143話 派生調合と長旅に備えて
遅くなりました。そして、今回も長い……orz
次も調合になりそうです。
完成した袋はどれも【乾燥袋】に変化しているらしい。
リアンの鑑定結果を聞いて、改めて完成したアイテムを見てみる。
外側は麻、中は綿の袋が手元にあったので観察開始。
調合前と比べると明らかに別のモノなのはパッと見ただけでも分かった。
「見た目の変化はあるね。粉にした魔石の影響だと思うけど……キラキラしてる」
「そうだな。僕はA、ライムはA+、ベルはS品質だ。恐らくだが魔力の影響だろう。僕の魔力は青、ライムは無色でベルは赤だ。今回使った魔石の色が赤だったから、僕の魔力とは少々馴染みにくい。調合時に抵抗のようなものがあったし、魔力が流し難かった」
「私はとても調合しやすかったわ。魔力を流しやすいのは勿論だけど、使う予定より少ない魔力しか使わなかったから、品質が悪くなっていたらどうしようかと思ったもの」
まさか魔力色の関係だとは思わなかったわ、と完成した袋を観察するベルの横で同じように袋を眺めていると、リアンに小さく名前を呼ばれる。
視線を袋から離すと真剣な表情で私を見ているので……多分『鑑定』されてるんだと思う。
『視てる』時って大体真剣な顔になるんだよね。
「君はどうだったんだ」
「私はいつも通りだったよ。少なくとも、金属とか魔力と相性が悪い素材を相手にしてる様な感じはなかったかな」
素材の中にも魔力を通しにくいものもある。
定番は金属だ。
金属の中にも魔力を通しやすいものはあるけど、基本的に魔力と馴染むのに時間がかかる。
魔力抵抗の性質が強い素材も魔力を通しにくいんだけどね。
「魔力をぐんぐん吸い取られるのは装飾品だけなのかなーって思ったけど、今回は魔力の色が問題だったんだね。私の場合って色がないから、リアンやベルみたいに極端な結果にならなかったのかも」
「ふむ……恐らくはそうだろう。無色というのは色がないにも等しい。だからあくまで魔力使用量は基準値、というか指標として考えた方がいい可能性が高い。今後の調合で魔力量の話も聞かせてくれ。無色の魔力がどういう性質を持つのか興味がある」
じぃっと私を見るリアンの視線に居心地が悪くなったので、そっと隣にいたベルの背中に隠れた。
眼鏡の奥にある青い瞳が爛々と輝いているのが、かなり怖い。
時々、こう、新しい観察対象を見つけた!みたいな感じで見られることが増えたんだよね。
気のせいだといいんだけど。
「……ベル、私なんか実験素材になってる気分」
「解体まではしないと思うから安心なさい」
「僕は人間を解体する趣味はないぞ」
「あったら速攻で騎士団に突き出してるわよ―――…で、どうするの? コレ。名前も変わってるみたいだし」
そんなことより、とベルが口を開く。
軽く袋を指でトントンと叩いているので、私もリアンも意識を【乾燥袋】へ向け直す。
リアンは眼鏡の位置を直してから、手元のメモ帳を私たちの方へ向けた。
「まずは鑑定結果だ。全部書き出してはいるが、僕とライムが作ったものにほぼ差異はない。ベルの物の鑑定結果と比べるとS品質はA品質に比べて3分ほど乾燥時間が短くなる」
そう言いながら種類別に分けた袋の上に品質と効果を書き出したメモ用紙を乗せた。
これじゃあ分かりにくいだろうと、一枚の紙に種類別に分かりやすく一覧にしたものを見せてくれた。
「簡単にまとめてみた。これなら一見しただけでも分かりやすい筈だ」
差し出された紙には神経質そうな、でも綺麗な文字が並んでいる。
麻+麻(色は黒:黒) =【速乾(強)】【消臭】【破れない】【魔力消費:小】
綿+綿(濃赤:濃赤) =【乾燥(強)】【消臭】【柔らかい】【丈夫】【魔力消費:小】
綿羊+綿羊(鮮赤:鮮赤)=【乾燥(強)】【消臭】【柔らかい】【丈夫】【魔力消費:小】
綿+綿羊(濃赤:鮮赤)=【乾燥(中)】【消臭】【丈夫】【伸縮性:小】【魔力消費:小】
麻+綿 (黒:濃赤) =【乾燥(強)】【吸水】【消臭】【頑丈】【魔力消費:微】
麻+綿羊(黒:鮮赤) =【乾燥(強)】【吸水】【消臭】【頑丈】【魔力消費:微】
凄くない、コレ。
と指させば二人ともコクリと頷いた。
何が凄いってまず効果だ。
普段使いにも向いてるんじゃ、と思いつつ売れるかどうか確かめることに。
「まずはちゃんと使えるかどうか確かめてみる? 濡らした布と革……あと何がいいかな」
「布もいくつか使ってみましょう。傷みやすい絹に一般的な布、あとは革辺りかしら」
そう言うや否やベルは道具入れから布、革の手袋、絹のハンカチを取り出して、掃除用に汲んでおいた水に躊躇なく突っ込んだ。
水が滴る布はそれぞれの袋へ。
全ての袋に入れてから中に入れた布の品質をリアンに確かめてもらう。
「検証作業って鑑定できる人がいないと凄く時間かかるよね。測定器で計らなきゃいけないでしょ?」
「そうね。リアン、貴方とても役立ってるわよ」
「……素直に喜べないどころか微塵も嬉しくないんだが―――…絹は品質S、他はAだ」
文句を言いながらもちゃんと鑑定してくれるリアンは、『必要なことだから手を貸してるだけなんだが』と不服そうにしているけど、本気で怒っていないのは私もベルも、多分本人も分かっている。
それを余所にベルは近くにあった袋に片っ端から魔力を流して、魔力を流した時間をメモ用紙に書き込んでいるようだ。
「この中では私が一番魔力の残量が多いでしょうから、魔力を入れるのは私がやるわ」
そう言いながら魔力を流しているベルは半分ほどに魔力を注いで、ピタッと手を止め感心したように袋を見る。
「本当に魔力は少なくていいのね。魔力を使ってる感覚があまりないわ……調和薬の調合の時より使ってない筈よ」
大丈夫なのかしら、と首を傾げつつも次の袋に再び魔力を流し始める。
「私たちは魔力量が多いから余計そう感じるのかも。普通の魔力量の人ならどうなのか分からないけど、寝る前とかに使うにはいいのかな?」
「宿や野営で寝る前に使うといい、と伝えておいた方がいいかもしれない。魔力は乾燥が終わるまで流し続けるのか?」
「最初だけみたいね。必要な分を吸い取られる感じ、かしら」
途中で開けてみる?とも言われたがそれはもう一度検証する時にしよう、ということに。
結果で言えば、途中で開けると乾燥は中止されることがわかった。
再開するにはまた魔力を流さなくてはいけないから、魔力が少し無駄になることも判明。
「そろそろいいかしら?」
時間が経ったし、と一番近くにあった黒と黒―――…麻の袋を縫い合わせたものを開いて入れた布を取り出す。
他のものも取り出して調べたけれど、どれも全て乾いていた。
「面白いわね、これ。革の嫌な臭いも綺麗になくなってるもの。モンスターや魔物は血液や臓物が匂うことが多いのは知ってる? 体についたなら洗い落としたり香りで誤魔化せるけど、服や装備品なんかはなかなか取れなくて困るのよ。特に沼や水辺のモンスターは時間が経つと臭みが強くなるから、これは助かるんじゃないかしら」
汚れてすぐ洗ってコレで乾かせば臭いも消えるし、と続けたベル。
ただ、そこで一度言葉を切って眉を顰めた。
手袋を外して絹のハンカチを指でなぞり、確かめるように陽に透かして見たり、裏返してみたりと点検をし始める。
同じように布切れや革の手袋を点検し終えたようだ。
それを見ていたリアンが眼鏡をはずし、目元を押さえながら息を吐いて鑑定結果を口にする。
「鑑定結果を見る限り、麻のみの布袋は革素材や金属に向くようだ。綿のみ、綿羊のみ使用した布袋は、繊細な布や皺などが付きやすいものに使用するといいだろう。綿は植物系の布素材の品質を保つ働きがあり、綿羊は動物系素材を元にした布の色艶をよくする働きがあるようだ。単体で組み合わせたものはハッキリ使い道が分かれたが、麻と組み合わせたものについては普通の衣類ならば問題なく使える筈だ。ドレスなどの高価な布を洗う場合は綿と綿羊を合わせた布袋が適している」
「ある意味納得できる結果だね。それぞれの特徴が出たみたいだし」
「ああ。ただ、二枚縫い合わせていることで強度がかなりあるようだ。これなら魔力さえきちんと通して、刃物などで傷さえつけなければ長く使い続けられるんじゃないか?」
元が布なので折り畳めば小さくなるし、かさばらない。
冒険者や騎士は長旅や長期遠征では必ず着替えを持ち歩く。
洗濯が早くできて天候を気にせず服を乾燥できれば、荷物そのものを減らすことができるのは考えなくても分かる。
結構凄いものを作ったな、と思いながら袋を眺めて……ふといくらで売るのか気になった。
今後補充するのが簡単ではないし、雫時が終わるまでの調合や準備が大変だから少なくとも二か月は補充できない。
全部で袋は十五袋しかないのだ。
「……これ、値段とかどうしよう? 売る人考えないと拙いよね」
「まず僕達が所持すべきだろう。便利だし、長く使える。雫時以外にも服や装備が濡れると体力が削られたり病気になりやすくなる。そういった事態を避ける為にもこういったアイテムは今後必要になる。ましてダンジョンに行くなら持っておくに越したことはない」
商人の顔をしているリアンの言葉に頷く。
ベルも同じ意見なのか真剣な顔で乾いた布を確認していた。
「そうね。それは賛成よ。ただ、数と種類が問題よね……個人的には麻袋で作ったものと混合の乾燥袋が欲しいわ。外での戦闘では金属製の鎧も付けるし」
戦闘のことを考えて私もリアンも納得できたので、ベルは麻で出来たものと麻と綿羊の乾燥袋を二種類。
私とリアンは綿で作った袋と綿羊で作ったものをそれぞれ一つ、そして麻と綿羊で作った乾燥袋を持つことに。
十五袋から六袋減ったので残りは九袋。
綿と綿羊で作ったものが二袋、麻と綿で作ったものが四袋、麻と綿羊で作ったものが三袋だけになる。
散々話をしてあまり安く売ると後々困るし、手間も時間も凄くかかる上に素材が素材だから……と話し合って一袋金貨六枚ってことになった。
「ぼったくり価格ね」
「ふん。回復薬などの命に関わるものをギリギリ採算が取れる値段で販売している分、こういうもので儲けるのは当然だ」
「まぁ、これくらい高くしないと皆欲しいっていうよね。普段使いもできそうだし」
売れるのはいいし、欲しいって思ってもらえるのは作り手としてはとっても嬉しい。
けど、それはそれ、これはコレだ。
私たちも特定の調合ばっかりしてられない。
調合した時は綺麗だなーって思ったし、出来ればまた見たい光景だったけど、他の調合も色々したいし、採取にも行きたいんだよね。
(自由に調合出来なくなるのは絶っ対やだ)
忘れない様に分かっていることを細かく書いたメモ用紙を貼り付けて、鍵と魔力認証付きの保管庫に布袋をしまっておくことにした。
この保管用の金庫、実はパッと見ただけじゃ分からない様になっていたんだよね。
かなり古いものなんだけど、工房生がいる工房には一つ備え付けてあるんだと思う。
「はぁあ、ひと段落って感じだね。ホッとしたらお腹空いたぁ」
ぐぐぐーっと大きく伸びをするとベルやリアンも同じように肩の力が抜けたらしい。
体をほぐすような動きをしながら時計を見て苦笑していた。
布を一から染めて、更に調合ってなるとほぼ一日はかかる、ということが分かったのが一番の収獲だ。
お昼をちゃんと食べてなかったから、オヤツと一緒にお昼を食べることにした。
「こういう時、作り置きしておいてよかったって思うよ……ご飯」
「私たちとしても色々選べて楽しいわよ。その日の気分で自由に選ぶって早々ないもの」
「体調に合わせて自分で選べる上に、一度食べているから味も分かって安心だしな」
そう言いながら好物を食べつつ、魔力回復を図る。
食べる速度は普段よりのんびりで会話をしながら食事を進めるんだけど、食事を終えているサフルが飲み物を用意してくれたり、使った食器を下げてくれて『貴族』の生活ってこんな感じなのかなぁと頭の片隅で考えた。
窓の外を見るとまだまだ明るいけれど、時間はおやつの時間を半分過ぎている。
長い時間調合するとやっぱり疲れるんだよね。
やれやれーと思いつつ食べ終わったお皿をテーブルに置けば、サフルにあっという間に回収された。
しかも片付けが終わると直ぐに私たちの所へ戻ってきて、機嫌良さそうにあれやこれやとして欲しいことはないかと目線で訴えてくる。
放って置くのも申し訳なくなってくるその姿勢に、紅茶を頼めば喜んで台所へすっ飛んで行った。
ご主人様大好き!って感じのファウングみたい。
「そういえば、なんでアイテムの名前が変わったんだろう」
ふと浮かんだ疑問を口にすると学年主席で優等生代表のリアンが何でもないことのように説明してくれた。
「特定の効果や条件を満たすとアイテム自体が別のモノへ変わることがある。派生調合と呼ばれているな。【吸湿袋】が【乾燥袋】に変化したのは『消臭』効果を布に付加したことで条件を満たしたんだろう」
「派生調合か……それってオリジナル調合と似たような感じって考えてもいいの?」
「まぁ、似たようなものではある。派生調合と呼ぶのが今は主流だが昔は応用調合とも呼ばれていた。僕らは工房生で筆記試験はないが、ある程度のことは知っておくべきだ。将来弟子を取ることもあるだろうしな」
「……ど、努力はする」
ベルと私はリアンから顔をそむけた。
知識を詰め込むのは嫌いじゃないけど、私もベルもどっちかっていうと実践で勉強したい。
リアンの話は相変わらず小難しい。
説明は分かりやすいんだけどね。
◇◆◇
サフルが紅茶を淹れている間、私たちはのんびりソファーに座って小休憩をとることに。
紅茶の準備ってちょっと時間かかるからね。
お湯が沸いてからもカップを温めたり、蒸らしたりしなきゃだし。
「そういえば、採取に行く時誰と行くの? 早めに声を掛けておいた方がいいんじゃないかな。準備もあるだろうし」
「言われてみるとそうね。とりあえず、サフルは確定として四人……護衛は一度行動したことのある相手の方が望ましいわ。信用できるもの」
「ディル、ミント、あとは騎士科の二人……といった所か。ある程度戦力があるならラクサを誘うというのも手だな。実力が見てみたいし、信頼関係が築ければ今後の付き合い方もかなり楽になる。難しいところだな」
「ディルとラクサは行けるって言ってたし、ミントにも予定聞いてみようよ。エル達はどうかなー…」
脳裏をよぎるのは最近あった騎士科が原因と言われている回復薬騒動。
騎士科には、錬金科と同じくらい長い歴史があるのは知っていた。
リアンとベルに教えて貰ったからね。
でも、長く続いている分だけ時代にそぐわない決まりや習慣のようなものもあるらしい。
錬金術師にも貴族の選民意識っていうのはあるらしいんだけど、錬金術自体扱えることが凄い!って感じだから貴族も一目置いているんだとか。
嫌味や皮肉を言われる……程度は日常茶飯事みたいなんだけど、手を出したり陥れることは滅多にしないし、
そういうことをする余裕は学年が上がれば上がるほどなくなるそうだ。
(ま。錬金術って時間との闘いみたいなところあるし、人にかまってられないのも分かるかも。学院だと試験が結構な頻度である上に、後半は自分で採取場から採取する実地試験みたいなものもあるってリアンから聞いたんだよね)
リアンが学院のことについて詳しいのは、おばーちゃんが亡くなった段階で入学の為に勉強をしていた結果みたい。
才能があることは幸い分かっていたから、素材や制度なんかを調べたんだって。
調合方法も知ってはいたけど『師匠』がいなかったから予行練習ができなくて、工房では早い段階で調合してみるつもりだったとか。
私が都合よく調合したことがあったから助かった、と改めてお礼を言われた。
あと、初めて会った時によく知らずに突っかかって悪かったな、とも。
正直変なもの食べたのかと思った。
ギョッとしている私を見てベルがため息交じりに口を開いた。
「護衛についてだけど、騎士科は外した方がいいわ。対立構造が深まっていてゴタついてるのもあるし、何より振り分けが始まるから」
「振り分け?」
「そう。振り分け。選別とか階級分けともいえるのだけれど……何回かに分けて実力を測るの。試験にも影響するし、実力を早い段階で理解させて努力もしくは辞めさせるっていう目的もある。試験とは別に、ね。長く合わない訓練や鍛練を続けるのには覚悟もいるし、騎士科は直接的な命のやり取りが多くなるから」
「死なせない為に実力を把握させる、か。大事だよね。無茶して死んじゃうのが一番無駄だもん」
「今の騎士科は割と殺気立ってるわよ。なんだかんだで庶民出身の騎士が圧倒的に多いから、貴族出身者に目にもの見せてくれる!って具合にね。エルとイオも同じじゃないかしら。あの二人『貴族』嫌いでしょう?」
涼しい顔でティーカップをソーサーに戻したベル。
その姿を見てベルも貴族だったことを思い出した。
「まぁ……うん。あ、でもベルのことは嫌いじゃないと思うよ」
「私のことはいいのよ。嫌われてないのも態度で分かるし」
「そっか。あ、でも一応『今回は忙しそうだし、また今度採取についてきて』とかそんな感じで手紙出しておいた方がいいかな」
いいんじゃないかしら、と言うベルに早速ポーチから手紙のセットを取り出す。
この二人とはリンカの森に行く程度で、長期の旅に同行してもらったことはない。
でも、短い距離でも二人の性格や戦い方は見てきた。
家族の顔も知っているし、いざって時に見捨てることはしない性格なのは腕を犠牲にして『救援要請』に応えたことでも分かってる。
新しく『チーム』に入れたっていう名前も知らない貴族騎士がどう出るのかは分からないけど、イオがいるなら大丈夫だと思う。
「エルとイオは体力もあるし、採取中も邪魔にならないように警戒してくれるから安心して採取できるんだけど……学校の事情で来られないのは仕方ないよね。同じ錬金科でも工房生の私たちと学園に住み込みの人達じゃ違うもん」
「工房生は応用力と調合技術を磨ける代わりに時間と金策に追われる。やり方によっては、まともに技術も知識も身に付けられないまま……ということもあり得るからな」
「あちらは安定して技術と知識を詰め込めるけれど、ある程度の金銭的余裕と『繋がり』が必要になるわ。まず調合釜の数が限られていて自由に調合ができない。次に自室に調合釜を設置できたとしても、素材を取りに行くことがそもそも難しいもの」
頻繁に使うアオ草も安いとは言っても毎回買えば高くつく。
サフルが淹れてくれた紅茶のカップを持って一口飲みながらぼーっと考える。
もし、自分が『工房生じゃなかったら』どうなってたんだろう、というもしもの話。
(間違いなくお金はなかったと思うな。素材を取りに行くって言っても授業は午後まであるだろうし、戦うのが苦手な私一人でリンカの森に行くのは勿論……草原もちょっとダメ。というかベルやリアンと出会ってなかっただろうし付き合いもなかった筈)
リアンの鑑定能力や知識、ベルの戦闘能力と貴族としての情報収集能力。
素材を見ることはできるし採ることもできるけど、それを発揮する場所がなければ、ちょっと調合をしたことがあるただの生徒だ。
「私、ホントに工房生でよかったかも。普通に生徒として学園に通ってたら、皆よりちょっとできる素材の採取とか役に立たないだろうし」
なにより好きに調合出来ないとか無理だ。
思わず真顔になった私にベルが心配そうにどうしたのかと聞いてきた。
もしも、の話をすると二人とも私と同じように『自分が工房生じゃなかったら』という状況を考えてみたらしい。
「錬金術を楽しいとは思えなかったでしょうね。あと、必要最低限だけ学んで……後は、どうしてるのかしら。つまらない茶会やら社交やらに駆り出されて、息苦しい想いをしていたことだけは確かよねぇ。考えただけで寒気が走るわ」
ああ、考えなきゃよかった!と一気に紅茶を飲み干したベルに、リアンも納得したように小さく頷いて、目を伏せた。
僕は上手くやってるんじゃないか、みたいなことを言うのかと思えばリアンの口から出たのは私の想像とは正反対の言葉だ。
「首席ではあっても実力も見識も育たないまま知識ばかり蓄えた“無能”になり果てていただろうな。そうなれば……オリジナル調合なんて夢のまた夢、だっただろう。教科書や書物、誰かの残した文献にのみ頼るのは賢いやり方とは言えない」
教師にも癖があるようだし、と真剣に分析をしているらしいリアンは私とベルが驚いているのを見てハッと我に返ったらしい。
表情を隠すように眼鏡の位置を正し、ぐっと紅茶を飲み干した。
カチャッと小さな音が鳴って、目が合わないままリアンが立ち上がる。
「―――…くだらない話はここまでだ。言い忘れていたが、ミントは恐らく参加できない」
ティーセットをまとめてトレーに乗せたリアンが台所へ足をむけた。
去り際に時計を指さしていたので視線を向けると食事を含めて一時間が経っている。
魔力も八割ほど回復しているし、そろそろ次の調合に取り掛かるらしい。
私も残っていた紅茶を飲んで空っぽになったカップを手にリアンに近づく。
「ミントが参加できないってなんで?」
「すっかり忘れていたんだが今年は『エンリースの涙雨』が行われる筈だ。去年は青の王国だったからな」
聞いたことのない単語だったので、どういうものなのか聞いてみた。
ティーカップを私の手から取り上げたリアンが何でもないことのように言葉を紡ぐ。
どうやらリアンが食器を洗ってくれるらしい。
「各国には必ず一つ『聖なる泉』があるのは知ってるか? そこで大聖杯と呼ばれる神具を洗い清めるんだが、聖杯者と呼ばれる人間が毎年各国を回ってこの儀式を行う。今年はトライグルで行われるから、教会関係者は軒並みこの儀式の準備にかかりっきりになる」
ミントも忙しいのか、と肩を落とすとポンポンっとベルに肩を叩かれた。
視線を向けると困ったように笑って地下へ向かう方へ歩みを進める。
「この儀式は『雫時』の2か月間いつ行われるかわからないの。わかっていれば予定もたてられるんだけど……ミントがいる教会にはシスター・カネットがいらっしゃるでしょう? 彼女は教会にとって『大事』らしいから、まず間違いなく今回の儀式に深く関わることになるわ」
詳しいことはミントに聞いてみなさい、と言われたので明日の朝聞いてみることにする。
「ちょっとだけなら話も出来るかな…」
「大丈夫じゃないか? まだ雫時まで時間があるからな。早い内に色々聞いて置いた方が、君もミントも安心してそれぞれの仕事や用事に集中できるはずだ」
うん、と頷いてから顔を上げる。
私も地下に向かおうと足を動かした所だったんだけど、ベルはニヤニヤしながらリアンを見ていた。
時々良く分からないことするんだよね、ベルって。
リアンは嫌そうな顔でベルを見て小さく溜め息を吐いていた。
「とりあえず、ミントのことは分かったし、エルやイオが今回も旅に行けないってことだよね? ってことは、今回は私とベル、リアンにサフル…護衛はディルとラクサ?」
「ディルとラクサにはこれから確認してみるが、恐らくそうなるだろうな。もしこの二人が難しいようなら冒険者を雇うことを考えなくてはいけないが……あまり気は進まない」
そう言いながらも素材を取りに行くぞ、と一言言って歩き始めたリアンの背中を追う。
調合するものは食事をしながら決めたんだよね。
決めたって言っても大雑把に、だけど。
リアンは丸薬と中級ポーション。
ベルは作ってみたい爆弾があると言っていたから、それを作るんだと思う。
私は旅に役立つようなものを作ってくれって言われた。
「私も知らない人と一緒っていうのはちょっと嫌かも。採取の邪魔しない人ならいいんだけど……こう、採取してるものとかを覚えられて根こそぎ採ってくとかしないとも限らないでしょ? 普通の人はしないと思うんだけどさ、自然の素材って回復するのに一定の時間がいるから、そういうの分かってないと次に採取できなくなってたりするし」
そういうのが有り得る、と思ったのは新人冒険者の雑な採取を見てから。
帰り道でエルやイオに色々聞いたんだけど、中には後先考えずに片っ端から採取をして売りさばく人もいるらしい。
そういう人は悪評が多少なりともつくらしいんだけど、ギルドも完全にそういった人を把握しているとは限らないとも言われた。
「それは、まぁ一理あるけど……命の心配より先に素材の心配っていうところがライムよね。あと、今回の爆弾は閃光弾にしようと思ってるんだけど、どうかしら?」
「アンデッド対策としてはいいだろうな。ハチの天敵が増えていると言っていたが、おそらく今年は渡り鳥が多いという解釈でいい筈だ。閃光弾は有効だろう?」
いいんじゃないか、と頷いたリアンの言葉に私は足を止める。
地下に降りる階段の所で止まったので足音も止まった。
「? あれ、でもハチって光に弱くなかったっけ?」
地下室で必要な素材を探している二人は、顔をこちらに向けないまま声で返事を返してくる。
私も作るものを考えながら残りの階段を降りた。
「ん? 黒いモノを追うんじゃないのか?」
「私もそういう風に聞いているのだけど、違うの?」
「光に集まってくるよ、ハチ。まぁ、黒くて動く物体にも反応するけど……そもそも光が分からないと“動いているかどうか”が分からないよね。明るくないと黒いものが動いてるって気づかないだろうし。虫だから触角みたいなのとか私たちにない特殊能力があるのかもしれないけどさ」
回復薬は何時でも作れるしリアンの方が得意なので、私はアンデッド対策をすることに。
色々あるけど聖水を使ったお守りみたいなものを作ろうと思い立ったんだよね。
手帳を取り出した所でリアンとベルが目を丸くしているので、どうしたのかと聞いてみると二人とも頭を抱えてブツブツ何かつぶやき始める。
リアンは割と予定外のこととかがあるとこういう行動をとることがあるんだけど、ベルまで頭を抱えて深く何かを考え込むのは珍しい。
変なことでも言ったかな、と一瞬思ったけど深く聞くと面倒そうだから放って置こうと思う。
大事なことなら教えてくれるだろうしね!
作るアイテムは雨に濡れても影響がなさそうな『聖職者のお守り』に決めた。
今日は布系の調合日だ。
じわっとモンスターの生態なんかを考えるのも好きです。
ただ、やっつけ方が分からない。
倒したことないからなぁ……保護ならするけど。鳥とか。
虫は大体叩き潰して終わり。
誤字脱字変換ミスなど発見した場合は誤字報告で教えて下さると嬉しいです!
ブックマークや感想、評価も嬉しいですがアクセスして読んでくださるだけで充分有難い…。
少しでも楽しんで貰えたら嬉しいです。
中々8000文字くらいに抑えられない…orz
悪い癖ですね