178話 不思議な農産物
ぴったり一週間で更新です。
出だしが大変でしたが葡萄の栽培やなんかは割とスムーズに書けました!
ただ、何度か執筆中に意識が飛んで危なかったです(笑
カルンさんの農場はかなり広いと聞いてはいた。
どんな感じなのかな、と三人で話しながら農場へたどり着いてすぐ、大きな建物が飛び込んでくる。
二階建てで、丈夫そうな太い丸太を使った外観。
家の前には小さいけれど手入れの行き届いた花壇と寄せ植えがあった。
周りには木も植わっていて、センカさんの工房より大きい。
「もうちょっとで収獲できそうな完熟マトマがある! ここの花壇今まで見たどの花壇よりも素敵だと思う。ねぇ、ちょっと近づいてみない?」
「ライム、人の家の花壇やら寄せ植えから採取するのだけは止めなさいよ」
「わかってるよ。でも、ほら、ちょっと状態確認とかしたいなぁって」
遠目から見ても分かる立派な実は驚くほど赤い。
色・艶・匂い完璧だよあれ!と指さすと突然笑い声が聞こえてきた。
パッと振り向く。
その場所は私達の死角に、ぽつんと小さな小屋が建っている。
物置だと分かったのは窓から色々な道具が見えたから。
そこの扉を閉めたカルンさんは小さく笑いながら、おいで、と小さく手招きをしていた。
「ようこそ、農場へ。ライムさんの様に『食』への関心が強いのはとてもいい事ですよ。農産物を育てるのに向いていますね――……作業着も動きやすそうでいいです」
そう言うと彼は私達の服装を見て嬉しそうだ。
彼曰くこの農場では作業服を着て仕事をすることを勧めているらしい。
動きやすくて丈夫なんだって。
「お三方、今日は水蜂の蜜は収穫しないからここに置いていきましょう。盗まれる心配はありません、皆持っていますし、貸し出されているのは知っていますから」
作業の邪魔にもなります、と言われたので花壇の横に置かせて貰った。
呆れた顔でベルとリアンが見ていたけど、ついでに花壇の作物が見られて私は大満足だ。
(工房の庭でもあんな美味しそうなマトマが実ればいいな)
戻った私たちにカルンさんは麦わらで編んだ帽子を渡してくれた。
どうやら人工太陽の浴びすぎを予防する役割を担っているらしい。
「農作業の際は、通気性のいい帽子をかぶることをお勧めします。ここは人工の太陽ですが実際の太陽光を浴びすぎるのも体に毒ですよ」
いくつかの注意事項や気を付ける事を話しながら、カルンさんの後ろについていく。
家の傍にはちょっとした空間があって、そこかしこに寛ぐファウング達がいた。
どのファウングもよく見る物より一回りは大きくて立派だ。
彼らの小屋もそれぞれ一から作られた物らしい。
手作り感のある頑丈かつ立派な小屋には玩具もあって快適そうだ。
水入れやエサ入れも清潔に保たれている。
「いっぱいファウング飼ってるんですね」
「ええ、彼らはファウングが進化した種族で、種族名をリッターヴォルフと言います。ファウング自体、何種類かの進化先がありますがその中でも忠誠心に厚く力の弱いモノを護ろうとする性質があるのですが――……いえ、それより農園について話をしましょう」
柵を開けてくれたので通ったんだけど、ほんの少し不思議な感じがして振り返った。
なんだかこう弾力のある空気の層を通り抜けたような、妙な感じがした。
人工太陽が照らし出す乾いた土と所々雑草が生えた生活路を進む。
生活路の両脇には頑丈な木の柵があって、その向こう側には一面の緑が広がっている。
「この柵の先からは農場と畜舎に行けますが、畜舎の方には入れません。見るのは大丈夫ですので、遠くから見るだけでお願いしますね。生き物は繊細なので知らない人が出入りするのは良くないので」
「それに関しては問題ないですわ。私達はあくまで素材と収獲の手伝いに来たんですもの」
「良かった。説明を続けますね、この両側は牧草地にしています。この辺りでは主にルレックを育てていて、家の裏側には野菜やミルクを加工する建物もあります」
「ルレック、って」
「ああ、あまり馴染みがないかもしれませんね。北の辺りと赤の大国では一般的な家畜になります。祖先はコリーダと呼ばれる牛の魔物で、大きな体とツノを持っています。体力と力だけでなくスピードもありまして……迫力で言うとワイン樽が猛スピードで突っ込んでくる感じでした」
多少踏ん張らないと吹っ飛ばされちゃうので気を付けて下さいね、とカルンさん。
どう反応したらいいのか分からなくて左右に視線を向けるけど二人ともサッと顔を背けて黙り込んでいる。
「え、えーと……カルンさんって力持ちなんですね」
「はい。いいのか悪いのか分からないのですが、私の家系は成功5割・平均4割・失敗1割と言われていて、私は大失敗。恐らく先祖の『悪い所』が集まったのでしょう。その『悪い所』の一つがこの『怪力』です。歯もそうなのですが、私は普通のレパーリン・オプファーが苦手な金属に触れても平気なので」
「他の人ができないことができるのに『失敗』って考えられるのは本当に困ったことがないからなんでしょうね。いいなぁ」
「……言われてみると確かに。金属製品が扱えるのは便利ですし、私は『私』で良かったと思います。大好きな農業や生き物の世話もしやすいですから。ちなみに、貴女にはこの角はどう見えますか?」
角、と言われて首を傾げるとサッと髪を避けて半端な位置で折れた角を見せてくれた。
磨かれた石みたいにツヤツヤな切断面は磨いた石みたいで結構ステキだと思う。
「角が長いと帽子とかかぶりにくいだろうし、どこかに刺さったら困るから個人的には短い方が気楽で良さそうですよね。それに短いってことは、好きな素材で好きな長さの角先を作ってお洒落もできますよ! 錬金術とかで色々な効果をつければ新しい装備としても使えるだろうし、装飾品としてもいいんじゃないかなぁって」
改めて考えてみると中々にいい案だと思う。
同じ黒い感じの素材でツノ飾りみたいなのを作ってつけると人目も引いて綺麗だし、白い素材で作って印象を変えたり、角型の中に宝石や魔石を埋め込むと良さそうだ。
見た目も良いし、色々便利なんじゃないだろうか。
「私も珍しい髪で目立って嫌な思いしたこともあるけどいい事も結構ありましたし、カルンさんは綺麗だから飾りつけしたらもっとキラキラになるんじゃないかな」
思い浮かんだ妙案に同意して欲しくてベル達を見ると顔を覆っている。
なんだその反応と思っているとカルンさんが噴き出した。
ケラケラ笑ったかと思えば、彼は少しだけ振り返って浮かんだ涙を拭いながら、眩しいものを見るように目を細め、笑う。
「貴女みたいな人に、私は初めて出会いました。色々な人がいるのですね。ビトニーやセンカさんが貴女を気に入った理由が分かる気がします」
木製の家から、およそ三十分。
道の先が途切れて、左右へ別れている。
センカさんが「農場についても移動に時間がかかるよ」って言っていた意味を理解した。
「―――…用事のある農園は右ですが、先に左に行きましょう。久々にこんなに笑って喉が渇きましたし、いいものを飲んでみませんか?」
案内されたのは白い塗料で塗られた建物だった。
とても綺麗にされたその建物の周囲に首を傾げていると、一定の場所でその場に留まるよう指示を出されたので大人しく頷く。
「なんだろう、美味しいものかな?」
「わからないけど、貴女って本当に規格外よね……知らないって凄いわ」
「だな。一歩間違えば素材を手に入れることも出来なくなってたぞ」
リアンの一言にギョッとすればカルンさんの種族について話そうと口を開いたので慌てて止める。
種族がどうのっていうのに興味が持てないんだよね。
知ってても役に立つとは思えなかったので、その知識は要らないと言えば二人は何とも言えない顔をしていた。
「いやいや、失礼なことしたと思ったら謝るし、種族って大まかな特徴でしょ。自分で決められない『才能』みたいなものなんだから、いちいち気にする方がおかしくない? 苦手なことも得意なことも皆いろいろあるんだもん。大まかな組み分けは素材だけで十分」
カルンさんはいい人だし、ビトニーさんも少し怖かったけど良い人、センカさんも凄く良い人だ。それが分かっていればいいんじゃないかと言い切ると、二人は何も言わなかった。
(まぁ、どっかで怒られるかもしれないから聞かれるまで黙っておこうとは思ってるけどね。自分で決められないものを評価されるって『うーん?』ってなることの方が多いし)
少し待っていると建物の中からカルンさんが出てきた。
手にはトレーがあってカップが四つ。
好きなのを、と言われたので手前にあったものを取る。
中には乳白色の液体が。
匂いを嗅いでみると仄かに甘い匂いがする程度だったので、とりあえず飲んでみる。
「あ、おい……!」
リアンが慌ててるけど口の中に広がった、まろやかさとすっきりとした甘み。
程よく冷えた液体はとても飲みやすくて一気に半分ほど飲んでしまっていた。
「なにこれすっごい美味しい! ミルの実にちょっと似てるけど、もっとこう、動物的な感じの濃厚さとコクがあるよね。なめらかっていうのか……舌触りがいいのにさっぱりしてて、ちょっとだけ草の匂いもする」
「……あら、本当ね。美味しいわ」
「褒めてくれて嬉しいのですが、知らないモノを受け取って直ぐに飲むのは止めた方がいいですよ。これはルレックの乳で『ミルク』という名前で知られています。子供に必要な分は与えていますから、その余りを私たちが頂いています。そもそもの分泌量が多いのもあり、必要量以外は飲んだり加工したりして無駄なく使っています。チーズも作っているので、センカさんの所に戻る時に持って帰って下さい。カレーのお礼になります」
なるほど、と頷いて残りも飲んでしまう。
冷えているのは保存と美味しく飲むための工夫なんだって。
リアンも美味しいですね、とカルンさんに感想を言っていたので何だか胸を張りたくなった。
私が作ったんじゃないけどね!
「気に入ったなら昼食にも出しましょう。なので、農作業頑張って下さいね。最初は教えますが、ある程度任せても大丈夫だと思ったら一定範囲を任せますので」
はーい、と返事を返していよいよ農場へ。
先ほどよりも少しだけ歩く速度をあげたカルンさんから話を聞く。
「今日は水葡萄、明日は水蜜桃を収穫して、明後日は水梅と水中花の実拾いです。どっちもしっかり収獲して加工しておかないと冬の間に困るんですよ。私の農場では集落の食材をほぼすべて作っていますから」
集落の半分は農場なのだと笑って、そこで働く人も多いと話す。
住人の三分の二は農作業に従事しているそうだ。
子供も手伝えば収穫量や状態によってお金が貰えるので積極的に働く人も多いんだとか。
感心しながら進むと漸く牧草地が小麦畑へ変わった。
カルンさんの家から四十分ほどで私たちは今回の作業場へ到着。
其処には、大きな川があった。
「水葡萄は水の中でしか育たない変わった葡萄です。発芽の条件は綺麗な水であること、豊富なコケがあることの二つですね。他にも色々ありますが、旬のある作物は一気になって一気に腐る。収獲の見極めが大事です。粗方、収穫は終わってるしかなり取りやすいかと―――……最盛期には足の踏み場がない程実った葡萄の中から適切なものだけを収穫しなくてはいけないので」
穏やかな流れと『エンリの泉』と同じくらい透き通った水をみて早く入りたいな、と思いつつカルンさんの後に続く。
渡されたのは腰まである不思議な靴。
「作業着の上から身に着けて下さい。コレを身につけておくと転んでも濡れないので。少々動きにくくなりますが、コレを着ないと体が冷えすぎて倒れる方もいるのです」
「冷えるってことはこの川の水って……湧き水ですか?」
驚いて頷くカルンさんは感心したように私を見て、パッと笑う。
子供みたいな笑顔だ。
「よくわかりましたね! もしかして、湧き水が身近にありましたか?」
「山の中で育ったので、ちょっとだけ。川の水は気温が上がると温度も上がるけど、湧き水は地面の下にあるからずっと冷たいんですよね」
「正解です。では身につけたら早速、収獲する葡萄の見分け方を教えましょう。それぞれ区間も決めてあるので安心して下さいね」
服を身に着けて案内されたのは人がいっぱい作業している所から離れた場所。
広く浅い川は全部で三本あり、大きな水源とそこらから湧き出る水の量を調整できるような仕組みになっているそうだ。
勿論魔術を使って水源には影響がないようにしているらしい。
「水の中で育てている作物は水の中で収穫します。収獲ザルを沈めて収穫したものはそこへ一度集め、重ねておかない様に並べて下さい。大体、ザル一つに5~6房ですね。それ以上は載せないでください。いっぱいになったら空いている別のザルへ。収獲ザルを引き上げるのは最後に運ぶ時です」
「途中で水から出さないんですの?」
「温度を一定に保った方がいいのと、衝撃に弱いので極力水から出さない方がいいのですよ。あげる時は大型の収納袋に入れる時と食べる時もしくは加工する時くらいですね。ワイン用の葡萄は水の中で選果するんですよ。手袋は受け取ったものをつけて下さい。長時間つけていても濡れないので」
カルンさんは話しながら川へ入り、足を延ばした状態で腰を折り、川を覗き込む。
手招きされたので同じように川に入って手元を見ると一房の葡萄が水の中でゆらゆらと揺れているのが見えた。
「まず、この模型のサイズを参考にしてください。水の中で作業をするので、模型を掌にのせてどのくらいの大きさなのかを把握しておくといいでしょう。人によって第一関節分の違いがあることもありますし、模型と手の平の大きさが同じという方もいますから。小さいものはそのままにしてください。用途が違うので」
はい、と返事をするとしっかり収獲する方法を見て欲しいと前置きしてから、川の中へ手を入れた。
水の中でゆらゆら揺れる房を下から支えるようにして軽く手に載せ動きを止め、利き手で持ったハサミで房を蔓から切り離す。
そのまま近くにあるザルに葡萄を載せて、上半身を起こした。
「こんな感じですね。とりあえず、この川にある収獲時期の葡萄を全て収獲してください。全てのザルがいっぱいになる筈ですから頑張ってくださいね。また、コケが生えているので大変滑りやすいです。滑って転んだ拍子に葡萄を潰してしまうこともあるので転倒には十分気を付けて下さい」
言われてみるとコケのような物がクッションのように葡萄の下に生えていた。
それがないところもあるけど、体の置き所は中々難しそうだった。
「ビトニーに頼んで収獲靴の裏には滑り止めはつけてもらっていますが過信はしないで慎重にお願いします。休憩はコチラで指示しますからそれまで集中して作業をしてください」
返事をすると満足そうに頷いたカルンさんは本来の仕事だと思われる別の川へ。
おそらく、あっちが今一番忙しいのだろう。
ひょいひょいッと慣れた様子で移動し、収穫に加わったカルンさんを見送った。
一つの川は少なくとも、3キロはあるだろう。横の幅は少し狭めの5メートル。
一般的な畑から見ると狭いんだけど実際に収穫するとなるとかなり広く感じる。
「これを、僕たちで全て収獲……? 終わるのか?」
「さ、さあ……?」
呆然とするベルやリアンに苦笑して私は一度川から上がる。
こういう作業は一人でやった方がコツが掴めるんだよね。魔物やモンスターもいないみたいだし、離れても文句は言われない筈だ。
「私、反対側から収穫するね。ここモンスターも出ないみたいだし」
二人が頷いたので反対側に向かって走る。
つまずきそうな石や草がないのは確認してるので、川の中を確認しながら小走りで。
太陽の光を反射してキラキラ輝く水面と川独特の涼し気な音と綺麗な水の匂い。
透明度が高いお陰で上から覗いただけで充分川の様子が伺い知れた。
(よく見るとコケが薄い部分あるんだよね。そこを足場にして手が届く範囲の葡萄を収穫、そのあと横に移動して取っていく方がよさそう。横移動も縦移動も出来そうな間隔があるし)
端っこにあたる部分に着いたので、とりあえず右端のコケが薄い部分へそっと足を降ろす。
そこからコケが茂った部分と今いる部分の滑りやすさを確認して、川の中を覗き込むように適切なサイズの葡萄を探す。
(あった。これがよさそう)
そっと手を入れて自分の手二つ分の大きさの葡萄を収穫しザルへ。
作業自体はそれほど苦痛ではないけど腰への負担が結構ある。
スピード勝負だなぁと思いつつ、パチパチと基準を満たした葡萄を収穫し、移動させる。
「水が濁らないのって、このコケのお陰だったのか……道理で移動しても土や泥が巻き上がらないと思った」
感心しつつ、あまりできない水中での収穫作業を続ける。
コツがつかめると移動もそれほど苦じゃなかった。
いつもの靴だったら滑っているかもしれないし、裸足も危なかったと思う。
でも、滑り止めのお陰で重心の掛け方さえ間違わなければ問題なさそうだ。
(収獲って採取もそうだけど量がある時は時々筋肉が凝り固まらないようにしないと後で痛いんだよね。私は多少慣れてるからいいけど、ベルやリアン辺りは今日動けなくなるんじゃないかなぁ……筋肉とか少し揉み解しておいた方がいいかも。明日も収穫作業がある訳だし)
休憩時間になったら体の筋を伸ばさなきゃ、と考えながら収獲していると名前を呼ばれた気がして顔をあげる。
なんだかんだで結構な時間、収穫作業をしていたらしく結構な距離の収獲が終わっていた。それでも三分の一って所だからまだ頑張らないと終わらないかもしれない。
慣れてくると収獲が愉しいという感情が消えて、代わりにいかに効率的に作業をするかって考え始めるんだよね。
当然、大事な商品兼食料を傷つけずに、っていうのは忘れてないよ!
私の名前を呼んだのはどうやらカルンさんらしい。
此方に歩いてくるのが見えたので、横の列を全て収獲してから、目印に麦わら帽子を置いた。
「ライムさん、十時の休憩です。すごいですね、初めてでこれほどの速度で収穫できるとは……少し見て行っても?」
「はい! 大丈夫だとは思うんですけど、見落としがあったら困るので確認して貰えると嬉しいです」
「ありがとうございます。そうだ、休憩はあの人が集まっている所でしてくださいね。飲み物やお菓子、水葡萄を食べて、トイレなどがあれば済ましてください。休憩時間は三十分です」
頭を下げてお礼を言ってから腰を押さえて動かなくなってるリアンとベルの元へ。
二人も一生懸命葡萄を取っていたらしい。
「く……腰に、来るなこれは」
「戦闘とは全く違いますのね……! もう、腰が痛くて……」
リアンはともかくベルの反応が意外で、四つん這いで項垂れる二人の傍で膝をつく。
二人とも背が高いから余計きついんだろう。
「あー、移動もきつそうだよね。ベル、ちょっとごめんね。腰とか揉み解すから動かないで」
大体どこの筋肉を使うのかは分かるので硬くなっている所をゆっくりほぐす様に手の平全体で押すように揉んでいくと、ベルも少し楽になって来たらしい。
五分位でペタン、とその場に座った。
「あ、ありがとう。助かったわ……もうあの体勢のまま動けなくなるのかと」
「大げさだなぁ。ほら、リアンも。ちょっと動かないでね」
「っ、い……お、おい」
「抵抗しない方がいいわよ。この後もあるんだし、凄く楽になるから」
諦めなさい、と覇気のない声でベルに注意されたのが堪えたのかリアンはそれっきり黙り込んだ。結果的にリアンは、ベルより酷くて揉み解すのに倍の時間かかったんだよね。
「はい、おしまい! どう? 少しは楽になった?」
「すまない……とても楽になった。君はなんでもないのか?」
「んーちょっと張ってる感じはあるから、体を解す運動はするよ。でも、先に美味しいもの食べに行こう! 頑張ったらお腹空いちゃった」
ほら立って、と二人の手を引いて体を引き上げて楽しそうな集団の元へ走る。
重たくて動きにくい靴は脱いだし、手袋も外したから解放感が凄い。
作業着の着心地も動きやすさも癖になりそうだな、とおもいつつ私の髪色に驚く集落の住人にお腹から声を出して挨拶をしてみる。
手を振ると何人かが手を振ってくれて嬉しくなったので、二人を置いて美味しそうな香りがする場所へ急ぐ。
ちらっと見えたんだけど、水葡萄と水葡萄を使ったジュースもあったんだよね。
あと水葡萄のタルト。残り少なかったから是非食べたい。
集落の人達は私の髪を見て驚いていたけど、集落に来た経緯やここで農作業の手伝いをしている理由を話すと歓迎してくれた。
持て成すのが好きだっていう人が多いみたいで、あれもこれも、と私の周りには美味しそうなものが沢山。
二人の分を残しながら、最後の一切れになったタルトを頬張る。
「美味しい! これ、誰が作ったんですか? レシピとか、せめてヒントだけでも」
最後の一切れだったし、二人は勿論頑張ってるラクサやディルにも作りたいし、ミントやエルやイオにも食べて貰いたい。
だから割と必死だったんだけど、偶然その場にいた豊満な体格の女性が作成者だったらしい。
彼女は嬉しそうに笑っていた。
「そんなに美味しかったのかい?」
「すっごく美味しかったです! こんなの食べたことないし、作れるかどうか……タルトは好きなんですけど、こんなに全体のバランスがいいものって中々ないですっ。あの、レシピのヒントだけでも」
「ヒント? なんだい、随分謙虚だねぇ。レシピは覚えてるから教えてやるよ。こっちにおいで。あと、水葡萄は他にもいろんなレシピがあるんだ」
「まだ美味しいのあるんですか? うわ、是非ぜひっ」
慌てて持ち歩いていたメモ帳を取り出し、持ち運びのできるペンとインクを取り出す。
いざって時の為に持ち歩いててよかったと思いつつ、その場にいた色んな人が私にレシピを教えてくれた。私もいくつか話したんだけど喜んでもらえて、お互いとてもいい休憩時間になったんだよね。
作業が始まる前にトイレや準備運動を済ませて、作業を止めた場所へ戻る。
途中でベルやリアンが信じられないものを見るような目で私を見ていたんだけど理由がイマイチわからなかった。
「……ライム。君、少し馴染むのが早すぎないか?」
「ほんとよね、いったいどうなってるの」
「田舎の人ってみんなこんな感じだよ? 家の麓の村でもこんな感じだったし、色々美味しい料理のレシピ聞いたから楽しみにしててね! 水葡萄のタルト作って、留守番してるミントとか今頑張ってるディルやラクサに食べて貰いたいし。二人も食べられなかったから楽しみにしててよ」
じゃあ、先に行くねーと手を振って軽い足取りで向かう。
今日の目標は夕方までに収穫を終わらせることだ。
他の畑もみたいんだよね。あと、こういう作業が凄く懐かしい。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
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