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126話 『アトリエ・ノートル』開店しました!

 遅くなりました。


ここから新章ということで区切ります。

じわっと章に分かれておりました……。



 いつもより一時間ほど早く目が覚めた。



 睡眠時間はいつもより短い筈なのに、妙に頭がすっきりしている。

たっぷりの錬金綿が詰まったマットから這い出て、大きく伸びをした後に窓を開けた。

一階にあるから遠くまでは見えない。

でも、庭の花壇になっている部分が見えるんだよね。

 毎日植えた花の成長を見るのはなかなか楽しいので、この部屋を選んでよかったと思っている。



(夜明け前、か。ちょっと早いけど……開店日だし、店の前の掃除でもしようかな)



 朝日が射す前だから少し薄暗い。

けれど目が覚めてしまったので、気合を入れる意味でも汗を流すことにした。

所定の位置から着替えと体用の石鹸を持って湯浴み場兼洗濯場へ向かう。


 途中で部屋から出てきたサフルが慌てて用事を聞いてきたけど、湯浴み場を使わせて欲しいと頼んでそのまま廊下を進む。


 この廊下も毎日サフルが丁寧に雑巾がけしてくれているお陰で、床や壁が汚れていることはまずない。

奴隷の仕事って大変だな、と思う反面感謝していると背後から声が聞こえた。



「温かいお湯を用意しますので、少し時間を……―――」


「面倒だろうし気にしなくていいよ。目覚まし代わりに井戸水そのまま被るから」


「そっ、そんな!! 面倒ではないので、是非用意させてください。急ぎますからッ」


「え? いや、いらな……行っちゃった」



慌てたような声に振り返るとサフルの背中が見えた。


 体を拭く小さなタオルや石鹸を持ったまま服を脱ぐために脱衣場へ。

井戸水は寝る前に汲んで大きな樽に移し、使う時にはその樽から必要分を汲んで使う。

一日で大体汲み置きの分を使い切るから補充は大変だ。



「樽に水を移す作業がないだけでも十分助かるけど、蛇口捻ったら水が出るようにしておけばもっと楽なのに」



 住んでいた家は、今思うと貴族並みの設備があった。

それも首都で暮らし始めてから知ったんだけどね。


 住んでいた家はトイレも変わった形の座る椅子だし、水やお湯は蛇口を捻ればすぐに出てくる。

明かりもスイッチを押せば点灯する仕様でお風呂もあった。

まぁ、動力源になる大きな魔石に月に一回魔力注がなきゃダメだったけど。


 それにお風呂もあった。

蛇口を捻ると離れた場所にある温泉の湯が出たからかなり便利だったな。

寒い時とか薪を使わないでお湯に入れたし。



(おばーちゃんが家を建てる時に私財の半分以上をつぎ込んだって言ってたもんね。おばーちゃんの“故郷”では普通だったって話してたけど、どんなところなんだろう)



私があの場所に戻りたいのは、調合に適した環境にある上に生活自体が楽だからだ。

食料の心配さえなければ天国のような場所だと思う。


 場所が場所だから、人は来ないけど。

湯浴みの為に大きめの盥を取り出してタイル貼りの床へ置く。

設置した所でサフルが大きな鍋を持って現れた。



「お待たせしました。あまり熱くはないのですが、温度を確かめてからご使用ください。足りなければ、申し付けて下されば持ってきます」


「ありがとう。でもサッと流すだけだから充分だよ。洗濯もするだろうし、直ぐ終わらせる」


「私のことはお気になさらず、ごゆっくりどうぞ。あの工房前とお客様から見える範囲の草抜きをしても宜しいでしょうか。許可を頂ければ薬草や野菜を植えている場所の水遣りもしておきます」


「じゃあ頼もうかな。でも、薬草の水遣りだけは私がやるからそれ以外をお願い。湯浴みしたら私も行くね。朝食はパンケーキでも焼こうかなぁ。サフル、パンケーキの甘いやつ好きでしょ?」


「い、いいのですか?」


「うん。薄焼きパンケーキにお肉と野菜乗っけたやつと、甘いパンケーキと二種類ね」



フワフワの奴は無理だけど、と言えば目を輝かせたので思わず笑う。


 出会った時は表情が見えなかったのもあるけど『生きてる』感じがまるでなかった。

それが今ではちゃんと普通に動けてるし少しずつだけど、ガリガリじゃなくなってきている。



(もっと食べさせて健康体にしておかないと、病気とかになったら拙いもんね)



人はあっけなく死んじゃうもんなぁ、と思いながらお湯を頭からかぶる。


 トリーシャ液で頭を洗って、お湯をかぶれば終了だ。

体も洗おうかと思ったけど時間が惜しかったので諦めた。

トリーシャ液の泡だけでも洗浄効果はあるからね!


 ざぱーっと再び泡を流して、少し足りなかったお湯の分は井戸水で代用した。

態々声かけてお湯持ってきてもらうのも嫌だし。

体を拭いて服を身に着けたら裏口から畑へ出た。


 ポーチから聖水の瓶を取り出してアオ草にかけた所で工房の正面へ。

古い錬金煉瓦と石畳を組み合わせた工房までの小路。

その左右には花壇があって、花壇には小さな花が綺麗に咲いていた。



「昨日見た時は蕾だったから咲くかどうか分からなかったけど、ちゃんと咲いてる」


「ええ、間に合ってよかったです。少し前に種を蒔いたのは良かったのですが……昨日蕾を確認した時は間に合わないと思っていましたから」


「発芽したら開花まで凄く早いって言うのは本当だったみたいだね。でもこうやって花を見るとさ……調合に使えないのが惜しいよね。素材にはならないって分かってるのに、こう、沢山咲いてるの見ると花とか摘みたくなる」


「ライム様は本当に調合がお好きなんですね。あ、手紙が届いていました」



どうぞ、と手渡された封筒を受け取って正面玄関から工房内へ入る。

 看板を出すのはリアンがするって昨日言っていたから、店舗スペースをぐるっと見て回って台所へ。



(商品がちゃんと並んでるのを見ると『お店』って感じがする。おばーちゃんがいた頃も、こういう風にちゃんと商品置いてなかったから、いざ自分の暮らしてる場所に商品棚とかお店みたいな設備があるのって凄く新鮮)



エプロンを身に着けながら、地下に朝食の材料を取りに行く。


 お肉や葉物野菜、果物に小麦粉。

ミルの実、砂糖にスパイス……と食品を入れる為の籠に詰め込んで扉を開けると、丁度髪を括りながら歩くリアンと目が合った。



「おはよう。いつもより早いね」


「お早う。君も相変わらず早いな……これから朝食の準備か。手伝った方がいいなら手伝うが」


「じゃあ、ホイップクリーム作って。今日はパンケーキ。お昼の分もまとめて焼いて、地下に置いておくからね。盛り付けは各自で適当に」


「分かった。その方が都合もよさそうだし、そうしてくれ。今日は食べた者から順に開店準備を始める。サフルは何をしてるんだ?」



周囲を見回したリアンにサフルが表の掃除と簡単な手入れをしていること、庭の手入れもついでにやってくれることを話した。


 なるほどと頷いた後、リアンはホイップクリームを作ったらお釣り用の硬貨を揃えたり、看板を書いて工房前に出すなどの準備をするそうだ。



「食事ができたら呼んでくれ。恐らくだが、昼食を食べる時間はかなり限られる筈だ」


「お客さん、いっぱい来てくれるといいね」


「ある程度の客は来ると考えていい。騎士団の隊員に個人分を購入できなかった者も多いからな。会計だが、僕とサフル、ライムとベルで別れて接客をする。僕たちは冒険者側、君たちは一般会計の方を頼んだ」



打ち合わせ通りだね、と言いながら台所でミルの実を割り、ホイップクリームを作る為の準備をする。


 諦めたように材料が入ったボウルを受け取ったリアンに苦笑しつつ、私は肉や野菜の下処理を開始。



「お肉は少し濃いめに味付けてっと。やっぱショウユと砂糖で甘辛い味がいいよね。野菜は食べやすい様に……サイコロにしよう」



肉は薄切りにしようかとも思ったけど、少し厚めのステーキ風に仕上げることにした。

 隠し包丁を入れておいたので噛み切りやすいとは思うけど。



「マトマにリーフスでいいかな。スープは簡単に野菜のスープにしてっと」



パンケーキの生地は地下で計量したので混ぜて焼くだけだ。


 焼きあがったパンケーキを乗せる大きな皿を二枚。

直ぐに食べられるように四人分の皿を用意。

焼きあがった肉は大きめのバット、洗って水を切った野菜はボウルに分けた所で生地を焼き始める。


 ふっくら焼き上がるように蒸し焼きにしつつ、六枚目の生地を焼き始めた所ですぐ近くで声がした。



「おはよう……あら、今日はパンケーキなのね」


「おはよ、ベル。お昼の分も作って地下に置いておくから、お昼は地下から持ってきてパパッと食べる感じになると思う」


「分かったわ。へぇ、甘いのも作るの? 果物で良ければ切るわよ」



食材を切るのは任せられるのでお願いするとベルは張り切って準備を始めた。


 ベリーと柑橘類の二種類を用意したので、こっちは好みでパンケーキに載せて食べてもらうことに。

ベルが果物を切り終える頃にはホイップクリームを持って戻ったリアンが台所へ。



「お早う。ベルも起きたか」


「おはよう。これでも早く準備をしたのよ。今日は開店日だし」


「じゃ、早速食べよっか。ベルとリアンは具をテーブルに運んで。あとお皿も―――…生地全部焼いちゃうから先に食べてていいよ」


「分かったわ。何枚?」


「んー、三枚、かな。お昼も同じだけど、結構分厚く焼いたからお腹いっぱいになると思う」



 この配合で焼くと分厚いパンケーキになるんだよね。

生地もふわっとしてる……というかどっしり系だし。

 二人に朝食の準備を手伝ってもらって、いつもより早く食卓に。

サフルも戻ってきたのでそのまま同じテーブルで朝食を開始した。



「はぁああ、美味しい。肉と相性がいいのね、パンケーキって。知らなかったわ」


「ベルの家ではやらなかったんだ? うち、忙しい時は割とパンケーキ多かったから、色々組み合わせて飽きない様にしてたんだ。ソーセージと合わせても美味しいよ」


「……ソーセージね。今度買ってくるわ」


「チーズとベーコンも美味そうだな……ベル、ソーセージもついでに僕が購入しておく」



二人でパンケーキに合う具材について話し合っているのを眺めながら、自分の分を食べ終えた。


 台所へ皿を運んでいると直ぐにサフルが後ろから追いかけてくる。

食器を洗っておいてくれるとのことだったので、有難くお願いして店舗スペースに向かう。



(開店まであと……二時間か。ちょっとだけ調合しようかな。落ち着かないし)



食事をしている二人に調和薬を調合すると伝えて地下に向かう。


 落ち着かないのは私だけかなってこの時は思ったんだけど、食べ終わったリアンとベルも同じように調和薬の調合を始めた。

並んで調和薬を作り、瓶に詰める作業をしながら恐る恐る聞いてみる。



「もしかしてだけど……二人とも緊張してる?」



分かりやすく動きを一瞬止めた二人だったけど、ベルが落ち着きなさそうに肩にかかっていた髪を手で払った。



「す、少しだけよ! 店の経営なんてするとは思わなかったから、何の対策もしてなかったし、仕方ないじゃないッ! 冒険者になることはあるかもしれないとは思っていたけど、錬金術師になったのもほぼ成り行きみたいな……と、とにかく! 緊張なんてしてないわよ! 少し、まぁ、身構えてるだけで」



身構えてるってそれ緊張してるって事じゃないの?

って言いたくなったけど何とか言葉を飲み込んだ。


 続いて反対側のリアンに目を向けると、ズレてもいない眼鏡の位置を直している所だった。



「既にある店に手を入れたり、監督したことはあったが……自分で一から工房の商品を作って販売することは未経験だからな」



気まずそうに小さく咳払いをして調合釜に向かい合う二人の背中を見て、なるほど、と小さく頷いた。



「つまり、緊張してるのは私だけじゃないってことか」


「緊張はしてないわ!」


「緊張などしていない」


「二人って妙なところ意地っ張りだよね……別にそれでもいいけど」



やれやれ、と息を吐いて時計を見ると開店まであと一時間。


 調和薬を入れた小瓶にコルク栓をして、地下室の棚へ並べた。

昨日の調合で今後商品化するアイテムの目途も立ったから、今日の夜は寝る前にそれぞれ店舗での販売状況を見て調合をするつもりだ。




◇◆◇





 開け放たれたドアを一番最初にくぐったのは、見覚えのある相手だった。


 いらっしゃいませ!と声を掛けるとその人はパッと顔を明るくする。

視線の先には私。

隣にいたベルが笑顔を浮かべたまま小声で「知り合い?」と聞かれたので頷いた。



「こんにちは。この騎士さんは、首都に来たばかりの時に荷台とファウングを貸してくれたんだ。エルとイオが一緒だったからっていうのもあるんだろうけど、地図とか情報もくれて……あの時はすごく助かりました」



カウンターの中からで申し訳なく思いつつ頭を下げると、店内に足を踏み入れた駐在騎士さんは照れくさそうに笑って頬を掻いた。



「あいつ等の友人だってのは聞いてたし、正直打算もあったから気にしなくていいさ。しっかし、まだ学生なんだろ? こんな立派な店開くなんて……すげぇな、錬金術師様ってのは」


「新しく始まった工房制度を利用したので店自体は学院の物ですし、私たちはその工房に作ったアイテム置いて並べてるだけなので」



あはは、と笑えば駐在騎士さんは不思議そうに首を傾げて、店内を見回す。


 店に入って直ぐ、目につくところにぶら下げられた『冒険者・騎士の方はコチラ』という簡易案内の用紙をみて左側の通路へ足を進めてくれる。



「アイテム置いてるだけって言うけど、他の錬金工房より全然親切で分かりやすいし……普通の錬金工房にも行ったことあるけど、机にアイテム置いてあるだけで説明書きも何にも無しって所も多いからな。安いかもしれないってことで、同僚と他の学生工房に行ったこともあったけど、ありゃひでぇ」



苦笑が滲む声に私たちは顔を見合わせた。


 不思議そうにしている私たちの様子を気に留めた風もなく、駐在騎士のお兄さんは並んだアイテムを見て嬉しそうな声を上げた。



「うわ、すげぇ安い! しかも、回復薬二種類もあるのか。購入制限設けたのは正解だな……買い占めるヤツがいてもおかしくないわ。俺も手元に金があったら買えるだけ買って行きたくなるし」


「そんなに、ですか?」


「おう。なんせ、錬金術師様のアイテムはどれも高額で有名だからな。時々、安いのが市に出回ることもあるが、大体訳アリで品質が良くなかったりするし。やぁ、アンタみたいな貴族じゃない錬金術師様がいてくれて助かったぜ」



 嬉しそうにしながら購入できる限りの回復薬をカウンターに持ってきたお兄さんはチラッと、オーツバーや簡易スープが置かれている棚に目を向けた。



「……オーツバーって、あのクソ不味いやつだろ?」


「これは錬金術で作ったやつですよ。割と美味しいし保存も効くんです。甘いのが嫌いじゃなかったらいかがでしょうか。あんまり高くないし」


「錬金アイテムが二本で銅貨三枚なら……まぁ、高くはねぇか。丁度、買い置きも切れてたことだし開店記念ってことで買っていくか」



似たような理由で【メイズスープの粉】もお兄さんは手に取った。


 他に、年頃の妹がいるということで、小さな小瓶に入ったベルが作ったトリーシャ液も買って行ってくれた。

他の場所で買うアイテムより安いとは言っても、数が集まればそこそこの金額になったので大丈夫だろうかとお兄さんを見る。


 どこか嬉しそうな顔でお金を取り出していたので聞いてみた。



「あの、総額結構な金額になりましたけど……なんでそんなに嬉しそうなんですか?」



「結構なって……いや、これだけ買ってこの金額なら凄く安いぞ? 想定より断然安く済んで助かった。この店、同僚にも勧めておくから出来るだけ長く続けてくれ。そうだ、エルやイオとリンカの森に来た時には、また『情報』教えてやるからさ」



じゃあな、と私の頭をポンポン撫でてお兄さんは『一般人向け』の棚を眺めてから帰って行った。



(左右と中央に通り道を作ったんだけど、混み合わない限りは中央の道を使わなくてもいいかも。その方が商品見てもらえるし)



売り上げを集金箱に入れていると、リアンとベルがぽかんとした顔で私を見ていることに気付いた。



「……二人ともなに?」


「ライム。本当に君は販売の経験ないんだな?」


「ないよ。そりゃお金の受取とか商品の受け渡しくらいは手伝ったことあるけど……なんで?」


「いや、あんなにスムーズな接客ができるとは思っていなかったんだ」


「なんだかんだで回復薬以外も売っていたし……驚いたわ。あ、私減った分の回復薬補充して来るから」



カウンターから補充分のアイテムを持って売れた分の補充をしていくベルを眺めつつ、駐在騎士のお兄さんが言っていた言葉を思い出す。



(他の工房にも行ったって言ってたけど……どんな風にアイテム売ってたんだろう)



机に並べただけってことはない、とは思いたい。


 各工房には学院が配置してくれた簡易の商品棚がある。

商品を並べるにしても商品棚に並べることはできる。

店の雰囲気に合わせたい!とかになれば、自分で色を付けたりしなくちゃいけないけどね。


 そんなことを考えていると再びお客さんが。

駐在騎士のお兄さんが店を出て10分も経っていないのに、と驚く間もなく、続々と冒険者や騎士の人が店に足を踏み入れた。



「―――はい、確かに。こちらの商品ですが、使い切った後も容器をお持ちいただければ中身を補充できます。容器が破損しない様に気を付けてお使いいただければ、器分の代金は値引きさせていただいていますので」



笑顔で商品の説明をしながら商品を渡し、パッと見ただけで金額を把握することができるリアンは流石だった。


 商品の補充や袋詰めなどを行うサフルも、慣れた様子で次々にカウンターへ商品を持ってくるお客さんに対応しているようだ。



「すいません、購入制限があるのでコチラだけでもいいでしょうか」


「そういや、そんな事書いてあったな。じゃあ、それでいいよ」



何人か購入制限分以上の商品をカウンターに持ってきた人がいたけれど、そういう人はソロの冒険者のようだ。


 パーティーを組んでいる人たちは購入制限があると分かったら、きっちりその場で過剰分を戻してくれる。

中には文句言いたそうな人もいたけれど、周りの人間や他の冒険者や騎士がいることもあってか、あからさまに言葉に出す人はいなかった。


 会計を終え、お釣りを用意している所で冒険者の人が私たちに声を掛ける。



「この購入制限ってのはもう少し多くできないのか? パーティーだともう少しあった方が助かるんだが」



この一言でピタッと店内の空気が張り詰めたのが私にも分かった。

 それを聞いたベルが商品を袋詰めする手を止めてニコリとほほ笑む。



「今は難しいですわ。この値段で量産する為に、素材の採取も自分たちでやっていますもの。調合の時間も必要ですし、何より私たちはまだ学生ですから……勉学に励む時間は削れませんわ」



 ちょっとキツイ言い方に聞こえるかもしれないと慌てた私をよそに、冒険者の男性はなるほどなと頷いた。

よく見ると強面な口元も目元も楽しそうに笑っている。


そしてそのまま振り返って一言。



「だとよぉ! 文句があるなら利用するんじゃねぇ。この店は、ケルトス副ギルド長の『推薦』店舗だ。それに、こっちの赤い嬢ちゃんは上流貴族だぞ。下手なことして出禁くらいてぇなら止めねぇさ」



ガハハッと大声で笑って、小声で私たちに「悪かったな。初めにある程度釘刺しておかねぇと、若い連中は調子に乗るからよ」と囁いた。

驚きつつ、大きな体つきの男性の横から賑やかだった一角に目を向けると、パッと視線を逸らされる。


 なるほど、と頷いて私はこっそり『自分用』に小分けにしたオーツバー入りの小袋を商品袋に入れた。



「ありがとうございました。また来てくださいね! 私たちの腕が上がれば、もっといい薬やアイテムも店に並べることができるので」


「へぇ、そりゃ楽しみだ」



短くそう言って袋を受け取った強面の冒険者は仲間らしい数名と店を出て行った。

 それから暫く順調に商品が売れていき、何度目かの商品補充を行う。



(やっぱりよく売れるのは回復薬だね。次に安いオーツバー。女性騎士さんとか冒険者の人は、食べもの系にも手を伸ばしてくれるし、トリーシャ液もいくつか売れたけど)



全く売れていないのは【洗濯液】と【石鹸】だ。


 お客さんが落ち着いてきたところで、私たちは手分けして商品の補充をすることに。

カウンターにはリアンが待機している。


 意外にも商品棚に設置したアイテム名と説明を書いた用紙はなくなっていなくて、殆どのお客がちゃんと読んでくれていたように思う。



「開店一日目だから、かな? 大きなトラブルもなかったし」


「だろうな。それに『錬金術師』が貴族とかかわりが深いのは冒険者なら誰でも知っている。僕やライムはともかく、ベルは有名な上流貴族出身だ。言いがかりをつけてくる人間はあまりいないだろう」


「あまり、なんだね」


「状況判断ができない輩は一定数湧くからな。ただ、予想以上に上手くいっている。あのBランクの冒険者が釘を刺してくれたお陰だろう」



つい先ほどまでニコニコ笑いながら接客していたとは思えない程の無表情で、リアンがしれっと言い放った。



「強そうだとは思ってたけど、Bランクの冒険者だったんだ」


「ああ。ケルトスでも比較的有名だ。面倒見もいいし、市民からの人気もある。何度も『ダンジョン』に潜っていて、あと数年もすればAランクになるんじゃないかとも言われているそうだ。本人たちはBランクくらいが丁度いいと言っているようだが」


「へぇー……っていうか、そんなことつい数か月前に冒険者登録したリアンが知ってること自体怖いよ。物知りにもほどがあると思う」


「正直気持ち悪いですわよ。便利ですけど」


「君たちがあまりに情報を持っていないから僕が調べているんだろう。全く。まぁ、これは商会の人間から自然に入ってくる情報だからな……ある程度の名前さえ覚えておけば【詳細鑑定】で一発だ」



ふんっとどこか得意げな顔をした学年主席に、私もベルも顔を見合わせて苦笑する。


 今更だけど、リアンが他の工房に行っていなくて良かった。

こういうタイプを敵に回すとめんどくさいもん。

軽口を叩きながらそんなことを話しつつ、空になった木箱を持って立ち上がる。

サフルが外を見てくると言っていたので、お客さんが来たら連れて来てくれるはずだ。



「にしても、結構売れたね。それに凄く一気に来たって言うか」


「ですわね。分かってはいたけど上限まで買って行く人が多くて驚いたわ。あと、どのお客も『安い』って言っていたわね。そんなに安いのかしら。騎士団での値段ってあくまでも一例でしょう」



 近くに準備していた水差しからコップに水を入れて渡せば、二人とも一気に飲み干した。

接客って割と喉乾くみたいだ。

はぁ、と息を吐いた所でサフルが戻ってきた。


その背後には、数人の人影。

 よく見るとその内の一人はミントだった。

ただ、その傍らには、教会で見たことのある若いシスターと緊張した表情の三人の子供。



「お客様をお連れいたしました」


そういってサフルは一礼し、ドアの横に移動する。

嬉しそうなミントとは反対に、酷く緊張し不安げな顔のシスターと子供たちがやけに印象に残った。






ここまで読んでくださってありがとうございます!

誤字脱字変換ミスなどあるかと思いますが、そっとご報告いただければ幸いです。

見返しただけで三カ所ありました……ハイ。


 世の中色々と慌ただしいですが、皆様体調にはお気を付けください。

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