第119話 イタコ、コレット。成仏できぬ想いを語る。いや、イタコじゃなくて痛い子?
「あの~、ハティさん」
「は、はい」
ふたりは緊張した面持ち。
「私、この場を借りて言わなければいけないことがあって」
「う、うん」
コレットの言葉になおも緊張したままのハティが答える。
ハティも理解している。
コレットが目で訴えかけているためだ。
「えっとね。あなたの『後ろの人』がこう言っています」
まるで霊媒師か何かが背後霊の言葉を代弁するかのよう。
「あなたは、眠る私に口づけをしたのです。そう、眠り姫を目覚めさせる王子様」
「初めてだったの。私の初めてを捧げた人」
「誰にも触れられたことなどなかった私の胸に旦那様は触れた」
「『鉄の女』『鉄血の女傑』などと呼ばれ……誰も近づくことなど無かった」
そして黙る。
「?」
ハティが首を傾げたときだった。
「そんな私の『鉄壁のバリア』を簡単にぶっ壊した旦那様ぁぁぁぁ!」
コレットが叫んだ。
その迫真の演技に、ハティもハルも身を震わせた。
「もう『初めて』は捧げました!そう、愛を誓い合う『ちゅ~』!」
「これだけ既成事実があれば、あなたは逃げられません」
(アレンジ加えてない?)
ハルは不審に思った。
「アンジェさんと、どんな関係があるかは知りませんが、責任をとってください」
青い顔で、涙目になりながらコレットが言う。
途中、小さく「いやいや」をするように首を横に振っている。
「わ、わたしは…エ、エルザさんとの仲を……おう、えっ」
そこでコレットが泣き出す。
「怖いっこわいこわいっ、助けてぇ!」
顔を覆う。
「コレ言ったらきっと『アンジェさん』に叉焼にされるぅ!プリンの海に沈められるぅ!」
ガタガタと震え出す。
「『エリーゼお姉ちゃん』にお仕置きされる!体に良いっていうクソ不味い『謎汁』飲まされるぅ」
膝をついて半狂乱で叫ぶ。
「コレットっ、落ち着くんだ!大丈夫だよ。もう十分だよ」
ハティが駆け寄る。
「よく頑張ったね」
そっと肩に触れる。
「おい……エルザ」
スッと立ち上がる。
琥珀色の瞳の光が強まる。
「僕の蕾を泣かせたな……」
見た目は老人。中身は魔人。
「ちょっと悪ふざけがすぎるんじゃないか?」
風が吹く。
その風に吹きさらわれるかのように姿が戻る。
二十代半ばともとれる青年の姿。
そして流麗なフォルムの銀の右腕。
「三下り半・ぱーーーーんち☆」
振り向きざまのバックハンドブロー。
だが、それは爆風を纏い壁をも突き崩した。
それに煽らて吹っ飛ぶ人影。
キラーーーーーーン☆
「あの人、大丈夫なの?」
ハルが呟く。
「この程度、エルザにとっちゃ『撫でられた』ぐらいにしかなってないよ」
ハティの言葉にハルは愕然とする。
「エルザが迷惑をかけたね」
ハティがそう二人に詫びた。
「彼女について、君たちに話しておこう」
◇
コンラム湿地帯。
丘陵も点在しているが、ほとんどが湿原である。
樹木も生えているが、シダやコケといった植物が多い。
霧がよく発生し、寒暖差が激しい。
日中は蒸し暑いか肌寒いか。
この湿地の水を集めたような沼や池が点在している。
地盤が崩落したのか、所々が滝のようになっており、地下鍾乳洞へとつながっている。
かつてはリザードマンたちが多くいたが、今は棲む場所を変えている。
帝国の女傑、「鉄血のエルザ」がこの地に兵を展開した。
王領の水源のひとつであるためだ。
帝国領から離れたこの地に兵を展開しても援軍は望めない。
押し包まれてしまうだろう。
危険ではあるが、王国への圧力……民の不安を煽るという目的は果たせる。
つまりは揺さぶりだ。
エルザがここを選んだ目的はもう一つある。
王国でも随一の騎馬兵力を誇るマクスウェル家を封じる策である。
ここでは騎馬の突進力も重装備の歩兵も効力が落ちる。
この当時のハティはガレスの副官の一人として務めていた。
今回リヤーブレイズのガレスは参戦しない。
だが、代理でハティが参戦している。
エリーゼの要請だ。
地理的条件の悪い場所でも作戦をこなせるハティが呼ばれたのだ。
「まあ、考えようによってはですね」
エリーゼは周囲の者に伝えた。
ここでは重装備の兵を動かすのは難しい。
騎馬での戦いも難しいのだから、視界の悪いなかで局地戦を繰り返すことになる。
「というわけで、フリード、ハティ、頼みましたよ」
弓の腕がある二人に声をかける。
同士討ちを避けるため、最初は展開しない状況で敵陣を砲撃する。
「私たちは魔術で援護します」
二人は頷いた。
「ルークは私の近くで防備を」
ルークも頷く。
フリードとルークは兄弟でエリーゼが幼い頃から仕えている従者である。
◇
遠距離での打ち合いが始まった。
霧も立ち込めて視界が悪い。
それから霧に乗じての小規模な戦闘。
戦場は点在している。
一騎の騎馬が向かってくる。
おかしい。
エリーゼは警戒する。
伝令を呼んでいない。
と、いうことはだ。
「総員、迎撃態勢!」
号令をかけると同時に加速した騎兵。
エリーゼに向かってくる。
精兵ぞろいのマクスウェルの兵でも阻めない。
「その首、もらい受ける」
女性の声。
ロングソードの一閃。
過たずにエリーゼの首めがけて振り下ろされた。
「はっ!」
エリーゼは双剣で受ける。
剣が合わさり、石火が飛ぶ。
互いに驚いた顔をしていた。
まるで鏡合わせ。
同じ白銀の髪にアイスブルーの瞳。
違うのは、眉の形だけだろうか。
「おのれ!」
ルークが槍を突き出す。
「くっ」
女はそれをいなしたが、馬の後ろ脚を穂先が掠める。
馬がいななき、暴れる。
「我が名はエルザ。また見えよう、白銀の虎エリーゼ」
そう告げると去っていく。
「追え!逃がすな」
ルークの怒声が響く。
「あれが、鉄血のエルザか」
エリーゼが呟く。
たしか旧帝国の将軍だった人物だ。
もとは一貴族の子女。
当時の帝国では十数の諸侯が互いに独立して策謀を巡らせ、牽制し合っていた。
その火種が王国領にも飛び火し大戦へ拡大した。
混迷期の帝国にあって彼女は武力蜂起した。
「金と弁舌では平和は訪れない、鉄(武器)と血(兵)でのみ贖うことができる」
彼女のこの言葉で民衆は武装蜂起した。
次第に数を増し、大いにふくれて周辺諸侯を平らげた。
そして、帝都すら陥落させた。
故に、この先導者たる英傑を人は“鉄血のエルザ”と呼び、恐れた。
◇
「「ちょぉぉぉっと待てぇぇぇぇ!」」
僕とコレットは叫んだ。
「なんだい?」
ハティさんがとぼけた返事をする。
「「なにがどうなってあんな仕上がりになったぁぁぁぁ!?」」
「ん?」
僕たちの動揺を余所にハティさんが首を傾げる。
いや、だっておかしいだろ。
帝国史における「英雄」じゃないかっ!
「その首、もらい受ける」とかメッチャ、カッコいいんですけれどっ!
霧の中の単騎駆けっ!
十字の騎士、エリーゼ・マクスウェルとの邂逅。
軍記もの好きなら熱い展開でしょ?
それが今やあんなだよ!あんなのっ!
「どうしてエルザさん、道を踏み外しちゃったの?」
「え~と、それはぁ~」
僕の問いにハティさんが目を逸らした。
「なにかあるんですね?」
ハティさんは無言を貫いている。
「なにか、あるんですよね?」
至近距離で問い詰める。
「……はい。彼女の言っていた、アレです」
あ、アレですか……




