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第51話 エルザお…姉さんのクリームシチュー(ドラゴン入り)



「ふん、ふん、ふふ~ふぅん」

エルザの鼻歌が聞こえる。


「あのぉ、エルザさん」

フィンレーがためらいがちに聞く。


「なにかしら?」

「いえ、何をやってんスか」

「見てわからない?」

「食事の用意ですよね」

「わかってるじゃない」

一瞥もせずに火にかけた鍋を見るエルザ。


「いえ、なぜここで炊事をなされているのかと」

「休息と補給は必要でしょ」

「一応、ボス部屋なんで」

「また出てきたらぶった切ればいいじゃない。本当は私がやりたかったのにあなた達がとっちゃうんだもの」

「はぁ」


「うん、いい味。会心の出来ね」


そう言ってマジックバッグから人数分の食器を出して注いでいく。


大振りに切られて食べ応えのありそうな野菜。

根菜だけではなく、ブロッコリーも入っている。


もちろん、ハルのジャガイモはマストだ。


それだけではない。

獲れたてのドラゴンの肉のステーキがどーんと入っている。


エルザは鶏肉みたいに淡泊なドラゴン・ミートを香草焼きにしていた。


なんとも食べ応え満点のわんぱくプレート。


野菜たちの彩りと、香草の香りが食欲をそそる一品。


エルザはパンを添えてそれぞれに渡す。


「食べなさいな、エルザ特製ホワイトシチュー・ドラゴン入りよ」


片目を瞑って、シチューを差し出す。


「母ちゃんって呼んでいいスか」


フィンレーが受け取りながら言う。


途端に引っ叩かれた。




腹ごしらえを終えて、わずかな仮眠をとる。

装備品の損耗を確認した後に一行は階下に降りる。


「うわぁ」

コレットが声を上げる。


先ほどまでいた階層とは景色が一変していた。


無機的な壁。

直線的な通路。

壁の継ぎ目には仄明るい青い光。


「ダンジョンってこんなに違うんですか」

「そうだな。けど、ここまであからさまに違うっていうのもな」

コレットの問いにフィンレーが答える。


「こっからは未知の領域だから慎重にいくぞ」

フィンレーの言葉に皆で頷く。


リャナンを先頭にゆっくりと進み、曲がり角があればモンスターとの遭遇を警戒する。





「だから、ごめんって」


〈つーん、だ〉


僕は歩きながら【土寄せ棒】の「アンジェ」さんに謝る。


「浮気じゃないんだ。ちょっと、その……青少年期にありがちな」


〈嘘つかないで。最近のロッシェは他の女にデレデレしてばっかり〉


「いや、それはさ」


〈鼻の下伸ばしてさっ、特にあの「エルザ」っての?ちょっと胸が大きいからって〉


「それはそうかもしれないけれど、アンジェさんのスレンダーボディも素敵だよ」


〈「棒」だからね!〉


取り付く島もない。


〈ドラゴンの時だってワザとらしい!「美少女棒」とかってあからさまなご機嫌取りに誰が乗るもんですかっ!〉


「あれは本心だよっ」


それはもう、僕は必死だ。

コレットが「じーー」と見ていることに気づかないほど。


そして、歩調を早めてフィンたちが離れようとしていることも。


(ヤベェ、俺らの「ジャガーノート」は本気でヤベェ)

(マジモンの「不可抗力の破壊者」だな)

(この破滅的な空気どうすればいいの?)


フィンたちが囁き合っている。

こちらに背を向けて、見ないように努めていた。

けれど、僕は「アンジェ」さんのことで手いっぱいだった。


「僕には君だけだよ」


〈嘘つき〉


「嘘じゃないって」


〈じゃあ、証拠!見せてよ〉


「え?」


彼女の言葉に驚いた。


〈私だけって「証拠」!〉


「え?どうすれば」


〈みんなの前で、「ちゅ~」して〉


突然の言葉に僕は驚いた。


そんなっ!?そんな「恥ずかしいこと」を要求される日が来るとはっ!


〈できないの?言葉だけなの?嘘だったの?〉


「いやっ、でも……僕たちは「ピュア」な関係でいたいって……」


「ブフゥ!」と前を歩くみんなが吹いた。

肩を震わせて堪えている。


そして、みんなはさらに歩調を早めた。


コレットだけがなぜか顔を赤くしてこちらを凝視している。


〈……して、くれないの?〉

【土寄せ棒】の「アンジェ」さんは、悲しそうに言う。


だめだ、彼女にこんなふうに言わせては。

僕は「男の子」だろ。


「わかったよ」


僕は立ち止まり、彼女の体(棒です)を引き寄せる。


〈あ……ロッシェ―――――〉


「ん~~~~」


僕は「初キッス」をするために、口をとがらせて彼女へと顔を近づける。


「ひゃぁぁぁぁ」とコレットは顔を手で覆いながらも指の間から覗いていた。


「ひゃぁぁぁぁ」とみんなは青ざめた顔で成り行きを見守っていた。


トゥンク、トゥンク


静かに高鳴る鼓動。


「視ちゃいけません」エルザさんがコレットの目を覆った。


次第に周りの音が気にならなくなる。


もう少し。


彼女の滑らかな肌へと―――――


〈や、やっぱりダメぇぇぇぇぇぇ!〉


パッスィイイイン


僕の頬が張り飛ばされる。

正確には【土寄せ棒】の彼女が「頭突き」をかましたんだけれど。


〈ごめん、ロッシェ!アタシ、やっぱり……〉


僕は呆然と彼女を見る。


〈あなたのことは「好き」。あなたの気持ちもわかった〉


〈でも……まだ、アタシの方の準備ができていなかったみたい〉


なんだろうな。この敗北感は。


フィンたちは「トラップ」を警戒することも忘れて声を殺しながら壁を叩いていた。


(ヤベェよぉっ!俺らのジャガーノートっ)

(マジで俺らの腹筋を「破壊」しに来てるぞっ!)

(堪えっゲフッ、堪えられない……不可抗力の破壊者めっ!)


「いいんだ……僕の気持ちが伝わりさえすれば」


僕はそれを言うだけで精一杯だった。


〈ごめん……ありがとうロッシェ。アタシはあなたが大好きよ〉



離れたすぐそこで、フィンたちが悶絶していた。





なんか……どっと疲れたなぁ。


僕は歩きながらすこしクラクラした。

動悸がしてちょっと苦しい。


「ごめん、ちょっと待って」

呼吸を整えようと立ち止まる。

みんなは黙って待ってくれた。


というか、さっきから目を合わせてくれないんだけれど?

「アンジェ」さんの声は聞こえてないはずだよね?


バッグから水筒を出して飲もうとした。


「あ……」

僕は水筒を落としてしまった。

筒状のものだったから硬い音を立ててコロコロと転がる。


あれ……変だな。


僕は顔を上げて前を見る。


やっぱり、変だ。


「どうした?大丈夫か」


フィンレーが気にしてくれている。目を逸らしながら。


「具合でも悪い?休憩しようか」

「ヒール、今ならお菓子一個でかけてあげる」

「さっきからおかしかったし」

リャナンとリムアンが声をかけてくれる。

そしてリム、さらっと対価を要求するな。


「大丈夫だよ」

僕はそう言って水筒を拾い上げて中の水を飲む。


エルザさんがそっと手を握って脈をはかってくれた。


「……」


それから考えるようにして周りを見る。


「うん、もう平気だから。行こう」

僕は少し恥ずかしくなって言った。


それからまた勾配こそあってもなだらかな道を歩き続けた。


「……罠、ないですね」

何度目かリャナンが言う。

「変だな」

「道も分かれてない。広い一本道を進んでいるよね」

「うん……」

一行が首をひねっているところでエルザさんがため息をつく。

「何を言ってるの?もう罠にはまっているでしょ」

「え?」

フェンリルナイトたちがエルザさんを見る中で、コレットがポンと手を叩く。

「どうりで気持ち悪いわけです」

「あら、コレットの方がおりこうさんじゃない」

そうエルザさんが言い、「教えてあげなさい」と促す。


「えっと…例えばですね」

そう言ってコレットが少し後ろに下がって簡易照明の筒を地面に置く。

「あ……」

コロコロと前に立つフィンレーの足元に転がっていく。

「坂道を上っていたと思ったのに」

「上り坂だと思ってたのに下り坂?」

コレットが戻ってくる。

「道幅が広くなったり狭くなったりしているんです。気づきづらいくらいの変化で。だから、遠近感が狂って登りなのか下りなのかわからなくなっているんです。この凹凸がほとんどなくて、ぼんやりと明るい通路だからできるんです」

コレットの解説にエルザさんが頷く。

「あなたたち、自覚してないけれどかなり疲れているはずよ。それは警戒しての疲れじゃない。自分たちのコンディションチェックしてみなさい」

言われて深呼吸をして体の変化を確かめる。

確かに脈が速い、しかも足が変に強張っている。


「視覚情報に反した状況に無意識に体が順応しようとして体力を削られているのよ」

そうして僕を見る。

「ハルが水筒を落さなかったら気づかなかったわ」

そう言って「ぐっじょぶ」と言ってくれる。いえ、僕がドジなだけです。


「それに…」付け加えるようにコレットが言った。

「たぶん、同じところぐるぐる回っている気がします」

「そうなのよねぇ。フロア探索だから何巡してもいいと思っていたけれど、さすがに飽きてきたわ」

「え?でも、来た時の階段がないですよ」

「そうよ。上との連絡通路がすぐに閉じちゃったもの」

「ど、どどどどどどうしましょう、帰れなくなっちゃったぁ」

「大丈夫だと思います。次の角を曲がった先が上と繋がっていた場所ですし」


一行が進み、角を曲がる。

「ないよ?」

「いえ、もう少ししたら……」

そういってコレットが指し示す。

「右手にあります」

「え、壁だよ」

「違いますよ」

そう言ってトコトコ壁に向かって歩いていく。


コレットが進むがいつまでたっても壁にぶつからないどころか姿が小さくなっていく。

「どういうこと?」

「継ぎ目のない道だからでしょうね。そしてこの明るさと、変に狂わされてる遠近感」

「コレットがもう少し行った左手に階段があるはずよ。私たちが離れているうちに壁がスライドして閉じたのね」

そう言ってコレットのところまで歩いて行き「ここよね」と壁に手をあてる。

「フンっ!」

と気合を入れて爪を立てると、そのまま壁面に食い込ませる。

そして横へとずらし始める。

(いや、アンタの怪力だからできるんじゃ)

とは誰も言わない。

「ほら、あったわよ」

エルザさんがこともなげに言う。


「あ……」

見覚えのある階段がある。

「ということで、ここは私たちの感覚を狂わせるとぉっても性質の悪いフロアってことなのでしょうね」

「でもでも、同じところ回っていたのなら下には行けないですよ」

「途中、同じような仕掛けの道があったんじゃないの?今度は壁面に注意したらどうかしら」

「そうか、目に見える罠ばかり警戒して、目印を残してなかったから気づかなかった」

フィンレーが「すまん」と頭を下げた。

「フィンが悪いわけじゃないよ!謝らないでよ」

僕が言う。

「そうだよ」とみんなも言う。

「気づくエルザさんがすごいんだからさ」と付け加えた。

「え?」とエルザさんが意外そうな顔をした。


「?」

みんなでエルザさんを見た。

「私はてっきりハルが目印を残していたんだと思っていたけれど?」

え、僕そんなことしてないよ。

「そうなのか、すごいな」

「いや、いやいや、僕知らない」

「じゃあ何で雲母を撒いていたのよ。このなかで雲母を採取してたのはハルだけでしょ」

あ……あれか。

僕はポケットの袋を見た。穴が開いてる。

きっと水筒をとろうとしたときにこぼしたんだ。

「コレットは見つけたけれど回収はしてなかったでしょ。それなのにハルったら拾っていたんだもの」

なんだかエルザさんがニヤついてこちらを見ている。

「ほぅほうほう、なんですか、それ。なんなんですかぁ、それは」

リャナンさん、悪ノリが過ぎませんですか。


「いや、だって……」

僕は下を向いた。

「『価値がない』なんて思いたくなかったんだよ。せっかく、その、コレットが見つけたんだし、どこにでもあるものだったとしても、無価値なものなんてないっていうか……」

頭を撫でられた。

顔を上げるとエルザさんが微笑んでいる。

後ろでコレットが口元に手をあてていて、それから後ろを向いた。


気持ち悪いやつだって思われたかな。

オエッとかされてたら、僕、立ち直れないよ。


でもさ、あの夜、エルザさん言ったじゃないか。

いるだけでいいって。そこにいるだけで価値があるんだって。

僕だってそのへんにある石ころと同じだ。みんなの後をついていくしかできない。

けどさ、こうやってみんなが僕に価値を与えてくれているんだ。

コレットだってきっとそうだよ。

彼女自身が見いだせなくたっていいんだ。

どんなものにでも「価値がある」ってみんなで言ってあげたらさ。

コレットだって自分には「価値がある」って思えるようになるよ。


「ハルったら男前ぇ~」

リャナンが小突いてきた。

「ハルはきっと女たらし」

リムまでもぽかぽか叩いてくる。

男ども3人は井戸端会議っぽく寄り集まって囁き合ってる。

「まぁ、見まして、おハルさんったら」

「見ましたとも、イケメンですわねぇ」

「ああ悔しい。私のもあんな気づかいのできる旦那だったら」

ちょっとそこ、ふざけてる場合ですか。

エルザさんはよしよしって撫でてくれている。まあ、まだガキンチョってことなんだろうな。

ちょっと気まずい。

コレットもあまり目を合わせてくれないしさ。




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