175話 【ハーベルティー】に挑戦
すっごい長いです。ええ、長いです。
一万字越えてる…(震
センカさんが作ってくれた食事を食べて、私たちは裏庭の花壇にいた。
鐘のような形の花をつけたハーベル草を摘みとってその場で傷んでいる部分は捨てる。
必要数を数えながら採取しているから無駄はない筈だ。
(でも、まさか庭にセンマイ草もしっかり植えてあるなんて思わなかったな。普通の人にとっては、ただの厄介な雑草だし)
植えられたセンマイ草は自然に生えているものより、品質がいいようだ。
葉の色や太い茎などからもわかる。
錬金煉瓦で囲まれた花畑は全部で四つ。
植えてあるのはハーベル草とセンマイ草だけだった。
茶葉に特化した花壇を見るのは初めてだったけど、分かりやすくていいと思う。
「私たちも工房に戻ったら裏庭で育ててる薬草の見直しした方がいいかも。こういう風に収獲目安を看板に書いて置けば収獲の時に迷わなくて済むし、手入れの順とかも考えやすそう」
「確かにそうね。でも、作業している時間がないんじゃないかしら」
「庭師を雇う程の事でもないし、広さもあまりないからな……少しずつ手を入れるか?」
どうしたものか、と話しつつ、採取を続ける。
すると収獲した素材を持っていたサフルに名前を呼ばれた。
サフルからこうして話しかけてくることが珍しくて、首を傾げる。
すると視線を庭へ向けながら、窺うように私たちの顔を見渡す。
「もし宜しければ、私に庭の植物を育てる仕事をまかせていただけませんか」
「え? でも、サフル色んな仕事してるし忙しいでしょ?」
姿が見えない時は大体何か仕事や鍛練をしているみたいだし、姿が見える時は自分に出来ることを自分で探って動いてくれる。
これ以上求める気はなくて、というか何ならもう少し休んで欲しいと思っていたんだけどサフルはかたくなに休むことを拒否していた。
いや、毎回泣かれるんだよね……何故か。
「まだ戦闘技術も未熟です。それに今の仕事量ですと、午前中に必要なことが終わってしまうので。空いている時間を利用し鍛練をしてはいますが、私はもっと直接的にお力になれる様な仕事がしたいと考えておりました。今まで通り、他の仕事も手を抜きません。なので、どうかお願いいたします」
じっと私たちを見る彼に私は戸惑いつつ、別に悪い話ではないよなと思う。
庭で素材が採れるのはいいことだし、遠くへ行かなくて済むなら助かるけれど手入れが完全に出来ているかと言えばまた違う話になってくる。
(植えているのは店に必要なものばかりだし、安定して収穫できるならそれに越したことはないけど)
でもなぁ、と思う。
ベルやリアンの意見も聞いてみようと視線を向けると、私の視線に気づいたのか小さく頷く。
「私としては別に構いませんわ。固定された仕事があるとサフルも安心するのでしょうし」
「僕も構わないが、出来るのか? ただの花や木でも育てるのは難しいが薬草は少しでも失敗すると枯れたり、花を咲かせなくなることも多いぞ」
放っておけば伸びるような物もあるけれど、本来は繊細な手入れをしなくてはいけない物の方が多いとリアンは事実を口にする。
そして、恐らくそれらの管理を自分達では出来ないことも。
「育てている間、何かの用事で工房を離れなくてはいけない事態になったらどうするつもりだ? 今回のような長期の採取旅行などは一か月前に予定を伝えるようにはするが」
「あら。そこは気にしなくてもいいんじゃない。護衛につけるにはまだ実力が足りないし、エルやイオなんかを捕まえられればサフルがいなくても採取には行けるわ。どうせ近場だもの」
「はい。十分な実力がないのに護衛をさせて欲しいと厚かましいお願いは出来ません。悔しいですが」
其処で一度言葉を切ってから、ちらりとセンカさんの工房兼自宅を見上げる。
眩しそうに眼を細めてからは早かった。
「―――……実は、昼食の支度の時にセンカ様に相談をしたのですが、カルン様の所へ学びに行ってはどうかと。薬草の育成知識も持っていらっしゃるので適任だと」
なるほどな、と頷いた私は口を開く。
サフルとはいつも一緒にいたから離れるのは少し寂しいけど、たまには息抜きを兼ねるのもいいだろうと私が頷けばリアンも「そういうことなら構わない」と首を縦に振った。
「っありがとうございます! あの、早速話を……!」
パッと顔をあげた所でベルが苦笑しながら薬草を摘むまで待つようにと言えば、恥ずかしそうに俯いた。
ケラケラと笑いながら残りの薬草を収穫して立ち上がった私は、何気なく空を見る。
創られた太陽だという光の玉は、確かに太陽と同じように温かさを伴って大地を照らしているし、その奥にある結界の外は曇り空どころか土砂降りの雨。
つくづく不思議だ、と考えながらセンカさんに台所を借りる算段をつける。
「私も一緒にセンカさんの所に行ってもいいかな。ちょっと話があって」
「構わないが……どんな話だ」
「サフルがお世話になるんだから、何か手土産を用意したくて。カルンさんが好きなものを知っていたら作って持たせようと思ったんだけど、台所使ってもいいか合わせて聞きたいんだよね」
そういうことなら、と頷いたリアンと楽しそうな顔をして私たちのやり取りを見ているベルにハーベル草とセンマイ草を託して一足先に家の中へ。
ただいまーと自然に口に出していてちょっと驚いたけど、直ぐにセンカさんの「おかえり」という言葉で高揚感と安心感がじわじわと心臓から指の先まで広がっていくのを感じた。
「センカ様。カルン様の所へ行ってもいいと許可が頂けましたので、取り次いで頂けませんでしょうか」
「おや、そうかい。なら【ハーベルティー】を調合している間に連絡してしまうかね。恐らく、手伝いはある方がいいというだろうから今日中にあっちへ行きな。で、アンタはなんの用だい」
さっさと調合しな、と言いながら本を読むセンカさん。
丸い眼鏡をかけて難しそうな本を読んでいるので話しかけにくかったけれど今しかないと口に出す。
「お願いがあって。あの、手土産代わりのお菓子か料理を作りたいので、台所を使わせて欲しいんです。それと、カルンさんの好物を知っていたら教えてください!」
「そういうことかい。それなら台所を使ってもいい。何なら、夕食もまとめて作っちまってくれ。カルンの好物は……あー、なんだったか。オランジェと出会った時に一度だけ作ってくれた料理があってね。なんだったか、茶色くて野菜がたくさん入った少し辛くて独特の匂いがある料理だったんだ。ご飯と一緒に食べるやつだよ」
具体的な料理名が一切出てこなくて新しい謎解きみたいになっていたけど、腕を組んで難しい顔で考え込むセンカさんに倣って私も考えてみた。
(茶色い。野菜が沢山。少し辛い、独特の匂い……ごはんと一緒に食べる。うーん、似たような料理って結構あるから何とも言えないけど、ちょっと辛くて独特の匂いで、ご飯と一緒にってなると“アレ”かなぁ)
もしかして、と前置きをしてからポーチの中に手を突っ込む。
おばーちゃんと暮らした家では、特定の料理に使う調味料を大量にストックしていたんだけど……その中の一つに該当するものがあった。
「それの名前って『カレー』だったりしませんか?」
「ああ、それだよ! 聞いたら食べたくなってきたね……調合が終わったら作っとくれ。なに、魔力回復薬はくれてやるし、必要な食材があるなら―――」
「食材なら沢山あるから大丈夫です。あ、でもいくつか庭に生えてるハーブ貰っていいですか? やっぱり新鮮な方が香りがいいし」
「なんだ、その程度ならいくらでも持って行きな」
「あと、カレーのレシピっていうかカレー粉の調合書いて渡しますね。色々教えてもらったし」
「……いいのかい?」
「いいんです。美味しいものは皆で食べた方がいいし、カレーって色んなアレンジができるので美味しいのが出来たら組み合わせとか書いて教えてくださいねっ」
「……そういう事なら教えてもらおうか。来年は来るのかい」
ここが好きだから出来るだけ来たい、と言えばくるっと背を向けて台所から大きな鍋を引っ張り出したセンカさんがボソボソと話し始める。
ちらりと見える耳が真っ赤だった。
「まぁ、来たいっていうなら錬金術の腕が上がったかどうか位は見てやるよ」
フンッと鼻息荒く大鍋を持ち上げようとしてるセンカさんに慌てて手伝いを申し出る。
何とか二人で鍋を持ち上げ、台の上に載せたんだけど顔を見合わせて笑ってしまった。
やることを済ませたら調合を見てくれるというのでお礼を言って、リアン達の所へ戻ると丁度下処理が終わった所だった。
お礼を言って晩御飯について話すと二人とも食べたことがない料理らしい。
カレー粉の匂いを嗅いでもらったけどやっぱり知らないらしい。
「でも、なんだか美味しそうな匂い。愉しみだわ。ライムのご飯ってなんか中毒性が……そうだわ。借金して困ったら私が立て替えてあげるから、毎日私の為にご飯作って頂戴ね」
「貴族の食事を作るのはあれこれ大変だぞ。僕の所に来るなら、気兼ねなく料理ができるし、そうした方がいい。借金はするところを間違えるなよ」
「借金する前提で話すのやめてくんないかなー……全くもう」
腰に手を当てて怒ったふりをすると二人は恐ろしいことに真顔で割と本気だと呟いた。
それを見て私は絶対に借金だけはしないと心に決める。絶対にだ。
(お金貯めよう。そうしよう)
まずはハーベルティーの調合だ!と気合を入れる私の後ろで二人が「借金」とか「雇うには」とかあれこれ話し合ってるのには気付かない振りをしておく。
危機管理がどうのって怒られるんだけど、これはつついちゃダメな案件だって私でもわかる。よし、調合手順見直しておこう。
◆◆◇
ハーベルティーの調合をする前に、作業担当を決めた。
計量や下処理は終わってるので、手順を三人で見直してみる。
と言っても魔力を込める工程は分かっているのでそれ以外の動きも決めた。
「三人で調合するのは初めてだもんね。役割決めておかないと調合中に混乱して失敗っていうのもありそう」
「そうね。んー、道具の準備は私がやるわ。使い勝手というかどう使うのか確かめたいし、今後、蒸留器って私が一番使うと思うの。美容系の調合にしょっちゅう使うみたいだし慣れておきたくて」
「そっか、じゃあ、①と②の工程は頼んでも良いかな」
「ええ。任せて頂戴。時間を目安にしながらやってみるわ。状態の確認はライムもやってくれる? 素材の観察をしていたからいい状態になったら教えて」
任せて、と頷いて手順へ意識を戻す。
私たちはセンカさんの作業台の前で顔を突き合わせる。
調合釜の火力調整なんかは既に教えてもらっているし、道具も使っていいとのことだったので後は私達の腕次第。
品質Cで作れれば、と思ってるんだけど。
問題になる③の工程を見ているとリアンが口を開く。
「この工程が一番魔力を喰うらしいから、まずはライム、僕、ベルの順で茶葉を擦り揉みして、魔力が切れた順に休憩と回復をすればいい。魔力が一番多いライムが最初にやった方が確実だろうな。擦り揉みの作業も君が一番上手いようだし」
擦り揉みの作業はコツが分からなかったので調合前に雑草で手の動きや力の込め方を見てもらって予習はしている。
コツを忘れない内に、と思っていたから頷いた。
「次は調合釜に入れて魔力を注がなくちゃいけないけど、どうする?」
「④の工程は、そうだな……交代が気軽に出来ないから僕かライムがいいだろう。ベルには機材の確認を頼みたい」
「⑤の工程を全て任せてもらえるなら、他は適当に割り当ててくれて構わないわ。あ、ライムは茶葉の状態を見て指示を頂戴」
そういうことなら、と頷けばリアンが④の作業をして最後は私がすることになった。
動きの確認も併せて行ってから、いよいよ調合に移る。
手を洗って作業台に向き合う。ベルは早速、蒸留器と発酵器をセットし始めた。
「じゃあ、ハーベル草とセンマイ草を合わせちゃうね」
大きな作業台の上で均一になる様に混ぜ合わせる。
リアンは時間を細かく計れるという魔道具を起動させ、飲みやすい位置に魔力回復薬を並べている。
全て混ぜ合わせた所で、ボウルにいれて渡しておく。
その合間で大きな板を作業台へセットして、いつでも擦り揉みの作業ができるように環境を整える。
「ここに来てから魔力回復薬ばっかり飲んでる気がする」
ふと窓辺で乾燥させている大量の回復薬の瓶が目に入った。
ワインを作る過程で大量に飲んだことを思い出し、リアンの横にある箱と瓶を確認。
一体どこから出てくるのかと思う程の大量の回復薬は、全てセンカさんが作ったものらしく品質は最高級。効果も最上級。
「市販の回復薬だったら色んな意味で死んでるぞ。これは独自の配合で少量飲めば回復するようにしてあるようだからな」
「回復薬って飲むタイプの結構不便だって思うんだよね。量必要としないならまだいいけど、戦闘中とか調合中に飲むのって難しいし、意識がない間に飲むとなると凄く大変でしょ?」
手が塞がっていたり、意識を分散させるのが危険なことは割と多い。
そんな中で瓶のコルクを抜いて、口をつけ中身を飲むという一連の行動が命取りになることもあるんじゃないかと思う。
調合は、素材の状態が常に変化する。
その中の変化を見極めて適切な所で、一番いい手法を取らないと失敗したり、品質が落ちたりするのだ。
どうにかならないかな、と歩くだけで体の中から水の音がしそうになった調合後のことを思い出す。
「まぁ、それはそうだが。外傷があるならともかく、魔力回復については体内に取り込む以外どうにもならない。精々口の中に回復薬を仕込んでおくくらいしかできないんじゃないか?」
それもそうだ、と頷いてベルが丁寧に作業をしているのを眺めて息を吐いた。
取り合えず諦めて目の前の調合に集中しなくちゃね、と茶葉の状態に目を光らせる。
ゆっくりと水分が抜けては熱い蒸気によって『聖水』の特性を吸収していく葉っぱ。
葉の状態を注意深く観察して、ほぼ誤差のない時間で中身をひっくり返す。
聖水の量が半分になった所で一度機材から茶葉を取り出した。
ピンッとハリのあった葉は、全体的にくったりと萎びている。
「じゃあ、擦り揉み作業始めるね。リアンは準備しておいて」
手つきや力加減を思い出しながら茶葉を手に取り擦り合わせるように揉み合わせていく。
ムラができない様に、力を込めすぎない様に。
(これ、結構きついかも。普通に擦り揉みするだけならいいけど……魔力を込めながらだとあっという間に疲れる)
ジワリと嫌な汗が滲むのが分かる。
多分時間は五分経ったかどうかだろう。
魔力は既に半分を切っていて、余裕がない顔をしているのが分かったらしい。
「ライム、残りの魔力は」
「三分の一ってとこ。これ想像以上に大変……魔力は手の平全体に常に纏う感じ。茶葉が手の平に触れた時に流すんだけど、常に放出した方がいいかも。その方がムラができないから」
「わかった。そろそろ交代する。途切れてしまうとマズいからな。横に少しずれてくれ。少しずつ僕が受け持つから」
「了解。うう、これキッツいな……ベル、リアンの隣にいた方がいいよ。直ぐに交代できるように」
そうね、と頷いたベルは私に回復薬を差し出した。
有難く受け取ってその中身を煽る。
一本じゃ足りなくて二本目を半分飲んだところで全回復したので、どうしようかなと思ってたんだけど、リアンに飲ませることにした。勿体ないし。
「リアン、ちょっと口開けて」
「は? 何をす……むぐっ」
「半分余っちゃって。捨てるのも勿体ないし」
瓶の中身を傾けると二口分だったらしく、二度ほど喉が動く。
満足してベルの横に移動すると怒られた。
「何するんだ君は! 飲んで欲しいなら先に言え!」
「ご、ごめんってば。パッと思いついて気付いたら体動いてたんだよ。でもそんなに思いっきり突っ込んだわけじゃないし、飲みやすかったでしょ? ちゃんと背伸びして口に運んだんだから。あ、リアンも余ったらベルに……」
「リアン、そんなことしたら潰しますわよ」
捨てるの勿体ないし、と思って提案しようとしたんだけど被せるようにベルの穏やかな声。
外用の笑顔が素直に怖い。
「……ごめん」
「わかればいい」
余ったら次に飲むことにする、と言えばそうしてくれと力なく返された。
ただ、私の行動は割といい結果になったらしい。
魔力が空になったリアンが瓶を一つ空っぽにした所でふむ、と思案顔で瓶を見つめている。
ベルが緊張しながら擦り揉みをしているのを観察していると上の方からリアンの声。
「僕の魔力はこの瓶一つで全回復するようだ。ライムは一本と半分、か」
「へー。じゃあ私が一番半端だね」
「私は一本じゃ多いのよね。大体三分の一残るわ……魔力の総量、早く増えないかしら」
やれやれと息を吐くベルに残った分を口に入れて貰うことにした。
半端な回復薬は私が飲むよ、と伝えてから交代は比較的スムーズだったと思う。
五回ほど入れ替わりながら魔力を注いだところで茶葉もいい色具合になってきた。
「そろそろ、かなぁ。次で終わると思う。茶葉の茎が茶色になって、全体の三分の一くらいが茶色っぽくなったら次の手順ね」
「分かったわ。じゃあ、回復薬を飲んだら次の準備をしておくわね」
「うん。リアン、調合釜の前で準備して。私の魔力なら少し残ると思うから」
「頼んだ」
ベルの魔力が切れる直前で入れ替わり最後の擦り揉みを済ませる。
時間は一時間と十五分だった。
理想の状態になった茶葉を直ぐに調合釜へ入れてリアンに託し、私は火力を調整。
隣で見ていようかとも思ったけど魔力を回復させるために残った回復薬を飲んでから足りない分を飲んでおく。
(調合してみてわかったけど、モノの配置とかやっぱり人によって違うんだなぁ。私はセンカさんと同じくらいの身長だから丁度良かったけど、二人はちょっと使いにくそうだったなぁ。棚とか釜の位置とかね)
手に届く範囲に使用頻度が高いものを置くのは当たり前だけど、釜の高さも人に合わせて作っていることにこの時初めて気づいた。
(工房の調合釜は全部同じ高さだったけど、あれってきっと平均的に作られてるよね。高さ調整してみようかな……踏み台とかで)
魔力が回復したので、調合釜の様子を覗き込めば残り半分になっていた。
ただ、リアンが眉をしかめていたので回復薬を飲むか聞いてみると頷いたので飲ませて、回収の為のボウルとお玉を用意して待機。
「ベル、あとちょっとで茶葉が浮かぶから発酵器の準備お願いね」
「分かったわ」
準備はしてあるから安心して、という返事が返ってきて一息ついた所でリアンが回復していた分の魔力を注いだらしい。
一気に浮いてきたので浮かんでいる分を回収していると最後の茶葉を掬い上げた所で大きな溜め息。
「すまない、魔力が足りなくなりそうだったんだ。気づいてくれて助かった……ただ、無意識に調整してしまったかもしれない」
「初めて『三人で』調合してるんだから、何かしら不具合はあるって。魔力が足りないのはリアンだけじゃなくて私達二人も一緒。多分今後こういう調合って増えるだろうから、いい練習だよ。センカさんっていう凄い錬金術師に教えてもらってるんだから、凹んでる暇があったら観察しなきゃ。反省は後でね! あ、ベル、これ発酵器にのせて」
「分かったわ。リアン、魔力は回復させておいて頂戴。これが終わったら別の調合するわよ」
「……そう、だな。すまない。忘れてくれ」
リアンの声を背後で聞きながら、私はベルが発酵器の皿に均一になる様に茶葉を盛りつけているのを眺める。
リアンが言う程、茶葉の状態が悪くは見えない。
チラッと視線を外すと私たちの作業風景が見える場所にセンカさんはいた。
椅子に座って優雅にお茶を飲んでいるけれど、視線はしっかり茶葉へ向いている。
「これで、ええと三分の二が金茶色―――…って、金茶なのは【アールグレイ】よね。ってことは、茶褐色になったら取り外してボウルに入れて……調合釜でいいのよね」
うん、と頷いて茶褐色を見極めるのが結構大変なことに気付く。
こう、発酵の過程で曇るんだよね。
心なしか水分量が多い気がして、ちょっとだけ嫌な予感。
(失敗、はしないと思うんだけど品質は……EかFっぽい)
センカさんの時はこんなに水分がなかった。
ベルもそれに気づいたのか眉をひそめている。
暫くすると、リアンが加わった。
発酵器の中を見るや否や顎に手を当てて考え込んでいる。
「水分量が多いな……発酵、は進んでいるようだが随分早い」
「ベル。もう仕上げしちゃおう。これ、水分量が多いせいで発酵が早い―――…最後火力を上げた調合釜でやらなきゃいけないからあんまり発酵させすぎるとマズい気がする。あと、魔力最初から全力で入れるから半分って言ったら口に回復薬突っ込んでくれる?」
焦げるかもしれない、と考えながらヘラのような混ぜ棒をセンカさんに借りることにした。
焦げ付かないようにするには、頻繁に混ぜて満遍なく、それでいて早く水分を飛ばさないといけない。
発酵器の蓋を外した瞬間ふわりとハーベル草の香りがして、二人の表情が硬くなるのが分かる。
「失敗、ね」
「だろうな」
「……ううん。アイテムとしては大丈夫。私がヘマしなければ品質EとかFとかで何とか」
頑張ってみるけど、と言えば二人は静かに頷いた。
最後は三人で調合釜の中を覗き込む。
ベルが魔力が切れそうになった私の口に回復薬を入れてくれた回数は三回。
四分半かかって何とか乾燥させた茶葉を取り出すと、ほぼ茶褐色に変わっていて普通の茶葉と変わりなく見える。
ボウルに茶葉を移して、そこから先の作業はベルに頼んだ。
私は魔力回復薬を一本口にして両腕を振る。
疲れすぎて指先が細かく震えているし、腕が上がらなくなっていた。
「あー……疲れたぁ」
「片づけは僕とベルでやるからライムは少し座って休め」
「腕が回復したら手伝うけど……粗方片付いてるもんね。片付けながらやったし」
だな、と頷きながらじっと瓶の中を見ているリアンはそれっきり黙り込んだ。
無言で片づけをして、終わった頃にセンカさんが私たちの前に立った。
「さて、作業台に茶葉を置きな―――…リアン坊」
そっと静かに茶葉を見たままセンカさんが名前を呼ぶと、普段聞くことのない悔しそうな声が零れ落ちた。
「品質はFです。効果は【魔力回復:弱】【芳香:微】【疲労回復:弱】【消化促進】でした」
「品質がCにならないと美容効果はつかない。まぁ、そんなところだろうね……ベル、失敗した理由に思い当たる節は」
「擦り揉みの段階の魔力不足、かしら。あとは……蒸留器の温度調整が少し甘かったわ」
苦々しいものを思い出したような声を聴いてギュッとこぶしを握り締めた。
静かに私を見ていたセンカさんに自分の思う失敗した点を口にする。
「擦り揉みもそうだけど、最初の発酵が少し足りなかったんじゃないかなって。あと、最初の調合釜での作業、あれ、もう少し火力をあげなくちゃいけなかった。で、最終的に無理やり火力で水分を飛ばしたから……香りが減ったんだと思います」
悔しいけど、でもそれで終わっちゃいけない。
失敗したって言っても爆発した訳じゃない。
アイテムにはなった。
「センカさん……もう一回、やらせてください。帰る前に、三人で。魔力回復薬は、自分達で用意しますから」
お願いします、と頭を下げると二人も頭を下げたみたいだった。
それが少し嬉しくて、思わず左右を見ると二人がほんの少し歪んで見える。
「馬鹿ね、泣くことないじゃない」
「泣いてないよ」
「意外と涙もろいよな、ライムは」
「ベルとリアンだって目ウルウルしてる癖に」
コソコソと小声で話していると、センカさんがパンパンと手を叩いて頭をあげるように、と言った。そっと顔をあげると、目じりを下げた彼女は無理やり口の端を持ち上げたように見える。
「―――…魔力回復薬は私が出してやる。ガキの癖に変な気を遣うんじゃない。凹んでいる暇があるなら、魔力が切れるまで調合しな。ああ、ライム、アンタはカレーの作り方を私に教える仕事があるんだ。こっちへ来な」
そう言うとベルとリアンにそれぞれ必要な素材を指示し、調合するようアイテム名を告げる。時間も魔力も食うレシピに二人の顔が引きつったのを確かに、私は見た。
ズルズルと引きずられるように台所へ連れていかれた私に、センカさんは困ったように笑う。
「魔力は足りないし実力も足りないが、素質はある。自分の失敗に気付けて、そして改善へつなげられるのは才能だ。失敗し慣れているアンタと、あの二人は違う。少し気にかけてやんな。特に―――…リアン坊は打たれ弱い。ベルは、失敗すると燃えるタイプだからアンタと似ている所がある。ただ、リアン坊は錬金術が絡むとどうにも気持ちの切り替えがうまくできないようだからね。少し話をしてやんな。いいね」
「え。いや、私と話してもどうにかなる問題じゃないと思うんですけど」
リアンは頭がいいし、ベルは強くて視野が広い。
私とは違う、と言えば鼻で笑われた。
「リアン坊にとってアンタの言葉は良く“効く”筈だ。伊達に歳は食ってない、私の目を信じるんだね」
そう言うと、この話は終わりだという様にカレーに必要な素材を聞いてくる。
一緒に取りに行くと言えば、待ち切れないと言わんばかりに急ぎ足で食料を置いてあるという貯蔵庫へ引っ張られた。
なんだかな、と思いながらも胸の中に残る“失敗”したことへの悔しさを噛み締めて、カレーの基本となるマタネギを只管みじん切りにしたのは言うまでもない。
(途中で、ベルとリアンも巻き込んで大量にマタネギ切って泣いたのは良かったのか悪かったのか)
ここまで読んで下さってありがとうございます!
ちょっと沢山詰め込みました。
初の三人合同調合です!あー……楽しかったぁ。
誤字脱字、あれば誤字報告や活動報告のコメント、感想などでひっそり教えて下さると嬉しいです。また、評価、ブックなどして頂けると励みになります!(読んで下さるだけで充分嬉しいのですが)