144話 『聖職者のお守り』と
長くなりました。
もう多分、一話1万字程度になると思います……。
途中で切ろうとも思ったんですが、一気に載せておきます。
調合に使うリボン選びを、ベルとリアンにも手伝って貰った。
大きめの紙袋三つ分あるリボンの山から選んだのは、赤、青、緑、黒、白に金と銀。
高級感のある生地で光沢もあり中々綺麗だ。
数回分のリボンを用意しておいた。
ベルは先に調合をしに行ったんだけど、レシピは分かっているらしい。
二年になった時に使う教科書にレシピが載っているんだとか。
学院からは二年生になってから使う教科書がどれか、なんて手紙は来ていない。
ワート先生に聞けば教えてもらえるかな、と考えつつベルが出て行った地下室の扉を見る。
「ベル、2年生の教科書持ってるんだ…リアンは?」
「全学年分揃えてある。来年度分の調合は前期ならどうにか、という所だな。実力も経験も足りていない。ライムは持っていないのか? 一年の教科書はオランジェ様が用意していたようだし、てっきり全ての教科書を持っているのかと」
トランクの中身を思い出してみたけれど、昔からある図鑑以外に教科書になりそうなものはなかった。
ないかな、と首を横に振るとリアンが一つ提案だが、と言いにくそうに口を開く。
「金はどのくらいある? 出来るなら早めに揃えておいた方がいいぞ。進級時に該当書籍は値段が1割から2割ほど上がる傾向にある。学用品の中でも武器、防具、本は高いし揃えにくいだろうが……ないと話にならない必需品だ。特に錬金術師の場合最優先で買わなくてはいけないのは本だと僕は考えている」
リアン曰く武器や防具は採取に行く予定がなければ、最悪護身用のナイフだけで充分らしい。
けれど本がなければレシピが分からず、調合そのものができなくなる。
だから必ず一番最初に揃えた方がいいそうだ。
時々、本を一番最後に回してしまい資金不足で購入ができず……という人もいるんだって。
「初回の授業に教科書がない生徒を見て教員がどう思うかは、考えずとも分かるだろう。もし僕が教員だったら『やる気がない』生徒として良い印象は抱かない。絶対にな」
「確かに勉強する気がないんじゃないかって思われても仕方ないよね。高いものだから人に借りるってわけにもいかないし……完全に暗記してるならまだしも」
薬草の棚から手に取ったのは、小さな袋。
目の粗い生地で作られているので匂い袋にするには丁度いいんだよね。
最大調合数を思い出しながら十袋ほど小さな袋を籠に移し、隣にあった白いハーブに手を伸ばす。
「もし購入したいなら用意しておく。僕の分を仕入れた時に余分に仕入れているからな……初版本だからレシピも載っているぞ」
「薬を売ったお金とかあるし今のうちに買っておこうかな。売ってもらっていい? 買うの忘れそうだし」
「分かった。全学年分用意しておく―――…一人だけ進級できない、みたいな状況になると大損になるから試験で落ちないように頑張るんだな」
ニヤっと意地悪く口の端を上げたリアンは何処か楽しそうで、思わず半目になる。
(最近忘れていたけれど“こういう”ヤツだよね、リアンって)
別にいいけど、と思いつつ「調合だけなら落ちないよ」と言えば満足したらしい。
なまじ成績がいいから嫌味にしか聞こえない。
本人は軽口だったり、事実を伝えてるだけなんだと思う。
(言っていることはただ単に嫌な奴だけど、声が妙に優しいから色々チグハグなんだよね。自覚してないなら教えてあげた方がいいのかな)
面倒くさい男だとベルが時々呟いているのを思い出して、「そうかもしれない」とうっかり同意しかけた。
(細かいのは細かいよね。ベルはリアンとは違って割とおおざっぱだけど)
私的には時々面倒だけど大体便利な友達だ。
友達に便利って言葉が合っているかどうか分からないけど、歩く本みたいなんだよね。リアンって。
ベルは斧振り回しつつ片手で大型のモンスター引きずって帰宅するお姉ちゃん、って感じ。
昔、麓の村で奥さん達が『お姉ちゃんは面倒見がいい』って話していたから間違ってはいない筈。
「っと、ぼーっとしてる暇ないんだった。素材は全部揃ったし早速調合しちゃおう」
石畳の階段を上がって地下から出ると既にベルは調合の下準備を終えた所だった。
リアンは分量の計測。
地下の入り口から一番近いベルの調合釜には小さな作業台が置いてある。
その上には使う順に素材が並べられ、ベルは真剣な顔で教科書を見ながら小声で手順を復唱していた。
私も頑張ろう、と気合を入れて作業机に素材を乗せていく。
今回作る【聖職者のお守り】は作り方が簡単だ。
素材とレシピはこんな感じ。
【聖職者のお守り】最大調合量:五個分(布とリボン各一で一個とする)
リボン+布+聖水+酒+結晶石+浸水液
人々の安全や幸福を願って祈りの旅に出た聖職者が持っていたと言われるお守り。
強いアンデッド除けの効果がある。通常はアンデッドが寄り付きにくくなる、気付かれにくいなどの効果があるとされていて教会や修道院で購入ができる。また、錬金術によって生み出された場合は、身に着けるとアンデッドに対して攻撃ができるようになる。
尚、お守りの中に聖水に浸し一晩置いた銀貨を入れると効果が強まる。
=下準備=
・結晶石を砕き粉にする
・布は袋状にしておく
①すべての素材を調合釜に入れ、魔力を注ぎながら混ぜる
②完成すると布とリボンが浮いてくるので、釜から取り出せば完成
※魔力を注いだ量によって品質・効果が変わるので出来るだけ多く注ぐこと
時間がかかるのは、結晶石を粉にする作業位だ。
使う結晶石自体が小さかったり、濁っていたりして装飾品にできない無価値の結晶石を使う。
結晶石自体に浄化とか魔除けの効果があるらしくて、あまり品質に影響がないんだよね。
レシピと調合を繰り返すと何となく『品質を上げるのはこれかな?』って分かるようになってくるから不思議だ。
他の職業でも慣れてくると、作ってる人にしか分からないコツのようなものが分かるようになるんだと思う。
(才能、っていうのが多分これなんだろうな。私でさえスライムとか野良ネズミリスとか相手にしてると『今、思いきり振り下ろせば一撃!』っていう勘みたいなのが働くことあるから……戦闘系の才能持ってる人って常にこんな感じなのかも?)
粉砕機で結晶石を砕いている最中に、調合に必要なものを調合釜横の作業台に乗せていく。
今回も布用のトングが役に立つなぁと思いながら完成したアイテムを入れるトレイを置いた所で、粉砕作業が終わった。
今回は元々石が小さかったこともあって、消費魔力も時間も少なく済んだみたい。
一番の要因は結晶石が魔石より硬度が低いからだと思うけどね。
鉱物の中でも比較的脆い部類に結晶石は入る。
他にもいくつかあるけど、宝石クラスになると硬度がグンッと上がるから鉱物も不思議だ。
逆に硬度が高すぎて、特殊な道具を使わないと砕けない石も多い。
「下準備はこれでよし。全部入れて良いみたいだし、さっさとやっちゃおう」
入れる順番も関係ないみたいだから、全部いっぺんに入れる。
調合釜に入れると、どんなに軽い素材でも必ず釜の下に沈む。
だから完成したかどうかは直ぐに分かるんだけど……一体どうなっているのやら。
そんなことを考えながら杖を持って調合釜の中へ。
混ぜながら魔力を注げばいいと書いてあったので最初から全力で。
火力は中火と強火の間にしておいた。
沸騰はしないように調節するつもりだ。
完全に沸かしちゃうと品質が悪くなることが多いんだよね。
「あれ。なんか、意外と魔力持っていかれる?」
首を傾げつつグルグル調合釜をの中を混ぜていく。
釜の底に沈んだ素材たちは液体が多いからか、色味もあまり変わらない。
聖水やお酒、浸水液は無色透明だしね。
固形物はリボン、布袋(小)に粉にした結晶石なんだけど、結晶石の粉は白。
魔力を注ぐと陽が当たっている雪みたいにキラキラ光っていて綺麗だ。
見ごたえはあるな、と思いつつ減っていく魔力の量に眉を寄せる。
緩やかに、でも確実に減っていく魔力。
(どのくらい魔力が必要なのか分からないのが怖いよね。これ、魔力足りなかったらどうなるのか……爆発はしそうにないけど)
魔力が三分の一になったら薬を飲むことにした。
混ぜながらポーチを探って初級魔力ポーションを取り出す。
そうそう、回復アイテムなんだけど基本的に瓶の作りが違う。
だから見なくても触った時の形状で何の薬かわかるようになってるのが多い。
緊急時にいちいち確認する暇もないだろうから、こういう工夫がされてるんだって。
「ライム、そちらの調合はどうだ?」
グルグルと特に変化のない釜の中を眺めながら杖を回していると左隣りからリアンの声。
チラッと視線を向けると同じように釜を混ぜていた。
ただ、何度か調合したことのあるレシピっていうのもあって気楽にやっているらしい。
(リアンは一度した調合、きっちり覚えてるんだよね。私とベルは感覚でやってるけど、時計で時間を詳しく計ってるし)
高難易度の薬の調合は細かくて、正確に測らなくちゃいけないものも多い繊細な作業が求められる、と聞く。
多分私やベルよりリアンみたいな性格の方が向いてるんだろう。
実際に薬の品質がぐんぐん良くなってくしね、リアン。
店に置く商品は『C品質』の薬を作るレシピと手順で作るらしい。
「調子がいいとも悪いとも言えない、かなぁ。ただ、使う魔力は結構多いかも。三分の一くらいになったら魔力ポーション飲むつもり。このままだと一本は確実に飲まないとダメだね」
「この三人の中でも魔力が多いライムでも回復しながらの調合か。初めのころに比べると魔力は増えている筈だが」
「一生魔力切れまで調合して寝る生活なんだろうね。もう慣れたけど」
「……嫌な慣れだな」
「そのうちリアンも同じように慣れるよ」
「体に悪そうな生活習慣が続くのか」
はぁ、と息を吐いてるリアンに黙って調合をしていたベルが小さく笑う。
今度は右隣りに視線を向けると、グルグルと調合釜を混ぜながらベルが愉快そうに口元を押さえている。
「魔力が多いと寿命が延びるって聞いたことあるでしょ? 健康法だと思って続けることね。それに魔力の量が一定以上に達すると老いが止まるとも言われているし、私としては毎日魔力を使い果たすだけでいいなら喜んで続けるわ」
なにそれ、と聞き返しそうになったんだけど調合釜に変化があったので慌てて意識を切り替える。
両手で杖を握り締め、釜に向き直った私に二人も自然と調合に戻ったらしい。
調合釜の中を覗くとそこにはさっきとは違う光景が。
緩やかに点滅を繰り返す結晶石の粉。
細かかったこともあって冬の空に浮かぶ星みたいで、その中をリボンがクルクル動きながら袋を選ぶように揺蕩っている。
袋も袋でいつの間にか口が開いていて、少しでも光の粉を吸い込もうとしているみたいに見えた。
袋の色はどれも淡い、古着なんかを加工して作られたものだったのも結果的に良かったんだと思う。
重厚感のあるリボンとは合わないかもしれないなーと思っていたんだけど、この光の粉を吸い込んだ袋はとても綺麗に見えた。
(糸に粉が吸い込まれて定着してる……のかな。表面にくっついてるっていうよりは、ちゃんと糸に染み込んでる感じに見えるけど)
じっくり眺めていて気付いたこともある。
袋によっては模様みたいに光の強弱がついているようにも見えるのだ。
見間違いかなーって思ったんだけど、どうやら違うみたい。
不思議だったから、じっくり観察してみてどうして光の強弱がついているのかが分かった。
糸の種類が関係しているみたいなんだよね。
素材が絹糸なら強く輝いているけれど、綿羊の糸は薄っすら輝いてるかな?って感じ。
綿はその中間位の輝きだ。
(まさか糸の種類によって吸収率が違うとは……。でも、乾燥袋を先に調合してたから、糸との相性が分かったっていうのもあるよね。今回は運が良かったな)
そんなことを考えているうちに光は徐々に収まって、ゆっくりとリボンと対になって袋が浮き上がってきた。
最初に浮かび上がってきたのは、黄色の絹と白い綿の組み合わせで作られた袋と緑のリボン。
袋は滑らかな光沢を帯びて、どことなく神聖な雰囲気が漂っている。
重厚感のある落ち着いた緑色のリボンも、キラキラと微かな光を反射する見事な出来に。
見惚れる間もなく、次々に色々な組み合わせの袋とリボンが浮いてきて私は慌ててトングで回収。
「良くは分からないけど、浮かび上がってきた袋とリボンの組み合わせにしておいた方がいいかも」
そうしよう、と決めて袋を並べていると調合が終わったらしいリアンが近付いてくる。
ベルの方は佳境に差し掛かったらしく、張り詰めたような独特の雰囲気が漂っていた。
火薬らしきものが入った瓶と光の素になる素材を投下しているので、上手く魔力と素材を融合させないと拙い筈だ。
「……ベルには後で見せるよ」
「そうしろ。死ぬぞ」
「うん……今、凶悪な盗賊が侵入してきても一緒にお茶飲んで待てる気がするもん」
「どんな状況だそれ」
小声でぼそぼそ話しつつ『聖職者のお守り』を見せる。
実はこれではまだ完成しないのだ。
お守りだから中に入れるものが必要なんだよね。
「お守りには何を入れたらいいのかな」
お守り袋の中には何かを入れる、というのは知っていたけれど何を入れるのかまでは知らない。
村の麓でそういうものを家族の無事を願って作る、みたいなのがあったんだよね。
私はそれを渡す相手も受け取ることもなかったし、作り方も知らないけど。
「アンデッドに効果のあるものや縁起物などを入れるのが一般的だ。一般的には十字架、願いや祈りを込めた銀製品、手軽なものとしては聖水に一晩漬けて清めた銀貨とトゥルシールというハーブを入れる。トゥルシールは知っているか?」
うん、と頷けばリアンは満足そうに頷いた。
香りが強いので肉や魚の臭み消しに使うんだよね。
あとはお茶に入れたりもする。
「ホーリー草のストックはないよ。あんまり料理に使わないんだよね……高いし」
「料理に使うというよりも、浄化や儀式、祭りなどに使われる印象の方が強いからな」
冒険者や騎士にお守りとして持たせることも多いので一定の需要があるから高い、と言われてなるほど、と納得した。
中に入れるものは、購入者に任せようということで袋とリボンだけで売ることに。
私たちは銀貨とハーブを入れることにしたんだけど、これは明日の朝、教会で買うことにした。
基本的に教会で売っているものって浄化されてるんだよね。
今夜は聖水に人数分の銀貨を入れる、ということで話がついた。
「このお守りの効果範囲ってどのくらい?」
「範囲? ああ、あくまで持っている人間にのみ効果があるな。それがどうかしたか」
「護衛の分も用意した方がいいかなぁと思って。いざって時に攻撃が通じなくて……うっかり死んじゃうのはヤダしさ。サフルの分もいるでしょ? 寝る前に作っておくのもいいよね」
私の提案にリアンも少し考えて頷き、寝る前の調合は『聖職者のお守り』に決めた。
聖水を容器に入れて銀貨を七枚入れた後、陽と月明かりが当たる窓辺に置いておく。
明日の朝にコインを回収して、お守りの中に入れたら完成だ。
価格は銀貨五枚。
錬金術で作られている装飾品にしては安いけど、中身が入っていないし材料費も安いからこの値段で収められた。
ただ、これも常時お店には並べられないので早い者勝ちだ。
「限定商品、今後も多くなりそうだね」
「仕方がないさ。三人で作っていると言っても、調合時間が限られているのに作らなくてはいけないアイテムや補充しなくてはいけないものが多いからな。素材との兼ね合いもある。普通の店だったら客が寄り付かなくなる可能性が高いが、幸い錬金術の店だ。早々、赤字にはならない」
価格を決めているのは僕だからな、なんて涼しい顔で話しながら興味深そうに『聖職者のお守り』を鑑定している。
効果によっては、価格を上乗せするか…?なんて呟いていた気がするけど、空いている時間で結晶石の粉を作っておくことにした。
リアンはリアンで薬酒のストックを作るらしい。
回復薬の調合もいいけど、時間がある時に使用頻度が比較的高い調合素材を増やしておきたいんだって。
回復薬の調合は薬酒をいくつか作ってからにするようだ。
私が夕食を作っている間に作り終わるし、効率はその方がいいのかもしれない。
◇◆◇
ベルが無事に【閃光弾】の調合を終えて、ご機嫌で片付けをしている時のことだった。
私はいったん手を止めて夕食作りに取り掛かろうと思っていたんだけど、工房のドアがノックされる音が響いた。
驚く私を余所に、丁度地下から素材を持って上がってきたリアンが対応に向かう。
私は小型粉砕機を棚に戻し終えて調理用のエプロンをポーチから取りだしながら、視線を入り口へ。
視界に入った窓から差し込む日差しは少しずつオレンジ色に染まってきていた。
あと一時間もしない内に暗くなり始めるだろう。
「お客さん、ではないよね?」
「違うと思うわ。人数は一人みたいだけれど……焦っているような感じも伝わってこないし」
危険はないんじゃない、とベルは早々に興味を無くした。
私もベルが言うなら安全なんだろうと判断したんだけど、聞こえてきた声にピタッと足が止まった。
「約束した『小型薬入れ』出来上がったッスよ―――!!!」
ばぁん、とドアが開く音が響く。
入り口に立ってドアのカギを外したであろう姿勢で固まるリアンの肩をガッと掴む手。
何故か軽い興奮状態にあるらしいラクサの声が、賑やかに耳へ飛び込んでくる。
あまりの勢いにリアンは早々に諦めたらしい。
抵抗することもなく、すんなり工房にラクサを入れていた。
額を押さえて項垂れてたけどね。
「いっやぁ、オレっち久々に頑張ったんスよ! やればできるもんなんスね、人間って。指定通り『防水』『状態維持』がついたものを五つ、『防水』『強度強化』のモノを五つ、ちょっと凝った『完全防水』『状態記憶』っていう上位効果がついたのを三つ持ってきたんすけど、検品お願いするッス。あ、それから登録印はちゃんと側面と裏面にばっちり刻んで、ついでに豪華に見えるようにちょちょ~と細工彫りしてみたッス」
玄関の傍で騒ぎ始めたラクサを慌てて応接ソファに案内したリアンは盛大な溜め息をついて、サフルに紅茶の用意を命じていた。
私とベルの顔を見て席に座ってくれ、と一言言ってからいつもの席へ。
ラクサは前に来た時と同じ席に座って、手に持っていた箱から次々に商品を取り出していく。
パッと見てもかなり丁寧な彫刻が施されているのに、誰が持っていても問題ない出来。
リアンが小声で「品質はA+からSだな」と呟くのが聞こえて納得。
「にしても、よくこの短時間でこんなに細かい彫刻が彫れたね」
「まぁ時間はたっぷりあったンで、その間、色々と試行錯誤しながらベースは彫ってたんスよ。だから今回は、そのストックも使って……あ。まだ沢山あるんで必要なら持ってくるっスよ!」
へぇ、と相槌を打ちつつ商品を見せてもらっているとリアンが金庫から袋を取り出してくる。
チャリッとかすかな音が聞こえてきたので報酬が入っているんだろう。
「個数と効果は確認しました。コチラ、報酬の銀貨二十枚になります。コチラは、歩合制の対象とさせていただきますが一つお幾らですか?」
「え? あーじゃあ、銀貨五枚で頼むッス」
一瞬安すぎるんじゃ、とも思ったけど本人が了承したので私もベルも何も言えなかった。
リアンだけは涼しい顔で
「店頭価格は銀貨六枚ですね。内訳は銀貨一枚がウチの取り分になります」
と銀貨が入っているであろう袋を手渡している。
ラクサは、それを有難そうに受け取っていたけれど、そのまま懐に仕舞おうとしていたのでリアンがお金を確認するためのトレイを差し出した。
不足がないかどうかきちんと確認させてから、リアンが佇まいを直してラクサに視線を向ける。
「今回の雫時についてですが採取をする為、モルダスを離れます。ラクサさんは同行しますか?」
「願ってもないっスね。雫時は売上がほぼなくなるンすよ。直前くらいだと多少売れるんすけど……雨が降るとめっきり駄目で。ほら、この時期ってずーっと雨が降ってるから、ほぼ家にこもりっきりになるか、若い連中は出稼ぎに行くの二択でしょ? けど、オレっちも食っていくのに金は稼がないとマズい―――ってことで、是非! 同行の条件は、護衛料の代わりに飯が三回食べられるって事で変わりないッスか?」
頷くリアンに満足そうにラクサは笑って、右手を差し出した。
やや強引に握手をした後、ホッとしたのかソファの背もたれに体重を預ける。
目頭を揉みながら
「やっとオレっちにも運が巡ってきたみたいッスね。はぁ……正直、隣に『錬金術師の卵』が住むって聞いた時は、店を畳む覚悟もしてたんで何とか順調にいけそうで良かったッス」
「あら、どうして店を畳む覚悟を?」
「どうしてって……冒険者や騎士は近づかなくなるんスよ。ほら、一番街とかでも錬金術師の店の前って極力歩きたくないっていうか……運悪く絡まれると面倒じゃないっスか」
悪気もなくカラカラと笑うラクサに、私たちは肩の力が抜ける。
分かりやすくて納得のいく理由だなぁと感心すらしていると、どこからともなく大きな音が聞こえた。
何の音?と首を傾げる私にラクサがポンっと手を打つ。
「そういや、飯食うの忘れてたんでそろそろ帰るッス。金もなくなる前に入れてこないとマズいし」
「なくなるって、銀貨二十枚が一瞬で消えるみたいな言い方…」
「なくなるんスよ。これが。雫時で色々入用だし……今、家ん中に食い物何もないから、最低でも飯は買いに行かないと」
参った参った、と笑いながら立ち上がったラクサの服の裾を思わず掴む。
咄嗟のことで反応ができなかったらしいラクサが目を大きくして私を見た。
リアンやベルも驚いていたんだけど、今はそれどころじゃない。
ラクサには聞きたいことがあるのだ。
止められる前に、と口を開く。
「ねぇ、晩御飯食べて行かない? 私これから作るんだ。その間、色々と話を聞かせて欲しいんだけど」
「話、っすか?」
なんの?と首を傾げるので、ポーチから一輪の花を取り出す。
これは、小さい女の子から貰った花だ。
頭の片隅で保存方法を考えてたんだよね。
あと、お守り関連で聞いてみたいこともある。
「ちょっと、ライム。アンタ何を……」
慌てたようにソファから腰を浮かしたベルと、呆気にとられた表情のままこちらを見ているリアンを見なかったことにした。
「生花を劣化させずに持ち歩く方法知らない?!」
「は……? そんなのある訳…」
ないでしょう、と続くであろうベルの言葉は、ラクサのホッとしたような笑顔の前に掻き消される。
あとで聞いたんだけど、ラクサはもっと難しいことを聞かれると思っていたらしい。
「なんだ、そんなことっスか。それなら簡単ッス。特殊な樹脂で固めればいいんスよ。確か青の国では割と一般的な加工方法で、上手くすると宝石みたいな出来になるってんで…えーと『クレシオンアンバー』って呼ばれてる技法だった筈。専門にしてる細工師もいるって聞いたことが……」
人工的に琥珀を作り出しその中に植物や昆虫、他にも様々なものを閉じ込め、宝石のように加工する技術を『クレシオンアンバー』と言うらしい。
使用する樹脂は粘度の高い液体で色も様々。
魔力を通すことで宝石のような硬度になるらしく、細工師の宝石細工の練習にも用いられているようだ。
「本物の宝石を使うより安いから調べてはいたんスよ。けど、宝石みたいな硬度にするなら、錬金術師や専門職の人間に頼まなきゃいけないってんである程度まとまった金が必要で」
断念したッス!と胸を張るラクサにリアンがニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
どうやら私がラクサを引き留めた理由に気付いたらしい。
コッチは任せろ、とでも言うように私をちらっと見た後ベルに進言した。
「ライム。折角だからベルにも手伝って貰ったらどうだ」
「そう、だね。うん。ベル、悪いんだけど、ご飯作るの手伝ってもらっていい?」
何か話があるのだと察してくれたベルは、別に構わないわとお嬢様の仮面を被って私と共に台所へ。
食事の支度にとりかかると、野菜の皮剥きを頼んだベルが作業をしながら小声で
「それで? ラクサを引き留めた理由は何?」
まさかさっきの花の保存を聞く為、なんて言わないわよね?と言われて手を動かしながら小声で返す。
応接ソファではリアンとラクサが楽し気に話している。
「採取に同行してもらえるみたいだし、雫時までにある程度『ラクサ』を知っておいた方がいいんじゃないかなって思って。それに『聖職者のお守り』の中身に、ラクサが細工した金符っていうのを入れたらどうかな。アレなら薄いし場所も取らなさそうでしょ?」
効果も任意でつけられるみたいだし、と言えばベルは少し驚いて数分間真剣な顔で何か考え込んでいた。
が、考えがまとまったらしい。
手に持っていたゴロ芋を私に手渡して、いいんじゃないの?と続ける。
「行き来するのは面倒だし、余っている部屋を貸して数日店頭に立たせましょ。自分の商品を売り込むいいチャンスにもなるし、食事を出すといえば釣れるわ。朝の手合わせに付き合うのも条件に盛り込めば連携もとりやすくなるし、癖の把握もしやすいもの―――……ただ、ライム。私たちの部屋と地下室には防犯用の結界石を置くわ」
この提案は私から持ち掛ける、と妙にやる気なベル。
手合わせできるのがそんなにも嬉しいんだろうか、とゴロ芋をスライスしながら聞いてみるとベルは少し迷って
「それもあるけれど、細工のことを聞きたいの。ほら、今後自分たちの装飾品を作れるようになりたいって話したじゃない? アドバイスだけでも貰えると助かるし、私の好みを知ってもらえれば部分的に依頼をすることもできるでしょう」
それは確かに、と頷けばベルは声を潜めてラクサの評価を口にする。
どうやら貴族であるベルから見ても腕は確からしい。
性格も今の所悪くなさそうだし、戦い方を見て信用するかどうか決めようと思っていると改めてベルが宣言した。
手合わせをしてからじゃなきゃ信用しない、って言い切るアタリがベルだよなぁと思いながら、マトマをスープ鍋へ投下する。
今日は鹿肉の香草焼きと、ゴロ芋のガレット、マトマのスープ、サラダ、デザートに果物をつける予定だ。
「うっわ、すっげぇご馳走!!」
「いや、これ普通のご飯だよ」
「まじっスか。やっべぇ……オレっちここの家の子になるッス」
「こんなでっかい居候は要らない」
「同感ですわ」
ここまで読んで貰えて嬉しいです。
誤字脱字などの報告、毎回有難うございます。
入力ミスや変換ミスなどが多いので気を付けて見直してはいるのですが……。
国語の勉強からやり直すべきか…?
以下、新しい素材やアイテムについてです。
前回載せていなかった乾燥袋についても載せておきます。
=素材・アイテム・用語など=
【トゥルシール/ホーリー草】
三大魔除け草と呼ばれる浄化・退魔効果が高い薬草。
ホーリー草とも聖なる草とも呼ばれる。
油・聖水との親和性が高く、乾燥してもなお香りを放つことから乾燥させて持ち歩く人も多い。薬素材としても有能。花が紫のが一般的だが、稀に輝くような白い色の花をつける。
【クレシオンアンバー】創造琥珀。
特定の植物の樹脂に魔力を通すと固まる性質を利用した装飾技法。
現代で言うUVレジン。
通常ならば特殊な装置を使うが、錬金術師は調合釜と素材があれば調合可能。
完成したモノを削ったり磨いたりすると光沢が出たり、カットの仕方によっては宝石のように見せることも。
【乾燥袋】 最大調合量:5回 時間目安:2時間
布素材(消臭・吸湿効果付き)+赤の粉+砂+接着液+調和薬
=アイテム説明=
袋の中に入っているものを乾燥させ、臭いを消す。
悪臭もいい香りもすべての匂いを消すが強力な悪臭であればあるほど魔力消費量が大きくなる。
S品質15分、A18分、B21分と品質が落ちるごとに3分乾燥時間が長くなる。
使用時に魔力を消費し、途中で袋の口を開けると乾燥が止まる。
再開するには新たに魔力を流す必要がある。
【吸湿袋】 最大調合量:5回 時間目安:2時間
布素材+赤の粉+砂+接着液+調和薬
=アイテム説明=
入れたものの水分を吸い取る効果がある袋。
品質が高ければ高い程、効果が高い。
使用時には魔力が必要。なお、吸い取るのは水分のみ。