第69話 悲劇、乙女のアイデンティティ!アレに代わってお仕置きよ!
僕たち全員が地上に出ようとした時だった。
「ここまでだ!」
風を切る音がする。
先頭にいたハティさんが反応して避けた。
その時、悲劇が起きた……
あのハティさんが――――斬られたんだ。
僕はまるでスローモーションでも見ているかのようだった。
鋭い剣閃。
斜め後ろに下がるハティさん。
後ろにいる僕たち。
彼は大きく避けることができず、でも達人のようにギリギリでかわす。
けれど、避けきれなかった。
「ああ~」
ハティさんが情けない声を上げる。
普段ないボリュームのところだけ、目算が狂ったんだ。
切られたところから一気に水があふれ出る。
一瞬にしてぺちゃぱいどころか干物ぱい。
漏れ出た水でおもらししたみたいになっている。
「ヒドイ。私のアイデンティティが……」
顔を覆う。
やめてくれよぉ、その姿で言うのぉぉ。
エリーゼさんに「上げ底胸」疑惑出るじゃないかぁぁ。
「乙女の胸の恨み、お姉さまに代わってお仕置きよっ!」
あなた、本当はふざけてんだろぉ!
「貴様、女装していたのか!?」
兵士が今さらながら驚きの声を上げる。
いや、気づくの遅すぎない?
「ということは、そこのガキは……」
いや、いやいやいや、僕は変装してないよ!?
「もしや、ふたりは―――――」
「どっかーーーーん!」
ハティさんの鉄拳制裁。
またも「スンアナゴ」の誕生。
「雉も鳴かねば撃たれまいに……余計な口を叩くな」
冷徹に見下ろすハティさん。
◇
こうして兵士たちは一掃された。
「ハルっ、ハルっ」
ハティさんが呼ぶ。
「後はみんなと合流してくれ。それでもって、後は頼むよ!」
にっこり笑って懐からバッグを取り出す。
どこに隠し持ってたんだこの人。
「いやはや、君の『棒』を収納するのは一苦労だよ。なんせ、魔力を……」
それから「あっ」と思い出したように声を上げた。
「いかんいかん、今のはなかったことにしてね」
「はぁ」
「僕はさ、みんなをいい感じに逃がしたら、次の準備に移るからね」
え?なに、その急展開。
「君がわざと捕まって二日も時間を稼いでくれたから、『上書き』の準備ができたよ」
うそ、二日も捕まってたの?
「さっすが、『ジャガーノート』様。いや、今は『ポテト神』だったか」
アンタまでやめてくれよぉ、そのネタぁ……
「お腹空いてるだろ?僕特製の『ポテサラサンドイッチ』入れておいたから食べてね」
そう言ってにやりと笑う。
「合流は慌てなくていいから。ちゃんと補給してからでいいよ」
「ふ、ふふふふふふふ」
何とも言えない笑い声を上げる。
「ようやくだ、ようやくだよっぉぉぉぅ」
おっさんが吠えている。
「アンジェさああああん、待っててねぇっ!迎えに行くからねぇ」
おバカな叫び声が響き渡る……
◇
ハティさんたちは囚人たちと一緒に街の外へと逃げていった。
残された僕は彼から受け取ったマジックバッグの中身を見る。
「なに……これ……」
入っているものの意味がわからない。
バナナ、サンドイッチ、水筒…「おやつは500円以内」のプリント…昭和の遠足かよ……
僕の「土寄せ棒」と「団員証」。
で、【爆発物につき取扱注意】の札が貼ってある謎の包み。
しかも可愛くラッピングされてリボンまでついている。
遠足と救出作戦を一緒にしているの?あの人?
まずは腹ごしらえ。
サンドイッチの包みを開く。
一目でわかる。
僕のジャガイモを使っている。
夜の暗がりでもわかる月光のような白い輝きを放つポテサラ。
夜空の火星のように赤々としたニンジンが入っている。
ああ、過ぎ去りし日の、あの夏の夜風を思わせる清涼なキュウリ。
すばらい彩りじゃぁないか。
僕は一口かじる。
パンのさっくりとした食感から舌にポテサラのまろやかな味が……
……な、なんだとぅ!
マヨネーズの酸味を抑えつつも、コショウの刺激でアクセントをつけた味わい。
ともすれば、もったりとした感じになるのをこれで避けている。
や、やるじゃないか……ハティ・アガートラーム・マクスウェル。
銀の右腕の魔人の呼び名は伊達じゃないぜ。
その右腕はスプーンか何かか!?
夢中で食べ進め、水筒に口をつける。
「ぶはぁぁぁああっ!」
僕は口に含んだ液体を吐き出した。
あ、あま~~い!
甘すぎるっ、な、なんだこの頭を棍棒で殴りつけたかのような衝撃の甘さ!
というか、ベースは紅茶なんだけれど、どろりとしたゲル状になってるよっ!
これがティアさまの「あまあま紅茶」!?
ネーミングが可愛らしいのとティアさまの美しさで騙された。
コリガンくんとのやり取りでも言ったけれど、まさかこれほどとは思わなかったよ。
ティアさま……なんて、恐ろしい子……
◇
「おまえ、見たことがあるな」
兵士が声をかけてくる。
「ここで、何をしているっ」
いきなり蹴られる。
「ゲフッ!」
痛い。
「あのキショイのといた奴だな」
兵士が僕に詰め寄ろうとした。
「おい」
リムの声がする。
「うるさい」
「あん?」
「口閉じろ。ザコ」
兵士が振り返った瞬間。
リムが斧槍を跳ね上げた。
斧槍の切っ先が顎を貫いて閉じさせる。
「あ…目算狂った。寸止めできなかった」
「リムったらぁ……」
リャナンの声がする。
「だぁめだよぉ…まだ息があった。目撃者は消さないと」
金属音がして、男の首が落ちる。
「ごめん」
「いいの、いいの」
「ところで……」
じとっとした顔でリムが僕を見上げてくる。
「怪我してない?」
「うん」
「大丈夫?痛くない?捕まって酷いことされなかった?」
「うん。大丈夫だよ」
さっきの蹴りは痛かったけれど。
リャナンが笑いをかみ殺している。
「そう……」
リムは言うと左右交互にぺしぺしと僕の腕を叩いてくる。
「心配かけるな、もう」
それだけ言い終えると去っていく。
「うふふふぅ」
リャナンがニヤケながら近づいてくる。
「リムったら、すっごく心配してたんだよ」
「え?」
「『ハルは弱っちいから、すぐに殺されちゃう』って」
う、ごもっともなんですが、不本意というか情けないというか。
「おとうさんはね、『僕の責任だから、僕が行く』って言ってきかなかったの」
くすくすと楽しそうに笑う。
「リムは自分も行くって言ったけれど、おとうさんがダメだって」
「久しぶりにケンカしてたね~」とリャナンが言う。
すると、リムが遠くから「うるさい」って文句を言う。
「確かに、リムとハルはぁ、そこまで年も離れてないしぃ~」
なおも茶化すリャナン。
「いい加減しないと、リムの『本気』!見せるぞ!」
リムアンの怒声に「はいはい」ってリャナンが返事をする。
彼女が僕を促す。
「おとうさん、すっごく怒ってたんだよ。捕まえた人たちのことだけじゃなくて、ハルたちのことバカにしていた人のことも。そんなことしておいて何もないと思うなよって言ってたの~」
なんだろう、リャナンのテンションがおかしい。
「ね、ね?おとうさん何したの?」
あ~、ハティさんの復讐のセンスって……
「もったいぶらないでおしえてよぉ」
「うん、全員、壁から生やして『スンアナゴ』にした」
「ぶふぅっ」
リャナンが吹き出した。
それからケラケラと甲高い声を上げて笑う。
「なにそれっ、私も見てみたかったぁ」
ホント、リャナンがおかしい。
これからアンジェさん救出作戦をはじめるんだよね?大丈夫かな。




