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189話 月恵みの湯

 お待たせしました。遅くなりましたが、週一更新です!!



文字数が、どばぁっ!(苦笑

 




 月光は魔力に大きく影響を及ぼすということは知っていた。




 右も左も似たような森の景色を進んでいくと、嗅ぎ覚えのある匂いが雨に紛れていることに気付く。

あれ? と左右を見回し、雨が降る空を―――……もっというなら空に立ち昇っている筈のものを探してみるけれど、何も見えない。


 変だなぁ、と内心首を傾げていると周囲の様子が変化する。

岩や剥き出しになった岩肌が多くなってきたのだ。

それだけじゃなくて少し温度が上がったような感覚があった。



「ライムさんはどうやら行先に心当たりがついたようですね」



 ふっと私の様子を見ていたカルンさんが口を開く。

ベル達の視線を受けて確信は持てないまま、間違っているかもしれないと口にしてから伝える。



「温泉、ですか? なんだか独特の匂いが雨の匂いに混じってる気がして」


「正解です。随分鼻が良いんですね……雨が降っていることもあって、ほぼ臭いは感じ取れないはずですが」


「雨の日に温泉に向かうこともあったので、雨自体の匂いがちょっと違うなぁって分かっただけですよ」


「なるほどな。嬢ちゃんは匂いと言ったが肌や経験で感じ取ってる可能性が高い。山育ちなんかにゃ、たまにいるんだ。森で迷子になったりしたことがあるだろ」



 はい、とケイパーさんの質問に頷く。

知っている山と言っても悪天候で帰り道が分からなくなることは、割と致命的だ。

結界が張ってあったとしても、範囲内に動物や魔物がいないとは言い切れない。


 微かな音、息遣い、森の、草木の、湿った土や枯れ葉一つの動きや匂いにも注意して、同じ道を辿り直すのは中々に大変だった。

雨や雪だと特に。

 死ぬかと思ったことは何度かあったなぁ、と思いつつ苦笑する。



「ありますよ。だから、癖で食べ物を持ち歩くようになったんです。最悪一人で迷子になっても食べ物さえあればどうにでもなりますから。水分調達も大事だから、安全に水分が摂れる植物や果物、毒があっても死なない食べものなんかも一通り!」


「いや、ライム貴女それ胸を張る所じゃないわよ。迷子にならない方向で努力しなさい、まず。迷子になることを前提にしないで頂戴」


「だっていつも同じところで採取してると必要数集められなかったり、食料的にきつかったりするし……仕方なく。うん。仕方なくだよ。それに強い生き物って、結構な痕跡を残すからそれに注意しておけば出会う確率って結構少ないんだ。おかげさまで今のところ襲われたことはなし」



「それもそれで凄いんスけど、頼むからちょっと大人しくしてて欲しいッス。せめて、オレっちの護衛期間中は」


「ライム、強い召喚獣をいくつか貸し出しておくぞ。必要ならいつでも言ってくれ、躾はしてある」



 ディルの申し出は有難く断らせて貰った。

碌なことにならなさそうだし。

 何とも言えない空気を変えたのはセンカさんの咳払いだった。

ハッとした所で彼女が口を開く。



「向かっているのは『月恵(つきめぐ)みの湯』さ。温泉にゃ何種類か湧き方があって、大きく分けて火山性、非火山性の二種類が良く知られている。火山ってのは説明しなくても分かるね?」


「火と煙を噴く山?」


「間違っちゃぁいないが、正解でもない。というか、その気の抜ける表現もう少しどうにかならないのかい。オランジェもそういう所があったけど、孫にまで受け継がれてるとは」



 血の繋がりなのか環境なのか分からないが恐ろしいものだね、と少しだけ嬉しそうな声でセンカさんがブツブツ呟き始めると、ミルルクさんが説明を引き継いだ。



「火山によって影響を受け水が温まり地上に出てきたものを火山型の温泉という。それ以外が非火山性にあたるな。後者は何種類かあって、まぁ、詳しいことは気にしなくていい―――……覚えておくべきは、今向かっている『月恵みの湯』には様々な恩恵があることだろうな」



 そういえば、とカルンさんの話を思い出す。

いくつかの条件を満たせば嬉しい特典があるとか、時期が来ていないとか。

疑問に思ったことを口にすればミルルクさんが機嫌良さそうに頷いた。



「まず『月恵みの湯』に初めて訪れる事。一度も湯に触れたことがない事が前提になる。これはお前さんたち全員がクリアしておる。リアン坊にも湯に触れさせたことはないしのぅ」


 リアンも温泉の存在は知らなかったみたいだから、一安心だ。

ワクワクしながら話に耳を傾ける。



「次いで、時間と季節。季節は雫時で時間は夜の11時以降。タイミングは『雨が止む』数時間の間であり、止んでいる間にしか効果がないから完全に運じゃなぁ……過去には5分程しかなかったこともある」


「ごふん」


「五分じゃな。記録には数秒で終わったというものもあった」



 はぁ、と何とも言えない返事を返す。

もし自分達がその数秒にあたったら悲惨だろうな、と想像して項垂れる。

 そんな私を見てカルンさんがクスリと笑う。

大丈夫ですよ、と柔らかい声。



「統計を取っているので、ある程度周期の把握ができています。今年はアンデッドが活発になっていたこと等も加味して三時間ほどは雨が止むかと」


「あとは、そうじゃな……温泉の周囲にのみ咲く【温宝花おんほうか】の開花時期と丁度合致する。この花は月明かりに照らされると一番最初に開いた花弁が宝化するという少々変わった花じゃ」


「宝化って、確か宝石みたいになる現象ですよね? 凄く限られた植物や一部の虫がそういう特徴を持ってるって図鑑にあった気が」



 家にあった図鑑の中身を思い出して口にすればベルとリアンがギョッとしていた。

耳元でベルに


「どうしてそんな細かいこと覚えてるのよ」


 って聞かれたんだけど答えに困った。


(どうしてって言われてもほぼ毎日何年も見ていれば頭に入ると思うんだよね。……希少素材は売ったら高いって思ったから、夜中に探しに出かけたっけ。一時期、珍しい薬草とかばっかり探し回ってたこともあったもんなぁ……一発逆転よりコツコツ探す方がいいって気づけたから無駄にはならなかったけど)


 そのまま伝えても育った環境が全然違うベルやリアンに分かってもらえるか不安で、どうにか自分なりに短くまとめて伝えてみる。



「いやぁ、娯楽がなさ過ぎて冬とかは特に図鑑とか調合関係の本しか暇をつぶせるものがなかったんだよね。それで覚えてるだけなんだ」



 あと、お金になるかもしれなかったし。

そう付け加えるとベルはそれ以上何も聞いてこなかった。

 本を読みながら籠をよく編んだっけな、と懐かしんでいるとセンカさんが小さく息を吐く。



「その【温宝花おんほうか】は熱を宿しやすい。砕いて、液体金属と混ぜると保温効果がつく。保冷効果も付けたいなら【冷宝花れいほうか】が必要になるがそうなると難易度が跳ねあがる。魔力もかなり使うから三人で調合ができるようになってから挑戦するべきだろうね。他には、薬の材料になる。高品質の凍傷・冷え性・耐寒薬を作るにはこの【温宝花】は重宝するよ。代用もできるが、どうしても調合手順が複雑になるからねぇ」



 採取方法を聞くと簡単だという。


 手袋をしてそっと宝化した花弁を引っ張るだけ。

ただし、月明かりに照らされてから約5時間ほどで普通の花弁に戻ってしまうので数を取りたいなら急がなくてはいけないそうだ。

 花自体は踏んでも茎が折れたりすることがなくしなやかで花弁も宝化した部分以外は丈夫で、仄かに温かいみたい。



「月明かりが出そうな日はそこで野宿しよう。わたし朝日が昇るまで起きてられる自信あるよ、温泉もあるみたいだし」


「流石にそれは」



 だめだろう、とリアンが言いかけて直ぐにミルルクさんの声が飛んできた。

皆相変わらず顔は視えないけど声色や雰囲気で何となく表情が分かる。



「かまわんさ。ただ、温泉に入れるのもわずかな時間になるから優先順位を間違わないようにな―――……説明を続けるが、雨が止み、月明かりに温泉が照らされると変化が起こる。すぐにわかるから、変化があったら指を一本入れて魔力を注げ。すると魔力に反応して温泉の質が変化し、淡く輝くからその間にコップで一杯分の湯を掬い取り、飲め」


「………飲むのか」



 思わずといった風にディルが復唱するとミルルクさんがこくりと頷く。



「体内に直接入れることで魔力の総量を増やすことができる。飲んだ後の変化は個人によって異なるが、大なり小なり魔力は増えるぞ。飲んだらすぐに湯をかぶって浸かると『増える』かもしれん」


「増えるというのは魔力が、でしょうか?」


「いや、魔力ではなく『才能』が増える可能性がある。温泉に足から入って息を止め、頭まで浸かり10秒ほど湯の中にいるといい。再び温泉から顔を上げた時、もしかすると才能が新しく芽生えているかもしれん。まぁ、人によるからどうなるかは分からんが。ただ、人生で一度きりしかできん。一度湯を飲み『月恵みの祝福』を受けたら、次からいくら湯を飲んでも魔力が増えることはないぞ。まぁ、温泉として効能はあるから体には良いが」



 私達が思わず足を止めて顔を見合わせる。

温泉って飲めるの? とか色々聞きたいことはあったけど、得られる効果が凄すぎた。

なにそれ、と目を丸くする私の心情を察したように、ニヤニヤしているのが分かるケイパーさんの声。



「ちなみに温泉にタオル・水着は装着できねぇからな」


「……よし、ライム一緒にはいr」


「黙れ変態貴族」

「それ以上口を開いたら問答無用で麻痺薬飲ませるからな」

「とりあえず、鼻血拭くッス」



 後ろから肩を掴まれたので振り返ろうとしたんだけどその手はパッとなくなった。

どうやら近くにいたラクサとリアンが引きずっていったらしい。

私の横にはベルがぴったりついて、時々振り返ってはあからさまにディルを威嚇している。



「何で三人とも厳戒態勢なの? 別に一緒に温泉入るだけなのに」


「私からするとどうしてライムはそんなにケロッとしてるの。大丈夫? 色々と」


「だって温泉に入る時服着ないのは普通だし時間制限あるならいっぺんに入った方がいいでしょ? ただ、警戒する人がいないのは困るかもしれないけどササッと浸かって、沢山採取するのが最優先! 次何処で採取できるか分からないし、寒い所に採取しに行く時とか絶対必要な薬も作れるんだもん。そりゃ、一生懸命やらなきゃ」


「……いや、そこなの?」


「むしろ他に何を気にしたらいいの? それと、ディルにはハンカチいくつか渡しておかなきゃだよね」



 血の気が多いのか、体質なのか分からないけどよく鼻血を出してたんだよね。

特に温泉とかで一緒に入った時。

懐かしいな、と思いながらポーチからハンカチを出して渡す。

そこも変わらないらしい。



「リアン、ラクサ。ダメ。お手上げ通り越して感心するわ」


「あ。ベル達も一緒に入ろうね。リアンがいるから万が一才能が増えてもすぐ確認できるし、楽しみだなぁ」


「………もれなくオレっち達も巻き込まれてるんスけど」

「………言うな」

「俺はライムのすぐ横で入る。溺れたら困るからな」


「ディルも私も泳げるし大丈夫だとは思うけど……まぁ、こういう温泉って深さが分からないもんね。折角だし、お湯とか温泉の観察手伝ってくれると嬉しいかも。ほら、召喚術師目線で色々と」


「わかった、任せてくれ」



 急に静かになった仲間に首を傾げつつ、温泉の水を持って帰って飲ませると効果あるのか気になって聞いてみたんだけど、どうやらこの場所じゃなきゃ駄目みたい。



(ミントにも持って行ってあげたかったな)



 他にお土産になりそうなものを考えよう、と心に決めた所でパッと明らかに空気が変わる。

目の前に広がっていたのは大きな蕾に無数に囲まれた温泉があった。

円形に近い温泉は7~8人程度がゆっくり浸かれる広さだ。


 お湯は無色透明。

降り注ぐ雨が、温泉の水面に円状の雨痕を残していく。

温泉から数メートルほど離れた場所に屋根と柱だけの簡単な建物があった。



「脱衣所はあれだ。使う時は布なんかをかけて仕切ることもできる」



 ミルルクさんの案内で脱衣所だという場所へ。

しっかりした造りの柱と屋根は多少の雨風ではびくともしないそうだ。

屋根には布を吊るせるようにフックがつけられていた。



「―――……ここ、何かあった時便利ですね」



 こういう屋根がある場所があるのとないのとでは、安心感が違う。

よく見ると中央部分は取り外せる板のようなものがはまっていた。

開いてみると灰が敷き詰められている。



「ここで火を熾せるんですね。冬は便利そう……野菜とか魚とか肉を串に刺したら美味しく焼けそう。あと、スープとか作って置いといたら完璧かも」


「いいのぅ。ライムちゃんや、また何か作ってくれんか? 材料は色々用意するぞ」


「いいですね! じゃあ、温泉入りに来るときに」


「あー、それなんじゃが……ここに案内をしに来るのはカルンだけになるの。ワシらはちょいと話さなくてはならんことがあってな」



 残念だ、としょんぼりと肩を落とすミルルクさんに苦笑する。

焼いたものはいくつか取っておいて、帰ったら渡しましょうか? と言えば直ぐに復活したけど。



「何が食べたいのか言ってみなさい。ほれ、なんでもいいぞ」



 思い浮かんだ食材を口にしようとするとディルの口からポンポンと高級食材が紡がれる。

ミルルクさんは「お前じゃないわ、生意気な弟子め!」と食って掛かっていたけれどディルは腕を組んでふふん、とどこか得意げだ。



「……アホは放っておくとして、ホレ。ここから少し離れた所にある家で泊まることができる。前日はそこで寝るといい。カルンを説明役として残すから分からないことがあったら聞くんだ。この辺には希少な素材が多い。特に採取方法はしっかり聞くようにしな」



 センカさんの言葉の通り、目に見える所には一軒家があった。

工房の半分くらいの大きさで小さいけれど頑丈そうだ。

床が高いのは冬に備えてだと思う。



「部屋は一部屋しかないが、台所と暖房、トイレは別にある。必要な設備はあるが中身は自分で用意しなくちゃいけないから、そこは自分たちでやるんだね。ここに来るのは明後日の昼頃だ。明日は調合、明後日の午前中に揃えな」



「買い物ですわね!」


「ベルは勝手に買ったら駄目だよ」


「僕が交渉する。勝手に買うな」


「あら、旅先での買い物は楽しむものよ」



 しれっとした顔でいくら持ってきたかしら、なんて呟く彼女に私もリアンも頭を抱えそうになった。どうにかして、止められる時は止めようと。



 ベルって時々変なもの買うんだよね。無駄に大きくて派手なものとかさ。






 ◆◆◇







 私達は、特別なハチミツ【ジェムニー】を持って集落へ戻った。




 久しぶりにディルやラクサもセンカさんの家に泊まれることになった。

ディルやラクサはセンカさんの家に泊まると言うことで一度別れて、置いてきた荷物を持ってくるそうだ。



「おかえりなさいませ」



 センカさんの家に戻るとサフルが私を出迎えてくれて嬉しくなった。

ぺこりと頭を下げたサフルは少し逞しくなったように見える。


 ただいま、と挨拶をしてサフルと共に台所へ。



「センカ様やベル様、リアン様はご一緒じゃなかったのですね」


「途中で用事があるから先に戻ってて欲しいって言われたんだ。オヤツの支度もしたかったしね。いろんな人が来るから沢山焼かなきゃ」


「何をお作りに?」


「パンケーキかな。色々使っていいって言って貰ったんだよ」


「でしたら、いいものが沢山ございますよ」



 嬉しそうな彼に案内されて向かった台所には、沢山の野菜や果物が。

どれも色つやが良いし、美味しそうだ。

傷があったり大きさや形が不ぞろいだから、商品にならない果物や野菜をくれたんだろう。

 こういう野菜って実は凄く美味しかったりするんだよね。養分いっぱいで。


 サフルは野菜や果物なんかを洗って切ってくれるとの事だったので、私は自分の作業を進めることにする。



「じゃあ、時間もないからパパッとホイップクリーム作っちゃおうかな。後はもう二種類クリームを作るからボウル用意してもらっていい?」


「はい。かしこまりました」



 ありがとう、とお礼を言って早速ホイップクリームを作る。

錬金釜に材料を入れて魔力を注ぐ。

 ホイップクリームは遠心分離機で作るのが楽なんだけど、調合釜でも作れるんだよね。



(魔力を注ぎながらひたすら混ぜなきゃいけないからちょっと疲れるけど)



 大量に作って、三分の一は二種類目の材料にするつもりだ。


 白く滑らかなフワフワのクリームが完成したら、次はミルクとレシナを用意。

レシナの汁を少し多めに絞って、直接調合鍋に入れてしまう。

グルグルとかき混ぜていくと液体と固体に分かれるので、液体をお玉で取り除き、ミルクを入れて魔力を込めながら思いきり混ぜていく。

 この取り除いた液体は美味しく飲めるのでそっと瓶に入れておいてポーチへしまい込む。


 滑らかになるまで混ぜたら『チーズクリーム』の完成だ。



「三種類目はカスタードクリームね。この集落で売ってる卵ってヨワドリって名前の家畜化した鳥から定期的に収穫できるって聞いて驚いたなぁ」



 私にとって卵は運が良くないと出会えない貴重な食べ物だった。

首都に行ってからはある程度手に入れやすくなったけど、結構高いんだよね。



「ライム様、果物は……」


「洗ってから、切ってもらえると助かる。クリーム作ったらすぐにパンケーキを焼くからフライパンに油を引いて温めてくれる? 温まったら火を消しておいてくれると油が馴染むんだ」



 はい、と嬉しそうな返事を聞いて、卵黄やミルの実クリームなどを加熱しながら混ぜていく。

すると、もったりとした優しいお月さまのような色のクリームが出来上がった。



「クリームはこれでいいよね。上からかけるハチミツは【ジェムニー】を使うって話だったし、ジャムはなし」



 一人三枚は食べられるように生地になる粉を調合し、早速焼いていく。

ただ、お皿に盛る一つの生地は高さを出したいので金属型を使うことにした。

うすい金属板の両端を丸めただけなんだけど、コレをつけてホットケーキを焼くと高さが出て、しっとりとシュワッとした食感が不思議で美味しくて楽しいのだ。


 少し余りが出たので薄く焼いているとディルとラクサが戻ってきた。

おかえり、と声をかけて視線を向けたんだけど薄っすら汗をかいているので走ってきたのだろう。


 水を入れたカップを渡せば二人がゴクゴク喉を鳴らして、一気に飲んでしまった。

もう一杯渡してから、焼き上がった薄い生地にホイップクリームとチーズクリームを逆三角形に塗り、ベリーとちょっとだけジャムを垂らして半分におり、クルクルと巻いていく。





「ディル。あーん」




 完成したのは【クレープ】とおばーちゃんが呼んでいたデザートだ。

お皿に、とも思ったんだけど中身が出そうだしクリームとかが垂れやすいので諦めた。

 ラクサより近くにいたディルに渡そうと思ったんだけど、生憎二人の両手は塞がっているので、完成したクレープをディルの口元へ。



「い……いいのか?」


「クリームとかはみ出しやすいから気をつけてね。両手も塞がってるみたいだし、これ、出来立てが美味しいんだよ」



 説明すると納得した様でパッと頬を赤くして大きく口を開け、かぶっとクレープに齧りついた。

 結構な大きさがあったのに、三分の一程があっさり彼の口に収まった。



「……っ!」



 ぱあっ と目を輝かせたディルはあっという間に一口、もう一口と食べていく。

美味しい、と言わなくても分かる顔にホッとしてラクサに荷物を置いてくるように伝える。

ラクサの分はディルが食べ終わったら作れば丁度いい筈だ。


 クレープが気になるのか私とディルをチラチラ気にしながら二階へ上がっていたラクサに首を傾げる。



「美味かった。オヤツはパンケーキだったな。愉しみだ」


「私もジェムニーは初めて食べるから楽しみだよ。ディルは食べたことある?」


「いや、俺もないな。殆ど王族の口に入る筈だ」


「王様よりいいもの食べてたりしてね、私達」


「確実に食べてるな。ライムの手料理は城でも屋敷でも絶対に出てこない」



 それは一体どういう基準? と首を傾げているとディルが目を細める。

紫の綺麗な目が私を映していて、なんだか懐かしくなった。



(小さい頃は、私とディルは同じ視線だったっけ。よくディルが下から見上げてたな)



 懐かしくて、つい、手がディルの頭に伸びる。

よしよし、と意外と硬い髪を撫でていると酷く驚いたような顔をしていることに気付いて慌てて手を引っ込めた。



「ご、ごめん。もう小さい子供じゃないのに……つい、懐かしくて」



 誤魔化したくなって笑って見せるとディルはほんの少しだけ、何かを言いかけて、結局何も言わずに口を噤んだ。



「……ライム。明後日、ゆっくり話したい。勿論早めに切り上げるし、採取に影響がないように配慮する。時間を貰えないか」


「私だけに言うってことは、昔の話……とかかな。寝る前に話しようか」



 ゆっくり二人で話せる機会ってあまりないしね、と言えばディルは小さく頷いた。

そして荷物を持って二階へ。


 大きくなった背中を眺めてから、私はラクサの為にクレープを作成。

こっちはベリーではなく柑橘系でまとめてみた。

二階から降りて来たラクサはクレープを差し出すと齧りつこうとはせず、すぐさま自分の手でしっかりと持って食べ始める。



「んーーー! うんまいっスねぇ! 生地がもちもちしてて、二つのクリームともよく合う上にミカンやらレシナのジャムが爽やかでたまんねぇッス」



 何個でもいけそう、と呟きながらペロッと食べ終わったラクサは意気揚々と手伝いを買って出てくれた。



「サフル、サフルも味見してみて。こっちは煮たアリルとシナモン、アリルジャムね。ちょっとだけカスタードクリームも入ってるよ」


「わ、私も頂いていいんですか?」


「うん。手伝ってくれてるんだし、内緒でね」



 三枚分しか生地がなかったからねーと言えば嬉しそうに食べ始めた。

口にあったみたいであっという間に完食。



「とても美味しかったです。なんでもお申し付けください、少しずつですが出来ることが増えてきて、お役に立てることがとても嬉しいのです」



 どうか、力を発揮する機会を……と頭を下げられたので、じゃあ、とテーブルのセッティングを頼んだ。

二階から降りて来たディルはとてもニコニコしていて、腕まくりをしながら手伝う気満々だった。



「俺は何をしたらいい? 味見じゃなくても何でもする」


「なんでも……あ! そうだ、実は前から聞いてみたかったんだけど、ディルって『氷』だせたりする?」



 氷、というのは冷たいあれだ。

冬とかになると屋根からぶら下がる透明なヤツ。



「出来るが、氷漬けにしたいヤツでもいるのか? 凍らせるより燃やした方が早いぞ」


「いやいや?! そういう物騒な話じゃなくって、氷が出来るなら飲み物に入れたいなぁって思ったんだ。あと、果物を冷やしておきたいんだよね。冷たい果物のほうが美味しいでしょ?」


「それなら水を入れた桶か何かをくれないか? 一から氷を生み出すより圧倒的に早く魔力消費を抑えて氷が作れるんだ」



 慌てて水を入れたボウルを用意すると何かを唱えたかと思えばそっと人差し指で水に触れる。

 すると、ディルの指を中心に水が瞬く間に凍っていく。



「う、わぁあ! すごい。本当に凍った」


「ちょっとした応用なんだが、よかった。あのジジイも役に立つな―――……ライム。焼き上がったパンケーキには保護魔術をかけておくからしぼまずに済むぞ。食べる直前に魔術を解けば出来立てが食べられる」


「いいの?」


「クレープのお礼だな。味見した分はちゃんと働くし、そうでなくてもライムが喜ぶなら俺は働くぞ」


「助かるよ、ありがとう。んじゃ、これ味見してみて」



 はい、とレシナのハチミツ漬けを水で薄め、砕いた氷を入れて冷やした上に、香りづけを兼ねてレシナの果汁を少し絞ったものを渡す。

ラクサとサフルにも渡すとあっという間に飲み終わってしまい、パンケーキを食べる時に出して欲しいと頼まれた。私もちょっと飲んだけど美味しかったから大賛成。


 全員が揃うのがいつになるのかは分からなかったけど、手伝ってくれた三人のお陰でスムーズに準備が終わって晩ご飯の下拵えも終わらせることができた。

今日はワショクを出すことにしていたので、ラクサが凄くそわそわしていたっけ。


 どうやらラクサは、おばーちゃんの故郷の味がすっかり気に入ったようだ。



 時計が三時を少し過ぎたころ、ベルやリアン、センカさん達が全員揃ったのでオヤツタイムになったんだけど、人数が人数だからって裏庭でテーブルを出して食べたんだよね。


 結界がなければ外では食べられないからミルルクさんには感謝しなきゃね。





 感想など、最近沢山いただいて嬉しい悲鳴です!

今回の話は頂いた感想から「は!これはいいネタ!!」と思った部分があったので採用させていただいています。

 色んな方に読んで頂けているようで、感無量の介。


引き続き、誤字脱字変換ミスなどがあれば誤字報告でお願いいたします。

感想も嬉しいですがブック・評価なども励みになっていますし、何ならアクセスして読んで頂けるだけでも感謝感激雨鼻血ってかんじです。ぶらっでぃー。


=あたらしいもの=

温宝花おんほうか

開花したての花は、月明かりに照らされると一番最初に開いた花弁が宝化ほうかする。

宝石のような輝きを纏うのは宝化してから5時間ほどの間のみ。時間が経つと普通の花に戻ってしまう。

 花自体は茎も花自体も丈夫で踏まれても折れることがない程。仄かに温かい。

温泉などの適度に湿っていて温かい所にしか咲かない。

 採取方法は宝化(宝石化)した部分をそっと引っ張ること。

 薬効としては、熱を宿しやすいという特徴がある。その為、砕いて液体金属などに混ぜると保温効果がつき、【冷宝花】を混ぜると難易度が増すが保冷効果も付属できる。また、薬の材料にもなり、高品質の凍傷・冷え性・耐寒薬を作る際に重宝される。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょいちょいライムの恋愛観と羞恥心死んでるなあと思ってたけど、小さな頃から1人で生き延びる事と錬金することだけを考えてる訳だし、死んでるんじゃなくてまだ生まれてもないんですね…
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