表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/349

152話 出発前、最後の調合【前】

 調合は次回。

ちなみにスース―した飴は苦手です。

甘酒飴がすき。

 会話回です。

ちょっと文字数が多くなった……。




 出発が一週間後に決まってからが忙しかった。




 冒険者ギルドや騎士団に連絡したのは勿論、店の前に出す黒板にも閉店期間を書いておいた。

店に直接買い物に来てくれたお客さんにも同じように話をしたんだけど、全員残念がっていたが納得はしてくれた。


 勿論…というか困る、と言ってごねそうな若い冒険者もいた。

でも常に店内にいる騎士や先輩冒険者に窘められて渋々理解したらしい。

そんな中、閉店の数日前に最近こちらに来たばかりだという冒険者が文句を口にしたことがあった。

 よりによってベルが会計をしていた時に。



「はぁ? 客商売なら休まずに営業するのが普通だろ。俺らみたいな冒険者がこの店に買いに来てるから儲かってるんだろ? 雫時は俺らにとって稼ぎ時なんだよ。何かあった時に回復薬が重要だってことくらい分かるだろ。この時期は道具屋にだって初級ポーションくらい置いてるって知らねぇのか?」



と、馬鹿にするように店内に響くような声で言い放つ。


 途端に緊張感に包まれた店内。

不味い、と私とリアンが他のお客さんを避難させようとするより早くベルがほほ笑んだ。

貴族特有の笑みに思わず息をのむ。

助ける?とリアンに目配せをするけれど、諦めろというように首を横に振っていた。


 さり気なく店内を見回すと時間帯が比較的早い時間だったのもあって一般客はいない。

いるのは冒険者や騎士だ。

一般客がいると真っ先に避難させるのは、彼らが時に武器を使用するような『喧嘩』に慣れていないから。

 冒険者や騎士はある程度慣れているし、対人戦などを経験している人が殆どなので配慮は要らないそうだ。

ベルが言っていたからどのくらい信じたらいいのか分からないけど。


―――……この時、店内には冒険者と騎士しかいなかったからベルは止まらなかった。



「分かったら雫時にも店開けてくれよな。そうすれば俺が周りに声かけてこの店で回復薬を買う様に言って―――」



何も言わず微笑むベルに気を良くしたらしい新人冒険者がフンッと鼻息荒く腕を組んだところで、ベルがバンッとものすごい音を立ててカウンターを叩き、立ち上がる。


 手を叩きつける以外の動作が優雅で……逆に怖い。

私と同じように後退ったのは、その場に居合わせた気の毒な新人冒険者。

リアンみたいに『あちゃー』という様に額を押さえたり苦笑しているのは、おそらくベテランの冒険者だ。



「―――……お帰り下さいな。貴方のような無礼者に売るアイテムはなくってよ。それから、私達は貴方に今後商品を売ることはないわ。旅先で、街道で、採取地で死にかけていてもいくら金を積まれてもアイテムは売らない。冒険者ランクが上がろうと、ね」



分かったらとっとと消えなさい、とベルは殺気に満ちた視線で若い冒険者を見据えた。


 ヒュッと誰かが息を呑む音が聞こえてからは、その場にいた誰もが身じろぎ一つしない。

ベテランの冒険者や騎士の顔が引きつっている。



(回復アイテムを売ってもらえなくなったら、きついよね。確かに)



一人で納得する私を余所に緊張はさらに強くなる。

冷えた空気が工房内に流れ込んできた気がした。


 この辺りでお客さんの誰かが対象の新人冒険者を摘まみだすんじゃないかと思っていた。

でも、誰一人動かなくて首を傾げる。

今までの流れだと……そういう風に周りが動いても不思議ではなかったからね。


 けど、あとでリアンが周囲のお客さんが止めなかった理由を教えてくれた。

彼らは『自分達にも怒りの矛先が向いて“どうして止めなかった”と言われては困る』と考えたんだろう、って。

彼らが色々な『貴族』を見てきたからこその考え方だな、と疲れたように呟いていたのが印象に残ってる。


 勿論、この時はそんなこと知らなかった。

知っていても口は挟めないし、見守るしかできなかったんだけどね。

 気まずい店内の空気に小さく息を吐いたリアンが新人冒険者をじっと見据える。



「ご理解いただけていないようですから、改めて申し上げます。今回の閉店理由は『素材の採取を行うため』です。いいですか? 旅に出ずに店を開くと、早い段階で素材がなくなり今の値段でアイテムを販売することは出来なくなります」


「そ、そんなの知った事かよ! 材料がねぇなら冒険者やギルドから買えばいいだけだろ」



 どうせ戦えねぇんだから、と食って掛かる冒険者にリアンは笑顔を張り付けたまま淡々と話す。


 リアンの声に抑揚がなくなったのが周囲には酷く恐ろしく映ったようだ。

周囲は助けを求めるように私に視線を向けてくるけど私には止められる自信がない。

胸の前で×を作ると『だよな』という様に集まった視線が逸らされた。

ちょっぴり悲しい。



「ここまで話してもご理解いただけませんか……困りましたね。そもそも、他店よりも安い値段で商品を販売している理由はあくまで僕らが『学生』であることと、『採取からアイテム作成、販売』を全て三人で賄うことができているからです。買い取った素材を使えば、勿論薬は作れます。が、この値段では販売できません。僕らも慈善事業をやっているわけではないので」



素材を買い取ったお金をしっかりキッチリ販売価格に反映しますよ、とリアンは笑って笑顔で一礼した。


 それから流れるように手のひらを出入り口へ向ける。

商品は彼の前から避けられ、仲間であろう新人冒険者たちが気まずそうに視線を逸らしていた。



「お引き取りを。ご理解いただけないお客様にこれ以上労力を割く気はございませんし、時間の無駄ですから――――……次に御並びの方、お待たせいたしました。会計はコチラで受け付けます」



ニコッと笑って何事もなかったかのように接客を再開させたリアンが、カウンター前にいた冒険者へ笑顔を向ける。

普段通りの態度で、購入アイテムと金額の確認し商品を袋に詰める姿は本当にいつも通りだ。


 これを切欠に少しずつざわめきが戻ってくるんだけど、販売しないと言われた若い冒険者は顔を真っ赤にして小さく震え、ベルとリアンを睨みつけていた。

それを見た仲間が慌てた様子で両腕をがっちりと掴み逃げるように店外へ。

ベルはそれを冷めきった目で見つめて次の客へ視線を移す。



「お次の方、会計は私の所でもできますわ。どうぞ、いらしてくださいな」



先程の怖い笑顔とは違う普段通りの声と表情に店内の張り詰めた空気が緩む。

 直ぐに商品を持ってきた中年の騎士が入り口の方を振り向いて、親指をドアに向けた。



「アレ、そのままにしといても平気かい」


「あの程度の小者どうってことありませんわ。実力もなさそうですし、私達の工房が気に入らないならば他の工房で買えばいいだけですもの」



そりゃそうだ、と頷いた中年騎士にベルは“子供っぽく”唇を尖らせて不満を表現した。

ベルのこういう表情はかなり珍しい。

 後で聞いたら「あの場合は、ああした方が効果的だったからしたまでよ」ってしれっと言われたけど。


 周囲の視線が自分に集まっているのを確認したベルは不機嫌そうな口調で世間話を続ける。



「長い間店を閉めるとアイテムを買いに来てくれているお客様が不便な思いをするのは、私達も申し訳ないと思っていますし回復アイテムが果たす役割の重要性は理解していますわ。けれど私達も素材を取りに行っていて、戦闘も自分たちでこなしていますもの」



ここでベルは少しだけ声に怒りを滲ませる。



「だからこそ、気に入りませんわね。私達が使う方の無事を祈って作るアイテムを軽くみられるのは。回復アイテムは、命を繋ぎ止める有効な手段であなた方の命に直結していると言っても過言ではないというのに……駄目ですわね」



この一言である程度長く冒険者や騎士をしている人間はベルが怒っている理由を正確に把握した様だった。


 ああ、確かになぁと同情めいた呟きを零してお金を支払い、いつもは買わないアイテムを一つ、二つと手に取っている。



「そりゃ、そうだ。他の錬金術師と違って、自分らの為に値段を釣り上げてないことくらいは、学のねぇ俺たちにもわかるしな。丹精込めて、苦労して作ったアイテムを買い叩かれるような真似されたら腹も立つわなァ」


「ですね。僕たちも分かります! 本来は高い錬金アイテムを俺たちみたいな貴族じゃない戦闘職に行き渡るよう、配慮しているのにあの言い草はないですよね」


「ほんとほんと。トリーシャ液とか洗濯液とかも便利だから、必要な時に使えるような手の届きやすい値段にしてくれてるんでしょ? そういう心遣いを踏みにじって胡坐をかくような真似をする連中とは、私たちも付き合いたくないわ」



全く、とベルの怒りを理解した冒険者や騎士たちの声で、その場に居合わせた新人冒険者も何となく状況を理解したらしい。


 そういうことだったのか、という声が聞こえてきて最後には「仲間にも広めよう」と囁いているのが見えた。



(ベル、凄いなぁ………って私がお客さんだったら素直に思えたんだろうけど)



チラッと視線を落とすと、カウンターの下でちゃっかり親指を上に向けて拳を握り締めている。

おかげさまで、ベルの逞しさと強かさを再確認した。


 リアンも当然だな、という様に普段通りの接客をしているので一瞬私がおかしいのかとも思ったけど……この二人が場慣れしてるだけだと思いたい。

人間不信ってきっとこうやってなるんだろうな、と思いつつその日の営業を終えた。





◇◆◇




 その翌日、翌々日も客足は途切れるどころか増える一方で、ずーっと忙しかったのはリアンにとっても少し誤算だったらしい。


 毎日アイテムの補充をするのに必死になる羽目になった。

朝の素材採取だけじゃ足りなくて、苦肉の策でベルやリアンと共に店を閉めてその足でリンカの森で採取をした日もあった。


 早朝に帰ってきて、順番に仮眠をとりながら店を開けるのは色々とキツかったけど、買いにくるお客さんも『何か』あった時の為に回復アイテムを手元に残しておきたいという気持ちは分かったので、意地でも店は開けた。


 最終日、旅に出る前日には流石に閉店時間を早めさせてもらったけどね。

再開してから困らない様に二、三日分の在庫を残し、売れる分はすべて売り切ったし。




「はー……つっかれたぁ」



 休憩~、と力ない声が出ると同じくらいに張り詰めていたものが完全に緩んだ。

最後のお客さんを見送って、ぺしょりとカウンターに突っ伏す。



(店が忙しくなってきてから直ぐに副隊長さんがサフルを工房に戻してくれたのは、本っ当に助かった)



うっかり有難くて思わず涙が出そうになったことを思い出しつつ、ぼーっと空になった棚を眺める。


 頬に当たる木のカウンターが程よく冷えていて気持ちがいい。

心地いい気だるさと充実感に目を細めていると背後から声が聞こえてきた。



「お疲れ様です。湯船につかるようでしたらお湯の準備をしようと思うのですが、どうなさいますか?」


「いいわね、お湯に浸かるの。ああ、もう今日は私何もしないって決めたわ! お湯に浸かって美味しいご飯を食べて寝る! 調合も勉強もしないッ」



 ベルは突っ伏していたカウンターからガバッと上半身を起こして大声で宣言した。

精神的にも肉体的にもかなり逞しい部類に入るベルがコレだけ疲れているのは、数日前に工房を出禁にされた新人冒険者が関係している。


 彼は、あの後仲間や他の冒険者から酷く責められたらしい。

翌日の空いている時間帯に仲間と謝罪に来ていた。

 で、まぁ『渋々』といった感じで謝られたんだけど、私たちは勿論ベルは許すつもりはなくて再び出入り禁止宣言をした。

ここまではまだいい。



「でも、明日も来るんじゃない? あの人たち」



施錠したばかりのドアを眺めていると思わずため息が漏れた。


 思い浮かぶのは彼ら―――…というか、彼の奇行だ。

再び追い出された時は悪態をついていたから二度と来ないだろうと思っていた。

でも、その予想に反してその日の閉店時間に店の前に立っていたのだ。

大量の花を抱えて。



「大丈夫よ。私と勝負したいなら冒険者ランクCまで上げてこいって言ってあるから。今はランクFらしいから丁度いい時間稼ぎになるでしょ。それに、冒険者ランクCなら手合わせも期待できるし―――……アレ、どうやら私が『ハーティー家』の三女だって知ってすり寄ろうと思ったらしいわ」



 何にせよ、調合にも使えない花を贈られるよりずっとマシ、と笑ったベルにうっかり頷く。

貰いものにケチをつける訳じゃないけど、私も使えない花より調合に使えるアオ草とか貰う方が嬉しいもんね。

そんな話をしていると隣で売り上げを数えていたリアンが眼鏡の位置を直しながら口を開く。



「手合わせなら工房以外でやってくれ。それと、ライム。君にいくつか手紙が届いていたがどうする?」


「お金頂戴とか返せとか、そういうのじゃないよね? 私、まだ借金してないし」


「いずれ借金する気だったのか…? 恐らく、縁談や君に取り入ろうとしている類いの手紙だな。貴族からが三通で騎士や冒険者からは四通ほど」


「面倒だし興味もないから断ろうっと。あ、一応手紙で返した方がいいんだよね? 分かりやすく『無理です』でいいかな」



返事を書く時間が惜しい、と言えばベルが隣で楽しそうに笑い転げている。

笑いながら私宛の手紙を代わりに受け取って宛名を確認し始めた。



「ふぅん? 中流貴族からみたいね。悪くないけど、興味がないなら私が断っておくわよ。ライムは貴族間での手紙のやり取りとか分からないでしょうし、断り方については卒業前に教えてあげるわ」


「随分悠長なことを……今教えた方が早いだろう」


「卒業までにこういった手紙が一体どれだけ来ると思ってるのよ。私には貴族からしか来ないけれど、アンタにもライムにも山ほど来るでしょう? 貴族にも派閥があるからそれに応じた返答があるのよ。まだ一年だし卒業間近になれば勧誘は酷そうねぇ」



精々苦労するといいわ! と笑うベルに苦笑すると随分と暢気だなとリアンに呆れられた。



(私と結婚しても『貴族』にとって何の利益にも繋がらないと思うんだけど)



 貴族ではない上に『祖母のアイテムは全て売り払った』ってことにしてあるし、家はあるけど凄い辺境だし?

やっぱり貴族の考える事って分からない、と思いながら立ち上がる。


 ベルに果実茶を強請られたんだよね。

腰を上げた所でリアンも帳簿を持って立ち上がった。



「僕もやるべきことをしたら今日は休むことにする。大分儲けが出ているし、工房経営自体は順調だから一先ず安心だ」



機嫌良さそうに帳簿を見るか?と差し出してくるけれど断った。

見てもいいけど、難しいことはあまり考えたくないんだよね。



「私は明日の朝ご飯を作っておくよ。馬車でも食べられるようなものでいいよね。あとは、酔い止めの薬とお酒を調合してから寝ようかな」



 酔い止めの薬を買ってなかったことを思い出したんだよね。

購入しなかった理由は単純で、私たち全員が今まで馬車酔いを経験したことがないから。

特にリアンとか乗り物酔いしそうなタイプに見えるけど、家が商家だから馬車に乗り慣れてるのかもしれない。



(用意してなくて慌てるより、あるけど使わなかったってなった方が絶対いいもん。採取の時に酔ってフラフラとかシャレにならないし)



 使わなかったら店の商品にすればいい。

材料を確認する為にレシピ帳を開いていると名前を呼ばれた。

視線を向けると凄い顔をした二人が私を見てる。



「えーと、なに?」


「何って……本気で調合する気? 料理を作ってくれるのは助かるけど、早く休んだらどうなの?」


「馬車に乗るとはいっても体力は使うんだ。体を休めておくべきじゃないのか? 体だけでなく連日、来店客が多かったし君も疲れたと言っていただろう」



自室に戻ろうとしていたらしいベルと金庫へ足を向けていたリアンの言うことは尤もだ。

けど、特に体調が悪い訳ではない。


 何よりどうせ寝るならいつもみたいに魔力を使い切ってから寝た方がいいと思う、と言えば二人とも頭を抱えていた。



「働き過ぎよ!! いい? 今日はさっさと寝なさい」


「出発時に体調を崩したら、とか考えないのか? 食事に関しては君に任せているから頼むしかないが」


「でもさ、酔い止め買ってないよね」



二人が言葉に詰まる。


 三人とも馬車酔いってしたことがないとは言ったけど、私が馬車に乗ったのはまだ数回。家から具合が悪くて動けなくなるような事態は避けたい。



「馬車酔いってしたことないけど、突然なったりもするんでしょ? レシピもあるし、無駄にはならないからいい機会だと思う。それに旅の最中は調合出来ない上に魔力を使い切らない様に注意することになるし……やっぱり今日盛大に使っておかないと」



この先のことを考えると魔力量は少しでも多い方が絶対に良い。

そう伝えると二人とも諦めたらしい。


 ベルはノロノロと階段を上り、リアンはため息をついて再び金庫へ足を進める。



「分かった―――……そこまで言うなら僕も付き合おう。酔い止めはあっても困らないし、酒は多い方がいい。いい機会だ、果実酒を作るか。手順も素材も記憶しているし失敗することはないだろう」



移動中に熟成させるのもいいな、と呟きながら金庫前から地下へ。

チラッと見えた横顔は何処か嬉しそうだった。



(そういえばお酒好きだっけ。昨日も、落ち着いたら色々なお酒を調合してみたいって言ってたし)



 今まで作ったお酒は【ワイン】【薬酒】【蜜月の酒】の三種類。

昨日は工房に来たばかりの頃に作ったワインを開けたし、折角なら新しいお酒でも作りたい。

私は飲まないけど、調合してないものを調合するのってワクワクするんだよね。



「果実茶はこれから淹れるけど、ベルどうするー?」



 声をかけると二階からベルが直ぐに降りる、と言う声が聞こえてきた。

朝、あの果実茶の作り方を教えて欲しいって頼まれたのだ。

 リアンは地下にいるから聞こえない。

多分飲むだろう、ということでお茶は少しだけ多く入れることに。

紅茶と一緒に寝る前に摘まめるような物も作ることにした。


 言葉の通り着替えだけ持って素早く降りてきたベルは、真っすぐに台所へ。

私が果実茶を入れる工程を見てメモを取りつつ、眉をひそめている。



「にしても、何なの私以外の二人が調合狂ちょうごうきょうって。他の工房でもこんなになってまで調合してないわよ……一年なのよ? もっとすることあるじゃないの」



お湯を沸かしている間はブツブツ言っていたけど、柑橘類のいい香りが広がる頃には落ち着いたらしい。

まぁ、諦めたのかもしれないけどね。


 直ぐに休むと言っても、お腹は空いてるし寝るまでに四時間くらいは起きてるだろうってことで軽食を作ることにした。



(野菜とかは明日使いまわしできるようにしておこう。温野菜のサラダがいいかな。ゴロ芋とキャロ根を潰して、ブロコロも入れよう。ブロコロって食べ応えあるし、緑が綺麗だから好きなんだよね。ちょっと甘いし。で、ルブロを混ぜて……パンに挟もうかな)



 ブロコロは、小さな木みたいな見た目の野菜だ。

塩と一緒に茹でると緑が鮮やかになって、そのままでも食べられる。

生だとちょっと硬いかな。食べられないことはないけど。


 他にも赤色のピウマと黄色のピウマを丸焼きにしておく。



「切って焼かないのね」


「うん、ピウマは丸焼きにした方が美味しいんだ。緑のピウマは鮮度が良ければ苦くないけど、普通に買ったやつって結構時間経ってるでしょ? だから丸焼きにしてから切ってるんだ。まぁ、丸焼きで塩胡椒つけて食べると一番甘みが感じられて美味しいんだけど……人によっては苦みが好きって人もいるし、好みだね」



食べてみる?と丸焼きにしたピウマを一口分切って差し出した。

赤いピウマに火が通ったので丁度いいタイミングだ。

 ほんの少しだけ塩コショウをしてるのでこれは大きめに切って置く。



「本当に美味しいわ。独特の匂いはあるけど、私の知ってるピウマじゃないみたい」


「肉詰めにするときは流石に切るけどね。丸焼きだと火が通りにくくて」


「ピウマの肉詰め…やめて、食べたくなる」


「帰ってきたら作ろっか?」



そんな会話をしながら調理を進める。


 夕食は汁気の多いスープリゾットに決めた。

流石にリゾットはパンに挟めないので、温野菜のサラダは分厚く切ったベーコンを合わせて一品とした。


 もう一品は、肉の塊に塩胡椒や香草をまぶして表面を焼き、じっくり弱火である程度火を通したら余熱で火を通した肉を薄く切る。

こっちには赤ワインをメインに、肉汁や香辛料を少し加えて煮詰めトロミをつけたソースをかけてパンに挟む。ちょっとだけゴロ芋をマッシュしてルブロとチーズを削ったものを混ぜ、薄く味付けしたものを一緒に挟んだ。


 食べ応えって大事だよね。うん。

ゴロ芋は安くて腹持ちがいいから私は好き。


 作ったご飯を全員で食べてからそれぞれやりたいことをやることに。

結局ベルも回復薬と薬酒を作ることにしたみたい。

リアンは自分の作業台に果実酒用の果物を置いて何やら悩んでいる。


 それを横目に見ながら作業テーブルにいくつかの素材を置く。



「リアン、ちょっと庭に出たいから魔石ランプ借りるね。薄暗いし」



窓の外を見るともう陽が落ちて暗くなっている。


 ラクサの工房からは魔石ランプらしき明かりが漏れているけど、周囲は真っ暗だ。

私たちの工房の周りには空き店舗が多いから仕方がないんだけどね。

小さなザルを持って窓際に置いてあった魔石ランプを手に取る。

明るさを保つために魔石ランプは工房に複数あるけど、光源が減ると明るさも落ちるから一言断ることにしているんだよね。


 ランプとザルを持って裏口に向かおうとする私に、リアンが慌てた様子で自分の作業台から離れてこちらへ歩いてくる。



「もう陽が落ちているのに庭に行くのか?」


「ランプもあるし裏庭だからすぐ戻るけど……」


「何が必要なんだ」


「キシキシの葉、アオ草の葉かな。取りに行くの忘れてて」


「アオ草の葉? 使用部位は花だったはずだ。それに、キシキシは雑草……いや、いい。僕も付いて行く」



待っていろ、と作業台そばに置いてあった武器を入れる専用のホルスターを腰に巻いたリアンは、シャツとズボンというラフな格好だ。


 寝る前みたいな恰好に武器って、と思いつつ裏庭へ。

私の前を歩くのはリアンだ。

普段通りに庭に出て周囲を暫く見回してから小さく頷いてランプを掲げる。



「どの辺りだ?」


「シャボン草のある辺りに少し生えてたんだけど……あ、あったあった。サフルには抜かないように言ってあったんだ」



地面から生えているキシキシという雑草を摘み取る為にしゃがみ込んだ。



「キシキシの葉は繁殖力が強いから便利だよね。えーと、子葉と第一側枝を残して、と。結構わき目も出てるし戻って来た頃には沢山酔い止め作れるかな」



楽しみ、と言えば声が頭上から降ってくる。

リアンの視線は薬草じゃなくて周囲に向けられていて警戒しているのが分かった。



「キシキシの葉を酔い止めに使うというのは初めて聞いたんだが。普通はハッカを使うだろう」


「ハッカは……高いし。私が作るのは『スッキリ飴』だよ」


「………は?」


「いや、だから『スッキリ飴』だってば」


「何だその胡散臭い名前」



思いっきり眉を顰めるリアンに説明をした。


 私が作るのは、おばーちゃんが作った『酔い止め効果のある飴』だ。

ザルに摘んだキシキシと、帰り際にアオ草の葉を五枚摘む。

裏庭に続くドアの鍵を閉めた所でリアンがようやく警戒を解いた。


 ランプの明かりを消しながらレシピの詳細を、と促されたので歩きながら答える。

摘み取ったものは台所で汚れを落とし、布巾で水分を拭きとっておく。



「ハッカを使った酔い止め薬って効果はばっちりだけど高いし、独特の清涼感が結構強くて辛いでしょ? 子供やあの清涼感が苦手な人が依頼を持ち込んだことがあったみたいでおばーちゃんが作ったの。正式名称は『ハッカ風ドロップ』だったかな。ハッカ使ってるわけじゃないけど、風味が近いからってそうつけたみたいだけど……『スッキリ飴』って呼んでる」



ちなみに喉が痛いときや風邪のひき始め、暑い時にも役立つ。

おばーちゃんのレシピでは、より舐めやすい様に少しだけ果物の汁を入れるんだよね。


 リアンが呆然と「スッキリ飴って……どうして君はそう、名前のセンスが」と呟いていたけれど、飴自体には興味があったらしい。

少し考えた後調合を見たいと言われた。



「お酒はいいの?」


「酒はあとで大量に作るからいい。酒が苦手でも果実酒なら飲めるだろうし、色々作ってみるつもりだ。薬酒もついでにな」


「お酒といえば私も新しいお酒作ってみようと思ってるんだ。おばーちゃんの故郷の酒で【清酒せいしゅ】って言うんだって」


「見学させてくれ。あと、忘れない内に調合したいから隣で指示を」



 その言葉に驚く間もなく【清酒】の材料は?と聞かれて慌てて手帳を開いた。

リアンはぴったりと私の邪魔にならない程度の距離に立って、既にメモ帳とペンを持って待ち構えている。




 ここまで読んでくださって有難うございます。

誤字脱字変換ミスや怪文章に怯えつつ、誤字報告に救われる日々。感謝しかないです。

 また、アクセスして読んでくださっているのが分かるだけでとても励みになっています。

感想、ブック、評価をして下さった方には頭が下がる想いしかありません。

次も頑張って書くぞー!


=食材=

【ブロコロ】

現代で言うブロッコリー。小さな木のような見た目の野菜。

塩と茹でると緑が鮮やかになる。基本的に炒める・煮る・茹でると加熱調理に向く。

生でも食べられるが、あまり食べる人はいない。

【蜜月の酒/ミード酒】 調合時間:二時間 最大調合量:3回分(3リットル)

ハチミツ+こうぼ粉+水

 結婚式で必ず出される酒。

新婚夫婦が寝る前に飲むと元気(健康)な子に恵まれるという言い伝えがあり、女神の美酒とも呼ばれる。

 素材が少ない分、品質が大きく反映される。

追熟が必要ない珍しい酒。

※水の品質が一番重要。B品質以上推奨


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ