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106話 食べ物の調合と訪問者

事件って解決したようで解決しないですよね……はは

食べ物の調合はレシピを考えるのが一番楽しいです。おもしろ。



 騎士団へ出張販売に行く前日。




 朝陽が完全に昇り切る前の静かな街を私は全速力で走っていた。


 背後からは二人分の足音と話声。

石畳の上を走りながら背後へチラッと視線を向けると、見たことのないような笑顔を浮かべているリアンとサフルの姿。


 走り始めて少し経っているから距離は開いているけれど、二人とも足を止める様子はない。



「二人とも遅いよ、早く早く」



急いで、と声を掛けると二人とも少しだけ速度を上げる。


 それでも教会前の坂で完全に息が上がっていたので、仕方なく休憩することにした。

ポーチからレシナの輪切りを入れた水差しとカップを出して渡せばすごい勢いで飲み干し、お代わりを要求される。


 私も喉が渇いていたので一杯飲んで、カップを回収し仕舞っているとなぜかサフルが泣いていた。



「え、いや、なんで泣いてるのサフル」



鼻を啜りながら目に浮かんだ涙を拭うサフルに思わず後ずさる。

そんな私を他所に隣に立っていたリアンがポンッとサフルの肩に手を置いた。

 表情はどこか穏やかで遠くを見ていてこっちはこっちで怖い。



「気持ちは分かる。もう二人でベルに明日からこちらで走ると伝えよう」


「リアンさま……!!」


「息が上がって足が動かなくなったら、モンスターの前に放り投げられるのはもう御免だ」


「私もどこで見つけて来たのか分からないウルフの群れに単身で放り投げられるのは、もう嫌です……しかも適性があるんだからと使ったことのない剣を持たされて」


「僕はスライムがみっちり詰められた場所に放り投げられた時は、本気で死ぬと思ったな。スライムは生きた獲物でも溶かして栄養にするの分かった上でやってるんだぞ、悪魔だろ」


「回復ポーションぶっかけられましたからね。……ちょっと体が溶けて」


「……やめてくれ、思い出したくもない」



 喜々として斧を振り回し、二人を引きずって高笑いをするベルが想像できた。

そっと二人から視線を外してポーチからレシナの乾燥果物を取り出す。


 これから坂を登らなきゃいけないし、帰ったらすぐに調合だからね。

荒かった呼吸も落ち着いているみたいだったので声を掛けて走り始める。


 二人もちゃんとついて来てはいるけど、時々振り返って確認。

遅れてきたら声を掛けてスピードを上げるように促して、何とか昨日と同じくらいの時間に教会へたどり着く。


 昨日、シスター・カネットがいた教会前にはミントがいて、私はそのまま駆け寄った。

久しぶりに会ったミントはどこかスッキリした顔で調子がよさそうだ。



「ミントっ! おはよう。外に行ってたって聞いたんだけど怪我してない? 大丈夫?」


「おはようございますっ! 私の心配してくれるなんて……嬉しいです」



怪我はないですよ、とふわりと笑うミントに安心する。

実は昨日、ミントと会えなくて少しがっかりしたことを告げると何故かミントが顔を覆ってその場に崩れ落ちた。



「え、ちょ、大丈夫!?」


「だいじょうぶです。ぜんぜん、だいじょうぶですっ」



大丈夫そうには見えないけど、本人が何度も大丈夫だって言うからとりあえず信じておく。

具合が悪くなったら言って欲しいと伝えておいた。



「シスター・カネットから聞いてると思うんだけど、裏庭の雑木林に行ってもいいかな? スライムが時々出るみたいだし、香草とか薬草もちょっとだけど生えてるから採取したくて」


「分かりました。ええと、リアンさん……サフル、でしたか? 彼らは付き添い、でしょうか」


その場に倒れ込むようにして息を整えていた二人に恐る恐る近づくミントに苦笑しつつ、返事を返す。

 ミントの問いに頷いてから、二人がついて来た経緯をざっと話した。



「雑木林にモンスターが出るって聞いて、様子見に来たみたい。私一人でも退治できる野良ネズミリスとスライムしか出ないって言ったんだけどね。ウルフは時々しか出ないみたいだし、出ても倒せなければ爆弾使うから平気なのにさ」


「なるほど。そういうことなら……雑木林にご案内しますね。その間、聖水を用意しておきます。渡したいものもありますから、雑木林を出たら裏口をノックして下さい」



納得したらしいミントに連れられて私たちは雑木林のある教会裏へ。


 ここでミントと一度別れて、私たちは雑木林に足を踏み入れた。

朝陽が葉っぱの間から射して中々に綺麗な光景だ。



「とりあえず、パパッと採取しちゃうね。昨日来た時、今日収穫した方がよさそうだった薬草とか香草から採ってく。リアンも居るしちょっと奥まで行ってみるけど」


「分かった。武器は持って来ているし、問題ない。警戒をするから、君は採取に集中してくれ。サフルはライムの傍にいて何かあった時に庇えるようにしておけ」


「分かりました、お任せください」



胸に手を当てて一礼するサフルを見て、リアンは腰のホルスターから棘の付いていない鞭を取り出した。


 肩を慣らすように何度か軽く振って、満足したらしいリアンが周囲の警戒を始める。

そんなに警戒しなくてもいいのになぁ、と思いつつ昨日見つけた採取スポットへ向かう。

街では迷いそうになるけど、森や山なんかだと早々迷わない。


 こっち、と言いながら途中自生している香草の一部や薬草の一部を回収していく。

何だかんだで広範囲を歩き回ったんだけど、出て来たのは野良ネズミリスだけだった。



「ウルフが居るような痕跡も無いな。一応は安全、といった所か。木々の間隔も十分だから武器を使うのにも問題ないようだ」


「だから大丈夫だって言ったのに。そりゃ、私はベルやリアンみたいに強くはないけど、近くに野良ネズミリスとかスライムがいたら気付くよ」


「あのな、近くにモンスターが来てから気付いても遅いんだぞ。先手必勝と言うだろう。早く見つけられればその分、取るべき行動を決める時間と余裕が生まれる」


「……でも、武器が杖だからある程度近付かないと倒せないし」


「敵が何体いるかだけでも分かるようになってくれ、頼むから」



弱いとは言えモンスターなんだ、とか下手をすると死ぬんだぞ、と教会に戻るまでリアンの小言が続いた。


 心配してくれてるのは分かるから、とりあえず相槌は打っておく。

教会に戻るとミントから私個人分の聖水を受け取った。

そのまま少し店についての宣伝と代わりに注文の橋渡しをしてくれるかどうか最終確認を済ませる。



「この教会で一番ライムたちの工房へ足を運ぶのは私ですから、喜んで。冒険者ギルドにも時々納品に行っていますし、通り道ですから是非やらせてください。それと、今回の外回りでスライムの核がいくつか手に入ったので持って行って下さい。他のシスターにもスライムの核は採っておくように伝えていますから」


「いいの?! 私は助かるんだけど……あ、そうだお金!」


「ライム、これはお土産です。どうせスライムは見つけたら倒しますし、スライムの核を取ることくらい手間でもありませんから」


「だが、冒険者ギルドに依頼も出ているだろう。結構な値段だったはずだが」


「いいんです。皆さんがこの教会に色々融通してくださっているのは十分に理解していますし、感謝していますから。この程度でしか恩返しできないのが申し訳ないくらいです」


「……そういうことなら、ありがたく使わせてもらう。ただ、そうだな。次に長期採取へ同行してもらうようなことがあれば、スライムの核を利用して作ったアイテムを一つ譲渡させて欲しい。スライムの核は、そこそこ利用頻度が高い割りにドロップするかどうかは完全に運だからな」



分かりました、とふんわり笑うミントからスライムの核を七つ受け取った。


 ミントともう一人の若いシスターに見送られて、私たちは工房へ戻る道を走る。

坂を下るのは中々足に負担がかかるけど、上りよりは気が楽だ。



「こちらの道を走れば調合も直ぐに行えるし、明日もこっちだな」


「いやいや。雑木林の安全確認の為に今日はベルとの走り込みしないってことになったって言ってたよね」


「………明日は販売があるから、体力は残しておくべきだろう」


「え? ベル、明日は夜に走り込みするって言ってたよ。なんか夜行性のモンスター相手の立ち回りを確認したいんだって」


「はぁッ!? 嘘だろ、正気か!? 一体どうしたらそういう発想になるんだっ?!」


「なんか『合同演習では、野営も含めて夜間の立ち回りも必要だと聞いているから、早いうちに慣らしておきましょう。そのうちエルとイオ、あとディルも連れてきましょう』って言ってた」



絶句するリアンを他所に、サフルがそうっと気遣うように私を見る。

私は首を横に振ってから続きの言葉を口にした。



「それでさ、私も参加した方がいいよねって聞いたんだけど、駄目だって言われた。なんか『ライムに戦闘能力は期待していないから必要ないわよ』だって」



酷いよねっと同意を求めるとサフルは曖昧な笑顔を浮かべる。

 同意してくれると思っていたので驚けば、慌てたように



「わ、私としてはライム様が怪我をされる危険性がある、夜の訓練には参加されない方が嬉しいです」


「いや、だけどさ、いつまでも護ってもらってたら、いざって時困らない?」


「その辺りは大丈夫だと思います。ベル様もリアン様も、そしてミント様やディル様、騎士科のお二人も居ますし、私も護衛を任せて頂けるように努力いたしますので」



私にもわかる遠回しな戦力外通告にちょっと落ち込みつつ、工房へたどり着いた。

ドアを開けて、何となく振り返れば白んだ空と朝独特の色を纏った太陽が昇って、私たちを照らしている。



「二人とも起きてるしスープパスタにでもしようかな。ベルもそろそろ起きてくるだろうし」


「では、必要な食材を取ってまいります」



嬉しそうに返事を返すサフルに必要な物を頼んで、難しい顔でブツブツと呟くリアンの腕を引く。

割と真剣に『どうやったら夜の訓練に参加しなくて済むか』考えているらしい。



(いくら考えても、ベルの中で決定事項みたいだから諦めた方がいいと思うな)



少しでも楽になりたいなら体力をつけるしか方法は無いだろうと思うんだけど、リアンのことだから分かってはいるんだろう。


こう見えてリアンは割と諦めが悪いんだよね。




◇◆◇





 工房の中に漂うのは、美味しそうな甘い香り。



 急遽手に入ったスライムの核を使って【メイズスープの粉】も調合することになった。

リアンとベルにはクッキーの調合を頼んだ。


 私は冷ましたり、切ったりしなくちゃいけないオーツバーの調合から済ませることにした。

クッキーは全部で百個分用意する予定だけど、二人が五回調合すれば揃うし調合時間もそれほど長くない。



(えっと、オーツバーは最大調合量十五回分だよね。十四回調合すれば達成だけど、包む手間とかかかるから結構厳しいかもなぁ)



時間は冷却時間を含めると三十分、と短いので七時間調合になる。

リアンとベルが調合を終えたら手伝ってくれることになってるけど、包装に一番時間がかかるんだよね。



「ギリギリ、ってとこか……朝まとめて昼ご飯作っといてよかった。まぁ、四人いるからメイズスープ一回くらいなら調合出来るだろうけど」



やれやれと息を吐きながら、調合釜に素材を入れていく。

念の為手帳で作り方の確認はしておいた。



【オーツバー】

 オーツ麦+食材+食材+ハチミツ+小麦粉

 ハチミツと小麦粉以外の食材を投入。

 粗方混ざったら小麦粉、ハチミツを加え一気に魔力を注ぎまとまるまで混ぜる。

 出来上がったら冷まして程よい大きさに切り、保存の効く瓶などに詰めて完成。

  魔力を注ぎ過ぎると焦げ、足りなければまとまらない。



 こういう食べ物系の調合は変化が分かりやすいので、魔力を注ぐにしても失敗しない自信がある。

スピード勝負なのでざっと釜をかき混ぜて、小麦粉とハチミツを投入。


 魔力は一気に注ぎ、出来るだけ手早く全体を切るように、時折上下を反転させるような感じで混ぜていく。


 素材が一塊になったのを確認したら、サフルに大きなバットを持って来てもらい、そこに中身を移す。

ゆっくりとだけど、広がっていく生地の様子を見つつ、素早くレシナピールを散らす。



「これ涼しいところに置いておいて。次のバット用意、すぐ作るから」


「分かりました」



指示を出しつつすぐに次の素材を入れて、混ぜ、魔力を注いで……というのを繰り返す。

冷ます時間さえ考慮しなければ十五分位で完成するので、実際の調合時間は七時間よりも短くなる。



(ただこれ、結構腕疲れるんだよね。アルミス軟膏ほどじゃないにしてもハチミツと小麦粉入れて固めるから、ドロッとしてて重たいし)



こんな感じで、ひたすら調合を繰り返して三時間と半分。

途中で水を少し飲んだだけで後はずーっと調合しっぱなしだったこともあって、汗がぽたぽた流れてくる。



「はぁぁぁ……やぁっと終わった。流石に腕痛いし疲れたし、少し休憩」



もう無理、と座り込みそうになりつつよろよろ調合釜の傍から離れると、サフルが椅子を持って来てくれた。

 倒れ込むように座って、疲労が溜まった腕をだらーんと垂らしているとサフルが近づいてくる。



「ライム様、何か必要な物はありますか」


「腕が持ち上がるようになったら、お茶淹れてくれるかな……喉乾いたし、おなかすいた。あと、魔力切れかけてるから魔力ポーション持ってきて……後で飲む」


「かしこまりました。汗をかいていらっしゃるようですし、よろしければ湯浴みの準備をしても宜しいでしょうか」



おねがい、とため息とともに返せば嬉しそうにサフルが離れていく。

 気怠さと頭痛に目を閉じて唸っている私に向けられるのは、呆れ果てたベルの声。



「全くもう。だから途中で休憩しなさいって言ったでしょう……いくら何でも三時間半碌に休憩もしないで調合し続ければそうなるのは分かってたでしょうに」


「そうだけど、一気に済ませようと思って。頑張れば昼前に終わるし、そうすれば昼から包装して夕方にはメイズスープの調合出来るからさぁ」



明日はちょっと早いし、忙しくなりそうだから早めに寝たい。


 そう口にすると一応納得してくれたのか溜め息が聞こえてきた。

暫くぼうっとしていると少しずつ腕の疲れが抜けて来たので、ポーチから昼食として用意した炊き込みご飯のおにぎりを頬張る。


 私が食事をし始めたのに気付いたサフルが飲み物を用意してくれて、湯浴みの準備もできたという知らせを持って来てくれたので有難く汗を流すことにした。

お腹空いてるとオニギリって一瞬で食べ終わるよね……もう一個後で食べよう。


 クッキーの包装をしている二人に一応断りを入れて、着替えと共に私はお風呂場へ。

大きめの樽になみなみと張られた湯は、ホカホカと白い湯気を立てていてとても気持ちがよさそうだった。



「そういえば、こうやって樽にお湯張って入るの久しぶりだなぁ。採取旅以来だっけ。いつもざばーって桶の中だし」



 モルダスに住んでいる人は大体、座っても余裕があるくらいの大きな桶にお湯を入れて、そこで体を洗ったり汗を流す。

樽に浸かることもあるみたいなんだけど、お湯を用意するのに時間と手間がかかるからだ。



(家には、お湯が出る蛇口があったから良かったけど、それって珍しいみたいだし)



何せおばーちゃんがお湯に浸かるのが好きだったのだ。


 特別な事情がない限り、毎日お湯を入れて入っていた。

私も肩までお湯に浸かるのは気持ちいいから好きだけど、工房では一度入ったきりだ。

ゆっくり肩まで浸かって、髪を洗い、汗と疲れを流してから着替えて戻る。


 時間にして大体三十分くらい、のんびりしてから戻ったんだけど……ちょっと居ない間に、なんだか人が増えていた。





「え、っと……ソレ、だれ?」




まず、エルとイオの二人がいることに驚く。



 ただこの二人は明日、販売の手伝いを頼んでるから話をしに来たんだろうなって予想がついた。

ただ、分からないのが二人に挟まれるようにして立つ場違いな服装の少年だ。

歳は私たちと変わらないくらいで、殴られたのか頬が赤い。



 薄汚れた高価な生地と立派な仕立ての服は、どこからどう見ても貴族にしか見えない。

ボロボロだし、なんか小汚いけど。



「例の事件の当事者です。皆さんにも謝罪したいとのことだったので連れて来ました」


「当事者ってもしかして」


「はい、エルが助けた貴族騎士ですね。元ですが」



私は何度かイオと薄汚れた少年をまじまじと見比べた。


 工房の中が妙に静かだったのは、どうやらこの状況の所為だったらしい。

気まずい沈黙に満ちた工房内で状況を把握しようと、リアンとベルに視線を向ける。




二人は紅茶を飲みながら、面倒そうな顔を隠すこともなく二人に挟まれた少年を眺めていた。





ここまで目を通して下さって有難うございます!

毎回の事ながら、誤字報告本当に助かっております……いったいどうしてあんなに誤字があるのか。

一応目を通してるんですけどね……流し読みの癖がぬけない…。


 評価・ブック・アクセス有難うございました。

誤字だの変換ミスだのがありましたら「あーこいつまたやっとるわー」って感じでこそっと教えて下さると嬉しいです。ほんとに……スイマセン、毎度毎度…。

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