103話 販売に向けて調合しましょ
調合、はあんまりしていないです。
また、唐突に奴隷に関する話があります。
苦手な方はぴょーんと読み飛ばして下さっても大丈夫です。
あまり重くない、とは思うのですが……
さて、と口を開いたのは実質工房をまとめているリアンだ。
その手には一枚のメモ用紙。
表情はいつも通りの無表情だから機嫌は良くも悪くもないみたい。
サフルが洗い物をしている音と調合釜がグツグツと煮える音がやけに大きく聞こえる。
視界の端に映る作業台には半分ほど採取物が残っていた。
「今回調合するのは、アルミス軟膏を150、初級ポーションを100、クミルのクッキーを100、オーツバーは200だ。解毒剤は少々時間がかかるから今回は見送るが、次回納品を要求されるだろう。それを踏まえて、今後【薬酒】などの調合に一時間以上かかる調合素材を、日常の空いた時間で調合するようにしたい」
他にも時間がかかる調合素材は日ごろ手が空いたら補充。
もちろん、補充した場合は何をどのくらい作ったのか共用の黒板に書き込んで欲しいと言われた。
よく見るとそれぞれの調合スペースにある棚に小さめの黒板が置いてある。
後で聞いたんだけどサフルが作ったらしい。
「空き時間に調合するの結構あるね……覚えきれるかな」
「それぞれ担当する商品も出てきそうですし、個別に書いておくべきかしら」
「分かった……後で書き出して各作業場所に書いておく。追加があれば書き足すから、こまめに目を通しておくように。で、ライムがいなかった間のことだが、工房にあった素材で調和薬や浸水液を作った。が、数は圧倒的に足りない。元々の在庫も少なかったしな」
開店準備で粗方使ったのは私たちも知っているので頷く。
作れたのはこれだけだ、と言って見せられたのは浸水液が20、調和薬が50という微妙な数字。
薬酒は10だった。
驚いたのは【洗濯液】が50程あったことだ。
「なんで洗濯液があるの?」
「あら、そんなの売れるからに決まってるでしょ」
「売れるって……騎士に?」
「他に誰がいるのよ。洗濯は新人に任されることが多いんだけど、結構大変なのよね……錬金術で作ったものってかなり汚れ落ちがいいから、使い勝手がいいと分かれば定期的に買いに来ると思うわよ。洗濯に使う道具や消耗品は必要経費として落とせるみたいだし」
そこら辺を歩いてた騎士に確認したから間違いないわ、とのこと。
ベル曰く買い物に行った時に騎士たちに話しかけられたらしい。
いい機会だと思って、困っていることについて聞くと洗濯についての不満が出たという。
かなりの人数分の洗濯物を洗わなければならず、稽古より辛いそうだ。
幸い洗濯に使う物は、国に請求すればそのまま受理されるらしい。
なんでも、綺麗にしていないと病気が流行るかもしれないからなんだって。
「錬金術で作った洗濯液は、使い勝手もいいし、費用は国持ち。調合も大して手間がかからないんだから、試しに持って行くことにしたの」
請求しただけの金額が貰え、多少高くてもいいとの許可は出ているので、少しだけ利益を上乗せしているそうだ。
副隊長さんの許可付きで。
まぁ、請求したものがきちんと届いているのかどうかは、必ず確認されるみたいだけどね。
現物さえあれば問題ないらしい。
へー、と感心する私を他所にリアンが軽く咳払いした。
「話を戻すぞ。まず薬の類を調合し、食べられる調合品に関しては薬の調合ができ次第、三人で取り掛かることになるだろう。で、【メイズスープの粉】なんだが……持っていくのは10にしようと思う。ミルフォイル様には予め『スライムの核』が確保できていないという状況は説明しておくから、問題はない筈だ。増やしようがないしな」
「騎士団から買い取るとかはできないの?」
「スライムばかり狩るわけにはいきませんわよ。まぁ、個人的に売りたいと言ってくる騎士はいるかもしれませんけれど」
「今はそこまでできない。商品の状態確認もしなくてはいけないし、何より品質によっては買取価格を下げたり上げたりする必要があるからな……サフルが少し接客に慣れれば使えるかもしれん。まぁ、先に戦闘訓練だな。そっちはどうなってるんだ?」
「ああ、それなら騎士団の方が稽古つけてくれることになったわ。新人冒険者や希望者は比較的簡単に稽古をつけてくれるから安心しなさい。騎士団としても、同じ相手とばかり訓練していてもいざって時に困るから丁度良かったみたいね―――……ああ、そうそう。明日から体力付けるために一緒に走るから」
「あー、うん。程ほどにね」
「二人とも体力落ちない様にしておいた方がいいわよ。特にリアン、アンタもっと体力付けなさい」
「……言われなくても分かってる」
苦虫を嚙み潰したような顔で眼鏡を直すリアンに苦笑しつつ、私は明日の予定を確認する。
「じゃあ、明日は朝ご飯作ったら調合素材を作って、で必要分のアイテムを作る感じになるのか。それなら、仕分けの段階で簡単に分けておいた方がよさそうだね」
いちいち計量していたら時間がかかるし、調和薬や浸水液なんかは下処理を済ませておいても品質に大きな影響はない。
ちまちま一回一回量を測る方が面倒だし時間もかかる。
「言われてみるとそうだな。ちょっと待ってくれ―――……こんなものか。こっちが浸水液の最大調合分の素材量、これは調和薬、でアルミス軟膏と初級ポーションの分量だ。この時間ではあるが魔力が無くなるまで調合したい。少し急ごう」
了解、と返事を返して私たちは各作業台に向かう。
仕分け作業をしつつ、リアンから食べ物系素材の発注が済んでいる事や、荷物は明後日の朝に届くことを教えられた。
明日で残りの日数は三日になる。
少し寝不足だとしても空き時間で交代して休みつつ調合をすることに。
「……何度かやってるけど調合して交代で寝てって、野営みたいだよね」
「確かに言われてみればそうですわね」
「工房内で野営……言いえて妙だな。サフルは先に休んでおけ、これは命令だ。いざとなれば君にも働いてもらうからな」
紅茶のカップを片付けていたサフルはリアンの言葉に深く頭を下げて、片付けなどを終わらせた後自室に戻っていった。
おやすみーと手を振ると嬉しそうにはにかんで、私たちに頭を下げる。
「にしても、サフルも随分変わったね。なんかウォード商会で働いてる人みたいにキッチリしてるし」
「奴隷としての立場の危うさを理解したんだろうな。頭は悪くないらしい」
「どういうこと?」
大量にあるアオ草を分量分に千切り、計量しながら聞けばリアンの代わりにベルが口を開いた。
「ああいう状況で助けられたり、特殊な仕事をしていた人間って“勘違い”するのよ。自分は『特別』だ、他のやつらとは違うってね。でも―――……現実を見てみなさい。奴隷は替えの利く商品よ。利用価値があるから手元に置いてるの。多少なら許容できても、そういう勘違いをした商品はそのうち使いにくくなるわ。使いにくくなると売れにくくなるし、見限る時は一瞬よ。せっかくいい主人に恵まれたとしても、捨てられたらそれで終わり」
良いところにいた奴隷は次の主人に対する不満も持ちやすい。
最終的に行き着くのは『使い捨て』もしくは『廃棄用』の奴隷なのだという。
犯罪奴隷に落ちてしまうことも少なくないとのことなので、主人に仕えたことのない奴隷は皆、最初に『現実』を教え込むのだとベルは話した。
「優しく大事にすることだけが全てじゃない。ライム、いい? 奴隷はね、家族にはなれないの。奴隷は奴隷……サフルの場合は一生ね」
「ベル? どうしたの、急に」
「聞いておきなさい、理解はできなくてもいいから。知ってると思うけど、奴隷とは結婚できない。家族にするなら愛人として囲うくらいしか手段がないわ。一番いい立場で、友人や忠臣といったところかしら。主人になった人間にできるのは、奴隷に見限られない様に生きることくらいなの」
そういってベルは私を見て、緩く首を振る。
綺麗な赤い瞳の中には戸惑った顔をした私が映っていた。
「卒業した後、貴女がどういう道を選ぶのかは分からない。もちろん、私もリアンも分からないわ……でも、貴女一人でサフルを所有することを私は許可できないからね。貴女には、煩わしい枷がないんだから、良さそうな男の一人や二人選んで連れて帰りなさいよ。そうなったら、サフルは連れて行ってもいい」
「卒業後のことはまだわからないけど、覚えておく。ただ、うん……“分かってる”よ。そういうの。ごめんね、なんか言い難いこと言わせて」
「――……なんのことかしら。私はただ、貴女の接し方が『主人』らしくないから、後で面倒ごとにならない様に注意しただけよ」
「素直じゃないなぁ、ベルは」
あはは、と笑うと何処か強張っていたベルの表情と空気が柔らかくなる。
私は一瞬止まった手を再び動かしていたけれど、ベルも慌ててそれを見て計量を再開した。
ベルには大瓶に調合分の水を入れる仕事を頼んでるんだよね。
水って結構重いからね。
しばらく無言で作業を続けていたけれど、私の目の前にある素材が片付いたのでまだ作業中のベルの作業台へ。
「水とかの分量、毎回計量するのって本当に面倒だよね。量が量だと余計」
「本当ですわ。瓶に入れると、調合釜に注ぐのも結構手間ですもの。いっそ、大量調合用にバケツ買うのはどうかしら」
「賛成。絶対便利だよね、バケツ」
「見た目は色々とアレだが……効率を考えるとあった方が便利だな。分かった、買っておく」
途中で仕事を終えたリアンも合流し、三人で水を移し終える。
それが終わったら、仕分けた素材をそれぞれの釜に運んでさっそく調合だ。
魔力が空になるまで休まず手を動かし続けた。
私たちは日付が変わる鐘の音を聞いて、ようやくベッドに倒れ込んだ。
気付いたら朝だったのは言うまでもない。
「寝た気がしない……いや、寝たんだけど」
ふわぁ、とあくびをしながら部屋から出るとサフルが温かいお湯を何処かへ運ぶところだった。
初めて来た時とは違って『人』らしくなった彼を見て苦笑する。
(奴隷は家族になれない、か。分かってたけど、ベルは鋭いや)
どこかで卒業した後に『誰か』と家に戻れればって考えた事がない訳じゃないからね。
現実的に考えて、連れて帰れる人なんていない。
かなり辺鄙な所にあるし、お金があっても物を売ってくれる人がいないんだから。
卒業後に取引したいって人がいて、おばーちゃんみたいに商品を買いに来てくれる人がいっぱいいるなら一緒に帰ってくれる人もいるかもしれないけど。
「おはよう、サフル。早いねー」
「おはようございます、ライム様。今日から訓練に行くとのことでしたので、早めに仕事を片付けようと思いまして。私の為に色々として頂いて、ありがとうございます。もしよければですが、目を覚ますために湯浴みはいかがでしょうか。丁度湯が沸いたところです」
本当に浴びるだけだったので、ありがたく汗を流してから台所へ立った。
今日から三日間はびっちり調合になるから結構楽しみだ。
◇◆◇
朝食を食べ終わって、一度目の調和薬を調合し終えた。
作り馴れたアイテムではあるけど久しぶりに作るとやっぱり緊張はする。
手の中にある調和薬は大瓶に移して、そのまま初級ポーションを作れるように避けておく。
冷ましている間、続けて計量済みの水素材と採取してきたアオ草を投入。
魔力を入れながらグルグル混ぜていると足音が聞こえてきた。
ちらっと視線を向けるといつもよりラフな格好のベルとウンザリした顔のリアンの姿。
「おはよー。朝食なら作ってあるんだけど、チーズはサフルに温めて……あれ? どこ行くの」
「どこって、走り込みよ。サフルも連れて行くけど、鍵は閉めていくから客が来ても無視すること。いいわね」
「それはいいけど……リアンも?」
「当たり前でしょう。今後一人で採取することもあるでしょうし、体力はつけておかないと」
あ、はい、と頷けば気合たっぷりなベルが強引にリアンを引きずって出て行った。
サフルも私に頭を下げて、工房を出ていく。
「なんか慌ただしいけど、走り込みは悪くないかも。そのうち私も一緒に走りに行こうかな。んー、でもそれならミントの所に行った方がいいか。あそこ坂だし、走って行けば結構いい運動になりそう」
雑木林もあるし、ついでにスライムがいれば核も手に入るかもしれない。
いいことを思い付いた、と自画自賛しつつ調和薬をどんどん調合していく。
四回分の調合が終わったところで、息も絶え絶えなリアンとサフルを小脇に抱えたベルが元気に戻ってきた。
リアンはまだわかるけど、サフルもひどく疲れ切っていて挨拶も辛うじて……というような有り様だった。
「ライム、運動したらお腹が空いたわ。軽く汗を流してくるけどすぐに戻るから朝食準備してくれると嬉しいのだけど、頼んでもいいかしら」
「こっちも丁度終わったしいいよ。あ、お湯用意する?」
「暑いから水でいいわ、気を遣わないで頂戴。召使でもないんだし、本当に流すだけよ。そこの二人、しばらく放っておいて、起き上がれないと思うから―――……情けないわよねぇ、街をぐるっと一回りしたついでにウルフとスライム何匹か倒しただけじゃないの」
そう言いながら疲れた様子もなく調子良さそうに自室に戻ったベルを見て、私は走り込みについて行きたいと言い出すのを断念した。
流石に玄関に死体みたいな二人を放置する訳にもいかなかったから、二人をソファまで運んだ。
ちょっと重かったけど、背負うくらいなら私にでもできる。鉱石素材よりは軽いしね。
運んだ時に耳元でリアンが「べるは、ばけものだ。まものより、ひどい」とブツブツ言っていたのが結構怖かったのは内緒にしておこうと思う。
サフルは、挨拶をした後意識を失ったらしい。
「はぁ、さっぱりしたわ。ライム、少し多めに食べたいのだけれど大丈夫かしら……お腹空いちゃって」
「うん。いいよ、大きめのパンだから三つにしておく?」
「ええと、その……五つくらい食べても平気かしら」
「食材量的には大丈夫だよ。今作るから待ってて」
ちらっとソファで伸びてるリアンはいつもみたいに食べられないだろうし、サフルは先に食べている。
せっせとベルの朝食を準備しながら、自分から走り込みについては口出ししない様にしようと心に決めた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
次は、どうなるかまだ決めていないのですが、時間を見つけて書き溜めていこうと思います……なんでこんなに無駄に忙しいんだ……二月。
誤字脱字変換ミスの報告、本当に毎度お世話になっています。
なんかもう、本当にスイマセン、感謝しかないです。ありがとうございますっ!