162話 雨降る道を行く
遅くなりました。
ぼちぼち、近づいてきます。
すこし戦闘はさめたらいいなぁ……とか考えてはいますが、あまり上手くない戦闘描写(致命的)っていうのが。うん
スールスの街を出たのは、早朝。
目的地までは乗合馬車で向かう。
首都モルダスとはまた違う和やかさと活気がある中規模の乗車場所には、すでにいくつかの馬車が止まっている。
パッと見ても今まで乗ってきた馬車とは違い二回りは狭くて年季が入っていた。
馬も年を取っている軍馬で、栗毛に白いものが混ざり始めている。
この馬車は『スールスの街』と『シュツルの街』が共同でお金を出して走らせているそうだ。
ただ、馬も馬車も大事に使われているのが分かる。
手入れは行き届いていて古いけど全然使える上に使い込まれた木はつやつやと光っていた。
馬に至っては大事にされているからか人懐っこい。
私たちの乗る馬車の御者さんは、一人だけ。
チョット気難しそうな顔をしている。
(乗合所も当たり前だけど場所が変われば雰囲気も違うんだなぁ。私はモルダスよりこっちの方が好きかも)
そんなことを考えながら自分達が乗る馬車を覗き込むとそこには、大荷物で馬車の奥を占領している人がいた。
あれ?とは思ったけどたぶん何か事情があるんだろうと納得して、馬車に乗り込む。
私たちの手には、朝食は市場で買ってきた串焼きとパン。
あとは初めて見る果物が3種類。
果物はこの時期に美味しくなる特産品らしい。
私たちが馬車に乗り込んだのは出発の十分前だったけど、雨はずーっと降り続いている。
本当にやまないんだなぁと暗い空を眺めながら思う。
(にしても、結構狭い。私達は荷物が少ないからいいけど……普通ならもう満員で後から来る人が乗れないんじゃ)
こういう小さな馬車では荷物は最小限にして沢山乗れるようにするものだと聞いていたので、トランクを横にしてクッションを置きその上に腰を下ろす。
もう一人座れそうだったので隣にはベルと座ることに。
リアン達は今まで通りクッションを出してその上に座って、さっさと食べ始めていた。
「串焼きとパンは美味しいけど、目新しさはないかなぁ」
「そうね。でも焼き立てを買えてよかったわ」
「オレっちは肉の串焼きにもうちょっと塩と胡椒が欲しいッスね。宝石エビは文句なしで美味いんスけど」
「原価と販売価格を考えたらこんなものだろう」
この間無言で食べているのはディルだ。
ディル以外、名物の宝石エビの串焼きを1本、雨鳥の串焼きを1本ずつ買ったんだけど、ディルはそれぞれ三本。
宝石エビに関してはディルが全員分のお金を払ってくれた。
奴隷であるサフルの分も買ってくれたのには驚いたけどね。
私一人で来て居たら宝石エビは買っていない。
だって結構高かったし。
私達が買ったのはパンと果物だけだ。
護衛中は三食つけるっていうのが約束だったから最初は断った。
けど、ディルは昼に沢山食べたいし豪華にして欲しい、といってさっさとお金を支払っちゃったんだよね。
(でも、宿で食べたご飯は美味しかったな。空いてて静かだったし)
昨日宿泊した宿は中々居心地が良かった。
夫婦二人で切り盛りしているらしく、色々融通が利いたんだよね。
賑わう中通りから少し外れてるからかもしれないけど。
親切な女将さんが、宿の厨房を貸してくれたので、保存食を増やしたり、飲み物を作ってポーチに入れることができたので助かった。
カップを渡して温かいお茶を注ぐとパンで喉が渇いていたのか早い内にお替りを求められる。
使い終わったポットはディルが魔術でパッと綺麗にしてくれた。
簡単な食事を終えて一息ついた私達に今までじっとこちらを見ていたらしい中年男性が口を開く。
「あんたら、観光客か?」
ジロジロと私たちを品定めするような視線や表情に眉が寄った。
私はフードを被っていたから表情は分からないだろうけど、あまりいい気はしない。
(あれだな。おばーちゃんの店に来たお客さんが私を初めて見た時にする目だ)
ただの子供として見てくれる人は少なかったけれど、そういう人は面白かったり良い人ばかりだった。
目の前にいる中年の男性は木箱を重ね、その上に麦か何かが入っているらしい麻袋を十は積み上げている。
元々十五人乗れば満員、というような小さな馬車だ。
私達は六人だから他の人が困らないよう配慮しているのに、このおじさんからはそういう気遣いは感じられない。
ベルとディルは話しかけられて直ぐ不快だという表情を浮かべている。
後で聞いたんだけど、貴族だからこその配慮でもあるそうだ。
予め機嫌が悪い、とか話しかけるな、という態度をとって置けばお互い深く関わらないので揉め事の回避になることも多いんだとか。
ベルが口元を扇で隠して分かりやすくオジサンから視線を逸らしたのを見ていたリアンが笑顔を浮かべて、ええ、と頷いて見せる。
「首都モルダスから来ています。貴方は地元の方でしょうか」
「ああ、そうさ。お前さん方は……冒険者か?」
「ええ、身分証明の為に冒険者登録をしていますが、普段は別のことをしていますよ」
リアンの答えを聞いたオジサンは訝し気な表情を消して、深いため息をついた。
そして申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまなかったな、八つ当たりみたいなことをして。ほれ、これは詫びだ。俺ん家で作った雫カボチャだ。皮に傷がついてる規格外だが味は保証する」
リアンは差し出されたドロップ型のカボチャを受け取って私の方へ。
普通のカボチャとは違って皮は鮮やかな黄色だ。
初めて見る野菜だなぁ、と観察しているとリアンが口を開いた。
「差し支えなければ警戒していた理由を聞いても? ああ、カップをお持ちでしたらお茶でもいかがでしょう」
「そいつぁ、ありがてぇ。茶の礼に話をするが、あんたらも気をつけろよ」
リアンに促されお茶を差し出されたカップに注ぐ。
オジサンはフードを被った私にも愛想よく笑って「雫時は体が冷えるから気をつけろよ」と話す。
初めて会った時とはまるで違う人みたいで戸惑っていると、ベルが耳元で囁く。
「民間人の自衛手段の一つよ。ああいう風に『関わるのが面倒』なタイプの人間を装うことで人を遠ざけるの」
成程、と頷く私を余所にオジサンは温かいお茶を有難そうにちびちび口にしている。
よく見るとしっかりとした作りの服を着ていて、髪なども手入れされ清潔感がある。
中背でお腹の辺りが少し出てはいるけど悪い人間には見えない。
「実は俺は宿屋をやってるんだが、一年くらい前からアンタらくらいの冒険者が良く泊まるようになったんだが悪質な奴が多くてな……宿の備品を勝手に持ち出して売ろうとするわ、部屋にケチつけて値切ろうとするわ、他の客や地元の連中に喧嘩を売って恐喝まがいのことをする輩もいたんだ。今日は陳情書を領主様に出して冒険者ギルドに抗議をしてきた帰りで……」
疲れたよ、と草臥れた様子のおじさんが可哀そうに見えてきた。
リアンは同情しつつ積み上げられた木箱などを指さす。
「失礼ですが、随分大荷物ですね」
「ん、ああ。本来なら分けて運ぶか荷台で買い付けに来るべきなんだが、共同で使ってる荷台が冒険者連中に壊されて使えなくなったんだ。畑も荒らされて、思うように収穫ができなくてね……村を代表して買ったのはいいんだが買い過ぎてしまった」
人が沢山乗り込んでくるようなら荷物を降ろすよ、と息を吐く。
これを聞いていた私達は流石に気の毒になったので気にしなくていい、と告げるとオジサンは心底ほっとしていた。
よく見ると顔色も良くない。
「にしても、オジサン随分顔色が悪いッスね。具合でも悪いんスか?」
「ん、ああ。いや、実はあまり乗り物が得意じゃなくてね……酔い止めの薬を切らしたことに少し前に気付いたんだ。買いに行こうにも薬屋は遠いし、耐えるしかないな」
ここでリアンがそれならと声をかけた。
もしよければ、と前置きをして私に飴を出すよう耳打ちしてきたので、頷いてポーチから三個入りの飴を取り出し手渡す。
飴は三つずつ小さな瓶に入れてある。
錬金術で作った飴は溶けにくいから余程の高温多湿な場所じゃなければ溶ける心配はしなくていいんだよね。
既に青ざめた顔の男性にリアンは瓶を差し出した。
「三個入りで銀貨二枚になります。価格が高いのは錬金アイテムだからですが、恐らくこれ一つ舐めるだけで帰り道は酔わないかと。味はスーッとしたハッカ風味ですね。店では【ハッカ風ドロップ】という商品名で売っていますが、スッキリ飴と呼ぶ人間もいます」
いかがですか?とリアンは笑う。
迷っている男性に「喉の炎症を抑えたり、眠気覚ましにも使えますよ。その上、溶けにくいのでかみ砕かない限りは長旅にも最適かと」などと商品をグイグイ売り込んでいく。
その内、酔い止めの薬の価格なども口にし、比較し始めたのでオジサンは興味が湧いたらしくダメ元で……と銀貨二枚を差し出した。
(流石リアン、悪魔的手口!)
ここまで錬金アイテムを売り込んでくる人間は滅多にいないだろうな、と感心すらしているとオジサンは早速、と飴玉を一つ口の中へ。
暫く味わうように口をもごもごさせていたがパッと目を輝かせる。
「おお! これはいい! 味もいいが、口の中がさっぱりして胸から喉の辺りに込み上げるムカムカがスーッと消えていくようだ」
機嫌も顔色も良くなったオジサンに私達は苦笑してそれは良かったと頷いた。
出発までに乗り込んできたのはオジサンの他に初老の夫婦だけだった。
ガタガタと揺れる馬車の中は静かだったけど、居心地は悪くない。
雨が降っていることもあって薄暗い馬車の中を照らすのは魔石ランプ。
(古いから雨の音も響くなぁ。ガタガタっていう音も衝撃も結構あるし)
うーん、と忙しなく揺れるランプを見ていると眠くなってきた。
いっぱい寝た筈なんだけど馬車ってやつに乗るとどうにも眠くなる。
欠伸をした私にベルがため息をつく。
「緊張感ないわねぇ」
「馬車って眠くならない? こう、一定の間隔で揺れるからか妙に気持ちいいっていうか」
「普通馬車に乗ってる間は緊張するものよ。馬車って動いている上に、走行音が大きいからどうしても襲撃されてから対応することが多くなるもの。生き残るには先制攻撃や相手の動きを読むことが大切なんだけど……雫時は雨の音もあってかなり分かりにくいったらないわ」
言われてみると確かにこの音だと突然囲まれても分かりにくいし、夜でしかも雨が降って視界が悪い場合、知らない人が武器を持って乗り込んでくるまで私は絶対に気付けない自信がある。
どうやって見分けるのかな、と考えているとラクサが私の考えを読み取ったようにカラカラと笑い始めた。
ラクサは馬車が走り始めてからずっと立ったままだ。
「大丈夫ッスよ。その辺はある程度慣れればコツというか気配が分かるようになるんス。アンタは元々殺気やら敵意、ついでに言うなら悪意なんかにも疎いんで、習得は難しいとは思うんスけど」
「いやいや!? え、疎いって……ラクサと会ってから危ない目にあったことあったっけ? 馬車での移動でも危ないことなかったと思うんだけど」
驚いて仲間たちを見ると凄く残念なものを見る目を向けられた。
実際、眠っていても物音で起きるようなことはなかったし、ディルも普通に寝ていて起きた形跡はなかったし。
そう私の考えを口にするとラクサが言いにくそうにピッと指を二本立てた。
「停車中に少なくとも二回ほど囲まれてるんスよね。襲ってこなかったところを見ると『特定の馬車』を狙ってたみたいッスけど」
「え、嘘!?」
「本当ッスよ。三日目、四日目の休憩の時に一度、近くの雑木林からこっちの様子を窺ってたンで」
教えてくれてもよかったのに、と言えばラクサは視線をそらしながら『気持ちよさそうに寝ていたから、ディルに護衛を頼んだ』とのこと。
寝ちゃった自分も悪いので渋々頷いた。
他の人達は馬車と御者を護る組と敵を排除する組に分かれたそうだ。
呆気にとられつつ、ラクサが言う襲撃があった日の朝食はリアンやベルがスープを多めに作って他の冒険者に差し入れたいって言っていたことを思い出す。
知らない、と頭を抱えた私にディルが問題ないと頷いて親指を立てた。
「念の為馬車の周りに隠れるのが上手い召喚獣を配置しておいたから安心してくれ」
「……それで妙におっかねぇ気配がしてたんスね」
アンデッド系出すなら出すって言って欲しいんスけど。
と抗議しているラクサの声を聴きながら落ち込んでいるとベルがポンっと肩に手を乗せて微笑む。
「大丈夫よ、私達ライムに戦闘技術に関連するあれこれは一切期待していないから」
「うぇっ!? ちょ、それ酷くない?!」
ベルが酷いんだけど!と近くにいたリアンに視線を向ける。
リアンは我関せずといった顔で本を読んでいた。
「安心しろ、僕もベルと同意見だ。むしろ妙なやる気と向上心を出して怪我をされても困る」
「……いつか必ず強いモンスター倒せるようになってやる」
ぐぬぬ、と歯噛みしながらこぶしを握って爆弾の調合について真剣に考え始めた所でカランカランという大きな鐘の音。
お?と視線を御者さんがいる方へ向ける。
小窓がある訳でもないので静かに耳を潜めていると『中継地点』にもうすぐ着くこと、降りたら直ぐに馬車を出発させると話していた。
スールスの街から出発して二時間が経っていた。
◇◆◇
荷物を極力減らす手段を考えた時、ディルから貰った【魔術布】が役に立った。
馬車から降りて、トランクを持ち上げた所でベルが思いついたのだ。
雨が降っているから地面には水たまりはあるし、街道から外れて森へ入ればぬかるんでいる場所もあるんだろうな、と思いながらかさ張るトランクを馬車から降ろしたんだけどその時に
「そういえば、ディルから貰った便利な布にトランクをしまえないの? 布切れ一枚に収まるなら歩きやすいんじゃないかしら」
と言われて、試してみたらギリギリ収納できた。
大きさがネックだったんだけど、辛うじて収まったんだよね。
思わず全員で拍手したよ。
「にしても、こんな風に雨の中を歩く経験ってあんまりないからちょっと新鮮な感じ」
荷物らしい荷物は腰に下げたポーチや道具入れだけなのでかなり身軽になった私はきょろきょろと周りを見回してみる。
長く続く街道を歩くのは私達だけ。
雨が降っているけれど雨粒はあまり大きくなくて、サァサァと静かなものだ。
パシャッと人数分の足音が響いて、人の姿もない。
鳥の鳴き声も聞こえない。
「言われてみるとライムが住んでいる山にも雨は降ったが、数か月単位の雨はなかったな」
「うん。ついでに言うならこんなに静かで無害な雨ほんと未経験でちょっとびっくりしてる」
「……無害? どういうことだ」
ディルの言葉で半年くらい前の生活を思い出して苦笑する。
すっかりこっちの生活に馴染んできているらしい。
懐かしそうな、感慨深そうな声に頷いた所でリアンが口を開いた。
移動中に会話ができるようになったのはベルがしている訓練の成果なんだろうな、と思うと素直に賞賛すべきか同情すべきなのか。
「もしかして水害とか土砂崩れとか……そういう感じの話っスか?」
物知りだなぁと思いながらラクサの言葉に頷けばベルやリアンの視線が自分に向けられたのが分かって苦笑する。
この二人って妙なところが神経質だ。
人数分の足音と話し声、服と装備品が奏でる音が響いてなんだか少し楽しくなってきた。
「そうそう。ほら『山の天気は変わりやすい』って、よく聞くでしょ? あれって本当にその通りで雨が降る予兆みたいなものもあるんだけど……うっかり雨具を忘れて一晩ってこともあったんだよね。流石に死ぬかもって考えたっけ。ただ、その時は近くに温泉が湧いてたり、大きな洞窟みたいな感じのがあったから助かったんだけどね。火は熾せたし」
「いや、さらっと怖いこと言わないで頂戴。シャレにならないわ、アンタが言うと」
「ごめんごめん。でも、危ないなーってことは何度かあってさ、お陰で色々身を護る術みたいなのは知ってるよ。山って一言で言っても高さとか地形とかで全然変わってくるだろうから参考程度にしかならないとは思うけど」
あははと笑えば神妙な顔をしたラクサがいやいや、と首を横に振った。
使い込まれた実用的な雨具を身につけているけれど大切に使われているのが分かる。
道具を大事にする職人は総じて腕がいいことが多いって誰かが言ってたのを思い出した。
「このパーティーがどれくらい山に慣れてるかは知らないんスけど、山での生活経験がある人間が一人いると格段に生き残る確率が上がるんでオレっちとしては大歓迎っつーか、有難いッス。オレっちもそれなりに山越えとかはしたことあるんスけど、ライムの言ってる山ってガチもんの山ッスよね? そら、低山も危ないっすよ? けど、高さもあって険しい山は危険度が段違いっつーか……ある程度天候の予測ができるのはすげぇ助かるッスね」
それに、とラクサは続ける。
ピッと私とディルを指さして何故か拳を握って鼻息荒く笑顔を浮かべた。
「飯の重要性を分かってる人間と綺麗な水を出せる人間がいるんスよ?」
そこからラクサが機嫌よくいくつかの経験談を聞かせて貰ったんだけど、結構酷かった。
結構、というかかなり酷かった。
大変だったね、という感想しか言えなくて口を噤む。
パシャッと水たまりに足を入れてしまってからふと思い出した。
「サフル、靴は大丈夫?」
振り返ると静かについて来て居る灰色の髪。
フードの下から私に向かって笑いかけて頷いた。
「はい。ありがとうございます」
「サフルの分もちゃんと雨具揃えたんスね」
「一緒に旅するんだし、雨具はないと困るでしょ? 濡れたままだと体が冷えるし、風邪なんか引いたら大変だもん」
「それはそうっスけど、奴隷にこういう気遣いができる主人って早々いないっスよ。見た所割と、というかかなりしっかりした雨具ッスよね」
結構な値段がかかってる筈、というラクサにリアンが口を開く。
実を言うとこの雨具はリアンの弟であるアリル君がもう使わないから、ってくれたんだよね。
リアンが代金を払う前に彼から「金はいらないので『レシナのタルト』をワンホールお願いします!」と頭を下げられた。
驚いて言葉に詰まる私に新しく仕入れたという防水仕様の靴と腰に装着するタイプの男性用ポーチも貰ったのでレシナのタルト以外に何が欲しいかと聞けば「是非一度、ライムさんの作った夕食を食べてみたいのですが!」と頼まれた。
そのくらいなら、と了承すると後でリアンにどうして頷いたのかとぶつくさ言っていたっけ。
いらないことまで思い出しちゃった、と眉を顰めつつサフルの調子も良さそうだったので何かあったら遠慮なく声をかける様にと伝えておく。
ディルもラクサも奴隷をイジメて喜ぶタイプじゃないのはサフルも分かっているらしく、しっかり頷いてくれた。
馬車から降りて街道を進むこと数時間。
ちょっと飽きて来たな、と思っていると前方に小さな看板のようなものが見えてきた。
何だろう、と目を細めてみるとどうやら矢印と文字が書いてあるようだ。
「雨が降ってて少し見えにくいけど……小さい看板があるよね。矢印付きの。道も二つに分かれてるし、どっちに行くの?」
「看板? そんなもの―――……あの何か四角い影みたいなものの事かしら。矢印なんてよく見えますわね」
「ライムは昔から視力が良かったな。五感が鋭い、とでも表現した方がいいのかもしれないが」
「五感が鋭いのにどうして殺意や敵の気配が分からないのかちょっと理解できないけど、まあいいわ」
なんかまた言われてる、と思いつつ黙って足を動かすと矢印の下に書かれていた文字が何なのかわかった。
どうやら町と村の名前が書いてあるようで、二股に分かれた街道はどちらに行っても人が暮らしている場所へ辿り着けるらしい。
どっちに行くのかと全員がリアンを見ると感心したように看板を見ていたリアンはクルリと森の方へ足を向ける。
「……え?」
思わず森を指さすとリアンは普段通りの表情で頷く。
スタスタと慣れた様子で歩きながら武器はいつでも使えるようにしておいてくれ、と一言。
ズンズンと迷いなく進む先に広がるのはうっそうとした黒い森。
どうやら私達から見えている木は全て針葉樹や葉の色が黒い木が集まっているようだ。
ただ、草はあまり生えていなくて、ポツポツと青々とした草がひょこっと顔を覗かせている程度。
(驚くくらい……人の痕跡が残りにくい場所だなぁ)
キョロキョロ、と周りを見回しながらリアンの直ぐ横を歩く。
道を知っているリアンが先頭を歩くことはすんなり決まったんだけど、私は敵が来たらサフルの横にいるように言われた。
一応直ぐ治療できるようにポーチに腕を入れて回復薬と爆弾を握って抵抗できるように準備はしておく。
「リアン、此処からどのくらい? 野営を一度するっていうのは知ってるけど」
「入り口は複数ある。入る方法もいくつかあるが、僕が知っているのは一つだけだ」
「そういえば、これから行く場所の名前とかあるんスか?」
ラクサの質問にリアンはピタリと足を止める。
そして暗い森にサァサァと降り注ぐ雨の音を確かめるように数秒口を噤んでいたが溜め息を零して目的地の名を口にした。
「僕らが今目指している場所は『雨霞の集落』と住人が呼んでいた。人間ばかりではなく、エルフやドワーフ、ガブリン族といった異種族が集まって生活している―――……どの人も穏やかで争いを好まない性格だが敵には容赦がないから、到着したらまず僕が集落に入って話をしてくる。君たちは少し待っていて欲しい」
わかった、と頷けば言いにくそうにもう一つの条件を告げた。
その内容にベルとディルが険しい表情を浮かべる。
なんか、雲行きが怪しくなってきたような……?
ここまで読んでくださって有難うございます。
集落にはあと2~3話で……と考えている所です。ハイ。
今回も変換ミスが幾つかあったので修正。前回も一か所投稿後に見つけたので直しています。
チェックして直してはいますが、「あ」とうっかり発見した方は、もしよければ誤字報告で教えて下さると幸いです。
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アクセスして読んで頂けるだけで有難いのですが、感想などもありましたらお気軽に。
今の所返信は必ず返しています。
雪が解けて暖かくなってきましたね。
春がちかい…!