165話 大発生したものたち
残酷、というかなんか気持ち悪いのいます。
表現は柔らかめに……してるはず!!
怖いのはいない……はず!!
ホラーっぽい要素が好きなので、もう、なんか楽しかった。
それは何の前触れもなく出現した。
全員がお風呂で温まって、私とディル、ラクサが先に休むことが決まって、それぞれ寝る為にテントに入る。
結構歩いたからか横になると直ぐに眠くなって、気付いたら意識がなくなってたんだよね。
けど、寝入って一時間程で不意に意識が浮上した。
隣を見るとラクサもディルも眠っている。
トイレに行きたいわけでもないし、喉が渇いている訳でもない。
どちらかといえばまだ眠たいのに横になる気にはなれなくて、時間を確認するために目を擦りながら四つん這いで移動する。
(外に出る時は……ええと、お守りとポーチを絶対につけろって言われてたっけ)
ふわぁ、と欠伸を一つして上半身を起こせばディルとラクサがぼんやりと目を開く。
二人ともまだ眠たいみたい。
寝ていていいよ、と小声で話してから静かにテントの外へ。
テントの外は相変わらず暗くて夜で―――…雨も降り続いていた。
出入り口から顔だけ出している私に気付いたのはベルだ。
普段一部だけまとめている髪を全てまとめているのは少し新鮮な感じ。
「あら、どうしたの? まだ交代まで時間があるわよ」
「うん……そうなんだけどね」
苦笑しつつテントから出る。
ディルの魔術と雨除け布のお陰で地面は乾いていて、枯れ葉が軽い音を立てた。
変な感じはまだ続いていて眠たいのに、背筋がゾワゾワして落ち着かない。
眉間にしわが寄っているのを自覚しつつ暗闇の向こうを落ち着きなく見回しているとベルも不審に思ったのか武器を取り出し、私の横に立った。
「随分と外を気にしているようだけど」
「実はまだ眠たいのに背筋がゾワゾワしてて……テントにいる時はもっとそれが強かったんだけど、今はそうでもないんだよね」
可笑しいな、と顔をしかめると箱を持ったリアンが何かを考えながらトイレが設置してある方向から歩いてくる。
ベル曰く、拾った鳥の観察の為にテントの傍から離れていたんだって。
毒は確認できないけど、万が一を考えた結果近くで鳥の世話をするのは止めた方がいいという判断をしたみたい。
「? 交代の時間にはまだ早いぞ」
ベルと同じようなことを言うリアンに苦笑して起きた理由を話せば、リアンも武器を構え、鳥が入った箱をそっと閉めた。
大丈夫なのかと聞けば、どうやらこの鳥、箱を閉めている間は眠っているらしい。
なんだそれ、と呆れ顔になったのを見たのをみて二人が苦笑する。
「警戒心のなさは君に似ている」
「あと鈍くさそうなところも似てるわね」
「鳥と一緒にしないでよ。もー……あ、そういえばリアンは何か見なかった?」
変な感じがするんだ、と話しながら、まだ見てないテントの後ろ側に回ることに。
雨に濡れるのは面倒なのでフードを被った。
自分なりに警戒しながら足を進めると慌てたようにベルが私の横に並んだ。
相変わらず細く静かに振る雨は音を消していて、焚火の音すらほとんど聞こえない。
「ライム、武器は出しておいて。念のため」
頷いてポーチから杖を取り出して……ついでに口布を巻いておく。
口を覆った私を見ていたベルに何か言われるかな、と思ったんだけどベルも同じように口元を覆っていて驚いた。
「何か見えたら教えて。雨が降っているから足元が滑りやすいのは分かるわね?」
「ここの土は殆ど落ち葉が枯れて朽ちたものだから、落ちたばかりの葉っぱで滑ったりするのは知ってるよ。やっぱり何かいるのかな」
今のところ何も見えないけど、と言えばベルは警戒しつつ、小声でサフルの名前を呼ぶ。
正直その声の大きさじゃ雨音で聞こえない筈なんだけど、サフルはいつの間にか私たちの背後を護るように立っていた。
その手には剣。
「はい。お呼びでしょうか」
「念の為にディルとラクサを起こして。リアンはコチラに。サフルは本格的に手が足りなくなるまでは周囲の警戒と情報の伝達を。恐らく、一番有効な攻撃ができるのはディルだから数によってはディルを護りながら戦うことになるでしょうね」
わかりました、と踵を返したサフルに私は慌ててポーチから取り出した口布と聖水、お守りを渡す。
「あの、ライム様。お守りは既に頂いていますが」
「これ、あの拾った鳥の箱の上に置いて。死んじゃっても食べられないし、上手く育てれば珍しい鳥の羽が定期的に手に入るかもしれないから」
お願いね、と頼み込めばサフルが笑顔のまま頷いた。
横でベルが絶句してたけど、なんでそんな顔をしているのか分からない。
直ぐに踵を返したサフルの背中から視線を外して再び真っ暗で何も見えない夜の森を眺める。
(まだゾワゾワするんだよなぁ。気温が下がってるのかも)
でも、どうして急に? そんなことを考えながら森へ足を一歩踏み出した時、ベルがいない方の腕を掴まれる。
驚いて顔を向けると険しい顔をしたリアンが森の奥を睨みつけていた。
「――――……武器を構えろ。念のため聖水を飲んで、ライムは僕の後ろへ。ベル、お守りは持っているな」
「持っていないとでも? それより、何が見えるの」
近いところで集まっているからこそ聞こえる声に緊張と不安が高まってくるのが分かる。
杖を握り締めて暗闇に目を凝らしてみるけど感覚はあっても何も見えない。
「何かいるならパッと思い切りよく出て来ればいいのに……性格が悪い」
「そういう問題か?」
呆れたようなリアンの声を聞き流して、リアンが口を開くのを待っていると口布を巻きながら嫌そうに見える物の名前を口にした。
「ドラウグルとグール、死霊憑きが一体…――いや、二体いるな。一体は人、もう一体は熊の類いだろう」
え、なにそれと思わず言葉が出た。
リアンはそれらがいるであろう方向を見据えながら丁寧に説明してくれた。
「ドラウグルとグールは一般的に群れる。どちらも死骸に深い関係があるからな。死霊憑きは処刑場や墓場といった死者の念や強い想いが残りやすいところに『器』があれば憑りついて動き始めるんだ」
「リアン、丁寧に解説している暇はなさそうよ。来たわ」
静かにベルがそう口にした瞬間、言いようのない凄まじい悪臭と冷気が周囲に漂い始める。
吐く息が白い。
露出している肌がざわりと粟立った。
カタカタと寒さと感じたことのない恐怖で体が震えるのが分かる。
視界が揺れて、足に力が入らなくなってきたことにとても驚いた。
(あれ。なんで……?)
呼吸がしにくくて腕を持ち上げようとしても腕が動かなくて目を白黒させていると強制的に視線が地面から引き上げられる。
気付かなかったんだけど、険しい顔をしたリアンが私の顔を掴んでじっと何かを見ているようだった。
「―――……サフル!! ディルをこちらへ。僕とライムは火のある方へ移動する」
「かしこまりました」
いつの間に戻って来たんだろう、と考えているとふわりと体が浮いた。
リアンに背負われていると気づいた時には既に走り始めていて、途中でディルとすれ違う。
ギョッとしたように目を見開いているディルにリアンが護衛としての役目を告げたらしい。
もう、何を話しているのか殆どわからなかった。
頭の中に響くのは知らない人の声と強い感情。
声って言っても『人』の声だなぁって思うだけで何を言っているのかは分からない。
感情も……なんていうか体の中に自分じゃない何かが入ってきて好き勝手している感じ。
それがすごく気持ち悪くて何とか指だけでも動かそうと必死に冷たくなってるであろう指を動かすために力を籠める。
必死に抗っている間に私は火の前にそっと降ろされた。が、リアンは私を地面に横たえて馬乗りに。
ラクサが私の顔を覗き込んで驚いているのが見えた。
何かを二人で話して、ラクサが離れていく。
その後ろに付き従うようにサフルが続いた。
(えーと、これ一体どうなってるんだろう。自分の体が上手く動かせないのが凄く気持ち悪くて、腹が立つっていうのは分かるんだけど)
私を見るベル達の声や表情が真剣だったから、多分この状況は良くない状況なんだと思う。
ただ、私が分かるのはそれだけだ。
一体どうなるんだろうな、と思っているとリアンが聖水の入った瓶を乱暴に取り出して数口飲んだ。
私の中にいる何かはそれを『視て』いたらしく凄い勢いで暴れている。
手や足を必死にばたつかせて逃げようとしている事だけは分かるんだけど……リアンはびくともしなかった。
(リアンって意外と重いのかな。ぱっと見、細長くて無駄なお肉とか付いてない様に見えるんだけど)
自分が今どういう状態なのかさっぱり分からないので、他人事みたいに観察を続けるとリアンは再び瓶の中身を口に含む。
(綺麗さっぱり野心が消えて値切り交渉できなくなったら嫌だな)
そんなにたくさん聖水を飲んでも体に影響ないのかが心配だ。
何故か近づいてくるリアンの顔を眺めていると視界を手で覆われる。
じんわりと手袋越しに伝わってくる熱は気持ちよかったけれど、私はまだ暴れ続けているらしい。
間を置かず、唇に何かが押し付けられて液体が流れ込んできた。
私の中にいるものが凄い勢いで荒れ狂っている。
けれど、体は押さえつけられて動かないし、鼻を摘ままれているから体が勝手に口の中の液体を飲み下したのが分かった。
(って、あれか! この状況って、意識のないエルにベルが薬飲ませるときにした応急処置っ)
どこかで見たぞ、と考えていた光景が思い浮かんだと同時に二口目の聖水が体の中に入ってきた。
多分、これが必要な量だったんだろう。
フッと体から何かが消える感覚がして私は『自分』を取り戻した。
「―――……正気に戻ったか」
はぁ、と息を吐く声が聞こえると同時に目を隠していた手が外された。
其処には口元を手の甲で拭うリアンがいて、近くには炎があってじりじりと私とリアンの左側を照らしている。
長いリアンの髪が私の顔にかかっていて少しくすぐったいなーと思いつつ、ゆっくり体を起こした。
自分の体が自分のモノじゃない、あの妙な感覚は綺麗さっぱり消えていて嬉しくて跳んだり跳ねたりしてみた。
体に異常がないことを再確認して漸く安心できた。
「た、助かった……ごめん。私なんか変だったよね」
「軽い憑依状態だったようだ。ただ、君はお守りを身に着けていただろう? 他にも対策を取っていたから、中に入ったものが力を使うことができなかった」
「対策は無駄になってなかったんだね……よかった。あ、そうだ。あっちに戻らないと! 私、聖水いっぱい持ってるしっ」
役に立てるとしたらそのくらいだ。
ポーチから聖水を出して、両手に持った私の肩を掴んでリアンが低い声で名前を呼んだ。
(あ、あれ。なんか怒ってる?)
恐る恐る振り返ると目を細めて私を見下ろすリアンがいた。
「体を乗っ取られかけて僕が行かせるとでも?」
「デスヨネー……」
「座って待っていろ。マズくなったらサフルがこちらに来て僕を呼び戻すはずだ」
取り敢えず座ってくれ、と言われたので隣に座るとリアンがずっと私を見ていることに気付いた。
一体どうしたのかと聞けば、眉を寄せて空になった瓶を拾い上げる。
どうやらその辺に放り投げていたらしい。
「―――……君に憑いていたのはレイスだ。純粋なレイスではなく、意志というか人格が残っていた。そこはまぁ、たまにあることだからいいんだが何故君にとりついたのかが分からない。通常、魂だけになったものは生前の自分に似た器を探す傾向が強い。君に憑いていたレイスは元々男だったようだし、憑りつくなら僕やサフルを狙う筈なんだ」
「筈っていっても、たまたまなんじゃないかな。ほら、皆お守りはつけていた訳だし」
お守り、という言葉にリアンがテントにいる間も身に着けていたかと聞いてきたので頷く。
結局その場で結論が出なくて燃える焚火を眺めていると凄い音が響いてきた。
音の方を向くと見たことのない白い炎が雨の中ゆらゆらと天に向かって伸びている。
「え、なにあれ」
「ディルの仕業だな―――…白炎は浄化の炎と呼ばれている。アンデッドを燃やし尽くす聖なる炎だ」
リアンは眼鏡の位置を直して呆れたように続けた。
規格外にも程がある、と吐き捨てて立ち上がりテントを指さす。
「もう寝ろ。今日はもうアレは出ない。君は僕と明日集落に行かなきゃいけないんだ、寝不足で妙な事を口走られると困るからな」
雨はまだ降っていて仲間たちは戻ってない。
なのに、リアンが頑として譲らず「寝ろ」と壊れたように言い続けるので私は諦めた。
溜め息をついてトランクから小鍋を一つ取り出す。
「甘酒。どうせ皆で話し合いするんでしょ。私抜きで」
「……別に、君をのけ者にしている訳じゃない」
「してるでしょーって言いたい所だけど、聞いた所で私が何かの役に立てるわけじゃないから……仕方ないよ。でも、結論が出たら教えて。明日、移動しながらでもいいから」
じっと自分より背の高いリアンの目を見るとスッと視線を逸らされた。
口元を隠してボソボソと掠れた返事が確かに聞こえたので、私はお守りを握り聖水を一口飲んでからテントの中へ引っ込んだ。
誰もいない暗い孤立したその空間に横たわって、目を閉じる。
思い出したのは、おばーちゃんが死んだ翌々日の夜のこと。
同じように静かでスッと体の中から冷えていく感覚に眉を顰める。
(迷惑かけてることなんて、わかってるけどさ。けど、話くらい……聞かせてよ。リアンの馬鹿)
八つ当たり染みた思考に嫌気がさして、私はさっさと眠ることにした。
寝てしまえば、また朝が来る。
筈、だったんだけどね。まだ終わってなかったらしい。
―――……再び眠りについた私はすごい音で目を覚ました。
思わず跳ね起きるくらいには大きな音で、慌ててポーチを身に着け、テントから飛び出す。
そこに人はいなかった。
見張りがいないなんてことはない筈だと慌てながら、周囲を見回す。
てっきり焚火の前にいると思っていたので、トイレも見に行くべき?と考えているうちに、テントの裏から声が聞こえた。
「リアンは危ないから来るなって言ってた、けど」
心配する権利くらいはある筈だ。
慌てて聖水を一口飲んで、使いやすいように中瓶から小瓶に聖水を移す。
行儀は悪いけど、変な感じがしたら即効で飲もうと口に咥えたまま走る。
走りながらポーチから魔石ランプを取り出して、雨の中テントの裏へ。
すると、そこには想像もしない光景が広がっていた。
ウッカリ口に咥えた瓶を落としそうになったけど、驚いている場合じゃない。
ポーチから爆風を発生させるフラバンを選んで魔力を込め走りながらそれらに向かって思いっきりぶん投げる。
投げてから叫ぼうとして慌てて口から瓶を外した。
「フラバンぶん投げたよー! 逃げるか避けるかしてねーっ!」
気を付けてと大声を上げると凄い声が返ってきた。
みんなすごい勢いで私の方を向いたから思わず後退る。
「ッなんで来たんだ! 危ないから来るなと言っていただろうッ」
「凄い音が聞こえて目が覚めたから仕方ないじゃんか……あ、結構吹っ飛んだ。やったね! 雨が降るからって爆風強化のフラバン用意したし、距離を空けて戦った方がいいんだよね? まだ二つあるから任せてよ。回復薬もあるし、汚れてる人はいま聖水ぶっかけるから」
一番近くにいたサフルに怪我がないか聞くと呆然としたまま頷いて、直ぐにハッと目を見開いた。
「ら、ライム様! 少々数が多くて、てこずっていますが問題なく倒せますのでお戻りくださいっ」
「皆が戦ってるのに私が暢気に寝て居られるわけないでしょ! もう。そりゃ、戦闘は苦手だけど、弱ったやつを杖でボコボコにするくらいはできるよ」
憑りつかれない対策として聖水入りの小瓶を咥えて、変な感じがしたら飲むことを告げる。
私の目の前には―――……腐った死骸。
その死骸は人であったり、モンスター、見たことのない中型の虫なんかもいた。
「わー……なんか、ぐっちゃぐっちゃ。一応口布して、汚れてもいいローブ羽織っておこう」
臭そうだもんねーと話しながら武器にも聖水をかけておく。
よし、と気合を入れた所でリアンが鞭を、ベルが大きな棍棒を振るっているのが見えた。
棍棒使えたんだ、と驚いているとサフルが「ワイトも紛れているので、念の為に持ち歩いていた棍棒を使っているんです」と教えてくれた。
念の為で棍棒持ち歩くのはベルくらいだろうな、とかなり大きな棍棒を振り回し元気に走り回るベルを眺める。
ディルは、ラクサに護られるような形で何かの詠唱を続けていた。
私もディルを護る方がよさそうだと判断してラクサの反対側へ。
(眠っていたから魔力も全快してるし体力も問題なし)
いっくぞー、と気合を入れて杖に魔力を込める。丁度、私達の前に数体の腐った虫の幼虫、蟻型のモンスターがよろめきながら向かってきた。その後ろからは腐った狼のような物もいる。
気持ち悪いからさっさと吹っ飛ばすことと、戦闘後は念入りに聖水で武器を洗うことを決めたのは言うまでもない。
読んでくださって嬉しいです。有難うございます。
誤字脱字、妙な文章や気になる所がありましたら誤字報告や活動報告のコメント、感想やメッセージなどで教えて下さると幸いです。
何故か、何度見直しても変換ミスを直せません。なんで。
そして、いつも報告してくださっている方には感謝と申し訳ないという気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます、非常に助かっております! お手数おかけして申し訳ない。
ブック、評価とても有難く、励みになっています。感想は送って下されば必ず返信させていただいていますし、そもそも読んだ上に感想迄頂けるとか何のご褒美かな?と思ってます。うれしい。
長々と失礼しました。今後もお付き合いいただけると幸いです。