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145話 教会と友達とシスターと

お正月ですね。

お祝いもかねて、とりあえず小話的に一話。


ミントが登場です。




 サフルと共に、教会へと続く坂を上る。



 ふっと息を吐いて坂を見上げると、白い建物と赤茶色の屋根。

いつものように全速力で走ってるけど、今日は両腕にベルが張り切り過ぎて狩ってきた猪の肉を袋に入れて持ってきた。


 ベルが寝る前に『今回の雫時に行く採取旅で獲物を狩ってくるから持って行ったら?』って持たせてくれたんだよね。

そのベルはまだ日が昇らない内からリアンとラクサを叩き起こして、早朝訓練兼手合わせに向かったから工房にはいない。



「サフル、大丈夫?」



チラッと少し後方を振り返るとサフルがこちらへ走ってきている。


 朝日に照らされた首都モルダスの街が視界いっぱいに広がっていて、朝独特の澄んだ空気がとても清々しい。

両脇に抱えたイノシシ肉はしっかり保存袋に入れているので、ちょっと格好はつかないけれど。



(初めて来た時より綺麗に見えるのは、私が都会にちょっと馴染んできたからかな)



そう思うと自分の顔が緩んでいるのに気付いて、慌てて気を引き締めた。


 ほんの少しだけ、大人になったみたいで嬉しかったんだよね。

都会っていうか……色んな人が沢山いる場所で、家族以外の人と生活して驚くことばかりだったけれど変わらず調合は出来ているし、ご飯も食べられてる。


 私は自分がとても恵まれていることは自覚しているつもりだ。

今みたいにうまくいくのは珍しいって分かってもいるし、実感することもある。



(でも、私……あの場所だけじゃなくても生きていけるって分かった。足りない事ばっかりだし、一人ではまともに戦えないけど、それはこれから頑張っていけばいいし。もっと、色んな所に行って色んな事を見て、知ることもできるってことだよね)



 知らないことを知るのは楽しい。

限られた物の中で、自分で気付いてそこから手探りで色々可能性を探るのも楽しいけれど、新しい場所で新しいことを自分だけじゃなくて色んな人と一緒に楽しんで驚いて、怒ったり悲しんだりするのも凄く『いいこと』で『楽しい』ことなんだって気付けた。


 へへっと思わず声が漏れていたらしく、ゼーゼーと肩で息をしているサフルが私を見て首を傾げる。



「ライム、様?」


「なんでもないよー。サフル、振り返ってみて! 凄く綺麗だから」



見て、と同じ風景を見て欲しくって振り向くように言うと、サフルからも数秒遅れて感嘆の声が漏れた。


 隣に並んで顔を見ると目がキラキラ輝いている。

薄汚れていた灰色の髪が銀みたいに綺麗な光を纏っていて、出会った頃とはまるで別人だった。

なんだかんだで、サフルも楽しそうでよかったと小さく息を吐く。

 奴隷といっても綺麗なものを見れば嬉しいし、美味しいものを食べたいという思いはあるだろうからね。



「――…綺麗だよね。人ばっかりで知らない事ばっかりの街だけど、凄く綺麗だと思わない?」


「はい。とても美しいです。このような景色を見られるとは思っていませんでした。景色を見て、美しいと思う事がこんなにも……」



 其処から言葉にならなかったらしいサフルがギュッと唇を噛んで、潤んだ視線を私に向けたかと思うとその場で片膝をついた。

 よく見ると右手が左胸の上に置かれている。

私をしっかり見た後にゆっくりと首を垂れ、静かに、でもはっきりした声を発した。



「私、サフルはこの身の全てをライム・シトラール様に捧げることを魂に誓います。生涯の絶対的忠誠を貴方様に。私の持てるすべてのものは貴方様の所有物。どうか、この肉体が朽ち、魂が掻き消えるその時まで貴方様にお仕えすることをお許しくださいますよう」



サフルは続けた。

 死ねと言われれば喜んで死にましょう、と。


そして何を思ったのか私の靴に唇をつけて、幸せそうに笑う。

満面の笑みって言うのとは違う……なんというかずっと欲しかったものを手に入れた時の笑顔に近いのかもしれない。

 とても満ち足りた顔をして、驚く私の前に自分の両手を差し出す。


 その両手首には……本来あった奴隷紋ではない何かがあった。

三本の線が刻まれていたんだけど、一番上にあったものが蔦状に変化している。



「え、ちょ、これどうしたの?! 病気?!」



奴隷紋が変化するなんてリアンやベルからは聞いていなかったので、慌てて手を掴む。

痛くない?と聞けば嬉しそうに「はい」と答えていて、至って普通のサフルだ。


 教会前の坂にいつまでも居座る訳にはいかないことに気付いた私はとりあえず、教会に向かうと告げて、足を動かす。



(今の、なんだろ。嫌な感じはしないけど)



ミントに聞いてみることを考えながら坂を上りきる。


 結構早いからか人はいない。

聞こえるのは鳥の鳴き声や箒で石畳を掃く独特の音。

時々さわさわと聞こえる草や葉が擦れる音に癒されつつ、きょろきょろと周囲を見回す。


 教会は人が集まることを考えてあるらしく広場があって、その奥に教会があるんだよね。

広場の半ばまで進んだところで教会の扉が開かれ、そこからシスターが出てきた。



「っ……ミントだ! ミント――! おっはよー!!」



おーい、と手を振って駆け寄ると箒を手にしたミントがパッと顔を上げてこちらを向き、走り寄ってきた。


 遠目だったけれど背格好がミントっぽかったから間違わなかったのだ。

教会の少し手前で手が届くくらいの距離まで近づいた所で、少しだけミントの顔が疲れていることに気付く。



「おはようございますっ! 私、これから毎日教会外の掃き掃除担当になったんですよ」


「そうなの? じゃあ朝には会えるってことだよね。良かった……色々話したいことがあるんだけど、とりあえずリアンにおつかいを頼まれてるんだ。ホーリー草で通じる? トゥルシールが二十ほど欲しいんだけど」


「ホーリー草でも分かりますよ。待っていてください、今持ってきて―――…」


「あ、私もついて行っていい? 歩きながら話もしたいし」


「ふふ。是非。ライムの話を聞くのは楽しいから、嬉しいです」



そう言うとミントがこちらへ、と私の手を引いて教会の扉を開ける。

 落ち着いた赤色の絨毯と左右均等に並べられた長椅子、蝋燭、高い天井と白い壁。

いかにも教会といった建物につい、あちこち視線を巡らせているとミントが笑った。



「これから教会全体に修理が入るんですよ」


「もしかして『エンリースの涙雨』っていうのがあるから?」



聞いたことを思い出して聞いただけなんだけど、分かりやすくミントは驚いていた。

 リアンから教えてもらったことを伝えると納得したらしく、改めて教会側の事情について話してくれたんだよね。



「実は、そうなんです。本当ならこの教会で行われる……なんてことはないんですけど、シスター・カネットがこちらにいると聞いた聖杯者が『是非ここで!』とおっしゃられて、例外的に認められたとか。なんでも、聖杯者はシスター・カネットを命の恩人と崇められているそうです。何があったのかは分かりませんが、シスター・カネットは凄い方ですから」



納得もできるんですけど……とそこでミントの表情が曇る。

 どうしたの、と視線だけ向けると困ったように笑って緩く首を振った。



「いえ……こんなこと言ったら神様に怒られてしまうかもしれませんね。ライム達と一緒に旅に出たかったんです。シスターとしての仕事が最優先で一番大切なのは分かっているんですけど」


「私もミントと一緒。ベルもリアンも残念がってたし、次の採取旅にはまた誘わせてくれる? ミントは強いし色々物知りだから私も安心なんだ」



嘘じゃないよ、と言えばミントは嬉しそうに笑って「次こそは」と意気込んでいた。

その後すぐに可愛く拳を握って笑顔で、



「次回行く時に足手まといにならない様に鍛えておきます! ライムのことは私がちゃんと守ってみせますから、安心してくださいっ」



って言われた時は笑顔が引きつらない様に気合を入れた。

時々、ミントとベルが姉妹なんじゃないかなって思うことがある。



(なんというか根本がちょっと物騒なトコロが似てる)



 教会の中にちゃんと入るのは初めてだったので、緊張しながらミントの少し後ろを歩く。

誰もいない教会の中は静かだ。


 教会に入ると真っ先に目に飛び込んでくるのは、祭壇の後ろにある大きな色付きの硝子。

小さな色付き硝子や大きなガラスを組み合わせて数枚の大きな絵になったものを、『ステンドグラス』と言うらしい。

朝日が射しこんでいてとても綺麗だった。



「わ、私も足手まといにならない様に体力付けておく」


「ライムは体力もあるので全然手がかからない方ですよ。何度か護衛もしたことありますけど……偉い方程体力がないので本当に面倒…ごほん。大変だったんです」



なるほど、と頷いてここで抱えていた猪肉を思い出した。

 ミントにお肉を差し出す。

最初は何処かへ持っていく届け物だと思っていたらしく、受け取ったものの不思議そうな顔をしていた。



「猪のお肉だよ。ベルが沢山狩ってくれるし、今度の採取旅でまた狩るから受け取ってくれる? 下味はつけてるよ。塩コショウと粉にした香草を塗りこんでるから、臭みもあんまりないと思う」


「い、いいんですか?! こんなに大きいお肉……ッ!! 分厚く切っても一人二枚は食べられます」



しかも味もついているなんて!とお肉の塊を二つ抱えて震えるシスター。


 食糧事情が結構大変だっていうのは聞いていたし、何となく分かっていたつもりだけど、こんなに喜ばれるとは思っていなくて後退った。

サフルは黙ってるけど静かに一歩後退ったのを私は知っている。


 ミントと言えば一言断ってから嬉しそうにお肉を抱え、教会の奥へ。

どこに行ったんだろう、と首を傾げていると教会の奥から歓声。



「今のってシスターと子供の声?」


「……複数人の声でしたね」


「ここでも結構離れてるのにはっきり聞こえるって相当だなぁ」



 教会の祭壇脇にある小さなカウンターで大人しく待っていると、ガチャっとドアが開く音と沢山の足音。


 反射的に身構えた私とサフルを余所に、扉を開けたミントの後ろから子供達とシスター達が。

ギョッとする私とサフルを余所に子供達が興奮した顔で話し始める。

目は輝き、頬を高揚させていて、中にはシスターに抑えられるようにしている男の子もいる。

子供たちは「お肉ありがとう!」「肉なんてすっげぇ久しぶり」と喜んで、口々に礼を言ってから孤児院へ戻っていく。


 シスターも数名私たちに深く頭を下げて嬉しそうに話しながら奥の部屋へ。

残ったのはミントとシスター・カネットの二人。



「ライムさん、本当にいつもありがとう。貴女のお陰で久々にお肉が食べられるわ。教会の改修工事は何とかなったけれど、食糧事情は今までと変わらないから……あら。ライムさん、素敵な主従関係を結んでいらっしゃるのねぇ。ふふ、そこの彼は中々の強運の持ち主のようだし……そうだわ、お肉のお礼もかねて適正検査でも受けてみる? 使えるかどうかちゃんと確認したかったのよねぇ」



いいことを思いついたわぁ、と笑うシスター・カネットに私は首を傾げる。

 ミントなんか酷く驚いていて手に持っていた袋を落としそうになっていた。



「え、で、ですが……アレを使ってもいいのですか?! 聖職者試験の時に使うものですよね?」


「いいのよぉ。バレなければ」



使ったかどうかなんて記録に残らないんだもの、とケラケラ笑うシスターは機嫌よく髪を摘まんで笑う。


 以前よりも艶々になって美しく輝く自分の髪を見て嬉しそうに目を細め、その笑顔のまま私に微笑みかけた。



「ライムさん、『アトリエ・ノートル』のお二人にもお礼を言っておいてくださる? 私たちはあまり生活に余裕がないから、あまり自分のお手入れができなくって髪もね、傷みっぱなしだったの。私みたいなお婆ちゃんでも嬉しいのだから、若いシスターなんて涙を流して喜んでいて……子供たちも綺麗になって喜んでるわ」



ありがとう、と私の両手を握る彼女に私は何とも言えない気持ちになって首を横に振った。

感謝されて嬉しいと思う気持ちもあるけど、なんだか居た堪れない。



「あの、シスター・カネット。私も教会から『聖水』を貰ってますし、ミントとは友達です。それに、皆さんが協力してミントを護衛として連れて行けるように配慮して下さってるのは、私でも分かります。それに裏庭での採取だってさせてもらってるから、私が一方的に皆さんに与えてるわけじゃなくって…――えーと、つまり、…そう、物々交換! 私たち物々交換してるんです。感謝してもらうのは、アイテム作ってる側としては嬉しいけど、あれこれ気を遣わないで下さい」



 伝われ、という気持ちを込めて細く頼りないシスターの手を握る。

色々言いたいことも伝えたいこともあったけれど、コレだけは知っておいて欲しい、と私は自信を持ってシスター・カネットに伝えた。



「それに、私もベルも、リアンも『嫌い』な人間にあれこれ融通するような『お人好し』じゃないので、シスター・カネットもミントも『私は価値があるのよ!』って思っててください。ベルが言ってました。あれこれ人にしてもらえるのはその人自身に価値があるからだって。お金とかじゃなくて、人として二人が好きなんです。優しくしてくれるし、色んなこと知らない私に沢山教えてくれて嬉しかったんです」


「ライムさん……貴女って子は、ほんとうに」



シスター・カネットが私の言葉を聞いて驚いていたけれど、すぐに優しく微笑んだ。

横でミントが泣きそうな顔で私を見ている。

それを見て恥ずかしくなってきたので笑いかけると、ミントに抱き着かれた。



「あ。でも、貰えるモノは貰います! タダより怖いものはないけど、お金がかからないに越したことはないですよね。検査っていうのがどんなのかも気になるし」



サフルも強くなりたいみたいだから、と頭を下げるとシスター・カネットはポカン、と口を開けた後、直ぐに笑い始めた。


 ミントはミントで私の手を握って決意新たに、「絶対に護って見せます。ドラゴンでもゴーレムでも極悪人でも悪魔でも使える部位を切り取って、ライムに渡しますから楽しみにしていてください!」と眩しい笑顔で言い切った。




(あれ、私余計なこと言った?)


「そういうことなら、あまり時間を取らせるのも悪いわ……ミント、お二人が帰る時に貴女、送って行ってあげて頂戴。私たちの代わりに『アトリエ・ノートル』のお二人にも感謝を伝えてきて。私は準備をしておくから、きちんと商品をお渡しして頂戴ね―――…ライムさん、私のことは『カネットさん』って呼んで欲しいの。シスターは腐るほどいるし、私も親しみを込めて名前で呼んで貰えた方が嬉しいわ」



では、奥で待っていますね、と言いながらカネットさんが扉の奥へ。

 パタン、と呆気ないほど静かな音を立ててしまった扉を呆然と見ていると、ミントが抱えていた紙袋の存在を思い出したらしい。



「は、はい! ええと、これがトゥルシールです。教会本部からのモノなので割引できなくてごめんなさい」



カウンターに一つ一つ並べて個数を確認してから、お金を払う。

申し訳なさそうにしているミントに、商売なんだからお金はちゃんと取らなきゃだめだよ、と怒る。

 ミントは苦笑しながら



「そう、ですね。リアンさんに怒られてしまいそう」


「そーそ。リアン怒ると面倒だから、貰う物は貰って。えーっと、私たちは何処に行けばいいの? っていうか適正検査ってなに?」


「教会では一定金額を支払うか必要な時期に適性検査を行うんです。と言っても、今回は聖職者検査に使う少し変わった検査になります」



七歳になった時に受ける能力判定みたいなモノかと聞けば彼女は、少し考えて小さく頷く。

ただ、とすぐに補足説明が入った。



「基本的にこの検査は聖職者の適正――……言い換えると治癒魔法が使えるかどうかの診断、あとは呪いの耐性などの適正を検査するんです。シスターや修道者として教会に所属する際に複数の検査をするんですが、その中でも特別で」


「治癒魔法ってディルみたいな感じで呪文を唱えたら怪我が治っちゃうって事だよね?」


「はい。一般的な検査とこの聖職者検査、あとは贖罪検査があります」


「……贖罪検査って」


「罪を犯したかどうか、また呪いやマイナス効果のある才能がないかどうかを見る為のものですね。犯罪者としての素質があれば『専門部隊』で訓練になりますけど」



 教会の廊下は妙に足音が響く。

似たような扉が並ぶ場所を通っていくと、真っ白い扉の前でミントが足を止めた。


 へぇ、と相槌を打った私に満足したのかミントは扉をノックして真っ白の扉を開く。

室内の中央には細長いテーブルというか台が一つ。

その台の上には水晶板と蝋燭式ランプしかない。

椅子も窓もないので妙な圧迫感があった。


 室内は薄暗く、うすぼんやりと橙色の光が揺らめいている。



「丁度良いところね。今点検を済ませたところなの――…サクッとやってしまいましょうか。ついでにライムさんも受けてみる?」


「え、あー……えっと、手を乗せるだけですか?」


「魔力はこの水晶版が必要な分だけ吸い取ってくれるわ。なにせ魔力の注ぎ方が分からない人間も検査するから、必要な機能なのよねぇ」



大丈夫よ!と笑顔で言われたのを受けて、サフルが一歩私の前に。


 若干私を背後に庇うようにしているのが少し気になった。

宜しくお願い致します、と頭を下げたのを見て穏やかな笑みを浮かべこちらに、とサフルを誘導する。



「ここに手を置いたらすぐに必要な魔力が吸い取られるわ。魔力がない場合や少ない場合は反応しないのだけど、反応しないことも多いから気にしなくていいですからね」


「は、はい」



流石に手を乗せる所にまで来ると緊張するらしい。


 ごくり、と生唾を飲む音が聞こえてきたが腹をくくるのは早かった。

右手を持ち上げかけたが左の手を水晶板へ乗せると、水晶板は淡く輝く。

本当に薄っすら、だけど。



「この感じだと『他者』の傷を治すまでの力はないわね。ただ、ある程度使いこなせるようになれば、自己回復ができるわ。と言っても、怪我の治りが早くなるくらい。魔力をもう少し増やせばかすり傷なら一日といった所かしら」


「魔力を増やす……ですか」


「ええ。訓練方法は簡単。魔石に倒れるまで魔力を注ぐの。あまり量がないから寝る前にすべきね。ライムさんはどうかしら」



おいでおいで、と手招きされたのでサフルと場所を替わってもらう。

 魔力色を判断した時と似たような水晶板だな、と思いながら手を乗せるとほんの少しだけ魔力が吸い取られる感覚。



「たったこれだけで判断できるんですか? 魔力」


「錬金術師は魔力量が多いから負担にもならないのねぇ。あら……? 魔力は強いけれど、治癒魔法の適正はないみたい。錬金術師の測定結果なんて早々見れないから面白いわ」



そう言いながらカネットさんは黒っぽい板を取り出す。

これは贖罪検査用の板らしい。

コッチにも手を乗せたけど私もサフルも反応がなかった。


 ホッとしていると面白がったカネットさんが次から次に色々なものを出してくる。

その結果なのか、私の魔力はアンデッドに気付かれにくい性質を持っていることがわかった。



「アンデッドって、はっきりしたものを好む傾向があるみたい。最近分かったのだけれど、同じ魔力でも魔力濃度が濃い方に引き寄せられるの。私は召喚師や錬金術師じゃないから詳しくないのだけれど、魔力の色の濃さを測定する道具があるみたいでねぇ……それで同じ魔力量でも濃度の違いで引き寄せ度合いが違ったそうよ。他にもマイナス効果にも引き寄せられるって聞いたわ」



 気を付けて、と言われて頷いた。

私の魔力にアンデッドが気付きにくいのは『色がない』からだと思う。

こういう利点もあるのか、と思いつつお礼を告げるとカネットさんが満足したみたいで生き生きしていた。



「私、これでも昔は現地で色々な調査をしていたの。懐かしいわぁ。ああ、ごめんなさいね時間を取らせてしまって。さっきの情報は広めても大丈夫だから親しい方に教えてあげて。アンデッドって色々と面倒だから」


「アンデッドってそんなに大変なんですか?」


「痛覚が極端に制限されていて、特定のモノにしかダメージを受けないの。欠損もしくは欠落、完全な破壊が必要ね。聖なるアイテムやそれに類する武器なんかを持っていれば通常攻撃も通るし、浄化作用を直接叩きこむことができるから上手くすれば一撃で片付けられるのだけれど」



とにかく気を付けて、と言われたので頷けば「アンデッド関係で困ったら教会にいらしてね」と言われて、部屋を出たんだけど結構時間がかかったので採取をせず戻ることにした。


 ミントが工房まで送ってくれたんだけど、その時に色々話をしてアンデッドは危ないと言い聞かせられた。


 お茶に誘ったんだけど、この後冒険者ギルドに行く用事があるらしい。

凄く申し訳なさそうに……というか苦渋の決断ですって感じを隠すことなく工房前で別れる。

直接ベルやリアンにお礼を言えないことを何度も謝りながら、時間がある時に絶対に来るからお茶をしましょう!って言っていたのが少し面白かった。

シスターも息抜きしたいよね。



「ただいまー……」


「おかえりなさい。って随分疲れているみたいだけど、何かあったの?」



訝し気な顔で紅茶入りのカップを傾ける普段通りのベルが私を出迎えてくれた。


 応接用ソファにはピクリとも動かないリアンがいて、ラクサは座っているもののぐったりしている。



「あの二人はどうしたの?」


「少し疲れたみたいですわ。そうそう、ヴァルトベアを仕留めたので血抜きして肉にしておいたから、味付けしてもらえる?」


「ヴァルトベアって結構大きい熊じゃなかった? 確か」



驚いて動かないリアンとラクサを見ると、服には返り血や“何か”が掠ったような痕跡。

 しかもなんだか全身薄汚れていて、綺麗好きのリアンと湯浴みが好きだと話していたラクサが気の毒になってサフルに湯浴みの準備を頼んだ。

サフルも不憫だと思ったのか、静かに一礼してお湯を沸かすために台所へ。


 聞くのが怖いな、と思いつつチラッとベルに視線を移す。

ベルはいつも通りで汚れてもいないし服も無事だ。



「ヴァルトベアってどのくらいだったの?」


「大したことなかったわよ。四メートルといった所かしら。上手いこと首を刎ねられたから、毛皮も剥いだの。毛皮を剥いでる時に近くにいた冒険者から、仕立て屋が毛皮を高く買い取ってるって話を聞いて持ち込んだら結構高く売れたわよ。リアンとラクサには無駄な傷を極力つけない様に殺すわよって指示を出していたから、それが良かったみたい――――…少し手こずったけど楽しかったわ。ベア系のモンスターって力もあるけど、あの体躯に似合わず結構素早いからいい特訓になるの。昔は一匹仕留めるのに苦労したけれど……鍛練を積んでいて良かった。今後はもう少し鍛練の量を増やそうかしら」


「……ほ、ほどほどにね」



ベルの楽しそうな声で色々悟った私は、大人しく台所へ向かった。

 アンデッドの情報は朝食の後にしようと思う。

多分だけど、リアンとラクサが色んな意味で瀕死だからね。



ただ、お土産よ!と言って渡された高級食材で、色々と見なかったことにすることを決めた。

美味しいお土産は今後もできれば欲しいからね。



話の展開的にはあまり進んでおりません……。

誤字脱字などがありましたら(ある気しかしない)誤字報告で教えて下さると嬉しいです。

毎度お世話になっております…orz


=モンスターと素材=

【トゥルシール/ホーリー草】

三大魔除け草と呼ばれる浄化・退魔効果が高い薬草。

ホーリー草とも聖なる草とも呼ばれる。

 油・聖水との親和性が高く、乾燥してもなお香りを放つことから乾燥させて持ち歩く人も多い。

薬素材としても有能。花が紫のが一般的だが、稀に輝くような白い色の花をつける。


【ヴァルトベア】森熊とも呼ばれる森にすむ熊。2~5m程度。

そこそこの大型動物で森では食物連鎖上位の存在。動きが体躯の大きさの割に素早く、力も強い。

冒険者や騎士であれば撃退できるが、ある程度の知識と実力がなければ死ぬことも。

新人は回れ右!(ただし逃げると追いかけてくるのでお勧めしない)

 毛皮は人気。わずかだが刃物を跳ね返すこともできるとか。

圧倒的攻撃力及び腕力が欲しいところ。

肉は食べられます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ミントが工房まで送ってきてくれましたが、中には入らず帰ってしまいましたけど、シスター・カネットに『私たちの代わりに『アトリエ・ノートル』のお二人にも感謝を伝えてきて。』と頼まれていまし…
[気になる点] シスター・カネットの年齢について気になっています。 145話で『私みたいなお婆ちゃんでも嬉しいのだから若いシスターなんて涙を流して喜んでいて』とシスター・カネットが言っていましたが、…
[良い点] カネットさんがおちゃめなおばあちゃんになってきましたね。好感度アップです!影の実力者な感じが漂ってきましたねー。 ミントも相変わらずで可愛いです。ミントが1番女の子らしいイメージですね………
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