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121話 工房見学(後)

お待たせしました、工房見学終了です。

後日談ってことで次の回でどうなるのか最終決定にはなりますが、緊迫?した展開にはなりません。


すごく……ながいです……。

不審な点があれば、後日もしくは気づき次第訂正します。



*一部セリフなど変えています





 昼食を終えた私たちは食後のデザートを食べながら、アイテムの調合についての話を始めることにした。



念の為に、とリアンが部屋から盗聴防止用の魔道具を持って来てくれた。

 その上で工房に誰かが戻ってきたら即座に話を止める、ということであらかじめ話してるのでいつもよりは短めに。

 工房の入り口を気にしているとベルとリアンが苦笑して、戻ってきたら気配で分かると一言。

気配って何さ。



「さてと、それはそうと……新しい商品についてなんだけど、さっきの案でどうかな。最初は『丸薬タイプの回復薬』は小さい専用容器込みで売ればいいと思うんだ。で、容器だけ持って来てくれれば、丸薬を補充するだけでいいし……容器代を値引きすればちょっとは買いやすいんじゃないかなって。ああいう丸薬って高そうだし、液体よりは少し難しいから値段も高い筈だよ。他の錬金術の工房を見たことないから何とも言えないけど」



実は、まだ錬金術の店には一度も行ったことがないんだよね。


 貴族がやってることや、あまりいい話を聞かないこともあってどうしても足が遠のく。

だから、何がどのくらいで売られているのか、値段の付け方の基準なんかも知らない。



「一度見に行ってみるべきかなって思ってはいるんだけど、入り難くてさ。やっぱ何か買わなきゃいけないんじゃないかなぁって思うと」


「値段ならある程度僕が把握しているから問題ない。卒業までに一度行けばいいさ。それはそうと、液体と軟膏以外の回復手段を用意するというのは賛成だ。回復手段は多ければ多いほどいいからな。その時の状態によっても変わるし、丸薬であれば小さな入れ物に種類別に入れておけば、ある程度どうにでもなる。腹痛や頭痛、痛み止めの薬を持ち歩く者も多いからな」



なるほど、と頷けばベルがリアンの言葉を補足するように口を開く。


 デザートは既にない。

サフルの分は本人の希望で台所に避けてあるので、残りを均等に空になったお皿に盛りつけた。

 いつも通りの工房の中は息がしやすくて、平和だなぁなんて思いながらスプーンでベリーとクリーム部分を掬う。



「基本的に冒険者や騎士は非常時に備えて数種類の回復薬を所持しているわ。荷物は最小限にしたいから、一か所で回復薬三種類が揃うならそれに越したことはないわ。軟膏の入れ物、あれ四角くしたのは正解よ。丸型だと小さくまとめにくくて。回復薬も本当は四角いタイプの瓶の方がいいのだけど……丸薬を入れるなら四角い入れ物を用意すべきね。できれば頑丈な金属系で。木製だと湿度なんかで駄目になることが多いから、状態保持できる効果の付いた金属だといいのだけど、そこまではね」


「錬金術で作れるのって大体中身だったり入れ物を作る“材料”だもんね。やっぱり専門の人に頼むしかないのかな」


「鍛冶、ではないでしょうね。武器や防具ならまだしも……リアン、貴方に都合良さそうな知り合いいない訳?」


「あのな、僕は業者でも何でもないんだぞ。そんな都合のいい知り合いが………いや、待て。それなら武器屋の主人をあたって相談してみるのも手だな。職人というのは同業者内のうわさや実力などは比較的把握しているものだから」


「じゃあ、金属何か作ったら聞きに行ってみようよ。前に、私の杖買った所の親父さんがね、金属作ったら見せて欲しいって言ってたんだ。エルとイオの馴染みの店だって言ってたし、お母さんの武器も作ってたって言うから腕は確かだと思う」



 二人ともこの提案に賛成してくれたので、予定表に『金属を作る、丸薬の回復薬を作る』と書いた。



「他に用意したいのは『魔物除け』と『虫よけ』『アンデッド除け』かしら。それぞれのモンスターに対応した薬については、丸薬の目途がついてからになるけれど」


「だよね。虫よけはベルが作ってくれるんでしょ?」


「ええ。ポマンダーを少し工夫して作ってみるわ。アレなら割とどこでも手に入る材料だし、代用品もあるから。煩わしい害虫共が近寄ってこないよう、徹底的にやってやるわよ」


「……が、頑張ってね。じゃあ、残るは『魔物除け』と『アンデッド除け』かぁ」


「アンデッド除けなら、聖水もあるし『聖なるリボン』を作ったらどうだ? 『祈りのリボン』の応用で作れたはずだ。布製品ができたら見せろと両親にせっつかれて、『布・織物』に関するレシピを押し付けられている。今の統一言語ではなく各国の古いレシピをそのまま書き写してあるせいで言語がバラバラなんだ。今の言葉に書き直すから少し時間をくれ。君が読み解けるなら任せるが」


「うーん、私が読めるのって古代言語くらいだから……村にいた長老様から教わったんだよね。村の人は古代語なら読めるんだ」


「ライムの暮らしていた場所って本当に一体どうなってるのよ。普通、古代語なんて習わないわよ?」


「だよねぇ。私も最近変だなって気付いたんだ」


「そのうち他国の言葉でも教えるか。ベルは一通り読めるんだろう?」


「まぁ、教育の一環で一通りね。でも、古代語は読めないわ。リアン、悪いけどレシピを今の言葉に訳してくれるかしら。私も興味あるのよね」



ベルがしたい調合は基本的に装飾品作成らしい。


 薬や道具の調合もいいけど、戦闘にも役立つ美しい装飾品を作るのよ!って意気込んでたし。

爆弾はイライラした時にモンスターにぶつけるとスッとするらしい。



「分かった。ざっと覚えている内容だが、【媒染液】か【染色剤】を応用すれば魔物もしくはアンデッド除けの効果が付けられたはずだ。色々必要にはなるが……経験を積むというには丁度いいだろうし、染色もやってみるか」



反対意見は特に出なかったので、予定に『【染色剤】または【媒染液】の作成。『聖なるリボン』『祈りのリボン』を作る』と書き加えた。


 私がメモをしている間、ベルがリアンの分の雑務を数日引き受けると話していたので、食べ終わったデザートのお皿を片付けようと席を立つ。

ベルとリアンの二人がパッと私を見たけど、気にしないでと手を振れば話し合いに戻った。


 台所へ向かうと丁度サフルがデザートを食べ終わった所で、満足そうな顔で空になった皿を眺めている。



「サフルは『ベリーのクラフティ』が気に入ったの?」


「ライム様が作ってくださる食事はどれも美味しいです。温かいまま食事を頂けるだけでも光栄なことだと思っています。本来ならば、私の様な卑しい身分のモノはこういった食事にありつけないので……トライグル王国に来てから驚くことばかりです。もちろん、ライム様やベル様、リアン様の恩情には感謝しかありません。末永く使っていただけるよう、全力を尽くしますので」



パッと姿勢を正したサフルが私に向かって深く腰を折った。


 驚いたものの、話を聞くいい機会だと思ったので、持っていた食器を台所へ置こうとしたんだけど、直ぐにサフルが回収してしまった。

素早い。


 お茶の準備をしつつ、当然のように食器を片付け始めたサフルに話しかける。

並んで立つとサフルの身長が少し伸びていることに気付いた。



「サフルって確か『赤の大国』から来たんだっけ」


「はい。最下層の地区にいました。父も母も奴隷の身分でしたので、奴隷育児施設に預けられていました。他国に出荷するために子供を教育したり管理する施設なのですが、六歳で才能を調べて希少であったり、国や他の場所で役立つようなものがなければ、色々な所に振り分けられるのです。『カルミス帝国』では、身分制度がはっきりしているのですが、最下層の奴隷身分であっても有能でさえあれば一般市民や一般人、さらに希少な才能や能力があり、運も味方すれば貴族の養子として成り上がることもできます。おかげでスラムのような場所は少ないですね」



私が暮らす『緑の大国 トライグル王国』は、サフルによると一番身分制度が緩いのだという。

教育も生活水準も一定以上、更に食料に関してはどの国と比較しても群を抜いて豊かで、資源も豊富。


 それらを枯渇しないよう上手く回しているのが、トライグルの王族らしい。

 土地柄、食糧難に見舞われやすく魔物による侵攻被害に頭を悩ませてきた『赤の大国』を過去何度も助け、今現在も格安で食品などの優遇措置を取っている事もあり、赤の王族は私たちの国の王族にかなり友好的なんだって。



「奴隷の私たちですら、国王が“緑贔屓”なのは知っていますから。教員たちもこの国に一度は訪れていて、いかに素晴らしいか!と何度も話して聞かされました。ウォード商会で学んだのですが、奴隷も初めにこの緑の大国へ出荷され、ここで売れなければ少しずつ待遇が悪い国に売られるようですね……私は、とても運が良かったのです」



本来ならあの場所で死んでいた筈ですから、とサフルは笑った。


 サフルは、六歳の測定直後に病が発症。

本当ならば戦闘訓練を受けて戦力になれるよう訓練を受ける筈だった、と話してくれた。



「―――……ライム様は、いずれドラゴンの素材を扱いたいと願っていらっしゃると聞きました」


「え? ああ、うん。そうだね。ドラゴンの素材って色々有用らしいから使ってみたいなぁとは思ってるよ。それこそ『賢者の石』を作る素材の一つがドラゴン系の素材だったはずだし」


「ダンジョンの下層にはドラゴンが多く存在しております。希少な素材も多いですし、赤の大国へ向かう際は私も連れて行っていただけませんか。それまでに必ず、足手まといにならない様に戦力を身に付けておきますので」



お願いいたします、と綺麗に礼をしたサフルに私は頷いた。

断る理由もないし、ドラゴンの素材が欲しいのは本当だ。


 ただ、そんな危険な場所に行くなら私も足手まといにならない様に自衛手段を考えておかないといけないな、と改めて思う。



(ベルやリアンに相談しても『君は戦闘をするな。向いていない』とか『ライムは大人しく採取してて頂戴』とか言われるだろうし。逃げることと身を守ること、あとは調合したアイテムで攻撃するしかないんだよね)



強力な爆弾や防御できるような結界石なんかを作れるようにならないと、と意識を新たにした所でお湯が沸いた。


 サフルにお茶を渡して、未だ話し合いをしている二人の元にも持って行こうとティーセットをトレーに載せた所でサフルがそう言えば、と何かを思い出したらしい。



「あの、皆様に話したいことがあるのですが……今回の見学会についてのことで」


「じゃあ、一緒に戻ろうか」


「ティーセットは私がお持ちします」



サッと手にあったトレーを奪われたけれど、とても嬉しそうなので、諦めた。

 何が嬉しいのか分からない、という顔をしている私にサフルが


「ライム様や皆様のお役に立てることが嬉しいのです」


と言って、穏やかに笑う。



砦で見た時とは全く違う人間に見えるんだよね、と思いつつ席に着いた。

 話をしていた二人に『見学会』についてサフルから報告があると伝えると直ぐに話を切り上げ、聞く姿勢に。

空いていた椅子に座る様、ベルが言えば素直に従った。



(何だろう。日に日に使用人というか執事っぽい感じになってきてる気がする)




◇◆◇





 丁度、午後二時を知らせる鐘が鳴った。



 大きいけれど不快ではない鐘の音を聞きながら、作業テーブルに並べられた『薬草』を眺める。

私の横にはワート先生が立っていた。



「これより、学院側が用意した『素材』を用いて調和薬を作成してもらう。お前たちもよく見ておくように」



頭の上の方から降ってくる音を聞き流しながら、私はじーっと作業台に並べられた七束の薬草を眺める。

 どれも見覚えのある一般的なものだけど、一つだけ妙なものがあった。

思わず眉を顰める私を他所に、ワート先生の言葉は止まることなく空気を震わせる。



「この中の薬草を使って順に調和薬を作ってもらう。学院側で支給した物よりも性能のいい測定器で結果を測定するのでよく見ているように。彼らは君たちが日頃生み出す物よりも、格段にいい物を作成できる。それは基本がしっかりしているからに他ならない―――……さて、初めに誰が調合するか決めてくれるかな」



ワート先生の言葉が聞こえなくなったことにも気付かない程、私の視線は一つの薬草に集中していた。


 私からは遠い場所にあったので、先生が私の傍からいなくなったのを見計らって、リアンとベルの間にある薬草の前に移動する。

戸惑ったような驚いたような声が左右から聞こえ、次いで訝し気に私の名前を呼ぶ二人の声が耳に入ってくる。



「ねぇ、二人にはこれ、何に見える?」


「え? 何って……どう見てもアオ草ですわよね」


「―――……ああ。鑑定してみたが『アオ草』と出ている。何か問題があるのか?」



手に取ってもいいか、とワート先生に聞くと戸惑ったように頷かれた。

 私は目の前にあったアオ草を数本手に持って、茎と葉の先、そして茎の内側と葉の裏側をじっと観察した。



(やっぱり、これって)



眉を寄せて隣にあった普通のアオ草を手に取る。

同じ部位を確認してから、念の為もう一か所のアオ草も点検。



「ベル、リアン。このアオ草はダメだよ。使ってもいいのは……こっちのアオ草だけ。こっちもいいけど、採取が乱暴だったみたい。根本を切らないで千切ったせいで痛んでる。あとエキセア草は新鮮だし問題なし。あと使えるのはこのアルミス草かな。森の物じゃなくて草原で採ったみたいだから薬効は低いと思うけど」


「……ライム、ちょっと待て」


「なに? あ、鑑定してみたら分かると思うんだけど」


「鑑定はするが……君の言う通りなのは経験上分かってる。それと鮮度については、多少僕らでも分かる。少し葉に元気がない、くらいの感覚ではあるが」



そうなの?と驚けばベルが小さく息を吐いた。


 ええ、と思わず顔を上げてベルを見ると額を抑えて緩く頭を振っている。

何その反応、と口にする前に目の前に影ができた。

驚いて顔を上げると、キラキラと目を輝かせた学院長がいて思わず口から悲鳴が漏れ掛ける。



「ひぇ……ッ!?」


「すまないが、何故このアオ草を使ってはならぬと言ったのか説明してやってくれんかね。もちろん、君が『駄目』と言った素材についても」



ちらっと二人を見ると頷いていたので、頷いて説明をすべく口を開いた。


 この時には正面に立っていた学院長はワート先生が立っていた私の横に移動していて、興味深そうに私の手元を眺めていた。



「えーと……まず、分かりやすい方から説明するけど……こっちのアルミス草は背が低くて葉っぱが小さいでしょ? この辺りの草原で採れるアルミス草って密集して生えてることが多くて、その所為で色も薄いの。森の場合は日の当たり具合とかにもよるけど、背が低くても土そのものに栄養が豊富だからか葉っぱの色が濃いんだよね」


「言われてみると、たしかに」


「森でも場所によっては色が薄い薬草もあるけど、草原のより品質がいいことが多いんだ。この辺りの草原は人がいっぱい通るし、冒険者とかも結構歩いてるでしょ? 踏まれて強くなる品種もあるけど生え替わりのサイクルが激しいから、どうしても色が薄くなりがちなんだ。そうじゃない草原もあるから一概には言えないけど」



へぇ、と感心したような声が左右から聞こえてきて少しくすぐったい。


 見学してる人たちや先生に褒められるより、ベルやリアンに凄いって言われる方が実は嬉しかったりするんだよね。



「で、こっちのアオ草は見て分かるように葉っぱに元気がない。根本の方の茎が少し捩れてるし、キレイに摘んだつもりかもしれないけど、コレ指で千切ってるね。せめて爪でこう、摘まむようにして採ってくれればよかったんだけど……持ち運び時間も長かったんじゃないかな。一応水を吸わせて応急処置はしてあるけど、品質良い物を作った方がいいんだよね? それならコレを使っても品質は上がらないよ。CかBくらいなら問題ないけど」



ってことで、使わないように、と混ざらないように避けた。

 そこで今まで黙って聞いていたベルが残ったアオ草を指さす。



「これはどうして駄目なのかしら。他の物と変わらない様に見えるのだけれど……リアンの【詳細鑑定】でもそう出ているのよね?」


「あ、ああ。品質も問題ないし名前もきちんと【アオ草】になっている」



だったら、とベルが言うので私は私で首を傾げる。

 詳細鑑定でも出ないってどういうことだ、と思ったのはここだけの話。



「何でリアンの鑑定に出なかったのかは分からないけど……コレ、成分少し変わってると思う。効果とかに『微毒』とか『弱毒』とかない?」


「何だって…? 少し待ってくれ」



慌てたように私の前にあるアオ草を一本手に取ったリアンが、じっとアオ草を注視する。

数秒後、酷く驚いたような顔で私を見下ろした。



「―――……『弱毒』と出ている。ただ、それがあるだけで至って普通だ。いつものアオ草だと思って全く気にもしていなかったが」


「あ、良かった。ちゃんと【鑑定】で出るんだ。これ、齧ると少し舌がピリッとするんだよね。あと、茎の中と葉の裏を見ると分かりやすいんだけど、茎と繋がってる一番太い葉脈分かる? そこが少し赤いんだ。これ、毒がある時の特徴。美味しくないんだよねぇ。死にはしないけど」


「…………え?」


「美味しくないって、ちょっと待て。君は何を……」



お嬢様の表情を取り繕うことを忘れたベルと、青ざめたリアンに首を傾げた。

いや、驚くことでもないんだよ? と言いながら毒のあるアオ草を見つけた時のことを話した。



「草刈りしててアオ草を収穫したことがあったんだけど、暇だったから使える薬草とそうじゃないものに分けてた時に気付いたんだ。本当に少ないんだけど、極稀にこういう赤いのが紛れてるって」



学院長が視界の端で感心したように、何度も頷いているのが妙に気になる。

そして、ワート先生と副学長、他の見学者たちがみんな口と目を見開いて私を見ているのが少し滑稽に思えて、うっかり笑いそうになった。



「何か珍しい効果でもあるのかなーと思って、お茶にしてみたんだけど舌がピリッとしたから変だなーって……帰って来たおばーちゃんに見せたら「ライム、これ弱いけど毒があるから飲んじゃダメ」って呆れられたんだよね。三十分くらい口の中が変な感じするんだよね……まぁ、あの時使ったの全部『毒アオ草』だったのが悪いんだろうけど。普通に調合する時、数本混じる位なら問題ないよ。本当に弱い毒だから」


「貴女……なんというか、良く生きてますわね。大丈夫なの、それ」


「ピリピリって感じた瞬間にちゃんと吐き出したから大丈夫。一応、万能薬もあったけどおばーちゃんなら摂取した時の症状とか気になるかなぁって思って、少し様子見たけど飲んだ量が少なかったから口の中がイガイガしてただけで終わったよ」



そう、と私から視線を逸らしたベルは高品質のアオ草、リアンと私はエキセア草を使うことにした。


 調合順番はベル、リアン、私の順。

先にベルが使う分の薬草の下処理をして、調合している間に自分たちの分の下処理を終わらせる。


 見学者たちはこの時だけ釜の様子を見ることができたんだけど、学院長付き添い。

ベルの調合は上流貴族二人、リアンの調合は中流貴族が、私の調合はマリーとクローブが見学することになった。


 ベルの時はピリピリとした緊迫感が漂っていたし、リアンの時は静かだったけれど居心地悪くなるような緊張感があった。

ベルとリアンの調合した調和薬の品質はSだったのは言うまでもなく。


 私が自分の調合釜の前に立つと、心配そうなマリーとクローブの視線が釜に向けられていた。



「あ、もしかして私が古い釜使っているのが気になる?」



 そう聞くと二人は小さく頷いた。

気遣わし気な視線に苦笑しつつ、背後の見学者に聞こえないように小声で『古い調合釜』の利点を教えると驚いていたけどね。



「じゃ、調合始めるねー」



この工房に来る前から誰かに見られて調合することは多々あったので、緊張はしない。

おばーちゃんがいる時は、おばーちゃんだったり、おばーちゃんの友達だったりが見ててくれたんだよね。

その時は杖を使わせてもらってたからか、爆発も失敗もしなかったっけ。


 もう慣れてしまった調合手順で調合し、グルグル釜をかき混ぜているとあっという間に【調和薬】が完成した。

色や透明度を見る限り、品質はSだろう。


 満足して蓋を閉めた所で、マリーとクローブが小さく「すごい」と呟いた。

驚いて足を止める私に、クローブとマリーがどこか諦めたような顔で笑う。



「ライム、さんは……凄いですね。私なんかじゃどんなにいい素材を使ったって……きっと」


「だな。俺も戦闘は出来るけどさ、もう調合の仕方ほとんど覚えてねぇよ……知識もあるし、教科書に載ってないことまで知ってるんだから」



この二人の言葉は意外と大きく響いた。


 バツが悪そうに視線を逸らしたのはマリーの工房にいる二人の貴族。

俯いたのはクローブの所にいた中流貴族だ。

例の退学が決まっている上流貴族の表情は変わらないし、どこか睨むように私を見ていた。

沈黙の中で口を開いたのは、学院長だった。


 私の持っていた調和薬をそっと手に取って、眺めてから測定器へ。

品質がSであることを発表してから静かに調和薬を私へ差し出した。

 瓶を受け取った私に学院長は優しく微笑んで、直ぐに『学長』らしい顔つきで見学者と教員を見渡す。



「―――……何か言いたいことはあるかね、ロベッジ・ネイガー・タンジー」



厳かな声に一瞬、ピクッと肩が揺れたけれど発言を許された彼は口を開いた。

 堪らないと、我慢ならないと叫ぶような声だった。



「学院長! やはりあの組み分けは不公平だった! 仕組まれていた!! そうでなければ、何故このように優秀な庶民が俺の下につかなかったんですか!? おかしいでしょう、一人は学年主席で実家はあのウォード商会だ! それに三大錬金術師の孫ときている! 評判がいい? そんなの当り前だ、駒が優秀であれば得られる評価が高いのは誰だってわかる! 俺の工房にいるのは、戦うしか能のない貧乏貴族と俺に媚を売ることしかできないド三流の貴族だけだ! それに、そっちの女ばかりの工房には、パッとしない庶民と大して王家に貢献もしていない中流貴族がいるだけだ。どう考えてもこの工房が有利なのは目に見えているッ」



 怒声にも似た声に私は、呆れて何も言えなくなった。

クローブが拳を握り締めた音と、マリーの小さな悲鳴のようなものがやけに耳に残る。

黙って理不尽な不平不満を聞いている学院長の表情は変わらない。


 失望したような憤りのような感情を滲ませる教師や副学長、もの言いたげに目を伏せた教師もいたけれど誰も何も言わなかった。

そんな中で、彼は言う。



「こんな“使えない連中”を学院が俺に押し付けた所為で俺は退学になったんだッ。俺がベルガ・ビーバム・ハーティーの代わりにこの工房に居れば最優秀工房として―――」


「勝手なこと言ってるけどキミがいたからクローブがいる工房、めちゃくちゃになったんでしょ。なんでわからないかな。貴族って色んな勉強してるんだよね? どうして自分の所為かもって考えないの?」



気付いたら本音が口から零れ落ちてた。


 特に腹が立ってる訳でもないので、エルの時みたいに周りが見えなくなる感覚はない。

不自然に静まり返った工房で私はただ腕を組んで首を傾げた。



「は……?」


「いやいや……『は?』じゃなくって。君はクローブたちを使えないっていうけどさ、そういうキミ自身は何ができるの?」


「何ができる、って俺は上流貴族だぞッ」


「うん、知ってる。そういうのじゃなくって、どんな役割をこなしたのか聞いたんだけどな………えーと、掃除や洗濯料理してたでもなければ、採取してたわけでもない。勉強をしてたわけでもないし、工房を真面目に経営してたわけでもないんだよね? 私は貴族の仕事なんて知らないけど、貴族の仕事だってしてないんでしょ? まさか命令して威張り散らして調合も勉強もしないのが貴族だっていう訳じゃない……よね」



違う?と聞いてみる。


 私はずっと聞いてみたかった。

貴族とは言ってもベルに聞くのは間違っているし、やっぱり本人に聞かないと分からないと思うからね。


 確認したくてただ聞いたんだけど、相手は何か勘違いしたらしい。

一瞬ぽかんと目を見開いた後、直ぐに顔を真っ赤にして腰の剣を抜いた。

咄嗟に近くにいたリアンが鞭の柄を握ったのが分かる。



「な、おま……黙って聞いていればいい気になりやがって!! お前みたいな下賤な女が上流貴族である俺に……―――」



怒鳴りながら唾を飛ばす上流貴族は剣を持っているのに、全く怖くなかった。

戦闘中のベルとかミントを知ってるからかもしれない。



「え。いや、だからその上流貴族の仕事、何してたのって聞いてるだけなんだけどな。実際、キミがやってたのって法律で禁止されてるアイテム作ってただけなんだよね? それも、レシピ教わってるのに最低品質しか作れないとか、錬金術師としても実力足りないですって言ってるようなものだと思う。初めて調合して品質低いっていうなら分かるよ。だけど、何回も調合してればC品質になるのが普通なの。まぁ、素材にもよるけどさ」



品質について確認しようとリアンに視線を向けると、何故か背を向けて震えていた。

後ろでベルが我慢できずに小さく噴き出す音まで聞こえる。



「……えーと……クローブたちを使えないって言う以上、二人以上の事してたんでしょ? どんな難しいことしてたのか気になっただけなんだ。貴族じゃない私にも分かるように教えてくれると助かるんだけど……イマイチ実感は湧かないけど『お偉い貴族様』なんでしょう? ねぇ、キミは工房で何してたの? どんな仕事したの? 勉強は? 私、世間知らずだって色んな人に言われてて……少しでも上流貴族って言うのが『どんなの』なのか知りたいんだよね」



色んな人がいるのは知ってるし、男と女じゃ仕事内容も違うんでしょ?

そう、聞きながら一歩踏み出すと何故か彼は後退った。



(あ、あれ? 聞き方がきつかったのかな。出来るだけ喧嘩腰にならない様に気を付けたんだけど)



顔を赤くして後退る上流貴族では話にならなかったので、諦めてマリーの工房の上流貴族にも聞いてみることにした。



「じゃあ、マリーの所のお貴族様なら分かるよね、同じ偉い貴族みたいだし。ベルは掃除とか片付けとかしてくれるし、野営とか戦闘でも頼りになるし守ってくれるよ。貴族にしかできない事っていうのがよくは分からないけど、私たちの為に『お茶会』だとか『社交』だとかっていうのにも出て、情報集めたり、危ないことがあればいち早く気付いて教えてくれたりもする」



ベルはお茶会っていうのも社交っていうのも、好きじゃないことは結構早い段階から知っていた。

でも、貴族として領民からお金を徴収して、貴族としての恩恵を受けている以上は自分の家が治める領地の人達に迷惑がかからないよう、そして将来困らない様にするのは当たり前なんだって。


 私たちみたいな貴族籍を持たない人間がいてこそ、貴族が成り立っているとも言っていた。

立場や与えられた仕事は違うけれど、恩恵を受けている以上は義務を果たすのが貴族だって最近聞いたばかりだ。


「私もリアンも貴族じゃないし、ベルの家の領民っていうのじゃないけど、でも友達だし一緒の工房だからって、私たちが分からない事とか気づかない事を指摘して教えてくれるんだ。だから、ずっと気になってたの。貴女は、工房のことも生活のことも全部一人で片付けてくれてたマリーに、何かしてたのかなぁって。工房の運営はしてるみたいだけど、それ以外は? 調合はしてたって聞いてるけど、調合するのって生徒なんだから当たり前のことだよね。なんで、マリーは調合させてもらえなかったの?」


「そ、それは……」


「うん」



応えてくれそうだったので大人しく答えを待っていたんだけど、見当違いの返事が返ってきた。



「わ、私は家事など教わってきていませんわ。そもそもそういうのは使用人や貴族でないものがする仕事で――……」



そういう事じゃないんだけど、と思わず呟く。

 埒が明かなさそうだったし、答えも貰えそうにないから諦めてベルに聞くことにした。



「ベル、貴族って家事しちゃ駄目なの? 使用人がいなくなったらすぐ死ぬと思うんだけど」



私に話しかけられたことで何とか持ち直したらしい。

ベルが小さく咳払いをして姿勢を正した。



「ライムの言う通り、貴族が家事をしてはいけないという定義も規定も法もありませんわ。ねぇ、クレインズ嬢? 貴女、私が『貴族令嬢らしくなく庶民の仕事をしている』とおっしゃっていたみたいですけれど、貴族令嬢としてありたいのなら錬金術師など辞めた方がよろしくてよ」


私の疑問にベルは笑いを引っ込めて首を横に振った。

そして、マリーを一瞥してからまっすぐに佇まいを直す。



「私、貴族令嬢としてここに居るわけではありませんの。もちろん、必要に応じて貴族令嬢に『戻り』ますけれど……私は錬金術師になるべく工房に来たのですわ。工房に『使用人』などいません。貴女が権力を振りかざし無給で扱き使っていたのは、私達貴族が『護るべき民』であり学友でもある一人の友人になりえる存在ですわ……今まで何を学んできましたの?」



そういうとベルはフッと腕を組んで相手を見下す様に目を細めた。


 堂々とした態度と凛とした良く通る声は、クレインズと呼ばれた女子生徒へ真っ直ぐに向けられている。

彼女の表情は硬い。

隣にいた中流貴族であるもう一人の女子生徒は、じっと目を伏せている。



「貴族としての実績や権力を振るえるのはあくまで当主ですわ。偉いのは私ではありません。その辺りを勘違いしていらっしゃるから、このように話がこじれるのですわ。気づいていらっしゃらないかもしれませんから『貴族令嬢らしくない』私が分かりやすく教えて差し上げましょう」



そういうとカツカツと工房の床をわざと音を鳴らすように歩いて、ベルは他の工房のお嬢様の前に立った。



「クレインズ嬢、ついでにノクリン嬢。身の振り方を改めないと、あなた方がいる工房の『優秀な人材』は、あっという間に見切りをつけてあなた方を切り捨てますわよ。まさか謝罪の仕方も教えてもらわないとできない、分からないなどとは仰いませんわよねぇ?」



クレインズ家もノクリン家もまともに謝罪ができない貴族だった、なんて社交界で噂が流れたら……どうなるのかしら。


 なんてどこか楽しそうに囁くベルは完全に悪い顔をしていた。

黙り込んだ貴族二人を見てベルは満足そうに笑った後、ぽかんとしているマリーに微笑んだ。



「貴女、確かマリーポットさんとおっしゃったかしら」


「は、はいッ?!」


「よく頑張ったわね。その根性は素晴らしいと思いますわ。掃除も洗濯も料理も大変だったはず……調合はおろか、まともに食事もできていなかったことは、顔色を見れば分かりますわ。食事も満足にできないような境遇に追い込むなんて……貴族以前に人としてどうなのかしら。マリーポット・スイレンさん。同じ上流貴族として謝罪します、嫌な思いをさせて御免なさい。今後、何か困ったことがあったら担当教諭……は使い物にならないのでしたわね。ワート教授に頼みなさいな。割といい加減ではあるけれど、仕事はしっかりこなすし、ある程度の信用はおけるから」



そう言うとベルは踵を返して私たちの所へ戻ってきた。


 とってもすっきりした顔をしている所を見ると、言いたいことは言えたらしい。

静まり返った工房内。

学院長は傍観するつもりなのか何も言わないし、副学長や複数の先生は青ざめているだけ。

ワート先生は「仕事が増える」とどこか遠くを見て肩を落とし、指摘を受けた女子生徒は何も言い返せず俯いていた。


 マリーは、呆然としたままベルをひたすら目で追っていた。

クローブの所の男子生徒は皆押し黙っていて、言葉すら発さない。

沈黙を打ち破るのは『優等生の顔』を張り付けたリアンだ。



「何度も念を押しますが、僕らは工房制度の存続を望んでいます。ただし、組み合わせを変えることには反対です―――…少なくとも、僕は今の工房とメンバーでなければ成長できないので」



リアンの言葉を聞いた学院長が小さく頷いた。

 学院長はどこか嬉しそうに笑っていて、その表情を私とベルに向ける。



「お二人はどうかね」


「私も彼と同じ意見ですわ。何か問題があったとしても、私達は私達で話し合って、手に負えなければワート教授に相談をするようにいたします。ですから、私達を初の工房生として卒業させてくださいませ」



ベルはそう言うと貴族としての礼をした。


 周囲が少しざわついた所で『どうして、そこまで』と同じ上流貴族の二人が呟いているのが聞こえる。

でも、学院長はベルに頭を上げるよう伝えて、私に視線を向けた。



「なるほど、ではライム・シトラール君はどうかね」


「私も二人と同じ意見です。他の貴族と上手くやっていける気はしないし、組み合わせを変えた先でどうなるのか分からないのもちょっと。お店だってこの三人でやってみたいです」


「君たちの意見は分かった―――……少し早いが、コレで見学会を終わらせようと思うのだが、どうかね?」



構わないと思います、と首を縦に振った数名の教師とは反対に副学長は些か不満そうだった。


 何となく面倒ごとの気配がしたので早く帰ってくれないかなーと考えていると、副学長が口を開いた。

隣にいたワート先生が嫌そうに眉を寄せている。



「学院長。上手くいっている工房の生徒を各工房に配置することで、他の工房もうまくいく可能性があります。試しに―――」


「副学長。その話は後で聞きましょう、少なくとも彼らの前で話す内容ではない」


「いいえ、本人たちにも理解をしてもらう必要があります。今回問題のあった工房の生徒も、成功体験のある者が一人いるだけでかなり違うでしょうし」



なるほど、と教員の一人が考えるような顔をしたのが分かる。

 ぎょっとする私を他所にベルとリアンが眉を顰め、私はじっと先生たちの話を聞く態勢に入る。



(私もベルやリアンと離れるのは絶対イヤだけど、どうなるのかは分からないし。学院長とかワート先生、他の人がどう考えてるのかも分かるかもしれない)



分かった所で自分が解決できるとは思えないけど、と思いつつやり取りを見ていると、学院長の表情が明らかに変わった。


 それは副学長が『身分』について触れた瞬間だった。

私たちの工房には庶民が二人、他の工房では貴族が二人もしくは三人という構成だからこのような事態になっている……とかなんとか。



「―――……副学長。この『工房制度』は王の肝入りだと話してあったと思うんだがね。身分に囚われずに優秀な人材を確保するという、国にとっても貴族籍を持たない庶民にとっても希望となるよう、生徒と共に試行錯誤し励むよう言われていると説明もした。なにより、この組み合わせは我々が意図をもって行ったわけではない。錬金術で作ったアイテムで様々な『素質』を考慮した結果、このような結果になっておる」


「―――ッですが! 事実として」


「そうじゃ。アイテムはアイテム。大事なのは組み分けた後の彼らの『選択』であろう。恐らく、この工房の生徒たちも何か間違った選択をしていたら、他の二つの工房の様になっていた筈じゃ。ソレをなぜ回避できたのか……――――それは、彼らが『考え』『感じ』『歩み寄ろう』としたからに他ならん。お互いの欠点は既に把握しているのだろう。やり取りを見ていれば分かる」



そうだな、とワート先生を一瞥した学院長に促されるように、先生は頷いた。

 軽蔑にも似た感情を副学長に向けているのが私にも分かった。



「ええ。彼らは最初から『上手く』いっていたわけではありません。それでも各自が目指すもの、望むものを掴み取る為に『自分』以外の他人に興味と関心を寄せ、理解しようとしたからこそこの関係がある。本人たちは無自覚だったとしても、彼らは自分に必要だと思ったことをしている。欠点で言えば、そうですね……ライム・シトラールには『人の多い場所』での生活経験がなく育ちも特殊で問題を起こす可能性が高かった。リアン・ウォードは知識はあれど体力面に不安があり、人を思いやることを苦手とする一面があります。ベルガ・ビーバム・ハーティーは『錬金術』に対する情熱や興味が著しく低く、学習意欲も薄かった」



恐らく他の工房生も問題や欠点はある筈ですよ。

 そう、先生が視線を向けると、女子生徒ばかりの工房を受け持っていた教師が視線を逸らした。



「我々の側にも問題があったのは、副学長も分かっていらっしゃるはずだ。問題を起こした工房の教師は一度も彼らの話を聞いていないのでは? それを踏まえて、私は生徒の側に負担を強いるのではなく、まずは我々の体制を整えるべきだと思いますがね。入学金を受け取っている以上、生徒である彼らの希望を可能な限り聞いて学習しやすい環境を提供するのが我々の仕事でもあります―――……彼らは上手くいってはいますが、どうなるのかは分かりません。ですが、彼らは三人で頑張りたいと言っているのですから、やらせてやるのが我々の仕事かと」



堂々とした先生の言葉に私は胸をなでおろし、ベルとリアンが小さく息を吐いたのが分かる。

 固唾を呑んで見守っていた他の工房生も先生の言葉で顔を見合わせて、そして何かを考え始めた様だった。


 狼狽えているのは教員ばかりでそれが何だか、滑稽に視える。



(大人って、私たちが思ってるほど『大人』じゃないのかも)



そんなことを考えた私の肩にぽんっと節くれだった、皺が目立つ大きな手が乗る。

優しくトン、トンと二度ほど肩を叩いて高そうな錬金布が私の横を通り抜けていった。



「副学長、そして先生方。まずは我々が話し合わなければ。これ以上生徒の前で醜態をさらすのは気が引ける。不信感や不安を与えてしまった工房生たちには、明日にでも説明できるようこれから取り急ぎ意見をまとめるとしよう――――……すまなかった。我々も『工房制度』については手探りでな……教員の足並みが揃わず迷惑をかけた。犯してしまった罪は罪じゃが、それを止めることができなかった落ち度は我々にもある。申し訳ない」



そういって頭を下げた学院長は、各工房生に金貨を一枚乗せた。

 お金を渡す意図が分からず、首を傾げた私に学院長は申し訳なさそうに笑う。



「各工房でゆっくり話し合うといい。その金は、飲み食いする為に使う事じゃ。腹が減っていてはまともな話し合いもできまい……明日、改めて各工房に担当教師を向かわせる。そこで君たちの話と意見を聞かせてもらえんだろうか。我々も、君たちも『これから』が大切だと儂は考えておる」



出来ること、出来ない事、話さなかったこと、話したかった事、沢山あるのではないかと学長は話して最後に



「よいか。年若い錬金術師の卵たちよ。自分たちの未来を決めつけてはならん。錬金術と君たちの未来は似ておる……失敗も成功も、組み合わせ次第、考え方次第じゃ。価値のないものに価値を持たせるのも、価値があるものを無価値にするのもその心と腕次第――― 身分という小さな分類に惑わされているようでは、『錬金術師』としても『人間』としても未熟なまま終わってしまうぞ」



工房生全員の瞳を見回しながら告げた。


 この後、副学長は何かを考え込んだ様子で学院長の後を追い、担当教員たちが我に返ったように見学していた生徒たちを連れ出していく。

パタン、とドアが閉まってワート先生と私たちが残った。

 深くて大きなため息の後、気まずそうに頭を掻いた先生は私たちを見て目を細める。



「―――……よくやった。お前たちが『見せた』ものは、きっと無駄にはならん。王が推奨している制度で、今の所唯一の成功例だからな。下手につついて成果を台無しにするようなことはしないさ。教員は全員貴族籍持ちだ。一代限りの男爵だとしても、王の期待がかかっているのは理解してる。失敗は避けたいだろうから、お前たちは今まで通り好き勝手やってくれ」



程よくだぞ?といつものように軽口を叩いた先生に私たちは顔を見合わせて、思わず口元が緩んでいくのが分かった。



「分かっていますわ。あまり気を遣われるとかえって不気味ですもの、私達のことは今まで通り近くも遠くもない距離で見守ってくださいませ」


「意外と僕らを見ていることが分かって驚きましたが、まぁ、一安心はしました。これからもよろしく頼みますよ、ワート教授」


「これからもよろしくお願いします! あ、でも割と私の評価は心外だったんですけど。問題ばっかり起こす爆弾みたいな言い方しなくっても」


「人を見る目はありますわね」

「そうだな」


「………先生、私はやっぱもっと優しい工房生なかまがいい」



いつものように思ったことを口にしていると、先生は笑いながら工房から出て行った。

 パタン、としまったドアを見つめて私たちはそれぞれ自分の指定席に向かう。


腰を下ろして凝り固まった肩を解したり、目元を揉んだりして一呼吸入れた後、誰が言うでもなく『草臥れてはいるけれど、まぁ、大きい背中ではある』と三人でワート教授をコッソリ評価した。







ここまで読んでくださってありがとうございました!


今回長いので、誤字脱字が心配です。いつも以上に。

とりあえず、気づいた点などは随時訂正していこうと思っておりますが、誤字報告などで教えて下さると本当に助かります。

なぜ、いつも間違うのか。それが問題ですね。ほんとうに。


 感想やブックマーク、アクセスだけでもとても有難くモチベーションが上がります。

いつも読んでくださってありがとうございます、今後ともお付き合いいただけると幸いです。

季節の変わり目ですし、体調には気をつけて下さいね。

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