138話 細工師 ラクサ・ピッパリー
すっごく、長いです。
文字数がヤバい。
区切ろうとも思ったんですが、もう、区切るほどの話でもないのでとりあえず投下。
回を重ねるごとに長くなっているような……(汗
ラクサ・ピッパリーが経営している店内は、意外にも綺麗に整えられていた。
掃除はきちんとしているようで、棚やカウンターに埃はないし、床に土などの汚れもない。
店の作りは私たちの所と似通っているけど、販売スペースが広いし商談用の個室もあるらしい。
ただ私たちの工房とはまるで雰囲気が違う。
(色んな所に凝った装飾品があるなぁ。飾り布とかも『トライグル』っぽくない雰囲気だし、不思議な感じ)
キョロキョロと周りを見回しているうちに背後でキィッと小さく蝶番が音を立てて閉じた。
リアンもベルも興味深そうに店内を見回しているのを見て、ラクサが口を開く。
「なんか変な所とかあるなら教えて欲しいんスけど……どうっスか?」
「雰囲気なんかは異国情緒があっていいんじゃないかしら。あまりこういう店を見ないから面白いと思うわ」
「置かれている商品も細工は見事だし、センスもいい」
「そ、そうっスか!? あ、コッチが作業スペースなんで作りかけを確認して欲しいんス。そうすればオレっちが作ったものだって分かると思うんで」
誘導されるままにカウンター奥へ向かう。
カウンターには見慣れない魔道具が置かれていて、それにラクサが触れると鍵が開く音がした。
「ふむ……魔力認証式の防衛結界か。それもかなりいい品質のものだな」
「! え、見ただけで分かるんスか? コレ、一見ただの魔石ランプにしか見えない様に創ってくれたんスよ?!」
「鍵の開く音が聞こえたからな」
「……あー、そういや魔力が高い人間には聞こえる可能性があるって言ってた様な」
ベルを見ると、ベルも納得したような顔をしていたのでベルにも聞こえたんだろう。
一般的な錬金術師や召喚師なら聞こえるけれど、多分それは今店内が静かだからだ。
人の話し声や物音ひとつで聞こえなくなるくらい微かな音だったし。
感心したような顔で私たちを作業スペースに案内してくれたラクサは、作成途中だというバングルを見せてくれた。
パッと見ると完成しているように見えるほどに細かな装飾が施されている。
「これ、どこが未完成なの? 彫りかけ……でもなさそうだし」
「最終仕上げがまだなんスよね。ここに魔石を嵌めて、買う人が望む効果を付加できるようにするんスけど……買う客が来ないと完成しないって代物なんスよ」
「凄いし面白い! でも、これにはめる魔石って小さい石だよね?」
指で示された場所には確かに小さな窪みがあった。
直径3ミリ程度の穴。
数えてみると全部で三カ所に空いていた。
「デザインと調和させるために小さい石にしてるんスけど……今のオレっちの技量じゃ精々大きさを合わせて嵌めるだけなんス。本当は『宝石加工』で魔石を削って、『鉱石細工』の腕を磨いて宝石自体にも特殊な印を刻みたいんスけど」
「こ、これだけじゃダメなの?」
十分綺麗なのに、と言えばラクサは深く息を吐いて首を横に振った。
悔しそうに眉を寄せていて少しだけ驚いたけど『職人』や『●●師』と呼ばれる職種の人間は、自分が納得できるものでなければ許せないって人が多いことを思い出す。
(私たちが調合した物が一定基準に満たないと意地でもいい品質・効果にしてやるって思うのと一緒、かな?)
よく見ると握り締められた拳が震えている。
リアンやベルもラクサの気持ちが何となく分かったのか、納得したような顔で彼を見ていた。
「全ッ然! 全く駄目駄目っスよ!! こんな半端なモン売りたくないんス! 装飾品は『残る』上に『受け継がれる』ものなんスから妥協したら半端モンがオレっちが死んだ後もオレっちの作品として残り続ける……納得のいくモノじゃなきゃ売りたくねェんです!」
そう言うと、徐に作業机の後ろにあった天井まである大きな棚を片っ端から開き始める。
中に入っているのは彼の言う『未完成』の装飾品やアイテム。
あっという間に作業テーブルに乗りきらない程になったので、慌てて止めることになった。
「完成しないアイテムが沢山あるのは分かったよ。分かったんだけど、なんで私たちに声かけたの? ここに嵌める魔石の調合を頼みたいとか? 一応調合とかは毎日してるけど、今年入学したばっかりで錬金科の一年だし大した調合は出来ないんだけど」
錬金術で魔石を作ることは、出来る。
ただ一般的ではないし、かなり難しいので今の私たちでは到底不可能だ。
他に『細工師』が必要としそうなもの……と考えると宝石や金属の調合位。
(けど、宝石とか魔石は買えるんだよね。多分私たちに調合を頼むより売っている魔石を買う方が断然安い)
だって、鉱石や金属の調合は一定の技術を必要とする。
錬金術師に頼むと魔石作成にかかる素材の値段+技術料で高くなるのは私でも分かる。
ご飯を食べたり色んな所へ寄り道したからうっかり忘れていたけど、ラクサが私たちに声を掛けてきた理由は未だに良く分かっていない。
作品を店に置かせてくれ、とは言われたけど理由も聞いてないし。
リアンはラクサの様子を見て何かに気付いたらしく小さく息を吐いた。
「とりあえず、詳しい話は僕らの工房で聞こう。アイテムは片付けてくれ」
「いい、んスか?」
「食事代を出して貰ったからな。それに、僕らの工房に来たことがないだろう? 広さなんかも確認するといい」
先に準備をしている、と一言言ってリアンは出入り口から一足先に帰ってしまった。
ベルもその様子を見て呆れたように息を吐いたけれど、片付けをしているラクサに疑問を投げかける。
「ライムに声を掛けた時……私やリアンが貴方に気付いていると分かっていたわね? それも私たちがいつでも反撃もしくは取り押さえられるように警戒していることも」
「バレてるとは思わなかったんスけど―――…気づいてはいたッスよ。警戒しない方がおかしいでショ。元々色々情報は耳に入ってきてたし、余計なお世話だとは思うんスけど……アンタも自衛手段考えた方がいいッスね」
ラクサの言葉にベルの雰囲気が変わったのが分かった。
少しだけ温度が下がったような感覚に驚いていると、グイっと手を引かれて背に庇われる。
「―――…どういうこと?」
「噂の内容には色々あるんスけど、『鞭使いと大斧を持った錬金術師は強い』ってのと『珍しい髪色の錬金術師がいる』ってのが一番多く聞こえてきた噂なんスよ。そーなるとちょっと頭の回るヤツなら『狙うなら珍しい髪色の錬金術師の方』って考えるのは当然というか、考えなくても分かることでショ」
「噂だけでそういう事も分かるんですね。すごい」
「いや、感心してる場合じゃないんスけど!? ちょ、大丈夫なんスか?! この子」
「……大丈夫じゃないから大変なのよ。でも、困ったわね。工房にいる限りは大丈夫だけど、何があるか分からないし……少し考えてみるわ」
「ベル、爆弾じゃダメなの?」
「馬鹿ね。眠り薬や麻痺薬を使われたらアイテム使えないじゃない」
切り捨てられるように却下されたので、思わず口を開きそうになったけれど、ここが自分の工房じゃないことを思い出した。
慌てて出かった言葉を飲み込んだ私と難しい顔をしているベルを見てラクサは苦笑しつつ、最後のアイテムを棚にしまい込む。
「とりあえず、行きましょう。あの眼鏡、細かくてうるさいから待たせると面倒だもの」
「ず、随分な言いようっスね――――…仲、悪いんスか?」
スタスタと私の手を引いて歩き始めたベルに軽く口元を引き攣らせたラクサが私に聞いてきた。
実は似たようなことを前にミントやディル、エルやイオにも聞かれたことがあったんだよね。
「仲は悪くないよ。ちゃんと話もするし、二人ともこういう感じで普通に話してるだけ」
「そ、そうっスか。過激っすねぇ……アンタが暢気でちょっと救われるッス」
はぁ、と軽く息を吐いたラクサに私は何とも言えない顔をするしかなかった。
褒められているのか貶されているのかイマイチ判断できなかったからね。
多分、誉め言葉……のつもりなんだろうけど。
◇◆◇
工房に戻るとリアンが紅茶を淹れる準備をしていた。
珍しいな、と思いつつお茶菓子はいるかと聞けば頷かれたのでパウンドケーキを切って出すことにした。
大きめに切り分けた二種類のパウンドケーキを皿に盛っていると、紅茶の入ったポットをトレイに乗せたリアンが小さく呟く。
「ライム、新しい調合は明日に回して夜に丸薬を作りたい。ベルにも後で話はするつもりだが、先に言っておく」
「どのみち作らなきゃいけないものだから構わないけど」
どうしたの、と視線で問えばリアンはにやりと口元を釣り上げて笑う。
商売人の顔で笑っているのを見て何となく『商売のタネ』を見つけたんだろうと納得して、大人しく紅茶が乗ったトレイを持って歩くリアンの後ろをついていく。
台所にはサフルの分のパウンドケーキを置いて、メモも残しているので食べてくれるだろう。
紅茶とケーキを持っていくとラクサがパッと此方を見て目を輝かせた。
食べものや飲み物を出すときはお客さんから、と昔から言われていたので一番最初にケーキを渡すと嬉しそうに受け取った。
「これ、食ってもいいんスか?! 甘いもんなんて久しぶりっス」
紅茶も問題なく飲めるとのことだったので、少しお茶やお菓子を食べて落ち着いた所で、リアンが話し始めた。
サフルが一度顔を出して紅茶のお代わりを置いて行ってくれたけれど、直ぐに視える範囲からいなくなったので工房には私たち四人だけ。
「――……僕たちに声を掛けて来た目的を話していただきましょうか」
どうぞ、となんでもない会話をするように話題を振ったので、私もベルもギョッと目を見開く。
ラクサは聞かれることが分かっていたのか苦笑して、小さく頷いた。
「情けない話なんスけど、実は工房資金が尽きそうで……何とか冒険者業と兼業して穴埋めしてきたんス。今までは優勝資金でいろいろ賄って契約してたんスけど、流石にこのままじゃ不味いんで……賃貸更新は今年の春だったし、後二年は何とか。ただ、この二年の間にある程度客をつけなきゃ不味いと思ってた所に―――」
言いにくそうに視線をテーブルへ落とすラクサを見て、リアンがため息交じりに口を開く。
呆れているというよりどこか納得したような顔だ。
「僕らが工房を開いて、客が流れてきたと」
はい、と頷いたラクサは色々と工夫はしたのだという。
看板を置いてみたり、呼び込みをしてみたり……けれど成果はイマイチで売れ行きも良くない。
悩んだ末に客が多く来る私たちの工房に商品を置かせてもらう、もしくは仕事を貰えないか直談判してみようと思ったそうで。
「そんな行動力があるならもっと早く色んな人に相談したらよかったんじゃ……?」
「装飾品の類いは難しいんス。それにオレっちの作っている細工は少し特殊で……お貴族様向けというより冒険者や騎士、商人とか旅をしている人間向き。だから、騎士や冒険者が多く来るこの工房に置かせて貰えればって思ったんスけど……やっぱ、地道に売り込みか露店しかないっスかね」
実際に店に来て商品棚や店舗内を見たからか、自分の作品を置く場所を捻出するのが難しいことが分かったみたい。
諦めたように苦笑して店を見るラクサの顔は何処か穏やかだ。
「ま、正直今は断られるのも当然だって分かったンでいいんスけどね。店を開いたばかりのアンタらが色んな工夫をして商品を売ろうとしているのを実際に見て、オレっちにとってはいい経験と刺激になったッス。どっかで『錬金術師』が作ったアイテムが安けりゃ誰だって買うって思ってたンで」
目を細めて店のあちこちにある説明書きやセットで販売しているという貼り紙を眺め、笑う。
安くすれば売れるって思われるのは私たちにとっても想定済みだし、それについて絡まれる覚悟も対処方法も十分に話し合ってきていた。
けど、こうやってお店を経営している人から直接『認められる』とは思っていなかったので思わずベルやリアンの顔を見る。
ベルは機嫌良さそうに口元を釣り上げて、リアンはいつもの無表情でじっとラクサを観察している。
「ああやって、商品の説明がどこにでも詳しく書いてあって……冒険者だけじゃなく一般向けにもちゃんと商品棚を作ってる。求める商品が違うのを理解して、わざわざ最初から棚を分けるなんてこと普通の『錬金術師』はやらないし、気付かない。オレっちも『出来ることは全部やった』と勝手に思ってただけで、ただやった気でいるだけだったって気づいたッス。帰って、とりあえず一般客向けのとそうでないのと仕分けして買いやすい様にしてみるのもいいッスね」
上手くいくかは分からないけれど、と口には出さなかったけれどラクサは少し楽しそうだった。
資金繰りが厳しいのは、多分本当だろう。
買い物の仕方を見ていて分かる。
(私と同じ買い物の仕方だからね。安いモノを重点的に、って感じだったし)
ラクサは商品の配置を指示したのがベルだと聞いていたようで、早速!と言わんばかりに商品配置について色々質問をしていた。
ベルもそれが嫌ではないみたいで、きちんと分かりやすい返答を返していく。
二人の会話を聞きながらリアンを見ると何かを書いていた。
暫くペンを動かしていたが書き終えたのか満足そうに上から下まで確認し、その後何事もなかったように用紙――――…契約書をラクサの前に置く。
「ここから、商談に移ります。ラクサ殿、酒場で僕たちに見せて頂いた小箱を定期的に仕入れたいのですが、販売価格はいくらでお考えですか?」
「は」
「え?」
思わず目と口をぱかっと開いてリアンを見る。
契約しないって言ってなかった?!と思わず契約書を見るとラクサも慌てて差し出された契約書を手に取り、目を走らせる。
「待ちなさい。取引はしないと言っていなかったかしら」
「しない、とは言っていないさ。『場所の確保が難しい』とは言ったが。それに彼の作品であることと彼の腕はある程度把握した。まぁ、決めなくてはいけないことは多いが……【不変の小箱】を作る手間が省けるのはコチラにとっても助かる。金属の加工はいずれしたいと思ってはいたが……予定に余裕がある時が望ましいからな。用意するものも多いし、金属加工はそれなりに難しい筈だ」
確かに金属を調合するのは難しい。
私もまだ作ったことがないので何とも言えないけど、金属は魔力が通しやすい素材とそうではない不純物が一緒に入っているから、魔力の消費が激しい。
簡単だったり少量の調合なら調合釜だけで大丈夫なんだけど、インゴットの作成になると工程が複雑だ。
まず型を作って、調合釜の火力を最大限に上げ(特別な燃料を使う)なきゃいけない。
金属が溶けてドロドロになったら、液体と固体の間のモノを叩いて、特殊な液に浸けて不純物を中からはじき出す鍛冶師のような作業をすることもある。
必要な燃料、液体は錬金術で作ったモノを使うので仕上がりはいいし、普通の鍛冶では付加できない特殊な効果をつけることができる。
(だから“錬金金属”は高いんだけど)
素材の費用がかさむし、手間賃がかかるからかなり高くなる。
手間賃は、消費した魔力量と疲労具合とかそういうのを基準に考える錬金術師が多い。
武器を作る場合、鍛冶師と協力して必要な部品をある程度錬金術で揃えて一級品の自分だけの武器を作ることもできる。
武器だけでなく回復薬や便利な冒険アイテムを生み出せる錬金術師の価値は、冒険者や騎士といった装備や道具、武器等で大きく生存率が変わる人にとっては重要なんだって。
(エルとイオから色々聞かされて納得したし、いずれ強い武器を作れるようなインゴットとか金属を作れるようになると安全に色んな場所に行ける)
錬金術で作れるものは多い。
回復薬に並んで需要が高いのが金属だったりするから、私もいずれ作れるようになりたいとは思っていた。
万が一の金策の為に金のインゴットなんかを隠し持っている錬金術師は割と多いらしいし。
「あー……うん。それは分かるけど、難しいから面白いんじゃない? そりゃ、金属素材が無駄になるのは嫌だけどさ、いきなり大掛かりなものを作る訳じゃないし。小さい釘とかそういう廃材から作れるようになれば、普通に鉄鉱石とか鉱石からでも作れるようになるよ! 時間は……まぁ、下手すると一日がかりになる可能性しかないけど、金属の調合は早い方がいいと思う」
何より新しい調合してみたい、という気持ちをどうにか飲み込んでそれっぽいことを言ってみる。
リアンは私の答えを聞いて表情一つ変えずに言い切った。
「保存食づくりもするなら、金属加工は雫時が明けてからが適切だ。優先順位で言えば、保存食の方が優先度合いが高くなる。なにせ、原料の春から夏の前半までに多く収穫できる野菜は今の時期が一番安いからな。資金の面でも味の面でも保存食を作るなら今だ。それは理解できているか」
「理解っていうか大事だよね。食べ物ないと死ぬもん」
「……まぁ、そうなんだが。だから、今回は少しでも労力を保存食づくりに割けるようにしたいんだ。それに、雫時が終わってから試験を受ければ、その際に金属調合について色々聞けるだろう。学院の試験は一日で終わるからコツを教員から聞き出すのも手だ」
「素材無駄にするくらいならダメ元で聞く……なるほど」
「ライム、しっかりしなさい。守銭奴眼鏡に唆されてどうすんのよ……まぁ、保存食優先って言うのは理解できるからいいわ。ただ、戻ってきたらすぐに試験を受けてコツを聞いて金属調合するわよ」
ベルの熱意に推されて私もリアンも頷く。
自分の武器を自分の手で!と意気込んでいたのは知ってるからね。
私たちが話している間にラクサは真剣に商品の価格を考えていたらしい。
会話が途切れたのを見計らって口を開く。
「装飾の量と種類によって時間もかかるんスけど、その辺はどう考えてるんスか?」
「こちらが求めるのは『劣化防止』『防湿』もしくはそれに関する効果が付加されている事、でしょうか。価格は銀貨三枚以下。登録印は僕らの工房のものと、ラクサ殿の登録印を彫るのは必須条件になります」
どのようなデザインにするのかは任せます、と告げるとリアンはじっとラクサの動向を見守る。
メモ用紙に書かれた条件を見てラクサは腕を組んで考え込む。
ベルがお茶のお代わりを入れに席を立ち、私もポーチからクッキーを取り出して皿に数枚ずつ乗せていく。
「オレっちが彫れる効果で該当しそうなのは『防水』『状態維持』ッスね。劣化防止とか防湿ってのは彫れないッス。後は『強度強化』ってのもあるんスけど……大きさを考えると『防水』とどちらか。登録印は確認してるんで、そっちは問題ないッス。丸薬小箱自体はストックが結構あるんで問題ないとして……一日五個作れるかどうか」
慣れれば作業速度が上がると言って顔を上げた。
一日五個、というと少なく感じるかもしれないけど、彫る作業ってかなり神経を使うから一日で五個も作れるのは中々実力があるということになる。
「売れるかどうかまだ分かりませんから、とりあえず明後日の朝六時までに十個納品してください。付加する効果は『防水』『状態維持』を5つ、『防水』『強度強化』を5つです。品質がC未満もしくは販売に適さないと判断した場合お持ち帰り願います。価格はお決まりですか?」
「効果が二つっスけど、『防水』も『状態維持』も特別難しいモノじゃないンで……銀貨2枚、とかで」
「分かりました。それとここからが本題なのですが、場所代と指名料は相殺でよろしいですか。今回は納品時点で報酬の銀貨20枚をお支払いします。完全買い取りという形ですね。これは初回時のみで、その後は歩合制になります」
「ありがたいっス、けど……その、アンタらはそれでいいんスか?」
「今後、どんなに有名になったとしても、僕らからの依頼は『断らない』ことと、『指名料』を取らない事を約束して頂ければそれで結構です」
「指名料っスか。まぁ、それくらいなら全然いいっすよ。あ、それとオレっち、ある程度腕に覚えがあるんで採取に行く時は誘って欲しいっス。護衛もできるんで」
「では、同行者ということで護衛料は支払いません。ただその代わり、三食の食事は保証しましょう。コレで如何です?」
「乗った! 飯の心配しなくていいのが一番っス。地味にかかるんすよね……同行するついでの護衛なら全然問題ないっス。オレっちもソロで旅するより人数いた方が生存率上がるんで」
全面的にリアンの申し出を飲んだラクサは、さらさらと署名をしてお代わりの紅茶とクッキーを満足そうに摘まんだ。
契約を終えたのを確認し、控えの契約書を受け取った彼は意気揚々と自分の工房へ戻っていく。
機嫌よく鼻歌を歌っていたので分かりやすい。
(でも強いって分かってる人と一緒に旅できるのは頼もしいかも。お隣さんだって分かったし、見ず知らずの人より話しやすいもんね。細工師ってどういう仕事をしてるのかイマイチ分からない所も多いし、そのうち聞いてみようかな)
そんなことを考えながら温かい紅茶を飲み干して立ち上がる。
作るのは丸薬だ。
魔力をある程度残した状態で、丸薬を作って……長期保存が効く乾燥果物もいくつか作っておきたい。
◇◆◇
丸薬を作るために、薬草の下処理を三人でしている時の事。
夕食は作り置きでいいという事だったので、夕食づくりをする時間は調合に充てることになった。
なんだかんだで色々あった一日だったな、と思いながら手を動かしているとベルが徐に口を開く。
「で。ラクサに提示した条件……随分と破格だったけど、理由があるんでしょう」
「理由って……お互いに助かるからじゃないの? 丸薬を売るために細工師のラクサに頼んだんでしょ? 【不変の小箱】に丸薬を入れれば長持ちするし使い勝手がいいけど、作る手間も時間もかかるし」
「それも一つの理由かもしれないけれど、建前よね? それが一番の目的なら場所代なり管理代なり要求している筈よ」
リアンなら確かにそのくらいはするだろうと納得していると、無言で枯れた葉や痛んだ葉を千切っていたリアンが答える。
面倒だと思っている事を隠しもしない投げやりな声だった。
「彼の技術は確かなものだ。鑑定で【細工師の才】【器用】【文様師】【彫刻師】と細工師としては十分すぎる素養があるのを確認したからな。それ以外にも戦闘技術はそこらの冒険者よりも備わっている。そういう人間と知り合っておくのは後々、優位に働く。その上、護衛料を削減できるのは大きいし、何より『指名料』というのは馬鹿にならないんだ。有名になればなるほど指名料だけで金貨一枚というのも珍しくない」
絶句する私と半目になっているベル。
やっぱりね、なんてベルの口から聞こえて来たのがまた怖い。
詳細鑑定を持っているリアンだからこそできる事だなぁと思いながら計量を始める。
三人で下処理する時間は結構雑談するんだけど、今回はラクサの話題だった。
「にしても、もう一人護衛用の奴隷を買うべきかしら。いつも工房にいるわけにもいかないし、今後店が忙しくなったらライムに付き添って行くのも難しいわよね。私たちだけで護衛や牽制できる相手ならまだいいけど、強い人間はいくらでもいるし」
「そう、だな……少し考えてみるか」
「そういえばさ、工房見学を引き受ける代わりに対価を貰うって話してたでしょ? それで、ファウングとかそういうのが欲しいって言ったから、その子を鍛えて護衛にできないかな。私も素振りとかするけど、こう噛みついたりして足止めしてもらった所に杖を思いっきり振り下ろせばよくない?」
「……ライム。少しベルに似てきたんじゃないか?」
「どういう意味よそれ。あと、それだと複数犯の時に隙が出来過ぎるからダメね。せめて下僕が二体いないと」
「……下僕って言った」
「細かいことを気にしてたら話が進まないぞ、聞き流せ」
悟りきった顔で遠くを見るリアンに倣って私は無心で計りを使って素材を計量した。
この日、寝る前までにできた丸薬は15個。
三個入りを1セットで販売するらしい。
私といえば一度丸薬を作ってから、乾燥果物の仕込みと処理に取り掛かった。
乾燥果物を作り過ぎるとスライムの核が足りなくなるので、ほどほどの量を作って残りはコンポートにしておく。
ジャムにしたものもあったけれど、量が少なかったのでミックスジャムにしてみた。
味見してたらベルに見つかって、サフルも交えて四人で夜食としてちょっと食べることに。
保存食づくりは積極的に手伝うから声を掛けてくれと三人に言われたけれど、作る度に味見として食べてたら保存する量が減る気がする。
「そういえば、二人に言ってなかったんだけど……私、麻痺薬と毒、あと睡眠薬にはある程度耐性があるからアイテムさえ使える状況なら少しはもつよ」
「………は?」
「え? ちょ、待ちなさい。何それ」
「何があるか分からないから耐性付けときなさい、っておばーちゃんに言われて訓練したんだ。ディルも少しの間だけど一緒に訓練したよ」
どうだ、と胸を張ってみるとリアンとベルが妙に狼狽えていた。
何でだろう、と思って首を傾げると二人とも言いにくそうに口ごもる。
「? ベルは貴族だし毒殺されない様に毒の訓練はしてると思ってた。リアンも商売してるならいざって時の為にそういう訓練はするんじゃないの?」
「僕は薬を飲んでいたから結果的に薬剤耐性がついただけだ」
「昔の貴族はそういう訓練をしていたようですけれど、今は……しませんわ。魔道具でどうにでもなりますもの……ライム、貴女、それ……他の人には言わない方がいいですわよ。毒に慣らす訓練も王族でもない限りしませんもの。王族ですら今はあまりそういった訓練はしませんわ」
「へー、そうなんだ。でも毒に慣れておいたら、うっかり毒キノコとか毒草食べても死なないから便利なのに」
「………便利って一体」
「食べるものなかったら、毒草でも毒キノコでも食べるよねって話」
「………リアン。食料だけは切らさないようにしましょう。絶対に」
「言われなくても分かってる……頭が痛くなってきた」
後片付けはしておくから、少し休めと二人に追いやられて首を傾げたものの、直ぐにサフルが温かくしたミルの果汁を持ってきてくれたので有難く貰っておいた。
(後は自衛手段を考えてみよう。投げやすいアイテムとかかなぁ、やっぱり)
ここまで読んでくださってありがとうございます!
誤字脱字、変換ミスなどあればいつものように誤字報告で教えて下さると嬉しいです。
ごくまれに、意図的に変換を弄っていることがありますがかなり稀です。ハイ…大体が誤変換。
矛盾点や疑問、感想、そして評価やブックはとても有難いです。
なんというか「あ、読んでくれている人が本当にいる」って実感できるので。
読んで下さった上に、貴重な時間を割いて頂けるものなので、余計に嬉しいのかも…?
色々ごちゃごちゃッとしてきたような気がしますが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。