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141話 『薬屋 ニヴェラ』

とりあえず、書き上がりました!

予想外に出てきた女キャラです。

女キャラ枠……でいい筈。おばあちゃんだけど。


わりと、おばーちゃんが好きらしい。おじいちゃんも好き。

味があるじゃないっスか、ファンタジーの老人たち。

 魔物とかがいて色々苦労しただろうし、穏やかな人が多いんじゃないかなって思ってる。




 作業テーブルの前に並んだ袋を前に、私たちは難しい顔で立っている。


 テーブルの上には三種類の袋。

染めたのは麻袋・綿・綿羊混合布の三種類。

麻袋は黒に染めて、残りの二枚は赤色に染めた。

 袋の上にはリアンが鑑定した結果が乗っているんだけど……ここからどうすべきか。



「とりあえず、ちゃんと『消臭』効果はついてるね。麻布は外側に使うとして……ある分だけ合わせて縫い合わせる? それとも二枚ずつくらい残して置いておく?」


「個人的には、三枚ずつ残しておきたい。染める作業は時間がかかるからな」


「じゃあ、そうしよう。で、黒と黒、赤と赤……で一枚ずつ作ってみるのもアリだよね。どうなるのか分からない訳だし」


「いいんじゃないかしら。同じ袋を縫い合わせたのを各種一つずつ、綿と綿羊の組み合わせを二枚。残ったものは麻袋と綿、麻袋と綿羊の二種類で半分ずつ……縫い合わせる前の布を各種三枚ずつ保存で決めましょう」


「だね。じゃあ、縫い合わせちゃおう。袋ができたら調合しないといけないし、今日は丸薬づくりもあるでしょ? 保存食も作れそうなら作りたいんだよね」


「それなんだが、縫い合わせる作業は仕立て屋に頼まないか。薬屋に行っている間には出来上がるだろうしな。難しい作業もないから精々……銀貨3枚…いや、銀貨2枚にする」


「値切る気満々だ」



安くできるなら安くするべきだろう、と言い切ったリアンは出かける準備を始める。

 戸惑っていると、マントを羽織ったリアンが留め具を止めながら窓の外へ視線を向けた。

釣られるように視線を向けるとお昼近くなっていて驚く。



「け、結構作業してたんだね」


「ああ。一応薬屋は曜日関係なく空いているが、暗くなると薬草なんかを見分けるのに支障が出る。鑑定がないなら陽の元でしっかり確認した方がいいだろう」


「そういう事なら仕方ないわね。縫い合わせは依頼しましょ。ちなみにだけど、赤字にはならないのよね?」


「今までの支払いを考えると、まだ赤字だな。生活費なんかも工房の売り上げから考えると、だが。ただ、食費は考えていた必要額の半分だし、素材の買い取りなんかも遠くまで採取へ行く費用を考えると格段に安い。今はまだ赤字だが、来月には黒字になる」



其処で一度言葉を切ったリアンは、作業机に乗っている袋を一つ手に取ってニヤリと笑う。

 切れ長の目が鋭利な光を宿して私たちを見た。



「―――……が。上手くいけば今月末にはギリギリ黒字にまで持っていける」



そう言ってリアンが浮かべた笑顔は確実に悪人のそれだった。


 うわぁ、と思わず零れた声にベルが息を吐く。

優等生は完全に仮の姿で本当の姿はただの悪徳商人です、って言われたら凄く納得できる顔だ。



「リアン。悪い顔を極めてるから、戻して」


「ん? ああ、悪い。最小限の資源を加工して最大の利益を得るというのが僕は一番好きなんだが、最近は中々そういう機会もなかったからな」



コレだから商売は止められない、と人が悪い笑顔を浮かべてニヤニヤしているのはかなり不気味だ。

そうっと離れてベルの傍に近寄る。



「ベル、リアンが壊れた」


「安心していいわ、リアンは元々こんな感じだから。武器が鞭って時点で大体察しなさい。ただの変態よ」


「へんたい」


「近付いたら身ぐるみはがされて売られるから気を引き締めなさい」



いいわね、と念を押すベルの目は相変わらず真剣だ。

冗談なのかどうかわからないから、頷くにも頷きにくい。



(同じ工房の同期生を進んで売るような性格ではないと思うんだけどなぁ)



否定も肯定もできずにとりあえず笑っていると、リアンが普段通りの不愛想な顔に戻ってじろりとこちらを見た。



「おい、悪口なら本人のいない所で言うのが普通だろう。配慮をしたらどうなんだ」



ムッとしたようにコッチを見るリアンだけど、手に握られた布袋のせいで色々台無しだった。


 そんな軽口を言い合いながら未完成の布袋をまとめていく。

縫製する時に分かりやすい様に数と組み合わせをしっかりメモ用紙に書いておく。

難しい作業ではないけれど、組み合わせがバラバラになって注文と違う……ってなるのは嫌だしね。



「あ、サフル。ちょっと薬屋さんに行ってくるから留守を頼んでいいかな? ご飯とお茶は用意してあるからね。お茶はお湯入れて飲んで」


「――…はい。ありがとうございます。お気を付けて行ってらっしゃいませ」



態々玄関口まで見送ってくれるサフルに手を振って、先頭を歩くリアンの後ろをついて行く。


 一番街や二番街は錬金煉瓦を使っているけれど、住宅街になると石畳が多い。

家自体も似たような造りが多いし、統一感があって綺麗だ。



「そういえばさ、薬屋さんってたくさんあるの?」


「小さい村や町なら一軒……もしくは二軒だな。首都ともなれば複数軒あるぞ。戦争や魔族や魔獣に襲われた時何処か一か所が落ちても耐えられるように東西南北そして中央に数軒ずつ薬屋や武器屋、錬金術の店なんかがある」


「物騒だけど、騎士団も色んな所にいるみたいだし……色々考えてるんだね」


「王族がいるのが首都だから守りを固めるのは当然よ。まぁ、絶対に安全ってわけではないけどトライグルの治安がいい理由の一つね。建国時から『緑の王族』は国民が安心して暮らし、飢えずに暮らせる国を目指しているの。それはずっと変わらないわ。食糧支援を積極的にしているし、その支援は相手国の現状を見た上で良いものを惜しみなく分け与えるから……他の国民から恨まれていることもかなり少ないのよね。脅威といえば魔物やモンスターくらいかしら。同盟国が来るまでに耐える必要があるから守りには力入れているみたい」



ベルの話を聞いていると花を持っている子供と目があった。


 女の子は私を見て驚いた顔をした後、近くにいた母親の服の裾を引いて私たちを指さす。

母親らしき人は少し驚いた後、会釈をして何故かこちらへ子供と一緒に近づいてきた。



「こんにちは。少しだけいいかしら」


「ええ、構いませんよ。何か僕たちに用事でしょうか」



ニコッと笑ったリアンに少しだけ強張っていた彼女の表情が緩む。

初めて会う人に話しかけるのって勇気がいるもんね。気持ちは分かる。


 足を止めて母親の言葉を待っているとツンッと服を引っ張られた。

視線を少し下げると、小さな子が摘んだばかりの花を私とベルに差し出して笑っている。



「おねーちゃん、おはな!」


「え? くれるの?」


「あげるー。いっぱいあるよ! このあおいのは、おにーちゃんにあげてね」



そういうと女の子はキラキラと目を輝かせて笑う。


 ちらっと見えた彼女たちの家はしっかりした二階建てで、それなりに安定した収入があることが分かる。

ありがとう、とお礼を言って頭を撫でていると女の子は私の髪を見ていたので触ってみる?としゃがむと嬉しそうに小さな手で私の髪に触れる。



「サラサラ! きれいね、きいろとみどりのお花みたい。おねーちゃんたちがね作ってくれたお薬で、ママも私もパパもサラサラになったの」


「トリーシャ液を買って下さったのですわね」


「うん。パパが買ってくれたの」



 女の子の言葉を引き継ぐように母親が口を開く。

何故か瞳が潤んでいてちょっと驚いたけど、ベルとリアンは何となく想像ができたらしい。

いつもより優しい顔で笑っている。



「――…今、二人目の子供がお腹にいるんです。夫は騎士なんですが、子供の為に節約をしたいと言って回復薬を買うのを渋っていて……でも、皆さんの工房で売っている回復アイテムは今までの半額以下だったので、夫も回復アイテムを買って任務に行きました」


「そうでしたか……お役に立てたなら僕たちとしても嬉しいです」


「役に立てたなんて! 皆さんのアイテムがあったから夫は無事に帰って来られるんです。今回、運悪く負傷してしまったようなんですが、品質のいい回復薬があったおかげで後遺症も残らず回復したと……今もまだ、任務に就いています。本当に、なんと言っていいか……! 解毒薬で一命をとりとめた方もいるそうです。沼の方で新しい魔物が出て大変だって手紙には書いてありましたけど、無事に討伐したとのことで……それも皆さんのお陰です。本当に、本当にありがとうございましたっ」



そういって何度も頭を下げる母親に、ベルが優しい顔をして肩に手を置いた。


 パッと顔を上げた若い母親はベルが『貴族』だと知っていたのだろう。

少し体が強張ったけれど表情を見て緊張を緩めた。



「私たちは自分たちの為にアイテムを売っていただけよ。お気になさらないで。それに『感謝』ならもう受け取ったわ」



素敵なお花をありがとう、と笑うと女の子が「どういたしましてー」と返事を返し、四人で笑ってしまった。


 子供がいるとのことだったので、無理はしない様にとベルが釘を刺しその場を離れる。

女の子は嬉しそうに手を振って、私たちが見えなくなるまで「ありがとう」と「またね」を繰り返していた。


 丁度、建物の角を曲がって、母親と子供が見えなくなる。

真っ先に口を開いたのはベルだった。

顔が赤くて、目が潤んでいる。



「私……錬金術師の才能があって良かったとこれほど思ったことはありませんわ。貴族の身分じゃ早々できない体験ね。ふふ、あんなに可愛らしいお礼初めて言われたもの」


「おばーちゃんが感謝されてるのを見たことはあったけど、自分で作ったアイテムが役に立ってお礼を言われるって嬉しいね」



リアンも嬉しかったらしく、青い花を見てほんの少し口角を上げていた。

 自分たちが作ったアイテムが人の役に立って、お礼まで言われるとは思ってもみなかったからね。

人からの感謝って少しだけ恥ずかしくて誇らしくて、凄く嬉しい。



(もっと人の役に立つようなアイテムが作れるように頑張ろうっ)



◇◆◇





 石畳から煉瓦が多くなってきた所で、私たちは花を保存瓶に入れた。



 少しずつ道の幅が広くなっていることにこの時初めて気づいたんだけど、ゆっくり周りを見る時間もなく足を動かす。

進んでいくと冒険者や騎士を含め色んな人が増えてくる。

流石にベルやリアンも外用の顔になった。


 途中でリアンが行きつけだという服を扱っているらしい大きな仕立て屋に立ち寄って袋を預けた。

縫うのは『見習い』で構わないという条件を付けた。

その上、縫い方は一番簡単なものでしっかり縫い合わせれば文句はないと言い切ったことで、店側も値引きに応じてくれたみたい。


 まぁ、リアンが『ウォード商会』の息子で錬金術師見習いだから、多少の融通は元々効くみたいだったけど。



「よし―――…これで袋の方は問題ない。帰りまでには縫えている筈だ。枚数はあるが処理も簡単だからな」


「もしかして大きい場所で頼んだのは人がいるから?」


「そうだ。大きな店舗だと人も多い。単純に作業効率を考えると今回利用するには一番だと判断した。それに仕立て屋の下積み時代は、とにかく数をこなすことが求められる」


「聞いたことがありますわ。ドレスづくりに携われるまでには、かなりの年数を要すると。何種類もの縫い方をマスターしなくちゃいけないみたいね。あとは、正確かつ素早く縫えないとダメなんですって」


「なんか、凄いね。才能があれば最初から服を作れるようになるのかと思ってたけど」



 ベルは私の言葉に少し頷いて、苦笑しながら「そう簡単でもないみたいよ。錬金術と同じで」と付け足した。

そう簡単じゃないんだね、と二人で話しながら周囲を歩く人の服をつい目で追っているとリアンが軽く咳払いをした。


「薬屋についてだが、二番街には三軒程ある。その中の一軒は少し高いが効果も品質も管理もいい。僕の家は昔からその店を贔屓にしている」




 リアンの足取りには迷いがない。

真っすぐに進んでいくんだけど、通る道が妙に入り組んでいることに初めて気付く。

 二番街のどこかにあるのだと思っていたのに二番街を抜けてしまった。

首都モルダスは中々変わった造りで、高い城壁の他に街と外を区切る塀のようなものが周囲をグルッと囲んでいる。


ここまでは何処にでもあるんだけど、変わっているのはその中だ。

囲いの中にはそこそこ広い雑木林があるのだ。


 普通なら全部住宅や建物を建てるのに使うんだろうけど、人工の池や雑木林といった場所は訓練にもなるし、住人がある程度のお金を払って畑を耕し、作物を育てたりしているんだって。



「こちら側の雑木林にはあまり来たことがありませんわね。反対側は貴族や王族がよく利用していますわ。騎士の簡易訓練所になったりもしているようですし」


「なるほど。こちら側は基本的に森や自然の傍で暮らしたいという民族や畑仕事をしたいという住民、冒険者ギルドの簡易訓練などによく使われる。あとは、数軒個人で経営している店があるんだ」



 今から行く薬屋はその中の一軒だな、と説明されたので納得した。

説明をしながらもリアンは足を止めることも速度を緩めることもなく、どんどん雑木林の中に入って行って、踏み固められた細い道をひたすら進む。

誰にもすれ違わない一人分の道を進みながら、周囲の様子を改めて観察することにした。



(人はいなさそうだけど、来る人は多いみたい。素材になる薬草は一本もない……雑草の高さも一定だし獣っぽい足跡や痕跡もまるでなし……か)



 今歩いている道も人が沢山通って道になったことが分かる。

他にもいくつか似たような道があったので通行者は多いようだ。

遠くの方には小さな手作りらしい看板があって『この先 貸付畑』と書いてあるらしい。


 定期的に手入れがされているようで、可愛らしい木彫りの人形が看板の下に置かれていた。

雑木林に足を踏み入れて暫く進むと、一軒家が見えてくる。


 木を組んで作られた家は二階建てで、ドアの上には『薬屋 ニヴェラ』という看板が掲げられていて、どこか懐かしい雰囲気のある可愛らしいお店だ。

こじんまりとした家だったけど手入れが行き届いていて、隠れ家のような雰囲気にホッと肩の力が抜ける。


 雑木林の中にあるってだけでもかなり安心するのは、山に住んでいたからかもしれない。



「ここ? あまり人がいないのね」


「遠いからな。来るのは冒険者や騎士が多い。あとは、そうだな……街中の薬屋では『足りない』人間が多い」



どういうこと?と首を傾げるとリアンが苦笑する。

 スッと足を動かしてドアへ向かって歩いていく。



「――……僕に市販の薬はほとんど効かないからな」


「なるほどね。個人に合わせた薬を作れるってこと」


「そういうことだ。入るぞ」



静かな言葉の後に蝶番が微かにきしむ音が聞こえ、ドアが開く。


 店の中は意外にも広い。

ただ、店のスペースの三分の一が販売スペースでそれ以外は薬を作ったり、素材を補完するスペースになっているらしい。


 販売スペースに置かれている薬も一般的な『腹痛薬』『頭痛薬』『風邪薬』といったものが殆ど。

ふわっと鼻を擽る木と薬草の匂いは、どこか懐かしくて妙に心が落ち着く。

ほぅっと息を吐くと店の奥から誰かが出てきた。



「おやおや、リアン坊ちゃんじゃないか。ずいぶん見ない間に『柔らかく』なったねぇ」


「直接店に来るのは久しぶりですね。まぁ……僕も色々とあったので」



 そう言って苦笑するリアンはあまり見ない顔をしていた。

店の奥から出てきたのは落ち着いた草色のフード付きローブを被った老女らしい。

老女といっても、肌の色は白いしキラキラと輝く緑色の瞳と薄緑色の髪は艶やかだ。



「トリーシャ液だったかい? アレは、リアン坊ちゃんの作ったやつは私にも合うらしいねぇ。この年になって驚かされるとは思わなかった。アレはいいもんだよ。ふふ、他の連中もひどく羨ましがってね」



色々仕入れるのに重宝した、と言いながら彼女は視線をリアンから外して近くに立っていたベルへ視線を向ける。



「おや、アンタはハーティー家の子だね。その燃えるような真っすぐな紅はあの家独特のものだ。赤にも色々あるけど、ハーティー家みたいな真っすぐで情熱的な赤を私たちは知らないよ。アンタの先々代にはとても世話になったしねェ……火の精霊にひどく好かれるのもその時の名残さ。騎士やら冒険者が多いあの家から錬金術師が出るなんて、コレだから人の子は面白い」



ちょっとおいで、と手招きをしてベルを呼ぶ。


 向かい合う様にお婆さんの前に立ったベルは少し緊張していたけれど警戒はしていないみたいだった。

珍しいなぁ、と観察していると皺が目立つ手がベルの手に触れて包み込むように大事に、大事そうに握った。


 お婆さんの指は凄く長くて、普通の人の指に関節をもう一個足したんじゃないかって思ってしまう程の指の長さだった。

その指には色とりどりの宝石が嵌められた指輪。


 趣味が悪く感じないのは何処か素朴なデザインが多いからかもしれない。



「――……うん、うん。アンタはいい女になるよ。きちんと『相手』を見極める事さえできれば……いや、アンタの気質から言って妙なものに引き寄せられることはないね。半端なもんや悪意のあるものは全て燃やし尽くしちまう。いい星の元に産まれたよ―――なるほどねぇ。信を預けられる生涯の友は手に入れたようだし、心を分かち合える相手か。こっちは、まぁいくつか候補がいるから好きなのを選びな」



ぽかん、と口を開けているベルの手をなでなで、と数回優しく撫でてからお婆さんはうんうん、と頷いた。


 それを見ていたリアンが少しだけ目を見開いて驚いている。



「珍しいことをなさるんですね。貴女が『占う』とは」


「なぁに、ほんのサービスさ。トリーシャ液にはこの子も関わっていたんだろう? この子の進言がなきゃ、私の所にアレは届かなかった。安い礼だよ。そうだ、リアン坊ちゃんも久々に『見て』やろうか」


「僕は結構です。自分のことは自分で決めますから」


「そうさね、坊ちゃんは『そう』だった。でも、そのうち見て欲しくなることがあるだろう。その時はちゃんと『見て』やるからいつでもおいで」



ぽかーんと不思議なやり取りを眺めているとお婆さんがリアンから体ごとこちらへ向き直り、そしてパッと目を大きく見開いた。


 思わず身構えた私を他所にお婆さんはカウンターの中をカツカツと移動し、こちら側へ出てくる。

そして私の前に立って、目をキラキラさせながら私の瞳を覗き込んだ。



「こりゃあ、たまげた!! すごいねぇ、あんた! 生きているうちにこんな稀有な色を見られるとは!! はぁあ、綺麗だね。希望と安らぎ。導きと収獲。ああ、なんて綺麗なんだ。色も強いねぇ……それでいて不快感がない。双色の髪と瞳を持つ人間を見ることができるとは夢にも思わなんだ。ほれほれ、こっちにおいで。もっと見せておくれ」



そう言うとお婆さんは嬉しそうに私の腕を引いて、小さなスプーンをひと振りする。


 すると、扉に鍵がかかって私たちの後ろには椅子とその前には小さなテーブルが現れた。

お婆さんは私の前に出てきた椅子に座って目を輝かせ私の髪を熱心に見ていた。



「リアン坊ちゃんとハーティー家のお嬢さんを引き寄せたのはアンタだねぇ……なるほど。どんな形で会っても上手くいっていたようだ。いいねぇ、とてもいい。特別な縁で結ばれている人間を見るのはとても心地よくて楽しくて心が潤うよ。良い音だ。森も喜んでいる。ああ、でも、お嬢ちゃんは成長半ばといった所か。でも、思うがままに育つといい。よく見て良く聞いて良く思い知るといい。良いコトも悪いコトも、綺麗なものも汚いものも。自覚のない沢山の傷はいずれ癒される。大丈夫、アンタは沢山に愛されてる。オランジェはやり方が妙な所でへたくそだったけれど、ちゃんと愛されていたよ。カリンも死ぬ間際までアンタのことを愛してた。そうでなきゃ、こんな色と形に育つまい―――……ああ、私もこのままだと失礼だね」



 一気に捲し立てるとお婆さんはフードをそっと外した。

 目の前に現れたのは長い耳。

初めて見たから驚いたけれど、多分種族が違うんだろう。



「良く聞こえそうで良いですね」



耳というのは日常生活で割と大事だ。

聞こえすぎると大変だろうけど、自然の中で暮らすには聴覚と嗅覚は視覚よりも頼りになる。


 私も耳が長ければ敵の位置を素早く探知できたのかな、と考えているとお婆さんは大きな声で笑い始めた。



「……は、はははっ! そうか、そう思うのか。いやぁ、二千年と少し生きてきたが、そう言った人の子は初めてだ。私は純血のエルフさ。数百年前にハイエルフになったけれど、そこらにいるちょっと物知りな婆さんだよ。ニヴェラでいい、好きにお呼び―――……そうだ、アンタにはこれをやろう。エルフに出会ったら助けてもらえる」


「エルフって森に棲んでる人たちですよね? 薬草のこととか聞いたら教えてくれますか?」



おばーちゃんから『種族』について聞いたことがある。


 それぞれ住みやすい、暮らしやすい場所があってそこに住んでいることが多いそうだ。

力が強かったり足が速かったり、不思議な能力があったりと色々らしい。

種族による特徴はあっても例外はいるし知りたいなら本人たちに聞くのが一番早い、と言われた。



(種族が違って、住んでる場所も暮らした環境も違うなら良いコトや駄目なことも違うんだろうな。うっかり耳の事口にしたけど、大丈夫だったのか……これも聞いてみよう)



「欲がないねぇ。まぁ、そうだね。色々聞いてみるといい。今までは厳冬、これからは芽吹きの春だ。アンタに厳冬は二度と来ない……訪れは暖冬。その頃には、アンタの周りにゃたくさんの酒と食事と踊りで溢れてる筈だ―――折れずに、腐らずに、良くも悪くも変わらずに進むことだ」



穏やかに微笑むお婆さんが付け加えるように「耳の長さなんかには基本的に触れない方がいい」と教えてもらった。

頷けばニヴェラさんは私の頭を嬉しそうに撫でてカウンターの中へ。


 フードを下ろしたままいくつかの瓶を棚から取り出してカウンターに置く。

丸薬に液体、粉と三種類の薬が並べられたんだけど……パッと見ただけで品質がいいのが分かった。



(粉末の薬……細かいのに全部均等だ。液体も透き通ってて色が濃いのに浮遊物が全くない。丸薬は形が全部均等で艶がある)



極上品なのは十分わかったので触らないで眺めていると、カウンターに金貨が二枚置かれた。



「少し前にリアン坊ちゃん用の薬は作っておいたけどね、数がいるなら今言っておくれ。雫時までには作ってお前さん達の工房に送ろう」


「風邪薬、頭痛薬、腹痛薬をそれぞれ二つ追加で。あとは痛み止めを二種類。通常の風邪薬、頭痛薬、腹痛薬は十回分下さい。万病薬は五つで……ああ、腰痛用の薬を五十お願いします。村に卸します」


「おや、あの場所に行くのか。それなら、腰痛薬の他にも常備薬を二十ずつ出そう。あそこの村から大きな街へ買い物に行くのは骨が折れるだろうしね。薬代は売れただけ渡してくれればいいし、売れ残りは戻しておくれ。リアン坊ちゃんは運賃と手数料を貰えば損はしないだろう。何分、遠い上に薬は管理が難しい。坊ちゃんになら任せられる」



ニヴェラさんが懐かしそうに話しているので、リアンが目的としている村に行ったことがあるのだろう。


 割と辺鄙な場所にあるんだな、と思いつつ棚から次々に取り出される薬に驚いていると、お婆さんが一つの薬瓶を取り出した。



「それと時間があったら、あの村で買える『クイーンキノコ』の乾物と食べられるキノコを買い取ってきておくれ。報酬は銀貨五枚で購入費用はちゃんと払うし、場所を取らない様に収納袋も渡そう」



どうだい、と言われてリアンはチラッと私を見る。

私といえば……お婆さんの方に身を乗り出したくなるのを必死に押さえつけていた。



「その相談は僕ではなくライムにした方がいいでしょうね。ライム、引き受けるかどうか決めるのは君だ」


「乾物じゃなきゃダメですか? 生ならいくつか譲りますよ。あと、個人的に採った食べられるキノコも」



クイーンキノコの乾物だけならまだしも、食べられるキノコをわざわざ買い取ってきて欲しいとお願いするくらいだから単純にキノコが好きなんだろうと思った。


 何があったかな、と思いながらポーチからキノコを取り出していく。

勿論譲れる数だけだ。

手持ちの物を全部出すと自分の分がなくなっちゃうしね。



「私が渡せるのは【クイーンキノコ】【オウサマタケ】【ハクレイ茸】が二つずつ、あとは近くで見つけた【畑キノコ】【光茸】【ヌメタケ】【カラカラ茸】が一食分位ですけど」



丁寧に採取はしているし、劣化しないポーチに仕舞ってあったので状態は採取した時のままだ。


 カウンターが汚れたら悪いのでいらない布を出して敷いてからキノコを並べると、キノコの横に金貨が三枚置かれた。



「え」


「足りないなら後二枚――…いや、三枚だすよ。こんないい状態でお目にかかれるとは! 去年は入ってきても少なくってね、王族に買い占められたんだ。晩餐会に出すのに必要だと聞いてはいたが、毎年楽しみにしていた森の恵みを食べられないのは耐えがたいなんてもんじゃなかったさ。だから乾燥したものをストックしていざという時も楽しめるようにと思ってねぇ」


「キノコって季節ものですけどその年の天候で収穫量全然違いますもんね。来年のこと考えて小さすぎたり育ちすぎてるのとか菌床は残しますけど、それ以外は見つけたもん勝ちってことで片っ端から回収しますし。割とキノコ類って次の出てくる周期が短いんですよね―――…あ、これ個人用なのでお金いらないです」


「いいや、それは良くないね。私はねぇ、アンタとは長く付き合って行きたいんだ。これっぽっちの金をケチるほど金には困ってないし、キノコと交換しとくれ。それでもそうさね……金を受け取りたくないというなら……コッチの薬とコレ、あとは……ああ、良いものがあった。これを譲ろう」



そういうとニヴェラさんはゴソゴソと身に着けていたカバンから二つの薬と一冊の古い本を取り出した。

 薬の方は見たことがない色でかなり高そうな瓶に入っている。

チラッとリアンを見るとリアンは目を見開いて固まっていた。



「あの、ニヴェラさん……私、こっちの本を貰えるなら十分っていうか、貰い過ぎな気が」


「ならば私と魔力契約を結んどくれ。契約内容は『キノコに関する情報の共有』でどうだい。見ての通り、私は店もあるし遠出はなかなかできん。代わりにアンタ―――ライムでいいかい? ライムが色んな場所で色んなキノコを採ってきておくれ。毒でもなんでもいい。私に見せて欲しい。キノコは油断するとあっという間に新種が産まれるからねぇ。私も伊達に長生きしていないし、知識だけはある。どうだ? キノコの鑑定や食べ方なんかも色々知っとるし、毒抜きの仕方もある程度心得てる。損はせんぞ」


「します! それの条件なら私からお願いしたいくらいです!! 新しいキノコ採ったら必ずここに来て見せますね。あ、とりあえずこの光茸をどうぞ。これ、たくさん採れたんです。何に使えるのかはまだ分からないんですけど」


「ほうほう。光茸はこんなにいろんな形と種類があったのか……! ちょっと待ってれ。今、条件を書いてしまおう」



 お婆さんは引き出しの中から高そうな魔法契約用紙を取り出したので、契約書の代金を払おうと財布を出したら怒られた。


 年寄りの道楽に付き合ってもらうんだから金は要らない、らしい。

申し訳なく思いつつ、有難く申し出を受け入れて契約をした。

薬は断ったんだけどやや強引に持たされたので、いつか高級キノコでお礼をしようと思う。



「そうそう、お三方。今年は蜂の天敵が多いと占いに出ておる。対策はしておいた方がよさそうじゃ」



ニコニコ笑ってわざわざ私たちを店の前まで見送ってくれたニヴェラ婆ちゃん(そう呼べって言われた。しかも契約書にこっそり書いてあった)に手を振って、歩いてきた雑木林を進む。


 隣でリアンとベルが酷く疲れた顔をしていたので声を掛けたんだけど、何故か怒られた。



「ライム、あんたどれだけ……心臓に毛でも生えてるの? 正気? あの方は『森の賢者』と呼ばれるハイエルフなのよ? なんなのよ、もう」


「結果だけ見れば色々安く済んだが、心労が通常の倍以上……正直金がかかった方が良かったな。なんなんだ、本当に」



頭を抱えてブツブツ呟くリアンとベルを少し心配しつつ、私はニヴェラ婆ちゃんから教わったキノコ情報を思い出してニンマリと口元が持ち上がるのを感じる。



(まさか、今度立ち寄る村の周辺でしか採れないキノコがあるなんて思わなかった。聞いたことのないキノコだったけど、特徴と採取の方法も聞いたし見つけたらたくさん採ってこよう。雫時だと品質も味もけた違いに良くなるみたいだし楽しみだなぁ)



他にもオマケとして美味しい木の実や野草について教えてもらった。


 エルフは森に密接した生活を好んでいるらしく、森の恵みについてかなり詳しいみたいだし。

『初めて薬屋に行った時の感動』がすっかり『未知のキノコの情報を得られた歓び』に打ち消されていることに気付いて、ちょっと凹んだのは工房で私たちを出迎えてくれたサフルを見た時だった。


 まぁ、とりあえず【吸湿袋】の素材はバッチリ揃ったから良しとしよう。

少しだけ脱線はしたけどね。




 ここまで読んでくださって有難うございます。

ここに来て初めてファンタジー独特の種族が登場。

ライム目線なのでエルフは「ちょっと人より耳が長い人」程度の認識です。

 種族についての解説はそのうちまた入れられたらいいなと思ってます。ハイ。


 誤字脱字などがあればぜひ教えてください!

また、感想や矛盾点などもあればお気軽にどうぞ。

最近色んな方が気軽に感想や考えを伝えて下さることが多くて、とても嬉しく勉強になっております。


 次は、なんだろうな……袋だな。

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― 新着の感想 ―
>>オランジェはやり方が妙な所でへたくそだったけれど、ちゃんと愛されていたよ。 ニヴェラ婆ちゃんには、祖母ちゃんがライムを一人でも生きていけるようにわざと一人にして行商に出ていたことも、それでずっと…
[気になる点] 120話「工房見学(中)」にて、祖母の友人のカミールさんは長命のエルフで二年に一回一週間会いにくるという記述がありました。であれば、ここで薬屋さんの耳をみて、長いエルフの耳を初めて見た…
[良い点] 雫時にむかって新しいアイテムや素材が出てくるのが楽しみです。あと、ミントの活躍も。 [気になる点] ニ(に)ヴェラさんがことごとく二(ふた)ヴェラさんになってる [一言] フォリア先輩は…
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