18話 入学と新制度
新キャラ登場です。
…おかしいな、設定にないキャラなんだけどな。
今日は、トライグル国立レジルラヴィナー学院の入学式だ。
人数が人数なので専門科ごとの入学式という方式をとっていると聞いたのは入学式が始まる一時間前のこと。
学院の大きな門の前では入学式を控えた新入生の認証が行われていて、そこで入学者だと確認された時点で説明を受けた。
認証は銀の腕輪を渡して氏名の確認だけで済んだので少しだけホッとする。
視線がやっぱり鬱陶しいんだよね。
「えーと…錬金科は……うん、金持ち仕様の立派な建物だね」
正門を抜けて、試験会場があった場所は案内や受付、購買、その他にも依頼や掲示板などがある共有スペース。
大小様々な部屋と教員の研究室がある、学院の顔とも呼べる場所だ。
で、そこから奥に行くと騎士科・召喚科・錬金科の棟へ続く三つの道がある。
左手にいけばおそらく一番の広さと規模を誇る騎士科、真ん中の道は円形の建物と強力な結界が張ってある召喚科、右手にはこれから私が通うことになる錬金科の建物があるのだ。
「はーあ…気が乗らないなぁ。庶民って私だけかもしれないし」
錬金術の勉強はしたいけど、貴族は心の底から嫌だと思いつつ錬金科の扉を開ける。
重厚感のある木製のドアにぬられている塗料も恐らくは錬金術で作られたものだろう。
この錬金科の棟は全て錬金術で作られた建材やアイテムなどで構成されているようだった。
「耐久性もあるし、ちょっとやそっとじゃ壊れないのはいいんだけど…ん?あ、でも長い期間使うならこっちの方が最終的にお得なのか」
そういうことなら別に構わないやと建物の中に足を踏み入れる。
シルクの絨毯に白煉瓦を敷き詰められた床、壁は高品質の錬金煉瓦があり、壁に取り付けられた照明器具は大きな魔法灯。
カウンターには見目のいい男女が複数いて、新入生らしき生徒を一人ずつ案内しているようだった。
(うわぁ、なんて無駄な人手。場所も予定も全部掲示板か何かで貼り出しておけばいいだけなのに)
ゲンナリしながら中央にあるカウンターに向かえば、自分にいくつもの視線が注がれるのがわかった。
貴族らしく無遠慮な、見定めるようなそれに不快感が高まっていくし、機嫌は急降下するしでいいことはまるでない。
カウンターで入学式をする場所だけ聞いた私は案内を辞退して一人で大講堂と呼ばれる場所へ向かった。
「すっごいなぁ」
何がすごいって、とりあえず広さとそこにいる人数。
色とりどりの錬金服の中には結構な確率で、貴重とされる赤の染色を用いたものや、光沢が眩しい明らかに高価だと思われる布を使ったもの、純度の高い魔石や宝石がふんだんにあしらわれたものなど、恐ろしくて金額に変換できない錬金服の数々を身にまとった貴族であろうものがいる。
(新しいっぽい服を着てるのは新入生、ちょっとくたびれてたり馴染んでるのが在校生かな。流石に在校生は無駄に宝石とかそういうのついた服を着てる人はいないか)
調合の邪魔になるもんね、と納得しつつ新入生が集まっている区域へ移動する。
私の髪や目の色が目立つのは分かっていた。
でも、探るような大量の視線に晒されて早くも疲れて息を吐く。
入学式までまだまだ時間はかかるみたいだ。
やれやれとため息をついて私は大人しく壁際へ移動を開始した。
貴族と話すのは疲れそうだし、話しかけられるのも目立つのもゴメンだという意思表示でもある。
(貴族のパーティーや式典の時は壁際にいれば、目立たないし、積極的には話しかけられないっておばーちゃんが昔言ってたもんね)
隅っこに移動した私に話しかけてくる人はいなかった。
諦めきれないように視線を投げてくる貴族も結構いたけど完全無視を決め込んでおく。
で、ぼんやりしながら貴族たちを見ていて気づいたこともあった。
どうやら、貴族には序列のようなものがあるらしい。
高位の貴族であればその人物に挨拶しに行ったり頭を下げたりしているけれど、同じか下の貴族であれば軽く会釈をするか相手が頭を下げるのを眺めるだけなのだ。
「うっわ、めんどくさ」
小言で呟いた私の声は大きな講堂内に響くことはなかった。
他には聞こえてくる会話でわかったんだけど、驚いたことに彼ら彼女らは今まで“調合”をしたことはおろか見たことがないという人間が多いようだ。
話の内容は試験の内容だったり、今後の授業についてだったけれど中には親族に錬金術師がいるという新入生がいて、その生徒の所には少なくない人数が集まっている。
在校生は在校生で固まっていて会話の内容は授業や課題についての議論が殆どだ。
どちらかといえば在校生の方の会話に耳を澄ませていると、思いのほか早く時間が進んでいたらしい。
大きな鐘が十回ほど鳴り響いた直後、大きな扉から渋いけれど背筋がピンと伸びた壮年の男性が現れた。
続いて、妙齢の女性が二人、中年の男性が三人、その後二十代~三十代とおぼしき男女が四人続いた。
その中にはスカウトに来て入学試験を担当してくれたワート先生もいたんだけど、他の先生から見るとやっぱりどこか胡散臭いイメージがある。
「静粛に!これから入学式を行います」
声を張り上げたのは眼鏡をかけたやや神経質そうな女性だった。
どうやら錬金科の教師ではないらしく錬金服の代わりにこの学院の制服らしきものを身にまとっている。
「初めにトライグル国立レジルラヴィナー学院錬金科学長兼学院長 ウォルナット・ピレスラム・ゲート様から入学するにあたってお言葉をいただきます」
大講堂には私たちより1メートルほどの高さの舞台のような場所があって、そこには教会で見た祭壇のような台が置かれていた。
その台に紺色の髪と瞳の学院長だという男性が立ち、私たちを見回してから口を開いた。
「まずは、錬金科への入学おめでとう。我がレジルラヴィナー学院は数多くの優秀な錬金術師を輩出しているが、これらは全て当人たちの努力によるものである。入学はあくまで始まりであると心してくれたまえ。それから、毎年限りなく少数ではあるが貴族の位を持たない入学者もいるが、身分を振りかざすことのないよう心するように。我が学院で身分を笠に好き勝手することは許されてない。マナー違反や犯罪もしくはそれに類する行動をした場合は、退学及び犯罪者として騎士団へ身柄を預けておる」
厳粛な雰囲気とどっしりとした低音が講堂の中の緊張感を高めたように思う。
それを感じながら私は内心ほっと胸をなで下ろしていた。
(よかった。私だけが一般庶民ってわけじゃなさそう)
庶民仲間ができれば私も多少学びやすいかもしれない、なんて考えていると学院長が再び声を発した。
「また、新しい試みとして今年から工房実習制度を取り入れた。これはスカウト生及び成績優秀者の十五名から三人一組で最大五組を組み、実際に作ったアイテムなどを販売し店を経営しながら錬金術の腕を磨くというものだ。授業は基礎調合の受講は必須とするが、試験は行わない。代わりに、一年経つごとに指定したアイテムを作りそれを提出してもらう。無論、合格点に達していなければ即解散し通常の生徒と同じように授業を受け、学院内で生活をしてもらうことになる」
ここで一度言葉を切って、チラリと視線を先ほどの神経質そうな眼鏡の女性へ視線を投げかけた。
そこで彼女が言葉を引き継ぐ。
「尚、この工房実習制度については入学式が終わった段階で説明を行います。対象者は式の最後に名前を読み上げますので残ってください。また、スカウト生は名前を読み上げませんのでそのままこの場に残るように」
(スカウト生ってことは私は残らなきゃいけないってことだよね。工房実習生か…普通に授業受けるくらいならコッチの方が私に向いてるかも。大量の貴族に囲まれるよりずっといいよね)
予想外の発表にざわめく講堂内を見ていた学長は手をパンパンと叩いて注意を惹きつけた。
学院長は長いヒゲを触りながら在校生を見回した。
「この工房実習制度は自由度が高い代わりに金銭感覚・商才・人柄・運…様々なものが試される。今年からの導入ということになるので、在校生は対象外とした。さて、あまり長々と話をしても退屈だろう。私の挨拶はこれで終わりとする」
思いのほか短い挨拶に少し拍子抜けしたものの、周りに釣られて拍手をした。
話を引き継いだのは、やはり眼鏡の女性だった。
「では、これで在校生は退出してください。入学生は後ろのテーブルにいる係員から正式な入学証である腕輪を受け取り、これから名前を呼ばれる生徒以外は速やかに大講堂から退出するように。寮などの案内は扉横に係員がいるので彼らに名前を告げ、案内して貰うように」
女性が口を噤むと、まず在校生がゾロゾロと大講堂から出ていき、およそ十分で在校生はいなくなった。
続いて女性の口から一三名の成績優秀者が下から呼ばれていく。
この成績優秀者っていうのは筆記試験と魔力試験の両方の点数を合計したものなんだとか。
私はスカウト生なのでさっさと今つけている腕輪を正式な入学証であるものと交換し、舞台側で待機することに。
数十人の生徒たちがテーブルで交換するのを眺めていると何処かで聞いた覚えのある声で名前を呼ばれた。
「ライムくん、元気そうでなによりだよ。どうだい、上手くやれそうかな?」
「ワート先生。上手くやれるもなにも、誰とも話してないので何とも…あ!貴族じゃない生徒って私以外に何人くらいいるんですか?」
「ん?確かライムくん以外には男女一人ずつだったかな。どちらも一般入試で入学したんだが、成績優秀者だな。スカウト生はライムくん以外に一人だけ……ああ、ちょうど来たみたいだ。彼がそうだよ…おーい、クローブくんちょっと来てくれるかな」
ワート先生が声をかけたのは、短い銀髪に緑の瞳の男の子。
歳は私と同じくらいで、頭を使うより体を使う方が得意そうな雰囲気だ。
彼は私をみて興味と好奇心を隠すことなく寄ってくる。
身につけている服は緑を基調としたものでどちらかといえば冒険者や騎士団のそれに近い。
鎧などを身につけられるように考えられているのか、装飾品も少なめだ。
「ワート教授、どうしたんですか。この子は?随分珍しい色みたいですけど」
「彼女は君と同じスカウト生なんだよ。せっかくだから顔合わせだけでもと思ってね…互いに自己紹介でもしたらどうかな」
「そういうことでしたか。じゃあ、俺から…――――俺はクローブ・シルソイ・ホアハウンドだ。一応貴族だけどかなり貧乏でほぼ庶民と変わらない暮らしをしてる。クローブでいいから気軽に呼んでくれ。俺の場合、突然ワート教授が錬金術を習わないかってスカウトしに来てさ、親も兄弟も気絶寸前だったんだ」
ハハハッと貴族らしくなく口を開けて笑う彼に好感を持った私は自然と笑顔を浮かべて自分から右手を差し出した。
「私はライム・シトラール。貴族でもなんでもない一般庶民だけど、それでもいいなら仲良くしてくれると嬉しいかな」
「いいもなにも俺、これでも十二歳から冒険者登録してたから生まれとか気にしないし、俺こそ宜しくな! にしてもシトラールなんて珍しい家名なんだな。あ、もしかしてオランジェ様やカリン様の親類とかだったりして」
まさかな、と軽い様子で笑う彼に苦笑した。
基本的にシトラールって家名は私くらいしか持ってないだろうしね。
親戚もいない、親兄弟もいない天涯孤独の身だったらしいし、おじーちゃん。
「そうだよ。オランジェ・シトラールはおばーちゃんでカリン・シトラールはお母さん。まぁ家族はもう誰もいないからシトラールの家名もちは私しかいないんだけどね」
隠すようなことでもないので気軽に話すと彼は心底驚いたらしい。
目を丸くしてまじまじと私を見ていた。
「すっげぇ…双色で有名どころの子供って相当目立ちそうだよな。貴族連中が大好きなやつだぜ、それ。あ、俺も貴族だけどさ」
「やっぱりそう思う? はー…ほんと面倒だなぁ。貴族ってあんまりいい印象ないんだよ。おばーちゃんやお母さんに依頼する貴族って多かったんだけど、物凄く理不尽で不当で不遜な感じの要求ばっかしてきてさ――――…中にはまともな貴族もいたよ?でも本当にひと握りだったなぁ」
「そういう態度をとるのは基本的に中流階級から上の貴族だな。俺みたいな下っ端貴族じゃ恐れ多くてそんな要求できやしねぇ…って、悪い。つい、ライムといると口調取り繕うの忘れちまうみたいで」
「気にしないでいいよ。私も砕けた口調の方が話しやすいし、有難いから。そういえば、ワート先生に聞こうと思ってたんですけどスカウト生って工房実習制度の対象なんですよね?組み合わせってどうやって決めるんですか」
希望制なら是非、クローブと組みたいと思いながら視線を向けると彼も同じように先生に視線を向けている。
「組み合わせはこっちで決めることになってる。何事もバランスが大事だからね。初めての試みってこともあるし、学院側も慎重にならざるを得ないっていうのもある」
「ということはスカウト生が同じ組みになる可能性は低い、と考えた方が良さそうですね。俺としてはライムと一緒なら楽しくやれると思ったんだけど…仕方ないか」
「だね。でもバランス考えるってことはやっぱ、貴族と組まされるんだろうなぁ…うう、面倒で嫌な感じの人と組まされる羽目にならなきゃいいけど」
「貴族との付き合いはある程度覚えておくに越したことはないから、いい機会だと思うしかねぇな。ま、俺も上流階級のお嬢様やお坊ちゃんは苦手だから人のこと言ってらんねぇけど」
やれやれ、と互いに溜息を付けばワート先生はキリがいいと思ったのか一言私たちに断って教員のいる方へ向かっていった。
それを見送ってから改めて周囲を見回せば、どうやら成績優秀者として名前を挙げられた生徒達が思い思いの場所で発表を待っている。
一人でいる生徒も少なくないけれど数人で固まって何らかの話をしている姿もちらほら。
話の内容は難しすぎてイマイチよくわからなかった。
「なんつーか…俺、こいつらとやっていける気がしねぇんだけど」
「奇遇だね、私も同感だよ」
はぁ、と無意識にこぼれたため息は見事、クローブと重なってお互い顔を見合わせた。
直後、タイミングよく再び場を仕切っていた眼鏡の女性の声が響く。
どうやら詳しい説明が始まるらしい。
目を通してくださってありがとうございます!
続き、出来るだけ早めにあげたい…何一つかけてないけど…。
次で新キャラ…というか主要キャラが揃う予定です。