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123話 お店を開く前日の話(前)

ちょっと短くて内容が薄いですが……

次は調合。

サクサクっと行きます!




 ワート先生が帰って、私たちはいつもの席でのんびり予定を話し合うことにした。



 私たちの手元にはサフルが淹れてくれたお茶がある。

普段お客さんが座る場所にはサフルが座っていて少し居心地が悪そうだったけれど、これからする話し合いにはサフルも参加してもらわなきゃいけないんだよね。


 メモ代わりに用意した黒板とチョークがリアンの前に置かれた。



「工房制度がなくなるかもって聞いた時は驚いたけど、何とかなりそうでよかったよ」


「他の工房がどうなろうと犯罪に手を染めなければ問題なく卒業できる、と保証されたのには安心した。教員側も本腰を入れ始めたみたいだからな」


「他国では工房制度は一般的みたいですけど、トライグル王国では『錬金術師』になれるものは殆ど貴族でしたから実現に至らなかったようですわ。他の国ではそのままある程度の金額を払って工房を購入し、経営を続けることができる制度もあるようですけれど」


「無理だよねぇ。ここ、家賃とか凄く高そうだし。私のおばーちゃんも、免許だけ取って暫く色んな所に移住して、調合とか採取をしてたみたい。最終的に工房と家は建てたけど、首都からはかなり遠いし」



他国には交換留学制度が導入されている『錬金術』の授業があったり、才能と少しのお金で学べる場所もある、とかないとか。


 ただ、錬金術の学校がある国ってかなり少ないみたい。

騎士とか冒険者の学校は沢山あるらしいけどね。



「小さい国や新しい国が多いみたいよ。卒業までに行きたいから、そういう予定も立てやすいようにしっかり店の事を話し合わないと」


「ベルの言う通り、ある程度しっかり決めておかないとダメだよね。長い期間、工房を空けることもあるだろうし」



長期間店を空けるなら結構な量の備蓄商品を作っておかなくちゃいけないし、店番だっている。

 どうしたものか、と考え込みそうになった所で、リアンが黒板にチョークで文字を書き始める。



「考えることはまだ多いが、とりあえず明日の開店のことが先だ。店の掃除はサフルが普段からしてくれているから綺麗ではあるが……物の配置が重要になる」


「お客さんがどれだけ来るのかも分からないもんね。商品もまだ少ないし」



どうしたものか、と首を傾げる。

腕を組んで唸っているとベルが不思議そうに口を開いた。



「オランジェ様も工房を持っていたんでしょう? 店の経営方法は貴方が一番詳しいんじゃない?」


「そう言われればそうだな。オランジェ様の工房ではどうだったんだ? 覚えている限りのことで良いから教えてくれ」



前のめり気味のリアンに一瞬顔が引きつりそうになったけど、何とか誤魔化した。


 お茶を一口飲んでから記憶を辿ってみる。

思い出すのはおばーちゃんの後ろ姿や調合釜に向かっている姿が殆どだ。

最初こそ色々教えてはくれたけど、私が『できる』って分かったことは基本的に放置だったし、時々確認するくらいだったし。


 工房の中に置いてあったものは今店に置こうとしている回復ポーションが各種、解毒剤、流行り病用の特効薬が数種類……だけだったような。



「なるほどな。完全受注販売だったのか。まぁ、オランジェ様ほど高名な錬金術師ならば当然だ」



どういうことだ、とリアンを見ると何処か嬉しそうな顔で話し始める。



「オランジェ様みたいに世間から認められた有名な錬金術師には、直接『こういった薬が欲しい』『こういうアイテムはないか』というような手紙や注文が届くんだ。定期的に商品やアイテムを受け取りに来ていた行商人や騎士はいなかったか? 彼らがまとめて彼女に宛てられた手紙の商品を受け取りに来ていた筈だからな」



確かにおばーちゃんが工房にいる時は必ず、定期的に家を訪ねてくる騎士のオジさんや冒険者がいた気がする。

 よく遊んでもらったし、いろんな話も聞かせて貰った。



「私たちがやるのはその、受注販売って言うやつじゃない、よね?」


「したくてもできない。受注販売は実力がしっかりあって評判のいい錬金術師や職人になって初めてできるんだ。僕らみたいな実績や実力のない学生では無理だな……一般的な店と同じように、商品を並べて売るのが基本だ。評判が良ければ、『こういうアイテムが欲しい』とか『このアイテムは作れるか』といった問い合わせも来るだろうが……まぁ、まずはきちんとした品質のものを安定して販売することにかかっている」


「騎士団への納品もありますけど……それとはまた違うのよね。多分」


「似ているが、違うな。アレは僕らから商売を持ち掛けた形になる。売り上げは工房の売り上げとして計算し報告するが、まぁ、アレはあれで少々特殊な例だ。独占契約だしな」



分かったような分からないような、と難しい顔をしているとリアンが再びチョークで黒板に何か書き始める。


 どうやら話が変わるらしい。

記入されているのは店で販売することが決定している商品の一覧だった。

その横には在庫数も書かれている。



「開店して数日は、多くの購入者が来るだろう。僕らの工房ではアイテムの価格を事前に知らせているからな。その中には値段や品質を見極めに来る冒険者や騎士といった顧客になりうる人が一定数いる。この辺りを掴んでおけば、赤字にはならない―――……首都だけあって騎士は多いし、貴族籍ではない騎士科の生徒も来るはずだ。回復薬なんかは出来るだけ余裕を持たせておきたい」



以前から話していた内容に加えて、今後来るであろうお客さんのことまで説明してくれるので、私たちも想像がしやすい。


 これまで、地道に宣伝したり試供品を渡していたのでその成果が出る可能性が高い、ともリアンは言っていた。



「回復薬については分かった。とりあえず、今ある分の薬草である程度の回復薬は作っておいた方がいいよね。丸薬とか、そういうのの調合にも使うから後で在庫確認しなきゃいけないけど」


「そうだな。次に、同じ系列で売れるであろう野営や戦闘で役に立つアイテムについてだ。こっちもある程度は出るだろうが、回復薬ほどではないとみていい。まずは回復薬で様子を見て、使えそうなら試してみる……という人間が多いだろうな。購入者である騎士や冒険者はやみくもに金を使うことはあまりしない。必要最低限だけを抑えておく、という者も多いんだ。パーティーを組むと金銭関係の問題で解散する、なんていうのも珍しくないくらいだから神経質になっている者も多いだろう」


「その辺りは分からないでもない、ですけれど……モルダスにいる騎士や冒険者は中堅所が多いですし、そこそこ売れるのでは? 懐もそんなにカツカツ、というわけではないでしょう」


「普通ならな。ただ、今は雫時が控えている。爆弾や火を使うアイテムは売れ行きが鈍くなるんだ。湿気ると使えなくなる、品質が悪くなるなどの悪影響があるからな……売れるとすれば、雫時が明けてからだ。稼ぎ時は魔物やモンスターの繁殖期あたりが妥当だな」



調合に時間がかかるものもあるし、ある程度の量は用意しておいた方がいい。

そう言いながらリアンは優先度を書き加えた。


 私はお茶を飲みながらなるほど、と頷いていたけど食料と書かれたところを指さした。



「こっちの食べ物系ってどうなると思う? 雫時が来るからこっちもやっぱり売れないのかな。あと、トリーシャ液とか洗濯液もどうなるのかさっぱり分からないし」



私の言葉にリアンが眉間に皺を一つ刻んだ。


 唸るように小さな声を出して、腕を組む。

視線は黒板に書かれた商品名を注視して動かない。



「これに関しては正直、僕も予想がつかない。特にトリーシャ液は、宣伝したと言っても教会で確認してもらったくらいだからな。あまり売れ行きが良くない様なら、女性冒険者や騎士、あとは知り合いに試供品として渡して使ってもらう位しかない。そこから『いいもの』であると広まればいいんだが」


「あー……そっか。確かに。でも、食べもの系は騎士団で売れた分考えると、売れそうな気がするけどな」


「購入制限を設けてはいるが、これも未知数だ。数日間の売り上げや評判を見て在庫数の調整をするしかない。まぁ、便利だし他の携帯食料とは比べ物にならない味だから一定数の需要はあるし、売れなくても騎士団が買うだろうな」



難しい顔でそう言ったリアンに私とベルは顔を見合わせて、なるほど、と頷いた。


 商売に関することを担っているのはリアンだ。

私やベルも関わったりするけど、帳簿の付け方を教えてもらったり、在庫と使用した素材のまとめをするくらい。

主な値段の交渉やアイテムの販売価格の決定をしているのはリアンなんだよね。



(卒業までに値段の付け方とか、そういう感覚が身に付くように頑張ろう)



他にもアイテムについて少し話をしたけれど、結局はどうなるのか分からないってことで心構えだけしておくことに。



「じゃあ、今日の予定だけどどうしよっか。調合、の前にやっぱり明日バタバタしない様に商品とか置いてみる?」


「……そうだな。もう置いてもよさそうだし、そうするか。商品説明用の紙や小さい黒板ボードも設置してしまおう。値段は決まっているが、外に出す看板と会計近くに一つずつ、あとは商品棚ごとに貼り付けておけば客も購入金額を把握しやすい」


「私が商品を運びますわ。あなた方二人は先に配置をして頂戴。サフルもリアンとライムを手伝って」


「かしこまりました」



そういって頭を下げたサフルを見て、ベルが小さく首を傾げる。



「リアン、サフルをここに座らせたのは何か話があったから……なのよね?」



「ああ。サフルにはそのうち、僕らの代わりに店番を頼もうと思っている。基本はウォード商会で学んでいる筈だ。出来るな?」



驚いたように目を見開いたサフルを見ているのか、いないのかリアンは淡々と決定事項と思われることを告げていく。



「今回の雫時だが、サフルには留守を頼みたい。強盗の類いが来ては困るから警備用の結界を張るし、何か起こった時の為にワート教授には話を通してある。警備の関係だが……まだ時間はあるしそのうち考えるさ」



「一人だけだと大勢で武器持って押し入られたらどうしようもないもんね。錬金アイテムって高いし、効果さえあれば『出所』なんて気にしないよね」


「ああ。この国で売らなくても買い手はいくらでもつくからな。大して高レベルの回復アイテムなんかはないが、オリジナルアイテムもあるし警戒しておくに越したことはないさ。商業登録は学院の方でしているから、いざとなれば学院に相談するのも手だな」


「そういえば学院のアルバイトっていうのもあったもんね。騎士科の生徒とか強い人に警備頼むのもありかも」



ある程度の条件を絞れるし、学院なら盗みとかしない安全な生徒を紹介してくれるんじゃないかと思ったんだよね。


 施錠とか入れない様に結界張ったりとかすれば安全も確保できるだろうし、と自分なりに利点を考えていると黙っていたベルが口を開いた。



「それなら、教会に頼んでみるのもいいんじゃない? ミントなら私たちの事情も知っているし、騎士科の生徒より断然信頼できるわ。実力もあるしね」



報酬も教会に払う方が個人的には抵抗がないわ、と。

 え、と驚いている私を見て呆れたようにベルが小さく息を吐いた。



「ライム。学院でも人間性を把握するのって意外と難しいのよ。騎士科は今回の事件もあってある程度警戒もしているでしょうし、私は商業ギルドや奴隷を借りる方が現実的じゃないかと思ってるの」


「奴隷って借りられる、の?」


「ええ。大体の店では借りられるわ。優秀な奴隷を所有したいと奴隷を育てたり教育する奴隷商もいるのよね」



へぇ、と納得した所であまり儲かっていない段階で奴隷を雇うのはな、と思った。

ベルの案って良いものが多いんだけど、お金の感覚が私やリアンとは全く違うから、ある程度値段のことを調べてからじゃないと迂闊に頷けないんだよね。



「でも、そうね―――……雫時までに、サフルには自分の身を護れるくらいの実力はつけておかなきゃ。店の経営が落ち着いたら、朝晩の手合わせと寝る前に自主練習もしておいて頂戴。私はこれから店に並べられる分の商品と予備をサフルと運ぶわ。体力づくりに荷物運びって割といいのよ」



決まりね!と嬉しそうに立ち上がったベルは、意気揚々と飲み終わったカップを回収して台所へ。


 私たちの分も持って行ってくれたので、呆然とするサフルを気の毒に思いつつ、リアンと今日の調合アイテムについて話し合うことにした。



「サフルはベルと先に仕事をしててくれ。調合アイテムが決まったら僕らも仕事を始める」



分かりました、と返事をしたサフルを見送って、私たちはさっさと調合するアイテムについて考えていたことを話すことに。


 時間は限られてるし、ワート先生からの報告聞いていたこともあって、いつもよりゆっくりしちゃったんだよね。



「早速で悪いんだけど、今日は【牧師の丸薬】と【虫よけ作用のあるポマンダー】でどうかな。中級ポーションは最大量で一回ずつ調合して、少しストック作ってさ」


「そうだな。いや、それだとまだ時間も魔力にも余裕があるだろう? 僕らに【研磨液】の作り方を教えてくれ。装飾品の類いはあっても困らないし、無駄になるものでもない筈だ」


「分かった。じゃあ二人には【研磨液】の作り方教えるね。材料に余裕があればだけど【薬草クリーム】を作ってみない?」



ついさっき手元にある手帳を捲っていて気付いたんだけど、アルミス軟膏の後ろのページに新しく見たことのないアイテム名があった。


 驚きつつ素材や手順を見ると、私たちでもギリギリ作れそうなんだよね。

品質は低くなるかもしれないけど、一度作れれば後はコツを掴めばいいだけだ。


 材料の一つである【シアブロック】を作るだけだし。



「【薬草クリーム】なんて初めて聞いたアイテムだが……オランジェ様のオリジナルか?」


「多分そうだと思う。昔、酷い怪我した時とかに塗ってくれた薬だった筈。アルミス軟膏より効能が高いんだ」


「……なるほど。分かった。その【薬草クリーム】の作り方を教えて欲しい。もし量産が可能なら店にも置きたい所だ」



それじゃあ、と黒板にチョークで『調合予定:【中級ポーション】【虫よけポマンダー】【牧師の丸薬】【研磨液】【薬草クリーム】』と書き足して、元の場所に戻しておいた。


 話が終わったので、ベルが運んでくれた大量の木箱を開封し、私たちはお店の準備を始めることに。

ベルの怪力が大活躍したのは言うまでもなく。




「驚いたな……ベルにこういったセンスがあったとは」


 品物を置く場所について話し合っている中でベルの意外な才能が発揮された。

店の中を見て回った後に、配置についてその場で話し合っていた私とリアンを他所に、ベルは迷うことなく商品を仮置きしていったんだよね。


「お茶会や舞踏会といった社交場を整えるのは、貴族に生まれた女として必要最低限身に付けるべき技量ですもの。ある程度は出来ますわよ」


「ある程度って言っても、私たちが最初にやった時より断然見やすいよ」


「そ、そう? まぁ、そう言うなら次からも私が色々と配置なんかを考えてもいいわ。これはあくまで一例で、考え方によっては別の置き方の方が適しているでしょうし」



そう言って私たちに背を向けたベルは凄く機嫌良さそうで、私もリアンもサフルも顔を見合わせて小さく笑う。


 小声で「貴族令嬢になるマナーレッスンって、凄く苦痛だったけど意外と役に立つのね」なんて呟いてる辺りがベルらしい。







ここまで読んでくださってありがとうございました。

次の調合で新しく出てきた単語などの説明を乗せようかなと思っております。

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