155話 乗り換えと同乗者
遅くなりました。
とりあえず、乗り換えです。
懐かしいキャラがこんにちわーしてます。
ガタガタと揺れる馬車の中で私たちは地図を覗き込んでいた。
あまり速度が出ていないこともあって振動は特急馬車よりかなり控えめだ。
今の所、早朝ということもあって私たちが乗っている馬車に乗り込んでくる人はいない。
モルダスから合流地点に向かう乗合馬車は多くあり、この馬車に乗らなくても他の馬車に乗れるそうだ。
乗合馬車の鉄網越しに見える外の景色はまだ少し明るくなってきた程度で、朝日は昇っていない。
どうしても馬車の中で地図を見るのは至難の業だったので、許可を取ってから魔石ランプを灯している。
「まず、此処から『合流地点』まで向かう。それまでは一本道で、乗り換える必要もないから特に言うことはない。一番早い馬車に乗ったから乗り込む人間は少ない筈だ。冒険者や騎士は自分で歩くことが多いからな。馬車に乗るのは遠方へ向かう冒険者や時間を短縮したいもの、ある程度余裕があるものが殆どだ」
「民間人が行動するのは大体、8時とか朝日が昇ってからが多いんスよ。商人は移動するとしても自分の荷馬車を持ってるんで、こういった乗合馬車はほとんど利用しないし、多分これ以上乗客は増えないっスね」
リアンとラクサの話を聞いて、馬車事情が何となく分かってくる。
私が頷いたのを確認して、リアンがモルダスから合流地点までを指で辿りながら説明を再開。
「このペースなら朝日が昇って明るくなってきた頃には合流地点に辿り着く筈だ。それから北方面へ行く馬車に乗るが、窓口に乗車届けは出してある」
「手際がいいッスね。普通は馬車の予約にまで気が回らないッスよ」
「私なんか馬車の予約ができる事も知らなかったよ。予約する方がいいの? やっぱり」
イマイチ良く分からないんだけど、とラクサもそういえばと不思議そうな顔をしている。
ベルに関しては熱心に地図を見ながら魔物の生息地を思い出して当てはめるのに忙しいようだ。
広いとは言っても馬車という限られた空間だからか、同乗していた冒険者たちもコチラの会話を気にしているみたいだった。
それにリアンも気付いているようだったけれど、聞かれて困る内容でもないと普通より大きめの声で話し始める。
「馬車の予約は、基本的に僕らにではなく馬車を走らせる側が助かる。冒険者や騎士に置き換えると分かりやすいと思うが、護衛の対象が不確定な状態よりも人数やその人物の身元がある程度わかっている方が安心するだろう。それと変わらないんだ」
「あー、言われてみればそうッスよね。予約人数によっては走らせる乗合馬車の数も調整する必要も出てくるだろうし……そこまでは考えてなかったッス」
「そういうことだ。あと、長旅である場合は人数が把握できている方がいい。特に冬や過酷な環境の道を通る際には、緊急時の備えをしやすい。毛布一枚でも減らしたいのが御者だ。なにせ、重さは速度と安全度にも大きく影響を及ぼすからな」
リアンの言葉に冒険者たちも感心したように頷いていた。
そのついでに色々思い出したのか、小声で話を始める人もいて苦笑する。
「最終的にはコチラにとっても都合がいい。安全に移動できるならそれに越したことはないだろうし、御者と親しくなっておけば冒険者や騎士からは手に入らない情報がいち早く手に入る。例えば、物価に関する情報や治安に関する情報だな。御者は馬と一緒に各地を移動する。持っている情報量の種類も量もかなりのものだし、基本的に人を見る目もある。長く御者をしている人間ほど、危険に関しての勘が働く」
そこまで話をして、リアンは口元を緩めて前方へ視線を向けた。
釣られるように視線を向けるとリアンが予約した馬車について話し始める。
「人数と身分を伝えた際に『可能なら』と前置きした上で“お願い”をした。安全な運行ができて、ある程度のトラブルや不測の事態にも対応でき、人当りのいい人物がいれば割り当てて欲しいと」
「う、うわぁ……相変わらず抜け目ない」
「あくまで配慮だからな。どこまで聞き入れられるかは分からないが、乗客の身分が分かっている以上ある程度の配慮はしてくれるだろう」
楽しみだ、と笑ったリアンは声の大きさを戻して地図に向き直る。
冒険者たちは感心したように次からは予約をしてみるのもいいかもしれない、と真剣に話し合いを始めた様だ。
馬車の中で休めるかどうかは生存率にも影響する、と耳元で話すディルに少し驚いたけど納得できたので頷いた。
「乗合馬車って、ただ便利だと思ってたけど色々決まりもあるんでしょ? 覚えられるといいけど」
冒険者の座る位置なんかのことも思い出して頭を抱える私に、ディルは何故か嬉しそうだった。
ベルが凄く面倒そうな顔でディルに向かって一言。
「言っておくけど、私と同じ工房にいる間は貴方の家の馬車に乗せることはないわよ。婚約者でもなんでもない異性を個人馬車に乗せるなんてこと、勿論しないわよねぇ?」
「…………婚約者か。なるほど」
ポンッと手を打ったディルにベルの笑顔が思いっきり引きつるのが見えた。
慌てて話題を逸らせようと、ポーチの中に手を突っ込んだ私は大事なことを思い出す。
ベルがディルの胸倉をつかみ上げたので、慌てて二人の目の前にあるものを差し入れる。
「っ朝ご飯食べよう! まだつかないんだよね? ほら、早く受け取って」
無理やりベルの手を引き離して代わりにパンを握らせる。
すかさず、ディルにも同じようにパンを渡して、不干渉を決め込んでいたらしいリアンとラクサにも同じように朝食を手渡した。
私たちの後ろにそっと控えているサフルにも同じものを差し出してから、人数分の大きなカップを取り出して大きなポットを出す。
「揺れてるからお茶は半分しか入れないけど、お替りは自分でここから注いで。なくなったらまた仕舞うから」
はい、と驚いているベルとディルにカップを持たせ両手を塞いだら少し気が楽になった。
ラクサやリアンにもカップを渡し、最後に自分とサフルの分を用意して渡せば終了。
「パンには茹でたソーセージと食べやすい様に細く切った野菜を挟んで、マトマのソースをかけただけだよ。簡単なものだけど、温かい内に保存したから美味しく食べられるとは思う。お替りは一回で、食べたかったらいって」
いただきまーす、と挨拶をしてからパンにかぶりつく。
このソーセージはベルがお土産として買ってきてくれたもの。
薄い皮にみっちり詰まった肉にはしっかり味がつけられていて、比較的高い胡椒もケチらず使われているようだ。
熱々を挟んだ甲斐があって、ソーセージをプチッと嚙み切ると同時に肉汁が溢れてくる。
「うん、美味しい」
シャクシャクとした歯触りの野菜とマトマのソースは我ながら良い組み合わせだ。
一口食べると意外とお腹が空いていたことが分かって、夢中で食べ進めていると肩を叩かれる。
顔を向けるとそこにはディルが手をひらひらさせて私をじっと見ていた。
「ライム、お替りが欲しい」
なくなった、とションボリするディルの食べる速度に驚きつつ二つ目を取り出して渡す。
ソーセージが結構大きいから食べ応えがない訳じゃない筈なのに、と思いつつ横目で観察する。
「ディル、一口が大きいね」
「ん。でも、しっかり嚙んでるぞ」
「まぁ、そうなんだけどさ……三つ目いる? 私一つでいいし」
「いる」
ありがとう、と嬉しそうに笑うディルは昔とあまり変わらなくて仕方ないなぁと苦笑しているとベルがムッとした顔で手を差し出す。
「私にもお替りを下さいませ!」
「分かった。ベル、お茶にジャム入れるなら出せるけど」
「是非頂くわ。ふふ、ジャム入りの紅茶って美味しいのよね……アリルのジャムはありまして?」
「あるよ。ラクサやリアンにもいる?」
リアンは直ぐに首を振って、ラクサは少し悩んでから「今はいらないッス」との事。
ディルはパンにつけて食べたい、と言っていたので「あとでね」と返事を返しておく。
(ディルが欲しがるだけパンを与えてたら足りなくなる。結構多めには作って来たけど、行きで使い切るのはちょっとな)
ディルは特にごねることなく、使った食器を魔術で綺麗にしてくれたので有難くポーチへしまい込んだ。
お腹が膨れてきた所でポーチから新しく袋を取り出す。
「そうだ、ラクサとディルはコレ持っていて」
大小の布袋をそれぞれ渡すと二人は首を傾げつつしっかりと受け取った。
ラクサが戸惑ったように袋と私を見比べていたので、中身について話をする。
「私が近くにいない時用に一週間分の食料ね。必要最低限の食料だけど何も食べないよりはマシでしょ? で、小さい方の袋には軟膏と店では売れない品質の初級ポーションが一つ。後は包帯と小さく丸めた布」
私が用意したのは食料だけで、軟膏などはリアンが提案し用意しておいてくれた。
これを使う時は『何か』あった時だろうからな、と神妙な顔をしていたので回復手段を渡すことにはベルも賛成してくれたんだよね。
「護衛料が発生しない分のオマケみたいなものだ。食品に関しては旅が終わっても持っていてくれて構わないが、ジャムが入った瓶は返してくれ」
回復薬は持っていていい、と興味がなさそうに地図へ視線を落とすリアン。
ラクサはパッと顔を明るくして嬉しそうに使い込まれた革製の収納袋に大切そうにしまい込む。
ディルは納得してくれたらしくラクサと同じように収納していた。
全員がお腹を満たした所でリアンが再び今後の予定について話し始める。
「ライムの為にもう少し詳しく説明しておく。合流地点からは『シュツル・スールス方面』の馬車に乗るが、同時刻に二台出ることになっているそうだ。僕らが乗るのは『赤い掛け布』と『緑の掛け布』がかかっている方だ。もう一方には『赤い掛け布』と『青の掛け布』が掛けられているから間違えない様に」
リアンによると、青い掛け布は『スールス』では止まらず、特急馬車に替わるらしい。
確認せずそのまま走り抜けるらしいのでスールスで降りたい人間は赤と緑の乗合馬車に乗ることになっているそうだ。
この説明は乗り込む際に御者さんがちゃんとしてくれるらしいんだけど、知っておいた方がいいと話してくれたらしい。
「なる、ほど……覚えるまで複雑だね」
「分からない事や不安なことは出発前に御者に確認しろ。まぁ、途中までは一緒だし、なんだかんだでスールスの街までは一週間ほどかかるから間違っても途中で乗り換える機会はいくらでもある」
わかった、と頷く私の横でラクサが感心したように地図を眺め、指である一点を指す。
そこからは細い手書きの線が書き足されている。
「俺っち達はこの道を通るんスよね? 移動手段はやっぱり徒歩っすか?」
「徒歩、を考えていたが目的地の近くまで小さな乗合馬車が出ているらしい。それに乗って移動をしようと考えている」
この辺りまでだな、と指さした場所は整備された街道。
乗合馬車で移動すれば距離を半分くらい縮められるのは私にもわかった。
「スールスの街につくのは夕方か夜だろう。宿は手配してあるから、そこで一泊し、朝9時頃に出る乗合馬車に乗る。この地点までは馬車で二時間。徒歩で進んで、途中で一度夜営をして、翌日の昼頃に目的地にたどり着く予定だ」
「この時期でしたら、盗賊の類いはほぼ出ないですものね」
「治安やモンスターについても少し情報収集をしたが、特に目立った変化はないそうだ。雨は途中で降ってくるだろうが、日程的には問題ない」
淡々と日程を説明し終えたリアンは帰りのことも話し始める。
基本的に経路は同じ。
ただ、帰りには特急馬車を使うとのこと。
開店が遅くなるのはあまりいいことではない、とリアンは息を吐いた。
「長く採取をしたいが、とどまれるのは一ヶ月間。雫時は一般的に二ヵ月ほどだ。移動だけで往復二週間かかるから仕方がない。帰りに『スールスの街』で宝石の原石をいくつか見るのもいいし、あの場所でしか買えないものもあるだろうから二日ほど宿をとっている」
「一ヶ月か……んー、採取量とかはその時の気候や状況にもよるから何とも言えないけど、予備分も含めて多めに採取したいよね。気軽に来られない距離だし」
採取する薬草をはじめとする素材は、その時の自然環境によって収穫できる量が変わる。
雨の量や気温、近くにいる動物やモンスターの生態なんかでも生育に違いが出るんだよね。
大豊作であればいい、というものでもない。
植物には程よいバランスって言うのがあって、パワーバランスが崩れると片方が極端に減ったり、消えたりする。
消えてしまったものは自然回復することは難しいので、人が手を加えるしかない。
湿地で採取できるものは調べてあるし、実際に何種類かみて採取したこともあるけど、見たことのない薬草や素材がないかまずは住人に聞いてみようとは思っていた。
「俺っちとしては『スールス』で予定を取ってくれて助かったッス。安めの原石をいくつかと、鉱石の類いも買っておきたかったンで。なんせ、あの街には鉱山から直で金属やら宝石が届く関係で安く手に入るんス。ピンキリなんで品質やなんかを見極める目は必要になるんスけどね」
楽しみだ、と笑うラクサは扱いやすい宝石を彫ったメモ代わりらしい木札を持っている。
私以外の人が全員『スールスの街』に行ったことがあるらしくて色々な話を聞かせて貰った。
でも、ラクサやリアン、ベルとディルの利用した街や持っている情報は微妙に違っていて話を聞くだけでも面白い。
その内、ラクサが聞き耳を立てていたらしい冒険者に話しかけて、そちらからも話が聞くことができた。
「最近の話なんだが『北』の方で新しい鉱山が見つかったらしい。採掘できるのは宝石で鉱石はさっぱりだって聞いたな。鉱石の値段は変化してないらしいが、宝石はものによっては買い時だって盛り上がってるそうだ」
「買い時ってことは、安くなってるってことですか?」
不思議に思って聞けば冒険者は大きな声で笑って、頷いた。
そして楽しそうに道具入れの中から一つの石を取り出す。
「出回り始めた石はコレだ。エメラルドの一種らしいんだが色合いが“緑っぽくない”からって破格で買えたぜ」
見てみるか、と私の手にその石を載せてくれた冒険者は目じりを下げる。
綺麗だろ、と言われて頷くと買い取った時の値段を教えてくれた。
「え、金貨1枚!? この大きさで?!」
「おう。これなら嫁の指輪と娘の首飾りに出来ると思ってな」
たまにはいいだろ、と照れくさそうに笑う冒険者の男を周りの仲間が楽しそうに囃し立てて、仲良さげに話を始める。
どうやら彼ら全員が石を購入したらしい。
リアンはその石を鑑定して、笑顔で大事にするよう、そして加工するなら腕のいい職人に頼むよう伝えていた。
冒険者たちと他愛のない話をしているとあっという間に時間が経つらしい。
合流地点が見えた、と御者の人が教えてくれたので降りる準備に入る。
荷物をまとめ終えた所で馬車が止まったので、入り口に近い順から降りていく。
私達が馬車を降りた頃には、朝日に照らされた複数の馬車が止まっている。
ずらりと並んだ馬車は圧巻で感心しながら周囲を見回しているとリアンが呆れながら端の方を指さす。
「僕らが乗る乗合馬車はあの辺りだ」
先頭を歩くリアンの後ろをついて歩きながら、どうして直ぐにわかったのか聞くと行く方面ごとにある程度場所が決まっているそうだ。
へぇ、と感心しながら歩く。
色々な場所で到着したばかりの冒険者らしき人達が積極的に情報を集めているようだった。
また、以前ここに来た時みたいに商人の馬車がある所にもちょっとした人だかり。
「なんだか随分あの辺りに人が集まってるね」
「ああ、あれは温かいスープを売ってるんスよ。硬い黒パン二個とスープで銅貨3枚、塩漬け肉付きだと銅貨5枚って感じで」
早い時間だと朝食を食べていない冒険者が多いので、商人が連れてきた料理人などにスープを作らせるらしい。
それで人を集め、商品を売るのだとか。
「まぁ、具は控えめなんスけど、温かい味付きの飲み物だと思えば割とイケるッス。トライグル王国は食糧事情が豊かだから他の国のとこよりは格段に美味いし、腹を下す心配もしなくて済むんで他国から来た人間は最初に驚くんスよねぇ」
「えっと、お腹痛くなるかもしれないものにお金払うってどういう状況なのそれ」
「なんつーか……ここだと腕はどうであれ、合流地点とかでああやって大人数相手にスープや飯を売る人間は許可証を持ってるんスよ。けど、他の国にはそういうのがないンで」
驚く私にリアンが補足だが、と口を開く。
先頭を歩いているからどんな表情をしているのかは分からない。
ディルやベルも貴族そのものといった感じで歩いているので私たちの周りに人が寄ってくることはなさそうだ。
「―――……許可がいるのはあくまで大人数に売ることを前提としている場合のみだ。自分たちで食べる為の調理なら許可は要らない。それを『金を払うから分けて欲しい』というのも問題はない。最初から営利目的で作っている訳じゃないからな」
「なるほどね。だから最初の時は料理を売ってくれとか言われるかもって説明してくれたんだ」
そういうことだな、と平坦な声で返されて納得する。
他にも色々ありそう、と思いながら足を進めると赤と緑の掛け布がかかった馬車の前に辿り着いていた。
ただ、その馬車の御者と思われる人に話しかけている冒険者っぽい人を見て思わず足が動く。
(まさか、こんなところで会えるなんて!)
隣を歩いていたディルが一瞬慌てたように名前を呼んだけれど、直ぐにベルが止めていた。
走りながら大きく手を振って相手に聞こえるくらいの声量で名前を呼んだ。
「お久しぶりです……っ」
色々な声や情報、笑い声なんかが至る所から聞こえてくる合流地点では私の行動もあまり目立つものではなかったらしい。
そして、声を聞いた瞬間に警戒を解いてくれたのがわかる。
紅い瞳をゆるりと柔らかく細めたその人が私の方へ一歩足を進めた。
短く切りそろえられた金髪がふわりと宙を舞うのを見ながら足を止め、正面に。
以前よりも大人っぽくなったその顔は相変わらず整っていて、自分の口元が緩むのを感じる。
会えるとは思っていなかったから、余計に嬉しいのかもしれない。
ここまで読んでくださって有難うございます!
誤字脱字変換ミスや怪文章などが紛れていることが多々あるにもかかわらず、アクセスや評価、ブックなど本当に嬉しいです。
誤字などもそうですが出来るだけ楽しんでもらえるように頑張って行こうと思っていますので、のんびり待ってくださると幸いです。