第129話 黒猫の裏切り?。白銀の聖女と痣の従者。
―――――グシャッ!
鈍い音がして巨躯が倒れる。
さして広くない小屋。
すり鉢状に中央が低くなっている。
中央では10人の男たちが殴り合っている。
後ろに下がることがないのは、観客席と彼らとの間にある「溝」のせいだ。
そう、「溝」では熱湯が湧いている。
落ちればひとたまりもない。
観客がまた一際大きな歓声を上げた。
コレットはそれを横目で見ながらも、惨劇に眉をひそめた。
「さっさと歩くニ」
追い立てられる。
後ろにいるのはクロエ。
黒猫の獣人族。
フード付きの外套を身に着けている。
「おっと、こっちは見るな。お前の【能力】は把握しているニ」
コレットはせっつかれて進む。
(しまった。これは想定していなかった)
◇
今朝のこと。
「コレット、大丈夫かニ」
積み荷を準備しているところにクロエさんが現れる。
「あ、クロエさん。どうしたんですか?」
「連絡がないから様子を見に来たんだニ」
「ああ、そうでしたか」
クロエさんは、共和政府本営でも私の見守りしていた人。
きっと、またエリーゼお姉ちゃんに言われてきたんだろう。
「この間、『変なおじさん』に絡まれて……」
私は休憩がてら空箱の上に座って話し始めた。
クロエさんも手近な箱を見つけてちょこんと座る。
先日の「ディック」の件について話した。
そうしたらクロエさんは腹を抱えて笑い出した。
「傑作だニ。いいお土産話だニ」
それから私の頭を撫でた。
「オマエは面白い子だニ。エリーゼ様に似てきたニ」
背丈とか私とそう変わらない。
見た目も同い年くらい。
これで、フィンたちよりも年上って悪い冗談みたい。
なんだか、くすぐったい。
お姉ちゃんに似ているって。
「ハルとは進展があったかニ」
不意にかけられた言葉に私は身を固くした。
「あ~あ~、失言だったニねぇ」
クロエさんは頭を掻いた。
「敵陣の中で『にゃんにゃん』しようとしていたからてっきり、もう……」
「キャー、キャー!」
私は慌ててクロエさんの口を塞いだ。
「く、くりゅしぃ、ニ……」
「わっ、ごめんなさい」
私は手を離した。
「なんだ。もう『ちゅ~』くらいしていると思ったニ」
……ワザとですか?
「ふむふむ。そっちはまだ年相応だニね」
クロエさんはわかったような顔をする。
あなたも、見た目だけなら同い年ですよ。
「それなら、いい機会だニ。大人のお姉さんが教えてあげるニ」
そう言ってぴょこんと箱から降りた。
「街での行商。休憩時間についてくるニ」
◇
そして私はクロエさんに拘束された。
「悪いニねぇ」
そうして、この「格闘興業」をしている見世物小屋に連行されている。
「こうも簡単に騙されるなんて。マクスウェル関係者はみんな『いい人』だニ」
私は振り返りそうになった。
「おっと、ダメだニよ」
ちょんっと背中に固いものがあてられる。
たぶん。ボウガン。
引き金をいつでも「引ける」と脅している。
「ちゃんと、『ボス』に会わせてあげるだニ」
私はとにかく蒸し暑い中を歩く。
そして、小屋の地下へと進んでいった。
◇
地下室の一角。
幾重にもブラインドが下ろされた向こうで対面する。
本当に、私の【能力】を知っている。
「君があの、『コレット・オルレア』なのか」
ブラインドの向こう。
男が質問してくる。
「そうです。だったら、どうだって言うのですか?」
私がそう尋ねた時だった。
男が席を立ち、こちらへ向かってくる。
ふゎっと風が舞った。
私の目の前で跪いている。
「無礼をお許しください。『王女殿下』」
なにを……。
「一従者の無礼。あくまでも私の独断です。我が主は一切知りません」
その黒髪の男の人は首を垂れて礼を尽くしている。
「主というのは?」
「エリーゼ・カナン・マクスウェルさまです」
その人は断言した。
「なぜ、このような」
「必要なことだからです」
「私を帰してください」
「できません」
「どうしてですか」
「今はお答えできかねます」
そう言って立ち上がると、一礼をする。
そうしてブラインドの中へと姿を隠してしまう。
本当に、私の「能力」【高貴なる洞察】について理解している。
この能力は「視界」に納めていないと効果がない。
それは私が認識していなくてもいい。
ランドルフさんは本営の時、【隠蔽】のスキルを使っていただけで「あの場所」にいた。
そして、物陰には隠れていなかった。
だから、視界には入っていたんだ。
そして、魔術を併用していたからすぐにわかった。
けれど、この人は「魔術」も使わず、ブラインドに隠れて「視界」から逃れている。
本当に、「頭のキレる」人。
そして「警戒心」と「疑り深さ」が強い人。
それでも、先ほどの会話の中だけでも「視えた」ものがある。
それは、「お姉ちゃん」の過去の姿。
この人との出会い。
◇
目の前にかわいらしい女の子がいる。
私は弟の「ルーク・バッフェ」と共に彼女に面会した。
彼女の名は「エリーゼ・カナン・マクスウェル」といった。
我ら「バッフェ(剣)一族」が仕える「マクスウェル家」の一人娘。
彼女は白銀の髪を持ち、透き通るようなアイスブルーの瞳をしている。
まるで、美しく象られた人形だ。
世の少女が羨むであろう美貌。
それでいながらも勝気な雰囲気を醸し出している。
「フリード、ルーク。挨拶を」
ご当主の「トリスタン様」が促す。
私とルークは跪いた。
「フリード・バッフェ。10歳です」
「ルーク・バッフェ。8歳です」
挨拶をするも、返答がない。
「今日からこの二人はお前の『従者』として仕える」
トリスタン様が言う。
「年も近い。仲良くしなさい」
そのようにおっしゃられても、当のエリーゼ様は無言。
ややあって口を開いた。
「ねえ、『ふりーど』はなぜ顔を背けているの?」
単刀直入。
「それは不敬ではなくて」
核心をついた言葉。
「あ、兄者はっ!」
ルークが弁護しようとした。
「いいんだ。ルーク」
私はそう言って弟を制す。
「失礼いたしました」
私は真っ直ぐにエリーゼ様を見る。
私の右半面に広がる「痣」がわかるように。
「フリードの痣は生まれつきだ。感染する病ではない……」
説明するトリスタン様を無視して、エリーゼ様が私に歩み寄った。
そっと私の右痣に触れる。
「ねえ、ふりーど。痛いの?」
そう幼い少女は言った。
「いえ」
私は答えたが、彼女は手を離さない。
「でも、『痛そう』」
手を離す。
「だって、あなたは泣いているもの」
不意に、私の右の頬骨のあたり、「痣」に柔らかい感触があった。
―――――ちゅっ
「っ!?」
トリスタン様もルークも驚いた顔をしていた。
もちろん、私も。
「ね、やっぱり『痛かった』んでしょ?」
エリーゼ様が離れる。
「じゃなきゃ、なんで今も泣いているの」
私は自分の頬に手をやった。
涙が……なぜ……
「うん。あなたたちとは仲良くなれそう」
にっこりと笑う。
「私も同じだから」
そう告げる少女。
「お父様。ありがとうございます。こんな素敵な従者を紹介してくれて」
エリーゼ様は深々とトリスタン様に礼をとった。
そして私たちの方を向く。
「ふりーどっ、るーくっ」
私たちの名を呼ぶ。
「これからは『私の従者』として励みなさい。私も『主』として恥じないように励むわ」
声高らかに告げた。
「これから大変よ。暇なんかしていられないんだからっ!」
いたずらっ子のような顔で「にっ」と歯を見せて笑う。
これが、我が「主」。
エリーゼ・カナン・マクスウェルとの出会いだった。




