190話 カンビオの実
調合、どこへいった????
次回、次回こそ!って思いながら、ヘタするともう一話下準備で使いそうな予感。
オヤツは大好評だった。
というか、追加で焼くことになったんだよね。
申し訳なさそうな顔をされたんだけど、それだけ美味しいって言って貰えたのは嬉しかったし、なにより自分が食べたかったので沢山焼いた。
後片付けはリアンとベルがやる、と言ってくれたので二人に任せたんだけど何処かぼーっとしているから心配だ。お皿割らないといいんだけど。
温かい紅茶を飲みながらテーブルの上のガラス瓶を眺める。
「凄く美味しかったなぁ……最高級ハチミツって呼ばれるだけある」
瓶の中には透明の液体が大瓶の九分目程までたっぷりと詰まっている。
光の具合で虹色に光るのが面白くて、角度を変えて何時間でも見ていられる気さえしてきた。
流石、宝石を意味する【ジェム】という名前がつくだけのことはある。
「ハチミツの王様っていうか、神様って感じ」
思わず唸りながら評価しているとカルンさんにクスクス笑われた。
「今年のハチミツは今までで一番いい品質のものでしたし、実際に口にして私たちも驚きました。最低品質と呼ばれるジェムニーでも十分すぎる程に美味しいのですが、これほどまでに美味しいものは私も食べたことがありません」
「ってことは、花の蜜自体が美味しかったってことですか? いいハチミツを作るにはいい素材から理論で」
見てみたかったなぁ、と一度も見ることがなかった水中に咲く花へ思いを馳せる。
あの狭い所を通った上に蜂だらけの場所に向かうのは流石に無謀だってわかっているのでしないけど。
「花の蜜が美味しいのは当然さ。今年の品質が良かったのは『理から外れた者たちの宴』と時期が重なったから、と考えるのが自然だ―――……十三年に一度、アンデッドが大量発生するのはこの土地の特徴でね。なにせ、此処は魔力が豊富にある。少しずつ溜まって、それらは大地だけでなくあらゆるものに影響を与える。死体が動くのに適した濃度になるのが十三年という検証結果が出ているんだ……今年は特別多かった。いろんな要素が重なった結果だ」
アンデッドに加えてミルミギノソスの大量発生とくれば異常事態と言っても過言ではないよ、と鼻で嗤うセンカさんに私は口を噤む。
詳しいことを知っている訳じゃないけど、何か原因がありそうだよなーなんて思ったんだよね。それは私以外の人も考えていたらしい。
後片付けを終えたベルとリアンが戻ってきて席に着いた。
全員の前に新しいお茶が揃った所でミルルクさんが口を開く。
「今回のアンデッドとミルミギノソスの大量発生……それについてだがコレの所為だろう」
コトッと微かな音を立てて置かれたのは純黒の石。
僅かな光を反射して黒々と深く鈍く輝く黒魔石だった。
じっとりとした重さを纏ったそれに思わず嫌そうな声が漏れる。
慌てて口を押さえたものの、皆それぞれ嫌悪に近い表情を浮かべていた。
ミルルクさんは手袋を嵌めた手で石を摘まみ真っ白な袋へ入れる。
「共食いをしたらしい死体の腹から出てきおった。周囲にはコレを食うために集まったミルミギノソスやギフトートバード、アンデッド共がいて膠着状態でな」
「よく見つけたな、ミルルクの爺さん。腹ん中にあったなら見つけにくかっただろ」
「臭かったから燃やしたんじゃ。他のも面倒だったから一先ず焼き払ったわ」
その際に死体やアンデッドは全て燃え、残ったのは大量のミルミギノソスとそれを狙うギフトートバードだったそうだ。
雨が降ってるのに燃えるのかな、と思っているとミルルクさんはなんでもない事のように複数の魔術を組み合わせ、火力を上げたから問題ないと言い切った。
苦虫と大嫌いなものを口いっぱいに詰められたみたいな顔をしたディルの表情を見る限り簡単じゃないことが分かる。
(ミルルクさんが凄い人っていうのは十分わかったけど、ディルが負けず嫌いなのも分かった)
苦笑しつつ大人しく真っ白な袋へ視線を向ける。
光沢のある白い袋には金糸で細かな刺繍が施されていて、教会で祀られてそうな雰囲気だ。
魔石に合わせたかのようなサイズに首を傾げる。
「この袋が気になるとは、なかなか―――……これはビトニー特製の『呪い封じ』の袋じゃ」
静かに紅茶を飲んでいたビトニーさんに視線を向けるとニッコリ微笑まれる。
今日は顔を隠すことなく素顔だ。
「自信作なの。『封呪』と『浄化』、あと『解呪』を同時に出来るように刺繍のデザインから考えたから凄く時間がかかったの。それに、袋も全て清めた最上級の素材よ。教会でもかなり高い地位の人間だけが身に着けることが許されている『聖なる法衣』にも用いられる布を一から作ったんだけど、すっごく大変でね」
だってねぇ、と唇を尖らせて話し始めたビトニーさんは何処か楽しそうだった。
どういう素材を使ったらこんなに凄いものができるのか知りたかったので耳を傾けていると聞いたことのない素材名がバンバン出てくる。
知っているか、とリアンやベル、ラクサとディルに目を向けるけど皆小さく首を横に振った。
「そういえば同じ布で作った守り袋があるの。持っていても使い道がなさそうだし、あげるわ。数は3つ多いけど、友達がいるならその子にあげて」
ちなみに、とビトニーさんは続けた。
「暇つぶしで作ったものだから刺繍は『呪い返し』だけ。練習してみたんだけど、イマイチ美しさがなかったから『封呪』と『浄化』『解呪』の組み合わせに決めて正解。こっちの方が複雑で美しいでしょ?」
私は一応頷いたものの違いが良く分からなかった。
熱心に頷いてあれこれ聞いているのはベルとラクサだ。
ビトニーさんはあれこれ聞いてくる二人に気をよくしたらしい。
「時間がある時に私のお店に来れば、簡単な刺繍を教えるわ。ラクサだったかしら、貴方は細工師を目指しているのよね? 布系の素材を使うこともあるだろうし、防具には布素材も多いから刺繍関係は覚えておくといいわよ!」
おねーさんがバッチリ教えてあげるっ! と楽し気なビトニーさんはご機嫌で立ち上がる。
慌ててポーチから朝食になりそうなものを渡せば嬉しそうにお礼を言われた。
「ありがと、ライムちゃん。じゃあ、私はまだ作らなきゃいけないものが沢山あるから先に帰るわね。んー、しばらくは食事もいいわ。集中したいし、今すごくいい所なの。ジェムニーを食べたから魔力もかなり回復してるし今やらなきゃ」
立ち上がった私とベル、ラクサの三人で見送りを終えて席に戻るとミルルクさんが難しい顔をしていた。
「で、だ。ここからが相談なんじゃが、ディルにくれてやってもいいかのぅ」
「……はぁ? おいおい、何を言ってやがる。呪われた黒魔石なんぞ害にしかならねぇだろ」
「解呪しとるだろうが」
「解呪には何年もかかるとビトニーから聞いているだろ。そもそも、それの純度も魔力量もすげぇぞ。その入れ物に入っているから害がないとはいえ、間違って生き物が口に入れて見ろ。あっという間に手に負えない魔物の完成だ!」
「……ケイパー落ち着かんか。ミルルク、私も反対だね。それは集落から出すべきではない。集落内ですら厳重に管理するべきだよ。呪いは厄介だ。まして、共食いした死体の腹の中から出て来たなら恨みつらみは相当なものだろうさ……ここに、呪術師はいない。高位の聖職者もいない。祈祷師の一人でもいればマシだろうけど、それもいない」
私は『呪い』という状態異常を引き起こすアイテムがあることは知っているけれど、実際に現物を見たことはなかった。
ゾワっとする得体のしれない感覚が呪いか、と納得している間に話は進む。
「ミルルクさん、何に使うのかは聞いたのですか?」
「聞いてはおらんが召喚術に使う筈だろうな。他に使い道を思いつかんぞ」
髭を撫でながら告げられた言葉に私もコッソリ頷く。
ディルは我関せずで、ティーポットからお替りを注いで飲んでいた。
「一つ聞くけど、ディル。呪われた黒魔石なんて召喚術で使えるの? どう考えても余計な効果しかつかなそうだけれど」
ベルの温度のない声を聴きながら紅茶を一口。
ディルなら危ない使い方はしないと思うから口を挟む気はない。
「使えるぞ。禁止されてはいないが危険視されている契約方法の一つだ」
「ベル、間違っても使い方を聞くなよ。まともな手法でない事は確かだ」
「分かってるわよ、リアン。でもそういった方法を知っていて、欲してるってことは―――……つまり、そういうことなんでしょう」
幾分か冷たくなった視線も気にした風がないディルはふんと小さく笑う。
口元には笑み。
ディルは何故か私を見た。
「ライム。俺が呪われた黒魔石を手に入れることができれば、ドラゴンに近づく」
「ドラゴンに近づくって……ディルはドラゴンを召喚獣にする気なの?」
「そうだ。色々条件があるが黒い魔石と白い魔石が必須になるからな……後は、まぁ、焦らずやるつもりだ。ドラゴンが召喚獣にいれば脱皮した鱗なんかを渡せる。それで色々調合出来るだろう? まぁ、若いドラゴンや協力的なドラゴン、事情がある個体に限るだろうが備えておくに越したことはない筈だ」
個人的にはデカいのを捕まえて、背に乗って移動できるようにしたいと思っている。
じっと真剣な紫の目には冗談だとかいい加減な感じは全くなくて、昔『約束』をしたときと同じ目をしていた。
私は懐かしさと嬉しさを感じながら頷く。
「薬で治せない怪我だけはしないでね。腕とか食べられたら私でも治せないし、とれたての状態なら何とかなるってわかってるけど……心配だからダメ」
「――……ああ。楽しみにしていてくれ」
ふっと笑うディルは直ぐに普通の表情に戻ってセンカさん達を眺める。
そして、懐からペンを取り出した。
小さなインク瓶も取り出し、ちらりとミルルクさんの手元にある魔石に視線を向ける。
「ただとは言わないし、金なら払う。ついでに、使用用途を限定した魔力契約を結ぶ。これでどうだ」
これ以上は譲らないぞ、というようなディルにお願いの仕方がちょっと間違ってるような気がするなーと苦笑しているとセンカさんが真っ先にため息をついた。
続いて、ケイパーさん達も顔を見合わせて何とも言えない息を吐く。
「金はいらん。私らにとっちゃ、厄介なものだからね。ただ、魔力契約は結んで貰うよ」
「だなぁ、流石に頼むぜ。カルンはどうだ?」
「私も異論はありません。召喚術には疎いので判断が難しいのですが、魔力契約で用途を明確にしておけばこちらとしても安心できますし、お願いしたいと思っています」
その場にいた全員の合意を得たディルは何処からか契約書を取り出し、サラサラと記入し、条件を確認後に全員が記入。
契約書はディルとミルルクさんが持つことになり、センカさんを残してミルルクさん達が立ち上がる。
「さてと、飯も食ったしラクサはウチから道具を持ってここに戻れ。明日は此処で実践して、作ったものを評価する。身についていない部分は死ぬ気で身につけろ!」
二ッと笑ったケイパーさんはガハガハ笑いながら「先に行くぞー」と手を振って出て行った。
カルンさんは私達を見て小さく頷いた後に夕食に使う食材は後で届けます、と口にして……少し考えた後私を見た。
「ちなみに、ですが。ライムさんは魚の調理は得意ですか?」
「魚ですか? 調理って言うか、まぁ……ご飯は作れますけど」
「そうですか! それならよかった。大きな白身魚を頂いたのですが、焼いたり煮たりするのも飽きていまして」
嫌いではないんです、と言いながら魚に関する苦労を色々話し始めた。
香草をまぶして焼いたり、腹に何かを詰めて焼いたり煮たりは日常的にするそうだ。
魚の大きさを聞くと両手を広げてなんでもない事のように「この位ですね」と言ってのけた。
「さ、捌けるかなぁ……頑張ってはみますけどそんな大きい魚捌いたことないので」
「大きい包丁を持ってきますね。ああ、何匹か持ってきますので、捌いたら持って帰ってください。時間経過しない素敵な道具をお持ちのようですし」
楽しみにしています、といって優雅に扉を閉めたカルンさんの背中は何処かソワソワ。
足取りもどこか軽くて頑張らないとなぁと苦笑した。
(カルンさんの期待を裏切らない料理が作れる保証はどこにもないんだけどな)
そんなことを思いながら振り返るとミルルクさんが真面目な顔で近づいてきて、私と目を合わせるように膝を折った。
「ライムちゃん。ワシも魚料理が食べたいんだが、夕食に来てもいいかね」
「? はい、どうぞ。たくさん魚あるみたいですし」
「ふふん。そうじゃ、何か欲しいものはあるかね。ある程度のものは持っていると思うんだが」
「欲しいもの……あ。それならオリーブオイルを売っているお店って何処か教えてもらえませんか? 沢山あれば嬉しいんですけど」
「それなら早めに持って来よう。なぁに、油程度でワシの懐は痛まん。この集落ではオリーブもたくさん採れる。帰りに沢山持っていきなさい。搾りたてを瓶に詰めてやるからの。足りなくなったら手紙でもなんでもリアン坊にかかせておくれ。便利な転送機能付きの魔術を開発しておくから、時々作った夕食でも朝食でも昼飯でもオヤツでも送ってくれるとジジイは嬉しい」
どうだ? とニコニコしながら話してくるんだけど、目がマジだ。
どうしよう、と助けを求めて視線を彷徨わせているとディルが私からミルルクさんを引き剥がした。
センカさんは呆れた顔でミルルクさんを見ている。
「ライム。このどうしようもない爺さんは放っておくとして、オリーブオイルならいくらでもあるから持って帰りな。調合にも使えるからね―――……アンタ達が持ってきた小麦やら何やらで今年の冬は全員備蓄のことを気にせず食える。カルンも頑張っているし、集落の皆も頑張ってはいるけど、どうしてもこの土地は水気が多い。小麦は改良してかなり収穫できるようになったが……」
「土の水分を飛ばすことは、出来ないこともない。が、あまり自然に手を入れすぎると何処かにしわ寄せが行く。結界を張って外と切り離しているのは、周囲の環境を大きく変えない為でもある」
「ほー……色々考えてるんスね。学のないオレっちには想像も出来ないっスけど」
「私もそこまでは全然考えなかったけど、少しずつ変えるなら馴染んで抵抗も少ないけど、一気に変えると抵抗が大きくて大変っておばーちゃんよく言ってたっけ」
「魔力を使うにも少量ずつ消費して空になった時と一気に消費し空になった時では疲れ方が少々異なるからな。無理が来ないのは少しずつ消費する方だから、そういう風に考えると納得は出来る………かなり癪だが」
「筋トレみたいなモノってことね。最初はちょっと無理な所まででやめて、少しずつ積み重ねてくみたいな感じかしら」
「……筋トレと同じように考えるのはどうなんだ?」
らしいなぁと思いながら話をしているとミルルクさんはしばらく考え込んで、他に必要なものはないかと聞いてきた。
特にない、と答えそうになったけど一つ思いついたものがある。
「魚料理に合うお酒を持ってきてくれませんか? 私以外は皆お酒飲めるので、是非美味しいのを」
「ライムちゃんはなにがいい?」
「うーん………あるもので適当にご飯作るし、特には……って、そうだ! 集落の自慢の品を見せて頂けませんか? こういう集落に来るのは初めてだし、色々見たいなぁって思ってはいたんですけど、センカさんもいるし錬金術の練習を優先したいから見て歩く時間がなくて」
「ふむ。そういうことならワシが色々持ってきてやろう。楽しみに待っていておくれ―――……ディル、帰るぞ! 魔力が回復したならもうひと働きせんとな」
言うや否や、ミルルクさんがディルの襟首を引っ掴んで引きずられていった。
引きずられながら「夜! 絶対に晩御飯は食べにくるからッ」と叫んでいて、返事の代わりに手を大きく振って返した。
息を吐いて扉を閉めると、センカさんに名前を呼ばれてテーブルに戻ると見覚えのあるものがサフルの手によってテーブルに並べられていく。
「ハチミツに水、糖花に果物ってこれ、氷石糖の素材? いや、でも……ハチミツじゃなくて砂糖を使う筈だから、違うのかな」
思わず呟いた言葉にセンカさんが頷く。
ハチミツは、薄く黄色味がかっていたけれど【ジェムニー】で間違いなさそうだ。
品質を見る限りでは今回貰ったモノではないだろう。
「これで共同調合をしてもらう。ライムは調合したことがあるから分かるかもしれないが、この調合にはかなりの魔力を消費する。その上、用意した素材は高品質で素材ランクが高い」
「素材ランクって……確か高ければ高い程、いい効果がついたり効力が増すっていう」
「そうさ。その分扱いが難しく魔力の消費も多く―――…原価が高くなる」
ニヤリと笑うセンカさんに私は絶句する。
リアンは鑑定し終えたらしく頭を抱えていた。
ベルだけが感心したようにテーブルの上の素材を見ている。
「氷石糖って言えば、ライムが倒れた時に作った綺麗な回復アイテムよね? ハチミツで作っても平気なのかしら。味とか食感とか変わるんじゃ」
「言われてみると確かに……ハチミツも確かに甘いけどちゃんと氷石糖になるのかな」
べたべたになると困る、と思わず眉をひそめた所でコトンと小さな瓶が置かれた。
中にはキラキラ輝く氷石糖。
色は澄んだ緑色なんだけど、少し青が混じっているような不思議な色合いだった。
「これはハチミツを使って作った氷石糖だ。違いを説明してみな、リアン坊」
名指しされたリアンは眼鏡の位置を直してじっと数秒、瓶の中でキラキラ輝く食べられる結晶を眺めていたけれど無表情のまま口を開く。
声に感情が滲まないことは多々あるけど、今回はなんだか緊張しているみたいだった。
「氷石糖。品質SS。魔力継続回復(極大)、詠唱短縮(二分の一)、劣化無効、疲労回復(大)、寒冷耐性(大)―――……品質は勿論効果が完全に上位ですね。爪の大きさ程のもので十分すぎるほどの効果があるかと。効果の継続時間はおよそ十五分」
「砂糖を使うのが正規の、本来語り継がれていたレシピさ。いいかい、覚えておかなくちゃならないのは『教科書や本』が全てだと考えた時点で成長は見込めない。レシピはあくまで『作り方』と『基本的な材料』が書かれているだけだ。それが最適で最高だとは思わないことだね」
ヒヒヒ、とセンカさんは細く笑う。
懐かしそうな、でもどこか名残惜しそうな表情と感情が伺えない声。
「錬金術もそうだが技術に『果て』はない。考えるか感じるかは個人によってマチマチだがね、辞めたら終わりさね」
重みのある言葉に頷くとセンカさんは小さく息を吐いて、短く私達に問いかけた。
表情はすっかり『錬金術師』のそれだ。
「で。質問があるなら今のうちにすることだね。無いなら次の――……」
「っはい! あのっ、砂糖の代わりにハチミツを使うのは分かったんですけど、投入するタイミングは一緒ですか? あと、この果物を初めて見たんですけど……どんな味なのかなぁって」
初めて見る果物だ。
大きさは直径30~40センチとかなり大きめ。
表面は鱗のような無数の皮とも殻ともいえないもので覆われていて、色は薄い灰色。
美味しそうには見えないんだけど、多分、果物だろう。
ほんのり甘い香りがする。
私だけじゃなくリアンやベルも見たことがないみたい。
「市場には出回らないものだから無理もない。この果物の名前は【カンビオの実】と呼ばれている特殊なものでね……このまま食べてもほとんど味がない。香りだけはするが、味がしなかったことから昔は『無味の実』と呼ばれていた」
視線を『カンビオの実』へ戻す。
仄かに爽やかさを帯びた甘い香りは美味しそうだけど、一見果物には見えない。
「昔はってことは、名前が変化する切っ掛けがあったということね」
「そうじゃ。この果物は『魔力を通す』ことで味がでる。ただし、魔力色に大きな影響を受けるときた……魔力に味があることは知っているだろう」
慌ててポーチから取り出したのは、同じ工房になって間もなくリアンがくれた一覧表。
そこにはしっかりと魔力色と味について書かれている。
「赤は辛味、青は塩味、黄色は酸味。緑は苦味、紫は甘味、橙は中和。白と黒は当人によって違って、源色はわかってない」
「リアンは青でベルは赤。本来なら塩味と辛味になる、と言いたいところだが辛味は舌への刺激という形で現れる……――――が、同時に魔力を注ぎ、色の具合を調整することで紫にすることができる。また、魔力量が多ければ多い程に品質は良くなる。三人で一気に魔力を注げ。ただし、魔力の調整はベルとリアン坊の二人が調整しなければ紫色にはならん。ライムはひたすら魔力を注ぎ続け、魔力切れになる前に回復薬を飲むように」
ほれ、と渡されたのは中級魔力ポーション。
ワイン調合の再来だ、と戦慄する私を余所にベルとリアンは難しい顔で佇んでいた。
「―――……カンビオの実は、幸いにも注いだ魔力によって直ぐ色が変化するから調整はしやすい。ただし、実は全部で三つ。青みが強いとしょっぱくなり、赤が強いと舌がピリピリと痺れるだけの果物になる。良く見極めるといい。それと、この作業で一番負荷がかかるのはライムじゃ。その辺もよぉく考えて魔力を注ぐように」
ごくり、と誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
もしかしたら私かもしれないけど、ピリピリとした緊張感が二人から伝わってきて凄く居心地が悪い。
内心涙目になりつつ、何とか口を開く。
「使っていいって言われてる訳だし、全部に魔力を注いじゃえばいいんじゃないかな。ほら、回復薬も貰ったし、練習は多くした方がいざって時にいいでしょ? 私もそのうち調整できるようになりたいとは思うけど……魔力に色がないから量でカバーするしかないみたいだし」
二人とも、表情が強張っていてこのままじゃマズいよなぁと思わず腕を組んで唸る。
だって、どう考えたってこれ失敗するパターンだ。
魔力の調整は得意な筈なんだけど、と思いつつセンカさんを見るとニヤニヤ笑っている。
どうやら面白がっているらしく、助け船は期待できなさそうだ。
(何とか緊張が解ければいいんだけど……こういう時に限って何も思い浮かばないんだよね)
参ったなぁと思わずため息をついた私の脳裏によぎった考え。
センカさんの名前を呼ぶと少しムッとした顔で私を見る。
「もしかして、今日コレを調合するんですか?」
「勿論、と言いたい所だけれど……魔力を注いだ後は一晩おいて馴染ませる。その方が効果が高くなるからねぇ。だから、調合は明日一番。今日は【カンビオの実】に魔力を注いで、コレにも同じように魔力を注ぐんだよ」
そういってセンカさんが取り出したのは歪な形の石だった。
ふしぎな果物、珍しい果物、食べたことのない果物が好きです。
食べたことない食材も好きです。
ただし、強烈な個性がなければ、です。ええ。ドリアンは、ちょっと美味しくなかった。
ここまで読んで下さって有難うございます。
ノリと勢いで書き始めてからかなり経過中(苦笑)
思いついたまま書いていますので怪文章や矛盾点などが多く散りばめられているような気もしております。気づいた方は教えて下さると嬉しいです。じわっと考えてそっと直しますww
また、誤字脱字の報告も大変助かっていて、頭が下がり過ぎて前転出来そうです。いつもありがとうございます。
=新しいもの=
【カンビアの実】
過去に『無味の実』と呼ばれていた。
香りは爽やかさを帯びた甘い香り。直径30~40センチ。
表面は鱗のような無数の殻とも皮ともつかないものに覆われ、色は薄い灰色。
魔力を注ぐことで美味しく食べられるが、注ぐ魔力の色によって味が変わる。
魔力を大幅に回復するだけでなく、継続的に回復してくれる。
薬や錬金術で素材として用いられるが魔力を注ぐのを嫌がって使わない者も多い。
氷石糖のアレンジ調合にセンカが用いた。
また、一晩置くと味が馴染んで更に美味しさと効力が増す。