171話 錬金術師 センカ
やっぱりギリギリに……。
何度か書き直してますが、最近しっくりこない。
ちょっと書き直すかもしれません。
ただ、お婆ちゃん系のキャラは書いてて凄く楽しいです。
全員の魔力が混ざった実は、不思議な色になった。
ベースが光沢のある黒。
其処に様々な魔力が遊色として光が当たる角度によって、色合いが変わるのが面白い。
「本当に黒になった」
「黒は黒だけどこれ、光沢が凄いわねぇ。職人としてはどう? ケイパー」
ニヤニヤしながら楽しそうに笑うのは、ビトニーさん。
促されたケイパーさんは「俺は宝石職人じゃないんだが」とボヤキながら、ゼーレフックの実を手に取って真剣な顔で見分する。
「この状態では何とも言えないが、かなり上等だな。どれも品質は抜群にいい。とりあえず、食って種を出してくれ」
旨いぞ、というので好奇心に負けて皮を剥いてみた。
一皮むくと甘い香りが鼻をくすぐる。
「ピーチェとアリルが合わさったような匂いがするね。見た目は、柔らかそうだけど」
いただきます、と小さく口にしてから白く柔らかそうな細長い果肉を口に入れる。
食感も不思議だった。
薄く伸ばした飴のような食感がして、直ぐに柔らかい果肉が口の中に広がる。
味は濃厚なピーチェで後味はアリルのような感じ。
「さっくりトロリって感じ。こんなに濃厚で甘いのに、口の中に甘みが残らないって不思議。でも、凄く美味しい! 何本でも食べられそう」
「私も食べたことがないわね、おいしいじゃない。種は……ああ、曲がっている所にあるみたいね」
「量産出来たら一定以上の需要が見込めそうだな」
ふむ、と小声でつぶやくリアンに苦笑しているとディルが私をじっと見ていることに気付く。
「ライム、俺の種を預けてもいいか。錬金術で加工できるようだし、加工を頼むならライムに頼みたい」
差し出されたのは全体的に紫色を帯びた種。
明るい紫と暗い紫がチラチラと光って、光の加減では淡く虹色がかっている。
「私が預かるのは構わないし、加工も私がしていいなら喜んでっていいたいんだけど……私より腕のいい錬金術師とかに頼めばすごくいいものができると思うよ。完成したものによっては、命の危険を回避できる代物ができる訳だし妥協は良くない」
ディルが私のことを気にかけてくれるのは嬉しい。
でも、なんだか申し訳ない気分になるんだよね。
(ちょっと前なら気にもならなかったことだから、相談しにくい)
躊躇する私をみたディルは少し驚いたように目を見開いて、それから眉をひそめた。
綺麗な紫の瞳に見つめられるのが少しだけ、後ろめたくて視線を種へ向ける。
「俺はライム以外の錬金術師に、命を預けるようなものを頼む気はない。仮に死んだとしたらそれは俺の実力が足りなかったということだ。道具や装飾品は作った側ではなく、使う側の資質が問われる。なんでもそうだろう?」
種を持っている手にディルのいつの間にか大きくなった手が添えられて、私は突き返すこともできず小さく頷いた。
片方の手には食べかけの実があるから、余計どうにもできなかったんだけど。
「質問があるんスけど、加工の段階で色が変わることってあるんスか? ほら、錬金術って魔力を使うみたいだし、干渉で色が変わるんなら魔力色を加味して錬金術師を探さなきゃいけないッスよね」
ディルの次に食べ終わったラクサが自分の種を見て、錬金術師のセンカさんに視線を向ける。ラクサの種は鮮やかな橙色をしていた。
ラクサの言葉で色が変わる可能性に思い当たり慌てて視線を向けるとセンカさんは懐から二つのペンダントを取り出す。
「右は魔力色が青、左は緑の人間が作った首飾りだ。光が当たった時うっすらと加工者の魔力色が見えるだけだが、気になるなら魔力色を聞くといい」
「なるほど。わかったッス。とりあえず、回復系が得意な魔力色って何色ッスか?」
「青だね。緑も適性がある。赤は攻撃、黄色は体力に影響する素材や要素と相性がいい。回復薬は青、爆弾や金属系の素材には赤、食物や道具は黄色の属性がそれぞれ適していると言われている」
なるほど、と納得したラクサの次にベルが口を開いた。
ベルの種は綺麗な赤色だ。
「では、源色と呼ばれる色は何が得意でどのような特性がありますの?」
私も気になっていたので、口の中に残っていた実を入れて種を吐き出す。
目の前に置かれた小さな木の器につけて汚れを洗った後、一緒に置かれていた布で種を拭く。
自分のことを聞いてくれたベルに感謝しつつセンカさんをちらりと見ると目があった。
彼女は少し考えてから口を開く。
「他の魔力色と同様に『何の影響もない』ということは考えにくい。ただ、種の反応を見る限り『素材』が持つ力や素養を引き出す力はありそうだ。何か気になることや変わったことはなかったのかい」
「変わった事……って言われても、特には思い当たらないというか。あ、でも『つく筈のない効果』がついたことはあります。“結晶石の首飾り”に使った水晶が無色なのに、『青の導き』っていう効果が出たんですよ。使った溶液が青色の魔力を持っていたからそれが出たんじゃないかっていう話でしたけど」
「なるほどね。他には」
私から視線を外したセンカさんの目は真剣だった。
チョットそのことに驚いたけど、それ以上に驚いたのはリアンがつい最近のことを口にしたからだ。
「彼女は、アンデッドに強く影響を受けやすい性質を持っているのではないかと僕は考えています。レイスになる前の何かに憑依されそうになったのがいい例ですし。ただ、魔力を込めた杖を振るだけでアンデッドが消えたりもしていたので、アンデッド側に与える影響も強いと言ってもいい」
「言われてみればそうですわね。普通、魔力を込めていても一撃で仕留めることは難しいもの。杖先が当たる箇所もバラバラで魔力量もそんなに込めてなかった筈なのに、あっさり吹き飛んだり真っ二つになってましたわ」
二人の話を聞いたセンカさんは考え込むように暫く黙り込み、ちらりと魔術師のミルルクさんへ視線を向けた。
何か知っていることは、と言われて彼は何かを考えた後口を開く。
「アンデッドは元来、濃い色の魔力を好むとされているが……似た性質のものに群れるという特徴もある。つまり、色を持たない魔力であったが故に、レイスになる前の不安定な魂を引き寄せたという可能性が強い。リアン坊が付いていたというならアンデッド対策をしていたんだろう? それがなければ乗っ取られていた可能性も十分ありうる」
「えぇ……ってことは、アンデッド対策のお守りって私が作るより、魔力に色がある人に作ってもらった方がいいってことですか?」
「魔力色を持つ人間が、お前さんの作ったお守りを買っても問題は何もない。寧ろ品質やお守り自体の効果が上がっているから儲けものといった所さ。ただ、魔力に色がないお前さんが、色を持たないお守りを持っても効果は相殺されかねん」
「なるほどね。そういう事なら、私がライム用にアンデッド除けのお守りを作るわ。源色も他の魔力色と変わらず万能って訳じゃないのね」
「だねぇ……うう、憑りつかれるのはもう嫌だから、文句は言わないけど」
がっくりと項垂れながらも頷いた私を見て、彼らもひと段落着いたらしい。
今まで黙っていたケイパーさんが私の種を指さした。
「移動する前に、嬢ちゃんの種を半分俺に預けちゃくれねぇか。調合に使う前に加工しても問題はねぇ筈。その種は今後お目にかかれるかどうかわからねぇからな、出来るなら加工してみたい。どうだ? 預けてくれるなら俺が持つ最高の技術で細工させて貰おう」
「それは構いませんけど……というか、あの、全部持っていきますか?」
「いや、錬金術師になるならいろんな素材を扱っておくべきだ。半分任せてもらえりゃ十分すぎる。調合で属性を付加した後に加工して欲しいってんなら引き受けるが」
そうじゃねぇんだろ、とケイパーさんは笑ってバシバシラクサの背中を叩く。
かなり痛そうな音が聞こえてラクサが思いきり前のめりになったのを見て苦笑する。
「ま、ここにいられる間は徹底的に宝石研磨やらなにやらを教え込んどくからよ、安心してくれや」
「ありがとうございます。報酬と種は明日お渡ししますので」
「おうおう。そりゃあ楽しみだ! じゃあ、そろそろ戻るぜ。やることはたんまりとあるからな」
ニッと歯を見せて笑ったケイパーさんは、パンっと太ももを叩いて立ち上がった。
立ち上がると中々背が高いのが分かる。
後で聞いたらエルフにしてはかなり体格がいい方に部類されているんだとか。
鍛冶をやっていたら腕が太く逞しくなるぞ!と勧められたけど、リアンを筆頭として即攻断った。
流石にムキムキになるのは嫌だ。服が入らなくなると無駄な出費になるし。
立ち上がりながら、明日工房に来るのを忘れるな、と言い残してラクサを担ぎケイパーさんは機嫌よく建物から出て行った。
その後ろ姿を見送った他の人達も立ち上がる。
ディルはミルルクさんに引きずられ、その後ろをビトニーさんやカルンさんが追う様に出ていく。
ちょっと唖然として彼らを見送った私たちの耳に、よっこいしょ、というしわがれた声。
ハッとして視線を向けると丁度立ち上がったセンカさんと目があった。
彼女は何も言わずスタスタと建物を出る。
リアンは当たり前のように彼女の後ろを歩いているので私やベルは顔を見合わせて慌てて駆け寄った。
サフルもしっかりついて来ているのを確認して、私たちはいよいよ集落の中へ足を踏み入れる。
◇◆◇
この集落は、驚くほどに無駄がなかった。
結界が張ってあり、必要な量の雨しか降らないように調整されているというこの集落は、とても快適に暮らせるようになっていた。
集落は大まかに五つに分けられていて、そこには必ず自警団が置かれていると教えてくれた。
「五つに分けられた区域には、古株が必ず一人住んでる。何かあったら直ぐに対応できるようにね。住人も定期的に戦闘技術や介抱の為の技術を学んでるのさ。今までいた環境が環境だ……自分の身の安全は自分で守らなきゃならないからねぇ」
「ここ、そんなに危ないんですか?」
思わずそんなことを聞いていた。
彼女は少しだけ驚いていたけれど、クシャリと笑って首を横に振る。
「結界があるから危なくはないさ。魔物もモンスターも入ってこない。入れるのはヒトだったり訳アリだったり、だね―――…リアン坊のように“偶然”ここに辿り着いて、手紙やら何やらを送ってくる物好きは少ないのさ」
「確かに無駄に細かいわよねぇ。だから安心してお金の管理が任せられるんだけど」
「性格というのは早々変えられるもんじゃないからね。リアン坊は帰り際わざわざどうやって今後連絡を取るか、遅くまでミルルクと話して居ったくらいさ」
クツクツと喉で笑うセンカさんは、とても楽しそうだ。
今、私たちは住宅街を避けて『商業通り』を歩いているんだけど、左右には必ず違う店がある。
食料品店は主に、八百屋、肉屋、魚屋、雑貨店にあるらしい。
調味料や穀物などは雑貨店で扱っているんだとか。
「そういえば、持ってきた小麦とか調味料はどうするの? 結構な量だったと思うんだけど」
ふとトランクに入れてある大きな荷物を思い出した。
ニヴェラ婆ちゃんから薬も預かっているし、やらなきゃいけないことはある。
折角、雑貨店の前にいるんだから話だけでも……と思ったんだけど、リアンは首を横に振った。
「その話は明日しようと思っている。アンデッドに囲まれたせいで仮眠も十分に取れていないから、まずは体を休めることを優先すべきだ。この時期は体調を崩しやすいし、温まったとはいえ雨にも打たれたからな」
体調を崩すと採取も戦闘もお預けになるぞ、と呟かれて私はハッとした。
それは嫌だ、と思ったのでリアンの言葉に頷く。
ベルも同じだったみたいでそれ以上何も言わなかった。
商業通りを抜けて、センカさんは雑木林へ続く道を歩く。
(ニヴェラ婆ちゃんの所に似てる。あっちはもっと林の奥にあってパッと見、わかりにくかったけど)
木々の間から見えるのは一軒家だった。
屋根は濃い緑で、他の家とは違って煉瓦の基礎と他の家と同じ乳白色の壁。
店先には花壇があって色とりどりの花が咲いている。
「センカさん、あの花壇の花って何の花ですか?」
「ハーベル草さ。この辺じゃぁ割とどこにでも生えているが、首都の周りにゃないからね。ハーベルティーの材料になるんだ。この集落では良く飲んでいる飲み物の一つだから、カルンが温室で育てていた筈だ。金色だから滅多なことでは使わないが、いくつか譲ってもらえるだろう……いるなら話をつけておくよ。リアン坊のことだ、色々持ってきてるんだろう」
花壇の他にも薬草らしきものが家の周りには沢山あった。
センカさん曰く、回復アイテムや薬、武器や防具といった戦闘に必要なモノを作り出す人の家は通りから少し離れた場所に建てているそうだ。
あと、集落の至る所に備蓄食料や武器、防具や薬を備えているんだとか。
モンスターや魔物が比較的多い場所に集落があることや、何度も奴隷を従えた盗賊や冒険者と戦った経験があるからこその備えらしい。
「奴隷落ちしかけた子は、冒険者ランクBまで上げたよ。最初は普通のパン屋だったんだけどねぇ」
「ああ、彼女ですか。今は自警団の近距離攻撃部隊副隊長になったと聞きました」
「なんというか凄まじいですわね。普通、集落から離れるんじゃなくって?」
「この集落から出るくらいなら死ぬといっているから、恐らくそれはないな、ここでパンを焼くのが宿命らしい」
「面白い人いっぱいいそうだね、この集落」
「その一言で片づけられるライムは色んな意味で凄いですわ」
ホントにどうなってるの、と呟かれたけど気にせずセンカさんの家に足を踏み入れる。
外から見ると四~五人が住んでいそうなお洒落な一軒家だ。
でも、家の中には大きな釜や素材が入った瓶、吊るされた薬草などがあるし、大型の機材もあった。
典型的な錬金術師の家といえば、こういう感じだと思う。
「なんだか懐かしい……おばーちゃんが生きてた時の家にいるみたい。まぁ、確実に家の中は片付いてるけど」
「僕も実際に家に入らせてもらうのは初めてだが、妙に落ち着くな…工房に雰囲気が似ているからかもしれないが」
「私、錬金術師の家って初めて入りますわ。こんな感じなんですのね。リアンの言う通り工房に似ている気が……」
センカさんの家は、どこか懐かしくて人の家なのに思いきり伸びをしそうになった。
なんか、こう「家に帰って来たー!」って感じが凄いんだよね。
目を細める私と懐かしいと肩の力を抜いたリアンを余所に、珍しくベルが落ち着きなく家の中に視線を走らせている。
「ついておいで。リアン坊とそっちのベルだったかい。アンタもだ―――…消耗が激しいようだから先に寝ておくんだね。後でこっちの双色の嬢ちゃんも連れて行ってやるさ。リアン坊、部屋は適当に使っとくれ」
「ありがとうございます。ベル、二階に行くぞ」
差し出された鍵を受け取ったリアンが二階へつながる階段の中ほどまで進み、私を見て躊躇するベルの名前を呼んだ。
少し考えていたベルだったけれど、深いため息をついて二階へ上がる。
「サフル。あんたはライムについていなさい。寝たら休んでいいわよ」
「はい。お任せください」
そういって綺麗に一礼したサフルと満足そうに二階へ上がるベルを見ていたセンカさんが深く息を吐いた。
目には感心と呆れ。
「あの娘の警戒心は、騎士の連中に似てるね。もっとあの連中は上手くするが」
「ごめんなさい。でも、ベルは…―――」
「いいや、あれくらいの方がいいんだ。私が心配なのはアンタの方さ。そうやすやすと人を信用しちゃぁいけないよ。いくらリアン坊の知り合いだからと言って、腹ン中で何を考えてるかなんてわかりゃしないんだから」
そう言いながら背を向けてついておいで、と日当たりのいい窓辺へ私を連れて行ってくれた。
サフルにも座るように言い、彼女は紅茶を淹れると席を立つ。
「今から入れるのは特産のハーベルティーだ。サフルといったかい、毒味をするならしてかまわないし、淹れ方が気になるならついておいで」
サフルは強張った顔で小さく頷いていく。
ほんの少し腰が曲がっているモノのスタスタと歩くセンカさんは何処からどう見ても『いい人』にしか見えない。
なんだかなぁ、と思いつつ綺麗に磨き上げられたテーブルに頬をくっつける様に伏せてみる。
程よい冷たさと木製の家具独特の匂いに目を閉じかけて、気付いた。
(あれ。結界の外って雨が降ってる筈だよね。なんで明るいんだろうここ)
バッと上半身を起こして窓の外を覗き見る。
布が掛けられていないから空の様子が見える筈だったんだけど、そこには不思議な光景が広がっていた。
「え。結界の外は曇ってるのに、なんで結界の中に太陽があるの……?」
それは凄く不思議な光景だった。
空は重たい灰色で雨、が降っているのが見える。
雨は結界の中に入ってこない様になっているらしく、結界の形をなぞるように地面へ流れていく。
薄い水のヴェールみたいに見える透明な壁の内側に、熱を感じない光の球体が浮かんでいる。
大きさは分からないけど、結構な高さにあるのにしっかり見えるから小さくはない筈だ。
「ああ、それは疑似太陽さ。ミルルクとケイパーの二人と協力してこっちに住み始めた頃に作った魔道具だ。見ての通り、というかこの集落がある森は年中雨が降っていて、作物が殆ど育たない上に冬は雨が雪に変わって、そりゃあ酷いもんだったさ」
ミルルクが結界を張れてなけりゃ、揃ってくたばってたよと笑いながらポットとカップが乗ったトレーをテーブルに乗せた。
サフルを椅子に座らせてから紅茶を三つのカップへ。
ふわりと鼻をくすぐる香りは嗅いだ覚えのある紅茶の香り。
「……あれ。この香りっておばーちゃんの【アールグレイ】に似てる」
高級茶葉の一つで、別名『オランジェ式紅茶』と呼ばれるのが【アールグレイ】だ。
主な素材はセンマイ草なんだけど、複数の工程を踏まなくちゃいけない上に、魔力をかなり消費する。
しかも高い錬金術の腕が必要不可欠なので、市場に出回っている数はかなり少ない。
おばーちゃんが作った茶葉の殆どには香りがあったんだけど、何をどのくらい混ぜているのかは私も教えてもらったことがないので知らなかった。
隣でサフルがカップに口をつけて異常がないことを確認したらしく、私の名前を呼ぶ。
「ライム様。即効性の毒などは含まれていないようです。茶葉を少し口に含んで暫く経ちますが、異変は見られません」
「う、うん。ありがとう。でもセンカさんって毒を盛ったりはしないと思う。そういうことしそうには見えないし、次からはそんなに警戒しなくても大丈夫だよ―――…いただきます」
キョトンと目を見開くセンカさんが視界に入って来たけれど、私は今それどころではなかった。
震えそうになる手を誤魔化すために両手でカップをもってそっと口をつける。
「―――…おばあちゃんの、お茶だ」
ポツリと零れた声にセンカさんは目を細める。
そして、少しだけ掠れた声で私を見据えながら言葉を紡いだ。
「そりゃあ、そうさ。この茶葉は私の為にオランジェが作ったブレンドティーだからね」
「センカさんの為に?」
「ああ。私はこんな見た目で、昔は声ももっとガラガラで良く男に間違われたもんさ。だから、どこに行っても厄介者でね……そんな時、旅をしていたオランジェと出会ったんだ。オランジェは、どこか抜けていて採取に夢中になるあまり森で迷子になっていたんだが、途方に暮れている所で私を見つけた」
懐かしそうにカップを持って紅茶を一口飲んだ彼女は懐かしい思い出を話すときのお婆ちゃんと同じ目をしていた。
への字に結ばれていた口は緩やかな弧を描いてとても優しい顔をしている。
「あの頃の友人は殆ど死んじまったからね。残ってるのは長命種くらいさ……オランジェは苦しまなかったのかい」
はい、と頷いておばーちゃんが亡くなった時のことを話す。
前日は好きなものを沢山食べて、私と少し話をしていつも通りに眠ったことを伝える。
朝、起きてこなかったから起こしに行ったんだけどその時にはもう息をしていなかったのを思い出した。
ちょっと表情が硬くなってたらどうしよう、と思いつつ口を開く。
「老衰だろうって言われました。苦しんだ様子もなかったし……って、そうだ。ちょっと待ってください。あの、ポーチって」
「ああ、アンタのトランクとポーチかい? それならそこにあるよ。私の家に泊めることはあらかじめ話してあったから先に運ばせたのさ」
「ちょっと開けてもいいですか? おばーちゃんが亡くなってから手紙を預かってたんですけど『住所不明』で戻ってきたのが何通かあったんです。確か其処にセンカって名前の人もいたような……」
カップをテーブル置いて、トランクを開く。
ポーチの中に入れていたはず、と探してみると手紙が何通か指先に触れた。
宛名を確認していくとその中にはセンカさん宛ての手紙があってホッとしつつそれを手渡す。
「渡せるかどうかは分からなかったけど、嵩張らないし持って歩いてたんです。どうぞ」
震える手でそれを受け取った彼女は少し迷って、手紙をテーブルの上に置いた。
どうやら後で読むらしい。
「ええと、私疲れたので休ませて貰います。サフルもいこう」
「はい」
「……鍵は、コレだよ。空き部屋に持っておいき。使っている部屋のドアノブにこれをかけて置けば誰も入らないからね。ほら、アンタもコレを持っておいき。主人とはいえ、同じ部屋に寝泊まりするのは不味いだろう。中にあるものは壊さなければ好きに使ってくれて構わないからね。起こした方がいいなら起こしてやってもいい。どうする」
じゃあ、三時のおやつ前に起こして欲しいと頼むと笑われた。
流石オランジェの孫だ!なんて言ってひとしきり笑った後、センカさんは穏やかに微笑んだ。
おやすみ、と静かな声に背中を押されトランクと一緒に二階へ上がる。
リアンやベルは既に部屋を決めたらしく、鍵につけられていた色付きの紐がドアノブに結ばれている。
リアンは青、ベルは赤だった。
紐が結ばれていないドアの前で鍵についていた紐をノブに結ぶ。
割り当てられた部屋にはベッドとテーブルと椅子があるだけで、寝るだけの部屋って感じ。
「なんか、アンデッドが出てきた辺りでバタバタと急展開って感じだったけど、一先ず無事に集落には入れてよかった。これからの予定は分からないけど、とりあえず、売るものは売って買う物は買わなきゃ。採取にも行きたいけど、そもそもどういうものがあるのか調べてからの方がよさそうだし」
やることは沢山ある、とぼんやりした思考で考えながらノロノロと寝間着代わりにしている大きなシャツに着替える。
用意されたベッドは、とても寝心地が良くて潜り込んだ瞬間に意識が落ちた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
誤字脱字変換ミスなどがありましたら、誤字報告やコメントなどで教えて下さると幸いです。
「あれ、ここどうなってん?」など不思議に思ったことがあればお気軽に。
分かりやすくなるよう加筆修正する目安になるのでとても助かります。
出来るだけ最初から読みやすく分かりやすいものを……と思うのですが中々(汗
力量不足…orz