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元悪役令嬢ですが、公爵家令息の執着が重すぎて転生愛されモードが破綻寸前です。

作者: 雪見もち子
掲載日:2026/06/17

『魂を仮予約』された元悪役令嬢と、『愛が激重』な元大賢者による転生ラブコメディー。短編です。



公爵家令嬢として生まれ、権力、名声、美貌と全てにおいて私は恵まれていた。


メイド達に献身的な世話を焼かれ、美貌は特に目立っていた。

誰もが目を引く艶やかな金髪。ぷっくりとした蕾のような唇。ぱっちりとしたアクアマリンの瞳。縁取られた長い睫毛。


豊満な胸元は大粒のエメラルドで、さりげなく視線を宝石へと向けさせるという誘導線。

紫のマーメイドドレスはタイトで、裾周りが広がっているデザイン。

それにより、出るところは出て締まるところは締まってる女らしい体型を計算通りに演出していた。


「……今日も完璧ね」


おまけに才女としての知識は持ち、だからと言って男の前に出しゃばる事はしない、謙虚さも持ち合わせた私。


「さあ、今日も社交に彩りを与えなくてはね」


公爵令嬢としての品格、知性、そして華やかな私による、舞台は幕を開けた。



――王宮の舞踏会。


十八にして婚約者が居ないのは、私だけではない。今や売れ残りだと言われる時代は過ぎた。


そう、目当ては第一王子であり、次期国王の十六歳の少年。

王子の寵愛を一身に受けるべく、今日も私たち高位の令嬢は、熾烈な戦いを繰り広げていた。


「こんばんは、皆さん。今日も変わらずお元気な様子で安心しましたわ」


「あら、ヴィオレッタ様。貴女は相変わらず……派手ですわね」


対峙するのは、同格の公爵令嬢と取り巻き数名。


「……それに、男性を侍らせて、品が無いのでは?」


「ああ、頼まずとも勝手に集まるものですから……困りましたわね」


ライバルとひと時の会話を終え、その場を立ち去ろうとしたーーその時。


「きゃっ!!」


不意に真横から聞こえたソプラノの愛らしい悲鳴。


肩にかかる大きな手。

衝撃は当たる事なく、その手に引かれて私は彼の胸元に引き寄せられた。


「……ヴィオレッタ嬢、お怪我はありませんか?」


私の寄子である伯爵家令息の長子、レオンハルトだった。

相変わらず愛想のない顔でそつなく助けの手を伸ばす、そんな男。


「助かったわ、レオンハルト。怪我も無いですし、無事ですわ」


「そうですか、失礼しました」


再度ドレスに視線を向けるも汚れも特に見当たらなく、ほっと一安心する。

そう確認している内に彼はいつの間にか離れていた。


(顔は良くて、家柄もまずまず……。魔術師としての才能も高いのに、まだ婚約者の一人もいないなんて、勿体ないわね)


来て早々の小さなトラブル。

けれど、連日の社交で疲れていた私からしたら疲れが増すばかり。


気を取り直そうとダンスフロアへ向かうべく、方向転換しようとした時。


「あっ、あの!す、すみません!私――」


チラリと、声のする方へと視線を向ける。そこにはピンク色のドレスを着た少女が立ち竦んでいた。


(……もしかして、私に声をかけているのかしら?)


気付けば周りからは注目が密やかにされていた。チラチラと伺う周囲の者達。


私はこの場を放置するのも不都合だと判断し、静かに内心ため息を零した。


「幸い私のドレスの汚れは有りませんから、どうぞお気にせず」


「で、でも!!あの、お怒りにでは……!!」


「あら、私が短慮だと言いたいのかしら?」


ピクリ、彼女の肩が小さく跳ねた。


「下位の者が不慣れな場で小さな失敗をした所で、私に何の影響もありませんもの」


そして仕上げに優しげに微笑みを向ける。すると、彼女は俯いた。


「……誰か休憩室に連れて行って差し上げて。私は少々庭に出ますわ」



王宮の庭園は広い。

薔薇の一輪さえも丹念に手をかけられ、その花弁の色艶と形の良さは目を見張るものがあった。


私はその庭の奥にある隠れ家のような場所へ足を向けていた。

以前母に教えられた秘密の場所。王妃様と親しい母からの特別な情報だった。


――しかし、着いてからものの数分で、近付く足音が聞こえた。

私は振り返りその姿を視界に映す。


「お疲れ様でした」


「あら、貴方……。また、着いてきたの?」


先程別れたばかりのレオンハルトだった。


「それも含め、言いつけられていますから」


家同士の付き合い、そして私のお目付け役でもある彼は、大概私の傍にいた。


「いくら王宮とは言えど、一人にするのは些か不用心では?」


「……ちょっと疲れたのよ」


「……見張りはしておきますので、あちらのベンチでお休みを。そこなら人通りもありませんから」


彼の指差した先にあるのは二人がけの白いベンチ。


「ええ、そうね。そうするわ……ありがとう」


私は彼の提案に頷き返すと、彼は羽織っていた自身のジャケットを私の肩に掛けてから離れて行く。


何も言わずとも空気を読む察しの良さ、さりげない気遣い。

けれど、表情だけは無愛想なまま。


(……まあ、一番気楽である事は確かね)


奥まった静かな庭園、遠くのダンスフロアから漏れ出る楽器の音色。

――彼の遠い背中を一瞥し、私は夜空を見上げる。一人の時間を過ごした。



それから数十分。

気分が晴れた頃、私は彼の元へと戻った。


「よろしいのですか?」


「ええ、おかげさまで気分も落ち着いたし、助かったわ」


元は一時的なストレスだ。外の新鮮な空気も吸い、十分に回復はした。

向き合う彼は私の言葉に納得したのか、それ以上詮索してくることはなかった。


「……そう言えば、あの女性。大人しく控え室に向かった?」


「はい。後の騒ぎは、彼らが収めるかと」


会場へ向かう道すがら、彼と並び歩きながら、ふと呟く。

また絡まれてはごめんだ。私の時間を無駄にされてはたまったものではない。


「しかし、あの彼女の無礼さは些か目に余るかと……」


「そうね……けれど、公爵家の娘として品格を落としてはならない。あのくらいの羽虫なら軽く追い払うくらいが丁度いいわ」


相手の土俵に上がるのは三流のすること。邪魔なら視界から追い出せば良いだけ。


(散々な言われようだけれど、これも公爵令嬢の宿命ね)


「彼女はその後も、繰り返すかもしれませんよ」


「その時は勝手に落ちるだけでしょう」


(一度は温情を見せた、それだけで十分な筈でしょう)


私の言いたいことが分かるのか、彼は隣で小さく笑った。

珍しい彼の笑みに、私の足は不意に立ち止まりかけた。


「貴女は変わりませんね」


「……あら、そういう貴方もその表情の変わらなさは流石、貴族令息だわ」


「お褒めに預かり光栄です」


けれど、私は見知らぬフリをしてそっと視線を逸らした。

彼の腕に乗せられた私の手。合わせられる歩幅。エスコートは完璧にこなされた。


「……今日は挨拶だけ済ませて、さっさと帰るわ」


「では、そのように。それまでのエスコートはお任せください」



――二十一歳の誕生日。


先日発表された王太子妃はライバルの令嬢でもなく、隣国の王女だった。

何とも釈然としない。せめて自国の女性ならば、こうも悔しさは無かったのに。


私の生誕祭は我が家で行われていた。

けれど、早朝からの支度で夜になる頃には、私の疲れは限界を迎えていた。


お開きを告げた直後、私は気分転換に庭の奥へと立ち寄っていた。


「ここにいましたか」


「……貴方、私が何処に居てもすぐに分かるわね。お得意の魔術かしら?」


「まさか。ただ、貴女の行先なら大体分かりますから」


「……フン、無駄な才能ね」


疲れで不機嫌に言い放つ嫌味な言葉。

それでも彼は何も言わずに、凪いだ顔付きで寄り添うだけ。


「……では、気晴らしの余興でも」


「あら、新しい魔術でも編み出したの?」


「ええ、今回はちょっと派手にいこうかと。……それでは、行きますよ」


彼は一度目の前の芝生を見渡すと、ふわりと優しい風が彼を中心に放たれた。


「……これは…、…一体……」


光の粒が地面に舞い踊る。ぽつりぽつりと芽を出し、殺風景な芝生が一気に塗り替えられた。

幻想的な光を帯びる花々が一面に咲き出した。


「!いきなり、咲いたわ!」


花の蜜を求めるように黄金色の蝶が現れ、続いて数種類の動物達までもが顔を覗かせる。夢のような小さな箱庭。


ふわりと寄る蝶に指先を伸ばすと、一匹が私の指に止まった。


「……綺麗ね」


少し距離を開けて座る彼の気配だけを感じて、この光景を焼き付けるように静かに眺める。


(こうしていると、昔を思い出すわ……)


あの頃もこうやって彼は魔法を見せてくれた。お互いに小さな頃の記憶。


『大したことは出来ないですが』


少し自信なさげに披露して見せた、小さな魔法。

あの頃から私は、彼の魔法が好きだった。


私が落ち込んだ時には、慰めるように魔法を見せてくれる。特別な言葉は何もない。


けれど、その時間が私の傷ついた心を癒してくれた。

その時間が何より大切だった。


――まさに、私だけの特別な庭。


互いに言葉もなく、ただ眺めるだけの穏やかな時間。


数分の出来事。

けれど、私の心は癒され疲れもどこかへと吹き飛んでいた。


「……そろそろ戻りましょうか」


「ええ、そうね。あまり長く外にいては、心配されるもの」


魔法が消えていく。

名残惜しくも視線で追いながら、消えるまでの瞬間を見守り続けた。


差し出された彼の手に手を乗せ立ち上がる。

見上げる彼の顔に、私は満足気に笑みを向けた。ーーその時、ピカリと光が木々の隙間から見えた。


(あれは……何?)


――私の身体は反射的に動いていた。


「ッ、レオン!」


目の前の腕を掴み、彼の背後に身を踊らせる。


――トスッ


胸元に衝撃が突き刺さった。


(これは……何?)


「ヴィオレッタ嬢……?一体、何を……」


困惑したレオンの声。背後で逃げ去る足音が聞こえた。


「レ、オ……」


口からは言葉が出なかった。

ポタリと雫が落ちる。


口元から溢れるのは、私の命の色だった。


(……ああ、私。胸を、貫かれたのね)


膝から崩れ落ち、視界が回る。


「ヴィオレッタ!!!」


私を抱き抱えるのは、逞しくも震える腕の感触。くしゃりと歪んだ彼の顔。


「何故…何故庇ったりしたんだ!!」


(そんなの、分からないわよ)


「止血は……クソッ、間に合わない…!」


(当たり前ですわ、もうとっくに力も入りませんもの)


「ダメだ…まだ、まだ僕は……ッ、ヴィオレッタ、」


(……馬鹿ね、こんな事で泣くなんて、貴方らしくないわ)


暗くなる視界、遠くなる意識。私は最後の力を振り絞る。


「……精一杯…、生きて……ね」


最期に聞こえた、レオンハルトの嗚咽の声。

こうして私の一度目の人生は、幕を閉じた。



ーー筈だったのだが、ふと意識が浮上した。

見覚えのない部屋。柔らかな寝台の感触に、私は目を覚ました。


(何処なの、これは……。私、さっき死んだ筈では……?)


運良く私は生き延びていたのだろうか。

胸の傷も痛くない。次に喉に手を当てると、そこには柔らかな感触だけがあった。

ピタリ、動きが止まる。


次第に嫌な胸騒ぎが迫る。


(やっぱり、何かがおかしいわ……)


違和感を覚えた私は、恐る恐る確認するように視線を落とした。

そこにあったのは小さな手と、小柄な身体。


「小さな、手……?」


気付いた瞬間、理解してしまった。

私は何故か記憶を持ったまま、別の世界で目を覚ましていたのだ。


この日、私の人生二度目の幕が上がった。



ーーそれから数週間。

目覚めと眠りを繰り返すうちに、自分の立ち位置を受け入れていった。


(名前はヴィオラね……前世と似ているのは助かったわ)


鏡に映る姿は、前世とはまるで違う。気の強さよりも柔らかさが勝る顔立ちだった。


「……庇護欲を煽るアーモンド型の瞳に、優しげな顔立ち。完全に愛され系ね」


何があって転生などしてしまったのか、原因は分からない。

だが、記憶も人格も私のまま。このチャンスを活かし、私は二度目の人生を謳歌しようと前向きに考える。


「決めたわ……私、今度は愛され系を目指すわよ!!」


そして今度こそ、国の頂点に立ってみせる。

私の野望が四歳にして決まった瞬間であった。



それから十年後――。


私は王宮の舞踏会に来ていた。

薄水色の淡い色をしたふんわりとした花のように広がるドレス。


体型は残念ながら、前の私とは違い少々物足りないもの。しかし、それもまた良いらしい。


「王宮のパーティー……素敵ですね!」


足りぬ胸元は小花をあしらったレースでボリュームをさりげなく出していた。


「ふふっ、あっちのケーキ、可愛いです!」


口調は丁寧語で常に穏やかに、にこやかに。無邪気さも忘れてはいけない。

嘗て高飛車だの高慢だと言われていた口癖から矯正した。これが一番苦労したのは言うまでもない。


前世とは違い、貴族女子の受けもそう悪くなかった。

今や貴族令息だけではなく、令嬢もいるその輪に入り、私はこの王宮のパーティーを楽しんだ。


(多少の猫かぶりはするけど、……でも、こういう付き合いも悪くないわね)


本音を零したとて、今や伯爵家令嬢。

高位の公爵家令嬢の頃と比べれば、プレッシャーも桁違い。

私はこの時、浮かれーー誰かにぶつかってしまった。


「きゃっ!ごめんなさ……」


よろける肩を抱く大きな掌。その先に続く逞しい腕。

更に見上げれば、そこには見覚えのある、無感情な瞳に、整った顔立ち――。


「大丈夫ですか?」


私は見知らぬ筈の青年に、彼の面影を追ってしまった。

ピシリと固まる私の身体と思考。


「レオン、ハルト……?」


私の口から溢れ落ちたのは、記憶の中の人物。


「……ええ、そうですよ。お久しぶりです、ヴィオレッタ嬢」


けれど、目の前の彼は、私の見せる幻では無かった。

姿形すら違うのに、互いを認識していた。


私は、何を言えばいいのか分からなかった。


しかし、レオンは何か思う事があったのだろう。上から下へと向けられる視線、そして――。


「貴女は少し……趣味が変わりましたね」


彼は、前世と変わらぬ物言いだった。


「!なっ、あ、貴方――!」


「ヴィオラさん、どうしたの?大丈夫?」


学友の声に我に返り、とにかくこの場を離れなければと焦る。


「えっと、大丈夫です、この方に私がぶつかってしまって……」


「まあ、そうなの?」


心配そうに私を見守る学友。そして、私は咄嗟にレオンへアイコンタクトを送った。


「先程はぶつかってしまって、申し訳御座いません」


「いえ、お気にせず。……怪我の確認をしたいので、医務室へご案内しても?」


「ええ、ご親切にどうも」


私たちのやり取りを聞いて、学友たちは「お大事にね」と親切な声を掛けてくれた。


それを背にし、私は彼の腕にそっと手をかける。

慣れ親しんだ、エスコートだった。



――休憩室の一室。


未婚の男女で本来使うべき所ではないが、内容が内容だ。

背に腹はかえられないと、極力人目に触れぬようにして、時差で部屋に入った。


再会としては、感動的と言ってもいい場面だった。

だが今は、それよりも優先すべきことがある。


情報の整理だ。


互いの姿を確認すると、ソファに座り向かい合う。


「それより貴方……何で此処に居るのよ」


「舞踏会があったので」


「そうではなくて!……もしかして、貴方も死んだの?」


私だって人並みの情はある。気まずさに言葉を控えながら問いかける。

彼は変わらない表情のまま、淡々と告げた。


「貴女が亡くなってから十年後に一度死にました」


「それで貴方も転生したのね……」


「ええ、因みに、その十年の間に大賢者になりました」


「展開が早過ぎて理解が出来ないわ!」


一度、頭の中で情報を整理する。

今のままでは会話が繋がらない。


もう一段階前から順序立てて話を聞こう。

互いの認識のずれはないか確認するため、私は説明を求めた。


「……私はあの時、死んだわよね」


「二十一歳でしたね」


そこで私はふと違和感を覚えた。

言葉の意味ではなく、目の前の事実そのものに。


対面する彼の姿がどうにも気になる。


「私、今世では十四歳よ。でも貴方は……見るからに年上よね?」


「十八歳です」


「……私が先に死んだのよね?」


「ええ、そうですね」


「そして貴方はその十年後……三十三歳の時」


「間違いないです」


「それなら私の方が年上になるのでは……?」


そう、計算が合わない。

本来なら先に死んだ私の方が年上になっているはずなのに。


「貴方の魂を仮予約しましたから」


「仮予約って何!?」


彼の説明は、私の理解を遥かに追い越していた。

思考が追いつかないまま、私は彼を見つめ続ける。


「僕と貴女が同じ場所へ転生する条件は、前世で世界を救うことだと女神に言われました」


「なるほど……?」


「そして魂を仮予約という形で女神へ預けている間に、僕は大賢者となって世界を救いました」


「……ちょっと待って、まだ増えるの?」


「ですので生活基盤……いえ、立場を先に整えた方が良いと思い、僕が先に転生してから貴女の転生を願いました」


「……もういいわ。説明は十分よ……」


聞いても碌な答えが返ってこないだろう。それ以上の説明はお断りした。


それにしても、人の魂を何だと思っているのだろうか。

無愛想ではあったが、無神経さも持ち合わせて居ただろうか。


(いや、そもそも元凶はその女神では?)


仮予約だなんて訳の分からない餌で、この男を釣った女神の根性も相当なもの。

だが、それ以上に私の被害率が高すぎはしないだろうか。


考え込み沈黙を続ける私。それを察してか、徐に彼は部屋を出た。


――数分後。彼は紅茶のセットを持って戻ってきた。


「お疲れでしょうから、こちらを用意しました」


「助かるわ……ありがとう」


鼻腔を擽るのは、前世私が好んで飲んでいたハーブティー。

有難くも彼がサーブしてくれた紅茶を飲んで一休みをする。


ソファに向い合いひと時を過ごすのも、前世から考えて十五年ぶり。


(けれど、彼からしたら二十七年ぶりになるのかしら……)


そう考えると、随分と年月は経っているものだと、しみじみ実感してしまった。

僅かの間、沈黙の続く部屋。ーーすると不意に彼が口を開いた。


「あ、ちなみに今世は公爵家の長子になったんです」


「あらそう……それは、おめでとう」


「驚かないんですね?」


「もう驚きの連続で、十分疲れたわ」


「それはすみません。では、用件は短く伝えます」


「まだ何かあるって言うの……?」


嫌な予感がチラつく。交わる私たちの視線。そして――。


「僕たち、婚約者になりました」


「なんですって……?」


(婚約者……婚約者…!?)


とんでもない言葉に立ち上がりかけ、膝をテーブルに打つ。


チラリと彼が心配そうに膝へ視線を向ける。


(痛い、地味に痛い……)


けれど、そのお陰で私はすぐに正気を取り戻した。


「因みに、両家の許諾は既に得ています」


「初耳よ?」


「ですから、今知らせました」


「事後報告じゃないのっ!このっ、おバカ!」


「ですが貴女、前々から言ってたじゃないですか」


何を彼に伝えたのか。細かな記憶はもう朧気だった。


「……何を?」


「権力、知性、そして顔立ち。全て貴女の言う最高の人材ですよ」


「ぐっ…!」


(た、確かに昔、そんな事を言ってたわ……)


「それと、正式な婚約を結びました」


「そ、それは……」


「……で、何かご不満が?」


前世の私は完璧だった。美貌、知性、権力。自信たっぷりに言っていた。

この私が選ばれるわけがない、私に並ぶのは全てが揃った最高の男でなければならないのだと。


そして、今の彼はまさにその条件に全て見合うだけの規格は持ち合わせていた。

事実、返せる言葉はない。だが、しかし――。


「返品……」


「はい?」


「こんな横暴、許されないわ!」


当人の気持ちまでそんなものでは靡かないのだと、今世になってやっと気付いた。

けれど、それを知るのには少々遅かった。


「よろしいので?」


「何がよ……」


「互いの家に傷がつきますが」


「うぐっ」


「まあ、僕は構いませんが、伯爵家はどうでしょうね」


(この男……完全に前世の私と同じように、正当な形で潰しにかかってきてるわ!)


こんな安い挑発に乗るなんて、普段の私ならば到底考えもしなかった事。

けれどこの時の私は、その冷静さを失っていたのだ。


「……良いでしょう」


「話が早くて助かります」


「この決闘、受けて立ちますわ」


「……は?」


私の返答に予想外だと言うように、虚をつかれた顔で目を丸くする。


「今は伯爵家令嬢……けれど、私は元公爵家の娘。手段ならば、私とて持ち合わせていましてよ」


畳み掛けるように言葉を並び連ねる。

相手のペースに飲まれては饒舌戦は敵わない。だから、ここで弱み見せぬように私は空気を自らつかみに行く。


「三年後……私は円満な婚約破棄を目指してみせますわ」


「ふむ、なるほど……ええ、良いですよ。待つのは得意ですから」


強気に双眸を細め見つめる。この程度で崩されはしない。だが――。


「十年、待ちましたから」


静かな、けれど重みを感じる言葉に言葉を失う。


何事も無かったかのように紅茶を飲む彼の姿。焦燥感が燻りだす。


「……フン、私に挑むその度胸は認めて差し上げますわ。覚悟なさい」


虚勢を張るように笑顔を取り繕う。

今世では見せること無かった、高慢で挑発的な笑みを向けた。


「ええ、ではお手並み拝見させて頂きますね」


彼は頷くと飲み終えたカップをソーサーの上に置いた。

カチャリ。小さく響く陶器の音。


「因みに」


「……?」


「僕もこれからは本気で口説き落としに行くので、どうぞ、末永くお願いしますね」


淡々と告げる彼の瞳に見えたのは、いつもの凪いだ静かな瞳ではなく、執念さえも感じる熱量。


ビクリ、と口端が引き攣る。

怖気付きそうになる身体を、矜恃で耐え抜いてみせた。


「えっ、ええ……よろしくてよ」


こうして、私たちの再会は感動もなく、波乱に満ちた幕開けとなった。


何故か仮予約という、『執着じみた愛を持つ、重すぎる男』と婚約をしてしまったのであった。



――数週間後。


私は庭を眺めながら、紅茶を飲んでいた。


「昔と比べると随分と狭いけれど。……悪くないわね」


空を飛ぶ小鳥、揺れる色とりどりの花々。

今は親しみのあるーー我が家の庭。


「……庭?」


ふと、前世の記憶が頭をよぎる。


庭。


魔法。


秘密の隠れ場所。


そして、浮かぶ――あの男。

前世の私の、残った記憶――。


「……」


ふわり、優しい風が私の頬を撫でた。


「……あら?」


ぱらり、テーブルに置かれた恋愛小説の一頁。


――彼の瞳に、恋をしていた。


「……あの人が、私の初恋……?」


ふるふると震える私の右手。


ガチャン!とカップを置いて、一呼吸。


「ぜっっったいに嫌よ!!!」


それは、たしかに初恋だった――。


〜おしまい〜

今世の二人もきっと幸せになるでしょう。

そんな予感しかしません。


短編完結のラブコメでした。

お読みくださり、ありがとうございました。


※改訂版(初稿より一部構成・描写を調整しています/R8.6.18)


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