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158話 美味しい提案!

 長いです、例の如く。


登場人物がわんさか増えてきたのと、馬車移動だけで一週間かかるのでサラッと書くべきか、どうしようか悩み中。

 うぬぬ……




 ピザに乗せる具は多くない。


緑のピウマ、マタネギのスライス、カボチャのスライス、メイズ、スライスしたマトマ。

 バジルっていう良い匂いの葉っぱは二種類。

バジルは広く食用として使われている香草なんだけど、持ち歩いているんだよね。

スイート、スパイシー、フレッシュって呼ばれる香りと味が微妙に違う定番の三種類。


 ベースは同じなんだけど、スイートバジルはちょっと甘みがあって香りも甘め。

スパイシーは不思議なことにコショウの代わりとして使うこともできるんだよね。乾燥させるとピリッとする辛味が強くなるし、胡椒より安いから庶民向けって感じ。

フレッシュは、爽やかで口の中がさっぱりするから食後のお茶に入れる人もいる。



「具自体は少ないんだな」


「うん。これにマトマのソースとマヨネーズ、あとは照り焼きとかを用意して……ソーセージとベーコンもいれるかな。あ、そうだ! ハサミ川エビも具にしよう! 小さいのっ! 殻と頭はとって置いて、ハサミ川エビのスープの材料にする」


「美味そうだ。ハサミ川エビのスープはライムが作ると生臭みがなくてうまい」



少し離れた所にあっという間に出現した土煉瓦が積まれたトイレが見えた。

入り口には古布が掛けられていて相変わらず完璧だ。


 ディルは戻ってきてすぐ、小さめの樽に水をたっぷり入れてくれて、焼き釜の調子も見てくれている。

ん、だけども。



(動作一つするごとに作業を見に来るのって何なんだろう)



邪魔ではないけど、と苦笑しつつ肉を切って、エビを軽く茹でようと思ったんだけど面倒になったので焼くことにした。


 頭や殻をつけたままじわじわと焼いていると香ばしい、甲殻類独特の匂いが周囲に漂う。

久しぶりだったのと大好物だっていうのもあって思わず口の中にあふれた涎をごくりと飲み下す。



「……味見」


「……だめ。全部食べちゃう」


「確かにな。そうだ、あの合流地点に行ったら必ず川を見る様にしよう。小さいのもいたし、ある程度の数を残しておけばハサミ川エビはまた食べられる」


「だね。そうしよっか。ハサミ川エビの鍋とか美味しいもんね」



昔食べたな、と二人で懐かしんでいる間もちゃんと手は動かしている。


 串に刺した状態でゆっくりクルクルと強火で表面を炙っていく。

焦げない様に気をつけなきゃいけないんだよね。



「強火で焼くんだな」


「うんうん。旨味たっぷりの汁を閉じ込める感じ。どうせ、ピザの具にするし中は生でもいいんだよ。ピザ生地と一緒に中まで火が通るし、プリプリッとしてる方が食べ応えあるもん」



確かに、と静かに同意するディルを横目に夜に使う殻や頭は別にして取っておく。


 マトマソース入りの大瓶横にチーズを二種類置いた。

柔らかいフレッシュチーズと硬いハード系のチーズだ。

どちらも加熱するとトロトロになるんだけど、ハード系の方は味にコクがあって、フレッシュチーズは酸味と乳製品独特のまろやかさが特徴。



(直ぐに焼けるように準備しておこう)



よし、とピザ生地を丸く伸ばしていると背後から凄い音が聞こえた。


 慌てて振り返るとそこには激しい打ち合いをしているベルと大剣の男。

訓練という割に激しすぎないか、と思う間もなく傍らで投げられる短剣を避け、鞭を駆使して魔術師に善戦するリアン、薙刀や刀相手に金符と格闘術で戦うラクサが見えた気がする。

気がするっていうのは……多分動いてるんだけど早くてよく分からなかったんだよね。


 サフルは他の冒険者と手合わせをしてもらっているようだった。

コッチはまだ見てられる感じ。

手合わせ兼指導って感じだからかも。

冒険者の人が手加減してくれているのが見ているだけでもわかる。


 反対にベル達の方は冒険者も本気だ。

ランクBっていうのは相当強いらしく、ベルが何度か体勢を崩したりしてる。

なんだかんだ言ってついていけてるリアンも割と規格外だと思うんだよね。



「(よし。見なかったことにしようっ)あのさ、ピザってどのくらい用意した方がいいと思う? 一人二枚じゃ足りないよね」


「足りない。一人五枚あれば足りるんじゃないか?」


「五枚はちょっと無理かなぁ。一人三枚。私は二枚でいいや……これも焼くし」



運動量がえげつない、という感想を胸にそっと背中を向けて調理に戻った。


 周りの地形が変わらなきゃいいけど、と呟けばディルがマトマのソースを生地に塗りながら一言。



「それなら結界を張ってあるから問題ない。あのくらいなら弾ける」


「………そっかー」



安心ダネ、と言葉を返して無心でピザ生地を伸ばす。

ベルやリアンは私のことを非常識だっていうけど、ディルも大概だと私は思う。


 伸ばす生地がなくなったら今度はちょっと変わった鉄製の鍋を取り出す。

直径は25センチくらい。

高さは鍋というよりフライパンに近くて、持ち手は二つ。


 変わった鍋だな、と呟くディルに苦笑しつつ、同じものを四つほど取り出した。

それからアリル、レシナ、スパイス、大瓶に入った割れたクッキーや欠けたクッキー、砂糖。

他にも出すものはあるけどまずは片手鍋を追加で二つ出して、皮を剥いたアリルを敷き詰め砂糖で煮ていく。片方の鍋にはレシナの皮と果汁をたっぷり入れて酸味を追加。


軽く火が通ったら半分ずつ取り出し、残っているアリルにしっかり火を通し冷ましておく。



「ライム、どうしてアリルの皮を入れたんだ?」


「見分けやすくする為かな。ほら、色が出て薄っすらピンク色になるでしょ? 色付きはレシナが入っていない方の具」


「なるほどな。材料を見る限り……コンポートかなにかか?」


「惜しい。アリルパイとレシナパイを焼くんだよ。ピザを焼いた後の火で焼けば丁度いい筈。あんまり火力が強すぎると焦げるから見てなきゃいけないんだけどね」



 なるほどと材料を眺めているディルに苦笑する。

パイ生地とパイに入れるカスタードは既に用意済みだ。レシナに入れるレシナカードっていうカスタードにレシナの汁を入れた甘酸っぱいクリームも用意してきている。



「ライムは、俺の知らない間に色々なものを作れるようになったんだな」



 パイは食べたことがなかった、と拗ねたように話すディルに首を傾げる。

そうだっけ、と言えばディルが輪切りマトマをピザの上に乗せた所だった。

暫く考え込んで、ベーコンとチーズを散らしながら口を開く。



「タルトは食べた。パイも出たことがあったがオランジェばーちゃんが作ったもので、ライムが作ったのは食べてない。スープはだいたい食べてるし、オニギリも鍋も、サンドイッチもホットドックも食べた。プリンと茶碗蒸しも食べた。あの場所でライムが作ってくれたものは全部覚えてるぞ。記憶力だけはいいからな」



(あれ? 一緒に暮らしてたのって結構前だよね。まだ覚えてるって凄くない? 私でも作ったもの忘れてるのに)



 凄い、と感心していると視線に気づいたらしいディルが持っていたマトマを口に入れてくれた。

美味しかったけど、そういう事じゃない。


 ディルは既に二枚目の作成に取り掛かっていたから文句はマトマと一緒に飲み込んだ。

どうやら自分が食べたい組み合わせで作るつもりらしい。



「ディル、そのままある分のピザ作ってもらっていい? マトマのソースは余るだろうけど、それ以外は使い切って良いから」


「わかった。任せてくれ」



 ハサミ川エビを嬉しそうにつかむディルの横で、私は二種類のパイを作りに専念だ。

背後からは爆発音らしきものも聞こえてくるけど気にしたら負けってことで聞こえないふり。



(とりあえず、中の具は出来たし……バタルを鍋に塗ってパイ生地敷いて……砕けたクッキーを適当に詰めてからカスタードとレシナカードをそれぞれ塗って、うんうん。良い感じ)



 仕上げに作った具を均等に詰めていく。

パイ生地で蓋をしたら仕上げに余ったバタルを薄く塗って焼くだけだ。


 四つすべて準備が終わったのでピザ生地を焼き始めることに。

ディルには引き続きピザの作成を頼んでおく。

パイは焼き上がるのに少し時間がかかるのを思い出したんだよね。

時間は残り一時間ほどらしいからギリギリ平気だとは思うけど……生焼けのパイは食べたくないし。



「ある程度焼いて、時間がなさそうなら馬車の中で食べればいいか。丁度手に持って食べられる形だし」


「だな。スープはどうする?」


「急いで作るよ。ピザを頼んでもいいかな。パイはこまめに鍋を回して全体的に火が通るようにして欲しい。焦げない様にね」


「任せてくれ」



嬉しそうに頷いたディルにピザとアリルパイを任せて、私は大きな鍋に皮を剥いて切れ込みを少しだけ入れたマタネギをゴロゴロと投入。


 水瓶から水を汲んで作ってきたコンソメの素、香草と混ぜたハーブ、ベーコンをサイコロ上にしたものを投入。

後は火力を上げ、魔力を流せばあっという間にマタネギ全体に火が通って透き通った美しい黄金色に染まった。


 最後にキャロ根の葉を小さく刻んだものを散らす。

捨てる人が多いけど、綺麗だし香りも割といいんだよね。


できた!とスープだけはここで飲んで貰おうと人数分カップに注いでテーブルに並べる。

スプーンもつけて、ちょっと硬くなった黒パンをスライスしたものを蓋替わりに置いておく。

 ピザを焼く作業を替わる為ディルに近づけば、出来立てのピザを皿に乗せ終えた所だった。



「ん、残り四十分位か。これなら丁度いいな―――……ライム、俺はあいつらを呼んでくる。片づけは魔術で片付くし、出発の五分前には間違いなく片付けは終わる」



行ってらっしゃい、と手を振って送り出せばディルはベル達の方へ歩いて行った。


 私は待っている間に焼き上がったピザを切り分けておくことに。

包丁でまるいピザを押し切るように切っていくと、サクッという軽い音共にふんわりとパンが焼けるような香ばしい香りと火が通った野菜とベーコンの美味しそうな香りが広がる。


 ハサミ川エビのピザも、照り焼きを乗せたピザも中々の出来だ。

彩りよく作られたピザを見て次また焼く時にはディルを呼ぼうと心に決める。

ピザって美味しいから結構な量食べられるんだけど、目が離せないんだよ。

ちゃんと見ていないと焦げたり、生だったりするし。



「デザートのパイも……うん! 綺麗に焼けてる」



 美味しそう、と甘酸っぱさとスパイスの香りが混ざり合った香ばしい焼き立て独特の匂いが辺りに漂う。

食べるのが楽しみだと名残惜しい気持ちを押し殺して、まな板ごとトランクへ。

これなら馬車の中でも問題なさそうだ。


 人数分の水を注ぎテーブルへ置いた所で疲れ切った顔のリアンとサフル、そして満足げなベルと苦笑しているラクサが戻って来た。

他の冒険者たちが昼食の支度をする様子はない。



「うわ、めっちゃ美味そうじゃないッスか! しかも俺っちが好きなピザ!」


「そこの釜はディルの仕業ね。こういうのも出来るとか万能を通り越して怖いわ。ああ、フォリア先輩はコチラへ」


「エル達に聞いてはいたが、旅の途中でこんなに手の込んだ料理を食べられるとは思ってもいなかったよ。あの時の判断は間違いなく英断だったようだ。ライム嬢、有難く頂くよ。とても美味しそうだ」



お腹もすいたしね、と片眼を瞑って笑いかける先輩をみて『貴族で都会育ちの人は器用なことをするな』と感心しながら笑顔で昼食を進める。


 一方ディルは何故か正面に座ったリアンに勝ち誇った笑みを浮かべていた。



「喜ぶだろうと思って勉強しただけだ。ライムに感謝するんだな―――……ライムはここに座ってくれ。一番上手く焼けたのを食べて欲しい」



 私の腕を引いたディルはそそくさと私のお皿にピザを乗せていく。

ベルもリアンも呆れ果てたような顔で近くの椅子に座り、ラクサも空いている席へ腰を下ろす。

サフルは奴隷という立場にいることや他の人がいることを考慮して、いつものように食事ができないことは工房を出る前に一応納得したのできちんと分けておいた。

量もみんなと同じだけだ。



「サフル。作業台でご飯食べてくれる? 椅子もあるから辛いようなら使って」


「―――……ありがとうございます、ライム様」



ぺこりと頭を下げ静かに下がったサフルを複雑な気持ちで眺めつつ、食事の挨拶を済ませた後にディルが焼いてくれたピザを持ち上げた。


 薄めの生地にはしっかり火が通っていて具材にも火が通っている。

細かくちぎられたバジルと輪切りのマトマ、トロトロに溶けきったチーズ。

香ばしい匂いに釣られるようにパクッと一口。



「うんっ、文句なしで美味しい! バジルがいいよね。これ、二種類使ってるからか食べやすいしバランスがいいよ。ソースも多すぎなくていい感じ」


「そうか。よかった―――……ハサミ川エビの方は?」


「こっちは焼いたおかげでハサミ川エビの味が濃くて美味しいよ。マヨネーズとの相性もいいし、照り焼きのタレを薄く塗ったんだね。マトマソースもいいけど、これはコレで正解かも」



薄いし食べやすいからアッと今に一枚目を食べ終わり、進められるがまま二枚目へ。

感想を言いながら周囲を見ると全員夢中で食べていた。


 動いたからお腹空いたんだって言っていたけど、スープはお替りしている。

一人三枚ということが分かって神妙な顔をして「足りるかどうか……」と深刻そうな顔をしていたのには笑ったけどね。

フォリア先輩も真剣な顔で悩んでたし。


 食べるのに時間がかかると思っていたけど30分も経たずに食べ終わって結構時間が余った。

必要なことを済ませて、釜やトイレを壊し、椅子などをトランクに詰めて馬車に戻ることにする。

クッションは出しっぱなしだったけど数はそのままだ。



 揺れていない馬車は静かで、周りの音が良く聞こえる。

空の高いところを飛ぶ鳥のさえずりや木々ががさがさと揺れるような音に交じって普段あまり感じない乾いた土と岩の匂い。



「ここはまだまだ入り口っていうか序盤の方なんだよね?」


「ん、ああ。そうだな。緑が多いだろう? 中間地点は三~四日しないとつかないぞ。その頃にはかなり天候も変わりやすくなってきている筈だ。魔物除けも念の為しておいた方がいいかもしれないから、今夜の見張り前に持ってきているアイテムを馬車にぶら下げておく。他の冒険者も盗賊が出たとか移動しているなんて情報は持っていなかったから、恐らくそっちの心配はない」



手合わせの前に少し話をしたみたいなんだけど、冒険者も御者も盗賊が出ているという話は全く聞いていないそうだ。

盗賊が一度でも現れると何かしらの不具合が生じるからすぐわかるんだって。



 雫時が近くなる前に盗賊も雨が降らない場所へ移動するらしい。

雨だと行商に行く商人が減るから実入りが良くないのに、わざわざ襲い掛かって来ないというのがリアンの弁だ。

 例外もいるんじゃ、と言ったが確かに例外もいるらしい。

ただ、そういう連中は自棄になっていたり経験不足だったり、もしくは意図的に個人を狙ったものが多いとの事。



「僕らが狙われている可能性もなくはないが……恐らく行きの馬車は安全だろう。僕が暗殺者や盗賊なら『希少』なアイテムや商品を手に入れている可能性が高い帰りを狙う」


「盗賊って、待ち伏せして襲ってくるだけなのかと。がおーって感じで」


「あのな、盗賊は〝人″なんだぞ。考えもするし、逃げもする。その上、自分が助かる為なら平気で仲間を売ることもする。犯罪者なんてそんなものだ」




フンッと鼻で笑った後に視線を彷徨わせて、言いにくそうにエルフの図鑑は開かないのか?と聞いてくるあたりがリアンらしい。


 暇だし、おやつの時間までは貰った図鑑で時間を潰すことにする。

私が本を取り出して膝の上で開くとリアンが開いていた隙間を埋めるように近づいてきて本を覗き込んだ。

読みにくそうなので片方を持ってもらって一枚ずつ捲っていく。

幸い、読む速度はあまり変わらないみたいだった。



「意外と読む速度が速いんだな。僕は比較的読むペースが速いんだが」


「採取と家事と内職くらいしかすることがなくて、娯楽っぽい娯楽は家にあった本や図鑑を読むくらいだったから自然と早くなったのかも」



そういうものか、と小さく呟いたリアンに時々質問をしながら図鑑を読み進めていく。


 エルフの図鑑というだけあって効果や効能もしっかり詳しく書かれているし、普通の図鑑には書かれていない『採取時間』について書いてあるのには驚いた。



「採取時間って品質に結構影響があるんだね。朝しか採れない朝露系のアイテムがあることは知ってたけど『朝』とか『夜』みたいに大雑把じゃなくて、『朝陽が昇りきるまで』とか『月が雲で隠れてる間』とか具体的に書かれてるなんて思いもしなかったよ」


「長命な種族だけあるな。しかし、種族か……大地の民と呼ばれるドワーフ系の種族が持っている図鑑には鉱石について色々詳しく書かれているかもしれない。探してみるか」


「種族が変われば本のまとめ方とか下手すると知らない素材もありそうだよね。今まで考えもしなかったけど」


「ああ、僕もまだまだ知らない事ばかりだと改めてわかった。世界は広いな。ライム、種族が違えば、生活様式や常識、ルールも異なるから事前に学んでおくといい。………といっても、僕もそれほど多種族とかかわりがある訳ではないが」



どんな種族がいるんだろう、と考えているとカランカランという甲高い金属音が鳴り響いた。

驚く私に小さく笑う気配。



「出発の合図だ」



隣でリアンが囁いたのと同時にゆっくり馬車が動き始める。

 ガタン、という音と馬の機嫌がよさそうな嘶き、パカパカという独特の足音に耳を澄ませていると女性冒険者の一人と目があった。




◇◆◇





 目をキラキラさせてこちらへ近づいてきたと思うと、私達の前でニコニコしながら座り込む。



 その後ろから数人の女性冒険者と男性冒険者が一人ずつこちらへ来たのが分かったので何事か顔を見合わせる。

どうやらリアンも分かっていないようで、警戒しているようだ。


 ポーチに本を収納し、座り直したのを確認した彼女は冒険者カードをこちらへ見せてニコッと笑った。



「私はフィニ・デューム。女だけのパーティー『レッドクローバー』の短剣使い。この年で冒険者って珍しいでしょ、実は浮気性の旦那に三十代の頃に捨てられて途方に暮れてる所を昔一緒だった仲間に誘われて復帰したの」



昔から冒険者の才能はあったから、と言いながら『レベル』と書かれたところを指さして笑う。

何だかサラッと凄いこと言われたような気がしたんだけど気のせいかな。



「だからほら、レベルが低いでしょ?」


「え、これで低いんですか!?」


「Bランクとしては低いのよねぇ。にしても、君たち新人にしては強くって驚いちゃった。レベルやランクがすべてじゃないのは知ってるけど評価の指標にはなるでしょ? 駄目ね、レベルとかランクで評価する癖がつくと。あのベルって子も凄いけど、ラクサも鞭使いの君も文句なしで強いわ。まぁ、課題はあるだろうけど、実力だけならCランクにいても問題ないくらい」


「ありがとうございます。所でデュームさん、何か御用ですか?」



態々移動して来たようですし、と笑顔を張り付けたリアンに彼女は思い出したようにポンっと手を合わせた。


 リアンはその動作を見ても一切表情を変えない。

困ったような笑顔を浮かべてじっと話を聞く姿勢を保っている。



「用事というか聞きたいことがあるんだけど、ライムちゃんたちって毎食あんな感じのお昼ご飯を食べてるの?」


「……昼食ですか? ええ、まぁ。ライムは戦闘能力こそ皆無ですが、料理や採取が得意なので、手の込んだ食事を作ってくれていますね。状況に応じてですが」



 躊躇なく私の気にしていることを告げるリアンにムッとして小声で反論してみる。

普通の声で抗議しないのはほら、現時点で胸を張れるような成果や見通しが立っていないからなんだけどね。


「戦闘力は今後何とかする予定なんだけど。あ、そうだ、逃げ足は割と早いですよ!」


「黙っていてくれ。ややこしくなる」


「ハイ」



 じろっと見下ろされて優等生の声で言われるとムッとする気持ちがしゅるるーっとしぼんでいく。

まぁ、悔しいし、早いコト対策を取らないと面倒ごとに巻き込まれた時に困りそうだから、その内いい提案してくれそうな人を見つけて相談してみるつもりだ。



「ふ、ふふ。面白いのねぇ、錬金術師っていってたけど本当? こんな面白くて素敵な錬金術師に私、会ったの初めてよ! ねぇねぇ、もしよければだけど……夕食の一部を買い取らせて貰うとかできない? 勿論、調理の手伝いもするし、かかった食材は私達が持つわ。これでも稼いでるし、新人―――……まして自分の娘や息子くらいの子からご飯を巻き上げる気はないから、漏れなく君たちの条件をぜーんぶ飲んじゃう。リーダーにも許可は貰ってるし、どうかしら」


「詳しく聞かせていただいても?」



興味が湧いたらしいリアンが商人の顔になった。

それを見た彼女は嬉しそうに笑う。



(あ、この人って市場でみる女性の商人とかに似てるんだ)



 二番街や市場で商品を売る女性は多い。

お店を持っている人もいるし、旦那さんらしき人は力仕事や雑務で奥さんが主に交渉や販売を全て担ってるって人も多いことはモルダスで生活して直ぐに気付いた。

こういう女性商人は、話しやすくて気さくで、親切。


 でもちゃっかりというかしっかりお互いが納得できる落としどころを見つけてくれるし、男性と違ってコチラの事情を汲んで値引きをしたりもしてくれる。

だからついつい欲しいものはその店でってなるんだけど、彼女たちはそういう常連を多く抱えて安定した収入を確保しているんだってリアンが言っていた。



(リアンもそれは分かってるんだろうなぁ)



リアンはあまり女性商人に対して容赦のない取引を持ち掛けない。


 理由を聞けば『女性商人ほど怖い相手はいないからだ』って言われた。

リアンに交渉術や商人として生き抜く方法を叩きこんだお父さんが常に言っている言葉らしい。

 女性にはきちんと誠意と感謝をもって接さないと、後で絶対に痛い目を見るって言われて育ったからどうにもな、と疲れ切った声で話していたことまで思い出す。


 結局、というかフィニさんの提案で同乗しているパーティーから調理担当を一人ずつ出して、食事を共同で作ることが決まった。


 食材の殆どをこちらで賄うのでその為の費用、運賃、道具の使用料などはその都度請求。

ディルがピザを焼いた窯のようなものは自分達が使うのを邪魔しないのなら好きにしていい、と話したことで彼らもかなり助かるそうだ。

 元々、食べるのが好きだって人が多かったのもあるんだと思う。

荷物を減らすために食材はどうしても少なくなるんだって。


 料理ができないと言っていた冒険者たちはスープくらい作れるようになりなさい!とフィニさんに叱られて料理を覚えることになった。



「なんか、賑やかな旅になって来た」



盛り上がるフィニさんと話をまとめているリアンを眺めて苦笑すると独り言を聞いていたらしいラクサがケラケラ笑いながら私の頭をポンポンと叩いた。


 見上げると楽しそうに、目を細めて悪戯っぽく私に囁いた。



「オレっち、長いコトこういう乗合馬車に乗ってるんスけどこういう楽しい雰囲気になってる馬車、初めてッス。アンタ達といるとほんと面白くって退屈しないからいいッスねぇ。こういう風に年長者に可愛がられるパーティーって長生きできるンで、オレっちも末永く宜しく頼むッス」



 そう言いながらラクサは空いた私の横に座る。

ディルはフォリア先輩に強引に連れて行かれて他の冒険者に質問攻めにされていた。



「―――……今回出ている乗合馬車なんスけど、この馬車以外に二台。その内、一台は出発が遅れたらしいッス。雨が降ったら休憩地点で鉢合わせる可能性もあるンで、ライムはフードを外さないように」


「変な人でも乗ってるの?」


「勘がいいっスね。その馬車はかなり遅れているから大丈夫だとは思うんスけど……他の冒険者にもその旨は伝えて注意して欲しいってお願いしてあるッス。彼らの言葉にもある程度耳を傾けて下さいッス。あの人たちは『信用』していい。暗殺だとか、そういう後ろ暗い仕事をしたことがない人たちなんで」



 じっと真剣な顔で話すラクサに気圧され、頷けばいい子っすねーと頭を撫でまわされた。

直ぐにディルが飛んできてラクサを私の横から引きずって行ったけど。

なんだったんだ。






 ここまで読んでくださって有難うございました!

少しは執筆ペース上がってきたかな?と思いつつまだまだ旅が始まらない。馬車浪漫のせいですね。ええ。

 評価やブック有難うございます! こんなにたくさん読んでくださる人がいるとは…(震

評価などなくても読んで頂けるだけで嬉しいと思っているので、今後もお付き合いいただけると嬉しいです。


 そして、いつも誤字脱字など報告有難うございます。

気付かずに重複表現とか、違和感がじわっと滲む文章作成していることもあるので(別のソフトに書いて、こっちで清書してるので混ざる)そういうのも含めて報告してくださって助かっています。

頼りっぱなし、お世話になりっぱなしで申し訳なく思うのと、愉しんで頂けえているのか不安になることもありますが、いつも本当にありがとうございます。改めてお礼申し上げます。



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― 新着の感想 ―
[一言] 返信ありがとうございます! そうですよね!馬車に乗るという言葉だけでは物足りないですよね! 高速で飛んだり走ったり転移したりで、すぐ着いてしまうのは味気ないです。 旅しながらのご飯や野営、…
[一言] 馬車浪漫、私も好きです!よくネットで馬車見て夢想してます。 馬車や旅のシーンが少ない小説が多い中、双色の錬金術師はしっかり書かれていて いつも楽しみにしています!
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