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109話 商売の行方と朝市

大変遅くなりました。

そして、すっかり忘れていたキャラが再登場。




 混雑が予想されるから、ある程度覚悟をしておくようにと言われていた。



 最大上限の買い物を済ませた騎士が列から外れて、直ぐに新しい人が注文を口にする。

元々静かだった訓練場に響くのは、注文を口にする騎士の声と淡々と金額を復唱する私たちの声のみ。

時々商品を交換する為の指示が入る位で騒めきとは無縁の静かな光景は、ちょっと異常だ。



(リアンが言ってた覚悟ってこれ、じゃないよね。始まって直ぐに営業用の笑顔が一瞬固まってたし)



手渡されるお金は、お釣りがないようにぴったりだ。

 もう結構な人数に結構な数の商品を売ってるけど、お釣りを出したことはまだ一度もない。



「回復薬各種と備蓄食料を上限でお願いします」


「はい。アルミス軟膏、初級ポーション、クミルのクッキー、オーツバーを一つずつですね」



 注文を繰り返すとベルが商品を袋に入れる。

私はその間にお金を受け取って、直ぐにベルによって商品が引き渡されていく。


 百しか用意できなかった【初級ポーション】と【クミルのクッキー】はすぐに売り切れた。

一番多く用意した【オーツバー】だけでもと買ってくれて、予定していた時間よりも早く完売。


 最後の一つを売り切った所で、騎士の人たちが元居た場所にピシッと並んでいることに気付く。

てっきりそのまま荷物を置きに行って各自自由に!って感じなのかと思っていたんだけど、違うみたいだ。


 リアンは淡々と片づけを指示してサフルに空になった木箱を荷台に積むよう告げてから、私に会計箱を手渡す。



「覚悟しとけって言うのは、この状況のこと? 私もっとこう、お客さんが殺到してきて大変なことになるかもしれないって考えてたんだけど」


「いや……僕も君が想像していたようなことを考えていた。まぁ、そうならない様にミルフォイル副団長殿が指示を出して下さったんだろうな。完売して買えなかった者から不満が上がらないのも、開店すれば商品を購入できると伝えて下さったようだ」


「な、なるほど。騎士団ってすごいね」



流石エルやイオが目指している『騎士』なだけある、と感心しているとベルが呆れたように息を吐いた。

 振り返るとベルが凄くいい笑顔で大斧を持って楽しそうに騎士の人たちを眺めている。



「毎回こういった対応はしていない筈だから、勘違いしない方がいいわ。今回は、騎士にとっても騎士団にとっても『そうするだけの価値』があると思われてるって事」



もし、お眼鏡にかなわなければ直ぐに放置されるでしょうね、と何でもないことの様にいってるけど、言葉の内容より斧が気になる。


お陰で内容を理解する前に適当に頷いてた。



(手合わせする気しか感じられないんだけど。早く捌けて良かったわってソレ、さっきまで商売してた人が言っちゃいけない言葉な気がする)



 綺麗な赤い瞳がギラギラしてて、凄く怖い


うっかり後ずさった私は、リアンがそっとベルから視線を外したのを確認した。

何とも言えない沈黙に耐えられなくなる前にサフルが戻ってくる。

 エルやイオはピシッと直立して周囲を警戒しているようだ。



「ライム様、リアン様。木箱を積み終わりました」


「あ、ああ。わかった。それと……サフル、武器と防具を身に着けろ。壊れそうなものは外しておいた方がいい。それと覚悟を決めておけ」


「………はい」



サフルもベルに気づいたらしく笑顔が一瞬で凍り付いた。

荷台に剣や防具を乗せたままだというサフルの背中を眺めていると、リアンが小さく息を吐いてメモ帳に何かを書いていく。



「すまないが、帰りにコレを購入しておいて欲しい」


「いいけど……あー、そっか。中級ポーションの材料一個足りないんだもんね。ちょっと多めに買ってもいい?」


「領収書はリアン・ウォードで貰ってくれ。学院にも提出しなくてはいけないし、代表は僕だから僕の名前で問題ない」


「分かった。あ、そうだ。イオから魔物素材について詳しく載ってる本があるって聞いたから、古書店に買いに行くんだけどリアンとかベルは何かある?」


「……君が読んでいない時に、見せてもらってもいいか? 役立ちそうなら僕も取り寄せたい」


「私は【可燃性鉱石】が欲しいですわね。火薬は市販のモノを使っていますけれど、自分で作った方が品質の調整がしやすいと聞きますし」


「火薬か。それなら僕も【火の粉薬】は作っておきたい。君の分を含め、一人二つずつ買って来ておいてくれ。爆弾の類はあっても困らないからな。ああ、密閉瓶も見て良さそうなものがあれば見繕って欲しい」



そう言って手渡されたメモには


【リラの花】 五百グラム (要状態確認のこと)

【可燃性鉱石】 六個

【密閉瓶】  状態のいいもの(ヒビなど確認)


と書かれていた。



 リアンらしいな、と思いつつメモをポーチにしまい込む。

エルとイオが近づいてくるのが見えた。

その背後では副隊長さんが傍に控えていた人に指示を出している。


 訓練場を改めてみると、前に来た時より広くなっていて物が少なくなっているような印象を受けた。



「悪い、そろそろ手合わせをしたいって副隊長からの言伝だ。準備ができたら副隊長の方に向かって欲しい。手合わせをするのはライム以外の三人でいいんだよな」


「ですわね。私はもう準備はできています。サフルは防具をつけ終われば問題ないですし、リアン。貴方は?」


「………一応、準備はできている」



楽しそうなベルとは正反対の、凄く嫌そうな表情を隠すことなくリアンが口を開く。


 よく見ると腰のホルスターには三種類の鞭らしきものの柄が見える。

ただ、防具を着けているようには見えないのでマジマジと全身を眺め、そしてベルにも視線を移す。

ベルも防具を着けているようには見えなかった。



「二人とも、防具はないの? サフルには『ウルフ革の胸当て』とか買ったみたいだけど、いつもの服装と変わらないよね」


「私はちゃんと防具着けてるわよ。服の中にだけど」


「僕もベルと同じだな。僕はあまり重たい防具は身に着けられないから、大体服の中に着てるぞ。強度はあまり強くないが、致命傷は避けられる」



胸当てもしているぞ、とリアンが服のボタンを外して中に銀色の胸当てをしているのを見せてくれた。


 ベルもほら、とお腹の辺りのボタンを外して見せてくれたんだけど、こっちはコルセット型の防具らしい。



「……なんかすごい」


「そういう事だから大丈夫よ。ああ、それと明日の帰宅は昼過ぎになるわ。実家に連絡して、実家にある魔道具を工房に設置するように伝えてあるから ―――……明日は私たちが帰るまでライム以外誰もあの工房には入れないから気を付けて頂戴。必要なものはこの後まとめて買っておくといいわ」



 ベルは何でもないことの様に『魔道具』について話し始める。


まず、警備結界の範囲が庭を含む工房全体で一度中に入ってしまえば、魔力を登録しているベルが帰らないと解除されない。


次に、今はベル専属の執事が留守番をしているそうだ。

ベルの鍵を使って工房の中で待機しているらしい。

私が帰ってから執事さんの判断で警備結界の魔道具を作動させる手はずになっている、と口頭で説明された。


 予想もしていなかった事態に口を開けて固まっていると、額を抑えたリアンが深いため息と共にジロリとベルを睨む。



「―――……僕もその話は聞いていないんだが?」


「言ってなかったもの。別にいいじゃない、ライム一人でアイテムと一緒に置いておく方が危ないでしょ。開店の話ももう広まってるんだし、今回の販売のこともあるわ。ある程度の備えはしておくべきよ。どうせライムのことだもの、私とリアンがいない間はずーっと調合してるわよ」



 そう言いながらベルはこちらに向かってくるサフルを見て、騎士団の人たちがいる方向を楽しそうに一瞥した。


 大きな斧をヒョイッと担いで私たちに背を向ける。



「そういうことだから、ライム一人残すのは悪いと思ってるのよ。私も。本当なら楽しい夜間訓練に参加させてあげたかったんだけど、今回は我慢して頂戴ね」


「楽しい…? 地獄の間違いだろう誰がどう考えても」


「リアン、ベルに聞こえてないよ。もう行っちゃった。サフル引きずって」



ほら、と指さすと襟首を掴まれたサフルがずるずると引きずられていくのが見える。


 こっちに助けを求めるような視線を送られても、私にはどうしようもない。

リアンはそれを見て分かりやすく口元を引き攣らせたが諦めがついたようだ。

深い、深いため息を吐いて懐から財布を取り出した。



「――……乾燥果物を持っていたら売ってくれ」


「え。持ってるけど、売るって……元は工房の資金で買ってるんだからお金は貰えないよ」


「それなら、コレで僕らが帰った時に何か作って欲しい。調合をする気ではあるんだが、下手すると夜まで起き上がれない可能性がある。栄養剤は持ったんだが」



そういう事なら、と金貨を受け取って代わりに半端な数になった乾燥果物を渡した。

ついでに塩漬け肉の塊とパン、チーズ、キャロ根とアリルのジャムも多めに。



「焚火とかで炙ってパンに挟んで食べて。ジャムは食べ切っていいから。パンは多めに渡しておくけど……持てる?」


「問題ない。劣化は防止できないが『ダンジョン』でドロップした容量拡張効果の付いた道具入れを持っているからな。この間、父から買い取っておいてよかった。いずれ劣化防止機能の付いたものが手に入ればいいんだが」



ブツブツ言いながら私から品物を受け取って、腰に付けた大きめの道具入れに食材を放り込んでいく。


 魔力認証効果もついていないから安かったと言ってるけど、私の考える値段ではない筈だ。

オマケで貰ったワインを渡すと嬉しそうにしまっていたので、多分飲むんだろう。

私はあんまり好きじゃないんだよね、ワイン。


 遠くからベルの少し苛立った声が聞こえてきた辺りで、リアンも私に背を向けて歩き始める。



「ライム。僕らが戻るまで妙な真似はするなよ」



妙な真似って何さ、と言う前に遠ざかってしまったので改めて周囲に視線を向ける。


 騎士団の人たちの前には副団長とベル、サフルが居てもう少しでリアンがそこへ合流するところだった。



(これから手合わせが始まるんだろうな。ちょっと見てみたい気もするけど買い物もあるし、調合もしたいからさっさと帰ろうっと)



 リアンに渡した分の食材も調達しておきたいし、何ならある程度の食事を作って保存しておくのもいいかもしれない。

そんなことを考えながら騎士の人たちに背中を向けるとエルやイオと目が合った。


 騎士団の敷地内だからか普段とは違ってキリッとした表情の二人。

もういいのか、と小声で聞かれたので頷けば二人は騎士団の方へ一礼して私を真ん中に挟む形で裏口に向かって歩き始める。



「ライムさん、とりあえず騎士団を出ます。貴女を送り届けたら戻るように言われてはいますが、ゆっくり買い物してもらっても大丈夫ですからね」


「丁度朝市もやってるだろうし、見ていくか?」


「うん。リアンとかから頼まれたものもあるし、買い物はしていきたいかな」



広い訓練場の端の方を歩きながら予定を確認していると、反対側の位置から凄い声が聞こえてきた。


 何事かと思うと、騎士団の日課である朝の訓練が始まったらしい。

ちらっと見えたけど迫力が凄くて私にはとてもついて行けそうになかった。

チラッとベルが喜々として大斧を振るって、新人らしい数人が吹っ飛ばされていくのが見えたけど、気のせいだと思うことにする。



「そういえば……二人から見てさ、ベルとかリアンって強いの?」



ふと浮かんだ疑問を口にする。


 私から見た二人は強い部類に入ると思ってるんだけど、騎士科に所属している二人からすると『よくいる』強さなのかもしれないし。


 この質問に二人が驚いたように私を見た。

先頭を歩いていたエルなんて、目が真ん丸になってたし。


 激しい金属と金属がぶつかり合う音や怒号、咆哮、足音に二人の声がかき消されない様に耳を澄ませると言いにくそうにエルが口を開く。



「正直な話、ベルはなんで騎士科にいないんだってくらい強いぜ。リアンは、あんまり戦ってる所見たことねぇから何とも言えないが……ちらっと見た所腕は確かだと思う。鞭使いがそもそも少なくて、俺は初めて見たから評価しようがないんだけどな」


「僕もエルと同じ意見ですね。リアンさんに関してですが、後衛もできる立ち位置にいるからか視野も広くて索敵なんかも得意でしょうし、男性で鞭を堂々と携帯しているのには驚きましたが」



二人からするとベルが騎士科にいたら、かなり上位に位置する実力者として一目置かれる存在になるだろうとの事。

 リアンも体力があまりないことを考慮しなければ、騎士科でもやっていけるんだって。



(本格的に私も戦闘訓練した方がいいのかな)



二人がいつも傍に居てくれるとは限らない。

 戦闘能力がなくても一応【杖術】は才能としてあるみたいだし、と考えているとエルが苦笑して一言。



「ライム、悪いことは言わないから戦闘訓練は辞めておけよ。俺、何回か教えたけど、ライムが覚えるより護衛用の奴隷買って鍛える方が早いし確かだからな」


「エルまでそういうこと言う……私だってやればできるよ! だよね、イオ」


「え、ええと……奴隷なら契約を結びますし裏切ることもないですから、ある程度余裕ができたら購入を考えてみるのも手ですよ。結構いるみたいですし、錬金術師や召喚師が奴隷を持っているのは」


「死ぬまでに絶対強くなって驚かせてやる」



複雑な心境から出た言葉はエルとイオに聞こえたらしい。

二人からは何だか可哀想なものを見る目を向けられた。


 むすっとしている私と苦笑している二人を見た門番をしている騎士二人が顔を見合わせたので、慌てて愛想笑いを浮かべ裏口から騎士団を後にする。



(なんだか初めて自分たちで作ったアイテムを売ったっていう充実感がまるでないなぁ。ギルドに商品納めたような感覚だし)



大きな扉の向こう側からは相変わらず激しい訓練の音が聞こえてきたけど、振り返ることなくエルの背中を追いかける。


どうやら朝市を案内してくれるつもりらしい。



「まずは、近場の市場からだな」



ニッと歯を見せて笑う顔は、いつも通りのエルだった。

騎士団にいる時は『エル』っていうよりも『騎士を志す人』って感じだったから。


 私が調合してる時も錬金術師っぽく見えていればいいな、なんて思いつつ複数カ所で開かれているという朝市についての話に耳を傾ける。




◇◆◇





 最初に向かった朝市は、雑多なものを扱う露店が多かった。



駆け出しの商人が多いようで、活気があり値引き交渉なんかもひっきりなしにあちこちで聞こえてくる。


 買い物客も掘り出し物を見つけようとする人が多いみたいで、貴族はあまり見かけず快適に見て回れた。

その後は武器や防具に関わるものを売っている市場、雑貨や衣類を主に扱う市場、他国からの商人が多く集まる市場などを巡る。

 気になったものは特になかったし、安いものは何かしらの欠陥があったので買わなかった。


 最後に行ったのは食料品系を扱っている市場。

他の市場で時間をかけて廻ったこともあって、大体のモノが売れ残りを捌いてしまおうとする商人や農家の人が多くいるみたいだ。


 朝市は、遅くても10時には店じまいになる。

あと一時間ほどしかないからか人も少しまばらだし、貴族に至っては姿も見えなかった。



「悪い、ライム。先にこっち来るべきだった」


「ううん。むしろ最後に回してくれてよかったよ。売れ残りって結構値引きしてくれるからお買い得なんだ。私の所だと腐ったりするの気にしなくていいから、こういう食材は安い方がいいの」


「そうなのか? それなら、まぁ。気になったものがあったら言ってくれ、割と知り合いも多いんだ。俺んち宿屋だからな」



うん、と返事をしながら道の左右に並んだ露店の品物を吟味する。


 食品系は木箱でまとめて持ってくるからか、分かりやすいように小さな黒板に食材名や値段が書かれていることが多い。

幾つか良さそうなものもあったけど、在庫があるものが殆どなので足を止めることなく進む。


 いくつかの店の前を通り過ぎた所で、果物を取り扱っている店が目についた。

小さい子供と若い夫婦の前には半端な量の箱が並んでいる。



「ねぇ、あのお店だけどどう思う?」



気になったので聞いてみるとエルとイオが視線を指さす方向へ向けた。

 エルは見たことのない相手だな、と独り言を呟いてからじーっと若い夫婦の様子を目で追っている。



「問題はないと思うぜ。慣れてなさそうなところを見ると、初めてこの市場に来たってところか。ただ、あれじゃあ大して売れないだろうな」


「え。どうしてそんなこと分かるの」


「売ってる果物って結構でかいし、基本的に複数人で食べるんだ。何個も買う客はそういない。値段は……まぁ、悪くないけど流石にな。他の商品も品質はいいけど半端な量だし、日持ちしないのが多い。飲食店関係者がまとめ買いする可能性はあったとしても、この時間だ。とっくに仕込みの為に店に帰って……あー、興味があるなら見てみるか?」



うん、と返事をして店の前に行くと人の好さそうな奥さんが私を見て目を丸くした。

商品を渡し終わった旦那さんも私に気づいて目を丸くし、小さな子供が目をキラキラさせて私に近寄ってくる。



「おねーちゃん、髪すごーい! おめめも、すごーい! いいなぁ、メロも二つの色にならないかなぁ」


「ありがと、おねーちゃんもこの色気に入ってるんだ。どこにいてもすぐわかるでしょ? メロちゃんも綺麗なピンクの髪だね」



 ヨシヨシと頭を撫でると嬉しそうに笑って、私から離れた。

ピタッとお母さんの足に抱き着いて褒められた!と報告する姿は、昔、村で見た年下の子供たちを思い出した。

 あんまり子供が生まれないというか、人自体が少なかったから滅多に見られなかったけどね。

赤ちゃんとか。子供とか。


お母さんの後ろから私をキラキラした瞳で見上げる小さな女の子に和みつつ、商品を一つ売り終えた父親らしき男性に話しかけてみた。



「あの、残ってる商品って」


「は、はい! 残ってるのは【ブルップ】と【レシナ】が箱半分、【ムカカ】が一箱、後は【キップル】が三箱です」



 聞き覚えのない名前だったので首を傾げる。

するとすかさず『コレです』と、ガサガサした皮に堅そうな葉の果物を持ち上げた。

 大きさは大人の顔くらいある。


エルが数人で食べる果物って言っていたのはこの【キップル】だろう。

甘酸っぱく、芳醇な独特の香りがする。

 万人受けしそうな爽やかな匂いだ。



「ウチの農園で栽培してるんです。こんな大きさですが、一度に三つ採れるんですよ。少し栽培に技術や手間はかかるので他の果物より高いんです。でも一つが大きいので、小さな物をたくさん買うよりは安いかと」



味見してみますか、と小ぶりな物を切り分けてくれた。


 包丁を入れると香りが強くなり、美味しそうな果汁が滴る。

一口大に切られた濃い黄色の果実を口に入れて噛むと、じゅわっと果汁が口いっぱいに広がった。


 噛み切れる細く脆い繊維は独特の歯触りで、かなり美味しい。

チラッと値段を確認してからおおよその原価を推測する。



「美味しいですね」


「貴族の方に特に好まれているんですよ。少しずつ生産量も増えてきたので、貴族以外の方にも食べてもらいたくて持ってきたんですが」



そう言って苦笑した男性を見て決めた。


 多分だけど、この果物で『乾燥果物』を作ったら美味しくなる気がするんだよね。

ケーキとかにもいいだろうし、普通に食べるのもいい。



(大きさを考えるとそう高いものでもないだろうし、お買い得みたいだから買ってみようかな)



リアンから臨時収入は貰ってるし、今月は鹿肉もあるからお肉代は結構浮いている。

前にベルたちが狩った獲物のお肉もあるしね。



「じゃあ、ここにある果物全部買うとどのくらいになりますか? 配達料込みで」


「え? ぜ、全部?! コレを、全部ですか……ええと、そ、そうですね……」



慌てた様子で女性と話し始めたので暫く黙っていると、単純に計算した金額より銀貨二枚ほど安い値段を提示されたので購入を決めた。


 配達場所である工房の住所を告げると、モルダスの中なら無料で運んでくれるそうだ。

早速運びます!と嬉しそうな夫婦を眺めているとイオがそういえば、と私に耳打ちした。



「あの、一応手紙のようなものを持たせた方がいいのでは……? 今工房にいるのはベルさんの従者だけのようですし」


「そう言われてみると、確かに。ちょっと待って、今メモに書くから」



 ポーチからいつも使っているのより値段が高いメモ用紙を出して、そこに要望を書いておいた。

まぁ、要望って言っても簡単に買い物をしたので商品を代わりに受け取って欲しい事、代金は支払っている事だけなんだけどね。

することといえば、受け取ったよーって言うサインをしてもらう位だ。



(メモにもちゃんと説明文付けたしね。荷物を受け取る位ならしてくれるでしょ、どういう仕事する人なのかは良く知らないけど)



 夫婦にお金を渡した後、領収書を受け取る。

まさか全部売れるとは思っていなかった、と喜びながら商品を荷馬車へ積み込んでいく三人家族を見送る。


 荷馬車が完全に見えなくなってから、私たちは改めて賑やかな大通りを歩いた。



(終わりかけだって言うのが信じられないくらい、賑やかだよね。人もいっぱいいるし)



 商品が残り少なくなっていても、足を止めて会話を楽しむ人は意外と多いようだ。


 エルやイオと雑談しながら歩いていたんだけど、塩漬けの肉や魚なんかを扱っている店の前でエルが一度足を止める。

知り合いでもいたのかと何気なく視線を辿ってみると―――……見覚えのある銀の髪と緑の瞳が視界に飛び込んできた。



「あれって……エルは、クローブと知り合いだったの?」



思わず指をさしてエルの顔を見上げる。

 エルは、名前を口にした私と目を合わせたままひどく驚いたような表情を浮かべていた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字、変換ミスや怪文章などがありましたら奮ってご応募……じゃなくて、ええとお手数ですがお知らせくださると幸いです。


=新しい食材=


【キップル】

ガサガサした黄色~茶色の堅そうな皮に、堅い剣のような葉を持つ。

大きさは大人の顔程もある、果物。

甘酸っぱく芳醇な香りがして、万人受けしそうな爽やかな香りがある。

現代で言うパイナップル。



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[気になる点] 『流石に商品はなくなっているけれど普通に買い物するよりも安いので足を止める人は多い。』 商品なくなってたら足は止めない…
[良い点] 続き楽しみにしています。 [気になる点] ベルの執事さん、お店の外で待ってるのでしょうか? ライムが鍵かけて、持ってるんですよね? それだと留守番ではない感じがします。 [一言] リアン…
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