139話 吸湿袋〈前〉
調合回……の筈だったのに、会話がいっぱいで、長くなりました…。
前後に分けます。
染め物、いつかやってみたい。
完全休日の早朝。
起きてすぐに畑に聖水を撒いて、雑草を軽く抜いてから出かける準備をする。
丁度錬金服を身に着けて武器をポーチへしまった所で、二階からリアンが下りてきた。
キッチリ錬金服を着こんでいて、手には手紙のような物の束を持っている。
朝日が昇り始めて白んできた空や窓から差し込む朝日に照らされて、白い顔がより一層白く見えた。
「おはよー。郵便出しに行くの?」
「ああ。色々と用意するものもあるし、行先が行先だからな。先に連絡をしておいた方がいい筈だ。不足しているものを運べば馬車代くらいにはなる」
「そっか。あ、畑には水を撒いて雑草も抜いておいたからね。明日の朝にはアオ草少し収穫できると思うよ。他の採取物は……シャボン草くらいかな。もう刈り取って良さそうだから、朝ご飯の後に選別もしちゃうつもり。一応休みだし、時間もあるから朝はオムライスでどう?」
「オムライスというと、卵で包んだコメの料理だったか?」
「そうそう。それでいい? チーズもあるしチーズも入れようかなって思ってるんだけど」
「むしろ頼みたいくらいだ。君はこれから朝食の準備か? 調合をするわけでもなさそうだが」
私の隣に並ぶように近寄ってきたリアンは、訝し気に頭の先から足の先まで眺めて眉を顰めた。
「教会に行くついでにスライム探しにいくの。乾燥果物作るのに結構スライムの核を使ったから、一個でもあるに越したことはないでしょ? それに、聖水も欲しいんだ。聖水って色々便利だし……染料に使えば【アンデッド除け】の効果も出るみたいだしさ」
ポーチの中から武器である杖を取り出す。
先端が『泡だて器』をモチーフにしているから、相手を斬ることはできないけど殴り飛ばすことは出来る。
魔力を込めると威力がうんと強くなるみたいだし。
腰にはオマケで貰った短剣を差して落ちないかどうか再確認。
本当はこうやって武装する必要はないんだけど、今後武器を持ったまま走って逃げることもあるだろうし、少しでも慣れておきたい。
(私にできる事ってまず逃げる為に体力付けることだと思うんだよね。特訓とか訓練で急に強くなれるなんて有り得ないし)
ベルやリアン、エルやイオ、ミント、ディル……身近にいる『友達』は皆強い。
どうして皆が強いのかって聞かれたら才能とか素質のお陰だって言う人も多いかもしれないけど、強さは才能や素質だけでは育たない。
小さい頃におばーちゃんより先に亡くなったおじーちゃんが言っていた。
『才能はだれしもが何かしらを持っている。ソレを腐らせるか生かすかは全て持ち主次第。歴戦の猛者や一流の錬金術師はな、最初から強い訳でも調合ができたわけでもない』
んだって。
大事なのは止めないこと。
少しでも小さくても些細でもいいから、積み重ねていくこと。
現状維持でも構わないから、向上しなくてもいいから只管続けて行けば“下手になること”だけは絶対にないし、無駄にもならないと良く言っていた。
そういう小さいことの積み重ねを『努力』というらしい。
「薬の耐性はあっても『絶対』じゃないし、自衛手段もほとんどないから逃げるくらいは出来る様にならないといけないなぁって昨日思って……折角だから武器を持って走る練習しようかなって。調合とか料理とかもあるから距離は走れないけど、重いモノとか背負って走れば少しは訓練になると思うんだよねー……そのうち樽とか背負って走ろうかなぁ」
「………樽」
「木箱でもいいんだけどかさばりそうだし、樽なら水とか入れられるでしょ? 重さも調整しやすいし背中に括り付ければいいかなぁって思ってさ」
まずは武器を持って走れるようになってからだ、と気合を入れているとリアンが深いため息をついた。
どうしたんだろう、と首を傾げると腰に一つしかなかった鞭を三つに増やしていた。
手袋を戦闘用の皮手袋に履き替えた所で腰の道具入れからマントを取り出し、慣れた様子で着用。
「僕も行こう。比較的安全な場所に行くとは言え、『アトリエ・ノートル』の噂は想像以上に広まっているし、ラクサが指摘した通り君を狙う輩がいないとも限らないからな」
「うーん……分かった。じゃあお願い」
「ああ。僕も最近、短鞭を使っていなかったからな……これは間合いがキーになる。少しでも感覚を取り戻しておきたい。長期採取だと戦闘は避けられないだろうしな」
うん、と頷いて丁度花壇の手入れをしてくれていたサフルに教会へ行ってくることを告げて、工房を後にする。
チラッとみえたラクサの工房からは細く立ち上る灰色の煙。
どうやらすでに起きているらしい。
「ラクサも頑張ってるみたいだね」
「彫り物は一度の失敗ですべてが無駄になるから神経を使う。昨日も遅くまで明かりが灯っていたようだし、納品は間に合いそうだな」
ふんっと愛想を何処かへ置いてきたような顔でリアンはラクサがいる工房から視線を外し、歩き始める。
行くぞ、と声を掛けられて慌てて後を追いかけるけれど、一足先にリアンは走り始めていた。
たったった、と軽快な足音と風を受けて靡く黒にも見える深い青色のマント。
背が高いからかリアンの一歩は大きい。
体力がついたら私が追い付くのは大変だろうな、とちょっぴり悔しく思いつつ足を動かした。
武器を持ったままだと、かなり走りにくくていつもより速度が落ちたけれど坂に差し掛かる頃にはリアンの横に並ぶことができた。
そこそこ息を荒げているリアンの様子を見ながら走る。
戦闘能力で勝てない分、持久力ではまだまだ負けたくない。
(いつかリアンとかベルが疲れて動けなくなった時に背負って逃げられるくらい、体力付けようっと)
◇◆◇
教会から戻ると、ベルが丁度身だしなみを整えて階段から降りてくるところだった。
息が上がって、両ひざに手をつき必死に息を整えるリアンと武器を持っている私を見て納得したように頷く。
「おはよう、教会の裏庭に行ってきたの? 収穫は?」
「おはよ。良く分かったね。今日はスライムの核が2つも取れたよ! あとはいつも通り野良ネズミリスが少し。討伐部位は確保してるけど、ある程度まとまった数になるまでは保管しておくつもり」
そう、と返事を返して階段から降りてきたベルに気になったことを聞いてみた。
リアンはサフルから水を受け取っている。
「教会の裏庭なんだけど、いつもよりモンスターが多かった気がするんだよね」
そう、教会の裏庭には野良ネズミリスやスライムが出る。
でも数はそう多くないし、人間である私に気付いたら逃げていく方が多かった。
けれど、今日は何だか好戦的だったような気がすると気になった所を話すと、ベルは腕を組んで何かを考え込んでいたけれど数秒で顔を上げる。
「おそらくだけど『雫時』が近いからだと思うわ。あと二か月はあるけれど、その間に雫支度をするモンスターは多いの。小型のモンスターや雨が苦手なモンスターは『雫篭り』をすることもあるから、気を付けなさい。雨が苦手なモンスターにも狂暴なものがいっぱいいるし、逆に雨が降ると活発に活動するモンスターもいるわ」
なるほどね、と相槌を打ちながら台所へ向かう。
ベルはお茶の準備。
スープは、動物の骨と野菜の皮や切れ端から取ったスープの素に、野菜や肉を入れて煮込むだけなので楽ちんだ。
主食はマトマクリームパスタだ。
リアンがスライム狩りをしている時に食べたいと言っていたからなんだけどね。
パスタは簡単だし、大量に作れるから便利だ。
ベルはお茶を淹れながらメニューを聞いて、チラッと素材の下処理と在庫表の更新をしているリアンを見て「夜はお肉と米が食べたいのだけど」と呟く。
夜には調合もひと段落する予定だったから頷けば、ベルの機嫌が明らかに良くなったのが分かって苦笑する。
「いつも思ってたんだけどさ、ベルって貴族なんだから美味しいもの一杯食べてたんでしょ? 私のご飯って割と一般的だと思うんだけど、そんなに嬉しいものなの?」
「ライムのご飯が一般的ですって? どこがよ。外で食べる食事より美味しいじゃないの。まぁ、ウチの料理も美味しかったけど……毒見とかで冷めているし……見栄え重視だったりして味気ないことも多いのよね」
「へぇ。貴族って贅沢三昧してるって思ってたんだけど、いいことばかりじゃないんだね」
「高いものが美味しいとは限らないわ。最低限のマナーを守っていれば好きに食べられるこっちの方が私には性に合ってるのよ……熱いものは熱いうちに、誰も口をつけてない状態で食べたいわ。貴女が食事に毒を混ぜることはないでしょうし、外で食べる時は必ず目の前で調理するか、他の人間を調理に携わらせない…または味見は複数人にさせるでしょう? あれって貴族や商人といった命を狙われる人間にとってはとても助かるの」
毎食毎食『毒』を警戒するのはちょっとね、と息を吐く。
なるほどね、と納得しつつソースの味見を頼んでみると、ベルは嬉しそうにスプーンに乗ったソースを口に運ぶ。
問題ないみたいだったのでそのまま調理を続ける。
パスタは同時進行で茹でていたのでスープを注いでもらって、パスタとソースを絡めたら完成だ。
いつもより多く茹でたパスタはあっという間になくなって、私たちは食後の紅茶を飲みながらいつもの場所へ。
リアンが黒板とメモ帳を出したので私はレシピ帳を開く。
ベルもメモ帳を取り出した。
「さて……今日は引き続き丸薬作成をする。最大調合量を一人二回、といった所か。あまり数を揃えられないが」
「丸薬にだけ素材を使うわけにはいかないもんね。新しく調合する【吸湿袋】についてだけど、説明した方がいい?」
「お願いするわ。あまり聞いたことのないアイテムだし」
「僕も初めて聞くな」
手帳に書いてあるアイテムは一般的なものからオリジナルまで様々だ。
レシピ帳を捲ってアイテムの概要を読む。
【吸湿袋】
布+赤の粉+砂+接着液+調和薬
入れたものの水分を吸い取る効果がある袋。品質が高ければ高い程、効果が高い。
使用時には魔力が必要。また、臭いは吸い取れない。
その説明を読んで私は思わず腕を組んで考え込んだ。
長い雨なら、道具が濡れたりするんじゃないかって思ったから便利だと思ったんだけど。
「コレって売れると思う? 最初はいいかもしれないと思ったんだけど」
雨でぬれたものを入れれば乾くのかもしれないけど、臭いが取れないのは嫌だなとため息を吐けば、ベルとリアンがきっぱりと言い切った。
「売れるぞ、確実に」
「絶対に売れるわね。濡れたら困るものって意外に多いし、乾かすのにも時間がかかるもの。宿で洗濯して放り込んでおけば乾くって事でしょう? 凄く便利じゃない」
「他にも劣化する爆弾、丸薬などの湿気に弱い薬や素材、金属で作られた物を入れておけるのは大きな利点だ。販売時には効果の高いものと、効果の低いもので使い分けられるように、説明文をつけるか見分けられるようにしておくべきだろう」
紅茶を飲んで考えつつ消臭効果をつける方法を考えてみた。
アイテムで消臭できるものはあるけど、ただ吸臭炭を入れるだけじゃダメだと思う。
二人にそういうと難しい顔で考えてくれた。
「直接だと絶対爆発すると思うんだよね。素材を置き換えするのは駄目だと思うし……素材加工しかないとは思うんだけど、どうしよう。布か接着剤かの二択なんだよね」
「赤の粉って言うのは何?」
「赤い魔石を砕いて粉状にしたもののことだよ。これに手を加えると……『吸湿性』がなくなって普通の袋になると思う」
「だろうな。臭いを取る効果については、僕が詳細鑑定でいくつか該当する素材を探してくることはできるぞ」
リアンの一案で私たちは地下へ行って素材を確かめることにした。
ずらっと並んだ素材を片っ端から見て貰う間、私たちは調合素材を運んだ。
丸薬に使う素材と【吸湿袋】に使う素材を揃えて、必要分を計量しておく。
素材を先に計っておけば調合するだけだから時間の短縮にもなるし、手間も減る。
「調合は楽しいけど、計測って割と疲れるし面倒だよね」
「確かにね……少しというか量がある時は確かに面倒だと思うわ。必要なことなのは分かってるけど」
そうなんだよね、と苦笑しながら話をしていると、地下から素材を持ったリアンが難しい顔で上がってくる。
作業台に乗せられた素材は多くない。
リアンも難しい顔をして黙り込んでいた。
「―――……どうする?」
「どう、しよっか。接着剤に入れるのは無理だよね」
「無理でしょうね。となると……布の方に使うしかないわね。布の加工というと染めるくらいしか思いつかないけど」
素材を見て私たちは布を染めることにした。
袋自体は大量に買ってあったからそれを使えばいいと思っていたんだけど、ここでも問題が出てきた。
「麻袋を用意していたが……これは【吸湿袋】に使うのは難しいかもしれないな」
難しい顔でトランクから取り出した麻袋を裏返したり透かしているリアンに聞くと彼は、自分の作業台の下にある木箱から複数の布袋を持ってきた。
「袋には、特性があるんだ。染めることはどれも可能なんだが……麻袋は丈夫で通気性に優れている。その分、気密性や水密性に乏しい。雨が多いところでは比較的多く利用されているし、一般的に良く用いられるが……乾燥させるという効果を付加するのならある程度気密性や水密性が求められる」
言われてみると素材の性質を引き出すことで効果をつけることが多い錬金術では、素材同士の相性や性質も考えなきゃいけない。
どうしたものか、と頭を抱える私の目に留まったのは二種類の袋。
「綿と羊毛……って確か湿気良く吸うよね? 綿は汗とかよく吸うから服に使われてるし、羊毛は水をはじくし、毛糸とかにすれば暖かいから保温効果みたいなのもあるんじゃない?」
「そうだけど、二つとも縮みやすいわよ。麻は……皺にはなりやすいけど水を吸うと丈夫さが増すはずよ。土嚢とかにもなるし、血をよく吸う上に通気性がいいから肉とか死体を入れるのにも割と便利だし」
「死体……は、今回入れないからいいとして、麻は考え方によっては吸い取った水気や臭いを外に逃がすこともできそうなんだよね。色は染まりにくいと思う、けど」
「綿や羊毛は染めやすく吸湿性にも優れているからな、向いているのはコチラだと思うんだが強度の面で不安が残る」
臭いを取るという特性を諦めるかどうか考えたけど、直ぐに却下した。
普通の袋じゃダメだし、人に使ってもらうなら便利で長く使ってもらえるモノじゃなきゃ嫌だ。
錬金術のアイテムは大事に使って貰えば長く持つ。
ずっととは言わないけれど長く持つものだし、安くない買い物だから『買った時』のことを話して聞かせる人も多い。
「どうしよっか……試しに作ってみてもいいけど、使えないなら意味ないし」
「納得がいかないものを商品として並べるわけにはいかないし、並べる気も無いからな……適した素材があればいいんだが」
うーんと悩む私に黙って布袋を触って確かめていたベルが徐に口を開く。
「二枚の袋を縫い合わせればいいんじゃないの? どうせ布素材は布素材に変わりないんだし、一枚ずつ試しに染色してみて効果を確かめて調合するの。一枚を【吸湿袋】としてから後で一枚の袋にするのと、最初から二枚の袋を縫い合わせたものと分けて調合すれば品質の違いや効果もわかるんじゃないかしら」
ベルの言葉に私とリアンはパッと顔を合わせてそれだ!と思わず声を上げた。
彼女の言う通り、布という素材は縫い合わせることができるのだから縫い合わせればいい。
素材がもつ性質を無理やり変えることができないなら適した形に私たちが工夫すればいいだけのことだ。
「じゃあ、次は染色液だね。どうしよっか……炭は真っ黒になるよね?」
「いや……炭で染めるとグレーになる。ただ、そうだな……これも実験してみるか。炭で染めたものとコレがいいだろう」
「これってエル達から買い取った黒ツミクサ?」
リアンが手に取ったのはツミクサという名前の毒草だ。
濃い紫でパッと見ると黒く見えるその葉は、強力な毒薬にも解毒薬にもなる。
比較的取扱いに気をつけなくちゃいけない部類の植物なんだけど、それを染め物に使うとは思いもしなかった。
【黒ツミクサ】
昔から人を暗殺する時に良く用いられていたから毒殺という『罪』の象徴になった草として『罪草』と呼ばれ始めた。
茎には強い解毒作用があり、毒成分は葉に含まれているのみ。
葉と茎を同時に摂取すれば毒の成分が消せる為、スープの具材にもなる。
葉はトロリとした触感になり、茎はシャキシャキとした歯触りになる上に、美味しい。
なので、『罪人になってでも食べたい草』としてツミクサと呼ばれるようになったともいわれる。
草食動物が嫌う臭いを出しているが、人間にとっては爽やかな花の香。
リアンは毒草として買い取ったみたいなんだけどね。
私としては是非食べたい。時々食べてたし。
「リアン、コレ使うの? 全部じゃないよね?」
「全部は使わない。なんだ、毒薬を作りたいのか?」
「いや、毒薬じゃなくてスープにするの」
折角だから夕食のスープに入れようかと思ってる、といえばリアンとベルが凄い顔で私の方を見て固まった。
「………は?」
「ライム、貴女何言ってるの?」
割と失礼な反応を見て二人が毒草としての利用法しか知らない事が分かり、慌てて説明をした。
茎と一緒に煮込めば毒性が綺麗に消え、旨味が残ること。
一部地域では良く食べられているけど、茎は絶対に入れる様にと言われていることを話すと二人とも渋々だけど納得したらしい。
「生命力は強いけど汚い場所にしか生えないから貴重なんだよね。見つけたら即スープにしてたもん。まぁ、うっかり茎入れ忘れて味見した時は死ぬかと思ったけど、流石にもうヘマはしないから大丈夫」
「リアン、今夜のスープ食べる前に絶対鑑定して頂戴」
「分かってる。一応解毒剤を用意しておくか」
「失敗したのは料理覚えたての頃だったからもう大丈夫だってば」
そう言ったけど二人は絶対に鑑定して安全を確かめてから、と言って聞かなかった。
でも黒ツミクサに臭いを消す効果があるとは思ってもみなかったので嬉しい発見だ。
生えている環境が厳しいからこそ『臭いを吸い取って』草を主食とする草食動物が食べない草の代表になったのかもしれない。
動物には嫌がられる臭いだけど、私たちからすると変な臭いはしないんだよね。
草というよりは花って感じの匂いで嫌いな人はあまりいないと思う。
「でも、コレで染めると何色になるの? やっぱ黒とか紫?」
「濃度にもよるが、錬金術で作った媒染薬を使うと鮮やかな赤になるんだ。普通の染料で染めると薄紫や薄赤だな。錬金術で染めると発色がいい上に色落ちもしにくく、特殊効果が付く。錬金術師になった後に染色専門の『染色師』へ転職する者もいるくらいだ。他にも錬金術師の国家資格を得て、何か一つの分野に特化した専属職に就く者も多いが、それらの職も一定の需要があるから余程金銭感覚のない者でない限り路頭に迷うことはない筈だ」
リアンの話を聞きながら、毒素材や危険な素材専用の特殊な手袋を嵌める。
今回使うのは葉も茎も一緒に煮出すんだけど、色が出やすい様に3cm程度に切って軽く擦り合わせるように揉む下処理の工程があるからね。
(指とかに傷がついてたら毒の成分が入って失神するもんね。下手すると)
手袋をつければそういった心配はなくなるから、遠慮なく力を込められる。
黒ツミクサは、エル達から買い取ったものの中でも、かなり多かったのでかなりの数を染められると思う。
「どのくらい作る? 買い取った量だと食べる分を抜いても五回分はあるけど」
「そうだな、二十ずつ作るか。染めてしまえば何かに使えるだろう。効果が比較的需要があるものだし……サフルに取りに行くよう頼んでくるから作業を進めていてくれ」
分かった、と頷いてベルと作業を進めていると『おつかい』を頼んだリアンが戻ってくる。
サフルは私たちの方に一礼して静かに出て行った。
何処か誇らしげな顔をしていたので不思議に思っていると、ベルが小さく噴き出す。
「ライム、貴女今度サフルに何か『おつかい』を頼みなさい。喜ぶわよ」
「え? なんで?」
「だって、主人の目から離れて自分で行動できるのよ? その上に『お金』を渡されることが多いでしょ? だから奴隷にお金を渡しておつかいに出すって行為は、『信用ができる』と主人が思ってくれてるって奴隷自身が実感できる仕事の一つらしいわ。私たちだって信用も信頼もしていない、金銭を持って逃げるかもしれない奴隷にお金は渡さないもの」
ふふ、と楽しそうに笑いながら炭を砕いている。
戻ってきたリアンが訝しげな顔をしてベルを見ていたが、何となく察したらしい。
息を吐いて呆れたようにベルを一瞥して、媒染液の調合をする準備を始めた。
「あれ、この前に作ったのと違うんだね。媒染液」
「これは赤系の染色専用のレシピなんだ。赤がより鮮やかに染まると書いてあったから試してみることにした」
「綺麗に仕上がるならその方がいいよね。他にも媒染液ってあるの?」
「あともう一種類ある。こっちは今回使わないからそのうち、だな」
「こっちの炭はこの間使った媒染液を使うってことでいいのね」
「ああ。そっちの分の媒染液も調合しておく。染色自体は簡単だからな……媒染液も比較的簡単な部類に入るし、魔力の消費もかなり少ないから、その都度作る方がよさそうだ」
「つけたい効果とかもあるしね。普通の状態だと特性が分からないから、リアンがいると便利だよね。ほんとに……普通は特殊な道具に乗せて判断するんでしょ?」
普通に『詳細鑑定』を持っている人なんて、まずいないので、錬金術師や薬師といった素材の特性や性質を知る必要がある職業の人は、『詳細鑑定』が付加された特殊な魔道具を買わなくちゃいけない。
これだけは家になかったから、一般的な性質を考えて組み合わせるのが普通なんだよね。
完成したものは測定器に乗せればある程度分かるし。
「ああ、アレか。アレはかなり高いからな……安くて金貨百枚スタートだ」
「家がいっぱい建てられるね……お城も建てられそう」
「おバカ。城はその程度のお金じゃ建てられないわよ。金貨千枚以上ないと」
「………お城もこわい」
「まぁ、金貨百枚なら二階建ての少し大きな宿くらいは建てられるな。必要最低限の家具なんかを揃えて丁度使い切る。首都であるモルダスで中古住宅を買い上げるならギリギリだ。田舎の方なら十分すぎるが……立地とその地方の物価、統治している貴族の方針によって一階建てか二階建てかが変わるな。下手すると土地代だけで消えるぞ」
計算の早いリアンと貴族のベルの言葉に私は項垂れる。
金貨100枚以上する特殊な魔道具を買うのは、無理そうだ。
「どっかで手に入らないかな……詳細鑑定」
「それならダンジョンに潜るしかないわよ。その内行きたいとは思っているけど……ダンジョンで獲れる素材は少々特殊で高レベルの調合素材になるみたいだし?」
「リアンがいるうちに絶対行こう。リアンなら一発だよ!」
呆れたような溜め息を背後で聞きながらベルとダンジョンに行ったら、という話をする。
ベルもダンジョンにはあまり詳しくないらしく、とても興味があるらしい。
目が飛び出るくらい高いものがタダで手に入るかもしれないって思うと、ダンジョンに潜って一獲千金を狙う冒険者の気持ちも分かる気がした。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
誤字脱字変換ミスや怪文章(文字抜け、タイプミスなど)がありましたら、そっと誤字報告してくださると嬉しいです。
自力で見つけたのは今回……えーと2カ所でした。
きっと、まだある…もう完全に間違い探しです。本当にご迷惑おかけしております。
減らない……誤字。
=レシピとか=
【吸湿袋】
布+赤の粉+砂+接着液+調和薬
入れたものの水分を吸い取る効果がある袋。品質が高ければ高い程、効果が高い。
使用時には魔力が必要。また、臭いは吸い取れない。
【黒ツミクサ】
昔から人を暗殺する時に良く用いられていたから毒殺という『罪』の象徴になった草として『罪草』と呼ばれ始めた。
ただ、茎には強い解毒作用があって、毒の成分は葉に含まれているだけ。
葉と茎を同時に摂取すれば毒の成分が消える。実は、スープの具材にもなる。葉はトロリとした触感になり、茎はシャキシャキとした歯触りになる上に、美味しい。
なので、『罪人になってでも食べたい草』としてツミクサと呼ばれるようになったともいわれる。
草食動物が嫌う臭いを出しているが、人間にとっては爽やかな花の香。