15話 入学まで残り二日!
後で書きなおすかもしれません…特急仕上げ。
とりあえず、入学まである時間はあと二日もある。
ルージュさんの好意でカウンターの隅におばーちゃんから貰った手帳と昨日買ったばかりの植物図鑑を出して色々と復習をすることに。
違法とはいえ知らずにおばーちゃんに教わった方法で調合してたけど、結構な頻度で失敗してたんだよね。
「もしかして魔力色の所為だったりして。おばーちゃんも首かしげてたしなぁ」
直接教えてもらったこともあったけど、失敗の方が多くておばーちゃんはとても不思議がっていた。
素材を入れる手順やタイミングは間違いなく的確だったし、魔力だって少しは扱えていたから。調合中の反応だってあったし“調合”自体は出来ているのに、って首をかしげて色々と検証していたっけ。
「そういえば…あの頃に何か書いてたんだっけ。何度か小さい魔力晶で測定されたような気も…?」
ってことは、もしかして試験会場で見たおばーちゃんの魔力色に関する本にヒントが書かれているかも?
「っていっても、本は高いしなー。ダメ元でワート先生に頼んでみようかな」
内容はとっても難しそうだったから理解できるかどうかは怪しいけれども。
そんなことを呟きながら現在手帳に書いてあるレシピを眺める。
持ち歩き用に作られたおばーちゃん印の手帳は、かなり変わったアイテムなんだよね。
(魔力認証付きの手帳はよくあるみたいだけど、実力に応じたもしくは作成可能と判断できるレシピしか開示されない…なんてどーやったら作れるんだか)
パラパラと手帳を捲る。
今現在、表示されているアイテムは三つだけ。
基本中の基本と呼ばれる基礎アイテムだ。
【調和薬】水素材+素材。
一般的にどのような素材からでも作れる基本中の基本。
釜に素材を入れて魔力を込め、三十分程かき混ぜ加熱するとできる。
異なる素材同士を掛け合わせる際に使用することが多い。
【浸水液】水素材+薬素材or香料。
主に薬などを作成する際、効果を高める目的で使用。
熱釜の温度を上げ、中の調合水を煮立たせた状態で素材をいれ、魔力を込めながら一時間ほど煮詰める。
その後、自然冷却して濾したら完成。基本的な材料。
【薬効油】調和薬+油素材+薬素材。
効果は素材によって異なる。
基本は油素材と調和薬を人肌(35~40度)で温め、薬素材を入れて魔力を込めながら一時間ほど混ぜる。
薄布で濾したら完成。
ちなみに手帳に書かれているレシピは全部暗号化されたものが浮かび上がるようになっているので、読めるのは私だけ。
おばーちゃんによるとこの暗号文字は“ニホンゴ”という三分類の文字を組み合わせた特殊なものなんだって。
なんでもおばーちゃんの故郷の文字だって聞いたことがあるんだけど、この文字を知っているのは世界におばーちゃんだけだって言うんだから謎だ。
「この文字も覚えるの大変だったなぁ…今じゃちゃんと三分類の文字が使えるようになったけど」
この“ニホンゴ”はかなりの曲者で、基本文字として“ひらがな”がありそれに“カタカナ”と“漢字”が混じる。
一番の強敵は“漢字”だね。
文字が違っても読み方が同じだったり、意味が違ったり、文字自体が難しかったり…と自力での解読はほぼ不可能っていう世界の偉い人達の太鼓判が押されている位だから。
カウンターに肘をついてレシピと図鑑を眺めていると何処か楽しそうな女性の声が聞こえてきた。
「ふふふ、随分熱心に本を読んでるのね。これ、私からの奢りよ。早くオランジェ様のレシピを再現して欲しいもの。ねぇ、焦らなくてもいいけれどオランジェ様のルージェが作れたら教えてくれる? 言い値で買わせてもらうわよ」
カウンターから差し出されたアルミスティーの入ったカップとポットを有り難く頂戴して、首をかしげる。
あ、ルージェっていうのは唇に塗る化粧品。
赤とか桃色とか橙色とか沢山色があって値段もピンキリ。
有名なのは青の大国スピネルで採掘されている鉱石を素材にしたヤツなんだって。
おばーちゃんが生きていた時に教えてくれたんだけど、私には違いがイマイチよくわからなかった。
「レシピは知ってますけど…おばーちゃんのルージェってそんなに違うんですか? 色はあんまり変わらないように見えたけどなぁ」
「ふふふ。貴女も化粧をするようになったらわかるわ――――…オランジェ様の作るルージェは特別。発色もそうだけれど、つけた感じも香りも、伸びも全部今売られているどのルージェより優れているの。私はオランジェ様が生前にまとめていくつか送ってくださったからストックはあるけれど、勿体なくて特別な日にしか使えてないのよね」
ふぅっと頬に手を当てるルージュさんはやっぱり綺麗だった。
お化粧なんて生まれてから一度もしたことがないのでイマイチわからないけれど、いずれ作れるようになったらいいなとは思う。
「おばーちゃんと丸っきり同じって訳にはいかないと思うんですけど、それでもいいですか?」
「あら、ライムちゃん印のルージェね! それは素敵じゃない。楽しみにしてるわ」
楽しそうに微笑む彼女はふと、私が広げている本に目を止めたらしい。
動きを止めて何かを考える素振りを見せたかと思えば、軽く両手を合わせて一つの提案をした。
「ねぇ、ウチに使ってない古い図鑑があるんだけどいるかしら? 錬金術には使えないとは思うんだけど。ちょっと待ってて、今持ってきてあげる」
見てから買うかどうか決めてくれて構わないわと言い残したルージュさんは私の返事を待たずにカウンターの奥へ引っ込んでしまった。
私といえば予想外の嬉しい申し出だったのでドキドキと煩く跳ねる心臓を落ち着かせる目的でサービスのアルミスティーを口にして待つことにする。
「あ。このアルミスティー結構高いやつだ。香りも色もいいし品質Cくらい?」
品質が高ければ高いほど嗜好品の類は値段が跳ね上がる。
アルミスティーは調合じゃないと作れないから市場に出回る最低品質のEランクでも調合1回量で銀貨一枚はする。
品質は上がれば上がるほど高くなるんだから恐ろしいやら嬉しいやらだ。
「……やっぱ、手っ取り早く儲けるには上手いこと調合できるようになるのが一番なんだよねー。学院に入ったら教えてもらえるんだろうけど、今から不安だ」
どうしよう、ちゃんと出来なくて大赤字の末借金こさえて放り出されたら!!
路頭に迷って物乞いやら髪の色を見世物にして日銭を稼ぐ惨めな自分の姿を想像して、ぶるりと体が震えた。
ああ、恐ろしい!
「ま、真面目に復習しよう…出来ることは少ないけど」
せめて今日と明日調合練習ができればな、なんて考える。
私は魔力の量が他の人より多いらしくて調合の回数だけは結構できるんだよね。
魔力自体は使えば使うほど…というか回数を重ねれば重ねるほど増えるって言うし積極的に調合はしていくつもり。
「魔力を増やす方法って言えばモンスターを倒すって方法もあり、みたいだし…今度採取に行く時積極的に戦ってみようかな?」
武器も手に入れたことだし、と今後の予定について考えていると二冊の古い本を持ったルージュさんがカウンター奥から戻ってきた。
目の前にはまだ持っていない『財布に優しい食べられる植物』『森・林・川辺で採れる植物・きのこ』というタイトルだったので一言断ってから目を通させてもらう。
タイトルの通り、書かれているのは周辺で取れる食べられる野草や木の実だけじゃなくて雑草と思っていたようなものも食べられるものとしていくつか挙げられていた。
美味しくはないけど飢饉の時や非常時に最適!なんて書いてあって非常に心が惹かれる。
「ち、ちなみにこれ二冊でおいくらですか…?」
出せても銀貨3枚くらいまでだ。
下手するとどっちも諦めなきゃいけない。
固唾を飲んでルージュさんの顔色を伺うと彼女は苦笑して銀貨一枚でいいわ、と笑う。
「い、いいんですか?! これ本なのに! 高いんですよ、この本だって銀貨二枚もしたのに! いや、安いと正直かなり助かりますけど!」
「いいのよ。使ってなかったし、使う予定もないから。本も役立ててくれる人に読んで貰う方が嬉しいでしょう? そういえばライムちゃんの入学式って明後日だったわよね。今日の午後と明日はどうするの?」
午前中はここで読書兼復習をすると伝えてあったのでルージュさんは不思議に思ったらしい。
私も少し決め兼ねてたんだよね…エルとイオは都合が悪くて会えないって今朝言われたし。
「どうしようかなーって思ってたんですよね。できれば、早めに調和薬を作れるようになりたいので素材をいくつか採取しておきたいんです。この前、リンカの森に行った時に採取は少ししてきましたけど…あるに越したことはないし」
調合は理論だって言う人もいたけど、私はどっちかって言うと感覚派なんだよね。
可能なら数をこなしたいってことで素材はあっても多すぎるってことはないのだ。
薬草やキノコの類は乾燥させても使えるものが多いし。
例え毒を持っていてもモンスターを倒す時のアイテムとして、また解毒薬を作る時にも必要になってくるからあって損はない。
土地勘がないのって本当に不利だよねーなんて思いながらチビチビお茶を飲んでいるとルージュさんが何かを思いついたらしい。
「採取、ね…うーん、確か町外れの教会の庭に雑草に混じってアルミス草やアオ草なんかがあった筈よ。手入れが行き届いてなくて時々野良ネズミリスが出てくるから……来月あたり冒険者に雑草と野良ネズミリスの駆除を頼まなきゃってシスターが昨日のお昼に話をしてたの。もし時間があるなら行ってみたらどうかしら? ギルドや酒場で依頼を出さなくて済むなら教会の人たちも助かるだろうし」
「それ素敵です! 私、行ってみます! 草むしりって結構得意なんですよ、おばーちゃんに鍛えられたので。教会ってどのへんにあるんですか? これから行っても平気でしょうか?」
朗報に思わず立ち上がった私はきっと悪くない。
だって、暇を潰そうと思ってた所に有難い、うまくいけばお金になりそうな情報をもらえたんだもん。
興奮もするよね。
ここ最近お金は使うばっかりで入ってきてないし。
「この時間なら平気よ。ちょっと待って、簡単な地図を書いてあげるから」
丁寧に高い羊皮紙に街全体の地図を書いてくれたので私でも迷わずに教会へ辿り着けそうだ。
気合も意気込みもバッチリな私は早速、レシピ帳や本を腰につけた収納ポーチへ入れてルージュさんの宿を飛び出した。
「野良ネズミリスなら、武器もバッチリ持ってるから大丈夫だよね。もし危なければ速攻尻尾巻いて逃げればいいだけだし!」
野良ネズミリスは子供でも倒せる害獣としても有名らしいんだよね、エルによると。
…実は、私の住んでた山にはいなかった。
たぶん、生息しているモンスターやら生き物のレベルが違いすぎて駆逐されたんだと思う。
「討伐部位も知ってるし、倒せたら冒険者ギルドに持って行ってみようかな。運がよければ依頼が出てるかもしれないし、採取したモノも採取依頼が出てればお金になる!」
金額は少なくても構わない。
マイナスじゃないってことが重要なんだよ。
メモを頼りに私はやや早足でまだいったことのない地区を通り、商店街から離れた住民街の一番端っこにある教会へ向かう。
教会には大きな鐘があって、それが時間を知らせる役割を担っているんだとか。
坂を上ってちょっとした森を切り拓いたところにある教会からは首都モルダスが見渡せるそうだ。
片道三十分ほどで到着できるらしいので昼食代わりに美味しそうなアリルを2つ買って1つは食べながら目的地へ向かう。
……行儀は悪いけど、移動効率はいいんだよ?
=アイテム&素材=
【ルージェ(口紅)】
現在、青の大国スピネル産の鉱石が主たる原料になっている。
植物から鮮やかな紅の口紅を作成するにはごく限られた場所に咲く花+薬草+“特殊な溶液”でできる。
現在レシピを知っているのはライムのみ。失われたレシピとして有名。
【アリル】大人の掌に収まる大きさで、一般的に外皮の色は赤や黄緑。果肉は淡い黄色。味は甘酸っぱい。現代で言うリンゴのような果物。
一本の樹に沢山なるので庶民に広く親しまれている。生でよし、料理やデザートにもよし。調合にもよし。