129話 忘れた頃にやってきた
いつもより短いような気がしますが、とりあえず投稿。
忘れていたころに、最初の方の買い取り話が出てきました。
三日目の開店日。
私はいつも通りの日課をこなし、朝ご飯を作っていた。
サフルが珍しくコメ料理を食べたいと言ってきたので、丼にすることに。
味噌汁の具は野菜。
丼には肉とマタネギ、キノコを炒め、ショウユと砂糖で味付けしたものを乗せる。
その横で、温野菜サラダを作っておく。
おばーちゃんに教えてもらったショウユベースのドレッシングを作って完成。
「完成が早すぎるのも考え物だよね……まだ起きてこないし。リアンのご飯、今日も別に作った方がいいのかな」
うーん、と腕を組んだところで二階から足音が聞こえてきた。
視線を向けると珍しくベルがいて驚く。
「おはよー。リアンより早いね」
「おはよ。体調でも悪くなったのかしら……まぁ、それはいいんだけど今日のご飯はなに? 凄く良い匂いがするから降りてきちゃったのよね」
「今日はサフルがコメ料理食べたいって言ってたから丼にしたよ。具はお肉ね。後は味噌汁と……目玉焼きでも作ろうか? 目玉焼き乗っけても美味しいし」
「いいわね! 私、朝に体を動かすでしょう? だから結構しっかりしたご飯の方が嬉しいのよ。パンも美味しいけど……満腹感が続くのってコメ料理の方なのよね。ライムのご飯を食べるまで知らなかったわ。そうそう、無理なら無理でいいんだけど、良ければ今度というか落ち着いた時に辛いミートパイ作ってくれないかしら? すごく美味しかったの。懐かしかったし。だから、いくつか収納バッグに入れておきたくて」
ちなみに、リアンとベルの収納バッグはどちらも実家から贈られた物らしい。
リアンはお父さんと弟君が『運よく複数仕入れられたから』っていう理由で譲られ、ベルは【トリーシャ液】をお母さんやお姉さんたちに渡したら『これはお礼よ。アレがなくなったら買い取るから優先的に買わせて頂戴。言い値で買う』と言われたそうだ。
そうそう、収納バッグにはいくつか種類がある。
一般的なバッグと違って大容量を入れられて重さが変わらないのが魅力なんだよね。
新人冒険者や騎士はまず、お金を貯めて収納バッグを買うことを目標にするくらいだし。
(冒険者や騎士もだけど荷物を沢山運べるし、重さも変わらないから便利なのが何よりだよなぁ。高いけど。容量が小さいものでも金貨五枚って言ってたし……ベル達のは時間停止効果もついてるみたいだから、大金貨一枚以上は確実)
ちなみに、金貨が十枚で大金貨になる。
普通の金貨は丸いんだけど大金貨は長方形型だから間違うことはない。
ま、普段の支払いで大金貨は早々見ないけど。
値段が高いのには品物があまりないからだっていうのも影響している。
時間停止効果が付いた収納バッグの殆どはダンジョン産だ。
作ることもできるけど、それには結構希少だったり扱いの難しい素材を使って錬金術で素材を作り、特別な技術を持った魔縫製師に縫製をしてもらわなきゃいけない。
私が持ってるポーチやトランクは手作りされたヤツね。
だからマイナス効果がないし癖もない。
ダンジョン産の中には高価なアイテムでも『呪い』や『制限』がかかったものがある。
そういったものは安いみたい。
リアンの眼鏡も『使用者制限』に似た効果があったから安かった、みたいなことを聞いたし。
「いいよ。じゃあ、お店が休みの日に作ろうかな。雫時になったらお店も閉まるんだよね? それに開店もしたからお昼を用意できなくなることもあるだろうし……ある程度、地下に料理を作ってストックしておけば、勝手に食べられるでしょ? 私たちが採取旅に出ても1ヶ月分くらいの料理を置いておけばサフルも楽だろうし」
「……そうね。ストックを作っておくのはいいと思うわ。あと、考えたのだけど今回サフルは連れて行くわ。いくら訓練を積んでも実践で使えなくちゃ意味がないのよ。大事な場面で怯まれて危なくなるのは御免だし。一応、小型のモンスターは倒したことがあるみたいだけど、問題は中型以上のモンスターと人型のモンスターや盗賊ね。盗賊の中には騙し討ちのような事を仕掛けてくる輩もいるから。それから、採取旅の間店番はウチの執事を使いましょう。給金を渡して『雇った』ことにすれば問題ないわ。コレで奴隷を探しに行く手間も省けるし、掃除やなんかはちゃんとするから工房の維持もできる。情報を流すこともないから安心よ」
台所に移動しつつサフルの現状報告を聞いた。
私は訓練一緒にしてないから、サフルがどのくらい強いのかさっぱり分からないんだよね。
「体力がついてきたのは私も気付いてたけど、そんなに違うんだ」
「ええ。ちゃんと三食食べて、休んでるからかしら。本人にやる気があるから私としても鍛えがいがあって中々楽しいわよ。最近は自主練習も始めたらしくて騎士団の朝練に一部参加してるみたいだし」
「へぇー……いつもと変わらない時間に会ってたから気付かなかった」
「サフルはどちらかと言えばバランスタイプね。私はパワータイプで、リアンはテクニックタイプ。まぁ、もう少し筋肉がついて『本来の』体格になってきたら、また変わるかもしれないけど」
「本来の体格ってなに?」
「生まれつきスラムや奴隷育ちだと成長が止まっていることが多いの。食事や生活環境が変わることで、今まで遅れていた成長が一気に進む現象はよくあるのよ。特にサフルは赤の国出身だと言っていたから……成長次第で武器も変わるわ」
武器が変わると言われても、確かサフルには【剣】の才能がある筈だ。
リアンが鑑定したって言ってたし。
不思議に思っているとベルは才能についても教えてくれた。
「【剣】や【斧】といった分類はかなり広いの。【大剣】だと短剣や細剣にはあてはまらないけど、【剣】なら剣というだけで補正がかかるわ。剣にも種類があるから、性格や体格によって使いやすいものを選ぶ必要があるの。ま、最低でも短剣は使えるようにしておくけれど」
「戦闘って奥が深いんだね……よし、目玉焼き出来た! もう盛り付けて良い? 出来立ての方がいいでしょ?」
ええ、と嬉しそうなベルに苦笑しつつ、二人分の食事を作り終える。
サフルと先に食べているように伝えてから私はエプロンを外して二階へ。
まだ降りてこないリアンの様子を見に行くことに。
席に着いた二人が口々に「美味しい」と話しているのを見て口元が緩む。
やっぱり作ったものを褒められるのは嬉しい。
二階に上がると見慣れない物が増えていた。
しっかり磨かれた手摺りや知らない間に廊下に花が飾られている。
二階に部屋も用事もないからあんまり来ないんだよね。
リアンの部屋は階段を上って直ぐ。
ノックをするとドアがガチャッと開かれた。
「ん……ライムか。どうした、何か問題でも―――」
「いや、いつもの時間になっても降りてこないから見に来たんだけど」
「……は? あ、ああ……こんな時間か。寝すぎたな……今支度をするから先に降りていてくれ。体調も問題ない」
ふわぁ、と欠伸してぼさぼさになった頭を掻きながらリアンは私に背を向けてドアを閉めた。
閉められたドアからは「痛…っ!?」とか「あー……どこに置いたんだったか」とかリアンの独り言が聞こえてくる。
部屋の前で聞き耳を立てる趣味はないから、そのまま階段を下りて台所に戻る。
二人分のご飯を準備していると、ベルやサフルが空になったお茶碗と味噌汁椀を持ってきた。
「お、お替りあるかしら?」
「で、できれば私も頂きたいのですが」
「あはは。いっぱいあるよ。ちょっと作り過ぎたかもって思ってたくらいだから……同じくらいの量で良いんだよね?」
二人の嬉しそうな返事を聞きながら空になった丼にお米と具をのせる。
目玉焼きはなしだ。お替りだからね。
嬉しそうに丼を受け取ったベルがそういえば、と二階へ視線を向けた。
「リアンはどう? 起きてこなかったのを見ると悪化してたんでしょう」
聞かれて味噌汁を盛り付けていた手が止まる。
ポンっと頭に浮かんだのは、ボサボサの頭と着崩れたシャツ。
普段キッチリした姿しか見ていないから『だれ?!』って思ったけど、声はリアンだった。
「あー……ううん。たぶん、元気……だと思う」
「なによそれ。顔は見たんでしょう?」
「み、たような……みなかったような?」
髪で隠れて見えなかった、とは言えなかった。
ベルは訝し気にしていたけれどサフルが「汁物はもう一度お代わりできますか?!」と聞いてきたので会話が終わる。
自分とリアンの分の食事をテーブルに運んで、水差しの水を足したあたりでリアンが下りてくる。
いつも通り、キッチリと隙のない格好だ。
「お早う。昨日は栄養剤を飲んでしっかり眠ったから体調もいい。すまなかったな、昨日は」
「いいわよ、別に。一緒に暮らしていれば体調が悪くなることくらいあるでしょ。ただ、体力は本当につけた方がいいわよ? 雫時は体調を崩しやすいんだし、採取旅だと何があるかわからないんだから」
「そうだな、気を付ける。やれやれ……まさか素材集めを自分ですることになるとは考えてもみなかった。買い取って調合するものだと思っていたからな」
溜め息をつきながら席に着いたリアンの前にコップを置けば目があった。
思わずマジマジとリアンの全身を見ているとバツが悪そうに眼がそらされる。
私も深く突っ込んで聞くつもりはなかったので曖昧に笑って、自分の席についた。
朝食を食べながら、思い返す。
(ベルとは一緒に寝たことがあるから寝起きの姿を見たことがあるけどリアンのは貴重だったな。別に見た所で何の得にもならないけど)
なんて思いつつ、ベルとサフルが丼の魅力について熱く語り合っているのをぼうっと眺めて朝食を終える。
三日目の営業は一時間後だ。
◇◆◇
三日目は、いつものように冒険者と騎士が真っ先に来店した。
来る客の多くは新人から一人前と呼ばれる腕前の冒険者が多いようだ。
物珍しそうにしつつも回復薬とオーツバーを購入していく。
どうやら初日のお客さんが使い心地を広めてくれたらしい。
騎士の人達は休憩中に来る人が多かったり、巡回の途中で店に入ってくることが多いから目につくのは冒険者なんだよね。
「ありがとうございました」
最後に真新しい武器と中古の防具をつけた新人冒険者を見送った。
新人冒険者は初級ポーションとアルミス軟膏を一つずつ買って行くのが多い。
少し余裕がある場合は回復薬を上限まで買っていってるけど、そういったグループはかなり少ない。
「やっぱり新人の頃って懐事情が厳しいんだね」
「まぁ、新人ならな。ただ、新人で錬金アイテムを持っているというのは大きい」
「そうね。防具を我慢して、その分を回復アイテム一つに回すのは割とよくあることだから」
同じ新人でも新人騎士と新人冒険者だと騎士の方が給料はいいみたい。
まぁ、騎士になる年齢と冒険者として登録できる年齢が全然違うから参考にはならないけど。
冒険者や騎士がひと段落したら、今度は一番街や二番街の女性が複数名で店に来た。
どうやら目当ては【トリーシャ液】と【洗濯液】らしい。
一番大きい容量の物を買って出て行ったので結構な金額に。
それからは近所に住んでいるっていう主婦が数人、一番小さな容量の【トリーシャ液】と【洗濯液】を買って行った。
夕方になると依頼を終えた冒険者や夜の勤務前に足を運んでくれた騎士で大忙し。
凄い勢いで売れていく商品に在庫の心配をしつつ対応をしていると、あっという間に閉店時間になった。
「三日目でなんかお客さん増えてない?」
「増えてるわね……この調子で一ヶ月続いたら凄いんじゃない? 在庫大丈夫かしら」
「在庫は少し危ないかもしれない。落ち着いた頃に採取に行くべきだな……場所は“リンカの森”でいいだろう。日帰りで帰ってくることになる上に、量の確保が必要になるからライムに採取を頼むことになる。護衛は僕とベルが交代で行くしかない」
「少しでも客への対応や清算に慣れなくちゃいけないって事ね。ずっと笑ってるから顔の筋肉が痛いったらないわよ」
まったく、と言いながらも自分たちが作ったものが売れるのは嬉しい。
リアンも手応えを感じているのか初日の緊張はすっかりない。
慣れた手つきで売れたものを記録していく。
その様子を見ながら中級ポーションがどのくらい作れるか考えて、今のペースだと確実に今ある素材じゃ足りなくなる。
何とか今月持つかどうかって所だし。
「じゃあ、在庫がなくなる前に採取に行かないと。今月末には在庫使い切っちゃうでしょ? 代用で珍しい素材を使うのは嫌だしさ」
「そうだな。それと商品についてだが、雫時に入る前に中級ポーションを販売したい。自分たちの分を確保してからになるし、量を作れないから制限をかける必要があるが……中級ポーションは稼げるからな」
「販売対象は冒険者ランクC以上でどうかしら。ギルドカードを提示してもらえれば判別は分かりやすいわ。一般冒険者としての力量があれば中級ポーションが必要でしょう? 数が少ない理由もそのランクになれば分かる筈よ。中級ポーションだと初級より価格が跳ね上がるから、食いつきはいいんじゃない? 上級ポーションは今の所材料も技量もないからまだ無理だけど」
そういえば、一般的に中級ポーションはどのくらいで売られているのか聞いてみた。
ベルはそうね……と何かを考えるそぶりを見せてから口を開く。
空箱を重ねているのでこれから地下に行くらしい。
「中級ポーションは大体銀貨二十五枚位かしら。初級ポーションなら七~八枚ね。他の回復薬って言っても、ポーションしか置いていない店も多いそうよ。アルミス軟膏は、三回分で銀貨五枚位かしら。大体、だから何とも言えないけれど私が知ってるのはそのくらいよ」
「た、高いね……まぁ、回復アイテムは品質に気を使うし仕方ないけど」
「冒険者から素材を仕入れていることを考えても高いと思うけれど、貴族の感覚では安いのよねぇ」
貴族って、と思わずベルを眺めているとドアがノックされた。
もう日が暮れかかって薄暗くなってきているし、店の前には『閉店しました』と書いたプレートもかけてある。
工房内にいた全員の視線がドアに集中する。
割とドアに近かった私が出た方がいいかな、と思った所で椅子を引く音。
振り返ると、カウンターで清算をしていたリアンが無言でカウンターから出てくるところだった。
「私、出ない方がいい?」
「ああ。念の為に、ライムはカウンターの奥へ」
頷いてカウンター奥へ向かう私と入れ違うように、リアンがドアの前に立つ。
私やベルの位置を確認してから小さく息を吸うのを見た。
「――…どちらさまでしょうか。本日の営業は終了していますが」
声色は柔らかいけれど何処か胡散臭い気がする。
それに腰に下げた鞭の柄をしっかり握っているのがまた、少し怖い。
その声に応えたのは聞き覚えのある声だった。
「あー、悪い。営業時間外くらいしか外出する時間が……悪い、両手塞がってるから開けてくんねぇ?」
「……その声はエルか。少し待っててくれ。今開ける」
小さく溜め息をついてゆっくりドアを開けたリアンだったけど、武器から手が外れない。
それどころかホルスターから鞭を抜いたのでギョッとした。
「え、エルだって言ってるのに何で武器……?」
慌てる私の後ろからベルが近づいてきて隣に立った。
カウンターの上に頬杖を突く形でじっとリアンの動向を見守っているらしい。
「こういう大きい街だといろんな人間がいるのよ。扉の向こうにいる声の主がエルだったとしても、脅されたりしていたら? エルの他に害意を持つ人間がいないとも限らないわ。今、私たちは注目されているし警戒するに越したことはないもの。貴女も、営業時間外にノックされて知り合いだからって安心しないことね」
そういう理由だったの?と口と目を見開く私にベルが苦笑した。
警戒しなくてもいい世の中ならいいんだけどね、と言いつつ何かあってからじゃ遅いのと念を押される。
私とベルが会話をしている間にも、リアンはドアをゆっくりと開けていく。
ドアの前には、エルがいたけれどその後ろには十名程度の見習い騎士が立っていた。
その手には木箱だったり布袋が抱えられていて私とベルは顔を見合わせる。
「悪いな、遅くなって。生ものの類いは運よく劣化防止効果の付いた収納袋持ったやつがいてさ、ソイツに保管してもらってたんだ。それ以外は普通の布袋に詰めてたから、学院で合流した後木箱だとか布袋に分類して持ってきた。劣化はしてないと思うけど確認してくれ」
にかっと歯を見せて笑うエルに、警戒していたリアンが息を吐いて鞭を仕舞う。
そして少し考えてから工房の作業台があるスペースへ案内した。
勿論、念の為に「工房内の物には絶対に触らない事」を約束させてからだったけど。
ぞろぞろと工房に入ってきた見習い騎士たちは、緊張しつつ作業テーブルの前に。
「すまないが、植物の系統はコチラの作業台に。重さのあるものは左隣り、モンスター関連の物はあちらの作業台に載せてくれ。今から査定させて貰おう。ベル、アイテム名と数を書いてくれ。僕とライムが数と状態を見る」
「分かったわ」
「それじゃあ、私は薬草の仕分けしちゃうね。こっちの方が量あるみたいだし」
「ああ、頼んだ。まずは数の少ない中央の作業台からだな」
リアンが中央の作業台に乗った木箱に手をかけたのを確認して、植物系と大雑把に分けられた作業台に向かう。
大きな収納袋から無造作に詰め込まれていた革袋や布袋を出していく作業は、思ったより時間がかかったけど、結構楽しい。
どんな素材があるのかな、と高揚する気持ちが顔に出ていたらしい。
エルが私を見て小声で「本当にライムは採取とか調合とか好きだよなぁ」と呆れたように呟いた。
毎度のことながら、誤字報告本当にありがとうございます!
自分で書いて見直しただけで、凄い量の誤字脱字変換ミスが……恐ろしい。
特に漢字の変換ミスが多いですね。
書き進めることに意識を傾けすぎているのかな……orz
ブックマーク、評価、感想は勿論、アクセスして読んで下さってありがとうございます。
呼んでくださっている人がいる、と思うと「書かなきゃ!っていうか書きたい!」とモチベーションが上がるので助かっております。
完結するのかな……コレ……終わりを、決めてません……
一部は、卒業位までかな……?(汗
わかんないや…ネタが尽きるまでがんばろ。