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160話 『恵みの輪』

遅くなりました。

まだ続く馬車の旅。

 大体書きたいことは書けたかなぁ……


キノコ汁が食べたいです。とても。


※報告にトランクが時間経過、収納袋ポーチは時間経過なしと以前書いてあったと教えて下さった方がいらっしゃって、チェックしなおしてます。

トランク……どこに説明を書いただろうか……(遠い目

 ご都合主義で大変申し訳ないのですが、今後、トランク・ポーチ共に時間経過なし、容量制限なしという前提で書き進めて行こうと思います。

理由として、遺物(遺品?)を残すにあたって、ライムの祖母であるオランジェなら、より優秀かつ使い勝手のいい機能をつけていると考えたからです。

孫は 可愛いの精神です。ええ。



 普段通りの起床時間。



 目を開けて体を起こすと隣にはディルがいてぐっすり眠り込んでいるみたいだった。

気をつけながら上半身を起こして伸びをして固まった体を少しだけ解し、使っていた毛布をディルに掛けた。


 冒険者の人達も眠っている人がいるので起こさない様に静かに移動して、外に出る。

馬車の外はどんよりと曇ってきていて、少しだけ雨の匂いがした。

伸びをしたり体を捻ったりして軽く体を動かした後、昨日のうちにディルが作ってくれた焼き釜と作業台へ近づく。


 スープ入りの鍋は、外されているが中身は半分ほど減っていた。

のんびり歩きながら水瓶を置いてある方へ足を進めると起きていたリアンが私を見て、一瞬動きを止める。



「? おはよー」


「……あ、ああ。おはよう。よく眠れたか?」



 変なことを聞くなぁと思いながら頷く。

こうやってマジマジと観察するとリアンは会った時より背が高くなっているような気がした。

リアンの所の家族は皆すらっとした長身だったから、仕方ないのかもしれない。

私のおばーちゃんは背が小さかったんだよね。お母さんもあまり高くなかったし。



「うん、ばっちり熟睡。夢も見なかったよ。屋根があるっていいよね、やっぱり。自分のベッドで寝てる感じで熟睡できるし、馬車便利」


「馬車で熟睡できるのもどうかと思うが……まぁ、君がいいならいいんじゃないか。ああ、朝食を作るなら手伝えるぞ。他の冒険者の了承は得ている」



そうなの? と見張りをしている場所に視線を向けると私に向かって手を振ってくれた。

手を振り返して、スープが入っている鍋を見る。



「これ、結構量があるし食べきっちゃいたいから配ってもいい? 味付けは少し変えるけど」


「問題ない。夜の番も色々と配慮して貰ったからな。その礼としては丁度いい」



わかった、と頷いて作るものを決める。


 ゴロ芋を洗って、適当な大きさに切ったら油をかけて焼き釜へ入れておく。

じっくり火を通す必要があるからかなり火から遠ざけて置けば、一時間位で食べ頃になるのだ。

時間を掛けると芋や野菜って大体しっとり甘くなるんだよね。


 あとはパンにはさむ肉を炒めるだけなんだけど、肉は切ってあるし、一緒に炒めるマタネギも準備に時間はかからない。

葉物野菜はリアンもいるし、私たちの分だけで良いから問題なし。



「スープもミル果汁を入れて味を調整するだけだし、時間は結構あるね。起きてくるまで少しかかるでしょ?」


「そうだな。ラクサは食事時になったら起こして欲しいと言っていたから、ベルやフォリア先輩が戻ってきてからでいいんじゃないか」


「え? 二人ともいないの」



馬車にはいなかったけど、と言えばため息交じりに首を横に振った。


 静かに岩が多くなってきた雑木林を指さす。

耳を澄ませると金属音と何かが動く音が聞こえてきた。



「………手合わせしてるんだね」


「信じがたいことに他の冒険者も乗り気でな。日中の警戒は僕や手合わせに行かなかった面々がする。走行中に襲ってくることはほぼ無いから、小休憩中の警戒が主な担当になるがその程度大した問題にはならない。ベルとフォリア先輩は移動中に仮眠をとるそうだ」



呆れつつもどこかホッとした顔をしているのは、自分がまきこまれていないからだろう。


 サフルもその手合わせについて行ったという事なので、朝食のパンは多く作ってポーチに入れておくことに。

寝る前にいっぱい食べすぎるのは体に良くないって聞いた気がするんだよね。


 パンを減らす代わりに、飲み物を少し変える。

いつもなら紅茶なんだけど……ホッとできるような温かい飲み物を考えてみた。

候補はいくつかあるけど朝ということもあって決めるのは楽だった。



「じゃあゆっくり仮眠できるように温めた甘酒でもだそうかな。そのままだと結構濃いからミル果汁入れて」



 割合は甘酒3:ミル果汁2だ。

普段飲むなら甘酒4:ミル果汁1でいいんだけど、寝る前はお腹いっぱいにしない方がいいだろうし。



「甘酒には疲労回復効果があるらしいんだ。手合わせの後にはピッタリでしょ? どのみち時間はかからないから、ちょっとその辺見て回ってもいいかな。何かあるかもしれないし。香草とか」


「護衛としてついて行こう。で、甘酒は僕らも飲めるのか?」


「飲みたいなら作るけど」


「作ってくれ。アレは美味い」



酒の香りがするのが特にいい、と嬉しそうにしているリアンを放ってポーチから採取用の小さな籠を取り出す。

 腰のあたりにつけて、武器を出すか迷った。



「武器、いるかな?」


「一応準備しておいてくれ……と言いたいが、直ぐに取り出せるなら必要ない。この場所には定期的に人間が来ると動物も学習しているだろうし、好戦的な魔物やモンスターは軒並み手合わせ中の冒険者やベル達が駆除している」


「そ、そっか。それじゃあ、早速行こうか。ひっきりなしに人が来てるなら望みは薄いかもしれないけど」



食べられるものか素材があればいいな、と呟きながらリアンと並んで歩く。

 ベルと歩く時は左側なんだけど、リアンの場合はどっちを歩いても平気なんだって。



「採取の時もだけど、リアンはどっちを歩いても大丈夫だから助かるよ」


「僕は両利きだからな。どちらも使えるようにしておくと便利だぞ」


「私は練習する時間が惜しいからいいかなー……武器も両手で持つし。リアン、採取は人が入っていない方がいいから、あっちの方角に行ってもいい? ベル達がいる方向って結構人が通ってるみたいなんだ。ほら、成長途中の細い木が少ないし、地面に生えている草が疎らでしょ?」



わかった、と頷いたのを確認して左側の草むらへ。

 虫よけポマンダーをポーチからぶら下げてるから虫もあまり寄ってこないだろう。

雑木林はほぼ人が入っていないらしく、背の高くなった草が多く足元が見えにくい。



「今後、私長いズボンとか履こうかな。コレ、着やすくて涼しいのはいいけど、背の高い草が多いと危ないんだよね」


「タイツとスカートでいいんじゃないか。それなら着脱も楽だろう?」


「スカートってあんまり得意じゃないんだよね。まとわりつく感じが邪魔」


「そういうものか。それならモルダスに帰ったら母が渡してきた仕立て券があっただろう。どうせ父さんが金を払うんだ、高いものを買っておけ。錬金服辺りがいいかもしれない。肌の露出が少ないものを一着、フード付きのマントを一着、冬用の服を一着が妥当だろう」



絶句する私に気付かないリアンはポンポンと必要な素材などを口に出す。

挙げられる物はどれも最高級品で口元が引きつった。


 それは流石に、と言いかけた所で視界の端に何かが映る。

ピタッと口を閉じてその方向を凝視すれば、木の幹を覆う様に大量のキノコが生えていた。



「リアン。トランクを取りに行こう。これがここにあるってことは周りにも美味しいキノコが生えてる」


「それは構わないが、このキノコの周りに他のキノコが生えるのか?」


「うん。このキノコが生えてる半径200mくらいには必ず『恵みの輪』があるの。ただ、基本的に『恵みの輪』は毒キノコの場合が多いんだけど、このキノコが生えていると間違いなく食べられるキノコが生えるんだよ」



 トランクのある馬車へ戻った私を寝ぼけたラクサといつの間にか起きていたディルが不思議そうに眺めていたけれど、キノコのことを話すと採取を手伝ってくれることになった。

大きな籠を二つ、中くらいの籠を1つ取り出しておく。


 ぞろぞろと仲間を連れて雑木林へ向かう私を不思議に思ったらしい冒険者が話しかけてきたのでキノコを見つけたといえば納得してくれた。

苦笑してたけどね。



「これから取るキノコは木に生えているのと地面に生えているモノの二種類。木に生えている奴は、幹にくっついている生え際の3~4ミリ上をナイフで切って。キノコ自体はしっかりしていて歯ごたえがいいから、崩れることはないと思う。木についてる菌床ごと剥がさない様にだけ気をつけてね。菌床をとっちゃうと二度と取れなくなっちゃうから」


「分かったッス。オレっちキノコも好きで故郷や道中にとって食ってたんで、安心してくれていいっスよ」


「高いところにあるならラクサを手伝った方がいいか?」


「もう一方の方はちょっと採取にコツがいるから、そっちをお願い」


「わかった。任せてくれ……キノコスープが食べたい」


「オレっちは串焼きで!」


「じゃあ夜はキノコ尽くしだね。ハサミ川エビ、結局昨日は食べられなかったし」



 実は楽しみにしていたハサミ川エビは、ディルとラクサの熱望により後日に見送られた。

いっぱい食べたいんだって。



(気持ちはわかったから了承したんだよね。ハサミ川エビ自体がいっぱい獲れてたら使ったんだけど、一人一匹だし。スープに使うにしても、頭と殻でとれる出汁って薄めすぎると美味しくなくなるから量を増やすこともできない)



そんなことを考えつつ二人には木の幹からキノコの回収を頼んだ。


 凄い量のキノコをみて何かを考えていたリアンの名前を呼んで、私は地面に生えている筈のキノコを探す為に足を踏み出した。

歩きながら今から探すキノコについての話を進める。

本当なら必要ないんだけど、今回とる予定のキノコって普通のモノと違って採取する部分が違うんだよね。



「あっちはあれでいいとして……問題は地面に生えるキノコなんだよね。私達が直接取ることにしたのは、かなり脆いからなんだ。取り扱いに気を付けないと台無しになっちゃう」



神妙な顔でリアンが頷いたので、崩れても食べるのには問題ないけど、食感に差がでるから完璧に取りたいことを告げておく。


 話をしながら頭を少し下げて中腰で足元を確かめながら歩く。

背丈の高い草が生い茂っているせいで足と手を使って草をかき分けながら進まなきゃいけないから結構辛い。



「見つけるキノコの名前はわかるか」



 最初こそ僕が先頭を歩く、と言われたんだけど断った。

地面が見やすい場所ならお願いしたけど、見えにくい状況でのキノコ探しは結構大変だからね。

必死に草をかき分けているとそんなことを聞かれたので一度足を止めて振り返る。



「レース茸って言うんだけど知ってる?」


「知っているも何も、高級キノコだぞ。王室などで好んで用いられるが発見が難しいことでも有名だ。人工栽培も近年成功したんだが……味がまるで違う。高価になる理由は味は勿論だが、輸送コストが一番の理由だな。乾燥して運ぶのが一般的なんだが運搬中によく崩れる。確実に運ぶなら『徒歩』か収納袋に入れる方法がとられるが、都合よく発見した人間が収納袋を持っている筈がないだろう? だから、完全な形をしたものはクイーンキノコなんかよりも高く取引される」


「うっわ、聞いただけで大変そー……でも、そっか。やっぱ高いんだね、こっちでも。レース茸は単体でも生えるんだけど、それは見つけるのが凄く難しいから見つけたらツイてるよ。私が知ってる一番効率のいい採取方法は『幸運茸』を見つける事」



実はこの『幸運茸』は住んでいた森の中で見つけることが度々あったんだよね。

レース茸は生えてくるための条件が厳しいから見つからないことも多いけど……運がいいと一年で2回取れた。


 そして経験上、この草むらにはレース茸は生えない。

でも、私が先頭を歩いているのは時々こういう草むらに薬草や香草が生えてたりするからだ。

食用キノコは何処に生えているのか木や土の状況、天候、日の当たり方とかまぁ……色々影響するから予測するより注意して歩くのが一番手っ取り早い。



(それに予想した所でその場所に生えてる保証はどこにもないんだよね)



 少し歩いただけで人が入っていないからか香草が見つかった。

後ろをついてくるリアンに香草や薬草が生えていたら採取してくれと頼めばため息交じりの感心したような声。



「君の住んでいた場所に益々興味が湧いてきたよ。にしても、先ほどのキノコは『幸運茸』というのか。初めて聞いたな」


「美味しいキノコだけど、まぁまぁ珍しいといえば珍しいかな。あのキノコは普通、黒灰色で『月昇り茸』って呼ばれてるんだけど、色が黄金色になることがあるんだ。どのみち、一度にかなりの量が収穫できるから一か所見つけられたら大きな籠2つ分にはなる便利なキノコだよ」



 話しながらも足下の草をかき分けるようにしてどんどん進む。

なにせ、時間が限られているし『ない』と分かっている所を探すほど私も馬鹿じゃない。



「レース茸の話に戻るけど、このキノコは笠にあたる部分だけを採取しなくちゃいけないの。軸を残しておけば胞子を飛ばして次もまた食べられるようになるんだ。あ、手袋を薄手の採取用に取り換えておいてね。力を入れすぎると崩れちゃうし、指の感覚が割と大事だから」


「素手では駄目なのか?」


「少しヌメリがあるから手が汚れるし、この後調理もしなくちゃいけないから手袋した方がいいと思う」



分かったという声を聴きながら少し歩くと、徐々に草が少なくなってくる。


 代わりに腐葉土が多く、フカフカした土に変化した。

木は全て落葉樹。

草がなくなるとかなり見晴らしがよくなるので一度止まって周囲に視線を凝らせば遠くの方に何かが見えた。



「あった!! リアン、この辺りに採取したいものはないから急いで付いて来て。ちょっと走るよ」


「は? え、おい! 待て……って、なんで君は森だとそんなに身軽になるんだ?!」



信じられん、とリアンの声が聞こえて来たけど気にせず目的の場所へ。


 その場所は少しだけ開けた、そして樹齢100年はあるだろう大きな大木のすぐ傍だった。

ぐるりと円を描くように大小さまざまなレース茸が『恵みの輪』を形成している。

半透明で白いレースが列をなして円状になっている姿は何度見ても不思議できれいだ。



「丁度食べごろだね。発生したのは……育ち具合から言って一昨日、かな。これ、明日には腐り始めるよ」



軽く息を荒げているリアンを一番近くのレース茸の傍まで誘導して、そっとしゃがむ。

 私はポーチから平編み籠を取り出した。



「籠は平編みにした籠。この辺に生えてる柔らかい葉っぱを敷き詰めて置けば、とる時に楽だし、乾燥させるときはこのまま放置すればいいから便利だよ。この森で育ってるから、この森のモノを使えば品質も保てる。鮮度、というか乾燥は月夜干しね。夜に干して、日が当たらない内に回収。二日もあれば乾くんだけど、生で食べても美味しいから今夜料理して食べよう」


「贅沢極まりないな。それに、ライムと採取していると珍しい素材が次から次に見つかるから感覚がマヒしそうだ」


「んんー、タイミングがいいっていうのもあるんだろうけど……一番は『見つける方法』を知ってるから見つけられてるだけだと思う。今回は完全に運が良かっただけ」



それより、とキノコに集中するように告げて採取方法を一から教える。


 リアンは作業が丁寧だから一度教えてしまえば安心だ。

ベルは途中で飽きてくると雑になるから気をつけなきゃいけないんだけどね。


 平籠に乗せる場合、隙間を開けて並べなきゃいけないので、もってきていた平籠全てがレース茸で埋め尽くされた。

幸い、平籠は重ねて運べるようにしてあったから助かったけど歩く時は来るときの倍の時間がかかって戻ったら直ぐすべてをトランクに仕舞う羽目に。


 ラクサとディルが採取してくれた大きな籠もトランクにしまい込んで、直ぐ朝食準備に取り掛かった。


 ゴロ芋はいい感じで火が通っていたから、スープの味付けをし直して、肉とマタネギを味付けしながら炒めて、切れ込みを入れたパンを焼き釜で温める。

目安は切り目に薄ら色がつく程度。

リアンにはサラダになる野菜を千切ってもらうことにした。

パンにも挟む分は少し小さめにしてもらう。



「よし、後はバタルと塩胡椒を四等分にしたゴロ芋に乗せて終わり。スープは注いでもいいかな?」


「ああ。到着して直ぐにベル達を呼びに行ってもらったから問題ない。スープは冒険者にも渡すんだろう? 小鍋があるなら出してくれ。渡してくる」


「じゃあ、そっちはお願い。テーブルにセッティングしておく」



 リアンもベルも一度一緒に旅をしているからか慣れているからか、私が次にとる行動が何となくわかるらしい。

一緒に暮らすとこういう時便利だよね、と改めて思いながら木皿に具を挟んだパンと千切った野菜にドレッシングを合わせたものを乗せておく。


 スープはリアンが三組の冒険者たちに持って行ったのを確認してから大きめのスープ皿にたっぷり注いでお替り分を小さな鍋に移しておいた。



(洗い物はディルが魔術でパパパーっと片付けてくれるから手間いらずだし、ホント助かるなぁ。普通だったら採取してる時間なんてないだろうし)



結構スープに余裕がありそうだったので普通サイズのカップ二つに入れて、御者さん達にも渡しておく。


 食べきりたいから手伝って欲しいと頼めば嬉しそうに受けとってくれた。

ベル達の声が聞こえてきたので戻ろうとした私に御者さんがそういえば、と口を開く。



「今日の午後辺りから小雨が降るかもしれません。明日は朝から雨になりそうですね」


「本格的に雨が降り始めるってことですか?」


「恐らく、ですが。今夜の夜の番はあまり馬車から離れない方がいいでしょう。急ぐ旅でしたら、夜も馬車を走らせることは可能ですよ。本格的に雨が降り続くと思うように走れないこともありますし、馬たちは数日走り続けても問題ない品種なので」



どうされますか、と穏やかに聞かれたけど私の一存じゃ決められないので昼までに話し合って結論を出すことを伝える。



「でも、御者さん達は大丈夫ですか? 寝ないで馬車を走らせるのって大変なんじゃ」


「いえいえ。他の馬車と休憩所が一緒にならない様に走らせるほうがこちらも気楽なのです。今回は、後続に少々厄介な貴族を乗せているのが分かっているので……お嬢さんたちは勿論、冒険者の皆さんも私たちも絡まれるのは避けたいですから」



助手もいるので危険が少ない場所では交代もしますし、休息は十分ですよ。


 そう微笑んだ御者さんに頷いて私はその場を後にする。

午前中は飛ばすから酔いやすい人は酔い止めを予め服用しておくといい、と言われたのでそれも全員に伝えた。


 朝食を終え、後片付けをした私たちは食後のお茶を取りやめ、乗車。

御者さんが一度、全員がいるのを確かめに来たけど直ぐに馬車は動き出した。

窓から見える景色が流れるように変わるのが少し面白かったけれど話すことがあったので慌てて揺れる馬車の中、声を張り上げる。



「あのっ! 御者さんから今日の午後から小雨、明日は雨になるかもしれないそうです」



 私の声に冒険者の人達は勿論、ベル達もコチラを見た。

声はしっかり届いていたみたいだから同じ声量で聞きたいことを口にする。

揺れているせいか、ガタガタっていう音が凄いんだよね。



「もし急ぐ旅なら夜間も馬車を走らせることができますって提案をされたんですけど、どうしましょう? 休憩は今まで通りみたいなんですけど、後続の馬車に乗ってる貴族と会わないようにするなら急いだ方がいいんじゃないかって」



返事はお昼休憩までで―――…と続ける前に乗車している全員の声が揃った。



『夜間運行宜しくお願いします』



 特徴的な口調のラクサも癖を何処かに忘れたようで、少し顔が引きつった。

全員の顔というか目が真剣だったし、間髪入れずというか本当にぴったり声が揃っていたのが妙に怖い。



「(そんなにヤバいのかな、後ろから来る貴族)それじゃあ、えっと……夜も走行してもらうってことで返事しておきます」


「おう、頼んだ。そうだ、もしよければだが小休憩で30分とる所を10分に縮めて、昼飯は馬車の中で済ませるっていう手もあるぜ」



休憩時間が10分になっても用を足したり、固まった体を軽くほぐす位はできる、と言われたので全員が賛成した。

 昼ごはんに関しても、私たちはオニギリや具を挟んだパンなどを沢山用意してあったので一食なら問題なし。

冒険者の人達も食事を抜くのは慣れているらしく問題ないとのことだった。



「雨が降り始めると想定外のことが起こる確率が高くてね、出来るだけ厄介ごとは避けたい。同国の貴族ならまだいいけれど、他国の貴族を護衛する時は本当に疲れる。今回は同国の貴族だけどあまりいい噂は聞かないし、ライムちゃんは珍しい髪色だろう? その上『錬金術師』になりうる資格がある。しつこく絡まれるのは避けたいんじゃないかな」


「ええ、本当に。配慮してくださって有難うございます。僕らも面倒ごとは避けたいですし、皆さんが同意してくださって助かりました」


「いやいや、いいんだ。君たちには美味しいスープを食べさせてもらったし、有用なアイテムも買わせて貰ったからね。今後も贔屓にしたい相手にあれこれ気を利かせるのは当然だ」



Cランクリーダーのルケットさんが気にしないで欲しいと柔らかな口調で答える。

周りの冒険者も頷いていたので、最終的に小休憩は休憩時間を15分に縮めて、お昼に夕食も同時に作ってしまい、夕食を作る手間を省くことになった。


 明日から降る雨が『雫時』のモノだろうという事なので、これから数か月雨が続くことになる。



(月明かりで乾燥は出来なさそうだし、帰ってからだね。時間経過しないトランクでよかった。持っている袋が時間経過するものだったら急いで食べきらなきゃいけなかった筈だし)



忘れないように処理しなきゃ、と頭の中で考えつつ夕食はどうするか聞いてみる。

スープだけ買わせて欲しいとのことだったので了承した。



「今夜のスープは何かしら。材料を教えてもらえると助かるわ」



そういってほほ笑んだのは『レッドクローバー』のフローレンスさん。

空き時間に採取をしていたことは一緒に採取をした三人しか知らないのを思い出してキノコスープにすると伝えた。

 キノコだけだと物足りないだろうから根菜系の野菜も入れるけどね。



「入れるキノコはなんだ?」



冒険者の人がメニューを確認するのは自衛の為だ。

 体質に合わないものが入っていたら困るし、人によっては特定の食べ物が毒になる人もいるんだって。



「使うのは幸運茸って呼んでる『月昇り茸』の色が違うものとレース茸、あとは根菜類、ショウユ、酒、猪肉、ハクサイ、リークです。味付けにジンジャールも入れますね。体が温まるし、沢山作って御者の二人にも渡そうかなぁって。外は寒いだろうし。ただ、それだと腹持ちが悪いから小麦粉を」


「……今、なんかサラッと凄いの入ってなかったか?」


「レース茸ですか? あれを入れるとコクが増して美味しいんですよ。食感もいいし」



頑張って調理します!と胸を張ると呆れた顔でリアンがスープの値段を口にした。

調味料が珍しいので小鍋(5~6人前)で銀貨2枚という金額だ。


 かなり安いらしく冒険者たちは渋っていたけど、夜間の馬車移動が初めてだから色々教えてもらうことに。

私からするとレース茸は機会があれば採取できるキノコだ。


 他にもたくさんあるし、元々食べる為に採ったもの。

その代わりに今後役に立つ情報が手に入るなら私たちにとっては十分すぎるお礼だ。



(ランクの高い冒険者から直接身を護る方法を教えてもらえるなら、その方がいいと思う。食べ物は食べたらなくなるけど、覚えたことは忘れないし)




 ここまで読んでくださって有難うございます。

誤字脱字などありましたら誤字報告で報告してくださると非常に…ひっじょうに助かります!

そして、毎回毎回助かっております本当にありがとうございます。気付かないのは呪いだと思うことにしました。

 感想は勿論、アクセスして読んでくださるだけでも十分有難いです。

貴重な時間を使って読んでくださって有難うございました!

気が向いたらブックマークや評価してくださると嬉しいです。


=新しい素材と忘れてそうな素材=

【リーク】

円筒状の野菜。土に埋まった部分は白く火にあたる部分は緑色に。

どちらも食用可能で、火を通すとねっとりとした触感と独特の香味、そして歯触りがある。

臭み消しなどにも利用される万能野菜。

 現代で言うネギ。

【レース茸】

美しいレースのような笠を持つキノコ。

派生条件が厳しくなかなかお目にかかれない。高級キノコ。

幸運茸と派生条件がほぼ同じで、日光より月明かりが当たった時間が長い場合に派生する。

 レース茸は笠の部分のみを採取し、軸を残す。

笠の部分は蟲・獣除けの効果がある香りを発しているが人体に影響はなし。

加熱すると香りが消える。

キノコには珍しく、軸の部分で胞子を蓄え、朽ちる時に周囲へ胞子を飛ばす。

【月昇り茸】

樹齢100年以上の落葉樹に発生するキノコ。

月を目指す様に幹にびっちりと発生することからこの名がついた。

普段は黒灰色で、乾燥させても美味しく食べられる。うまみが強く、肉厚。

歯触りもよく癖のない味なので炒め物、煮物、焼き物、汁物となんにでも用いられる。

採取は生え際の3~4ミリをナイフで切る。割と丈夫なキノコ。

幹についている菌床を剥がすと採取ができなくなる。

【幸運茸】

樹齢100年以上の落葉樹に派生する。月昇り茸と同じ種類だが、色が黄金色。

魔力を帯びるとトロリとした触感に変化する所以外は月昇り茸と変わらない。

 雨が三日以上続いて、二日曇り、月が出たタイミングで色が変わる。


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