115話 留守番の成果と測定結果
長かったので、分けました!
これでもまだ長いって……どういう事だ…
以前感想を頂いた「測定器」についてもちょこっと。
改めて感想有難うございました!
何処かで書こうと思っていて忘れていたので、丁度良かったというか……ありがたや。
そして更新が遅くなりがちです。
……はたらきたくないぜ……
目の前には湯気を立てている紅茶が行儀よく置いてある。
私が良く使っている陶器のカップに並々と注がれていて、美味しそうではあった。
手を伸ばしてカップに触れた所で深いため息が耳に飛び込んでくる。
窓側のソファ側にそぅっと視線を向けて『見なきゃよかった』と後悔したのは言うまでもなく。
視線を向けると夕日を背負ったベルが呆れ果てた、とでも言うように私を半目で見つめている。
「調合しているとは思っていましたけど、まさかソファに辿り着く前に力尽きてるとは思いませんでしたわ」
「た、辿り着いてから力尽きたから大丈夫。次は上手くやるつもり」
「おバカ。あのねぇ、魔力の使い過ぎと眠気で気を失うように熟睡って褒められたことじゃないの」
「ベルの言う通りだ。警備用結界があったからいいものの……全く。常識がないと思ってはいたが、警戒心や危機管理能力がこれほどまでにないとは思わなかった。必要最低限の自衛もできないのに、今までよく生きていたな」
ベルの横に座っていたリアンが足を組みなおして、手に持っていた紅茶を一口飲む。
気まずさに目を逸らして工房内を改めて見回してみた。
一人だけだった工房内には、結構な人数がいてホッとするやら落ち着かないやらだ。
台所にあるテーブルにはエル、イオ、そして貴族騎士とサフル。
四人は何か熱心に話しているみたいで楽しそう。
ミントとディルは、ベルたちの向かい側。
調合スペースを背後にした応接用ソファに座って、静かに紅茶を飲んでいた。
全員、私が眠っている間に着替えたらしい。
「警備用結界もあったし、そこまで警戒する必要ないと思うんだけど。私だって、結界がなかったら、ちゃんと杖を握って寝てたよ」
失礼な、とリアンに抗議するとベルとリアンが頭を抱えた。
考えてもみなかった反応に思わず眉を顰めると、ベルがため息を吐いてから私を見る。
「……どこで?」
「え? 何処って、そりゃ玄関が見えるこの辺で」
何言ってるのさ、と首を傾げた私に二人は顔を見合わせて深く息を吐く。
私はと言えば、どうしてこの二人がそういう反応をするのか、さっぱり分からなかったのでミントとディルに助けを求めた。
騎士科の二人と貴族騎士は遠くにいるし、助けては貰えなさそうだったんだよね。
(そういえばあの貴族騎士はどうして工房にいるのかな。まだ名前も知らないし)
販売会でも見かけなかったし、と不思議に思いつつ騎士科の三人から視線を外した所でディルが口を開いた。
「基本的に、住人を害そうとする人間は正面玄関を使わない」
「そうなの? 入りやすいのに」
「入りやすいということは、目撃されやすいということになる。だから、明るい時間帯に襲撃することはない。仮に、夜だとしても侵入経路は窓や裏口、煙突、屋根裏、床下あたりから侵入する。建物の構造や相手の性格なんかも考慮するが……まず間違いなく玄関は使わない」
考えもしなかった言葉を返されて感心していると、ミントがベルやリアンを落ち着けるように穏やかな口調で話しかけた。
驚いていなかったところを見るとミントも知っていたんだろう。
一般常識の類いなのかな、と腕を組んだ私を他所にミントの声が響く。
「ライムのおばあ様が防犯面で妥協していたとは思えませんし、ライムが知らなくても不思議ではないと思います。私たちシスターや騎士の家系、商人といった『襲撃される』危険性の高い人間は知っていて当然の常識ですけど……」
「ミント、錬金術師も立派な『襲撃対象』ですわよ。学院では貴族が多いですし、でもこういったことは『教わっている』『知っている』のが大前提。まして、身内に有名な錬金術師がいたなら学習していてもおかしくないと思いませんこと? 警戒を怠ったら危険な事態にもなりかねない危機感という物はある程度、自然に育ちますわ」
「一般家庭の人間でも、こういった場所で眠ることはあり得ない。田舎ならまだしも、首都だぞ? 多くの人間が出入りするんだ。寝る時は自室で寝るのが基本。戸を開けてすぐに住人が『どこ』にいるのか確認が取れる場所で眠るなんて、襲撃者側にとっては襲ってくれ、もしくは家の財産を自由に持って行けと言っているようなものだ。最近は比較的安価な警備結界もできてきて、中流家庭くらいなら各自室に備えている者も多いと聞く」
優しいミントの言葉を綺麗さっぱり両断した二人は、渋い顔のまま紅茶を飲み干した。
ベルはお代わりを入れてくる、と立ち上がってリアンは興味を無くしたようで、懐から手帳を取り出した。
起き抜けにベルとリアンに怒鳴られたのを思い出して、二人とも言いたいことを言ってスッキリしたんだろうと見当をつけた。
いつものことなので特に気にせず紅茶を飲んでいると、ミントに名前を呼ばれる。
「え、えーと……ら、ライム! 今度教会に来た時は護身術を少し教えますねっ」
笑顔を浮かべてぎゅっと両手の拳を元気付けるように握ったミントはシスター服も相まって、神様みたいにも見えた。
「わぁ、いいの?! 私さ、護身術っていうのを覚えて粗方出来るようになったら、一人で採取に行ってみたい」
「それはダメです」
「全部言わせてよ……うう。護身術もそうだけど、杖と爆弾とアイテムがあればリンカの森位は一人で行けると思うんだ。ほら、あそこ駐在騎士の人もいるし!」
「絶対ダメです」
「えー……それなら、ミントに護身術教えてもらう意味がないと思う」
「護身術は身に付けて損はありませんっ! 此処は首都ですから、色々な人が来ます。善良な人ばかりだと言い切りたいところですが、そうでないのも事実……もし、ライムが不届き者に押し倒されたりとか襲われたら? 私やベルさん達がいつも傍に居られるとは限らないんですから、いざという時に力いっぱい潰せるように訓練はしておくべきです。どこをとは言いませんけど、力加減とかちゃんと教えてあげますから安心してください。本気で潰す時と、脅しで力を加える時はちょっと違うんですよ。昔犯罪奴隷で嫌って程実践させられましたから秘かに得意で」
キラキラした目で私に話しかけてくるミントは可愛いし美人なんだけど、ちょっと、怖い。
チラッと周囲に視線を向けると、ベル以外がミントから全員顔を背けて小さく震えていた。
顔が青い。
護身術は習いたいので頷こうとしたんだけど、台所から戻ってきたベルがミントのカップに紅茶を注いだ。
「ミント。多分ですけれど、ライムにその護身術を教えるくらいなら、サフルやその周りを鍛える方が効率的ですわ。使いどころの判断が正しくできなければいけませんし、ライムは“そういう状況”に陥っても護身術のことを思い出すとは思えませんもの。戦闘技術とセンスが皆無なのを忘れてはダメですわ。そもそも、ライムは私たちとは違う次元の生き物だと思っておいた方がいい―――…そうでしょう?」
「え、何その暴論」
さり気なくどころか盛大に私の事馬鹿にしてない? と抗議を兼ねて口を開きかけたんだけど、ミントの方が早かった。
真面目な顔で何度か頷いた後にチラッとリアンやサフルに視線を向ける。
二人がビクッと怯えたように一瞬肩を揺らしたのを私は確かに見た。
「―――……それもそうですね。分かりました。ベルさんが言う様に、ライムに潰させるのも嫌です。となると、一緒にいるサフルやリアンさん辺りを鍛えた方が確実ですよね。エルさんとイオさんはどうしましょう?」
「そっちは死に物狂いで頑張るでしょうし、放っておきましょ」
「わかりました。ベルさんっ! ライムの事、これからも宜しくお願いします。私も一緒に居られたらいいんですけど、シスターなので教会からあまり離れられなくて」
しゅんっと肩を落としたミントに、リアンが手帳から顔を上げて固まっているのが見える。
顔色は蒼白。
止めようとしたのか、無意識なのか手帳を持っていない手をミントに向かって伸ばしかけていた。
「ライムの事でしたら、学院の教師から『面倒』を見るようにと言われていますの。それに、弱いものを護るのはハーティー家としては当然の事ですから、お気になさらないで。ライムが非常識で警戒心も戦闘技術も致命的にない上に、そっち方面での成長がまるで見込めなくっても見捨てたりしませんことよ。その、ゆ、友人でもあるわけですしっ」
「いや、ちょっと待て。僕は一言も鍛えて欲しいとは言ってないんだが」
「リアンさんは体力さえつけば、致命的な欠点がなくなると思うんです」
「おい、ライム。君も止めろ」
「私の話聞いてくれるならもうこんなことになってないと思う。なんでみんな私に戦闘訓練してくれないんだろう」
「君を訓練した所で報われる未来が一向に見えないからだ」
「………リアンのばか」
「少なくとも君よりは賢い」
嬉しそうに話すミントとベルを眺めながら、私とリアンはお互いに二人の会話を聞かなかったことにすると決めた。
「なんだか私の周りの人がどんどん辛辣になってくんだけど、これって首都だから? 一人でいる時『私は恵まれてる』って思ったけどコレ本当に恵まれてるのかな、自信ないんだけど。あと、なんか騙し討ち的に精神攻撃受けてるような」
「………人の価値観はそれぞれだ」
リアンから同情めいた視線が向けられたけど、ちっとも嬉しくない。
ムスッとした所で私はふと、改めて工房内を見回す。
不思議なことに私一人だった時とは明らかに温度が違うんだよね。
床から這いあがってくるような冷たさが、全く感じられない気がする。
肩の力が抜けるような温かさと、自分以外の誰かがいるっていう実感がようやく湧いてきた。
夕日に照らされて橙色に染まった工房内には、私以外の人がいて、話をして、動いている。
実家にいたらまず見なかった景色だな、と目を細めていると、黙り込んでいたリアンが、そう言えば、と空気を換えるように口火を切った。
「ライム。君が魔力切れで倒れていたのは、何故だ? 中級ポーション程度で魔力切れになるとは到底思えないんだが」
「言われてみるとそうですわね。ライム、貴女一体私たちがいない間に『何』を『どの』程度調合しましたの?」
ちょっとこのテーブルに並べて下さらない、とベルに言われたので頷いて―――……作業台に置きっぱなしになっていた小箱を三つ取りに行く。
立ち上がった私を確認したらしいエルやイオがこちらへ近づいてきて、貴族騎士とサフルが遠めにこちらを伺っているのが見えた。
「調合したのは【中級ポーション】【研磨液】【ミートパイ】【アリルのパイ】【蜜月の酒】とコレだよ。あ、サフル。悪いんだけど地下からスープを持ってきて、台所に運んでくれるかな。調合した物の説明したら晩御飯にするから」
かしこまりました、というサフルの声を聞いてから魔石ランプをテーブルに置く。
明かりを灯してから調合した物を全てポーチから取り出していく。
調合したミートパイやアリルのパイもサフルに頼んで台所へ。
ベルがキラキラした目でパイを追いかけていたのは、少し面白かった。
リアンが呆れた顔で調合した物の名前と数をメモしたのを確認してから、各種一つずつ残してサフルに地下へ運んで貰った。
大分スッキリしたテーブルの上に残った小箱に視線が集まっていたので、丁度いいやと三人の前に置く。
「で、コレがベル。こっちのがミント。最後にコレがリアンに渡す為に作ったんだ―――……開けてみて」
私の言葉に、不思議そうな表情のまま箱を開けた三人。
ディルや騎士科の面々も興味深そうに箱を見ているので少しだけ緊張する。
誰かにこういう形で何かを渡すのは、二回目だ。
「これ、って……宝石、ですよね」
「ううん。違うよ。これは【結晶石の首飾り】っていうアイテム。ミントも知ってるでしょ、誰にでも作れる一番簡単な装飾品の一つ。石はほら、盗賊を捕まえに行った時に採石した結晶石を使ったんだ」
出来るだけ綺麗なものを選んだんだけど、といえばミントは呆然としたままだ。
どうしたんだろう、と顔を覗き込もうとする私にベルが声を掛ける。
じっと首飾りを色々な角度から観察しているのがまた怖い。
「コレ、本当にあの時の結晶石ですの……? どう見ても……」
「ライム。これは測定済みか」
「へ? ああ、ううん。リアンに頼もうと思ってたから……でも、そっか。測定器があったっけ。試しに調べてみようかな」
立ち上がりかけた私より早く、ベルが立ち上がった。
私が持ってきますわと一言告げて、共用道具の棚から大きな板を運んでくる。
「使うのは学院からの支給品で構わないわよね?」
私たちが頷いたのを見て、ベルが自分の首飾りを置こうとしたけれど、ミントが震える手で【結晶石の首飾り】をベルに差し出したことで、最初に測定することに。
「そういえば、測定器って言っても種類が結構あるんだよね。私が知ってるのは液体専用の測定器、ルーペ型の測定器の二つだけど」
液体専用の測定器には鑑定したい液体を一滴垂らさなきゃいけない。
測定結果は直ぐに出るんだけど、測定したい液体が少量しかない場合は困るんだよね。
それに液体専用の測定器には形がいくつかあって、品質だけが分かるペン型と板型がある。
ペン型は主に生産者って呼ばれる農家の人とかが良く使う。
板の方は小さな窪みに液体を垂らす感じになるから机の上に置いて使用する。詳しい測定結果が求められる薬屋さんや研究所、錬金術師などが一般的に使っている。
測定器って言うのは割と普及しているんだけど、その理由が書類作成の為に必要らしい。
国や領主に提出する書類に品質を書き込まなきゃいけないから、小さな町や村にも一つは置いてあるんだってさ。
「ああ。用途によって大きさや性能、形も変わってくる」
「やっぱりね。私が持ってるのって板型とペン型だけど、板って結構重くてさ。大きいし」
「仕方ありませんわ。色々なものの品質や効果を測定する為に、ある程度の大きさは必要ですもの」
そう言いながらテーブルに青銅石に似た色と質感の測定器へ視線が集まる。
学院から支給されたのは、厚さが五センチで縦横 五十センチの正方形の測定器だった。
私が個人的に持ってきたのは三十センチほどだけど、何が違うのか正直良く分かってなかったりする。
「実はこのタイプの測定器って使ったことないんだけど、この溝の中に鑑定結果が出るんだよね? 確か」
比較的大きな測定器には、結果を表示するための溝がある。
一度に置けるものは一つ。
魔力を測定器に流せば、乗せたモノの鑑定結果が出るっていう簡単な使い方なんだよね。
鑑定するのは【結晶石の首飾り】になった。
ベルが測定器に置く。
それを確認して、いよいよと測定器に触れようとした時だった。
「じゃあ、魔力を…―――」
「待ちなさい。魔力なら私が流すわ。一応回復したとはいってもついさっきまで魔力切れで寝ていたのだから」
ベルに真面目な顔で注意されてしまったので、仕方なく頷いた。
自分でやってみたかったのにな、と頬を膨らませているとベルはさっさと板に魔力を流し始める。
魔力を流し込まれると、青銅石のような見た目だった測定器が淡く光って磨き上げられた硝子みたいに透き通っていく。
おお、とエルやイオといった測定器に馴染みのない人から声が上がった。
「出たわね。読み上げるわよ。 『 品質:S 効果:聖なる加護 』って……これだけ、みたいね。アイテムの名前も表示されないとは思わなかったわ」
「うん。それに効果も一つだけしかない。……結晶石の品質も良かったし、あと一個くらい何かついてるかと思ったんだけどな。聖なる加護ってのは多分、聖水使ったからだと思うけど」
具体的にどんな効果があるの?と聞くと答えは意外なことに、エルから返ってきた。
「ああ、それなら『アンデッド系のモンスターや魔物から発生する疫病や瘴気の影響を受けなくなる』んだよ」
答えが返ってきたことに驚いてエルを見ると、全員に注目されたエルが狼狽えて数歩後退っていた。
「エル、なんで特性の効果知ってるの?」
「アイテムの効果―――…というか、まぁ主に装備品についてる効果なんだけど、そういうのは図鑑で調べるようにしててさ。学院に図書室があるからタダで読めるし、高い金払ってるんだから有効活用しねーと勿体ねぇし。あと、そういうのって知っておいた方がいいだろ? んで、武器とか装備品についてると便利そうな特性は粗方な。流石に全部は覚えてねぇけど……狙ってた効果の一つが『聖なる加護』だったってだけ」
大したことじゃないと肩を竦めるエルに思わず拍手する私とミントをよそに、ベルがエルの頭からつま先までじろじろ眺めて感心したように頷く。
「へぇ、意外と頭も使ってるのね」
「意外とって……ある程度頭使わねぇと死ぬだろ、流石に。今はまだいいけどよ、人間並みの知能を持ったモンスターや魔物だっているんだ。あぁ、それと補足効果で『体力が回復しやすくなる』って利点もあった筈だぜ。便利だよな」
「一つの特性に二つの効果ってなんかお買い得な感じするよね」
「だよなっ! ライムなら分かってくれると思ったんだ。お貴族様なんかじゃぜってぇ理解できねーと思うしな、この感覚は」
ニッと笑ったエルがミントの後ろから、測定器の上の首飾りを観察し始める。
色々な角度から首飾りを見てリアンを見た。
「これ、売ったら金貨一枚にはなるよな? 上位効果ついてて、それが有用なものだと金貨一枚スタートって武器屋のオヤジから聞いたんだ」
「え、うっそ!? これに金貨一枚!? うっわ、装飾品こわっ! 私もう触れないわ。無理。そうだ、リアン。首飾りに使った材料費は全部私持ちだから、私の好きにしていいよね?」
大体の売値を聞いて驚きつつリアンに視線を向ける。
リアンは難しい顔をしていたけれど、何度か名前を呼ぶことで我に返ったらしい。
呆れている私達を他所にリアンが眼鏡の位置を直して小さく咳払いをした。
ミントに一言断ってから測定器に載せられた首飾りを手に取る。
何をするんだろう?と不思議に思いながら見ていると、ペンダントを魔石ランプの光に翳したり、結晶石をじっと見つめたり何かの確認作業をし始めた。
(板についてるし、宝石の取引とかもしてたんだろうな。うう、リアンとはいえ商人に作ったアイテム凝視されるとか緊張する。素人が作ったのは百も承知だと思うけど、針金細工の所を凝視されるのは勘弁して欲しい)
落ち着かない私を他所に、チェーンの部分や針金で加工したペンダントトップを熱心に視ているようだった。
数分後、普段通り無表情になったリアンが小さく息を吐く。
「エルの言った金額ではないにしろ着眼点は悪くない。この首飾りは最低でも金貨二枚スタートといった所だ。使われている結晶石がジェムクラス―――…俗にいう宝石品質だからな。透明度もあるし、研磨すれば宝石として売れる。それに加えて上位効果が複数付いた『錬金アイテム』であることを踏まえると、市場価格で言えば金貨三枚が妥当だ」
興味深そうに結晶石を眺めるリアンとベルにミントが慌てたように口を挟んだ。
いつも穏やかなミントが慌てるのは珍しい。
私だけじゃなくて他の人も皆、ミントを見ていた。
「ち、ちょっと待ってください! 先程、測定結果を読み上げたベルさんが効果は一つしか付いていないって」
「この測定器では表示されなかっただけだ。一般的な測定器だから上位効果が一つ分かっただけでも十分だろう。他のモノをこれで測定しても、上位効果が複数付いていれば一つしか表示されないか、表示自体されない可能性が高い。僕らはまだ錬金術師として未熟であり、知識や技術、そして高品質の素材などを使わないと上位効果が付かないことは教員も把握している――……上位効果を判別できる測定器は高いから、入学したての生徒には貸し出さないだろうさ。ライムが持ってきた測定器ならばできるかもしれないが……高品質の測定器は一般的なモノよりも魔力を喰う」
「ねぇねぇ。私が持ってきた測定器を鑑定してくれないかな。使えそうなら、リアンがいない時とか手が離せない時に自分たちで鑑定できるし」
「ですわね。まぁ、魔力がある程度残っているというのが大前提になりそうですけれど……今までも、調合中に声は掛けられませんでしたし、鑑定結果は早く知りたいですもの。いっそ、私も測定器を買おうかしら?」
「君たちは本当に僕を何だと……いや、今更か。とりあえず、測定器の購入や運用については明日話し合おう――――……ミント。この首飾りの鑑定結果だが、効果は『聖なる加護』『緑の加護』『明暗視』『毒無効』『安息の祈り』の5つ」
え、と誰かの声。
視線がリアンの手の中にある首飾りに集中した。
測定器の結果を見た時以上に心臓がうるさくて、呼吸もしにくい。
ゴクッと生唾を飲んだところでリアンがミントを見て緩く首を振った。
「その上、アイテム名が【ミントの首飾り】になっている。個人名が詳細鑑定で表示されるということは、作成者であるライムが無意識のうちに『ミント以外の所持を認めない』と念じたと考えていい。つまり」
「つ、つまり……?」
「諦めろ。コレはミントのモノだ。なにより、これはライムが自分自身で材料や必要なものを買い揃えた様だし、僕らとしても文句はない」
そう言ってリアンがミントへ首飾りを渡した。
震える手で首飾りを受け取ったミントが助けを求めるように私を見るので、思わず苦く笑う。
「高価な装飾品を持つのが怖いって言うのは分かるよ。でも、受け取ってくれると嬉しいかな。一応、と言うか結構一生懸命作ったんだもん」
ミントが怪我をしない様に、って考えてさ。
綺麗な緑色の瞳に私の顔が映ったのが見えて口元が緩んだ。
「それにこれはもうミントに贈った物だから、いらないなら売ってもいいよ。私からミント以外の誰かに渡すのは嫌だけど、ミントがどうするのかまでは私には決められないし」
売るという言葉にミントは驚いたように目を瞬かせて、戸惑ったように首飾りと私を見比べる。
けど、その手にある首飾りを握り締める手にはそれなりに力が込められてるみたいで、少しだけ安心した。
「実はさ、初めてできた大事な友達が怪我したり、危ない目に合うのが嫌だからお守り代わりに『結晶石の首飾り』を作ろうって思ったの。だからミントだけじゃなくて、ベルやリアンにも作った。後でエルやイオにも作るし、ディルにもまた何か別のモノを贈れたらって思ってる」
「ら、ライム……ッ」
感極まったように緑の瞳が潤むのを見て急に気恥ずかしくなってきた。
逃げるように俯けば、自分が寝間着のままだってことに気付く。
内心寝間着姿でずーっといたことに驚いている間も、音がしない。
不思議に思って顔を上げると、全員が私を凝視していた。
何故かみんな驚いたように目を見開いている。
「あと、ほら。ミントがエルみたいに死にかけて運ばれてきたら私、手持ちの薬全部使い果たすくらい動揺するだろうしッ!」
薬代の節約になるかもしれないから持っていて、とミントの手をぎゅっと握る。
すると、遠慮がちにだけどミントは確かに頷いた。
ほっとして手を離すとがっくりと肩を落としたエルが、顔を覆って項垂れているのが視界に入って不思議に思う。
「ライムぅ……お前、それを今ここで言うのかよ」
「だってミントとベルが腕ちょん切られて運び込まれたら、おばーちゃんの薬でもなんでも全部ぶっかけたり飲ませる自信あるもん。そしたらお財布担当のリアンも倒れるだろうし、私あんなにドキドキするのヤだもん」
素直に思っていることを口にするとエルと貴族騎士以外の人が深く頷いた。
どうやらこれから全員分の首飾りや装飾品を作って渡しても、拒まれたり突き返されることはなさそうだ。
ほっと一安心して肩の力を抜いた私に、ミントがとても大事そうに首飾りを撫でて、そして綺麗な涙を一粒零して私に笑いかけてくれた。
(『死んでも大事にします』かぁ……迷惑ではなかったって事でいいのかな)
ここまで読んでくださってありがとうございます。
誤字脱字、そして漢字変換の間違いなどがありましたら是非是非誤字報告等でお知らせいただけると幸いです。
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