128話 話題の品と噂
遅くなりました。
読み返してあれ?と思ったら加筆や修正を行います。
若い女の子が好きなのは、たぶん恋愛話かなーってことで流れそうな噂をちょっと入れてみました。
色恋系のうわさって広がるの早い気がします。
翌朝はいつも通りの時間に起きて、庭へ出た。
聖水を与え続けているアオ草から採り頃になった葉を回収して、普通に育てているアオ草の葉も回収。
ずっと収穫できるのを楽しみにしていたこともあって凄く嬉しい。
虫もついていないし、庭に植えた薬草としては上出来だと思う。
(野生でその辺に生えてる方が少しだけ品質がいいけど、庭で育てると安定した収穫と聖水かけて育てると高値が付くからいいよね。今後こういう特別な効果のある薬草とか使うようになるんだろうし、今のうちに量産しておかなきゃ)
アオ草の他には、アルミス草も少し採取した。
リアンが育てている薬草も順調に育っていたので、軽く雑草だけ抜いて工房に戻る。
(今日は、朝食を食べたらトリーシャ液の調合にも使う【浸水液】を作ろうかな)
寝る前にリアンが『トリーシャ液』と『洗濯液』『石鹸』を量産できるように、錬金素材は揃えておいた方がいいって言ってたし。
実際、使用頻度が高いのに調合時間のかかる錬金素材は常備しておきたい。
後で大量注文されてたくさん用意しないといけない!みたいな状態になった時、確実に間に合わないしね。
今日のお昼は昨日の夜にお握りを握ったので、それを地下に置いておくつもりだ。
地下にあると、戻ってくる時に品物を持って来られるから効率もいいんだよね。
「夜はリゾットだったから、今日はミルトーストにしよう。スープはポトフにしよう! お肉ゴロゴロ入れて……余ったらマトマとかミルの実入れてシチューにしちゃお」
あ、ショートパスタも入れよう。
ごった煮状態になるけど、野菜とお肉の味が絡んでパンに浸けて食べても美味しいんだよね。
メニューが決まれば地下から食材を持ってきて調理をすればいいだけだ。
スープストックもまだたくさんあるし、とボウルに入れて運ぶ。
野菜なんかは全部大きめに。
ゴロゴロっと切ったらさっさと油と一緒に鍋に入れて炒めていく。
ある程度火が通ったらスープを入れて煮込み、その傍らでミルトーストの準備。
硬くなったパンを砂糖やハチミツ、ミルの果汁に、卵を割り入れて作った液に浸し焼くんだけど……卵を手に入れるのが大変だった。
(こっちでは普通に手に入るから、帰る時には大量に買い込んでおこう。ついでに劣化しない特別な魔法具も絶対欲しい。食糧事情が大分改善するもんね)
調理を進めているとサフルが私に気付いて駆け寄ってきた。
朝に洗濯や掃除をするので、お店の準備に集中して欲しいって言われたんだよね。
有難いことではあったので慣れるまで雑務をサフルに任せることにしたらしい。
(サフルが普段の家事をしてくれている間に、不足しそうなものの補充とか買い出しとかお店関係の事に時間を割くことにもなったのは良かったかな。昨日忙しかったし)
自分達だけ調合出来てズルい!とは私も言わないし、思わない。
最初は思ったけど……調合しないとお店に並べる商品が少なくなるし『出来る人』がするのは当たり前だから。
工房を回すために時間が空いた人や時間を作れる人が調合をして商品補充をするのは当たり前でしょ、って言った時の二人の顔を思い出して口元が緩んだ。
「ライム様、おはようございます。あの、何かいいことがあったのですか?」
「え? ああ、ちょっと昨日の話し合いのこと思い出して。リアンやベルが私には調合させなきゃダメだって思ってるのがちょっとね。そりゃ、調合は好きだけど、ご飯を作るのも大事だって分かってるのになぁって。外食お金かかるし」
「ああ、なるほど。そういう事でしたか。ふふ、実は『ライム様の食事を食べられなくなるのは辛いけど、食欲を優先させて調合を我慢させるのも』と、お二人とも割と真剣に悩んでいらっしゃいましたよ」
「そうなの? まぁ私は作ったご飯いっぱい食べてくれて美味しいって言ってくれるから、作るのは嫌いじゃないし気にしなくてもいいのに。まぁ、最初が最初だったからね」
不思議そうな顔をしているサフルに、この工房に来たばかりの頃のことを話した。
私は二人と仲良くなれないと思っていたこと、リアンやベルの態度を話しているとリアンが起きてきた。
いつもより少し遅かったし、顔色も少し悪いみたい。
「おはよー。って、顔色良くないけど大丈夫?」
「お早う……大丈夫だ。ちょっと顔を洗ってくる」
「今日ミルトーストのつもりだったけど、リアンのはパン粥にしようか? その方が食べやすいでしょ?」
「……そう、だな。頼めるか。食事の後に栄養剤を飲めば店を開けている間くらいは動ける」
「ん。でも無理しすぎて倒れたりしないようにね。リアンがいないと私もベルもどうしたらいいのか分からないもん。お店のこととか特に」
ノロノロと歩いていたリアンがピタッと足を止めて少しだけ驚いた顔で振り返っていた。
一体どうしたんだろう、と首を傾げるとスッと目を逸らされる。
「なんでもない。別に僕がいなくてもなんとかなるだろう」
「他の工房生見てリアンに代わる人がいるとは到底思えないんだけど」
「……そ、そうか?」
うん、と頷けばリアンは無表情で洗い場の方へ歩いて行った。
何の確認だったんだろう、と思いつつ魔力を使ってポトフを煮込む。
魔力は接客してる間に回復するし、大きめに具を切ったから普通に煮込むと時間がかかりすぎるのだ。
魔力を使えば、パパッと火が通ってすぐ食べられるから便利なんだよね。
(欠点といえば魔力量の調整がちょっと難しいところだよなぁ……魔力入れすぎるとドロドロに溶けちゃうし)
ポタージュにするなら遠慮なく魔力を込められるけど、それ以外の煮込み料理には結構気を使う。
その後顔を洗ってきたリアンが手伝うことはないかと聞いてきたので、味見をさせてから座らせた。
納得いかなそうではあったけれど、体調が良くないことは分かっているからか座って大人しくしている。
庭に出ようとしていたけど、サフルが庭の手入れはしておくと申し出て薬草の手入れ方法なども詳しく聞いていた。
コトコトと穏やかに鍋の中身が煮える音や包丁の音、ミルトーストを焼く音といった調理音だけが響く工房は嫌いじゃない。
片手間にパン粥を作るための片手鍋を取り出し、そこに材料を入れていく。
味付けはどうしようかな、と考えて少し甘みのある優しい味に仕上げることに決めた。
ポトフは食べられるだろうと、いつもより少なめに盛り付けて出すことに。
ミルトーストが最初に焼き上がったので皿に並べていると、ベルが下りてきた。
最近知ったんだけど、ベルが下りてくるのが遅いのは私たちより早く起きて朝の訓練をしているかららしい。
私たちより早く寝るのは早起きしているからだったのか、とリアンと二人で納得。
努力は人に見せないのが当たり前、っていうのが貴族の考え方らしいし話してくれたのは嬉しかった。
「おはよー。丁度ミルトーストが焼けたから持って行ってね。あとポトフも」
「おはよう。今日も美味しそうねぇ……あら? そのパン粥は?」
「リアンの分だよ。顔色悪いから食べやすいものの方がいいかなぁって……ほら、顔真っ白でしょ。元々色は白いけど」
見てみて、と座っているリアンを指さすとベルは「行儀が悪いわよ」と言いながら視線を向ける。
窓を背にしているけれど、柔らかい朝の陽ざしのお陰で顔色を判別するくらいはできるからね。
「あら、ホントね。活きが悪いわ……店を休むわけにもいかないし」
「そうなんだよ……ほんとは休んでて欲しいけど、お店は昨日開店したばっかりだし、色々知ってるリアンがいないと困るんだよね。私たちがお店での販売に慣れれば全然休んでもらって構わないんだけど」
「昨日の感じだと大丈夫、と言いたいところだけどね。あまり調子が悪いようなら調合スペースのソファにでも転がしておく? リアンも店の様子は気になるでしょうし、店側から調合スペースは見えにくくしてあるからそれでもいいんじゃないかしら」
「冒険者や騎士がたくさん来る時間帯だけ手伝ってもらって、それ以外は休んでてもらおう。栄養剤を飲むって言ってたけど、無茶して本格的に寝込んだら大変だもん」
盛り付けと配膳をしながらベルと少し話をして、ある程度のことを決める。
一緒に暮らしていれば体調の良し悪しくらいは分かるようになるから、今の状態がリアンにとって望ましいものではないことくらい理解できた。
自分達の分の食事を並べ、リアンの前にパン粥と軟らかく煮たポトフ、そして急ごしらえで作ったアリルのコンポート。
食べやすい様にリアンのは擦り下ろしたもの、私たちのは通常の物を用意した。
いっぱい食べすぎても辛いだろうと量は少しだけだ。
「おまたせー。ご飯できたよ。あ、コンポートはまだ残ってるからベルとサフル、余裕があるなら食べて良いからね。リアンはいつもより量が少ないけどそれで様子見て」
「わざわざ作ってくれたのか。手間をかけてすまない」
「いいよ、大した時間もかからないし。こうした方が食べやすいって昔教えて貰ったんだ」
全員で食事の挨拶をして食べ始める。
ベルはポトフに入ったお肉を口に入れて柔らかい!と目を輝かせ、サフルは幸せそうにミルトーストを頬張っていた。
リアンはコンポートに手を伸ばして少しずつ口に運んでいたけれど、パン粥やポトフも口に入れていたから食欲がないってわけじゃないらしい。
(食べられるなら大丈夫っておばーちゃんも昔言ってたし、一先ず様子見かなぁ。おばーちゃんが風邪ひいた時に何回か看病はしたことあるけど)
それもかなり昔のことだ。
自分が体調を崩したり風邪を引いた時は、家に誰もいないことの方が多かったから病人食を食べた記憶もあまりない。
ひたすら寝床で丸くなって、時々水を飲んだりトイレに行くくらいだったし。
もぐもぐ、としっとり程よい甘みに仕上げたミルトーストを頬張っているとベルが口を開いた。
食事はすでに半分ほどない。
「リアン、貴方がいないと困るから部屋で休んでいてとは言えないけど、冒険者や騎士がいる時間だけ頑張って頂戴。それ以外は作業スペースで横になっていて。そこなら私たちも何かあった時相談しやすいし、衝立も置いておくからお客からは見えないでしょ。貴方も店の事は気になるだろうしね」
「だが……昨日の件もある。冒険者たちが購入しに来る時間を過ぎても客が多く来たらどうするんだ」
「リアン。その時はその時だよ。サフルもいるし、本当に困った時の為に作業スペースにいてもらわないと困るけど、無理して欲しい訳じゃないもん。色々してくれてるのは私たちも分かってるけど、無理しすぎて倒れても困るし体調がよくなったらばっちり働いてもらうからさ」
そうそう、とベルも頷いたのでリアンはため息をついて何とも言えない複雑そうな顔で笑った。
分かった、と頷いたのを確認したベルは颯爽と立ち上がってポトフとコンポートのお代わりに。
サフルも私に伺いを立ててからいそいそと器を持ってベルの後を追った。
それを見ていたリアンが小声で「早めに体調を整える」って呟いていたのが少し可笑しかった。
「なんだ」
「いや、リアンもとっつきやすくなったよね。前はご飯出してもしれーっと食べてたのにさ」
「君の作る料理は美味いからな。まだ食べたいのに体調が芳しくないせいで食べられないのは辛い……というか、損をした気になる。コンポートも美味かったし、普段ならもう少し食べられるんだが」
悔しそうに歯噛みしながら、リアンは腰のポーチから黒い瓶を取り出した。
お皿にお代わりを入れて戻ってきたベル達も、その黒い瓶を見てギョッと目を丸くしている。
「そ、それ……なに?」
「なにって栄養剤だが」
「…………栄養剤って、え、その量?」
コップ一杯分くらいあるよね、と指さす。
私の知っている栄養剤は原液でコップの三分の一ほど。
薄めて飲むから最終的にコップ一杯分とかになるから薄めたやつかな、とも一瞬考えた。
「それ、原液ですわよね」
「ああ。昔は一日三回この量を飲んでいたから大したことじゃない。万が一の為に、今でもいくつか手元に置いているんだが……配合調整をしているものらしく、効果は通常の物の三倍ほどある。味も比例して酷い」
効果はあるぞ、と水を煽るようにコルク栓を開けて中身をごくごく飲んでいくリアン。
ベルとサフルは見たことのない魔物でも見たような顔でリアンを眺めていた。
私は、栄養剤を飲んだことがないから何とも言えないけど、酷い味だっていうのは前にもサフルの反応を見て知ってる。
飲んだことのあるサフルは凄い顔でリアンを見ていた。
「と、とりあえず……ご飯食べたら【浸水液】の調合するね。その後、お釣りの確認とか最終確認して開店ってことでいいかな。リアンはギリギリまで休んでて。商品補充とかは私たちがやるから」
分かった、と頷くリアンと異議も異論もなさそうなベルとサフル。
結局ベルとサフルはポトフをもう一度お代わりして、満足げに後片づけと調合準備に取り掛かった。
◇◆◇
二日目の売れ行きも順調だった。
飛ぶように売れていく回復薬。
昨日とは違うのは、オーツバーなどの食料品も多く売れている事だろう。
チラッと聞くと『美味い携帯食料』として軽く噂になっているらしい。
何人かがその流れで簡易スープを購入していった。
「ねぇ【トリーシャ液】っていうのは何個まで?」
「一人一瓶になってます。香りは三種類あるので、香りを確かめたい場合は『香り見本』の瓶の蓋を開けて香りを確かめてください。あ、匂いが飛んじゃうので確認したらキッチリ蓋を閉めて下さいね」
「分かったわ。ありがと」
この会話はもう十回目だ。
相手は女性冒険者や騎士。
来た女性は全員【トリーシャ液】を買って行った。
他にも【石鹸】や【洗濯液】も少しだけど売れて、ベルの作った【虫よけポマンダー】を手に取って買って行った人もいる。
「コレ、綺麗だし効果が出るなら次からも買うわ。虫って嫌なのよね……痒いし」
そう言いながら買って行った女性騎士はこれから遠征があると言っていた。
気を付けて、と頭を下げると女性騎士は手を振って店を出ていく。
彼女が最後のお客様だったので少し余裕もあって、売れたトリーシャ液の補充をしつつカウンターに座って計算をしているリアンに声を掛ける。
「リアン、とりあえず今のお客さんで最後みたいだから休んでて。お昼は地下に置いてあるから食べられそうなら食べて欲しいんだけど無理なら言って。何か作るから」
「あ、ああ……じゃあ、少し休ませてもらう。夕方、冒険者たちが戻ってくる時間になったら戻る」
「そうね。夕方も手伝ってくれるなら助かるわ。衝立は運んであるからそこで休んでなさい」
「分かった、すまない」
戸惑った顔で私やベル、サフルに軽く頭を下げて大人しく衝立の奥へ。
ゴソゴソと動く気配がしたけど直ぐに音が聞こえなくなる。
私達三人はお客が来ない内に補充用の商品を運ぶことにした。
地下入り口の扉の前に回復薬やトリーシャ液が入った木箱を運び出している時、入り口付近から声が聞こえてきた。
「あれ、お客さんかな。あとは頼んでもいい? 私お店に出るね」
「ええ。これを運んだら私も行くわ」
宜しく、と持ち上げようとしていた木箱から手を放して、地下から販売スペースへ向かうと入り口の辺りでソワソワと周囲を見回す若い女の子が二人。
いらっしゃいませ、と声を掛けると二人は私を見て目を見開いた。
「ほ、本当に双色の髪なのね……驚いたわ」
気が強そうな女の子がポツリと口を開けば慌てて隣にいた女の子が強く腕を引いた。
私の顔色を窺っているのが分かったので思わず噴きだす。
(最近、髪の事言われなかったからすっかり忘れてた)
愛想笑いを浮かべつつ何を買いに来たのか聞いてみる。
着ている服からすると貴族ではないみたい。
身に着けているのは一般的なワンピースだ。
でも、生地自体は新しいし綺麗だ。
レースの飾りが襟や裾についているから、普段着より少し良いものだろうけど。
「か、髪が綺麗になるってアイテムを買いに来たんだけど……コレで足りるかしら」
スタスタと通路を通って、商品も見ずにカウンターへ来た女の子がカウンターに置いたお金は銀貨一枚。
女の子の表情は硬くて、なんでそんなに緊張してるんだろうなと首を傾げる。
「銀貨一枚なら中瓶を一瓶買えるよ。中瓶は十五回分で、小瓶は銅貨五枚だから二瓶。小瓶だと七回分だね。回数で言えば中瓶買った方が一回分お得かな」
「そ、そうなの? 案外安い……」
「うん……錬金術のアイテムだからもっと高いと思ってたけど、これならお小遣いでなんとか」
コソコソと私に背を向けて話しているのが少し面白かったけど、ずっと見ているわけにもいかないのでカウンターから出て『一般客用』の棚へ足を向ける。
「ここにトリーシャ液が置いてあるよ。男性向けと女性向け、一般向けって三種類香りがあるから好きなの選んで。あ、小さい瓶はコレ。中瓶はコッチで、大瓶はこれね」
サイズ別に並べた列にはおおよその使用回数も書いてある。
石鹸についても軽く話をして、カウンターに戻ると女の子二人はトリーシャ液の前で香りを確かめて数分相談をした後、それぞれ中瓶を一つ購入することにしたようだ。
二人は物珍しそうに反対の棚の商品も眺めてから商品を持ってきた。
「はい、どうぞ。瓶なので割れないように気をつけて下さい」
紙袋を差し出せば素直に受け取ってくれたので見送りをした方がいいかな、と立ち上がりかけた瞬間に声を掛けられた。
「ね、ねぇ……貴女、錬金術師なんでしょう? 貴族じゃないって本当なの?」
彼女たちは私の前から動かない。
商品について聞かれるものだと思っていた私は、予想していなかった質問に驚いた。
驚きはしたけど『レシピの開示や錬金術に関すること』以外の質問には出来るだけ答えるようにしよう、と三人で話して決めてあったので慌てて笑顔を浮かべる。
「うん。もう一人の女の子は貴族だよ」
「知っているわ。ハーティー家のご令嬢でしょう? ね、ねぇ……その、ウォード商会の長男がいるって本当?」
「リアンのこと? 知り合いなら呼んで―――」
「い! いいのっ! 今度また来るからッ。ただ、ちょっと気になってるんだけど、貴方たち二人は彼の恋人じゃないわよね」
「………彼って、え? リアンの事?」
恋人って何、と聞き返すと女の子は目をキラキラさせてグッと拳を握った。
うっかり衝立の方に視線を向けるけど、女の子たちは気づくそぶりもない。
ついでに言えばリアンが出てくる気配もない。
目の前の女の子は目をキラキラさせたまま一緒に来た女の子に興奮した顔で話しかけている。
「やった! このままお店に通って顔見知りになっちゃおうよ。もしかしたら気に入られて錬金術師の妻になれるかもっ」
「ウォード商会の長男って言ったら、凄い商才があって婿に貰えば店は安泰間違いなしってお母さんたちも言ってるもんね……でも、どうしよう……お客さんになっただけで仲良くなれるのかな」
「うーん……それは後で考えましょ。とりあえずまだ誰とも付き合ってないみたいだし、婚約者もいないって話だから気合入れて行かないと! ねぇ、このお店に私たちと同じ年齢の客はきた?」
「来てない、けど」
「私たちが一番乗りって事ね。あ、私はティリー・メラン。二番街の『仕立て屋 メラ』の長女よ。妹が二人いるわ。こっちは『靴屋 オドラ』の長女カルル・オドラ。お母さん達が今朝、市場でこの店の【トリーシャ液】っていう髪用石鹸が凄くいいって言ってるの聞いたから偵察に来たの」
「偵察って……そんなに物騒?」
「物騒、というか……私たちみたいな一般市民は錬金術師様とは普段関わることがないので気になっても敷居が高くて……今日は、思い切って足を運んだんです。お母さんたちはお店もあるし」
なるほど、と納得した所でベルが木箱を抱えて戻ってきた。
すました顔をしているように見えるかもしれないけど、口元がにやけそうになってるので直ぐにわかった。
思わず半目で睨むと流石に不味いと思ったのか、パッと女の子たちの方へ笑顔を向けた。
「ごきげんよう。ようこそ、『アトリエ・ノートル』へ」
「ッ、あ、ご、ごきげんよう……?」
「ふふ。ねぇ私たちのアトリエについて流れてる噂を教えて下さらないかしら。私達の耳には何も情報が入ってこないの……いいわよね」
「は、はい!!」
気が強そうな女の子が慌てて背筋を伸ばして、知っていることを次々に話してくれた。
噂は大きく分けて二種類。
一つは商品について。
これらは『ハーツ夫人』達から発信されたらしく【トリーシャ液】と【洗濯液】に関する噂だった。髪が綺麗になる魔法のようなアイテム、だとか錬金アイテムにしてはお手頃で一般市民向けの商品もある、という現実的なものだ。
困ったのはもう一つの噂。
貴族ではない錬金術師が二人いて、貴族はハーティー家のご令嬢っていうのはまぁ合ってるし問題ないんだけど……巷では私とリアンが結婚相手を探している、ということになっているそうだ。
どうしてそんな噂が流れているのかさっぱり分からず、思わず衝立の方を見そうになったけど堪えた。
ベルは面白そうに笑っているけれど、私からすると冗談じゃない。
否定しようとしたところでコツっと足音が響く。
音の方へ視線を向けると、酷く機嫌が悪そうな顔をしたリアンが頭を押さえてこちらに向かって歩いてくる。
「―――……申し訳ないのですが、僕も彼女も今は学業で手一杯なので恋人や伴侶をこの場で探す気はありません。まして、お客として来てくださった方とお付き合いするなんてとんでもない! 彼女も僕も『一流の錬金術師』になるという夢がありますから、そちらが最優先です。少なくとも、伴侶探しは学院を無事に卒業し『錬金術師』の資格を得てからでなければ、学院に入った意味がありませんからね。錬金術の知識や技術は、今日明日で直ぐに身につくものではない……それは分かっていただけますか?」
にっこりと笑ったリアンの圧はすごかった。
女の子たちは目を見開いたまま首を縦に振って、数歩後退る。
それを見てリアンは綺麗な笑顔を浮かべて、カウンターから試供用【洗濯液】が入った小瓶を二つ取り出した。
「申し訳ないのですが、錬金術師の国家資格を得るまで伴侶を探すことは考えていない、と広めては頂けませんか。こういった噂が広がって、店の経営に影響が出ると皆さんも困るでしょう? 話題になっている【トリーシャ液】も【洗濯液】もこの店でしか扱っていません。妙な噂が立って経営が立ち行かなくなると……ね。ああ、コチラは【洗濯液】の試供品になります。試してみてください、汚れが面白い程良く落ちますよ」
にっこり笑ってリアンはカウンターから出てドアを開けた。
「どうぞ、トリーシャ液がなくなった頃にまたお越しください」
そう微笑んで深々と一礼。
女の子二人は顔を見合わせて、少し強張った顔で店を出て行った。
「え……これ、大丈夫なの」
ぽかん、と口を開けてお客さんが出て行った方を指さすとリアンはにっこり笑う。
ベルはさっきから体を震わせて笑うのを堪えているけど、私は笑えなかった。
私の引きつった顔を見てリアンは小さく息を吐いて踵を返す。
真っすぐに衝立の奥へ。
呆然とする私の耳にリアンの声が飛び込んでくる。
「問題ない。商品の評判が良かったのは、ハーツ夫人たちのお眼鏡に適ったということだからな。こういう美容系の消耗品は一度試して気に入ったら間違いなく客は買いに戻ってくる。少しすると似たようなものも出回るだろうが、その頃にはウチが『一番最初に売り出した店』であることは広まっている筈だ。そうなればこっちのもの……やりようはいくらでもあるさ」
ふんっと自信に満ちた声が聞こえてきて私は息を吐いた。
自信満々のリアンには悪いけど、本当に大丈夫かなと呟けば、ベルから返事が返ってくる。
「はっきり否定しないと間違った噂が真実として広まるわ。これでいいのよ。あの子たちも商売をやっているんだから、そのくらい分かってる。それにね、リアンも貴女も『錬金術師』になると周囲は思っているわ。だから貴方達の気分を害するような噂は暫く流れない筈よ」
「その通りだ。僕らに悪評がついて回っているようなら話は変わってくるだろうが、そのうち騎士団に商品を卸していることも広がるだろう。こういう下世話な噂は下火になるだろうさ……完全には、なくなることはない。噂というものはそういうものだ」
ふーっという深いため息の後、声が聞こえなくなった。
噂かぁ、と呟いて考えてみた。
(どこの誰が話したのか分からない内容を信じられるって、すごいなぁ。お得な情報とかなら信じたくなるし、採取地に関する話とかは信じたくなっちゃうから、信じすぎないように気を付けた方がよさそう……全部が全部、本当の事だとは限らないんだもんね。今更だけど)
ベルとサフルが何事もなかったように商品の補充や店の掃除を始めたので、私もカウンターに戻る。
それからは、数人お客さんが来てトリーシャ液と洗剤液、アルミス軟膏が売れた。
アルミス軟膏は常備薬にするらしい。
購入していってくれたのは、教会帰りの中年女性数名。
珍しいし、噂を聞いたから様子を見に来たのだと教えてくれた。
夕方には一日目とほぼ変わらない光景が広がる。
その頃には大分顔色が良くなったリアンもカウンターに立って金銭のやり取り。
飛ぶように売れる回復薬と食料品を使ったという言葉は聞かないけど、購入制限があるからある程度の数を揃えるまでは毎日買いに来るつもりだ、とコッソリ教えてくれた騎士の人もいた。
二日目も、揉め事や大きな失敗はなく終了。
三日目、四日目くらいから新規の客や顔見知りが店に来る可能性が高いってリアンは言っていたけど、どうなのかな。と思いつつ、食事を食べ、簡単に調合をしてベッドに倒れ込むように眠った。
商売って結構疲れる……特に顔の筋肉とかが。
いつも目を通してくださってありがとうございます。
誤字脱字変換ミスなども、誤字報告で報告して下さっている方には有難くて有難くて……もう、なんとお礼を伝えたらいいものか……という感じです。はい。
アクセスして下さっただけでもうれしいですが、感想を書いて下さったりブックや評価を頂けるととても励みになります。
拙い文章や表現ではありますが目を通して下さって本当に感謝しております。