99話 武器事情と採取について
大変遅くなりましたが、何とか書きあがりました。
不審な点があれば、サイレント修正するつもりです。
久々だったので書き方を忘れているような気がします。なんだか。
翌朝、というか日が昇る前に目が覚めた。
パッと目を見開くと隣で口を開けてエルが寝ている。
殆どかかっていない毛布を掛け直して、目を擦りながらテントから這い出るとイオがこちらを向いた。
「おはようございます、随分早いんですね。まだ日も昇っていないですし、二度寝していても……」
「いつもこの位の時間だから大丈夫。それって、イオの武器? ずいぶん沢山あるけど」
彼の足元にずらりと広げられた大きさも形も違うナイフや針のように先端がとがった金属たち。
一体これは何だろうと思って聞いてみた。
するとイオは、手入れをしている最中の小さなナイフを私に見せながら話し始める。
「投げナイフの類です。僕は投擲武器が一番使いやすいのですが、第二学年に上がらないと使用許可が下りなくて……」
「騎士科って学校の練習で使う武器が決まってるの? 錬金科には、武器の指定はなかった筈だけど」
工房生だからかもしれないけど、私は杖を使っているし、リアンは鞭だ。
ベルに至っては、錬金術師が使っているイメージが微塵もない斧。
「第一学年時には、あくまで基礎的なことを学ぶ事になっているので、選択武器は剣・槍・斧・盾の四種類から使用武器を選択するのが決まりなんです。特殊武器は、入手が難しい場合が多く、オーダーメイドが基本ですから。第二学年に上がれば、武器は“よほど”のものでなければ許可されています。普段から自主練習をしないと腕も鈍ってしまうので、今回は投げナイフを持って来ました」
布の上にキチンと並べられた手の平より少し大きい投げナイフ。
形もいろいろ違っているけれど、持ち手の先に細い紐がついている。
「これはなに?」
「回収用の紐です。投擲武器の使い方を教えてくれた方から、この回収方法も教えて頂きました。少し経費をかけて、この紐伝いに毒薬などを流し込めるように改良したものもあります。使い方は……ちょっと見ていてくださいね」
そういうとイオは、立ち上がることもなくニコッと笑う。
見ていて、とはいったい何を? と聞く前に、彼が持っていたはずのナイフが手の中から消えていた。
「……あ、あれ? ナイフどこ行ったの」
「え? 今しがた投げて、あの木の幹に」
「いやいや、だって投げる動作も見えなかったし、そんな筈……うわっ!? え、嘘。本当にナイフが突き刺さってる」
「投げて刺さってない方が問題ですよ、ライムさん……僕は今まで投擲術と剣術で身を守っていたので」
数メートル先に立つ木の幹には、確かに鈍色のナイフが突き刺さっていた。
そこからまっすぐにイオの手に伸びる細長い紐。
紐、と言うか糸と表現する方が正しいかもしれない。
(この紐ちゃんと注意して見ないと分からなくなる、かも。細いし、景色に馴染んでるし)
ピンっと木の幹からイオの手元まで真っすぐに伸びた細い糸を何度か確かめてみた。
まぁ、遠くに結ばれている紐は景色に同化していて殆ど見えなかったんだけどね。
「アレの木が敵だと仮定して……――― 敵を倒した後、本来ならばこちらから敵に近づいて投擲武器を回収しなくてはいけません。遠距離武器ですし、かなり遠いところから投げることも多く、敵が多くいる場所へ武器を投げることもあります。そういった場合、回収の時間が取れずナイフの回収を諦めざるを得ないのですが、この回収紐が付いていると―――…こうして、少し引っ張れば、容易く回収できるので色々と節約になるんですよ」
丁寧に説明をしながら、紐を引くような動作をした。
ナイフはどこに行ったんだろうと確認しようと視線を木へ向けるんだけど、そこにナイフはない。
内心動揺しつつ視線を戻せば、すでにナイフはイオの手の中にあった。
(ねぇ、どうなってるのコレ。動体視力が悪いわけではない、と思うんだけど)
「あー…うん。そうだよね、いちいち買い足してたら破産確定っていうか……金属製の武器ってすごく高いだろうし」
「ええ。投擲武器の適正や才能があっても、選ぶ人間が少ないのはそういう一面もあるんです。使い勝手も用途も多岐に渡りますし、使いやすいとは思うのですが」
職人も少なくて、と苦笑するイオに少し同情しつつ、手持ちの布を水で濡らし顔を拭く。
作り手が少なければ武器そのものも高くなる。
錬金術師と同じく職人さんも『技術料』は必ず請求するからね。
動揺しているのを悟られないようにしながら、障害物が多い中で的確に……それも一瞬で、的へナイフを命中させたイオが少し怖くなった。
(騎士科ってベルみたいな人の集まりだったりしないよね……?)
そんなことを考えつつ、私はトランクを開けてそこから目的のものを取り出した。
折り畳み式のミニテーブルと武器を買った時におまけでもらったナイフ、調味料なんかを出していく。
最後にヤカンを吊るす為のトライポットを出して、トランクを閉める。
「こちらは僕が組み立てておきます。焚火の上に設置しておけばいいでしょうか」
「うん。それで、トライポットを設置したらこれぶら下げておいてくれる? お水と茶葉は入ってるから、一度沸騰したら火から下ろしてくれると助かるかな」
「わかりました。あ、でもカップを渡してくれれば僕が淹れますよ」
「じゃあお願い。スープの代わりにお茶でもいいよね」
「朝食を作っていただけるだけで充分です。携帯食料でやり過ごそうと思っていたので」
そう言って苦笑するイオと副隊長さんの姿が重なった。
(なんか、将来あんな感じになりそうだよね……イオ)
鉄串に肉を刺していく。
塩と乾燥させた香草を合わせた香草塩をかけ、間にマタネギの串切りなどを挟む。
ついでにベーコンも切ったのでこっちは表面をあぶる程度に火から離した。
焚火を囲むようにおいて貰い、イオも焼き加減を見るくらいならできると言うので、串焼きは任せることに。
持ってきたパンを半分に切って炙りつつ、マトマは程よい厚さに切っておく。
リーフスは軽く水で洗ってから千切ってボウルに入れておく。
(……チーズ、ちょっとだけ使っちゃおーっと)
そもそも私のモノでもあるし、問題ないだろうとポーチからチーズを取り出す。
程よい大きさに切って、軽くあぶった後パンに乗せ、マトマやリーフス、炙っていたベーコンを挟む。
「熱いうちに食べて、こっちはイオの。エルの分はどうしたらいいかな……起きてきてからの方がいいならそうするけど」
「ああ、ちょっと待ってください。僕が声をかけてきます」
割と素早い動きでその場から離れたイオは、近くに建てていたテントに顔だけつっこんで短くエルの名前を呼ぶとさっさと戻ってきた。
「一応朝食です、とは伝えてきました。僕が食べ終わるまでに来なければ、僕が代わりに食べますよ。それより、その……我慢できないので先に食べてもいいでしょうか……?」
「うん、チーズとベーコン熱いうちに食べて。私も食べよーっと」
大きく口を開けてパンにかぶりつく。
温めたパンと熱で溶けたチーズ、程よくあぶったベーコンの脂、そしてさっぱりした味わいのマトマにシャクシャクしたリーフスの触感を味わう。
ソースは使わなかったけれど、ベーコンとチーズの塩気だけで十分、というか丁度いい味わいだ。
「やっぱり炙ったチーズとベーコン一緒にすると美味しいね」
「こんなに贅沢な朝食を食べられるなんて……すごく美味しいです。ベーコンは時々自分たちで作りますがここまで美味しくはできませんし、チーズなんて殆ど食べられませんからね……急ぐ旅なのはわかるんですが、こういう物を朝から食べられると気持ちよく働けます。あ、いくらでしょうか。材料を見る限り銀貨二枚位かとは思うのですが……その、錬金術で作られているかどうか僕には判断できなくて」
あっという間に三分の一ほどになったパンを片手に、イオが懐へ手を入れる。
初めてエルとイオに会った時、スリに合わないように大体の人間は、上着の内側に財布を入れていると聞かせてもらったのを思い出した。
「イオ、ちょっと待った。お金はいらないよ。だってイオもエルも護衛タダで引き受けてくれてる訳だし、私が自分のご飯作るついでに用意しただけだもん」
「そういう訳には……一般的に護衛の分の食事を用意する義務は雇い主にはありません。そういう条件で護衛を引き受けた場合でもない限り、自分の分は自分で用意するのが基本なので」
「毎日ご飯用意するなら話は別だけど、今回は無理を言って付いて来て貰ってるし……もしお金貰うならもうちょっとちゃんとした物作らないと申し訳ないよ。それに、昼から夕方にかけては用意できないだろうから携帯食料になるしさ」
朝しかゆっくり食べられそうにないから、と言えばイオは困ったような苦笑を浮かべる。
私としても、お金を貰おうと思って作ったわけじゃない適当なご飯にお金を払われると、気持ちが悪いんだよね。
「じゃあ、お金の代わりにしっかり護衛と採取の手伝いしてくれる? そっちの方が正直助かる。ほら、切羽詰まった状態なの知ってるでしょ? あ、お肉焼けたよ」
「……わかりました。ライムさんがそれでいいなら、ありがたくご馳走になります。僕も、あまり懐が温かいわけではないので、助かります」
すいません、と謝罪しつつ財布からようやく手を離してくれたイオに、素早く肉の串を押し付ける。
両手が塞がっていれば、財布に手を伸ばすこともないだろうし。
私もパンを食べ終えた頃に半分寝ぼけた顔のエルがテントから顔を出し、イオが肉串を食べているのを見て目をパッと見開いた。
「おはよう、エル。早く来ないとエルの分までイオに食べられちゃうよー」
「え、俺の分もあるのか? やった、今行くっ」
一瞬驚いた後、転がるようにテントからこちらへ向かってきたエルにパンを作っていると、イオが小さな声でため息交じりに囁いた。
その口元は楽しそうに笑っている。
「もう少し起きて来るのが遅かったら僕が食べられたんですけど」
「確かに! よかったね、エル。起きるのが間に合って」
「おいおい、なんだよそれ。こんな美味そうなの内緒で食うのはずるいだろ。あ、いくらだ?銀貨二枚で足りるか?」
「ここにもいた。簡単な手抜き料理にお金払いたがる人」
嬉しそうに焚火のそばに座ったエルが、横から取り上げられたら堪らない! とでも言うように、手早く食事のあいさつを口にして、豪快にかぶりつく。
表情を見るだけで口に合ったのが分かるエルの食べ方は、見ていて気持ちがいい。
イオはお茶の入ったカップを私とエルに渡して、もぐもぐと肉串を食べ進めている。
エルは活動的な印象が強いからか沢山食べるイメージがあるけど、イオはその逆だ。
だから、肉串も一本食べれば満足だろうなーと思っていた。
(細くてもやっぱり食べるんだね。肉串も一本で結構な量があるんだけど)
「いえ、あの、ですからお金払うのが当たり前で……友人間でも普通に支払い関係はキッチリしますし」
「じゃあ、今度から一泊二泊の採取じゃ食事代はいらないって覚えておいて。三泊目からは貰うけど、銀貨一枚」
「……それでも少なすぎますよ、ライムさん」
苦笑するイオに食べきれないと判断した自分の分の肉串を差し出せば、受け取って食べ始めた。
エルもイオの様に渋ったけれど、私が譲らないことが分かったみたい。
苦笑しつつ財布をしまって、すぐに『代わりにその分働くから何でも言ってほしい』と真剣な顔で私に言った。
「お肉とパン持ったままじゃ色々台無しだとおもう」
「同感です」
「し、仕方ねーだろ! 俺が置いたらイオに食われるっ」
「……食べないですよ? たぶん」
「お前、俺より食うくせに何言ってんだ。ライム、いいか? こいつ、痩せの大食いで有名なんだぜ。騎士科の食堂にさ、挑戦メニューって言うのがあるんだけど、一学年で初めて完食した上に、有り金全部自分に賭けて一儲けしてさ」
は、と思わず食べるのを止めてイオを見ると気まずそうに視線を逸らして、もぐもぐと肉串を食べている。
「しかも、その後どうしたと思う? しこたま食った後に、こいつの事を普段からひ弱だのなんだのってバカにしてた奴を食後の運動って名目でボコボコにしたんだ。挙句『貴方からの掛け金の回収がまだでしたね』って笑顔で服ひん剥いて、購買部に持ち込んだんだぜ? パンツ一丁で訓練場に転がされた奴は、腕っぷしに自信があった不良崩れだったんだ。で、イオに負かされてから、そいつら訓練された番犬みたいになって……あ、面白いからそのうち見に来いよ! あいつらも人数結構多いし、何かあった時、助けになる筈だ」
「ちょ、そんな話をライムさんにしないでください!!」
顔を赤くしてエルに食って掛かるイオを見て私は妙に納得した。
(だってさ、ただ大人しくて勉強ができる人が癖のあるリアンと気が合う訳ないもんね……イオがミントと同じ怒らせちゃダメなタイプだとは思わなかったけど)
初めて会った時の印象は、あんまり参考にならないなと改めて思う。
エルとイオの軽口を聴きながら、私は朝食を終えて手早く採取の準備に取り掛かる。
テントや焚火なんかの始末は全部二人がやってくれるらしいので、素直に任せておく。
私より確実に早いしね。
「(背負い籠にはいくつか採取用の袋を入れたし、腰にも色々入れられるように採取袋とかは下げた。水はここを出る前に汲めばいいかな) そういえば、何時くらいにここ出るの?」
「あー……到着が夜でも良くて体力が持つなら、夕方までいられる。安全を優先するなら昼過ぎが妥当じゃないか」
「僕たちはどちらでも構いませんが、夕方まで採取をした方がいいと思います。モンスターや魔物もこの場所に出るのはたかが知れていますし、亜種の発生などもないみたいですから」
二人の言うことはもっともだったので、夕方までの採取をして夜に帰るということで決定。
大量に、効率よく採取する為にどのあたりに泉があるのかを確認する。
貰った地図で採取のポイントをチェックしつつ、回る順番を決めた後は野営道具なんかをすべてトランクへしまい込んだら出発だ。
◇◆◇
夜空が朝日に押し上げられていく空を眺めていると、エルがトランクを背負ってくれた。
エルは信用できる相手だし、一緒に行動する護衛だから問題はない。
でも、基本的に荷物を人に預けるという行為は避けた方がいいと前に教えられたのをぼんやり思い出した。
採取に限らず、荷物は少なからず持ち歩くことになる。
大体は荷物運びを専門に請け負う冒険者や業者を雇ったり、荷台やそれを牽く動物を借りたりするのが普通だ。
出発時は雇わず、帰りだけ雇うっていうのもありらしい。
ただ、それができない場合は、自分で持ち歩くか、街にある専門業者や駐在所に預けるっていう選択肢もある。
駐在所に預ける場合は、盗まれてもいいという前提が必要らしい。
(流石にトライグル王国の首都であるモルダスで働く騎士たちは、盗みなどを働くことは稀なことらしいんだけど……態度の悪い騎士の人って見たことないからなぁ)
首都から離れるにつれて、荷物の中から手数料代わりに金目の物を拝借する騎士は少なからずいるって教えられてからは、荷物は自分たちで運ぼうと心に誓った。
(地方の騎士にも、辺境地手当って言うのがあるらしいけど……物価が高いところでも給料は一定だから、生活が苦しくなるんだっけ。国勤めの人でもそうなんだから、そういう所でお店開くと大変そうだよね……盗難防止用の商品ケースとか開発したら、すごい儲かりそう)
自分で考えた採取ルートを二人に話し、歩きつつ目に入った薬草の類を片っ端から採取する。
最初は目的地に着くのを優先した方が、って言われたんだけど、採取のために足を止める必要がないことを知った二人は、すぐに何も言わなくなった。
「しっかし、よく歩きながら採取できるな。一瞬屈んだと思ったら、手に薬草持ってるしさ」
「一株か二株しかないからこんなものじゃないかな。アオ草は根をちゃんと残せば問題ないし、アルミス草は根っこと一番初めに出る脇芽を残して刈り取ればいいだけだもん。ここら辺で採れる薬草とかって繁殖力が旺盛な奴ばっかりだから、最悪根さえ残しておけば生えてくるし」
何より丁寧に採取していたら、あっという間に日が暮れてしまう。
摘み取ったアオ草を麻袋へ放り込んで、木々の合間を縫うように進む。
少しずつ明るい朝日が木々の間を照らしてくれるので、結構きれいだ。
私は今、キャンプしていた場所から三十分ほど離れた所にある採取場所にいる。
この周辺にはまだ誰も足を踏み入れていなかったらしく、アオ草やアルミス草、薬草と呼ばれるエキセア草などが茂っていた。
警戒はエルに任せて、イオと共に薬草を刈り取る作業を開始。
結構な広さがあるので使うのは短剣じゃなく採取用の鎌だ。
採取っぽさがないってエルがぽつっと呟いてたけど、見た目より成果が大事なので聞かなかったことにした。
薬草の新芽などを踏まないようにしつつ、採取をすること二十分。
大きめの麻袋に四分の一ほどにしかならなかったけれど、回るべき場所はまだあるので、移動を開始する。
ここでの採取をしている間モンスターが出なかったので、エルは少し暇そうだった。
「ライムさん、本当に採取が早いですね。僕が自分の周り一メートルを刈り取る間に、ほかの薬草を刈り終えていましたし」
「慣れれば誰にでもできるよ。けど、リアンが言っていたみたいに、根こそぎ素材を採取している人はこっちの方に来てないみたいだね。まだ一か所目だから何とも言えないけど」
「この辺りは分かりにくいし、ウルフの縄張りも近いからな。荒らされてるのは、比較的浅い場所が多いって聞いたな。最近は、巡回している場所から少し離れた所にも範囲を広げつつあるらしい」
「少し慣れてきたのかもしれません。あまり凶暴なモンスターは出て来ないですからね。手口からすると、戦い慣れていない新人である可能性が高そうですね」
こんな調子で太陽が完全に夜の雰囲気を払拭した頃には、予定していた採取地の半分を回り終えていた。
何回かウルフが襲って来ていたらしい。
採取に集中していた私は全く気づけなくて、エルが慣れた手つきでウルフの討伐部位を剥ぎ取っていた時には驚いた。
他に私の背後や前方に野良ネズミリスやスライムが出ていたらしいんだけど、こっちはイオが倒してくれたみたい。
「あ、そっか。新人が受けやすい依頼って採取依頼くらいだもんね」
「金になるのは街中での手伝いなのに不思議だよなぁ……アレも依頼なのにさ。中堅の冒険者はそっちを積極的に受けるらしいぜ、報酬が確定しているから色々都合がいいんだって聞いてる。討伐依頼や採取だと、獲物と出会えるかどうかわからないし、素材も物によっては“この辺りじゃ採れない”ものだってある」
「うわ、それ受けたら絶対失敗するんじゃ」
「大体が失敗したくないからって、店で金払ってその素材を集めるんだけどさ、支払金額と報酬が釣り合わないことなんてよくあるから実質赤字になって解散って、パーティーもよくあるらしいぜ」
ライムたちのところには、リアンがいるしそういう心配はなさそうだよな!
そういって笑うエルに素直に頷く。
「お金が絡む判断事はリアンが必ず担当しているから、間違ってもそういう状態にはならないと思う。私たちも依頼を受ける時について行ってるけど、説明されて納得する感じだし……依頼の見極め方とか冒険者ギルドで教えてくれたりはしないんだよね?」
「ない、ですね。そういうのは『自分で気付くか、自主的に学んで頂いております』って登録した時に言われたので」
軽口をたたきつつ、私たちは足を進める。
こうして話していると臆病なモンスターや動物はこちらに襲い掛かってこなかった。
森の奥に進むにつれて差し込む光は減っていく。
それは単純に木の数が多くなったからなんだけど、薄暗いと素材を見逃すこともあるのであまり嬉しくはない。
(けど、地図に書いてあった採取ポイントって、足を踏み入れられるギリギリの範囲に密集してるんだよね。近いのはありがたいけど、この暗さは嬉しくないや)
人が入らなければ、薬草は増えていく。
リンカの森は大きく三区画に分かれていて、新人が入れる場所は第一区間と呼ばれる最も浅い場所だ。
だから新人も多く、いざこざも多いそうだ。
第一区間と第二区間を区切るように柵が設けられているけれど、新人の中にはそれを乗り越えて第二区間で泉の水を汲もうとするのが一定数いるんだとか。
(水が湧いているのは第三区間だから、そりゃ第一区間より奥で採取した方が品質もいいのは分かる。でも、モンスターの強さが違うって聞いたら行かないよね)
死んだら元も子もないし、と私は考えるんだけど成果を出そうと躍起になっている人って言うのは、自分に都合の悪いことは綺麗に忘れるらしい。
柵周辺を移動しながら採取を続けているうちに、エルとイオが二人とも見張りと警戒に当たることになった。
「すいません、手伝うという話だったのに」
「いやいや、モンスターに襲われる方が怖いから警戒してくれる方が助かるよ。今まで採取って一人でやるものだったから、一人で採取するのは慣れてるし、警戒ってどうも忘れちゃうんだよね。採取に夢中になっちゃうみたいで」
「ライムって二つの事同時にできなさそうだもんな。俺も人のことは言えないけどさ」
「あはは。それベルとリアンにも言われてる」
もう少しで一つ目の大袋がアオ草でいっぱいになるし、ほかの薬草も中袋一つ分は確保できそうだ。
せめて大袋二つ分は確保したいと思っていたから、どんどん刈り取って素早く仕分けをしていく。
(痛んでるわけでも、枯れてる訳でもないから、この辺りに人は来てないみたいだね。やっぱり、エルやイオの言う通り新人冒険者が刈り取ったのかな)
うーん、とモヤモヤしたものを抱えつつ、腕を動かす。
そんな感じで比較的順調に採取をしていたんだけど、人通りが多い場所近くにある採取ポイントへ向かっている時の事だった。
悲鳴と何かの咆哮に、のんびりした空気を見事に打ち砕かれたのは。
直ちに警戒を強める二人をよそに、私は周囲に群生しているアオ草やアルミス草を片っ端から刈り取って、袋の口をぎゅっと縛った。
折角、たくさん集めたのに置いていくのは御免だからね。
「エル。トランクは私が持つから貸して」
「悪い、助かる。採取の前に、ちょっと様子を……――――」
「待ってください、僕が様子を見てきます。エルはライムさんを頼みます。僕の方が身軽ですし、どこかの誰かさんのように考えもなく突っ込んでいくことはしないので」
「……だから、それに関しては謝っただろ。まぁ、いいや。頼む」
小さく頷いて声の聞こえた方へ走り去ったイオは、腰の道具入れから素早く布を取り出して頭に巻いていた。
頭に布を巻き付ける行為はいつぞやの時に見たな、と考えているとエルがイオの行動の意味を改めて教えてくれる。
「俺らは見習いで正式な騎士じゃないからな。間違って攻撃される事もあるし、面倒ごとに巻き込まれることもある。だから、ああやって布を巻くことで相手に顔を覚えられないようにするんだ」
「騎士も大変なんだね。けどさ、さっきの悲鳴って何だったと思う?」
「多分、第二区間からこっちに移動してきたウルフにでも襲われたんだろうな。一定の強さを手に入れたウルフは、第二区間で五頭程度の群れを作る。この時期はウルフの子供が食べ盛りになるから、こっちに餌を取りに来ることもあるんだ」
ウルフと言われて思い浮かぶのは、ベルが首を刎ねて胴体とその生首を引きずって歩いてくる姿。
そっと視線をそらして、思い描いた内容を伝えるとエルが何とも言えない複雑そうな表情で慰めてくれた。
「その、ほら。忘れるのって大事だぜ」
「わかってる。わかってるけど、割と衝撃的でさ……印象が強すぎてあと十年はハッキリ思い出せちゃう気がする」
「戦いなれてないライムにとっては割と衝撃的かもしれないけど、よくあるから慣れておいた方がいいぞ。血抜きしながら歩くって割とよくあるんだ。まぁ、敵をおびき寄せる時にも使う手段だけどな」
「エルもやるの?」
「やろうと思えばできるけど、討伐部位切り取ったら埋めてるな。次の獲物倒した方が金になるし」
ウルフの討伐部位はいくつかあるけれど、牙はよく売れるらしい。
牙をどこに持ち込めば高く売れるのか教えてもらっているうちに、イオが戻ってきた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
誤字脱字変換ミスなどありましたら、誤字報告してくださると有難いです。
すいません、本当に毎度の事ながら……(汗