第121話 渡る世間は 闇だらけ。母さん、僕、農園継ぎたいよ。
僕たちは一度、スペンサー氏の治める城塞都市から出た。
なぜって?
魔人さんが宿屋壊したからだよっ!
潜入して早々にこれだ。
今は壁外の街にいる。
「みんな、ごめん」
しょげかえる魔人さん。
「……まあ、そこまで落ち込まなくても」
エルザさんの襲撃もあったから、それを退けただけでも良かったと言わざるを得ない。
この人のせいでもあるけど。
「ま、まあ、どのみち商品を仕入れに一度は街を出ないといけなかったわけですから」
コレットがフォローを入れる。
「そう言ってくれると助かるよ」
それからハティさんはコレットに祈る真似をする。
「コレットは優しいなぁ」
それからちらりと僕を見る。
「ホント、『コレット』だけは」
こ、コイツぅ……
「ともかくっ、ハティさんが絡むとエルザさんまで出てきてメチャクチャになるから、ここで大人しくしていてください」
僕は言う。
「そうかい?じゃあ、商品の買い付けをしているよ」
まあ、それくらいなら……
「僕たちは行商をしながら『ロナン・スペンサー』の情報を集めますね」
「りょうか~い」
ハティさん、本当は反省してないだろ。
◇
改めて僕とコレットは荷馬車でスペンサー氏の街まで来た。
子供だってロバの牽引する荷馬車を走らせることができる。
というか、僕って「子供」って言われるほど子供じゃないんだけれどね。
街と壁外とを隔てる壁まで来る。
門の前では行列ができている。
毎回「通行税」を払わなければいけない。
行商人たちが街で商売をするために並んでいるんだ。
「次、進め」
呼ばれて馬車を進める。
「降りろ」
言われて僕は降りる。
「積み荷は何か?」
「野菜です」
「検めるぞ」
門番が言う。
1人が荷台に乗り込み荷物を検査する。
僕は御者台から降ろされた。
「通行許可証はあるな?」
「はい」
そう言って最初にもらった許可証を見せる。
「なんだ?これは」
……え?
「これはどこの街のものだ?」
「いえ、二日前にここで手続きしたものですよ」
「何を言っている。様式が違う」
そう言って門番が別の書類を見せる。
確かに……どういうこと?
「ああ、よく見れば古いものだな『あの恥さらし』の時代の」
その言葉に僕は腹が立った。
きゅっと袖を引かれる。
コレット?
いつの間に御者台から降りていたの?
コレットが僕を見上げながら頭を振る。
わかったよ……
「でも、二日前にここで手続きをして手続き料も払ったんです」
僕が言うと、門番は首をひねりながらも応じてくれた。
「では支払いをしたという証明はできるか?領収書は?」
「はい。あります」
そう言って「領収書」を見せる。
それにはあの二日前の門番の受領サインだってあるんだ。
「ニルス?誰だ、コイツは」
「え?どういうことです」
「ニルスなんて奴はいない。なあ、誰か知っている奴はいるか?」
門番が聞くと他の門番たちも首を振る。
「え?だって……」
「しょうもない奴だな……名前は?」
「ヴェル・ストーンです」
「手続したのは?」
「おじいちゃんの、ガルム・ストーン」
「いっしょにいるのは?」
「妹のニコル・ストーンです」
「そうか。ガルム、ヴェル、ニコルだな。帳簿を確認してくる」
「メンドクセェ」と頭を掻いた門番が去っていく。
僕たちは脇に押しやられた。
他の行商人たちが「早くしろよ」とか「これだから」とか文句を言う。
◇
ややあって門番が戻ってきた。
「帳簿にもなかったぞ」
嘘だろ?
「これじゃあダメだな。改めて『通行許可書』の発行手続きをして、手続き料金を払うことになるな」
「いや、だって……」
「いい加減にしないか!」
食い下がる僕に門番が声を荒げる。
「お前のせいでどれだけ時間をとられたと思っている。これ以上騒ぐならば、書類偽造の疑いで牢屋に入れるぞ!」
その言葉に僕は黙らざるを得なかった。
そんなことになれば「潜入」どころじゃない。
そして、捕まったことを知ったらハティさんがまた暴れる。
「すみません」
僕は渋々謝った。
「わかればいいんだ」
門番は言うと、手続きのため、待合室まで僕を促す。
◇
私はハルと門番のやりとりを「【高貴なる洞察】」で視ていた。
ハルはもちろんだけれど、この門番も「嘘」を吐いていない。
つまり、一番怪しいのは二日間に手続きを担当した門番の「ニルス」。
「ニルス」というのはデタラメな名前なんだろうけれど。
ハルは渋々、手続きをしている。
「これで申請はいい。通行税と手続き料金を払いな。銀貨5枚だ」
門番の言葉に、ハルが財布から銀貨を出す。
「へぇ、珍しいな。『エルフ自治区の銀貨」じゃないか」
ハルが渡した銀貨を見て門番が声を上げる。
「あの魔女との件で今は交易がほとんどないからな。この領内でこれを見るのは何年振りか」
門番が「銀貨」を興味深げに見る。
「あの、足りますか?」
ハルが尋ねると、門番は笑った。
「心配するな。レート(価値)は変わらないから」
そう言って銀貨の枚数を確認する。
「ほれ、これが受領書な。待ってろ許可証を持ってきてやる」
そう言って門番は窓口に戻って行った。
窓口の中では「へぇ、今どき珍しいな」とか「レアだな」と言う声がしてる。
上官と思われる門番がそれを覗き込んで髭のある顎を撫でた。
「ああ、確かに珍しいな……はて、金庫に2枚だけ入っていなかったか?」
「本当ですか?」
「ああ、確か二日前に確認した時にあったな」
「2枚だけですか?」
「ああ、2枚だ」
「それも、不思議ですね。どこから混ざったんだしょうか」
「前の奴が回収し損ねたとか」
「おいおい、五日ごとにまとめて領主さまに納めているんだぞ?帳簿も合っているんだ。最近出回ってないってことは、何年前のヤツなんだよ」
「そうですね」
笑い声が聞こえる。
◇
僕は憤懣やるかたなかった。
なんだよ、あの門番。
僕が腹を立てているのは「二日前の門番」ニルスという奴のこと。
手続きの時、けっこういい奴だなって思った。
愛想は良かったし、ハティさんにも親切に声をかけていた。
ムカムカするけれど、いつまでも怒っていたってしょうがない。
今はとにかく「潜入」作戦が大事だ。
気持ちを切り替えないと。
商業ギルドから割り当てられた場所に箱を積み上げる。
「ハルっ、手伝って~」
コレットが声をかけてくる。
背の低いコレットが一生懸命伸びて日除けのシェードをかけようとしている。
つま先立ちのその姿が可愛らしい。
「今行くよ」
そう言って後ろから彼女を支えて、シェードの端を掴んで引き寄せる。
「はい」
その端っこをコレットに手渡す。
「ありがとう」
にっこりと笑うコレット。
う……かわいいなぁ……
ちょっと政府本営での夜のことを思い出しちゃった。
コレットも気づいたみたい。
顔を赤くしてうつむいてしまう。
「ぼ、僕っ、反対側引っ張るから」
そう言って反対側へと急ぐ。
マズイ、マズイ、僕は「蕾愛好家」のハティさんじゃないんだから。
歳が近いからって……ね。




