじゃな」
ミルルクさん曰く、魔術で大きなものを運ぶことはできる。
でも、物を移動させる場合は圧倒的に召喚術の方が便利なんだって。
商店街では一緒に収穫作業をした女性が働いていたので色々オマケして貰えた。
その時に、作ったラスクを味見して貰ったんだけど気に入ってもらえたので調合じゃない作り方を教えておいた。パンが無駄にならないから活用して欲しいと思う。
「温泉の使い方についてまとめておいたから参考にしなさい。あと、どうしても服を全て脱ぐ必要がある。想定している時間は比較的長いが、自然が相手だから手早く終わらせてからゆっくり湯につかる方が良いだろう」
いくつかアドバイスをもらって、カルンさんと入れ替わる形でミルルクさんと別れる。
儀式は11時からなので、サフルは収穫作業を終えたら温泉に来るそうだ。
カルンさんに念願だったキノコ採取について聞くと、温泉までの道や温泉周囲にはキノコが多く発生しているそうだ。
珍しいのもあるよ、との事だったので道中で調合に使える素材やキノコを採取しながら向かった。ちょっと行儀が悪いけど、採取組と警戒組に分かれて交互に立ったままお昼ご飯を食べた。
キノコも大量で、乾燥させたり、水煮にしたり、塩漬けにする物もあるので結構忙しくなりそう。
ちなみに、夜は暖かいキノコ汁を作ると決めた。
キノコ苦手な人がいないのはいいよね。ほんと。
大量の素材と共に温泉に足を運んだ私たちは、カルンさんが一瞬眉をひそめたことに気付かなかった。
◆◆◇
荷物や道具を運び、ディルが調合釜を運んでくれたりと午後は拠点になる宿泊場所を整えた。
紅茶を飲んで、夜が長いってことで少し仮眠をとったんだけど体も軽い。
朝消費した魔力はとっくに回復してるけど、たまにお昼寝もいいかもしれないよね、ってベル達に言うと「働き過ぎだから昼寝しろ」って怒られた。
「じゃあ、ちょっと早いけど夕食の準備するね。六時には完成させるから」
「私も手伝うわ。暇だしね」
ベルが調理補助に入ってくれたので料理は思ったより早く仕上がりそうだ。
その時話したんだけど、ミルルクさんの言う通り『予想』が絶対じゃないってことで五分で時間が来る前提で行動することに。
「10時30分には脱衣所で準備をして10時50分には温泉の周りに移動。それぞれ決めた位置について、待機だよね」
「ええ。バスタオルを巻いた状態だから少し寒いかもしれないけど、仕方ないわ」
その時コップとお湯を汲むための桶は忘れない様に、ってことで脱衣所に人数分準備した。
下味をつけた鶏肉に衣をつけて大量に揚げていく。
鳥肉はあるだけ買ったから十羽分のお肉が次々に大皿に。
手伝うことはないかって全員一回は顔を出したのには笑ったけどね。味見が目的なのは分かってたから一つ食べて貰ったけど、全員好きな味だったみたい。
夕食の挨拶が賑やかだったのに、食べた途端、みんな無言。
ただひたすらお肉やら揚げた魚なんかを食べてた。
ご飯も炊いたんだけどご飯の減りもすさまじくて、危うく足りなくなるところだった。
「……そ、そんなにお腹空いてたんだね」
辛うじて出た言葉にベルが口に入っていたものを飲み込んで口を開いた。
ベルも凄い勢いで食べていた人の一人だ。
「どうしてこんなに美味しいものがあるって教えてくれなかったの?!」
「油が高いんだもん」
「そんなもの工房のお金じゃなくて私が出すわよ!! 手伝うからまた絶対に作って頂戴」
「それはいいけど……あ、そのオークカツだけど残しておいてくれれば、明日カツドンっていうの作ろうか?」
「………どんな料理?」
「ショウユベースのスープにカツを入れて卵でとじたものをご飯の上に乗せて食べるんだけど、おばーちゃんの故郷では人気の料理だったみたい」
「残しておくわ……二枚」
苦渋の決断、みたいな顔で自分のお皿にベルはカツを載せた。
私達の話を聞いていたらしい全員が自分のお皿にそっとカツを確保したのは見なかったことにしておいた。
食後のお茶を飲んだ後、カルンさん以外が帰るとの事だったので見送ってから10時まで時間を潰すことになった。片付けも終わったし、家の中にいても落ち着かないので外に出ていると言えば全員同じ気持ちだったらしい。
「あ。折角だから外の脱衣所でのんびりしようよ。あそこなら雨も凌げるし」
全員が頷いた所でカルンさんの許可が下りたので、ビトニーさんがくれた服を持って脱衣所へ向かった。
中央にある灰の上に薪を組んで火をつける。
パチパチと薪が燃える音と雨の音が何だかいい感じ。
温泉地には人工の月明かりが届かない様にしてあるらしく、真っ暗だ。
魔石ランプをつけて、リアンとディルの懐中時計を見ながら集落で学んだことや帰った後の予定を話しているとあっという間に時間が経った。
脱衣所を布で仕切って男女で別れて服を脱ぎバスタオルを巻きつける。
チョット肌寒いけど魔力が増えるならどうってことはない。
「今は寒いけど、温泉を飲んで浸かるだけで魔力が増えて、才能も貰えるかもって考えると凄くお得だよね」
「この集落を隠す理由が増えたわね。これ、世間に広まったらかなりマズいわよ。帰る前―――というか、早急に一度魔力契約を結びましょう。自白剤やらそういった系統の才能を使っても話せない様にしておかないと」
私たちの話し声が布越しに聞こえたらしく、リアン達も同意を示してくれた。
儀式が終わったらカルンさんにリアンが相談してくれるらしい。
「私は儀式が終わったら温宝花の採取するね。宝化した花びらは、今後の為に出来るだけ確保したいもん。買うと凄く高いんでしょ? 温宝花って」
「限られた土地でしか買えないものは基本的に高いな。素材をいちいち買っていたら店で売る時にはかなりの額になる。だが、買い渋ると自分の首を絞めるどころか死にかねない。温度の緩和は旅をする過程で非常に重要だ」
「体調不良になるとヘタ打つことが増えるッスからね。判断を間違うと首と胴体がスッパーンってなることも多いっすよ。特にダンジョンでは」
「装飾品に特性を持たせることもできるが、依頼するとかなりかかるぞ。薬を買って凌ぐ方が多いだろうな。その際必要になるのは細工師や錬金術師だが実力がないと金と素材の無駄になる」
ディルの言葉にラクサが溜め息を吐いた。
どうやら、まだそういった細工には至っていないらしい。
(正直、私達が作れるかどうかも微妙だしね。装飾品が凄く力を喰うのは実感済みだし)
会話をしていると、リアン達の方が静かになった。
どうしたんだろう、と心配になってポーチの場所だけ確認。
仕切り布があるから様子は分からないけど足音がしたんだよね。
ただ、直ぐにカルンさんの声が聞こえたので力を抜いた。
「リアンくん、申し訳ないのですが儀式は君たちだけでやって頂けないでしょうか。ミルルクさん達に話したいことが出来ました。正確な時間を計れる懐中時計を渡しておきますから、これを基準に儀式を進めて下さい」
「構いませんが……」
戸惑ったようなリアンの声。
何があったのかは分からないけど、少し焦ったような声だったので余程の一大事なのだろうと判断した。
「申し訳ありません。儀式はお伝えしたとおりにして頂ければ問題ないので、愉しんで下さいね。温宝花についてもどの部分が宝化しているのかは一目瞭然なので間違えることはないと思います」
「わかりました。後で何が起こったのか話せる範囲で教えて頂けると幸いです」
リアンの真面目な言葉を最後に一人分の足音が遠ざかっていく。
儀式は続けることになったので、私達は何とも言えない気持ちのまま合図を待つ。
寒いのと雨が降っているのもあって55分に移動することにした。
緊張と期待と好奇心で落ち着かなくてウロウロしつつ、ベルと才能について話をする。
後天的に才能が増えることは珍しくはないんだけど、温泉を体内に取り入れて浸かるだけで才能が貰えるなんて想像をはるかに飛び越えた現象だ。
「―――……そろそろいいな。移動するぞ」
リアンの声に私たちは桶を持って温泉へ。
素足だから足裏に石が当たって痛いし、雨で濡れた雑草は滑りやすい。
慎重に、でも素早く温泉を囲む。私の隣にはベルとリアン。
円形の温泉だから顔はばっちり見える。
魔石ランプは温泉から少し離れた所においた。
変化が起こってから行動をしなくちゃいけないので、雨が止むのを待つ。
冷たい雨で体が冷えて小さく震え始めたけれど、ギュッと唇を噛んで堪える。
変化は、唐突で突然だった。
温泉の中心の雨が少しずつ弱まっていくのが分かる。
夜の闇に目が馴染んだおかげで、ある程度周囲が見えてるのもあるけど、すこーしずつ明るくなってきてるのだ。
「ねぇ、空見て! 温泉の真ん中の雲が少しずつ晴れていくみたい」
思わず声を出すと全員が上を向く気配と息を飲む微かな音が聞こえた。
雨の音が少しずつ、弱まっていく。
代わりにふわりと温泉の湯気が周りの空気を温めていくのが分かる。
―――……雲が晴れていくにしたがって真っすぐに月明かりが温泉に差し込む。
この時初めて温泉の中が見えたんだけどかなり深そうだった。
無色透明で温泉の底は石と砂が混ざったような状態。
「川底に似てるな」
「大きな岩もあるみたいだけど、深いよね」
「頭の先まで浸かるのが簡単そうでよかったわ。月明かりが温泉全てを照らしたら、指を一本入れて魔力を注ぐんだったわよね」
「乳白色に湯が変わってからっスよ」
「そういえば、サフルは魔力流せるの?」
「はい。問題ありません」
月明かりの指す範囲が少しずつ広がっていく様はとても綺麗だった。
暗闇に射す柔らかな月灯はまるで天へ続く光の柱のようにも見える。
変化が起こって暫くするとゆっくり、まるで充填でもされていくかのようにお湯が乳白色に濁り始めた。
中心までしっかり染まった所でタイミングを合わせ指を差し入れて魔力を流す。
初めは熱いと感じたんだけど、雨で体が冷えていたから仕方がない。
ただ、元々の温度は42度くらいみたいだ。
「―――……そろそろ、か?」
リアンの声で私たちはコップを手に取る。
温泉の表面がゆらりと揺れて淡く輝き始めたのでコップ一杯分のお湯を汲み、せーの、という合図で口をつける。
味はまず酸味と鉄を混ぜたような味がして、それに苦みが合流。
えぐみが押し寄せて、最後はしょっぱいな、と思ったら微かな甘みを残して消える。
凄まじい味に盛大に顔が歪んだのが分かる。
多分、皆そうだったと思う。これはキツイ。
うえ、と小さく呻いてからバスタオルを外し、桶でお湯を掬ってバシャーンと頭からかぶる。
急げ、急げ! とお湯に飛び込んだ。
バシャンッという音が私が飛び混んだのを皮切りに聞こえた気がした。
熱さが体に広がったのは一瞬だ。
直ぐに程よい温度に感じて肩の力が抜ける。
(頭まで浸かるって言ってたから、ちょっと潜ろうかな)
恐る恐る目を開いて温泉の中を見るんだけど―――不思議な景色が広がっていた。
乳白色に見えたお湯の中はまるで宝石の中にいる様な感覚に襲われる程、美しい。
(青、赤……黄色? もしかしてこれ、注いだ魔力の色?)
澄んでいるのは恐らく私の魔力の影響だろう。
心地よい温度と地上では決して見られない特別で特殊な景色を目に焼き付けるように潜っていると、息苦しくなってきた。
溺れて死ぬわけにはいかないので慌てて浮上する。
(大体、2~3メートルって所かな。深さ)
多分だけど、とキラキラ輝くお湯をかき分けるとあっさり外気に触れた。
顔を出したのは私が一番最後だったらしく全員ホッとしたように息を吐いていて、慌てて謝った。
「沈んで浮かんでこないかと思ったわよ。一分以上潜っていたんじゃないの?」
「あ、あはは。ごめんごめん。温泉の中が凄く綺麗だったからつい見とれちゃって」
「まあ、確かに想像もしていなかった光景が見えたが……どうする? 上がるか?」
「体冷えてるし、もうすこし私は浸かっていようかなぁ。儀式が終わったらすぐに上がらなきゃいけない訳じゃないみたいだし」
「それもそうだな。少し待ってくれ。眼鏡をかけるから鑑定して欲しいなら手を―――全員か。順に行くぞ」
そう言うとリアンは隣にいるベルの方に顔を向ける。
じっと見つめること数秒、リアンの声が月明かりに照らされ輝く温泉の周囲に響いた。
ここまで読んで下さって有難うございました。
週末(日曜)更新なのですが、少しでも楽しんで頂けていれば嬉しいです。
また、ブックや評価、感想も勿論嬉しいですがアクセスして読んで下さるだけでとても有難く思っております! 環境の変化で体調など崩されない様、美味しいもの食べていきましょうね!
鍋がいい。鍋。