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第130話 囚われのコレット。エリーゼ、故郷を前に思い出に浸る。従者たちとの「約束」



コレットが帰ってこない。


「休憩」って言って出て行ったきり。


無責任な子じゃないから、遊びほうけているわけじゃないだろう。


僕は急いで露店を畳んで壁外に出た。


もちろん、待機しているハティさんに相談するためだ。


「え?コレットが?」


ハティさんも驚いた様子。


「ハルは何か異変に気づかなかったかい?」


そう僕に尋ねてくる。


「特には。ちょっとソワソワしていたかなって感じだったけれど」


僕とハティさんで首をひねる。


「んん?」


何かに気づいたのか、積み荷のひとつに歩み寄る。


箱を漁る。


「あ……」


紙切れが入っていた。


アナタ、良く気づきましたね。


僕はチラリと蓋を見る。


「開けるなよ?絶対開けるなよ。なにも入ってないから」


そう殴り書きされていた。


いや、もうこれは「開けるしかない」ね。


といか、いつの間に書かれていたんだ?


気づかなかったよ。



僕たちは紙切れを広げる。




――――間抜けどもへ


 コレットの身柄は預かった。


 取り返したければ、必死に探すがいい。


           クロエ・カッツェ





え?なんで。


なんでクロエが?


ハティさんは紙をグシャッと握り潰した。


「また、クロエか」


苦虫を潰したような顔。


「どうしたんです?」


僕の問いにハティさんが困ったような顔をした。


「クロエは、以前、姉上たちを裏切ってダンジョンで殺そうとしたことがあった」


嘘だろ?


「もちろん、彼女を利用していた『組織』の差し金だったわけだけれど」


そうして眉間を抑える。


「今度はいったい何があったというんだ」




故郷を目の前にして、思い出がとめどなく脳裏をかすめる。


十年以上も過ごしてきた故郷ですもの。


少しくらいはいいではありませんか。


私、エリーゼは遠くに臨む壁を見る。


あの頃と変わらない。


「フリード」は今、どうしているだろうか。


あの夜、「王都」から逃れて以来会っていない。


もう、3年も経つのだろうか。


彼とこんなに離れているのは「従騎士エクスワイア」として過ごした時以来だ。


フリード。


私は彼に謝罪しなくてはならない。


「主」として皆を守れなかったことを―――





私の「従者」。


フリード・バッフェとルーク・バッフェ。



出会ったのは、私が9歳の時。


ハティと出会うのはまだまだ先の話。


私は年の近い姉弟も友達もなかった。


だから、バッフェ兄弟と事あるごとにつるんでは悪さをした。


といっても勝手に狩りとか、畑を荒らす害獣退治とかだ。


私なりに二人とはうまくやれていると思っている。

主従とはいえ、友達のようにも思っている。




ある日のこと。


王の招きで行われる晩餐会に出席するため、父母や私は別邸に移った。


私の従者であるフリードやルークも共に来ている。


この日、晩餐会の前に諸侯との会合があるというので父は不在。


母は知人と会うために出かけていた。



「……つまらない」


私はひとり広大なこの屋敷で過ごしていた。


今日は鍛錬も勉強もない。


ときどき父母は私に「何もしないことをする日」を設ける。


この「何もしないことをする日」は私にとってはちょっとした苦痛だ。


日がなベッドでごろごろして、食っちゃ寝をしてもいい。

散策やお買い物、読書などはしてもいい。

けれど、鍛錬や勉強に繋がることは禁止された。


私は毎日だって鍛錬や勉強をしてもかまわないというのに。


(うう……)


剣が振りたい。

魔術を使ってみたい。

試したいことがたくさんある。


まだできないことがたくさんあるから。

できるようになりたいというのに。


体がむずむずする。


私はベッドから体を起こすと屋敷の中を散策することにした。


時折すれ違う使用人たちに挨拶をする。


別邸に詰めている使用人たち。


なかなか会うこともないので顔を憶えているわけではない。




庭に出てみる。


庭木を整えている人がいる。


近くに寄って作業を眺める。


「あ、これはお嬢さま。失礼をしました」


使用人は手を止めて頭を下げる。


「こちらこそ。手を止めさせてしまってごめんなさい。作業を見学してもいいですか?」

「お見せできるようなものではございませんが」


「ご迷惑かしら」

「いえ、そのようなことは。では、危ないので少しお下がりいただいてご覧ください」

中年の彼は作業に戻る。


脚立に上り、剪定ばさみで枝を切っていく。


「切る枝は決まっているのですか」

「はい。他の枝に絡まっていたり、下向きに伸びたりとさまざまありますが、決まっています」


「そうですか。芽もとるのですか」

「ええ。変な方向に伸びて木の形を乱さないようにするのです」


「庭師の仕事にも技術があるのですね」

「そんなたいそうなものではありませんよ」


彼は手を止めずに私の問いに答える。


ぱちんと音がして若い枝が切り落とされる。


青々とした葉がついている。


何気なくそれを見た。


だが、途端に私は血の気が引く。


葉にはうねうねとした緑色の生物がついていた。


「……ありがとう。おじゃましましたね」

そう言うだけで精いっぱい。


足早にその場を離れた。


遠くで庭師が何か言っているが聞こえない。


(きもちわるいきもちわるいきもちわるい)


私は虫が苦手だ。


理由はない。生理的に無理なのだ。


種類に関係はない。蝶とかもダメだ。


ただ遠くを飛んでいたり近づいてきたりしないのならば許容範囲。

視界に入れなければ良いだけのこと。


怖気がはしるなかで足早に厨房へと向かう。


「ごめんなさい、お水ください」

「はい。ただいま」


下ごしらえをしていたのか、ちょうどその場にいた使用人がこたえる。


急いで水を持ってきてくれた。


私は渡されたグラスの水を一気に飲み干す。

ちょっと落ち着いた。


「どうかなされましたか?」

使用人の女性は心配そうに私をうかがう。


「いえ、なんでもありません。ちょっと喉が渇いて」

「そうですか?」


首をかしげながらも「他になにかお出ししましょうか」と加えてくれる。


「お水だけでじゅうぶんです。冷えていておいしかったです、ごちそうさま」


私はそう言ってグラスを返す。


「またなんなりとお声がけください」

使用人はそう言って頭を下げた。



とにかく暇を持て余した私はフリードたちのところに行くことにした。


フリードとルークの兄弟。


フリードは私の一つ上、ルークは一つ下。


フリードは生まれた時から顔の右側に痣がある。

病気ではないのだが、見る人は少し躊躇してしまう。

それもあってか、彼は容姿を気にしており、口数も少なく内向的だ。


弟のルークは年のわりには背が高い方だ。

快活な性格で、兄のことを慕っている。

だからか、兄の容姿をけなす者には誰であっても噛みついていく。


二人とも根が素直で、わりと単純。


だから私とも馬が合った。


遠くで木が打ち合わされる音が聞こえる。


二人は鍛錬をしているのだろう。


……うらやましい。


建物の角を曲がって、兵舎近くの広場へ出る。


二人の少年が木剣を打ち合わせている。


傍目には喧嘩でもしているかのように荒々しい打ち合い。

時には足を払ったりもする。


私も混ざりたい。


「ううううう」


思わずうなってしまった。


「あ、エリーゼ様」

二人は私に気づいて剣を納めて礼をとる。


「ずるい」

「は?」


「わたしもやりたいです」

二人が顔を見合わせてから苦笑いする。


「今日は何もしない日ではないですか」

「お父様もお母様もひどい。なんでこんな意地悪をするのですか」


「意地悪では、ないと思いますけれど」

「わたしにとってはいじわるです」


駄々をこねる私に対してフリードが話題を変えた。


「ところで、ご用向きは何でしょうか」

そう言って近づいてくる。


「お呼びいただければこちらからうかがいましたのに」


「ひまでカビでも生えそうだったので来たのです」


「遊び相手がほしかったのですか」

ルークの問いに頷いた。


「では、何をいたしましょう。遊戯版でも」


「体が動かしたいです」

私の言葉にふたりは困った顔をした。


私の普段の運動量は普通の子供と違う。


10㎞は平気で走るし、腕立て伏せや腹筋運動なども100回以上を何セットもする。


その上で、本物のロングソードで素振りなども1000回は朝飯前にこなす。


今に思えば、それだけの運動を毎日していたら体を壊すので父母は回復のための日を設けていたのだろう。


この二人にしても父母から命じられているので私の言う運動はさせられない。


「お買い物に行かれませんか?街歩きなら体も動かせますし、目新しいものもあるかもしれません」


「……そうですね」

不承不承と言ったいった態で答える。


フリードが「お出かけの準備をしましょう」と声をかける。


「私は馬車の準備をお願いしてきますね」

ルークが走っていく。





二人との街歩きで私はすこしだけ機嫌をなおした。


「お出かけ」と言うと使用人たちがこぞって可愛らしい服を着せにかかる。


ひらひらして可愛らしいのは嫌いではない。


でも、動きづらいのはちょっと面倒だ。


そんななかでもフリードがちゃんとエスコートしてくれる。


うん、とっても素敵。


ルークは目ざとく興味をひきそうなものを指して「エリーゼ様、あれ面白そうですよ」と誘う。


子犬みたいに走り回る姿。

うん、とっても可愛い。


ふたりの献身ぶりがとても嬉しい。


私はこの従者にどうしたら報いることができるかちょっと考えてしまう。


そんな間を与えずにフリードも「覗いてみましょう」と言って促す。





「エリーゼ様、お下がりください」

「ここは私たちが」

私の傍にルークが控え、フリードが前に出る。


わずか10歳の子供が大人を前にひるむことなく構える。


「貴人に蛮行を行えば、厳罰は免れませんよ」

フリードが言う。


「そんな脅しはきかねぇな、ボウズ」

ショートソードを手にして包囲を縮めてくる。


「フリード、前の二人をお願いできる?」

私は言う。


「エリーゼ様、いけません」

「それこそ、ダメよ。迅速に、徹底的に」

私が言うと兄弟は覚悟を決めたようだ。


「兄者、俺がエリーゼ様のフォローをするから」


「頼むぞ、ルーク」



「何をぼそぼそと言ってやがる」

一人が言葉を発したのが合図だった。


フリードが踏み込んだ。

鋭い踏み込みは、子供とは思えない速さで相手に肉薄する。


振るった剣を受けられる。


所詮は子供。


相手がそう油断したときだ。


フリードは最初からそれが狙いだった。

途端に切り返して横面を狙い、相手が怯んだところを斬り上げる。


内籠手、手首を切り裂く。


そのまま隣の男に体当たりをするように懐にもぐり込む。


剣で内腿を斬った。



私はというと、免罪符を得たように反対側の男どもに突進した。


「うわぁっ!?」

男たちは悲鳴を上げた。


大の大人が、情けない声を上げて。


まずは先頭の男の目に指を突き入れた。


続いて隣の男の喉に拳を。


その後ろにいた男の股間を蹴り上げた。


残念ながら私は帯剣していなかった。


だから、素手で相手をするしかなかった。


相手の耐久力とかわからないので急所狙いだ。


ひざ裏に蹴りを入れて姿勢を下げさせる。


頭を掴んだ勢いで顔面に膝蹴りを入れる。


そうして、4、5人を昏倒させた。



「このガキ!」

一人が私に向かってくる。


「エリーゼ様に無礼だろ」

ルークがショートソードで男の脇下を斬った。


ほんの数分の出来事。


私たち三人の子供によってこのどうしようもない大人たちは切伏せられた。


「―――成敗!」


私は倒れ伏す彼らのただなかで言ってみた。


「……なんですか、それ」

「いえ、なんとなく言ってみたかったんです」


「はあ」


「それよりも、憲兵に突き出した方がいいんじゃないですかね」

私は恥ずかしくなって話題を変えた。


「とりあえず、表通りに出て人を呼びましょう」




この犯罪者どもを憲兵に引き渡しているところにお父様が駆けつけ、遅れてお母様もやってきた。


「エル!お前という子はっ」

お父様が声を荒げる。


「今日は大人しくしている日ではなかったか」


「申し訳ございません、私たちがエリーゼ様を」

フリードの弁明を父はこともなげに退ける。


「お前たちは後だ。今はエリーゼと話している」

「ですが」


「忠心、大いに結構。だが、口出しするな」

「申し訳ございません」

フリードは食い下がったが、父も譲らない。


「お父様、フリードを叱らないでください。私が悪いのです」

「その通りだ。自覚があるなら反省するべきだ」


「はい」


「エリーゼ、お父様は憎くて怒っているのではないの。あなたの身になにかあっては遅いと、本当に心配して叱っているのよ」


「はい」

お母様が私の頭を抱く。


「怪我はない?」


「はい」


「痛いところは」


「ありません」


「私たちはあなたのことが大切で、大好きなの。分かってちょうだい」

「はい。ごめんなさい」





後にフリードたちが謝りに来た。


私が悪いのに。


そして、こうも言った。


「私たち、エリーゼ様をお守りできるよう強くなります」


十分に鍛錬に励んで、今回も大人相手に立ち回れたのに。


この宣言はどこから来るのだろう。


「なんで急にそんなことを言い出すのです?」


ふたりはバツが悪そうに言った。


「だって、エリーゼ様は武器なしで五人を倒したんですよ。武器を持っているというのに私は一人。兄者は二人です」


「守られたのは私たちの方です。しかも主人に」


恥ずかしそうに言うその様子に、私は笑いがこみ上げてきた。


「おかしなフリード。おかしなルーク。二人とも私を守ってくれてるじゃないの」


そう、ふたりはいつも私と一緒にすごしてくれた。


「でも、もっと強くなって、ずっと私を守ってくれるっていうの?」


私の問いにふたりは真剣な目で見つめ返してくれた。


「はい」


ちょっと胸が熱くなった。変な気分。


その正体を探るよりも言葉が口を突いて出た。


「じゃあ、お願いね。ずっといっしょよ。私たち」



……それなのに。


私は彼らとの「約束」を守れなかった。




ジャガイモ仲間のみなさんへ。


世の中では、新年度が始まった頃です。


君たちは緊張を強いられる側でしょうか?

相手は新人や新入生?

それとも新しい環境に飛び込んだ新人たち?


どちらも「無理しないで」って私は思います。


時間をかけてゆっくり。

合わない人はずっと合わない。

気の合う人とも、ほどほどに。


のんびり、ゆっくりやっていくのが1番ですよ。


あ、もちろん「命」とられないかぎりね。

それが、1番大事かなって。


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