喜び
男は王国のレンガ積の職人だった。
数十年間、毎日毎日、レンガを積み続けていた。
「この壁は一段おきに模様を変えてみよう。なぜかは説明できないが、レンガを積んでいる時が私の至福の時だ」男は楽しくて仕方なかった。
ある日、王国に大きな地震が起こった。ほとんどがレンガ造りの建物の国。滅的な被害を受けた。しかし男が積んだ建物だけが残った。
王様は耐震構造を研究している学者と施工者を召集した。
「君達が設計や施工した建物は全滅だ。しかしある男が関与した建物のみが残っている。積み方のどこかが違っていたのだ。どういう積み方が地震に強いのか、大至急、調査して報告しろ。今まで君達は何を研究していたのだ」王様は学者たちを怒鳴った。
学者たちは、名誉挽回とばかりに、我先に争って、男の技術を調査した。
数ヶ月後、学者たちは、「何が違うのか分らない」と王様へ報告した。男が積んだレンガの建物は学術的には説明できないが耐震性に優れているとの結論であった。
「我国の耐震対策をどのようにすればよいか、あなたから直接、みんなへ詳しく指導してもらえませんか」王様は男に頭を下げた。
「王様の頼みなら断るわけにはいきません。ただ、私は自分の仕事もありますので、その合間を縫って、指導するように致します」男は渋々引き受けた。
王様は、「建築業の方は必ず講習を受けるように」と呼びかけ、全国から人が集まった。
「これでは、自分の仕事ができません」男は余りの多忙に、すぐに悲鳴を上げた。
「それでは、あなたを建築技術大臣として任命します。この先ずっと、後進の指導に専念してください。高額な報酬も差し上げます」王様の熱意に男は頷くしかなかった。
一年が経った。
「こんな生活はもういやです」男が王様に直訴した。
「報酬が少ないのですか?」王様は聞いた。
「お金は十分です。自分にはもらいすぎです」
「では、なぜですか? 大臣の椅子の居心地はいいでしょう。あなたの評判も非常にいいですよ。皆が感謝していますよ」
「王様の言われるとおり、大臣と言う、地位名声、そして高額な報酬を頂きましたが、居心地はどちらかと言えば悪いです。そもそも、レンガを積んで何かになろうとか思ってもいませんでしたし、まさか大臣になるとは夢にも思っていませんでした」
「夢にも思ってもみなかった、大臣になったのだから喜びではないですか。何が不満なのですか」
「喜び? その喜びがないのです。建物を建てているときのレンガ積のような喜びがないのです。私はただ屋外で自らがレンガを積んでいたいのです」
「ただレンガを積んでいたい? あなたには欲がないのですか?」王様は首を傾けた。
「欲のためにレンガを積んでいるわけではありません」
「では、何のためなんですか?」
「喜びです。私は、ただレンガを積んでいればいいんです」と言って、男は王様の前へ辞表を差し出した。
翌日から再び、男は微笑みながら、ただレンガを積み続けた。
喜びとは何でしょうか。お金でしょうか? 名誉でしょうか? 結局はその人の思い一つなんです。自分の真の喜びとは何か、考えてみましょう。分不相応なお金や仕事は喜びではなく、反対に苦痛を生じさせることもあります。




