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149話 氷石糖を作った話

長いです。

予想外の展開になって、書いてる私が一番驚いてます。どうしてこうなった。

おかしい、こんな調合……なくもないですよね。うん。ありそう。


 最後に珍しくベル視点の小話があります。

◇◆◇で区切っているので苦手な方はスルーもしくはブラウザバックでお願いします。

じこぼうえい、だいじ。



 地下から持ってきた素材は全部で4つ。



 ポーチからレシピ帳を取り出して食べものの欄を眺める。

幾つか作った事のあるレシピから、目的のモノを見つけ出した。


其処に載っているレシピと自分が持ってきた素材を確認する為、手帳を片手に材料を手に取っていく。



氷石糖ひょうせきとう

別名:消甘石しょうかんせき

砂糖+水+糖花+果物

素材の入れ方や魔力の質などで結晶の色や味などが変わる食べる結晶。

簡単に言うと砂糖を魔力で固めた代物。

 品質は注いだ魔力の質と量によって変化し、魔力が高いとより宝石に近くなる。

歯で齧り砕く他にも、口の中で舐め溶かしたり飲み物に入れたりもする。

別名である消甘石の由来は、ちょっと目を離した隙に食べられ消えてなくなったことから。

常温保存できるが暑さには弱い。錬金術で作られた物は溶けにくく保存が効く。


=作り方=

①溶液を作る。ベースとなる砂糖水、好きな果物を煮出した砂糖水(一色から二色)

※三色以上混ぜると組み合わせによっては美しく見えないので注意

②色と香りをつけた砂糖水を濾し、55℃になったら瓶などに入れた糖花と合わせる

③人肌以下の温度になったらベースとなる色を調合釜に入れる。火力は弱火。

④糖花が溶けきったら好きなタイミングで色付きの溶液を入れる

※この時混ぜ合わせると、グラデーションになったり別の色になったりと変化するので、そこは作成者の好み。

⑤全体が固まって浮かんでくるまで魔力を流し続ける

※魔力の注ぎ方で硬化速度が変わる。魔力を切ると硬化が止まるのでそのタイミングで混ぜるのもあり

⑥一度浮かんで来たら取り出し、バットなどで整形。好きな形に切り出す

※魔力を通すナイフ使用を推奨。魔力を通すと楽に切れる

⑦切ったものを再び調合釜に入れて浮かび上がるまで魔力を注ぐ



 まずは、一番分量が多いのは砂糖。

これは作る量によって必要な量が変わるんだけど、あっても困らない物なので最大調合量で計算。


 水は聖水を使うことにした。

質のいい水を使わないと品質が落ちるし、透明度が落ちて白っぽくなるんだよね。

それはそれで綺麗かもしれないけど……今回作りたいのは高品質な氷石糖だから魔力とも相性のいい聖水に決めた。

 アンデッド対策になるかは分からないけど、味は美味しい方がいいし。

見た目だって綺麗な方がいいもんね。



「果物は色付けと味を決めるものだから、疲労回復に良さそうな果物選んだけど」



どうだろう、と思いつつ果物は横に置いておく。


 最後に一番大事な糖花。

小指の爪くらいの大きさで、ドロップ型をした厚みのある半透明の花弁に似た結晶は、砂糖を作る段階で出来る結晶の塊だ。

味も普通の砂糖、なんだけど純度が高くて透き通ってるんだよね。



(この糖花もケルトスで仕入れたんだよね。割と安かったなぁ。運搬中に割れて花に見えないからって、値段が半額以下になるとは)



糖花自体は割れていても、品質に影響がないことは確かだ。

だからバラバラになった糖花の欠片を十二個用意して並べておく。


 繋がって花になっている物はないんだけど、一枚ずつでも綺麗だと思う。



「釜で調合する前に下準備……っと」



糖花を三枚、三枚、六枚に分けて小瓶と中瓶に分けておく。

それからボウルを大小一組として六組用意。


 ここで、小鍋を三つ取り出す。

その中に用意した聖水を一欠けら当たり50g入れ、計量した砂糖も入れる。

小鍋と一緒に調合釜の前から台所へ移動。



「まずは色付き砂糖水作りからだね」


最初にする作業は色付き砂糖水の作成。

簡単に言うと、砂糖水で果物を煮出し色と香りをつける作業だ。



「今回は失敗しなくて色が綺麗に出る【レッドベリー】と【ブルップ】にしよう。酸味もあるし」


 赤を鮮やかに出すためにレシナの絞り汁を入れることにした。

レッドベリーとブルップを綺麗に洗って水気をよく拭いてから鍋に入れる。

量は一つの鍋にそれぞれ七粒づつ。

元々色が濃い果物だから、少量でも色と香りがちゃんと付くんだよね。


 二つの小鍋に赤と青紫色の液体ができたので、濾して小さなボウルに液体を移す。

大きなボウルには冷えた水を入れて、粗熱を取る。

大体、55℃くらいまで温度が落ちたら再び濾し布を被せた漏斗を糖花入りの瓶にセット。


 静かにボウルの中身を注いで瓶の中へ。

糖花が完全に色付き砂糖水に浸っているのを確認したら、そのまま置いておく。


 同じように砂糖水とレシナの絞り汁、薄く剥いた皮を入れた砂糖水も作る。

不思議なんだけど、レシナは入れても色が付かなくて味だけちょっと残るんだよね。

砂糖を大量に使うから、柑橘類の爽やかな酸っぱさが加わって丁度食べやすくなるっていう良い効果もある。



「ベースになる透明の液体、好きな色の砂糖水を作って……人肌以下になるまで放置、と」



冷却時間は使った鍋やボウルの片付けに使う。

砂糖って結構粘度があるから、すぐに洗わないと落としにくいんだよね。


 粗方片付けを終わらせて漬け置きしておいた瓶に触れる。




「まだちょっと熱いかな」



冷やさなきゃ、と大きめのボウルに水を入れその中に瓶を入れておく。

封はしっかりしてるから放置しても問題なし!



「ええと、道具を準備しておかなくちゃ。ナイフと大きな銀のまな板、完成した氷石糖を入れる大瓶」



あったかな、と調合釜横の道具置き場へ。


 銀のまな板を探すのに手間取ったけど、無事発見。

ナイフはおばーちゃんが使っていた魔力を通しやすい切り分けナイフを使う。

瓶は劣化無効効果がついていて、なおかつ透明に近いものを選んだ。


 食べ物の調合なので釜の周りや作業台を綺麗な布で拭き、直ぐに切り分けられるよう作業台を移動。

机を動かし始めた所で左右から驚いたような視線を向けられたけど、私が机の位置を変えているのを見て呆れたような顔をしてたっけ。

なんでだろう。



「準備はできた、っと。こっちは……うん、温度も下がってるし良さそう」



調合した砂糖水が入っている瓶を持ち上げてみるけど、不純物はなし。


 最終確認をしてから基本になるレシナ入りの砂糖水を入れる。

瓶をそのままひっくり返せば一緒に糖花も入るから、素材の入れ忘れもない。

 入れ終わったら糖花が溶けきるまで弱火でじっくり加熱。



(色付きをいつ入れるか、だけど……とりあえず、均一にしない方向でいこうかな)



切る場所によって赤が多かったり、うっすら赤紫がかっていたりと色に変化がある方が綺麗だし飽きも来ないんじゃないかと思ったので、あまり混ぜずに軽く混ぜる感じに仕上げることにした。


 糖花が溶けきるのは早いので、調合釜の左にレッドベリーの砂糖水、右にブルップの砂糖水を入れた。

この二つの溶液の糖花が溶けきってから荒く、調合釜の中を切るように混ぜ、じっくり溶液が自然に溶けていくのを眺める。


 二つが混ざり合ったり、完全に別々だったり、レシナの透明な部分と二色になっている場所などができているのを確認してから、火を中火に。

火力を上げると同時に魔力を注ぐと、凄い勢いで釜の中が冷えていく。



「寒……ッ!!」



糖花には、熱と魔力を同時に加えると『冷える』作用があることを思い出した。


 息が白くなるほどに釜の中の変化は激しい。

普通に氷を作る場合は、低温でゆっくり凍らせると透き通った綺麗な氷になるんだけど……氷石糖は真逆。

時間を掛けずに一気に凍らせた方が透明度は高くなる。


 白くなる息と冷気で急激に冷えていく杖を持つ手。

手袋はしているけど、一般的な錬金布だ。

冷気に強い手袋もあるんだけど、錬金布の方が魔力を通しやすいんだよね。

ほんの少しだけど……こういう小さな量が品質に影響を与えることがあるから手袋はそのままにした。



(寒いっ! 冷たいっ! 何より……痛っい!!)



ガチガチと音を立てる歯を無理やり食いしばって、ひたすらに魔力を流す。

火があたっている足元は温かいのに、調合釜の大きな口部分から冷気が溢れるから、上半身から熱が奪われていく。



(でも、これを耐えないと綺麗な氷石糖ができないから仕方ないんだけどッ!)



 きついっと怒りに似た感情を支えに踏ん張って、凄い勢いで減っていく魔力と体温に抗う。

半分を切った頃、釜の中に目を凝らすとゆっくり固まった液体が浮き上がってくるところだったので、これでもかと魔力を注いだ。


 すると直ぐにプカリと浮かび上がったので急いで魔力を切った。



「さ、さむ……うう、何か羽織るもの持ってくればよかった」



項垂れつつ、取り出した氷石糖の塊を銀のまな板に乗せる。


 固まった氷石糖は透き通っていてホッとした。

あれだけ魔力を注いで濁るなら、次の調合は魔力回復ポーションを飲みながら調合しなくちゃいけないし。



「とりあえず、単晶の結晶石をイメージして切り出してみようかな。余りは手でちぎって……鉱石っぽい感じの見た目にしてみよう」



実はキッチリ切るのもいいんだけど、適当に千切った方が色んな角度から光が当たるみたいで綺麗なんだよね。


 大きさは、大中小と感覚で分けておく。

小さい物は紅茶用として小瓶に入れて、テーブルの端やティーセットと一緒に出してもよさそうだし。


 大きなものは口に放り込んでガリガリ噛んだり、舐め溶かせば良し。

魔力回復させるには丁度いいと思う。



(大サイズ一つで中級魔力ポーション相当、中サイズだと三つ、小なら五つ分ってところかな。これ、回復効率もいいんだよね。原材料費と調合時の魔力消費は凄いけど)



魔力ポーションの値段を考えると、こっちの方が原価は安いと思う。

数が取れるからね。


 手でちぎる作業も魔力を手に纏わせながらじゃなきゃできないのでパパッと終わらせる。

なにせ、この後も魔力を注がなきゃいけないのだ。

ふ、っと息を吐いて砕いたものを再び調合釜へ。


 早く魔力を注いでしまわないと込めた魔力が少しずつ逃げてしまうし、くっついちゃうので上着を取りに行く時間はない。

全て投入したらすぐに魔力を注ぐ。


 今回も最初から全開だ。

切り分ける作業の最中は必要最低限の魔力しか使わなかったので、ほんの少しだけど魔力は回復した。

これなら調合が終わって瓶に詰めた後も多少は動ける筈。


 周りの音や声が聞こえなくなるくらい集中して魔力を注ぐ。



―――……あとで聞いたんだけど、調合が終わったベルもリアンも調合中の私の傍には近づけなかったらしい。


 私の調合釜の周りの温度が明らかに低かったんだって。

冷気が漂っていて驚いたとも言われた。



(砕いた後は、混ぜても平気だから……混ぜないと…ッ)



砕いてあるのでくっつかない様に、というのと混ぜることで均一に魔力が行き渡る。

断面が様々だから杖に魔力を流しっぱなしにすると、どうしても杖の近くにある塊に魔力が偏るみたいなんだよね。



(確か、混ぜて魔力を注いで……浮かび上がってきたら完成)



浮かんだ氷石糖はもう魔力を吸わないし強度もあるので、すべての欠片が浮いてくるまで何も考えなくてもいい。


 ここで新しく溶液を加えるとかになったら倒れる。

というか難易度跳ね上がるに違いない。



(氷石糖のアレンジ調合なんて、ぜっっったいしない! 失敗したらこの苦労が全部無駄になるし魔力も無駄になる! 原料の砂糖も高いし絶対しないんだから!! いや、でも品質が良くなるとか言われたら……い、一回くらいは挑戦してもいいけど)



ガチガチガチと聞こえてくる寒さで歯がかみ合わない時に聞こえる音を聞き流しながら、混ぜ続けた。


 汗は瞬時に凍って髪を凍てつかせる。

万が一にでも不純物が入らないように、釜の様子は必要最低限しか見られない。



「あと、ちょっと……ッ!」



自分に言い聞かせるように歯を食いしばって、疲れで重くなる腕と震える指先に力を籠める。

もう、ここまで来たら技術云々より根性と意地だ。


 ぐるぐるぐると魔力を使い果たす勢いで注いでいると、その時が来た。




一瞬、ぐらっと視界が揺れる。




 思わず足元がふらついたけれど、直ぐに持ち直した。



(魔力切れだ……ッ!!)



案の定足りなかった魔力を補う為、体力が無理やり魔力に変換されていくのが分かる。

息が上がって、耳元でドッドッドッという鼓動が聞こえる。


 全身から汗が噴き出るのに、上半身は汗が冷えて凍るせいで勝手に震えるし、冷気の当たらない部分は汗だくだ。

想像以上にきついけれど『調合を止める』という選択肢は浮かばなかった。



(あとちょっと! もう、ちょっと!!)



頑張れ、と自分を励ましながら霞んでくる視界で必死に釜の中を見る。


 そんな状態で混ぜ続けて―――…短いとも長いとも言えない時間が過ぎた頃、終わりが来た。

調合釜の底に沈んでいた大きな結晶がふわりと浮かび上がったのだ。


 それを確認した瞬間、足の力が抜けてその場に座り込む。

ゼーゼーと荒い息をしながら、調合釜の火力を調整するための薪の前で凍えた上半身を温める。

 急に呼吸をしたからか軽くせき込んだけど、私は達成感と疲労と良く分からない充実感でしばらく立ち上がれそうにないなー……なんて暢気に調合釜の薪の前で笑う。




「ッライム、大丈夫か!?」


「あ。リアン……ちょうごう、おわったの?」


「僕のことより自分の事を……ッベル! 今すぐ暖かい紅茶かホットワインを淹れてくれ。僕はこの馬鹿を部屋に―――」



分かったわ、と台所へ走っていくベルの声と足音を聞いて、我に返る。

このまま抵抗せずにいると、部屋に連れて行かれるって分かったからだ。


 私の腕を掴んで立ち上がったリアンに手を放すように伝えつつ、体を押し返す。

まだ息は整わないし立ち眩みもするけど、調合は終わったわけじゃない。

一通り大変な作業が終わったという実感がじわじわと足元から込み上げてきて、少しずつ体に力が入らなくなってきた。



「りあ…ん、まって。まだ、できてない……っ」



振り切るように、縋りつくように杖を握って調合釜の横に置いておいた大きなお玉で、調合釜に浮く美しい砂糖菓子を掬う。

 落とさない様に、一度ドロップ型のボウルに移し、全て入れ終えたら保存用の大瓶に調合したものを移し替えた。



耳元―――…というかかなり近い位置でリアンが怒鳴る声が聞こえた気がする。

その時は、意識が完全に調合釜の中の【氷石糖】に集中していたから聞こえなかったんだけどね。



(調合は、保存瓶や保存用の器に入れるまで……ッ! 調合釜に放置するなんて絶対イヤだ)



錬金術師は、最後まで責任をもって自分が作り出したアイテムを『商品』にする責任があるとおばーちゃんにも、おばーちゃんの友達にも言われて育った。


 私も、そう思ってるからこそコレだけは譲れなかっただけ。

だから揺れる世界に抗う様に重たい体を引きずりながら、瓶の蓋を閉める。

蓋を閉め切った所で机に倒れ込みそうになったけど、肘でどうにか体を支えた。



「ッはぁ……でき、たぁ……! ごめん、わたし、ちょっと……ねる」


「ッこの錬金馬鹿!! ああ、くそっ。ベル、すまない。僕がそっちを―――……悪いが、こいつを部屋に連れて行ってくれ。体力もほぼ使い切ってる」


「はぁああぁあ?! もうっ、ライム!! 貴女何やってるのよ本当に! 調合に夢中になるのはいいけど、ほどほどにして……――――って、ちょっとォ?!」



賑やかなリアンとベルの声で気が緩んだのが、私の敗因だったと思う。


 ベッドまで行けるだろうと思っていた予想が外れて、私は調合釜の前で意識を失った。

まぁ、意識を失ったって言うとちょっとカッコいいけど……調合した後、爆睡しただけなんだよね。うん。


 ほら、お腹もいっぱいだったし……魔力も使い果たして、体力も使ったから。



起きたら、多分怒られるんだろうなーと寝落ちする寸前に思って、起きるのが怖くなったのは言うまでもない。



◇◆◇




Side ベル






 私がそれに気づいたのはリアンに名前を呼ばれたからだった。



 ライムは止めても調合を続けるだろうし、リアンが見張るようにさり気なくライムの後方に立ったのを確認したから、平気だと思ったのよ。

地下に行ってポマンダー用の果物を取って、作業台に置いた所で珍しく焦りと動揺を隠しもしないリアンに名前を呼ばれ、驚いた。


 パッと視線を向けると崩れるように釜の前に座り込むライムと、その腕を持ち上げ、立ち上がるリアンの姿。



(ちょっと!? この数分で何があったのよ?!)



ライムが何やら大変な調合をしているのは、調合過程を横目で見ていたから知っている。


 途中で私にも分かるほどの魔力が注がれるのに気づいて、視線を向けたからだ。

ライムが立っている釜は、上部に薄らと霜が降りていて、ひやりとした冷気を発しているのが隣の調合釜で調合をしていた私も確認済み。



(顔も真っ白で血の気がないし……死んでないわよね?)



 釜から立ち上る冷気と外気温の差で周囲が凍り付くようなことはなかったけれど、ちらっと見えたライムの双色の髪は凍り付いて、キラキラと光っているように見えた。


 慌てて近寄ろうとした私にリアンが指示を飛ばす。

体が冷え切っているからだろう、暖かい飲み物をと言われ台所へ走った。

夕食で飲んだワインが残っていたので適当な鍋にぶち込み、その辺にあった砂糖とスパイスを入れて煮る。


 片付けを終え、風呂の準備をしていたらしいサフルが見えたので指示を出した。



「サフル! 風呂のお湯を水袋に入れて布にくるんで、ベッドに入れておきなさい! それから、手洗い用の桶に熱めのお湯とタオル! 温度調整用にお湯と水をそれぞれ一瓶運んで頂戴っ、大至急よ!」



私の指示を聞いたサフルは最初こそ驚いていたが動揺することも質問もせず、そのまま洗い場へ引き返した。


 察しのいい奴隷で良かった、と内心安堵しつつ温まらないワインにイライラしていると、リアンの盛大な悪態と舌打ちが耳に飛び込んできた。

何事かと台所から体を覗かせると、ライムを抱き留めたらしいリアンが私を呼んでいる。

悔しそうな顔をしている所を見ると……自分が運ぶより私が運んだ方が早いと判断したのだろう。


そういう所は流石だ。



(リアンくらいの男ってなんでも自分でしたがるけど、そうじゃないのよね。優先順位をちっぽけな誇りで見誤ったら碌なことにならないもの)



分かったわ、と返事をする代わりに私の口からは心の声が漏れていた。


 心のどこかで冷静な自分が呆れているような気もしたけれど、自分の体に無頓着なライムへの怒りと心配で色々取り繕うのが面倒になったのだから仕方ない。

リアンも私と同じ――――……と思ったんだけど、どうやら表情を見る限り違うようだ。


 私がリアンの代わりにライムを抱き上げる。

柔らかいのに上半身が冷え切っていてぞっとした私は、リアンにも指示を出す。



「リアン、ホットワインと体を拭く為の布、あとアンタの服で良いから大きいの持ってきて。暖かい生地で、大きいモノにしなさい」


「分かっ……は!?! まて、どうしてそうなるんだ?! 君の服でいいだろう!?」


「馬鹿なのアンタも! 私の服はオーダーメイドだからサイズが合わないのよ! この状況でレディに何てこと言わすの、察しろ無神経! あとこの子が温かい服をトランクから出してない可能性考えなさいよ! あのトランクを開けられるのはライムだけなんだからね!?」


 

 ブチッとこめかみのあたりから何かが切れる音が聞こえた気がする。

サイズが合わないと叫んだ瞬間に、リアンの視線がライムの胸のあたりを見たのを私はしっかり目撃した。

明日の訓練覚えておけよ、ムッツリ眼鏡!!



「合わな……あー……そ、そうか。す、すまない」



そうだよな、とボソッと呟いたので近くにあったボウルを掴んで頭に向かってぶん投げておいた。

 ちゃんと当たったのは短く息をのむような音と金属音で分かったのでとりあえず、コレで勘弁しておいてあげるわ!


 ライムを抱えたまま部屋に向かう。

一階だったのと調合釜に一番近い部屋なので分かりやすくて助かった。

部屋のドアノブを握ってから鍵をかけてあったら蹴り破るしかないわね、と密かに決意を固めているとドアはあっさり開く。



「ライムが起きたら部屋には鍵をかけるようにって言っておかないと」



やれやれ、と息を吐いて室内を見回す。


 ライムの部屋に入ったのは、実は初めてだったりする。

私の部屋に来たことはあるんだけどね……起こしに来てくれたりとかもするし、夜にコッソリお菓子を持ち寄って夜更かしもした。

店を開ける前に何度か、だけどアレは楽しかったわ。


 スースーと暢気に気持ちよさそうな寝息を立てるライムにホッとしつつ、錬金服を脱がしていく。

上半身は汗が凍って凄いことになってるし、下は下で汗を掻いているのが分かっているからだ。


 装飾品を外して、一か所にまとめているとガチャッとノックもなくドアが開く。

其処にはリアンが立っていて思わず眉を寄せた。



(顔はいつも通りって感じで取り繕ってるけど……想像以上に動揺してるみたいね)



礼儀に煩いこの男がノックをせずに女の子の部屋に入ってくること自体、ありえない。


 室内に素早く視線を巡らせ、ライムの装飾品を外す私を見た瞬間、分かりやすくリアンが動きを止めた。

目が限界まで見開いていて、滅多に見られない顔だなと他人事のように思う。

まぁ、実際他人事だからね。


 私が肌を見られたわけでもないし、この場合は不可抗力だろうから不問にしておく。



「リアン、今から着替えさせるから出て行って頂戴。それとも何? アンタがしたいとか言い出す訳じゃあないわよね……? ライムの着替え」


「ッそんなことを言う訳ないだろう!! 着替えはここに置いておくッ!」



ばたんっと凄い勢いで扉を閉めて遠ざかるリアンの気配に、私は耐えきれず噴き出した。


 くすくす笑いながら手早く服を脱がせていると、サフルが桶とお湯を持ってきてくれる。

ノックをしたので室内の状況を伝えると、私たちの方を見ない様に配慮し、そっと私の近くに桶やお湯、タオルなどを置いてドアを閉める。

ドアの入り口に控えているのが分かってまた可笑しくなった。



「ベル様、あの……ライム様のご容体は」


「ああ、大丈夫よ。魔力と体力が切れて寝こけてるだけだから。ただ、体温が低いから少し温めてあげないとね。水袋もお湯も助かったわ。コレだけしておけば風邪もひかないと思うわよ。明日は―――……起きられないかもしれないわね。いつも起きている時間になったら様子を見に来てあげて頂戴。無理に起こさなくても良いから、息しているかどうかだけ、ね」



冗談めかして伝えるとサフルも安心したらしい。

深く息を吐いて私にお礼を言った。


 私もこの後風呂に入りたいから準備しておいて、と言えば嬉しそうに洗い場へ向かったらしい。

いい奴隷だ。本当に。



「一応、ラクサにも伝えておかないとね。先にリアンが説明してるでしょうけど」



元々ラクサには三刻程度で部屋を出てきて構わないと伝えてある。

 私もポマンダーの準備はしたけれど、調合をするのはラクサが寝る準備を終えて部屋に戻ってからだ。



(ラクサも察しがいいから、コチラの動きをある程度予測してくれるのよね。調合しなくちゃいけないことも、お互い大事な技術は見せたくないっていうのも分かってるし)



助かるわ、と息を吐いた。


 ライムは、上半身は冷え切っていて、指先が赤くなっていてもう少しひどくなると凍傷になるんじゃないかと心配になったくらいだった。

汗を拭きとり、リアンが持ってきた服を着せてベッドに寝かせる。


 飲み物を、と思ったけれど……リアンにさせることにした。

私も嫌な汗を掻いたからさっぱりしたいのよね。

鼻歌を歌いながら部屋の扉を閉める。


 心配していると素直に言えない妙に不器用で鈍い首席の男を思い出して口元が吊り上がる。

ライムは心配だけど命の危機がないのは分かっていたし、精根尽き果てて倒れているのを見るのは二回目なので、動揺も最小限で済んだと思う。


 見慣れた廊下を歩き調合スペースへ戻る途中。

何気なく窓の外に目を向けた。

すっかり暗くなった外の世界は驚くほど静かで、飲み屋街のある方角だけ賑やかなのだろう。



「………服のボタン、閉まらなかったわね。ライム」



窓ガラスに映った自分の胸部を見下ろして―――…考えるのをやめた。

この日を境に、私はお風呂でいつもより入念にマッサージをするようになったのだけど、まぁ、仕方ないわよ。

遺伝だもの……お母さまだって、お姉さまたちだって…うん、仕方ないわ。




ここまで読んでくださって有難うございます。

ババババ―ーっ!と書いてるので誤字脱字などある気配。

修正は午後になるかと思いますが、不審な点を見かけた方は係員……じゃなくて、誤字報告で私に教えて下さると嬉しいです。毎度、本当にお世話になりっぱなしですいません。


 ちょっとだけ、恋愛色っぽいものをかもせてたら私は嬉しい。

ラブコメ、憧れるけどラブな米を私は炊けない。


=アイテム・素材など=

氷石糖ひょうせきとう】別名:消甘石しょうかんせき

砂糖+水+糖花+果物

素材の入れ方や魔力の質などで結晶の色や味などが変わる食べる結晶。

簡単に言うと砂糖を魔力で固めた代物。

 品質は注いだ魔力の質と量によって変化し、魔力が高いとより宝石に近くなる。

歯で齧り砕く他にも、口の中で舐め溶かしたり飲み物に入れたりもする。

別名である消甘石の由来は、ちょっと目を離した好きに食べられ消えてなくなったことから。

常温保存できるが暑さには弱い。錬金術で作られた物は溶けにくく保存が効く。

【糖花】

子供の掌に収まるほど小さな砂糖の結晶。

ドロップ型をした厚みのある半透明の塊が5~6個集まって、花のような形を形成することから『砂糖の花』と呼ばれるようになり、やがて【糖花】という名称で知られるようになった。

 雑味がなく、さっぱりとした甘さが貴族に好まれる。

が、花のような状態でなければ取引してもらえないので、運ぶのは大変。

糖花は砂糖を作る段階において一定の確率で発生する。

【ブルップ】酸味の強い子供の爪ほどの大きさの果実。

 現代で言うハスカップとブルーベリーの中間のような果物。

 隣国である『青の大国 スピネル』の名産品。

 濃い青紫色でジャムや果実酒に加工される。

【レッドベリー】野苺の一種でよく採取できる身近な果物。

 背の低い木で葉と茎に刺を持つ。小さな粒が集まって一つの実に見える。

 プチプチとした触感と程よい酸味と甘味から人気が高い。

 赤以外に黒、黄金(黄色)の色をしたものも存在しており、黄金色をしたものは価値が高い。


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[一言] ベルはなんか勝手にゴージャスボディーなのかとおもってました(笑)
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