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97話 緊急採取へ出発!

 前半と後半で視点が変わります。

前半はライム、後半はベル視点になっています。


……恋愛色を投下したくてやってみた、けれども、わりと上手くいかない。むずい。






 東駐在所から戻ってきた私たちは直ぐにソファで話し合うことにした。



ベルの紅茶を飲みながらいつもの席に着く私たちと、空いている場所に腰かけたエルとイオ。

サフルは呼ばれるまで店の掃除を続けるみたい。


 午前中で既に工房の窓も床も壁も磨き終えたから、今度はリアンが書いた指示通り家具や棚を移動しますって言ってた。



(特効薬を飲んでから体調もいいみたいだし、栄養剤を飲んでからは体力も回復してきているみたいだもんね。訓練がどうこうって言ってたけど、どうなったんだろ)



あの場では頼みにくかったし、ベルが契約しに行く時に聞くの忘れないようにしないとね。

 全員が一息ついたのを見計らって、珍しくベルが口を開いた。



「それで? 騎士団に売りつけるアイテムを作るのはいいとして、素材が足りなくなるのではなくて? 東駐在所の分だけといってもかなりの人数がいるでしょう。お試しだとしても、回復薬は最低でも百は必要で、素材の中にはスライムの核なんかも必要になることは考えなくとも分かりますわ。不足素材を購入していたら赤字は間違いなしですけれど、どうするつもりなのかしら」


「そう言われるとアオ草とアルミス草も足りないね。用意する回復薬がアルミス軟膏と初級ポーションの二種類だとしても、この二つは結構な数用意しないと」



他に必要な物を新しく買った黒板に書いていく。


 数をどのくらい用意するかは別として、確実に足りないものが幾つかあった。

水素材は井戸水とかでどうにかなるけど、薬草系とスライムの核が足りない。どう考えても。



「食材系はウォード商会で大量に仕入れられるし、まだ結構な在庫があるからいいけど……依頼出すと高くつくし、やっぱり採取に行くしかないかな」


「採取に行くなら俺らが護衛するぜ? 丁度肩慣らしにリンカの森に行く予定だったし、リンカの森にはスライムもいる」


「そうですね、薬草も特徴を教えてくれれば少しは手伝えるかと。リンカの森に出るモンスターは強くないですし、変異種などが出ても駐在騎士がいますから」



 イオによるとリンカの森の駐在騎士は、東西南北の駐在所から十人ずつ選出されたり希望者を各部隊から派遣する仕組みなんだって。

以前会った親切な騎士さん達は街の中で警備をするより自由に動けることもあってか、所属部隊に関わらず仲がいいそうだ。



「前に地図も貰ってるし、採取場所はリンカの森しかないよね。調合の時間も確保しなきゃいけないし―――…ちなみにだけど誰が行くの? ベルがいく?」



調合も採取も好きだからできれば行きたい、と思いながら一番『外』へ行きたいだろうベルに視線を向けると私の声なんて聞こえなかったみたいにお茶を飲んでいる。

あれ? もっと「当たり前ですわ」とかそういう返事が返ってくると思ったんだけど。


 首を傾げた私を見たからか、今まで黙っていたリアンが口を開いた。



「採取なら君だろう。僕やベルより断然速く量を集められるし、処理も完璧だからな。戦闘能力で不安は残るが……まぁ、その二人がいるなら問題ない。ただ採取にかけられる時間はあまり多くないぞ。明日の早朝出発して翌日の夕方には戻ってきてほしい」



ベルも行きたいんじゃないかと思って視線を向けると苦笑して肩を竦める。



「私も問題ないと思うわ。調香も中々決まらないのよね……まぁ、それを後に回して先に騎士団に売りつける分を用意するつもりだけど」



回復アイテムはいざと言う時生死を分けるから、と静かな口調で話すベルにエルが視線を泳がせるのがわかった。



「ってことは採取地で一泊しなきゃいけないんだね。スープはまとめて作って置くし、パンはどうにかなるかなぁ。飲み水はリンカの森で調達できるし必要な物は食糧と寝袋くらい? 薪とかもあるよね、森だし」


「必要な物は後で教えますよ。野営は僕らの方が慣れていますから」


「だな。寝る場所については駐在所の近くでするからモンスターに襲われることもそうない筈だ」


「わかった。ライム、目についた素材は常識の範囲内であるだけ採取して来てくれ―――……もし三人がいいなら今日にでも出発してくれると助かる」



最近薬草系の価格が高騰してきているから、無茶な採取を行う者も増えてるようだとギルドで小耳に挟んだ。


 そう話すリアンにエルとイオの見習い騎士二人もその話は聞いた事があるらしい。

眉を寄せてそういえば、と話し始めた。



「俺もソレ聞いた事あるぜ。確か内容は『素材の買い取り価格が上がる』とか『回復アイテムが手に入りにくくなる』だったな。信じてるやつはあんまりいないけどな。素材の買い取り価格は割と頻繁に変動するし」


「主に騎士と冒険者の間で広がっている噂のようですね。実際、一部の素材は少しずつ値段が上がっているみたいですよ……一部の錬金術師が買い占めているという噂が一部に流れています。あとは、それに乗じて商人も数名が素材とソレを元に作られる回復アイテムを買い占めているとか」



この二人の発言でベルが何かに気付いたらしい。

 凄い形相で足と腕を組み、苛立ったように指でトントンと自分の肘を叩いている。



「その手口、十中八九騎士科の連中の仕業でしょうね。リアンの所が取引を辞めると意志表明したでしょう? その意趣返しのようなものだと思うわ。調べれば分かると思うけれど、買い占めている錬金術師は騎士科連中の息がかかった者といった所かしら――――…ほんと碌なことしないわね、ケツの穴の小さい脳筋共の癖に余計なことしやがって」



お腹の底から滲み出るような低い声の後に聞こえる盛大な舌打ち。

それを聞いたエルやイオが肩を震わせた。


(気持ちは分かる。怒り方が盗賊より怖いもん)



っていうか柄悪いけど大丈夫それ? お嬢様って舌打ちするの?



「脳筋だからこの程度のことしかできなかったのだろう、憤るよりも知性に恵まれなかったことを同情してやれ。似た様なことを一度やらかしているから学院の対応も早い筈だ。遅かったら各方面から苦情を入れて、事実に基づいた情報を流すと一筆入れて置けば手紙を見た瞬間に動くだろう。国公立の学院の不祥事はかなりのイメージダウンになるからな」


「それ、私たちにも影響があるのではなくて?」


「多少はあるかもしれないが、立ち回り方次第で今よりもいい評価を得られるぞ。聞くなら幾つか話すが」


「結構よ。貴方の話は無駄に長いから」



怖がるどころかあくどい笑顔を浮かべて紅茶を飲んでいるリアンに信じられないような視線を向け、騎士見習い二人は最後に私へ視線を向ける。

顔は二人とも同じくらい青い。


 とりあえず心配してるみたいだったから、私はいつものことだと答えておいた。



「ライム、お前なんだかんだで苦労してるんだな」


「僕にはとても……いえ、気合を入れればどうにか…いや、毎日はちょっと無理ですね、どう考えても」


「慣れれば平気だよ? そんな事より、採取どうしよっか」



私としては可能な限り採取して、可能な限り調合したいんだよね。

 作るアイテムは難しくないから採取する時間は考慮しなくても大丈夫だろう。

スライムの核がどのくらい取れるかが分からない以上、できるだけスライムを見つけて倒さなくちゃいけない。


 正直言うと移動時間がすっごく勿体なく思う。

長距離だったり知らない場所に行く時はワクワクするけど、急ぎの時って何でこうもどかしいんだろ。



「二人が大丈夫ならこの後直ぐにでも出発したいんだけど、どうかな。この時間なら夜には着くよね?」


「ライムは俺らと変わらないぐらいの速度で歩けるし体力もあるから、夜までには着ける。もし陽が落ちてもランプを持って行けば問題ないし、この辺りのモンスターはそう強くねぇからな」


「盗賊なんかもいないですしね、この時期は。用意しなくてはいけない物は寝袋や念の為に魔物除けなどでしょうか。ああ、食事は露店で適当に買って行った方がいいかもしれません。調理をするとどうしても時間がかかりますし」


「作り置きで幾つかパンとベーコン、ジャムもあるよ。寝袋とかはトランクに入ったままだからそのまま持っていけば大丈夫。荷台はいる?」


「大量の素材を乗せる荷台は必要だな。流石にそのポーチには入らないだろ」


「ポーチに詰め込むのは大変だろうけど、トランク持って行けばそっちに入るよ。二人の寝袋とかもトランクに入れれば、荷物はトランクだけになるし。中くらいの樽はちょっと出すとき大変だから嫌だけど、小さいのなら持って行けるし幾つか持って行こうかな」



「規格外だよな、ライムも大概。まぁ、便利な道具があるなら使わないとな。んじゃ、行く前に俺とイオの家に寄ってもらっていいか? 荷物取って来るからさ」


「魔石ランプは僕らがそれぞれ持っているので安心してください。魔物除けもあります。今回の遠征では使わなかったので」



トランクはエルが背負うと言っていたのでお願いすることにした。


 イオ曰く、エルの体力は騎士科でも群を抜いているらしい。

今回の遠征でもソレは証明されたらしく体力のない同級生を背負って歩いても全然疲れていなかった、とため息混じりに教えてくれた。


 一階の自分の部屋からトランクを持って戻ると、ベルがエルに何かを渡していた。

私に気付いてからは自分の調合棚から爆弾を二つ。



「今日行くそうね、一応これ持っていってちょうだい。使わなかったらそのまま返してくれればいいわ―――…樽は今持って来るからちょっと待ってて」



私の手にフラバンを二つ握らせてベルは颯爽と地下へ向かった。


 機嫌はかなり良さそうだったので、何かいいことがあったんだろう。

首を傾げつつお礼を言ってポーチに仕舞い、代わりにパンとベーコンの入った袋とジャムの瓶を取り出す。



「コレ、全部食べちゃってもいいし、食べないなら地下に置いておいて。スープ作って行けなくてごめん」



はい、とイオと話していたリアンに渡せば少し驚いていたけれど受け取ってくれた。


 代わりに渡されたのは魔力ポーションとアルミスティーの茶葉、そしてクッキー。

ポーションは分かるけど残りの二つはどうしたのだろうと袋からリアンに視線を向けると、私にくるっと背を向けて調合窯の方へ歩いて行ってしまう。



「ポーションはともかく、残りは使い切って構わない。片手間に調合したものだからな。無茶をして調合が出来なくなったら本末転倒だ、せいぜい気を付けてくれ」



品質は問題なかったから飲食しても問題はない筈だ、とそれだけ言って調合の準備を始めてしまった。



「うん、ありがと。お腹空いたら食べるね」



リアンから貰ったアイテムもポーチに収納。


 地下から小さな樽を四つほど抱えて来てくれたベルにお礼を言って、トランクへしまい込んでから私はエルやイオと共に工房を後にした。

サフルが工房前まで見送ってくれて、出発する間際に頭を下げ震える声で



「いってらっしゃいませ……!エル様、イオ様どうか、どうかライム様を宜しくお願いいたします」



なんて言っていたのには驚いた。

エルとイオは顔を見合わせたけれど、安心させるようにサフルの肩をポンッと叩いてニッと自信に満ちた笑顔を浮かべる。



「行先がどこであれお前の主人はちゃんと守る。俺の命の恩人でもあるし、大事な友達だからな」


「まだ正式な騎士の資格はありませんが『騎士を志す者』として護衛対象は何を犠牲にしてでも守ります。大事な友人ですから」


「私も爆弾とか回復アイテム持ってるし、いざとなればエルとイオもいるから大丈夫。ベルとリアンのお世話宜しくねっ」


「はい、お任せください。どうか、どうかお気を付けて」



深く頭を下げたままのサフルに手を振って私はエルとイオに挟まれるように、彼らの荷物を回収する為に二人の家に向った。


 ここでは何度も頭を下げられて、エルの家族に至っては「ライムさんに怪我一つでもさせたら分かってるんだろうな?」とエルに念押ししてた。

いや、そこは息子の心配するところなんじゃないの?


イオにこっそりそう聞くと「腕を治してもらった恩人の護衛ですから気合が入ってるんだと思いますよ」らしい。



 騎士も騎士の家も色々と大変だなぁ……。

そんなことを考えながら、私たちは首都モルダスを後にした。





◇◆◇◆






 遠ざかる双色の髪を窓ガラス越しに見て、私は溜息を吐く。



 素知らぬ顔で調合機材を準備し、地下から素材を持ってきた男は頑なに窓を見ない様にしているようだった。



(こいつも分かりやすいわよねぇ。ほんと)



はぁっと息を吐いて、私は自分の作業机に向かう。


 調香した香油は3つ。

作っている内に訳が分からなくなったので一旦保留にしたけど、意見を聞こうと思っていたライムは採取に出かけてしまった。


 意見は多い方がいいか、と三つの瓶を持って近付けば気配で分かったらしい。

あまり良いと言えない目つきの男がゆっくりと面倒そうに視線を投げてきた。



「どれがいいのか意見だけ聞かせて頂戴。調香している内に訳が分からなくなってきたのよね」



そういうことなら、と香油をじぃっと見つめ、片っ端から瓶を開けて香りを確かめる。


 ふむ、と少し考えてから真ん中の香油を指さした。

甘い果物と花独特の匂いが混じった一番強く甘い香りの瓶だ。



「コレだろうな。僕やライムが調香したものと被らない。右のはやや香りが薄いから、香水代わりにはならないだろうし、左の物はライムが調香したものに少し似ている」


「言われてみればこれが一番香りが強いのよね……まぁ、これ以上時間も掛けてられないしこれにするわ。悪かったわね、時間とらせて」



トリーシャ液を調合してしまおうと地下から持って来ていた素材の処理を始める。


 工房内には暫く調合窯から聞こえる液体がぐつぐつ沸く音とサフルが掃除をする音、素材を切ったり摺りつぶす音だけが響いていた。

淡々と作業をしながら、ふと普段こんなに工房内は静かだっただろうかと思う。


 釜の中をかき混ぜながら普段の様子を思い出す。

工房の中はいつも賑やかでどこか明るく、居心地が良かった。



「―――……ライムがいないと随分静かね」



無意識に零れた言葉にハッと我に返ったが別に不都合があるわけではないので、そのまま作業を続ける。

 別にこの嫌味で素直ではない眼鏡の同期生を嫌いなわけではではない。



(癖は強いし筋金入りの商人ではあるけれど、人間的には悪くないのよね。武器に問題ありで口が悪くて、嫌味で体力皆無だけど……冷静になって考えると普通に出会ってたら確実に上辺だけの付き合いしてるわねコレ)



ないわ、と改めて息を吐くと抑揚のない声が耳に入ってきた。


 視線だけ声の主へ向けるとリアンは眼鏡の位置を直して、調合窯に素材を入れ始める。

素材の種類を見る限りだと、どうやらアルミス軟膏を作るつもりらしい。



「工房が煩いのはライムがいるからだろう」



静かでいいじゃないかと何処か投げやりに口にするリアンは、多分自分がどんな顔をしているのか分かっていないんだろう。


 恋愛感情ではないにしても、この学年首席の頭でっかちな男は色々抜けている双色の同期生を放ってはおけない筈だ。



(こういう所は、腹が立つぐらい似てるのよね……私と)



言葉を交わす度に程よい距離感や気の置けない心地よすぎる空間が出来上がっていった。


 食事は勿論だけれど、ライムが無自覚に無意識にとる行動が新鮮で、面白くて、ちょっとだけ楽しみで。

肝が冷えることもあるけれど、元々根が素直なんだろう。

教えたことは素直に聞いて、聞いた事は嫌味もなく返してくる。


 キツイ物言いをしても臆さず怯まず、ムッとしてもすぐに忘れて引きずらない。

付き合いやすいし扱いやすいし把握しやすくて、でも絶対に自分の思い通りにはなってくれない子。




―――…家や周囲の状況を窺い、判断し、神経を張り詰めて生きている人間にとってライムは酷く居心地のいい相手だ。


 貴族関連の面倒ごとは尾を引くから、そっちの処理は出来るだけ私やリアンが手を回し、時に策を講じることで話はついている。

他の小さな揉め事やなんかは、まぁ、その場その場で対処するしかないけれど。



「そういえば『レシナのタルト』はどうだったの?」



聞いてなかったけれど、とこの男の態度が少し変わった原因について口にすれば苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。



「どうとは?」


「家族に食べさせてどうなったのか聞いてるの。嫁にとかなんとかって言われたんじゃない?」



ふっと鼻で笑ってやれば不快そうに眉をしかめる。


 ライムが作ったタルトは美味しかった。

もう一度食べたいと『私』が頼めばライムは作ってくれるだろう。



「……別に君には関係ないだろう」


「言われたのね。まぁ、商人から見たら『オランジェ様の孫』ってだけである程度の価値はあるし、本人もある種の天才みたいなものだから分からないでもないわ。ただ、あの子の恋愛的な思考回路死んでるんだから、上手いことやらないと三年後には“同じ工房で生活していた友達”で終わりよ」


「僕はそういう目でライムを見てないと何度言えば分かるんだ。友人関係であれば、オランジェ様の薬やタルトを売って貰うことも出来る」


「薬に関しては問題ないかもしれないけど、タルトについては少し賛同しかねるわね」



どういうことだ、と訝し気に視線を向けてくる男に私は内心とても驚いている。

見ていたらわかるでしょうに!と言いかけて、言葉を溜息に無理やり変換した。



「―――……一つ忠告よ。あの子とオランジェ様をあまり結びつけて考えない方がいいわ。元々気にするような性格じゃないかもしれないけれど、いずれ大きい壁にぶち当たるだろうから」



目標が近くて高いのって結構大変なのよ、と自分の経験を踏まえて口にする。


 私の場合は、優秀な姉たちがライムにとってのオランジェ様に当たる。

この男はそういう経験をしたことがないのだろう。

病弱で生きるか死ぬか、という状態で生きていた期間が長いことは調べさせて知っているから分かる。


 比べられるのは大変なの、と続ければリアンはますます理解できないという様に眉間に深い皺を刻む。



「ライムとオランジェ様は似ても似つかないだろう」


「そうでしょうね、血は繋がっていても別人だもの。で、アンタの家族の思い出はライムの家族の記憶にもつながる事、気付いてないのね……あの変態召喚師が話していたこと忘れた?」



 吐き捨てる様に言った言葉で漸く気づいたらしい。

普段は腹が立つほど察しがいいのに、ライムやオランジェ様が絡むとたちまち鈍くなる傾向がこの男にはある。


 ハンッと鼻で笑ってから、完成したトリーシャ液を瓶に詰めていく。

リアンの方は一瞬動きが止まったが、その程度でアルミス軟膏の品質に影響は出ない。

何事もなかったかのように作業を再開したのだろう、音と気配で何となくわかる。



「最後に残った自分の身内を自分の手で埋葬して、そのまま短くない年月を一人きりで過ごすなんて“大丈夫”で“平気”にならなきゃいけなかったんでしょうね。なまじ生活力が高かったのが悪かったんじゃないかしら……だって生活が出来なければ、孤児院で暮らしていたでしょう? そうすれば、思い出だらけの空っぽな環境せかいで小さな子供が一人で生きていかなくて済んだ」



ライムがいないから言えること。


 あの子は、多分「気にしなくてもいいのにー」とあっけらかんと笑うだろう。

そういう子だ。

辛いとか哀しいとか寂しいとかいう相手がいなかったから、恐らく吐き出し方も知らない。


だから、代わりにあの変態召喚師が嘆いたのだ。


 テントの中から聞こえたあの会話を意図せず耳にした私やリアン、そしてミントは聞かなかったことにするしかできなかった。

普段通りの対応ができていたか気になったけれど、ライムは気にしていなかったから恐らく大丈夫だっただろう。


ディルは私たちがあの会話を聞いていたことを知っているだろうけれど。



 トリーシャ液を詰めた瓶に封をして、並べていく。

リアンの方も調合が終わったらしく容器に完成した薬を移している所だった。



「どうしても食べたくなったら私に言ってちょうだい。私に頼まれるのとアンタに頼まれるのとでは違うでしょうから」


「―――……すまないがその時は頼む」


「貸し一つと言いたいところだけど、これから毎朝と寝る前に体力つけて頂戴。長距離採取旅なんて今後増えるわよ? ある程度戦闘できるようにしておかないと、何が起こるか分からないもの」


「後半については分かったが、朝晩することか? 調合と勉強の時間が削られ……」


「交換条件よ」


「ぐっ…!! チッ。僕のペースでやる。文句は受け付けないからな」


「あら随分な物言いですこと。精々頑張って頂戴」



ふっと笑えばリアンの肩の力が少しだけ抜けたらしい。


 地下へトリーシャ液を運ぶ前に、一度だけ窓に視線を向けて―――……早く帰って来ないかしら、なんて子供のようなことを考えた自分を恥じた。




ーーーー……ライムはこの工房の『核』なのだ。





ここまで読んで下さって有難うございます!

ブックとか評価とかなんかもう、嬉しいです。鏡餅になっても悔いはない。


誤字報告は年中無休で受け付けており、全力で感謝します。もうひれ伏す通り越して拝む勢いです。

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