9話 リンカの森
久しぶりの更新です。
説明回です、はい。
見所はモフモフ系の出現ですね。可愛いよモフモフ。
今日学んだのは、コネとツテは大事だってこと。
「そりゃ私も大概、いろんな人から助けてもらってるけどさー…冒険者とか騎士の人脈って恐ろしい」
しみじみと呟いた私の手にはスコップと少し古い地図。
これは第一区域って呼ばれる一般市民から初心者までの人間が脚を踏み入れられる範囲の地図。
子供一人では危ないけど、武器をある程度扱えれば薬草を摘んだり森の恵みを採取できる。
泉の近くに近づくときは流石に狼がいることもあるし、熊や魔物も少なくない頻度で目撃されるので一般市民や子供は近づかないように詰所騎士と呼ばれる騎士が住み込みで見張っている。
詰所騎士になれる人間は高レベルかつ人格的に問題の少ない人間でなければなれないのである種のエリートらしい。ま、熟練冒険者がスカウトされてってパターンも結構あるみたいだけどね。
「詰所騎士に貴族は殆どいないし、いたとしても住民に信頼されるような人間じゃなきゃダメだからな。それに、冒険者も騎士も人数ばっか多いから横の繋がりは嫌でも広くなるんだよ。んで、騎士ってのは、横だけじゃなくて縦のつながりが大事らしいぜ?貴族に顔を覚えられるなんて本気で面倒極まりねーけど」
「面倒なんて言ったら駄目だよ。縦の繋がりがないと第一段階を突破できないし顔を覚えられてこそなんだから」
「それは赤やら白の上級騎士目指してるお前とは違うんだって。俺は紫か青が目標。中間ってのは色々面倒そうだけど、貴族やら王族に媚びるよりも俺の育った国を守りたいんだ。そーすっとギリギリ現場で指揮を取れる地位でいいだろ?」
「エルはエルの道があるからいいんだけど…あ、ライムさん。これ以上は今の僕達には進めません」
「え?あ、ホントだ。ここから先に行くにはある程度の実力がいるんだっけ」
「おう。俺達だと実力判定試験でA判定以上を取らないと進めないし、錬金術師にも制限があるらしい」
「らしいって…エルは知らないの?」
「俺は騎士科だぜ?それに庶民の俺達に錬金術師の知り合いなんていないって。あー、ほんとライムと知り合えて良かった…お貴族様のお守りなんてしてられっかよ!」
心底うんざりした様子のエルからはまるで一度は護衛をしたことがあるような口ぶりだった。
イオによるとエルは何度か貴族の護衛をしたことがあるらしい。
回を重ねるごとに貴族嫌いになっていったらしいから、王都の貴族もまともなのがいないんだろう。
「でも食材とか荷物届けるだけで荷台とファウングをタダで貸してくれるなんて気前良すぎてびっくりしたよ。晩御飯用の食材も格安で売ってくれたし」
そうなのだ。
森の入口で受けた依頼で泉の駐在所に物資を届けた。
無事に食材と荷物を渡したんだけど、そこにいた新人駐在騎士の人が特別にってスコップと古い地図をくれたんだよね。
なんでも備品として新しい地図が到着したから不要になったらしい。
でも、新品の地図よりも私にとってはありがたかった。
ずっと使っていたせいで紙は多少変色しているけど魔法紙を使っている御陰で致命的な劣化はない。
重要なのは地図に書き込まれたメモ達。
薬草の群生地や狼たちのテリトリーなどが書かれている。
見たことのない草については小さなイラストが添えてあったんだけど…これが調合で使える素材だった。
すごく得した気分だったし、実際に得をしたので少しだけどお金を払おうとお金を出したまではよかったんだけど見事に断られた。
「しかもお金渡そうと思ったら全員に断られるし」
「それはライムさんが錬金術師だから…しかも、エルの貴族嫌いは筋金入りってことで騎士の間でも有名だからだと思います。それに昨日の夜に“双色の錬金術師”が一般家庭の出身だって騎士の間で広まっちゃいましたから」
「そうそ。俺らだったら普通に世間話して終わりだったな。ま、それも貴重な情報になるから助かるんだけどさ」
「薄々そうなのかなーとは思ったけど、ホントに錬金術師って貴族ばっかなんだ?道理で調合できるようになったら回復薬を売って欲しいって熱心に言われる筈だよ」
「普通は作ってる人から直接買うと仲介料取られないから少し安くなるんだ。貴族の場合は一般的に出回ってるのと同じ値段で売られるけどね。ほら、金銭感覚が僕たちとは違うから」
「勿論、安くしろって言ってる訳じゃねぇさ。土台が俺らと同じだって分かるだけで金を出す抵抗感っつーのか?それが減るんだ」
無駄なものに金をかけまくって、威張り散らす迷惑な貴族に頭下げて買うよりも同じ値段なら話しやすい、自分たちと同じ感覚を持っている方から買いたいんだ。
森の中を歩きながらエルとイオは引き続き騎士事情を教えてくれる。
正直な話…人とあんまり関わってこなかった私には有難い。
騎士や冒険者は素材採取に行く上で絶対といっていい程に重要だから。
(自分の家の森なら護衛なんていらなかったけど、場所が変われば魔物も素材も人間も全部変わっちゃうからねぇ…安全だって言われたとしても私にとっての安全かどうかはわかんないし)
自分が魔物と戦って毎回無事で帰って来れる保証はない。
強さもわかんないしね…ほんと、あの時にエルと会ってなかったらどんなことになってたやら。
「あ。出るときに泉駐在騎士長に聞いたんだけど、定期的に手紙で森の様子を連絡してくれるってさ。そのかわり、ある程度アイテムが作れるようになったら採取がてら森に持ってきて売って欲しいって言ってたぜ。値段は…ライムがつけるんだろうけどさ、鉄貨一枚(十円)でも安いと助かるんだ。首都ってどうしても家賃が高くなるんだよな…元からある家はそうでもないしピンキリだけどさ」
「食費や薬代、家賃の他にも仕事で使う道具とか揃えたらホントにギリギリなんだよね…ギルドで依頼をこなしてなんとか賄ってるけど…家族が多いともっと稼ぎが欲しいし」
「俺の家、宿屋だけど俺とかオヤジが割と飯食う方だし、ちび二人も結構食うから……母さん、食費がかかってしかたねぇってよくボヤいてるぜ。それと庶民は、ほとんどが下級騎士止まりだって覚えておけよ。中級騎士になれても半分。上級騎士になれんのはほんの一握りしかいねぇ」
「ぐ、具体的に聞くと…色々恐ろしいね、騎士の世界」
「はは。僕らも普段はおおっぴらに話せない話題さ。ライムさんだから話すんだ」
イオはそう言って言葉を濁したけど、本当に錬金術師の知り合いが欲しかったらしい。
エルは「いたらいいなー」レベル。
明らかに気合の入り方が違うもん。
「それに騎士科っていっても貴族やお金のある商家の子息は大きなヘマをしなければ上級騎士になれるんですよ。勿論、上級騎士になるには実力もありますが、貴族で中級騎士という方々は問題のある人達です。お店を開くにしても中級騎士の貴族出身者には気をつけて下さいね。ほんと、手に負えないのもいるみたいなので」
イオでさえ何処かげんなりした声で注意を促してくれるくらいだから相当なんだろう。
お店はいずれ持ちたいけど…でも家にも帰りたいし、悩みどころだ。
うむむ、と腕を組んで唸る私の腰あたりをツンツンとつつかれて視線を落とせばそこには程よく長い鼻っつら。
ハッハッハと短い息と長い舌。
「…でもさ、いくら私が錬金術師の卵だっていってもファウングと荷台まで貸してくれるとは思わなかったよ。貸出だけど、無料だし」
「……それは僕も驚きました」
「普段は貸出なんてやってないんだ。いっくら、このファウングが俺のいる東正門に戻すついでったって相当だぜ?」
ファウングっていうのは、中型~大型の動物。
犬や狼に近い姿をしている。
キチンと愛情を持って正しく育てれば人の言葉を理解するだけでなく、力と持久力がある。
性格は個体差があるけど、よく人に慣れて危険が迫ると吠えて知らせてくれることから家守りや荷物番として飼っている家や冒険者は多い。
緊急時には荷台に大人三人と荷物を乗せて一週間は走れる凄い生き物だ。
普通の犬よりよく食べるけど、ある程度まで育てると自分で狩りをしてくるので農村地帯では一家に一頭はいるとかいないとか。
愛好家も沢山いて、ペットとしても認められている。
「ファウングかぁ…いつか欲しいな。麓の村にも何頭かいたんだけど、大活躍だったし」
よしよしと擦り寄ってきた人懐っこいファウングの頭を撫でてみる。
意外と触り心地のいい毛皮に感動してついつい撫で続けていると尻尾が面白いくらい左右に振られた。
ううぅ、愛いやつ。
余裕が出来たらファウングを飼おう。
そうしよう。
「錬金術師だと馬を飼ってるのが多いぜ。あとは、魔獣の卵を冒険者から買って育てたり、共存士ギルドから買ったり、まあ手に入れる方法はいくつかあるな」
「僕らの場合はユニコーンが最上級かなぁ…お金で買えないから持ってる人は本当に幸運なんだよ。ユニコーンは自分が認めた一人の主の命令しか聞かないんだ」
「でもファウングがいい!めっちゃ可愛いよ!力持ちだし、ふかふかだし!!頑張っていろんな調合できるようにならないと。できれば学校卒業前には欲しいな。採取に行く時連れて行きたいし」
「俺も馬…いや、ユニコーン欲しいぜ。どっかで会えればいいんだけどなぁ」
「ユニコーンが相手だと選ばれるかどうかが最大の難関だって忘れてない?」
呆れと苦笑が混じったイオの言葉にエルがポンっと手を打ったことでややこしい騎士事情と特別待遇の裏事情話は終了した。
私は地図をみて、許されたギリギリの場所で水を汲むことにする。
奥に行けば行くほど品質がいいし純度も高いから錬金術師やその手伝いはみんなそうするらしい。
水を汲む方法は紐のついた桶か樽をできるだけ遠くに投げて引き寄せるだけだ。
この作業、結構力がいるんだけど騎士見習いとはいえ騎士科の試験に合格した二人の護衛がいるから特に問題なく終わった。
「少し味見してみたけど、泉の水って結構美味しいね。家の湧水ほどじゃないけど」
「マジで何処で暮らしてたんだよ。湧水で生活なんて信じらんねぇ」
「家においでって気軽にいえなさすぎる距離だからなぁ…いつか招待するから楽しみにしててよ。確か森の奥にはユニコーンもいたはずだよ。たまに森であったし。綺麗だよね」
「……ユニコーンがいる森って言ったら、随分場所は限定されますけど…どの場所も危険ランクが相当高いですよね」
「あー、色々いたからそうかも。うちはおばーちゃんが色々やったみたいで私には害がなかったけど」
話をしながら、泉の周辺に生えている薬草を探す。
見回してみるとポツポツとだけど見慣れた薬草があった。
初めに見つけたのはどこでも見つけられる【アルミス草】だ。
摘むと独特の香りがして料理にもお茶にもなる。
これはどこでも取れるらしいけど、用途は広いから見つけたら採取するようにお願いした。
で、次に多いのは【センマイ草】と呼ばれる薬草。
光沢と張りのある中々しっかりした草だけど育てば子供の背丈位にはなる。
おばーちゃんが用途を見出すまではただの雑草として扱われていたけど、これ、実はお茶になるんだよね。かなり…レベルは高いけど。
乾燥させても保存がきくし、茶葉ならいくらあってもいいので少し多めに採取しておく。
ちなみに、センマイ草の別名は苦草とも言われていて、噛むと独特の苦味がある。
基本の調合で一番よく使うのは【液体】と【植物】なんだよね。
この【液体】に当てはまる水や溶液と【植物】に該当する薬草を混ぜ合わせて魔力を込めて成分を抽出し、強化や加工することで回復薬になったり毒薬になったり…金属を冷やしたり溶かしたりできる凄い液体を作ることだってできる。
「そーいや、ここにある材料だけで足りるのか?」
「調和薬なら作れるけど、回復薬を作るにはアオ草がいるんだよな…どっかで見たことある?」
「アオ草っていえば抜いても抜いても生えてくるあの雑草だよな?アレって回復薬なのか?!」
エルが思わず声を上げるのもわかる。
何せ、このアオ草―――正式名称【ソウエン草】という名の植物は農家と家庭菜園に命をかける人にとっては憎い敵。
簡単に言ってしまうと、国中の人が認める雑草だ。
ベル型のやや細長い青い花を咲かせるのが特徴で、抜いても抜いても生えてくる。
そして抜いてから一週間ほどで成長し蕾を付ける強靭な生命力を持つ。
錬金術師からみると初級回復薬の材料なんだけど、調合できない人たちにとっては本当にただの雑草だ。
「うん。この辺りの水は綺麗だしきっと高品質のアオ草があると思うんだよね。あ、色が白いアオ草見つけたら絶対、周りにバレないように呼んで。白いアオ草一株と作った回復薬三つ交換する。作れるようになったら現物で収めるから!」
「そ、そんなに?!え、じゃあ売ったら高いんじゃ…?」
「どうだろ?錬金術で使うだけだしかなり高いレベルの回復薬を作るのに使えるってだけだからなぁ…微妙かも。家の森でも時々見つけられるんだよね。ただ、この辺りだとかなり見つけるのは大変じゃないかなぁ」
そう、アオ草の中には珍しい白い花のアオ草が時々見つかる。
これが上位の回復薬に使える材料になるんだよね。
数が取れないから(家の森には結構ちらほら生えてたけど)比較的貴重な部類にはいるし、手に入るなら採っておきたい。
「でも家で見つかるなら回復薬ださなくても」
「いやー、貧乏性な所為でちょっと珍しいとか貴重とかって聞くと集めたくなるんだよね!あと、こう、飾って満足したい」
グッと思わず拳を握り締めた私に、イオとエル―――二人分の生暖かい視線が注がれた。
れ、錬金術師ならわかると思う!
貴重な素材がストックありで並んでるのと並んでないのとじゃ安心感とか満足感が違うんだって!ほんとだよ!?
失敗した時のストックって大事でしょ?!
材料ないと挑戦もできないんだよ!?
泉の辺で熱弁を振るう私とそれを聞き流しながら薬草採取をするツレない二人。
うぅ、見習いとはいえ騎士がいるのはありがたいけど、この気持ちを理解してくれて一緒に採取もできる錬金術師見習いの友達が欲しいなぁ。
*今回の素材&生き物*
【エンリの泉水】
リンカの森にあるエンリの泉から採取した水。エンリの泉は険しい山脈から滲み出した純度の高い湧水。奥へ行けば行くほど純度が高まるとはいえ、手前でも井戸水より高品質の水を手に入れることができる。薬効を高める効果もあるとか。
【センマイ草/苦草】
苦草とも呼ばれる独特の苦味のある薬草。ライムの祖母が名づけた。
少し前まではただの雑草として扱われていた。
セン茶・ブラウンティー・アールグレイという三種類の茶葉になる。セン茶から作られる抹茶は調合茶の中でも最高峰の難易度を誇る。
【アオ草/ソウエン草】
エゾエンゴサクがモデル。ベル型の薄青~青の花を咲かせる薬草。使用部位は花びら。花が枯れた三日間だけ地下に塊茎をつける。
花は初期の回復薬に、塊茎は上位の回復薬や薬に用いられる。
稀に白の花をつけるが大変貴重。アオ草の呼び名は雑草だった頃のもの。
雑草のときの呼び名が浸透している為、一般的にはアオ草と呼ばれる。
【ファウング】
犬や狼に近く、力も持久力もある。小型の荷台を引くのに適している。
性格は、個体差があるが従順で忠誠心がある。危険が迫ると吠えて知らせてくれるので、飼っている家は多い。
普通の犬よりよく食べるが、ある程度まで育てると自分で狩りをしてくるので農村地帯ではよく買われている。ただし犬や猫よりも高いが相応以上の働きをしてくれる。家族として向かい入れる家も多い。