第120話 愛?の生まれた日。いえ、フラグが立った日ですよ。
僕の決断は早かった。
姉を、家族を奪う者には容赦はしない。
姉上が襲撃されたと知って僕はすぐに敵陣に向かった。
この霧は何も相手にとってだけ利するものではない。
相手も利用したのだからこちらも逆手に取ろう。
このような湿原をこの国の人たちは苦手としている。
だが、かつて仕込まれた術を使うにはもってこいの条件だ。
【霧隠れ】という隠蔽スキルを使う。
敵陣営にもぐり込む。
敵兵士がビチャビチャと水気を含んだ地面を掘り返しながら歩いている。
だが、水蜘蛛を使って進む自分は音を立てることがない。
◇
わずかに離れたところに天幕が張られている。
女の声が聞こえた。
「ええい、あと一歩だったのに。邪魔が入らなければあの女を始末できたものを」
悔し気に叫ぶ声がする。
「エルザ様、危ない真似はよしてください。大将の貴女が単騎駆けなどなさっては」
「奇襲だから一人で行ったのです」
う~ん。
なんだかどこかで聞いたようなやりとりだ。
あ、いけない。
気を緩めるべきではない。
これも誘いかもしれない。
鉄血のエルザという二つ名をもつ、女騎士。
我々の陣営でも彼女の才には注目し、警戒をしていた。
だからこそ慎重に動かなくては。
ややあって天幕から一人の女性が姿を現す。
鎧などの特徴から彼女だと判別した。
一人陣から離れてどこへ行くというのか。
後をつける。
馬を停めているところへ。
一頭の怪我をしている馬のもとに来た。
傷を撫でて回復術を使っている。
「ごめんね、痛かったでしょう」
馬に詫びているのも聞こえる。
心根は優しい人なのだろう。
だが、姉上に斬りかかっておいて生かしておく理由はない。
◇
馬から離れたところで、襲い掛かる。
「っ!?」
反応され剣を防がれる。
気配も音もたてずに放った必殺の剣だったのだが。
間近で顔を見る。
「……あ」
つばぜり合いのなか、互いに動きがとまる。
(あ、姉上?)
姉上に似ている。
僅かな違いはあるが、ここまで似ているとは。
相手も固まっている。
口をあけて唖然としていた。
しかもなんだか目が潤んでいるような、頬に朱がさしているような。
すぐに自分は我に返って問う。
「エルザ・ジグニュール・ブライトガード殿ですね」
彼女もすぐに切り替えたようだ。
「いかにも。そちらは」
「ハティ・マクスウェル」
「そうですか。あなたがマクスウェルの番犬か」
「犬呼ばわりはやめてくれないか」
僕は言う。
「では、死んでくれ」
剣を振るう。
時間をかけたくない。
「くっ」
彼女はこれも受ける。
どれも必殺の剣だったが防がれる。
まるで姉上と手合わせしているかのようだ。
彼女の隙を探る。
――――隙が無ければつくるまで。
剣を合わせる。
そのまま搦めてすり落とす。
切り返して喉を割こうとするが、肩鎧で防がれる。
肩鎧を割って肩を傷つけることはできた。
だが、致命傷とまではいかない。
その後も剣を振るうが防がれる。
「やりますね」
エルザがうめく。
後ろがないことに気づいたようだ。
そう、攻めながら地盤が崩落した滝まで追いつめていた。
「女性をいたぶる趣味はない。大人しく――」
「誰が命乞いをするものか」
「いや、大人しく死んでくれ」
言葉にエルザが驚いた顔をした。
「あなた、噂通りの変人なのですね」
「何がだ」
「いえ、普通は投降を促したりするものではないの」
「しない。殺しに来ているんだから目的は一つだけだ」
「そう、なのね」
彼女は笑う。
この窮地で笑うか、やはり姉上に似ているな。
「では、『く、殺せ』というお決まりのセリフは吐くことができないわけですね。本当に殺されてしまうんですから」
この人を食ったような物言い。
本当に似ている。
思わず頬が緩んだ。
「何か?」
「いえ、好感を覚えたもので」
この言葉にエルザの顔に朱が差した。
侮辱と捉えられたのだろうか。
「失礼しました。改めて――――」
そう言って私は剣を構える。
「その心臓、もらい受ける」
言うなり心臓を狙って突きを放つ。
横にかわすならば横薙ぎに。
下に伏すならば斬り下しに変化する。
だが、意外なことに彼女は後ろに跳んだ。
「ふふっ」
おまえになぞくれてやるかといった嘲笑。
姉上に重なった。
思わず手を伸ばして彼女の腕を掴んだ。
「私を殺すんじゃなかったの?」
「知らん。気づいたら掴んでいた」
「ますます、変な人ね」
引き上げてから斬るしかないか。
そう思ったが、彼女の方が上手だった。
「じゃあ、一緒に落ちましょう」
エルザは崖の壁面を蹴って崩し、僕も巻き込んだ。
(こんなところまで姉上そっくりのやりかたしなくてもいいじゃないか)
天狗の術を使って飛翔しようとした。
「だめよ。いっしょに落ちるんだから」
そう言ってエルザが魔術を使う。
「【拘束】」
光の輪が生じて拘束される。
しかも、彼女ごとだ。
「くそっ」
言った時には水面に叩きつけられ、そのまま沈んだ。
急流の勢いに流され続けた。
(拘束を解かないとっ)
アンジェから教わった魔術破りを使う。
(魔力よ、沈まれ【エーテルシンク】)
魔力を非活性化させる。
拘束魔術が崩壊した。
急いで水面まで浮上する。
(まずい、このままでは地下水脈まで押し流される)
一か所、天井が崩れている場所を見つけた。
そこに至るまでに水面から出なくてはならない。
「こぉの!」
飛翔の術を使って水面に出る。
そこからは低い天井に頭をぶつけないギリギリのところで移動。
崩落して覗いている空に向かって跳んだ。
◇
「で、でられた……」
持てる魔力を使って飛翔したのだ。
とてつもなく疲れた。
しかも、避けたとはいえ、けっこう頭をぶつけた。
これ以上バカになったらどうするんだ。
実に忌々しい人だ。
抱えて一緒に脱出したエルザを見る。
――――気絶している。
「おい、ちょっと」
顔が青い。呼吸もしていない。
ぺチぺチと頬を叩く。
だめだ。
水を飲んでる。
心肺蘇生をしなくては。
この時は、もう暗殺しに来たことを忘れていた。
気道を確保して、人工呼吸をする。
何度か繰り返していると、エルザが水を吐き出した。
横向きにしておう吐物で喉を詰まらせないようにする。
(もう、なんなんだよ)
噛み切られないように指を保護して口の中を清拭する。
今度は心肺蘇生をする。
「う……」
うめき、意識が少し戻ったようだ。
震え、凍えている。
冷たい地下水に浸かっていたのだから低体温症になりかかっているのだろう。
「う~~、なんなんだこの人」
面倒この上ないのだが、しかたなく鎧を外し、服を脱がせる。
マジックバッグから毛布を出して体をくるむ。
このままでは毛布も水を吸って冷えてしまいそうだ。
近くの木を切り倒して足場をつくり、その上に寝かせた。
敵陣からかなり離れているので、音を立ててもすぐに来るようなことはないだろう。
足場の木に火が燃え移らないよう土魔術でコーティング。
彼女の鎧を耐熱板代わりに敷いて火を起こす。
まあ、ちょっとした嫌がらせだ。
「へっ…クチッ」
くしゃみが出た。
自分もずぶぬれで冷えてきた。
服を脱いで絞る。
どうしよう、毛布一枚しかない。
風魔術と火魔術を使って服を乾かすか……でも魔力あんまり残ってない。
そこでふと気づく。
毛布が血で濡れている。
(あ、肩からの出血か)
一瞬迷ったが、回復魔術に使うことにした。
少し休んだら魔力も戻るだろう。
それから乾かせばいい。
彼女の怪我を癒して、毛布の上から抱きすくめるようにして暖をとる。
(うう、自分で怪我させて、自分で治して、寒い思いをして……)
なんだか情けなくなってきた。
◇
いつの間にか寝てしまっていた。
「ひやっぁぁぁあぁぁぁ!」
悲鳴で目が覚めた。
ばっち~ん
もの凄い音。
頬を張り飛ばされる。
「いたい…」
毛布にくるまったままのエルザが顔を真っ赤にしてこちらを睨み付けている。
「あ、あなたという人は」
怒りと羞恥で震えている。
いや、わからんでもないけれど。
でも毛布返して、寒い。
そして頬がメチャクチャ痛い。
「こんな辱めをっ!どこまでした!私に何をした!」
目じりに涙を溜めて叫んでいる。
姉上にそっくりな人に叱られている。
姉上じゃないけど、なんだか本当に悪いことをしたような気分になる。
「何も…水から引き上げて、人工呼吸して暖めただけ」
なんだか頬が腫れてきたぞ。
「じ、じんこうこ、こきゅう」
それがどういうものか彼女は気づいたようだ。
「わ、私の初めて」
あ、そういうことになるのか。
「ごめんなさい」
素直に謝る。
「ッ、ッ、ッ」
言葉にならない感情をたぎらせて拳を握っている。
殴られるのかなぁ……
歯を食いしばる準備をしていた。
ふと彼女は僕の顔をじっと見つめはじめた。
そして、それからじろじろと人の体を眺めまわす。
う、なんだか値踏みされている。
屠殺される前の家畜ってこんな気分なのか。
昔の火傷とかはあまり見えなくなってきているけど、やっぱり嫌だな。
「ちょっと」
顔を寄せられる。
そこまで近づかなくてもいいのに。
「責任とって」
「できません」
即答する。
「はぁ!?」
エルザが声を上げる。
「私には心に決めた人がいます。ですので、要求をのめません」
「じゃあ、私のファーストキスは」
「それについては申し訳ないと思っていますが、人命救助ですのでカウントしないでおいて欲しいです」
機械的に答える。
「ちょっと、ハティ・マクスウェル」
「はい。ハティです」
「結婚してるの?」
「いえ、していません」
「じゃあ、別に不貞でもなんでもないですよね」
「恋人がいます」
「え、いるの?」
「います」
言葉にややたじろいだようだ。
「でも、結婚してないなら、恋人なら別れることも、あると」
「私はあなたに恋愛感情がありません。貴女もそうでしょう。責任云々でする話でもありません」
「く、正論」
「あなたはあなたご自身を大切になさってください。私とのことはあくまでも緊急時の救命措置でしかありませんので忘れるのが一番でしょう」
そこで彼女が首をかしげる。
「あなた、おかしいわ」
「よく言われます」
「だって、私を殺しに来たのでしょう」
「そうなんですけれど、自分でもわかりません」
正直に答えた。
「それって……」
少し間を置いてから彼女は言った。
「一目惚れかしら」
「それはありません」
「往々にして気づかないものですよ」
エルザは断言する。
「問題ありません。ないことですから。それよりも」
身震いする。
「寒いので毛布を返してください」
そこで彼女は意地の悪い顔をする。
やはり姉上そっくりだ。
「一枚しかないの?」
「はい。ですから合理的な判断の下、あなたをくるんで、間違いのないよう私は外側から」
「寒いのでしょう」
「はい。凍えてしまいます」
「私から毛布をとったら私は裸で、こんどは私が寒い思いをして凍えるのですよ」
「……」
「凍える裸の女を鑑賞して喜ぶ趣味はおあり?」
「いえ」
「変なことはしないのでしょう」
「はい」
「じゃあ、合理的な判断ができるハティ殿はこの解決策がお分かりよね」
背に腹はかえられないとばかりに了承する。
彼女は「どうぞ」と言って僕を招き入れる。
背中から抱くようにして一緒に毛布にくるまる。
「あの」
声をかける。
「ひゃ!?」
驚かれた。
耳まで赤い上に、少し震えている。
凍えているのだからしかたないか。
「寒いですか?」
「え、ええ、まあ」
「もう少ししたら魔力も回復しますので、魔術で服を乾かせます。もう少しだけ我慢してください」
「は、はい。もう少しだけ……ですね」
◇
その後、服が乾いたので互いに装備をつけた。
互いに自陣に戻ることにした。
「次は戦場で。その時は改めて貴女の心臓をもらいます」
そう宣告する。
彼女は驚いた顔で口元を覆う。
何か変なことを言ったのだろうか。
その後、自陣に戻って姉上にこっぴどく怒られた。
いや、自分が悪いので申し開きもできない。
◇
それから、エルザはことあるごとに僕をつけ狙うようになった。
軍を起こせば、必ずと言っていいほど彼女は攻めて来た。
そして、攻めて来たエルザはどう逃げようとも一騎打ちにもつれこませる。
「ハティ!」
「ええ!?またぁ」
姉上そっくりの顔で、獲物を見つけたような顔で向かってくる。
しかも回を重ねるごとに、興奮の度合いが高まっているようである。
噂では「鉄面皮」「冷徹」「感情を表さない」といわれているのに。
実際の彼女は真逆だ。
「私のハートを奪うって言った」
「いえ、心臓をもらい受けるとは言いましたが」
「同じです」
「同じではないはずです」
ある時には衆目の前で。
「私の初めてを奪ったのだから逃げないで!責任とって!」
大声で叫ぶ。
周りから「やるなぁ」とか「最低」とか言われるありさまだ。
戦場から戻ると、きまってアンジェが臭いを嗅ぎに来る。
「えっと、臭いですか?水浴びはしていたのですが」
「他の女の匂いがする」
「へっ!?」
「他の女……あいつの匂いがする」
「う、嘘ですよね。襲われましたが何もしていません」
「じゃあ、なんで匂うの?」
「あ、組打ちの形になったときに?」
「寝技を使ったの!?四十八手!」
「表現、表現っ、誤解を生むから」
「ちょっと首筋見せて」
「え?なんで……」
「キスマークついてるっ!」
「あの人どうやってつけたの!?」
「浮気っ!浮気ぃぃぃ、アンタを殺して私も死ぬぅ!」
こんな感じである。
ティアもなぜかものすごい勢いで横槍を入れるようになった。
エルザと剣を交えた後、陣に戻るとティアも不機嫌。
「最低」とか暴言を吐いてくる。
姉上からはなぜかお説教。
わざと一騎打ちをしていないかとか疑われる。
執拗に付け狙われる。
撃退しても必ず爪痕を残してくる。
なんだろうこの捕食者に遭ったような感覚。
周りの人からの評価もだだ下がりだ。
姉上と攻め方が似ている。
きっと姉上と敵対した相手もこれだけ心身ともに追い込まれるんだろう。
「エルザ、怖い。エルザ、怖い」
時々うわ言のように出てしまう。
ジャガイモ仲間の皆さんへ
今日も1日お疲れ様でした。
今日という日を生きたあなたはヴィクトリー!
何もなくたって、頑張らなくたって、明日を迎えるだけでヴィクトリー!
本編、回想回でしたが、長くてスミマセン。
次からハルたちがちゃんと活躍します。
ぜひ次回もご覧ください。




