「冴えない眼鏡くん」と振った彼女に、僕が全部やっていたことを教えたら手のひらを返してきた
「……ごめんね、西条くん。私、やっぱり冴えない眼鏡くんとは付き合えないわ。もう話しかけないで」
放課後の教室。学園のマドンナ・栗栖葵は、取り巻きの女子二人に挟まれながら冷たく微笑んだ。
「葵さんの言う通りよ! 勉強ができるだけの地味男が調子に乗らないで」
「黙っていれば少しはマシになるかと思ったけど、相変わらずダサいし」
クラスの男子たちがクスクスと笑う。西条蓮は無言で眼鏡のツルを直し、短く息を吐いた。
「分かった。もう二度と関わらないよ」
「ふん、察しが良くて助かるわ。じゃあね」
葵たちは踵を返し、意気揚々と教室を出て行った。
蓮はポケットから文庫本を取り出すと、静かに目を通し始めた。
◇
翌日。登校時間直後の教室に、怒声が響き渡った。
「ちょっと西条くん! どういうことよこれ!」
教室のドアが激しく開き、葵が肩で息をしながら駆け込んできた。その後ろには青ざめた顔の取り巻きと、なぜか学年主任の教師まで立っている。
蓮は本から目を上げた。
「何のこと?」
「何のことじゃないわよ! 今日の文化祭実行委員の資料、なんで私が全部やることになってるのよ! それに、私が提出したはずのテストの解き直しノートも、私の筆跡じゃないって突き返されたんだけど!」
クラス中がざわつく。蓮は淡々と言った。
「当然だろう。今まで栗栖さんの課題も、実行委員の仕事も、全部僕が代わりにやって『君の名義』で提出していたんだから」
「な、なんですって……!?」
「『西条くん、私忙しいからこれやっておいて?』『断ったら口きいてあげない』と言われてやっていただけだ。振られた以上、君の世話を焼く義理はない。自分の仕事は自分でやれば?」
「そ、そんなの急に言われても困るわよ! 今週末が提出期限なのよ!?」
学年主任が慌てて割って入る。
「西条! 栗栖さんは学園の広告塔なんだ! 彼女の成績や評価が下がったら学園の恥になる! 今すぐ手伝いなさい!」
「お断りします。教師が生徒の不正を黙認して、真面目にやっている生徒に押し付けるんですか? 記録は全部残っていますが、理事長にお伝えしましょうか」
「ぐっ……そ、それは……」
主任が言葉に詰まる。葵は涙目になりながら蓮のデスクに両手を突いた。
「お願いよ西条くん! 今回だけでいいから! 私、あなたを見直すから! またお話ししてあげてもいいから!」
「僕の価値は、君に話しかけてもらうことで決まるわけじゃない」
蓮はそう言うと、眼鏡をゆっくりと外した。
ぼさぼさの前髪をかき上げ、胸ポケットのクロスでレンズを拭く。
その瞬間、教室の空気が変わった。
フレームの奥から現れたのは、思いのほか整った顔立ちと、少し目を引く二重の瞳だった。
地味で目立たなかった「眼鏡男」の印象はどこにもなかった。
「え……?」
「さい……じょう……くん……?」
「嘘でしょ……、イケメンじゃない……!?」
女子生徒たちがざわめく。男子たちは黙り込んだ。
葵は口を半開きにしたまま、赤くなって蓮の顔を見つめている。
「西条……くん……? あなた、そんな顔……」
「眼鏡は乱視の矯正と、面倒に絡まれないための保護色だ。……もういいか? うるさいんだが」
冷めた目で見下ろされ、葵の肩がびくりと震える。
「あ、あのね! 私、誤解してたみたい! あなたのこと、本当は――」
「見下していた相手が都合のいい顔と能力を持っていたからって、手のひらを返すな。みっともない」
蓮は眼鏡をポケットにしまうと、鞄を片手で持って立ち上がった。
「栗栖さん。自分で散らかした後始末くらい、自分でやりなさい。二度と僕の前に出てくるな」
葵は何も言い返せなかった。蓮はそのまま教室を出て行った。
廊下を歩く彼の背中に、声をかける者は誰もいなかった。
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