146話 細工師と錬金術師
遅くなりましたが書き上がりました。
おなかが空いている時に書くと大体ご飯の話になるorz
庭のアオ草に聖水をかけて、サフルにあとの手入れを任せたら朝食の準備だ。
手を洗って調理用のエプロンをつけた所でベルが何を作るのか聞いてきたので、一緒に地下へ食材を取りに向かう。
途中で応接用のソファの付近を通ったんだけど、リアンとラクサはピクリとも動かなかった。
出来るだけ足音を立てないように歩いて地下へ降りる。
食品を置いてある場所で必要な食材を籠に入れていく。
「何を作るの?」
「熊肉の赤ワイン煮と熊肉シチュー。どっちも煮込み料理だし臭いもあるから……臭み消し用のブーケガルニを入れて外で煮込もうかな。匂いが工房に充満するとマズいし」
裏庭に丁度火を焚いても問題なさそうな場所がある、と言えばベルが何とも言えない顔になった。
最初の炒める工程はここで済ませて、それ以外は外にしようと台所の傍にある部屋へ足を向ける。ここは誰も使っていないから大きい鍋とか置いてあるんだよね。
ケルトスで鍋も色んな大きさのものを買ったのが良かったのかもしれない。
『緑の大市場』と呼ばれるケルトスには、食材も道具も人も集まっているから、飲食店と宿屋がとても多い。
だから、一週間で一軒は店が潰れるとまで言われるくらいの競争率なんだって。
モルダスも飲食店は多いけど、ケルトスで人気があったりした店が進出するっていうのが王道らしくて、滅多に潰れないんだとか。
小さな屋台とかは上手くやらないと直ぐ撤退する羽目になるみたいだけどね。
だから、大鍋も割と手頃に手に入った。
リアンが交渉したのが一番大きいんだけど……鍋っていくつあっても困らない。
置き場所さえあれば。
隣の部屋のドアを開けた所で、背後からベルが呆れたような顔をしながら大きな鍋を一つ持ってくれた。
「本当に作る気なの?」
「うん。熊肉って、個体とか時期とか処理の仕方で味も臭みも変わるみたいなんだ。新鮮なうちの方が臭みは出にくいし、時間が止まってて劣化しないって分かってても心情的にはやっぱり使いにくくて」
「ライム、貴女は熊肉を食べたことがあるの? 私は昔、騎士団にいた時に食べたけど」
「食べたことあるよ。山の中だし、熊ぐらいいたもん。倒したのは私じゃなくて、おばーちゃんが生きていた時によく来てくれていた冒険者のおじさんだったけどね。処理の仕方とかも教えてくれて、保存食の作り方も教えてもらったんだ。干し肉なんだけどこれも作ろっか? 炙って食べると美味しいし、体が温まるから冬とか寒いところに採取へ行く時はいいかも」
棲んでいた場所や育った環境を思い出したらしいベルが納得して、感心したように私を眺める。
料理のことを話すとベルはいつもこんな感じだ。
鍋を台所へ運んで、まずは肉の処理に取り掛かる。
生肉を出すと、ちゃんと劣化防止作用のある葉に包まれていて感心した。
「まさかここまで処理されてるとは思わなかったよ。この葉っぱ巻いておくと獣臭さがかなり無くなるし」
「ああ、その葉を見つけて来たのはラクサなのよ。私が熊肉を食べた時は冬だったから、寒かったことと不味かったことくらいしか覚えてないわね。ああ、でも汁物にしたから体は温まったわ」
「不味かったの?」
「凄く不味かったわ。冬だったから臭み消しの香草は手に入らなかったし、調味料は塩だけ。料理ができる人間がいなかったの。色々とごたついているのもあって満足な準備ができなかったから、凍死するよりはマシだってことで食事をすることになって……」
ここでいったん言葉を切ったベルが、綺麗に整えられた形のいい眉を寄せる。
思い出したくないものを思い出した、というような表情になんだか嫌な予感がじわじわと足元から這い上がってくる。
「たまたま近くにいた熊を狩って、煮たの。勿論そんな急ごしらえの食事だったから、鍋なんかも持ってなくって……死体から剥ぎ取った金属鎧を曲げて即席でフライパンもどきを作ったわ。それに入れて煮たのも原因だったのかもしれないけど不味いのなんのって」
完食した所で応援部隊が到着して全員でもう少し待つべきだった、って数日は悔やんだわ。
結果的に生きていたから後悔もできたのだけど、とため息交じりに吐き捨てたベルに思いきり顔が引きつるのが分かった。
「私、絶対騎士にはなれない」
「戦闘さえできればライムは中々有能な騎士になれると思うわ。料理はできるし、アイテムも作れる、生きる知恵も実力もあるし……本当に戦闘能力がないのが悔やまれるわね」
やれやれ、と首を振るベルに一瞬自分に戦闘能力がなかったことを感謝したのは言うまでもない。
当たり障りのない返事を返しながら、熊肉の葉を剥がし、分厚過ぎる脂身を適度に切り落とす。
落とした脂は調合で使えるので取っておく。
臭いさえ消してしまえば便利な油素材になるからだ。
(吸臭炭もそろそろ作っておかなきゃ。油って結構使うし、獣油って臭いさえなければ本当に便利だもんね)
結構な量の脂を落としつつ、一部は鍋の中へ。
炒める時の脂は熊脂で。
臭いが少ない熊脂は、味に深みを出してくれるし体も温めてくれる。
甘みもあるし……と考えていると包みの中の一つに手足が四つ。
「あ、熊手だ。これ美味しいんだよ。煮込んだらプルプルになるし、凄く体が温まるんだ」
「そうなの? ラクサに切り取って持って帰るぞって言われたから切り落としたのだけど……熊が美味しいなら積極的に狙おうかしら」
ボソッと聞こえた不穏な言葉は聞かなかったことにして調理を続ける。
熊の手は毛を綺麗に処理して、薄皮を剥いたらOKだ。爪はそのまま付けておいた。
肉の処理を終えたら次は野菜だ。
二種類の煮込み料理に使う野菜だから結構な量だったけど、ベルが手伝ってくれたので割と早く片付いた。
炒める作業に取り掛かる前に、ベルがありがたいことに手伝いを申し出てくれた。
「裏庭に煮炊きができるような竈を作ればいいのよね? 先に行って作っておくわ。確か、割れた煉瓦がどこかに捨ててあった筈だし」
「じゃあお願い。大きな鍋乗せても壊れないくらい頑丈だと助かるかな。その内外でお肉とか焼いて食べようよ」
「いいわね! ちょっと気合入れて作るわ」
楽しみにしていて頂戴!と嬉しそうな顔をして台所を出て行ったベルに期待してる、と声をかけてから仕事に戻った。
煮込み料理って煮込めばいいだけだから楽なんだよね。
腹持ちもいいし、量もいっぱい作れるし。
野菜や肉を炒めた所でベルが戻って来たので鍋を運び、裏庭に作られた頑丈そうな竈に乗せる。
「火まで熾してくれたんだね、ありがとう」
「べ、別についでよ。ついで。どうせ火を付けるんだから先に付けて竈に問題がないか見た方がいいでしょ」
いいから早く、と言われたので水と野菜、そして前に作っておいた『煮込み料理・肉』用のブーケガルニを2つずつ入れておく。これからじっくり煮込むので、サフルに火の番を頼んだ。
「沸騰は最初に一度だけ。それからは沸騰しない様に火力調整をお願い。灰汁はこまめに取って欲しいんだけど大丈夫? 味は大体決まってるけど、最終味付けはある程度煮詰まってから……だから、店を閉めたら丁度いいころ合いだと思う。その間にこっちのワイン煮は煮汁が三分の二になったらこのワイン、ワインを入れた後にまた三分の二になったら、この野菜の煮汁を入れて欲しいの」
「―――…はい、わかりました。こちらの方はどうしますか?」
「こっちは、三分の二になったらこのマトマの大瓶と赤ワインを入れて。湯剥きしてダイスカットしたただのマトマね。その後は、大体、そうだなぁ……鍋七分目くらいで保つように水を足してもらっていい?」
メモを取っていたサフルが小さく手順を呟いて、再確認をしてから頷いた。
それを見てベルが工房から使っていない椅子を持ってきて竈の前に置く。
「大事な食糧だからこっちに集中して頂戴。店はラクサもいるし、どうにでもなるわ」
「だね。で、これはサフルのお昼ご飯とオヤツね。トイレには行っても大丈夫だけど、火力は弱火にしてから離れて」
「はい、かしこまりました」
誇らしい任務を貰ったみたいに胸をトンっと叩いたサフルはとても満足気で、なんだかなぁと思わず笑ってしまう。
隣にいたベルも苦笑して、小さく息を吐いてトンっとサフルの肩に触れる。
「ライムと『主従契約』を結んで初めて言いつけられた仕事だからやる気になるのも分かるけど、あまり力を入れすぎると失敗するわよ」
難易度の高い命令でもないんだし、とベルがサフルに言うと、サフルは恥ずかしそうに目を伏せて頭を下げた。
それを見ながら初めて聞く単語に眉間に力が入ったのが分かる。
大分都会での生活には慣れたと思ったんだけど、まだこうして知らない言葉や制度が出てくるから都会は油断ならない。
「主従契約ってなに? 初めて聞いたんだけど」
どういうこと?とサフルを見ればバツが悪そうに視線を逸らしている。
奴隷についてもう少し調べておくべきだったかなぁと考えた所で、隣から笑い声。
「大丈夫よ、ライムに何の影響もないから。『主従契約』っていうのは簡単に言うと『奴隷が一生死ぬまで役に立ちたいのは貴方です』って目に見える形で証明する手段、みたいなものなの。奴隷の意思で、一生に一度だけ一方的に行なえる契約……――というか宣言ね。これをすると誓った相手に意図的に怪我を負わせることができなくなるわ。ほら、首の所見てみなさい」
そういってサフルの首に刻まれた奴隷紋を指さす。
教会に向かう途中で変化した部分だった。
改めてよく見ると結構お洒落だけど、腕についた奴隷紋も変化しているから首、両手首、両足首の奴隷紋全てが変化してるんだと思う。
「これは売られても変わらないの。だから、新しい主人ができても『だれか』に忠誠を誓ったことが一目瞭然―――…そうなると、売られた時点で処分されることになる。処分する理由は簡単よ、自分以外に忠誠を誓った奴隷を信用する主人はいないから、置いておくだけで維持費がかかるでしょう?」
だから好き好んで主人に忠誠を誓うのは珍しいわ、とベルが言葉を切った。
言われてみると、サフルみたいな独特の奴隷紋をつけた人は今まで見たことがない。
リアンの生家であるウォード商会でもいなかった。
「って―――…ちょっと待った。それって不味いんじゃない?!」
慌てる私を余所にサフルは不思議そうに首を傾げていて、ベルが口に出さないとライムには分からないわよ、と促され始めて口を開いた。
「私にとっては何の不都合もありません。ライム様の奴隷でなくなるならば、死んだ方がマシです。今以上の境遇に身を置けることはないでしょうし、剣の才能を持つ奴隷は山ほどいます。言いにくいのですが、私よりももっと優れた才能を持つものは探せば幾らでも手に入る。私は運よくライム様やベル様、リアン様に拾っていただけました―――…私が、貴女に捧げられるのは目に見える形での『忠誠心』と『命』だけです」
ですから、私にとっては何のデメリットもないのでお気になさらず、と笑顔で頭を下げたサフルに私は思わず頭を抱えた。
(え、奴隷の人って皆こうなの? 私ただの錬金術師見習いなんだけど)
今の自分に命を懸ける価値があるかと聞かれると首を傾げる。
これで賢者の石を作ったとか、私にしか作れないアイテムがあるっていうなら理解できるんだけど。
「サフルが後悔しないならいいんだけど……あんまり無理しないで。私たちは工房に戻ってご飯の支度再開しよう。出来たらサフルの所にも持って来るから鍋の番宜しくね」
「はい。安心して任せて下さい」
全て指示通りに、と頭を下げるサフルに引きつった笑顔を返して逃げるように台所へ戻る。
黙ってそのやり取りを見ていたベルが台所で深く溜め息を吐いた私を見て、楽しそうに笑っていた。
ムッと唇を尖らせるとベルは苦笑してマタネギをハイ、と差し出す。
「私としてはあそこまで覚悟してるなら、卒業後にサフルはライムが連れて行ったらいいと思ってるの。あの様子ならある程度強くなるでしょうし」
マタネギの皮を剥いて薄切りに。
何を作るかは最初に答えているのでベルは食器の準備を始めた。
その足取りは軽く、鼻歌も歌っている。
「ふふ、マタネギのグラタンスープなんて初めて食べるわ。あとはキッシュも作ってくれるんでしょう? メインはホットサンド! サラダは私でも作れるから任せて頂戴」
食器の準備を終えたベルは、流れるように「テーブルのセッティングもしちゃうわねっ」と食卓テーブルへ向かった。
お腹が空いてるからパンは四つ食べたい、とのこと。
(朝から熊倒してきたら、そりゃパン四つ食べられるくらいお腹減ってるよねぇ)
包丁を握り直してマタネギを大量に切って、鍋へ。
ベルが『お土産』として持ってきてくれた高級バターのルブロを使うことに。
ニンニクは匂いが出るので使わない。
代わりに塩漬け肉を少し多めにして、千切りにしたキャロ根も入れた。
あとは硬くなったパンをスライスして、サクッとするまで焼き釜に入れ、チーズを削る。
スープを煮ている間に作るのはキッシュだ。
けど、パイ生地から作るのは時間も手間もかかるんだよね。
(生地の作り置きしておこう。そうすればアップルパイとか旅先でポットパイとか作れるし)
旅先で作るには釜かオーブンがいるけど、宿で加熱を頼めばやってくれると思うんだよね。
銅貨一枚くらいで。
パイ生地がないのでパンを器代わりにすることにした。
パンをスライスして、キッシュの型に詰める。
取り出しやすい様に型にはルブロを塗っておいた。これでパンはサクサクになる筈だ。
下準備を終えた所でスープの火を止めてパンを取り出し皿に乗せておく。
キッシュに入れる野菜を切って軽く炒めながら味付け。
卵液と合わせて型に流し込んだら、釜の中へ。
途中からベルがサラダを作るために戻って来たので、野菜を洗って千切ってもらう。
「リアンとラクサは生き返った?」
「サラダを作り終えたら叩き起こしておくわ。直ぐに焼いてしまっていいわよ?」
「分かった。チーズと塩漬け肉、あとは千切りにしたコルキャを挟むけどいい? 加熱するとしんなりして甘みが増すし、塩コショウしたら甘みが引き立ってチーズやお肉とよく合うんだ。野菜も摂れるし」
「いいも何もお願いするわ。聞いてるだけでお腹が鳴りそう……貴族令嬢としては失格ね」
ここにいると貴族だってこと忘れそうになるから困るわ、と全然困っていない楽しそうな口ぶりで千切った野菜を大きな木製ボウルに入れて、手を洗い颯爽と台所を出て行った。
数分もしない内にベルの声と覇気のないリアンとラクサの声が聞こえてきたので、調理を急ぐ。
マタネギのグラタンスープは盛り付けをして釜へ。
キッシュはまだ焼けていないけれど、ホットサンドを食べきった辺りで出来上がるだろう。
急いで作ったホットサンドとサラダ、チーズが程よく溶けてクツクツと黄金色の汁が揺れるマタネギのグラタンスープを食卓に並べると、ボロボロだったリアンがノロノロとソファから立ち上がるのが視界の端に映った。
顔を向けると真っ白な顔色ではあったけれど、目だけはちゃんと食卓テーブルを見ていた。
「おはよう、二人とも。キッシュは焼けたら持ってくるから先に食べてて。私、サフルに届けてくる」
一声かけて裏庭へ出来上がった料理を運び、キッシュは焼けたら持ってくるとサフルに告げる。
初めてグラタンスープを見たと言うサフルはとても楽しそうで、「ライム様に仕えることができて私は幸せです」と表情を緩める。
それを見て、食卓に戻った。
並んだ食事を猛然と食べるベルやリアン、家庭料理なんて久しぶりだとうっすら目を潤ませたラクサがいて、何だかなぁと口元が緩む。
丁度いい匂いがしてきたので焼き釜を覗くと、キッシュが焼き上がっていた。
熱々のキッシュを人数分に切って焼き立てをサフルに持って行ったら、残りはそのまま食卓に。瞬く間になくなったキッシュを残念そうな顔で見ている三人に、思わず噴き出すと三人ともバツが悪そうに視線を逸らした。
仕方がないから夜にまた作ることにする。
(って私、もしかして意図せず餌付けしてるみたいな感じになってたり、しない…よね?)
チラッと見ると「もうここに住む」と騒ぐラクサと「一週間たったら帰れ」と言い放つベルとリアンの姿。
なんだかんだで今日は、開店日。
何時までものんびりしてられないってことで、食べたらすぐに開店準備に。
洗い物は空いた時間にすることにした。
ラクサがいるから話さなきゃいけないこと結構あるんだよね。
◇◆◇
商品の補充や陳列自体は昨日、寝る前に終わっているので問題なし。
ラクサも自分の工房から作った商品を持ってきているし、臨時で貸すことになった部屋には警備結界をつけてある。
お互い商品がなくなったとかそういうことになると困るしね。
食後の紅茶を飲みながら、私たちはいつもの場所で開店前の話し合いに移った。
ラクサは慣れるのが早いらしく違和感なく馴染んでいる。
「開店まで一時間か。あまり決めることもないが、混乱しないように再確認するぞ」
全員が頷いたのを見たリアンが、手元からメモ用の手帳を取り出した。
それを小型の黒板の横に置き、会計方法について大きく書く。
「まず、昨日ラクサから買い取ったものはそのままこちらの利益とする。個数を売り切ったら、ラクサが欲しいという客の要望を聞き“予約”を取るということで良いか?」
「いいッスよ。この予約分は直接俺っちの懐に利益が入るってことで間違いないッスか?」
「ああ。問題ない。コチラでの店頭販売は期間限定ということで一週間。その間の食費はコチラで持つ。代わりに『クレシオンアンバー』の技法と必要な素材を入手するためのツテを紹介する。他にも細工に関する簡単な技術を教える、ということでいいな?」
「なんでも聞いてくれて構わないンで! いっやー、あんなに上手い飯が食えるんなら俺っち技術指南もするッスよ?」
満腹になって機嫌がいいらしいラクサがニコニコ笑いながら話してるけど、リアンの表情は無表情で固定されていて、発言自体がなかったかのように口を開いた。
「今回、ウチとしては利益が殆どない。ただ、店内の掃除や簡単な雑務を任せられる手頃な人手はできた」
「本人前にして言っちゃうのが凄いッスよねぇ。まぁ、全然気にならないンでいいッスけど」
感心したようにリアンを見ていたラクサに、私は今日初めて店頭に並べる『聖職者のお守り』のことを思い出した。
こっちも昨日、話がついたんだよね。
「ここまでが『小型薬入れ』に関する約束になる。ここでの販売は今週限り、欲しい人間は隣の『工房』へ行くよう僕らも客には説明する」
「分かってるッス。そんで、俺っちも考えたんすけど……店を開く時間はこの工房に合わせて、工房の外で露店みたいな感じで商品を並べて売ることにしたんス。そうすりゃ、帰りに此処の客が寄ってくれる可能性が高くなるし、俺っちも声かけやすいンで」
「それはいいんじゃない? 知らない工房に気軽に入れる人間の方が少ないから。まして細工師は腕前を推し量りにくいわ。技術があっても好みじゃなければ手に入れたいとは思わないでしょうし」
工房の前に商品を広げると直ぐにお客は商品を見て、作り手と会話することができる。
店の出入り口を解放していても建物の中に足を踏み入れるっていうのは、中々に勇気がいるんだよね。
「次は『聖職者のお守り』に入れる守り札のことだが……どうだ? かなり忙しくなると思うが」
「俺っちとしては忙しいのは大歓迎ッスね。まして雫時前に稼げるだけ稼いでおきたいし、何より自分が彫った作品が客に喜んで貰えるのは嬉しいンで。それに、小型薬入れと違ってこっちの彫刻は一時間もあれば何種類も作れる上に、材料費も手頃なんで助かるッス」
値段は銅貨三枚から、効果によっては銅貨五枚にするとのこと。
開店まで一時間はあるから三十分で試しに何種類か彫り、注文が入ればその場で彫刻することも考えているそうだ。
「こっちの方はいくら払ったらいいッスか?」
「場所代として、そうだな……一日銀貨一枚でいい。色々とこちらにもメリットはあるし、朝の訓練では採取も手伝ってもらうつもりだからな」
「……あ、明日も行くんすか?」
「僕は行きたくない。切実に」
「俺っちもッス。ってか、ライムは行かないんすね?」
私?と思わず自分を指さすとラクサは首を小さく縦に振った。
それから静かに紅茶を飲むベルへ視線を向ける。
「ライムは連れて行かないわ。怪我をしたら大変だし、毎朝教会まで全力疾走してるもの。体力はかなりのものよ? 何より、ライムが倒れたら朝食がなくなるわ。それでもいいの?」
「駄目っスね。馬鹿な事聞いて悪かったッス」
ベルの朝食がなくなるという発言を受けて、ラクサが慌てたように頭を下げる。
どうやら朝食抜きは嫌みたい。
リアンもコッソリ頷いているのを見て、「なんだかなぁ」と複雑な気持ちで紅茶を飲み干した。
開店まで五十分というところで、ラクサはお守り用の金札準備。
私たちは、『聖職者のお守り』を並べたケースを会計カウンターの横へ置いて、そこに手書きで『期間限定』の張り紙を貼った。
値段は一つ銀貨五枚で中身は別売り。
なくなり次第販売終了予定だ。
ここまで読んでくださって有難うございました!
少しでも暇やスキマ時間を埋めるお手伝いができていたら嬉しいです。
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=新しいモノ=
【コルキャ】
葉が一枚一枚重なった円形の野菜。
生でも火を通しても食べられ、生だとサラダ、火を通すと甘みがでて歯触りが優しくなる。
現代で言うキャベツ。大きく冬は雪の下で保存もできるとか。
酢漬けにしたものがよく食べられる。
【ヴァルトベア】
森熊とも呼ばれる森にすむ熊。2~5m程度。
そこそこの大型動物で森では食物連鎖上位の存在。動きが体躯の大きさの割に素早く、力も強い。
冒険者や騎士であれば撃退できるが、ある程度の知識と実力がなければ死ぬことも。
新人は回れ右!(ただし逃げると追いかけてくるのでお勧めしない)
毛皮は人気。わずかだが刃物を跳ね返すこともできるとか。
圧倒的攻撃力及び腕力が欲しいところ。
肉は食用。