168話 『理から外れた者たちの宴』と原因と
ちょっと短めですがきりがいい所で、ぶつぎり。
雨の中の集落とか村って雰囲気があって割と好きです。
かやぶき屋根をいちどみてみたい。
雨は、どんどん強くなっていく。
腐葉土の上は滑りやすくて、地面を踏みしめる度に水音が聞こえるような気さえした。
視界もよくはない。
分厚い水のカーテンが二重に掛けられているみたいだ。
フード付きの雨除けマントを身につけているから多少はマシかもしれないけれど。
(ずーっとこの天気のままなのかな。雨は嫌いじゃないけど、続くと憂鬱かも)
ふあ、と欠伸を噛み殺して合っているのかも分からない道を進む。
手には杖と魔石ランプ。
トランクは『奴隷』のサフルに背負って貰っているので私たちはかなり身軽だ。
このトランクだけど、重さは感じないし、いざという時に戦えなくなるから私が持つべきだって皆に提案をした。
サフルに『奴隷』の仕事をさせて欲しいって頼まれて、断れなかったっていうのが一番大きい。
疲れたら交代しようね、とは言ったけどトランクを背負ったサフルはすごく嬉しそうだったから、代わりにマドレーヌを押し付けた。
(サフルは本当に仕事大好きだなぁ。奴隷の仕事してる人は皆そうなのかもしれないけど)
サフル以外の奴隷を見たのは、ピンク髪の魔術師が初めてだった。
大人しくなっていたし、薄汚れていたけど元の性格が性格だったから……怒られて、ご飯抜きとかの罰を受けたんじゃないかって思ってる。
偉そうだったし文句ばかりで仕事できそうになかったからね。
(にしても、森の結構深い所まで来てると思うんだけど、全く採取できそうな植物がないって不自然。生命力の強いアオ草もまだ見てないし)
雨音しか聞こえない、採取もできない夜の移動は暇だ。
私達は仮眠の途中で、ベル達は仮眠すら取れていないまま戦闘をして、こうして移動をしているんだから大変だと思う。
早く安心して眠れる場所に着けばいいんだけど。
「―――……そういえば、皆さん結構な人数ですけど雨の中で何をしてたんですか」
「ライム。君は今までの経緯を考慮した上でその発言をしているのか?」
「う。だって、こんな雨の中、結界が壊れた理由を探すために、わざわざ森に出てくるものかなぁって。私なら壊れた結界を直す方を手伝うとか、何か怖いのが来た時に耐えられるように備えとくとかそういう行動をとるよ。だから……大雨じゃなきゃ採取できない特別なものがあるのかも? って」
言い訳染みているとは思うけれど、私なら危ない場所に近づかないで危険を回避したり凌いだり、逃げやすくする行動をとる。
だからこその質問なのだ、と普段よりも大きな声で主張した。
雨音で上手く聞こえないことがあるからちゃんと声を出さなきゃいけないんだよね。
リアンのすぐ横を歩きながら、大雨の中を歩くことになった経緯を思い出す。
(もう一度アンデッドに囲まれるなんてこと……ないとは思うケド、絶対にないとは言い切れないしね)
みんなで暖かい飲み物を飲んで、私たちが戦っていた理由に納得してくれた彼らは忠告をしてくれた。
これから、恐らく三日三晩強い雨が降ること。
そしていくつかの条件が重なっていることから、一定の場所にとどまり続けるのは危険だという事の二点を。
私達も休めない場所に長くいるつもりはなかったので、テントを片付けて今に至る。
歩き始めこそ静かで気まずかった。
でも、一時間以上無言で歩きっぱなしだと、緊張しているのが少しずつ馬鹿らしくなってくるものらしい。
それは私達だけじゃなく、彼らも同じだったみたい。
「そういえばまだ此方の事情を話していなかったな。我々は『討伐部隊』と呼ばれる自警団のようなものだ。足に自信がある者が多いので伝令役を兼ねて真っ先に出動する―――……普段なら、我々もこのような大人数で移動することはないのだが、時期が時期だ」
そういうと土砂降りの森に視線を巡らせる。
何かを見極めるみたいな視線に首を傾げていると聞いたことのない単語が紡がれた。
「お前たちは『理から外れた者たちの宴』を知っているか」
彼の言葉に聞き覚えがなかったので、リアンを見るとリアンも眉をひそめて小さく首を横に振っている。
何だか、あまりいい感じのしない言葉だなと思いながら
「知らないし、聞いたこともないけど……良くないことなんですよね、それ」
と聞けば彼は頷いた。
「ヨギでいい――…『理から外れた者たちの宴』というのは、アンデッドが大量発生する年のことを言う。周期は十三年に一度。この年は死者や死骸が増える。近年、森の主のような扱いを受けていたヴァルトベアが死んだ。焼却処分するのが習わしだが、仕留めたのが冒険者だったらしく、必要部位だけを取って放置したと聞く」
「言われてみると、ヴァルトベアは森の中で見たような気がします」
「中型や小型のモンスターは近年、この周辺で増えていた。そこに、ギフトートバードが多く飛来したことで大量に死んだのが原因だろうな。損傷の少ない個体も多かっただろう」
言われてみると、小型や中型のモンスターは腐っていなかったと思う。
(冷静に見ている時間も余裕もなかったから、適当に杖を振り回していたけど)
なるほどね、と納得しているとリアンが首を傾げる。
「人の死体が多かった理由について思い当たることは?」
最初こそ、モンスターが多かったんだけど、徐々に人の死体が増えていった。
中距離で戦っていたリアンは敵や状況を分析して指示を飛ばすことも多いからこそ、気付いたんだと思う。
「言われてみると、最後の方はドロドロになった人みたいなのだらけだった気がする」
後ろの方ではラクサが中心になって、討伐隊の人達と何か話しているのが聞こえた。
雨音で途切れ途切れだけど、お互い情報交換をしているんだと思う。
(ベルやディルの貴族としての立場を考えて、ラクサは中間素材みたいな動きをしてくれてるんだろうな)
二人とも個性は強いけど、話せばわかるっていうかそんなに人に嫌われるような性格はしてないとおもうんだけど。
そんなことを考えながらヨギの答えを待っているとある程度、言葉がまとまったのかポツポツと話し始めた。
「数年前……君が集落に来る前後に盗賊団が住み着いていたことがある」
「前後、ということは割とよく?」
「ああ。この森は殆ど人が寄り付かないし、食料になるような物もない。秋になるとキノコは生えるが、種類が少ないし別の森に入ることが多い。キノコが不作な年は、集団で入るんだ」
集団で入る理由を聞くと、元々この地域では森の恵みは分け合う習慣があるそうだ。
開拓当時は、食糧事情が良くなくて今のように豊かではなかったらしい。
大きな街も無くて、各地に点々と小さな集落や村がある状態。
「国ができて、大きな街をつくり、多くの人間が土地を耕し、作物を植え、道を繋げた。それでも初めの方は収穫量が十分ではなく、食料の確保に苦労したそうだ」
「人が増えて作業がはかどればその分お腹空くもんね。普通の量じゃ足りないだろうし」
「ああ。冬を越せずに死んだ者もいると聞く―――…そういう事情もあって、この辺りの人間は老若男女問わず観光客や冒険者以外は少人数で森には立ち入らない」
其処に目をつけたのが盗賊団だ、とヨギは続けた。
盗賊たちは、お金を持っていない住民よりもお金を持つ貴族を狙うらしい。
人が多く通る街道では直ぐに捕まってしまうが、人があまり利用しない道では発見されにくいことも盗賊にとって有利なんだとか。
「盗賊団に襲われた貴族や従者たちの死体が多くあった、と」
「恐らく。それに、盗賊団は奴隷商も襲っていた。有益なものは盗賊団の団員として、そうでなければ使い捨ての偵察係として―――……女子供の扱いは言わずもがなだ」
ちらりと私を見た気がして首を傾げるとヨギは何事もなかったかのように視線を前方の森へ戻した。
「え、今のなに?」
「警戒心を持てと言いたいんだろうな。僕らはまだしも、どんな薬なのか確かめずに使う馬鹿は君位だぞ。子供でも躊躇して親に確認したり、毒の有無を判別する板などに少量つけてから使う」
「毒があるかどうか見分ける便利な道具があるの?」
すごい、と言えばリアンが頭を抱えた。
雨が酷いとはいっても人影や動きくらいは分かる。
なにせ、それぞれ目印として魔石ランプを持って歩いているからね。
ヨギたちは、ぼんやりと淡く発光する青色の石のような物を肩につけているので、位置が分かりやすい。
つけていない人は、不意打ちや周辺への警戒をする人なんだって。
「今回は十三年目にあたる年だった。元々準備はしていたが……結界が損傷したことでかつてない程のアンデッドが発生したと集落の住人は思ったんだ。だから、普段よりはるかに多い人数で『討伐部隊』が様子をみて、対応していた」
ちなみに、飲み物を飲み終わった後にそっと伝令係として討伐隊の人が集落に向かったらしい。
念の為、私たちのことを踏まえて話をしてくれるそうだ。
疑問が解決して私たちは暫く無言で森の中を進む。
時々振り返ってラクサ達を確認していたんだけど、問題はなかった。
振り返るとラクサが私に気付いて大きく手を振ってくれたり、時々サフルが後続部隊の様子を報告してくれたしね。
討伐隊の人もヨギに何かを話し、直ぐに戻っていくんだけど小さく手を振ってくれたり、体調を気にかけてくれる人もいた。
(ディルやベルも、討伐隊から話を聞いてこれから行く集落への苦手意識がちょっとでも減ればいいんだけどな)
リアンとニヴェラ婆ちゃんが気にかけている時点で、警戒する必要がなさそうだと判断した私とは違って、二人は慎重だし色々と物知りだもんね。
私も卒業するころには立派な冒険者みたいに人の気配とか分かるようになってるのかな、とリアンに話しかけるとヨギと一緒になって首を横に振られた。
私だって警戒くらいする。はず。たぶん。
◇◆◇
休憩地点から歩くこと、三時間。
そろそろお腹が空いてきたなーと思っていると、急に雨が止んだ。
え、と思わず足を止めると地面がまるで線を引かれたように濡れていない。
空を見上げると相変わらずの雨雲が、木の葉の間から見えた。
「え? なんで、雨が降ってないの? 雨雲はあるのに……地面が濡れてない」
「ああ、結界の中に入ったんだ。僕は許可をもらっているし、君には小さな鈴を渡しただろう」
そういわれて、濡れたマントを脱ぎ、手首に巻いてある音のならない鈴を見る。
集落に向かうことが決まって時に渡されたものだ。
何でも、仮の通行許可証みたいなモノなんだって。
「あ、ってことはベル達ってどうなって……」
後ろを見てみろ、と指さされて視線を向ける。
そこには腕を組んでいるベルとイライラしているらしいディル、苦笑しているラクサが見えた。
あちら側から私たちは視えていないようで、サフルが心配そうにきょろきょろと周囲を見回している。
「って、ヨギは?」
「説明をしに行った。事前に話していただろう、結界の前でベル達には待機していてもらうと。どのくらい時間がかかるか分からないこともあるし、仮眠を取ればいいんだが……あの状況では難しいだろうな」
やれやれ、と肩をすくめたリアンは既に服を脱いで、武器を一つにまとめていた。
慌てて杖と道具がたくさん入っているポーチを外す。
フード付きのマントも外すように言われたので、いつもの調合時の格好に。
動きやすいなぁと大きく伸びをしていると暢気すぎると怒られた。
(ベル達は……諦めて雨除け布を張るみたい。寒いもんね。あ、飲み物と食べもの渡せるなら渡したいな)
外したポーチの蓋を開けて、ベル達に渡す為のグリューワインを簡単に作る。
ポーチからワインボトルを出して、中くらいの鍋に投入。
ハチミツやレシナ果汁を少し、スパイスを適量入れて蓋をする。
「グリューワインか」
「うん。待っている間に飲んで貰おうと思って。こっちは雨が降ってないけど、外で待ってると寒いでしょ? スープとかも考えたけど、いつ呼ばれるか分からないから……この位の鍋なら武器だって思われないだろうし、一度ここに戻ってくるんだよね?」
「そのつもりだが」
「じゃあ、その時に空になった鍋は回収すればいいや」
お玉と多めのカップを木で作ったトレイに乗せて、パウンドケーキを三本乗せた。
小腹が空いてるだろうし、と言えばリアンが頷いていたので、私たちは切り分けてあるものを二つ食べた。
「何時食べられるか分からないからな」
「だねー」
もぐもぐ、とパウンドケーキと水袋から水を飲んで軽食を取っていると、疲れた顔のヨギが戻って来た。
そして地面に置いてある鍋とトレイ、私たちの武器を見て顔をしかめる。
「これはなんだ」
「待ってる間暇だろうし、お腹空くだろうから……あ、グリューワインは討伐隊の人達分もあるよ。加熱しなきゃいけないから、焚火はするようにって伝言お願いしまーす」
凄く嫌そうな顔をしたヨギは盛大な溜め息を落として、鍋とトレイを手に再び結界の外へ。
少しでもベルとディルの機嫌が良くなるといいなーと思っていると、割と有効な手段だったらしい。
二人とも小さく私たちのいる結界の方へ手を振っていた。
「……あの二人も中々分かりやすいよね」
「貴族が皆、ああだとは考えるなよ。あの二人は特殊な貴族の中でも異端レベルの特殊な人間だ」
そこまで言う?と笑えば声が聞こえていないから言いたい放題だぞ、なんてしれっと話すリアンも中々変わっていると私は思う。
ヨギが戻って来た時には、少し疲れていた。
チラッと見えるベル達はテキパキと野営準備をして、焚火の上に鍋を乗せている。
討伐隊の人達も設営に協力していることもあり、瞬く間に雨除け布を張り終わっているのが見事だ。
小さく拍手をする私の横で、リアンが大きな袋に武器とポーチなどの収納道具を納めた。
かなり大きな袋だったけどヨギはヒョイッといとも軽く持ち上げてしまう。
「――……これから集落に入る。妙な真似はしないように」
しっかり頷くとヨギは私達の後ろに立って歩くよう指示を出す。
手は体の前で一つにまとめられた。
「ヨギ、僕は拘束しないのか」
「お前は『正式な』通行証があるから必要ない」
そうか、と小さく呟いたリアンは私の傍に立って注意事項をいくつか口にする。
急に大声を出したり、あまりキョロキョロしたり、勝手に離れたり走り出したりしない、等。
流石リアンだ、と感心すらしつつ、うんうん、と頷いて話半分で聞いておく。
武器がない状態で私たち二人は―――……入り口の前へ。
「これ、なに?」
「集落に入る唯一の出入り口だ。例外はない」
大木の幹に結ばれた太いロープのようなもの。
ピンと張られたそのロープには色々なモノが吊り下げられていて、少し面白い。
ただ、一見何も見えなくて、ただ森が広がっているように見えた。
多分、難しい結界だとか魔術だとか私の知らない技術が使われているのだろう。
その下をくぐれば集落に入れる、と言われワクワクしながら足を踏み出す。
「う、わぁ……!! すごーい」
抵抗も何もなく足を踏み入れると、その場所は想像以上に素敵な場所だった。
長閑で、でも、私のよく知っている村とは明らかに違う不思議な場所が広がっている。
雨音の中でうっすらと濡れた屋根や見たことのない光沢と色の煉瓦、家の軒先に置かれた淡く輝く不思議な灯り。
本来は静かなんだろうけれど、どこか浮足立ったような、戸惑っているような雰囲気。
それらに煽られるように、大きな道を濡らさない様に伸びる布がふわふわと揺れている。
集落の中心から格子状に広がる布はどれも綺麗な色をしていた。
呆けたように周囲を見回しているとリアンが小さく私の名前を呼ぶ。
慌てて姿勢を正せば、いつの間にか一メートルほど先に五名の男女が立っていた。
彼らは普通とは少しだけ、違う見た目をしていてこの『集落』を隠す理由を何となく察する。
私の髪も人の目を集めるからね。
目があった真ん中の、多分一番偉い人は表情を変えなかったけれど、他の四人は驚いた顔で私を見ていた。
「はじめまして、こんばんは!」
お邪魔してます、ととりあえず口をついて出た言葉は想像以上に間抜けでリアンに頭を叩かれたのは、まぁ……ベル達には内緒にしておこうと思う。
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