第79話 薄い本はちょっとだけ脇に……智謀の将、ティア・シュトゥーテ・フライン!
ガレットの領地、エーレンブルグが慌ただしくなった。
「ヘイヘイヘイ、みんなピンチはチャンスだぜ」
ガレットが声を上げる。
手下たちが「イエース、お頭ぁ」と返す。
「緊張は本気の証拠だ!練習とお前たちの筋肉は裏切らないぞっ」
「ウィィィッ」
(暑苦しい)
ティアはその様子に辟易していた。
(我が漆黒のオーラがこいつらの汗臭さで汚泥になっていく……)
そう思いつつも自身も防衛の準備を進める。
「配置ですが、私とガレットで敵を迎え撃ちます」
エリーゼの言葉に皆が頷く。
「ソニアは斥候。ウルフスベインは遊撃隊を」
言葉に二人も首肯する。
「ティアとバルドールは砦の防御を固めておいてください」
「承知した」
「任せてください」
それから、とエリーゼが付け加える。
「ティア、コレットをお願いします」
そっとコレットの肩に触れる。
優しい顔だ。
ティアは、エリーゼが家族以外には見せないこの顔に戸惑う。
だが、すぐに雑念を振り払って返事をする。
「任せてください。この【闇夜を切り裂く金色の雷光】ティア・シュトゥーテ・フライン、コレットには傷一つ負わせません」
「ありがとう」
エリーゼが小さく笑う。
◇
エリーゼたちが出陣して一日が過ぎた。
今頃は会敵し、戦闘になっているのではないだろうか。
「西より敵影あり。およそ1万」
急を告げる兵士の報告がある。
「急ぎ民を壁内に!」
ティアが言った時だった。
「黒金の鷹」、【オウル】ことバルドールがそれを止める。
「塀の中に民を入れるのはおやめなさい」
この城(砦)は城塞都市であり、城壁内に街がある。
だが、その領民たちには先の戦闘で避難勧告を出していたため、残っている者はいない。
僅かに帰還した者もいた。
しかし、壁外にいるのはそれとは別のものだ。
「なぜだ」
「彼らは流民。中には無法者もいる。壁内に入れて暴動を起こされては、防衛にも支障が出る。何より、裏切って門を開けるかもしれないし、敵兵が交じっている可能性もある」
言葉はもっともだ。
「ならば、区画を限定し、そこから動かないようにさせるといい」
「しかし」
そこに兵力を割きたくないのは当然だ。
「目の前で殺させてみろ。今度は壁の中の兵が疑念を持ち、離反するだろう」
ティアが毅然と言い放つ。
「もしものときは私が責任を持って対処する。問答の時間は無駄だ」
「バカな、いち代官が」
「バカは貴公らだ」
それから、ティアは目の前の魔術師の胸倉を掴んで言い放った。
「人はな、城なんだよ。最も守るべきものだ。この繋がりが強固であれば、負けることはない!だから『人こそが城、そして要』なのだ。我々はその心をこそ味方とする。仇なすのはもっとも愚策」
ふと手を緩めてティアは笑う。
「要求があれば聞くだけは聞いてやればいい。よっぽど無茶でなければ聞けばいいのさ。その代り、『自分の命を賭け金にするに見合っているのか』と聞けばいい」
彼女が啖呵を切った時だった。
「ティア様!北側より魔術による攻撃」
「東側より矢による攻撃」
「南城門、攻城兵器、破城槌が来ます」
「西の川縁に敵が展開。渡河はしていません。待機しています」
矢継ぎ早に警備にあたっていた兵から報告が上がる。
「バルドール。問答はここまでにしよう」
ティアが静かに告げた。
「先の戦で貴公らを手玉に取ったこの『神機妙道』。此度の戦で汚名を返上させてくれまいか」
かつての五将の一人。
知勇に優れたティア・シュトゥーテ・フライン。
その風格を漂わせた物言いに、さしものバルドールも発言を控えた。
「総員、各持ち場につけ!弓兵と魔術兵を櫓に配備せよ」
ティアが指示を飛ばす。
「射程範囲に入っている敵には容赦なく十字砲火をくらわせてやれ!」
彼女は腰のエストックの具合を確かめる。
それから、ティアは傍に控えている副官へと手を差し伸べた。
「ジャンヌ、私と共に」
その手をジャンヌがとる。
ティアが柔らかく微笑む。
「私と共に駆けて」
これだけで、ジャンヌのテンションは最高潮に達した。
(お嬢様ぁぁぁぁぁっ!ヒー、ハーァッ!でございますぅぅっ!)
◇
初日は何とか攻撃を防ぐことができた。
目立った暴動も起きていない。
区画を決めて移動をさせないでいたのが、功を奏した。
ティアは思考を巡らす。
戦をして数日と開けずに攻められた。
最初の戦で追い散らした兵が再度仕掛けてきた。
しかし、指揮官の「ランドルフ」は不在のはず。
ならば、誰だというのか。
エリーゼ様とガレットが迎え撃ちに行った。
それをやり過ごしてこの城(砦)まで攻め寄せられるほどの智謀の持ち主とは?
おかしい。
エリーゼ様を謀る「策士」など、「鉄血のエルザ」ぐらいのものだ。
それも、名を変えて首都に残っていたではないか。
ティアは疑念を振り払う。
今は連戦といっても差し支えない。
とはいえ、ガレットもバカではなかった。
城内の備蓄は十分すぎるほどある。
最初の夜をまずはやりすごす。
そのために、内外に警戒しておく必要がある。
◇
夜も更け始めたころ、大音響とともに壁面で炎が爆ぜた。
「敵襲!」
日中の防衛戦で疲れているところに夜襲である。
全員が飛び起きて対処にあたった。
しかし、相手はすぐに引いていった。
――――そして、1時間後。
「敵襲!」
再度攻撃が始まる。
夜の間、不規則に夜襲が行われた。
明かりのない闇夜のなか、矢がパラパラと飛んでくるだけ。
時折魔術も放たれるが、本気で攻めているのか疑わしい。
だが、これが誘いである可能性もある。
油断しているところに攻め寄せられたり、反対側から潜入されたりしては敵わない。
何よりも夜通し盾を撃ち鳴らされた。
進軍を想像させるこの騒音に人々は不安で眠ることができなかった。




