第91話 芋煮鍋、病み鍋、地獄鍋……黒猫クロエの宅急便
「みんな、いったいどうしたのさ」
僕は急に空から降ってきたフィンたちに尋ねた。
「いや、さ……」
フィンレーが答えようとしたときだった。
ぐ~
どこからともなく腹の虫の鳴る音がした。
「あはははは」
コリガンくんだ。
「ご飯にしようか?」
僕は提案する。
「やったー、ハルのご飯だ」
「助かったぜ、ホント。魔力切れの上にボロカスにやられたからさ」
「うむ。かたじけない」
なんでリムアン東洋の剣士みたいな言い方してるのさ。
◇
僕は寒いエーレンブルグの屋外なので「芋煮鍋」にしようと提案した。
みんなはこれに賛同してくれた。
「もちろん、ハルのジャガイモ入れてくれるよな?な?」
フィンレーがおねだりしてくる。
これが、とんでもなく嬉しい。
「もちろん」
返事をすると「やったね」ってみんなが喜んでくれた。
火おこしはルーダが手伝ってくれるという。
「さ~て、お立会いぃ、このマナメタル製の棒を付属のプレートでひと擦りすると……」
シュバッ
火花が飛び散り、松ぼっくりに着火する。
「おお~、すごい」
僕が歓声を上げると、彼女は照れくさそうに鼻を掻いた。
「へへ~ん、いいだろぉ、ハルには特別に、タダでくれてやってもいいからな」
「え?いいの」
僕が喜んでいるとリャナンがルーダの肩に手を置いた。
「るーちゃん、そういうの、良くないよ?」
なんか、笑顔が怖いんですけれど。
「揉めてないで、ちゃんと火おこししてよ」
オーレが種火に枯草を加えて火を大きくする。
◇
寒空の中、天に向かって湯気がほこほこと立ち上る。
僕たちは丸太に腰かけて鍋を囲んでいた。
僕たちの中央には特製「芋煮鍋」がある。
僕の作ったジャガイモはほくほく。
ニンジンやキノコ、リーキ(長ネギ)が入り、滋味深くなっている。
タロイモ(里芋)も入っているので、ジャガイモとは別のねっとり感がクセに。
豪華、牛肉が入っていることでコクと食べ応え満点に。
僕はソイソース(醤油)の甘辛味が好きなので、今回もその味付けで。
「ほぁぁぁ」
皆で声を上げる。
「はやく食べよ!」
リャナンが急かす。
僕は器に注いでみんなに配る。
『いただきまーす』
みんなで手を合わせてからいただく。
「あひぃ、あひぃ……」
「うま、うま~、はふはふ」
寒い中での鍋料理は最高だ。
空気は冷たいのに、みんなでぽかぽか温まり、汗をかく。
「ふう~、ふぅ~」
あ、リムアン猫舌だったね……ずっと冷ましている。
◇
その頃、帝国の弓将、ランドルフ・エッガーはというと―――――
「あ、あれ?え?ええ?どういうこと?」
頭に「?」マークを浮かべて森をさまよっていた。
「俺、『どーーん』ってやったよな?」
重力の矢を放ってフェンリルナイトたちを圧潰したはずだ。
逃げ場はなかった。
黒い重力波に飲まれる様子を目視していた。
木々が薙ぎ倒され、地面がクレーターのように陥没している。
不発ということはない。
「わけがわからん」
頭を抱えた時だ。
寒風が吹く。
「ひ、ひ、ひぇっくしょ~い」
寒さに身を震わせる。
(さ、さむぅ~、あったかいお鍋が食べたぁい)
◇
芋煮鍋を平らげると、僕は改まって聞いた。
「どうして空から降ってきたの?しかもみんなボロボロじゃない」
「ああ、俺たち『エガちゃん』に襲われたんだ」
「うえ!?」
忘れもしない、僕の手に大穴開けてくれたヤツ。
勝手に僕を「農家代表」として「猟師」との代理戦争の宣戦布告をしてきた。
そして迷惑にも「ライバル」認定まで。
「つうかさ、あんな化け物、ハルはよく撃退したよなぁ」
スヴェンが言う。
「ジャガーノート様だもんね」
アルセイスが茶化す。
「冗談きついよ!死にかけたんだから」
「そうだった。手を射抜かれたんだっけ……」
顔をしかめながらアルセイスが「ゴメン」と謝ってくる。
アルセイスって飄々としているようで実はかなり気にするタイプ。
隣でコリガンくんとオーレが青い顔をしている。
「でも、どうやって撃退したの?」
「う……」
僕は言い淀んだ。
「なんかあるのか?」
「いや……」
「言いたくないなら、無理に聞かないけれど」
「あ~、う~、大丈夫」
僕はそう言ってみんなに白状した。
ハティさんから貰った「団員証」。
それのおかげで、一時的にとはいえ、ハティさんの力を借りて倒したことを。
そうしたら、みんなで笑った。
「なんだ、それなら俺たちと同じじゃないか」
「ええ?」
「今回はコリガンが親父の力を借りて逃げることに成功したんだ」
「え?そうなの?」
僕はコリガンくんを見る。
「う、うん……」
「凄いよな。俺たち『こりゃ、死んだわ』って覚悟決めてたんだけどさ」
そう言ってスヴェンがコリガンくんを見る。
「なんだっけ、なんだっけ、コリガンっ最高にカッコいいヤツ」
フィンレーがコリガンくんをつつく。
「え、えっと【失墜した規範からの隠遁者】」
コリガンくんが言った途端、みんなで手を叩いて歓声を上げた。
「コリガン最高!」
「凄いよね!異空間に転移して現実をシャットアウトするんだから」
「しかも、そっからの【逃避】」
「空間転移のおまけつきだからね!」
「最強の防御と逃走スキル」
「コリガンらしいったら、らしいよ。『現実逃避』の具現化ってところがさ」
「よっ、無敵のひき……じゃない『自宅警備員』!」
ひゅ~ひゅ~とはやし立てながらコリガンくんを持ち上げる。
みんな、本当にいい奴なんだよな。
「ハルは、いつもの耕作か?」
「うん……まあ、ね」
「俺たちはハルと合流できてラッキーだったけどさぁ、こんな寒い中一人でって風邪ひくぞ?誰も手伝ってくれないのかよ」
フィンレーが言う。
「いや、まぁ……」
僕が一人でいる理由は言い辛い。
「ん~?なんか、怪しい」
リャナンが僕の顔を覗き込んでくる。
僕は咄嗟さに顔を逸らした。
けれど、その先にはリムアンがいて、彼女も僕を見ている。
反対に顔を向けた。
「おい、ハル。何があったんだ?」
ルーダも僕を見て、問い詰める。
「う……、その~、実は~」
とうとう逃げられなくなって僕は事情を話した。
◇
ぱしゃぱしゃぱしゃ……
――――え?
頭に水をかけられる。
顔を上げると、冷たいリャナンの目にかち合う。
「これが、熱湯でなかったことを幸いと思え」
冷酷な声。
マジギレしている。
以前、ルーダに聞いた話からもこの手のことは彼女にとって鬼門だ。
「オレも、本気で引くわ……」
ルーダが自分の胸を隠すようにして離れる。
「あ、あの……」
僕が助けを求めようと周りを見ると、リムと目が合う。
「なに?『犯罪者』のハル君」
ああああああああああああ
僕は、もう、社会復帰できないのかぁ
フィンレーとスヴェンが僕の肩に手を置く。
「あ……」
やっぱり君たちだけは僕の味方なんだね……
「罪を償って出直すんだな。『知り合い』のハル・ロッシェくん」
うわ~~~~ん
「み、みんな待ってよ!そんな酷いよ」
コリガンくんがみんなに食って掛かった。
ああ、君って奴は!
真の友達だよ!
マブダチだよ!
心の友よぉぉぉぉぉ
「確かにハルは罪を犯したよ!」
え?してないって。なに聞いてたの?
「寝ている女性にイタズラしようとした『変態』だ!」
おい。誤解だって言っただろ。
「未遂とはいえ、その罪は償わなければいけない!」
いや、ちょっ……
「でもさ、言うだろ!『罪を憎んで人を憎まず』って」
……
「『変質者のハル』でも、見捨てずに『更生』させて、『再犯』しないようにするのが、人道的なんじゃないのかっ」
もう、もうやめてくれぇぇぇぇぇっ
『コリガン……』
コリガンくんの演説にみんなが涙ぐむ。
「そうだな、お前の言う通りだ」
「いくら変質者でも、見限っていいわけじゃない」
「ここで排除しちまったら、よけい悪い方にいってしまうかもしれないからな」
「更生の機会を与えるんだ!」
「去勢しちまえ」
「僕らはたとえ変態でも見捨てないぞ!」
「ハル、大丈夫だよ。僕たちが真人間にしてあげるからさ!」
いや、ありがたいんだか、誤解で暴走しているんだか……
ん?ちょっと待て。途中誰か非常にヤバいこと言ったような―――
草を踏む音がする。
あれ?この人……
「ちわ~、『クロネコクロエの宅急便』っス」
クロエ、だよね?
首都(王都)以来だけれど、語尾の「ニ」がなくなってる。
もしかして、キャラがブレてる?
深緑の色をした帽子と手袋。
「あ……はぁ」
フィンたちも何があったのかと首をかしげていた。
「お荷物、預かってきましたぁ」
そう言って一抱えある箱をよこしてくる。
「あ、ここに受け取りのサインお願いしまっス」
そう言って紙切れを渡してくる。
「え?あ、ここでいいの?」
フィンが手渡されたペンを使ってサインをした。
……え?いま、クロエ、笑った?
「ニヤッ」って。
怖いよ……
「ども、ありがとうございます~」
そう言って足早にクロエは去っていった。
「クロエ姉さん、何だったんだ?」
「エリーゼさんの部下になったんだよな?だったら合流してもおかしくないだろ」
「バイトしてるの?」
「ヤバいバイトじゃなさそうだけれど……」
「地道に稼ぐのが一番だよね。楽して大金は手に入らないよ」
「冒険者やってる僕たちが言う事じゃないな」
なんか、みんな適当なこと言ってる。
「この箱、どうする?」
ルーダが言ったときだった。
カサカサカサ……
箱の中から音がする。
「え?なに、これ、怖い」
リャナンが身を引く。
「送り先がエリーゼさんになってるな。んで、送り主が―――――」
フィンレーが固まった。
そう、そこには転移魔術でいなくなった「あの人」の名前があった。
「みんなにハブられて寂しい アンジェ・フラン・スカーレットちゃん から愛をこめて」
なんか、インクが滲んでいて、おどろおどろしい筆遣い。
しかも普通、送り状に書く内容じゃないよね?
……所々についてるあの染みって何?




