181話 収穫・収獲・収獲!(後)
戦闘とは。予告とは。予定とは。
結論:書いてみないと分からない。(滑り込み一週間更新です!!)
いつも通りの時間に起きて、農作業の手伝いをする。
ベルがしている【水梅】と【水中花の実】の収獲を見学しつつ、ほんの少しだけ手伝った。
川のあちこちに落ちている水梅はかなりの量だったんだけど果肉部分が硬いお陰で収穫時に気を遣わなくていいっていうのは嬉しかったっけ。
「この集落って本当に色んな素材があるよね」
「土地柄もあるが、此処で暮らしていくためには工夫だけでは間に合わなかったんだろうな。カルンさんがいなければここに集落はない。食糧事情が乏しいと存続が難しい」
「うん。それに、作物って植えても収穫できるようになるまでが長いしさ、確実に収穫できる保証はないし、収穫量だって必要量確保できるかどうかなんて誰も分からないもんね」
生活をする上で大変なのは、食料の確保だって私は思ってる。
ある程度の自給自足が出来るようになるのって数年いると思うし……それまで食料品をどう手に入れるのかって難しい問題だ。
「大抵は買い置き、になるよね。でも、こんなに雨が降る場所ならダメになるのも早かっただろうし、やることだらけだったんだろうな」
「ああ。僕も直接聞いたことはないが相当な苦悩や葛藤があった筈だ。だからこそ、外からやってきて『甘い蜜』だけを吸おうとする輩を警戒している。実際に実害も出ているからな」
リアンは真面目な顔で腰をさすりながらボソッと、「水蜜桃の収獲の方が断然いい」とため息をついた。色々台無しだと思ったけど黙っておいた。
身長が高いと屈む角度がきつくなるから大変なんだろうな。
そんなこんなで、前日と同じように水蜜桃の収獲を進める。
水着という不思議な服にも慣れてきたので収穫できる量は格段に増えた。
一緒に作業していた人と話をしながら、体を拭き、焚火で体を温めながら昼食を作った。
「後片付けも終わったし、収穫までは一時間か……何をしようかなぁ」
午前中は何事もなく終わってお昼ご飯を食べ終わった直後のことだ。
満腹になったのと程よい疲労感で欠伸をした所で、突如、甲高い鐘の音が空気を壊した。
頭の中だけじゃなくて体の中身を震わせるような鐘の音がけたたましく響く。
池の畔でのんびりお茶をすすっていた私が驚いてむせている間に、リアンがバッと立ち上がり周囲の人に状況を聞き始める。
「すいません、この鐘の音は?」
「ああ、君たちは『外』の人だったね。この音は緊急避難号令だ。作業は中断、至急避難をしなきゃいけない。この音は『地下へ逃げろ』という指示だから近い建物の地下に行く。君たちも来るといい」
じゃあな、と男性はリアンの肩を叩いてあまり陸を歩くのが得意ではないという壮年女性を背負って私達が寝泊まりしている建物へ。
どうしたらいいのか迷ったけど分からないままは嫌だったので一度戻って着替えと荷物を持ってくることに決めた。
「カルンさんに聞けばわかるかな、何が起こってるか」
「恐らくな。彼が知らなければ手あたり次第聞くしかない―――……今日はベルと作業をすると言っていたから急ぐが服はきちんと着てくれ。結界に変化はないが戦闘になる可能性もある」
「ベルは大丈夫かな。荷物は持っていくけど」
小走りで家に戻って着替えてベルの部屋に置いてある荷物を片っ端からトランクへ。
トランクを背中に載せるようにして括り付ける。
部屋から出てきたリアンがギョッとしていたけれど、私がベルの荷物のことを話すと納得してくれた。
「あちらの小屋に着いたら必要なものだけ出して置かせて貰おう。物騒なことになってなければいいが」
「……アンデッドだったら嫌だな」
「アンデッドだった場合、君は絶対に前に出るな。僕の後ろに聖灰を撒いてその中にいるんだ。手には必ず聖水を持っておけ。聖水は口に含んでおくように」
いいな、と念押しされたので返事を返す。
私も乗っ取られるのは嫌だし、ディルやラクサとは別行動をしているから本当に気をつけないといけない。
(緊急事態で考えられるのは火事とか川の氾濫くらいだけど……集落の中で異変はなさそうなんだよね。煙も上がってないし、一体何があったんだろう)
相変わらず甲高い音が響いていて小走りから全力疾走に変わりつつあった。
ベル達がいる作業場までは歩いて十五分程。
全速力で走ればなんとか十分以内に到着できる距離だ。
ただ、五分程走った所で遠くから声が聞こえてくるのが分かった。
顔を見合わせて走る速度を上げる。
「ベルの声だよね?! さっき聞こえたの」
「間違いない。何を言っていたのかまでは分からないが……確実に厄介ごとだな」
盛大な舌打ちをしつつ速度を上げたリアンに苦笑しながら並走。
出会ったばかりの頃ならとっくに息切れしていてもおかしくない距離を走っているのに、呼吸は乱れているものの考える余裕はあるようだ。
可能な限り急いで辿り着いた私達は、午前中に見た穏やかな川の前で声を荒げるベルを見つけた。その正面には厳しい表情で首を横に振るカルンさんの姿。
「カルンさんっ、水蜜桃のある池で働いていた人たちは皆、私たちが泊っていた建物に避難してます」
「ありがとうございます。こちらはベルさんが従ってくれれば終わりなのですが……ああ、皆さんもですね」
「それについて質問が。この鐘が避難の合図であることは知っています。ですが、どういった意味での避難なのですか? コチラとしても情報がなく困っていまして」
リアンの言葉にカルンさんは小さく息を吐いて森の一点を指さす。
ここで初めて気づいたんだけど雨が降り続く結界の外で、煙のような物が上がっている。
え、と思わず口から声が出た。
よく見ているとその辺りには雷が落ち、炎が上がり、小さな竜巻のような物も発生していてますます混乱する。
「――……ミルミギノソスが集まっているようです。運が悪いことにミルミギノソスの軍勢は二つあり、ミルミギノソスを餌とするギフトートバードも集まっているとミルルク様から連絡がありました」
難しい顔で結界の外を睨みつけるカルンさんにベルが厳しい表情でカルンさんににじり寄る。ベルも真剣だ。
「ですからっ、私も討伐に行くと言っているのです! ミルルク様だけなら実力もあるのでしょうし安心できますけど、ディルもいると言っていたではありませんか。私達の仲間を助けに行くのは当然のことでしょうっ?!」
「あ、そうだ。ベル! これ、ベルの部屋にあった荷物! 助けに行くにしてもその服じゃダメでしょ? 着替えてきなよ。カルンさんにはもう少し私達から話を聞いてみるから」
ね、とトランクからベルの荷物を取り出せば、少し冷静になったらしい。
深く息を吐いて私の方へ近づいてくる。
複雑そうな、でも悔しそうな顔をしているのを見て「ベルらしい」と思った。
「私もディルが心配だし、できれば行きたいって思ってる。私が行っても足手まといになるのは分かってるけど、ディルにご飯食べさせなきゃ。回復薬もあるし、解毒薬もあるもん。逃げるの頑張るから一緒に行こう」
「……そうね。ライム、戦闘になったら絶対にリアンの傍を離れちゃ駄目よ。ラクサは来てくれるかしら」
ぽつりと呟いてベルは一度、外に作られた小さな物置小屋へ。
てっきり少し離れた家に戻って着替えるのかと思ったけど、そうはしないようだ。
ベルの赤い髪が遠ざかるのを見送って、私は自分のポーチとは別のホルダーに解毒薬をぶら下げておく。
毒、麻痺、万能薬と二つずつ下げてどのくらい余裕があるのか確認。
あまり大量には使えないけど、初級ポーションや食べ物はある。
(戦いでは役に立てないから……回復とか補助はできるだけやりたいな)
幸い体力はあるしある程度の速さもある。
聖水も確認して、包帯なども取り出しやすいようポーチに入れておく。
私が準備を整えている横でリアンはカルンさんに話を聞いてくれていたらしい。
難しそうな顔をして私の傍へ。
「―――……ミルルクさんの魔力は持つが体力に不安があり、ディルに関しては魔力がほぼ切れかけているそうだ。カルンさんによると、既にケイパーさんとラクサが結界の外にでて戦闘をしながら合流を目指しているらしい」
どういう方法で連絡を取っているのかは分からないけれど、リアンの口から語られる状況に眉尻が下がるのが分かった。
カルンさんも一度戻って戦闘準備を整えてくるそうだ。
私たちはここで待っているように言われたので、トランクの上に座って待つことにした。
相変わらず鐘は鳴り響いていて不安と焦燥感を急き立ててくる。
じぃっと川の水面を眺めていると隣にリアンが座った。
「ミルミギノソスって毒持ってるっていう大きな蟻だよね? ディル、齧られたりしてないかな」
「怪我らしい怪我はしていないと聞く。ディルの場合、魔力が尽きた時点で槍を使って応戦し始めたようだからな。ただ、魔力が空になってるから早めに食事をする必要があるだろう。基本的に魔術師や召喚師は魔力を一定量保有しておかないとマズい」
「マズいってどういうこと?」
ギョッとした。
魔力が切れた時に感じる独特のだるさと―――…限界を超えて体力を消費していくあの感覚を思い出したからだ。
握りこんだ手の指が少し曲げにくいし、小さく震えている。
「魔術師は攻撃手段が少なくなり動きが鈍くなるのは理解できるな? 僕らが魔力切れになった時と同じような状態になるから当然だが。召喚師も同様の症状が生じる」
そうだよね、と頷いて改めて戦う事が命懸けだってことを思い出した。
だって……戦闘中に倒れたら、恐らく助からない。
弱いと言われている野良ネズミリスにすら殺されるだろう。
勿論これは一人だった場合だけど、周りが視えなくて孤立したら完全に終わりだ。
「危ないよね、魔力切れの末の体力切れ。あれ、どうやっても踏ん張りがきかないっていうか……慣れるまで時間かかりそうだし」
魔力切れには慣れたけど、魔力と体力の両方がなくなると立っていられない。
倒れる前の感覚は掴めたからあと何回か経験すれば……とうっかり口にすると頭を叩かれた。痛みはないんだけど首がガクンッってなるんだよね。容赦ない。
「そういう耐性をつけるんじゃない! 全く、僕らがどれだけ気をもんでると思ってるんだ。話を元に戻すが、召喚師は契約獣との契約内容に『魔力を対価として契約を結ぶ』という手法をとる場合があると聞く―――……こういった契約をした場合、対価となる魔力が払えないということになる。召喚獣との関係性にもよるが最悪、契約が切れて暴走する可能性が高い」
うっわ、とあからさまに顔をひきつらせた私を見てリアンが頷く。
ディルがそういった契約をしているとは思えないけど、どういう召喚獣を持っているのかも分からない。
(聞いたら教えてくれるかもしれないけど、こういうのって聞かない方が良いだろうし……でも、こういう事態になった時の為に魔力切れとか体力切れになった時に召喚獣が暴走しないかくらいは確認した方が良さそう)
私達みたいな錬金術師が気をつけなくちゃいけないのは、体力と魔力が切れることだって聞いている。
魔力はアイテムを使う時に必要だし、体力がなかったら逃げられない。
体力が落ちない様に気を付けていたけど戦闘中にパニックにならないようにしないと、と改めて思う。
「召喚獣という存在自体がそもそも強力な火力を誇っていて、広範囲の攻撃を得意としているものが多い。恐らく同行しているミルルクさんもディルがどんな召喚獣を使役しているのかまでは知らないだろう。ディル自身も言わない筈だ」
「結構時間経ってるし今頃……魔力切れてる、よね」
「だろうな。だから、今頃はミルルクさんに気絶させられているんじゃないか」
「え? ちょっと過激すぎない? 気絶って」
と思わずそんなことを言えばリアンがニコッとほほ笑んだ。
そして私を見ながらポーチを指さして
「だから、合流したら真っ先に口の中に栄養剤をぶち込め」
と言い放った。
凄く楽しそうに笑うのでうっかり二度見する。
「栄養剤ってすっごく美味しくないヤツだよね? な、何で?」
「寝たままだとディルが使えないだろう。眠ったままの召喚師は役に立たないだろう? 目を覚ますのに栄養剤は良く効く」
僕が保証しよう、と言いながら自分の道具入れから一つの瓶を取り出した。
どこかで見たことのあるドロリとした液体入りの瓶をゆらゆらと揺らす。
「もう罰ゲームみたいになってるんだけど」
「問題ないさ。空腹なら美味く感じることもあるかも知れない――……まぁ、栄養剤をうまいと感じた時点で味覚か頭に異常アリの可能性しかないが」
飲みなれていてもアレは不味い。
きっぱり言い切ったリアンは機嫌良さそうに鞭に何やら見覚えのない薬品を仕込み始めた。
不思議に思って瓶に貼られた薬品名を見る。
それは作った覚えのないもので、いつの間に買ったのかと驚いた。
「この殺虫液って」
「市販のものだが、大抵の昆虫に効く。モンスターや魔物にも例外なく、な」
いつ買ったの?! と驚いていると、ミルミギノソスが出現した噂を聞いた段階である程度の量を仕入れておいたからだとあっさり教えてくれた。
使用法は相手にぶっ掛けるだけだと雑な説明つきで5本の瓶を受け取る。
「あ、ありがとう。これいくらだった?」
「支払いは金じゃなく……その『レシナのタルト』で払ってくれ。1ホール、いや2ホールでいい」
別にいいけど、と返事をしつつどう考えても薬の方が高いのにな、と思ったけど口には出さないでおく。
頷いた所で外での戦闘に備えることに。
雨の中で動き回らなきゃいけないから身軽な方が良いのかな、とポーチからマントを出してみる。短いのと、ローブの様にすっぽり体を覆える長さの二択だったので、長い方をしまおうとすると手を掴まれた。
「雨除けのフードは被っておくといい。空の敵はミルルクさんに任せて地上のミルミギノソスに集中すべきだろう。ギフトートバードは素速いからな……地上からの攻撃を当てるのは至難の業だ」
うん、と頷いているとフードをかぶせられる。
次に太ももの辺りや腕の部分を見て眉をひそめ、肌の露出を控える様に言われた。
よく考えるとリアンは上から下まで素肌が見えない。
確かに肌が出ていると場所によっては怪我しやすくなるもんね。
「基本肌の露出は少ない方がいい。怪我をする確率が減らせるからな。上着を持っていないなら……あー、僕の服を貸してもいいが」
「長袖ならあるよ。下もたしかズボンがあった筈。ブーツはそのままでいいよね?」
こんな調子でアイテムや持っておくべき装備を準備しているとベルが戻ってきた。
髪は邪魔にならないようにしっかりと結い上げられ、雨除けフードの代わりにゴーグルをかけていた。
手にはやっぱり大きな斧。
完全に戦いに行くぞっていう気持ちが嫌でも伝わってきた。
何を言っても無駄だなぁと諦めたのはこの時。
リアンも同じ気持ちだったみたいで、粛々と戦う準備を進めていく。
(ディルが大変な目に合ってるっていうのは分かるから、行かないって選択は最初からないんだけどね。役には立たなくても何かで役に立ちたいって思うんだよね……せめて邪魔にならないように動かなきゃ)
ぎゅっと手を握ってベルを見る。
ベルは私を見て何故か嬉しそうに口の端を釣り上げた。
「いい顔してるじゃない。蟻だか鳥だか知らないけど、片っ端から叩き切ってやるわ。ライム、貴女はリアンの指示を聞いて動くこと。ただ、少しでも難しいと感じたらその場で「出来ない」っていうのよ。戦闘で無理を通すと後で色々支障が出るわ―――……生きるか死ぬかの瀬戸際でない限りは、敵わないと分かったら即撤退が基本。強くなってから出直せばいいだけだし、死んだら二度と戦えないんだから気合入れないと」
絶対死なないようにするのよ、と勝気に笑うベルに呆れた。
食って掛かっていた時よりも余裕があっていつものベルが戻ってきた気がする。
カルンさんと話をしていた時のベルはいつもの余裕たっぷりのベルじゃなかったからね。
「そこは『死んだら二度と調合ができない』だよ。死にそうになったのにまた戦わなきゃいけないなんて嫌だもん」
「何よ、別に私は間違ってないわ。錬金術も悪くはないけど戦闘の魅力には及ばないもの」
「えええー。戦闘の後に手に入る素材は魅力的だけど怪我するのとか絶対イヤだし、断然調合だって! 調合なら危険は少ないし、売れるしさ」
「じゃあ、リアンにも聞いてみましょ」
いくわよ、と私の腕を取ってズンズン歩くベルの後ろ姿を見て少しだけホッとする。
怒ってる時とかって周りが見えなくなるって聞くし、一番前で戦いたがるベルはやっぱり心配なんだよね。
大股で近づくベルに驚いて後退ったリアンを見て苦笑しつつ、道具袋に入れてある回復薬やおばーちゃんの薬を使わなくて済みますように、と祈る。
数分後に現れたカルンさんの手にどこからどう見ても凶悪な武器が握られていて、三人そろって絶句したのはまぁ、此処だけの話。
「……鉄球がデッカイ鉄棍棒の先についてる」
「言うな。なんで僕の周りには戦闘狂じみた人間ばかりいるんだ……!」
「素敵な武器ですわね、アレ」
ここまで読んでくれてありがとうございます!!
なんだかブックマークや評価も増えてて、アクセスしてくださる方ももりもり……!!
嬉しいです。
相変わらず鈍足ですが、次回はちゃんと!絶対!間違いなく! 戦闘描写が入りますので、期待しない程度にお待ちいただけると嬉しいです。
感想や誤字報告などお気軽かつ「まーたやってるぅ。ごじぃ」って呆れつつ出来の悪い弟子を見る目でツンツン報告してくださると嬉しいです。ハイ。
夏は体調崩しやすくなるし、天気も色々変動が激しいのでお体には十分気を付けて下さいね。